カテゴリー「泣ける唄が聴きたい(Music etc.)」の103件の記事

2013年11月 6日 (水)

<古きよき日本の幻影?・・・恋するフォーチュンクッキー>

初出:フェイスブック書き込み 2013年11月4日 再掲


<古きよき日本の幻影?>

みたいなことを考えちゃいますね。スタッフが踊るパフォーマンス。誰が仕込んだか始めたか知りませんが、日本の社会や会社社会の一面を見事に切り取っていますね。一生懸命気合を入れて踊る人もいれば、適当にゆらゆらしている人もいるし^^?

このPVは、AKBのスタッフが踊っているんですが、当然のことですが社会の中には非常に多くの普通の人が働いています。スポットライトを浴びるときの人=ヒーローやヒロインはあまたいますが、それぞれの影でいかに多くの人が、それを支えているのか。その後、企業や県庁?が多くPVをアップしていますが、あげたくなる気持ちもわかるなあ!いかにもいかにも^^?




<その他、いいかも!>


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2013年9月20日 (金)

101回目のプロポーズの最終場面の謎を解く 20年目にしてわかった真実?

初出:フェイスブックページ 2013年9月20日
<101回目のプロポーズの最終場面の謎を解く 20年目にしてわかった真実?>
しばやんプータロー学生なうです。
今日は人間環境大学で宗教学の講義を聴講してきました。伊藤利行先生は、イスラエルやユダヤ教の専門家ですが、日本と世界の「他界観」を「約束の地の系譜」というタイトルで、今日は日本人の起源と仏教が入る前の日本人の世界観・宇宙観みたいな話をA425ページのレジュメで解説していただきました。全部で15回の講義なので、講義録をまとめると本1冊になりますね。たぶん、そのつもりで講義録を作っているのだと思います。
初回の今回は、人類学のDNA判定による日本人の起源論と、宮家準「宗教民俗学」1989年の学説をかいつまんで紹介いただきました。実は宮家先生の本は東京大学出版会の450ページほどのA4の専門論文集で2009年の年末に東京で勉強会に呼ばれたときに早稲田大学の近くの古本屋で2000円で購入して私も持っていたのですが、積んだままになっていたもの。ああ、やっぱり論文をちゃんと読まないといかんなあと改めて実感。でも講義って基本的にライブなんですよね。伊藤先生は、ご自分で作られたレジュメを読んで説明するオーソドックスなスタイルの講義ですが、生で話を聞いて質問があれば質問もできる。
私も正直、大学の講義は結構適当に取っていましたが、今思うととてつもない貴重な機会(チャンス)を逃していたかもと20年ぶりに赤面しました。
まあ、大学時代は勉強だけをしているわけではありませんが、やっぱり勉強が本分だからなあ。少なくとも自分の知らない世界を極めんとする先生方がいくらもタダ(当然、授業料を払っているわけですが)惜しみなく教授していただけるのに、なんともったいないことをしたのかと反省しきりです。
まあ、リタイヤした先輩たちはさておき、一番働き盛りの43歳がこんなところでお茶を濁していていいのか!というツッコミが入りそうですが、まあ、今の時点で出世も社会的な地位も何もかも捨てて、次のステップに備えているわけなので、そこは自己責任?ということで今できることを粛々とこなしていこうと思います。
まあ明治維新の志士たちの多数は脱藩者であり浪人でもあったわけなので、確かに藩のお墨付きをもらった俊才たちも当然いましたが、まあ、人生において浪人の時期がなんどか(私は2度目)あってもいいのではないか。
それがありの世界になると日本もおもしろくなると思います。
そんなことをつらつら買いていたら、ふとあるドラマの最終回を思い出しました。
結果として前置きが長くなってしまってすみません。
そのドラマというのは、1991年にヒットしたあの曲、「タララ・ラララン」のイントロが懐かしい武田鉄矢演じる星野達郎の最後の101回目のプロポーズ、いわゆる「・・・ボクは、死にましぇ~ん」のあのドラマです。主題曲のチャゲ&飛鳥の「SAY YES」も爆発的にヒットしましたよね。
大きくは1980年代のバブリーな時代のトレンディドラマの流れにあって、異色を放った不思議な中年おっさんと全然、縁もゆかりもないハイソな音楽家の美人お姉さんとの恋物語、そう「101回目のプロポーズ」は、なぜかしばやんのお気に入りなんですよね。
あらすじは思いっきり省きますが、最後に星野達郎は会社も辞めて司法試験にも落ちて道路工事のアルバイトをやっているところに浅野温子演ずる矢吹薫が戻ってくるエンディング。正直言って、そんなプータローのところに音楽家のエリート&お嬢様の薫が戻って、なんとかなるのかしらんと、話としてはおもしろいけど、そんな理不尽なことがあるものかと、最後の結末にいまいち納得していませんでした。
ただ、今、自分が同じ立場になってみると、いや、あれもありだなと、20年ぶりに納得しました。
司法試験を落ちたことが問題ではない、道路工事の仕事をしていることが問題ではない。達郎が全てを捨てることによって、取り戻した(思い出した)‘プライド’こそが、薫さんにとっては、価値のあるものであったということです。
今後、どうなるかは当然、誰もわかりませんし、ドラマは何も語りません。ただ、達郎は、少なくとも司法試験を落ちるまでの彼と、落ちた後の彼は、まったく違った行動原理で人生に立ち向かったであろうことは、想像にかたくありません。
いやあ、脚本家の野村伸司さんのドラマがこれほど深いものであったとは!
20年ぶりの謎が解けて、とても得した気分です。そういうことだったのか。
達郎さん、よくやったなあということですね。42年をかけて、いや42年も自分を束縛していた自縛を解くとは! 当然、彼だけでは解くことのできないトラウマだったわけですが、101回もプロポーズをした意味があったということですね。
いやいや他人事じゃないですが^^?
ふと、そんなことを思い出しました!
ではでは^^?

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2013年8月11日 (日)

The Beatles 『ABBEY ROAD』再び!

2013年8月10日
https://www.facebook.com/groups/crossroads.of.happiness/
<泣ける唄が聴きたい!>
なんでだか、ビートルズのアビーロードがふと聴きたくなって^^?
1983年の東芝EMI回収版がなぜか、私の手元にあるんですよね。ビートルズのアルバムは1987年に初めてCD化され、その後、20年間、CD音源をいじることなくやってきたわけですが、2009年にようやくリマスタリングされます。
前回、聖子ちゃんの音源問題をとりあげたわけですが、レコード(LP)時代、英国のオリジナル音源に対して、各国で国内発売の際に、独自編集版が初期には作られたのですが、それぞれの国でそれぞれの国民に聞きやすいように異なったミキシングがされていたという話があり、実際にレコードの音が違うようです。
さすがに、LPの音源問題に足を突っ込むと大変なことになりそうなので、絶対に、その世界にはいかないようにしようと思っていますが、同じ曲でも音が違うということは、やっぱり気になりませんか^^?
ということで、今、聴いているのは日本が独自にフライングでCD化してしまったアビーロード。ものの本によると、東芝EMIが高音質アナログ・レコード"プロ・ユース・シリーズ”で、特別に英国のEMIに2倍速のマスターレコードをコピーしてもらった音源が使われている(かも)という話があります。
実際に、1987年CDとも2009年リマスターとも音が違うのですが、LPレコードとの比較はやっていないので、元のレコードとどう違うんだといわれれば、よくわかりません。
まあ、とりとめのない話ですが、「レコード芸術」という雑誌が前からありましたが(これはバリバリのクラシックの情報誌)いろいろと音楽のソフト、そしてオーディオの世界は奥が深いなあと改めて思う次第です。
まあ、ヲタクにならないように、せめてミュージック・ラバーくらいでとどめておこうと思いますが、レコード(記録されたもの)には、ライブとはまた別の魅力と楽しみ方があるのは、これまた事実です。
ただ、ミュージックDVDはいまいちいただけませんね。別に絵はついていなくてもいいよという感じ。自分が見たいところがみれないし^^?
雑談でした^^?
※ビートルズのアビーロードについては、こちらの記事も参照ください。
ではでは^^?

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2013年6月30日 (日)

メリディアン207 MK2 CDプレーヤーを買っちゃいました!

初出:フェイスブック グループ クロスロード・オブ・ハッピネス 2013年6月30日
<しばやんのオーディオ懐古録 その4>
懐古録ではないですね。いまや^^? 
実は、昨日、私が買っちゃいました。この画像の商品そのものを!
いやあ、衝動買いとは言いたくないのですが、中古でアップされてから(2013年5月28日)このまる1ヶ月ぐらいずっと虎視眈々?と狙っていたんです。
最初は、日本橋店(大阪)に入荷して、すぐに名古屋の大須本店に商品を移動してもらおうしたら、1割の予約金を入れてほしいとのこと、6月8,9日は出張でいけないし、次の15、16日も忙しいので結局、予約することなく、一旦キャンセル。そうしたら、商品が福岡店にたぶん予約か何かで移送されてしまって、すわ売れちゃったかなと思ったら、まだフリーだったので、今度こそ名古屋に送ってもらって、ようやく昨日、大須で実物にご対面しました^^?
結局、オーディオって、それぞれのコンポーネントの相性なので単品だけの音色(実はあるのですが)よりも重要なのはシステムで組んだときに、結果として全体としてどういう音がでるかが勝負です。
つまり単品の音を聴いてもあまり意味がないので、車にスピーカーとアンプを積み込んで大須まで行ってきましたよ!
視聴で今まで使っていたCDプレーヤーと聞き比べして、結局、今まで使っていたCDプレーヤー2台プラスアルファを売り飛ばして!こいつをお持ち帰りしました。
今、改めてデスクトップの近くのニアフィールドで聴いたいるのですが、一言でいうと、音楽がなっているということですね。昔からこのメリディアンのCDプレーヤーはアナログライクな音がするという定評なのですが、なんというんですが、昔の録音のCDから今のCDまで、CDに込められた音のデータそのものを音楽として取り出してくれる、いや音楽として組み立てなおすというんですか、CDの持っている音の情報を‘再構成’するという言葉がぴったりくると思います。
CDって、最近はSACDとかDVDオーディオとか新しいフォーマットがでてきていて、音は新しいフォーマットのほうがいいよとはよく言われているのですが、実はCDには、とてつもない情報が入っています。そのすでにある情報を普通のCDプレーヤーでは再現しきれていないというのが真実だと思います。
ちょっと街中のオーディオ専門店でステレオ機器を聴き比べていただくとすぐにわかると思いますが、CDプレーヤーは、メーカーやモデルによる音の差が出にくいと思われている節がありますが、さはありなん、5万円クラスと10万円クラス、30から50万円クラス、それぞれハッキリと音が違います。今の新製品のラインナップでは、音楽を聴くには最低でも10万円クラス、できれば50万円クラスでないと、おもしろくないと思いますね。
このCDの音の傾向ですが、音の情報が多くていわゆる音が厚い、そして音離れがよくて定位がいいです。今、サザンオールスターズのバラッド2というベストモノを聴いていますが、つまり楽器や録音されたトラックがそれぞれ独立して聞こえ(個々にメロディーラインをたどれます)、作成者が想定した空間の場所に楽器がピタリと定位します。それぞれの音のエッジが立っていて、しかもそれぞれの音がキラキラしている。音が厚いといっても、音離れが悪いもさもさした感じやドンくささがなくて、音色を毛筆しかも太筆で書いた感じで、湿りや翳のある明るさやキラキラ感があるって感じです。
ところでサザンオールスターズの楽曲って、実は昔からめちゃくちゃ音数が多くて、さすがビクターの録音スタッフも凄いのでしょうが、とにかく何トラックを使っているのかわからないほど、多くの楽器とメロディーが詰め込まれています。バラッド2って、1983年から1986年の楽曲からのベストなのですが、もう30年前とは思えないほど、凝った音作りがされていますので、オーディオチェック用としてもおすすめです。
基本的にバジェットコンポ(低価格でお買い得な)を追求しているしばやんなので、値段よりもコストパフォーマンスなのですが、結局、私のオーディオシステムからは日本製品は放逐されてしまいました。定価ベースで10万から20万円程度の日本製のCDプレーヤーを使ってきましたが、ここに来て、完敗ですね。
結局、日本の文化では、たとえばこのメリディアンのような音の作りこみは不可能だと思います。このCDプレーヤーの心臓部はフィリップスのメカとDACを使っているのですが、ディスクリートでつまりICチップを使わないで、トランジスターとダイオードなど、一個一個の部品を一個一個、組み上げてアナログ回路が組まれています。一般に、ヨーロッパのメーカーでは、音を聴きながら一つ一つの部品を選んでいくといわれています。
ステレオは電気機械ではあるのですが、アプローチが全く違う、もう材料から吟味して作り上げるカスタムメイドの楽器みたいなものです。さすがに工業製品なので、木製の楽器みたいに一台一台異なるということはないのですが、同じ型番でも出荷時期によって部品の入れ替えとかのマイナーチェンジをやっているメーカーもあるようです。
なにか25年前につくられたCDプレーヤーに、ここまで考えさせられるとは思いもよりませんでしたが、結局、最新のものが一番よいわけでもないという例証みたいなもので、オーディオ道の深さを思い知らされました!
まあ、私も大学生の頃からステレオを組み出したので、まあ同じ位はやっているわけですが・・・。25年かかってたどり着いた先がこちらとは!
でも一体なんなんでしょうね^^?
この25年間の技術的な革新ってなかったのかしらん^^?
スピーカー:インフィニティ テシマル 1979年発売
アンプ: ネイム NAIT2 1988年発売
CDプレーヤー: メリディアン 207MK2 1988年発売
まあ、いずれも一生モノの買い物ですね、とりあえず壊れるまで使い続けることになりようです。
ではでは^^?

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2013年1月 5日 (土)

楽曲紹介 「赤い靴のバレリーナ」 『ユートピア』 松田聖子 1883年6月1日

ここでは、下記のブログの記事も適宜取り上げることにします。

初出:「聖子巡礼・・・時代を越えた永遠のアイドル」 2013年1月5日
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きた~っ! 実は今日、大須という東京でいう秋葉原みたいな名古屋の繁華街にいってきまして、ブルースペックCDの『ユートピア』と『SUPREME(スプリーム)』のアルバムサイズの初版モノを大人買いしてきたところなんです!

あのイントロがスピーカーから流れ出しました。もう最初のイントロだけで泣けるんだこれが、また^^?
「まえがみ~ぃ いちみりーぃ」
もうこのワンフレーズで逝ってしまいました^^?
たぶん、松田聖子さんを聞き出して初めていいなあと思ったのが、この「赤い靴のバレリーナ」という曲でした。
↑ You Tubeにリンクしてあります。
なんというんだろう、実はしばやん、何度も言っているように本当にわずか半年前は聖子さんには全く関心がなくて、松田聖子のアルバムを買うなんて、私のミュージックライフ(っていうほどのこともありませんが^^?)上、絶対とはいいませんが、ほぼ99%ありえない選択でした。
しかし、まあとあるきっかけで、聖子巡礼を始めてからは、やたらとアルバム曲の佳曲に目がいってというか耳がいってどうにもこうにもとまりません^^?
確かに『ユートピア』というアルバムの評判は、ブログはアマゾンのレビューなどで「ベストの一枚」と口々に言われているのをみてはいたのですが、改めてアルバム全体としてみると、本当に‘神’アルバム、そのもの^^?
こんな良質な作品が、30年以上前に存在していたとは。もう参りました。という感じです。
ただ、アルバム全体を語るには力不足なので、この曲にもどると・・・。
作詞: 松本隆 作曲: 甲斐祥弘 編曲: 瀬尾一三
甲斐祥弘さんって、あの甲斐バンドの、甲斐さんです。そして編曲は瀬尾さん、ってこれまたどこかで聞いたことがある名前だぞ?
ってことで、まずは、瀬尾さんって、以前、伊勢正三さんの「風」というグループで編曲者として名を連ねていたのでは?
以前、風と伊勢正三さんについては、「泣ける唄が聴きたい!」というブログで周回したkとがあるので、直接関係はないですが、リンクを貼っておきます。
じつはしばやん、なにげに日本の歌って古いフォークソングも好きで狭いですが守備範囲なのではあるんですよね。
甲斐バンドもそれほど知っているわけではないですが、「ヒーロー」のノリよりか、そう「安奈」の抒情派フォーク路線が結構好きなんです。なぜかというか、同じ作曲者なのですから当たり前なんですが、この曲を聴くと「安奈」を思い出してしまいました。
あと目線がとことん女の子がいいですよね。安奈が男目線の切ない‘思いやり’ソング、赤い靴は、まだ恋愛成就する前のなんだろうもしかしたら安奈さんの男心がわからない時点でのじれったい切ない気持ち?
「前髪1mm 
切りすぎた午後
あなたに逢うのが
ちょっぴりこわい」
しかしまあなんちゅうフレーズでしょうか。その後に重ねかけて安奈さん(聖子さん)がつぶやくわけですよ。
「一番綺麗な
時の私を
あなたの心に
灼きつけたいから」
もしそんな言葉を、気になる意中の彼女というか女友達にいわれたら、もう一発で
逝ってしまいますね^^?
「明るくなったね
人に言われて
誰かのせいよと
謎めきたいの」
しばやんもついぞというか今のところはたぶん?「誰か」になってないでしょうけど、もうこの詞の流れは鉄板というか日本人いや世界中のわかい思春期の人たちの心をきゅっと締め付けます。もと若者も含めてですけどね^^?
なにか松本隆さんの風街詩人の面目躍如といったところでしょうか。この後に続く詞がまたドラマなんですわ^^?
本当に聖子マジックなのですが聖子ちゃんが歌うと目の前に歌の世界がぱぁあ~っと眼前に広がるんです。
あとは各自、ぜひ、素晴らしい歌詞を世界一切なく心をこめて唄う聖子ちゃんの歌声で堪能してみてください^^? 
ではでは^^?

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2012年12月31日 (月)

あり続けること・・・"SEIKO Ballad"で禊ぎをしてきました^^? 松田聖子病(その6)

いよいよ2012年も残り1時間となってまいりました。

そろそろ神社に後厄払いの受付に行かなくては。
でも、年内に、このブログをまずは完成させます^^?
で、前回のここに戻ります。ダブりますが。

「この連載の当初に思いついたタイトルがこちらです。

あり続けること・・・松田聖子さん”Seiko Ballad”で禊ぎをしてきました^^?」

なぜ、いきなり‘禊ぎ’なのか自分でも意識せずに思いついたのですが、そもそも、‘禊ぎ’という言葉自体が適切なものかどうか大いに疑問で、意味あいからしたら‘厄払い’といったほうがいいのかなとも思いますが、それもまた大げさな話で^^?

なぜ、‘禊ぎ’という言葉を私が無意識に思い浮かべてしまったのか、後からこじつけまくりの無理を承知で言わせていただければ・・・。
Wikipediaより以下、引用。
「禊(みそぎ)とは、神道用語で2つの意味がある。
  1. 神道で自分自身の身に穢れのある時や重大な神事などに従う前、又は最中に、自分自身の身を氷水、で洗い清めること。類似した水垢離(みずごり)と呼ばれるものがある。
    用例は万葉集より「君により言の繁きを 故郷の明日香の河に禊しにゆく」 (巻4-626)
  2. 禊祓(みそぎはらえ)の略。俳句短歌などでは、夏の季語に用いられる。」
上記で引用終わり。
まあ上記2の意味は関係ないにして、1の「自分自身の身を○○で洗い清めること。」この○○に入る‘モノ’が問題です。
本当にこじつけなのですが、この○○に、「松田聖子さんのパフォーマンス」と入れたい。まあ「天使の声」とか言ってもいいのですが、いきなりそこにいくには飛躍がありすぎますので、刻ませていただきます^^?」
前回の記事の最後に触れた、この言葉、またダブって引用しますが、これが禊ぎの全てなんです。
「昔はすごかった 今のほうがすごい
本当にすごいところは、いつもすごかったということ」
ここなんです。
30年前の曲を同じキーでCDよりうまくうたうことなんて、まったく30年間聖子さんから離れてみていた私にはとても信じられない。まあ、それはそれとして、今回、生で本人にお会いして強く感じたというか魅入ってしまったことは、二つあります。
ユーチューブやニコニコ動画でのコメント、多くの聖子さんの方々のブログなどインターネットではさまざまな聖子論があり、とはいえ、実は彼女のファンからの評価はかなり一定のものがあります。
私が魅入ってしまったことの一つがこれです。私自身、正直、とても気になっていたのです。ホンマかいなと。
「(超)礼儀正しい」、「頭の低い人」、「スタッフやファンを大切にする」。確かに今のテレビとか動画をみるとそれは'見て’わかるんですよ。でも実際に感じるまでは、信じ切れなかった。実際に目前にして、確信に変わりました。これは「本物(のお姫様)」であると。
そして、もう一点。
「今のほうがすごい」というファンの人って、実はたくさんいらっしゃるんです。特にずっと見守ってきた女性ファンのブログとか書き込みを読ませていただくと、やたらその言葉が目に付いたんですよね。
でも、私が聖子さんのことを再検証する前の、自分のイメージって、ざっとこんな程度のものだったんです。最初に懺悔しつつ?そのイメージを元に彼女の現在のイメージを再現してみます。
あくまで私のイメージですが、私に限って言えば、1980年代の初期アイドル時代から全く時計が動いていないというか、スキャンダルやダーティーなイメージの90年代や、日本のマスコミが冷ややかにほとんど無視していたアメリカ挑戦時代、離婚騒動やビビビ婚や「ゴシップの女王」などという、マスコミのネガティブキャンペーンは、これまた一般市民?である私にも染み渡っているわけで、最近のライブの動画を見ても、40過ぎのオバサンが中学生や高校生みたいなキャピキャピな服をきて踊っていやがらあという見方も、しようと思えばできるわけです。
私の場合、さいわい、しおれたきゅうりさんやメガネおやじさんのガイド(愛のこもったコメント)があったので、そんな意地悪な見方はついぞできませんでしたが、なんの予備知識もなくいきなり画像だけ(それこそアイドル時代の記憶しかないのに)30年後に見せつけられたら、もうどん引きで、なんだこりゃ、まだ30年も前の曲を懲りもせずに歌い続けているのか、と鼻先でせせらわらっていたことでしょう。(←たらればの話しとしても、ごめんなさい。みなさん)
しかし、これがキモ。
「昔はすごかった 今のほうがすごい
本当にすごいところは、いつもすごかったということ」
つまり、聖子さんの30年前と今が点として全く別の‘モノ’として存在しているのではなくて、それが時間軸という線によって一本貫かれている。このニコニコ動画やユーチューブにアーカイブされている30年前のパフォーマンスと、今の眼前の奇跡のパフォーマンスは同じ松田聖子さんの体を通して発現されている。我々が見ることのできないその間の昔(32年前)から今に至る「いつもいつもがすごかった」(に違いない)ということを、否応なく感じさせられてしまったのです。
だって、50歳のオバサン(失礼)が、ダンス(社交ダンス的なものから本格的なクラシックダンスみたいなものまで)もすれば、空も飛んじゃうし、彼女自身が常に一瞬一瞬(※)が素晴らしいものであるように、それこそ日々精進を積み重ねてきたことが、今、現在の彼女のパフォーマンスの奇跡につながっているということを肌で感じざるを得ない。(※松本隆さんが、聖子さんは、「瞬間の人」」と話しているそうです。)
もう、ここに、この事実(30年前も現在も同等以上のパフォーマンスを発揮している)を体現していること自体に完全に感服というわけです。
私は正直、1980年代の松田聖子さんは素晴らしかった、それをニコ動や熱心なファンの方々のブログなどで‘再’発見できてよかったよかったと心底、思っていたのです。このコンサートに参戦するまでは。
ファンにならずとも私みたいなライト?なミュージックファン(J-POPSやオーディオファン)としては、黄金の1980年代の彼女のパフォーマンスを知らない(知らなかった)ということは、めちゃくちゃ愚かでもったいないことだというのは、彼女のCDなどを聴けば、すぐにわかるはずなのです。
ところが現実は想像をはるかに超えていました。彼女は、常にいつもいつも(誰がみていようがいまいが)こんなハイ・パフォーマンス(歌だけではない)を発揮し続けていたのだという事実。
いや彼女の32年間の全ての24時間をみることは絶対に不可能なのですが、きっといつもいつも日々鍛錬を続けていたと考えなければ、彼女の‘今’はとても説明できない。
彼女は過去も未来も否定も肯定もしていない。ただ、その時その時でやるべきことをやり続けている。過去の栄光を振り返ることもなく、ただただひたすらに‘今’できる最高のパフォーマンスを追及し続けている、そんなことをビシバシとステージ上の彼女の姿から感じました。
もう、はんぱないオーラですよ。ステージでも何度も後光が射していました。天使になって空を飛んじゃうし、(いやいやこれはメガネおやじさんに語っていただかなくては^^?)
話を元に戻すと、なぜ松田聖子さんのパフォーマンスが‘禊ぎ’につながるのか。
本当にここまで書いてきてひらめいたのですが、いや、聖子さんの生き方自体、生き様そのもの自体が、冷たく厳しい‘清水’そのものなんですよ。全然、甘くありません。ぬるま湯では決してありません。
例えば、ニコ動のコメントで、聖子さんを「求道者」に例えていたり、しおれたきゅうりさんが、ご自身のブログで、「松田聖子という精神」という言葉で表現されていますが、全く激しく同意です。
彼女は‘清水’そのものなんです。私にとっては。
自分を見つめなおすための‘鏡’という(無難な)言い方もありかもしれませんが、そんな‘鏡’というようにおぼろげに(自分の)シャドー(影)が写るといった生易しいものではなく、もっと直に、肌にヒリヒリと感じる、いや傷口に塩を塗りこむような厳しい‘モノ’なのです。
冒頭のwikipediaのリンクに、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8A に滝に打たれて修行しているおっさん?の画像がついていますが、聖子さんの歌やパフォーマンスはこの滝の'清水’そのもの。
聖子さんのパフォーマンス(歌や踊り、芸?)は、観客というかファンを魅了して喜ばすものでありながらも、相手の人間性というか相手自体のあり方を考えされる、それは頭ではなく体で考えされるものであるのではないか。なにか、つらつら書いてきて、そんな言葉が浮かんできました。
別に聖子さんの‘清水’は、何も語りかけません。ひたすら滝を流れ落ちるだけ。私は、今回「冷たく厳しい」と書きましたが、本当は無色透明で味も色も温度もなんの刺激もないものなのかもしれません。
しかし、聖子さんの滝の‘清水’に身を浸すと‘魂’を否応なく丸裸にさせられる。そんなことを思いました。
たぶん冷たく厳しい」と感じているのは‘今’の私の魂なのでしょう。
そうなんです、見て喜ばせるだけではなく、それをみた人が何を感じるのか、そこに彼女とファンとの間での双方向間のやり取りがあるのではないか、そこが松田聖子として32年間、‘あり続けて’いる価値というか貴重さというか、そんなことを体感させられたコンサートへの初参戦でした。
とりあえず、この項は、ここで終えます。
ただ、松田聖子論はいろいろおもしろそうなので、今後も取り上げていきたいと思います。
おまけ:
13010100今回の特集とは、全く関係ありませんが・・・。
聖子さん、あなたは「Precious Heart」そのものなのですね。(シングル発売の)1989年11月15日の約束をずっとず~と一人で守るべく闘い続けてきたのですね。
「心の奥で燃えているのは
世界中にメロディー
届けることなの」
これは‘真実’だったのですね。
聖子さんの「大きな夢」 私は決して「笑いません」、笑えるものですか。だって、その夢をひたすら追いかけているあなたが、この世に現実の存在として‘生きている’のですから。
「世界中に この「しあわせ」届けたい・・・」
23年後の参戦をお許しください。こりゃあもう聖子姫を応援せずにはいられません。本気で32年間、その道を一人でもずっと歩き続けているのですから。
「(松田聖子で)あり続けること」
いつもいつも全力投球の最高のパフォーマンスをありがとうございます。本当に感動しました。
おっともう1月1日の午前2時です。とはいえ、実は、年末の氏神様でのお祓いも初詣も済ましてきて、この項を完成させました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
ではでは^^?
(この項 了)

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あり続けること・・・すでに伝説の予感"SEIKO Ballad" 参戦記^^? 松田聖子病(その5)

この連載を書き始めるのにあたって最初に思いついたタイトルがこちらです。

あり続けること・・・松田聖子さん”Seiko Ballad”で禊ぎをしてきました^^?」

なぜ、いきなり‘禊ぎ’なのか全く自分でも意識せずに書き始めてしまったのですが、そもそも、‘禊ぎ’という言葉自体が適切なものかどうか、ちょっと考えてみると大いに疑問で、意味あいからしたらもしかしたら‘厄払い’といったほうがいいのかなとも思えるのですが、それもまた大げさな話で^^?

なぜ、‘禊ぎ’という言葉を私が無意識に思い浮かべてしまったのか、後からこじつけまくりの無理を承知で言わせていただければたぶんこんなことだと思います。
Wikipediaより以下、引用。

「禊(みそぎ)とは、神道用語で2つの意味がある。
  1. 神道で自分自身の身に穢れのある時や重大な神事などに従う前、又は最中に、自分自身の身を氷水、で洗い清めること。類似した水垢離(みずごり)と呼ばれるものがある。
    用例は万葉集より「君により言の繁きを 故郷の明日香の河に禊しにゆく」 (巻4-626)
  2. 禊祓(みそぎはらえ)の略。俳句短歌などでは、夏の季語に用いられる。」
上記で引用終わり。

まあ上記2の意味は関係ないにして、1の「自分自身の身を○○で洗い清めること。」この○○に入る‘モノ’が問題です。
本当にこじつけなのですが、この○○に、「松田聖子さんのパフォーマンス」と入れたい。まあ「天使の声」とか言ってもいいのですが、いきなりそこにいくには飛躍がありすぎますので、以下に刻ませていただきます^^?

さて、今回は、しばやんの生まれて初めて半年未満でビビビと来てしまった若葉マーク以前(教習課程にも入っていないのでは^^?)のぼっと出のにわかファンの松田聖子さんのコンサート参戦記です。

今までの経緯は、過去のブログを見ていただくとして、12月8日に思い立ったように、しかもたまたまチケットがインターネット予約できてしまったが為に急遽、仕事納め(12月28日)翌日の29日と30日(当日帰れないため)に千葉(東京)に行くことにしたのですが、実は、こうなる予感はすでにありました。

「聖子(動画)巡礼」の旅の過程でであった二人の偉大な(出戻り)聖子ファンのブロガーの先達のもう手取り足取りの懇切丁寧なお導きがあって、9月からのにわか勉強で、かなり聖子検定(ってあるのか^?)に挑めるような実力をめきめきと身につけたしばやんは、1980年代から今までの聖子姫(←いつのまにやら)の足跡を、まだまだ抜けだらけにせよ、なんとなくトレースすることができました。

もうネタばれなので、この場で二人のご師匠さん(勝手に呼ばせていただいています)をご紹介しましょう。順不同です。



実はこのお二方のみならず、このサイトに日本全国津々浦々から集いし熱血聖子ファンのお兄様、お姉さま方さらには若いファンの方々の書き込みやブログ、さらには動画アップ主の皆様方の激しくもあたたかいやり取りの中から、非常に多くのことを学ばせていただきました。これらの方々に感謝してもしきれないのですが、とりあえず話を先に進ませていただくと、つまり、松田聖子さんは、「数ある(キャリア上の)ピーク」があり、すでに「伝説」となっている数々の究極のパフォーマンスがあるということ、しかもこれらのサイトに集いし人たちは、その伝説の現場に立ち会ったいわば‘歴史の証人’となられた人が少なからずいらっしゃるという事実が自分には、同時代に生きる者として、なにかどうしようもなくうらやましくてたまらない感じがもう一杯の飽和状態になっていたところに、お気に入りのアルバムの『LOVE BALLAD』と同じようなタイトルの"Ballad"コンサートでしょ。もう参戦するしかないでしょう。

だって、本当にうらやましいじゃないですか^^?自分が好きなタイトルのコンサートが‘生’でみれるんですよ。もしかしたら、伝説になるかもしれない一期一会のチャンスじゃあありませんか^^?

こんな話を聞いたことがありませんか。
「(野球選手の)イチローや松井は、絶対に教科書や歴史に残るので、その試合をみたことは歴史に立ち会ったことになる。」実は、イチローや松井に限らず、世の中に起こっている全ての事象にこのことは当てはまると思うのです。別に自分が歴史の主人公ではなくても、そのシーン(場面)の片隅に存在して、歴史の主人公と同じ空気を吸って時間を共有している、そんな場面は当然、人生の中でも一度か、いや一度も無い人のほうが多いでしょうか、もしかしたら一度ぐらいはニアミスしているかもしれない。今回、そんな考えが頭によぎったんです^^?

あと自分の後押しをしたのは、そうあの悲しいマイケル・ジャクソンさんのラストコンサート「This is it」のことが頭をよぎらなかったといえばうそになります。
聖子さんも今年すでに50歳、自分も含め何があるのかわかりません。(←どれだけそれがないことを祈ったとしても)

マイケル・ジャクソンさんについては、以前も書いているし、この絡みについては別途,後日とりあげたいと思っていますが、正直そんな覚悟をしてチケット購入のポチを押しました。お金じゃないんだ!と。

で、肝心のライブ・コンサートの中身は!

いや、もう勢いで言っちゃえ! (聖子道の)道場見学に来たばかりで、入門すらしていなくて、胴衣も‘白帯’も何ももらっていない新参者の私なのですが、2012年12月29日の夜の部、松田聖子さんの"SEIKO Ballad"のC公演は、後で振り返られる‘伝説’のパフォーマンスの一つになりうる可能性が非常に高いと、私は、‘本気’で思っています。

詳しくは、ブログの中で旗を振ってC公演に参戦されたメガネおやじさんが、新年にも熱いレポートをしてくれるとのことので、新参者の私はあまり立ち入ったことは、今の時点では書けません(敬意を表してあえて書きません)が、とにかく、もう凄いというかすさまじいライブでした。

実は私、Fブロック23列4番というすり鉢の左上の最後列からひとつ前の、DVD撮影用のカメラの前横の席で本当に端っこだったのですが、メガネおやじさんが座っているあたりを、最初からずっとガンミしていましたよ。だって、聖子さんをみようとすれば当然、円形舞台の最前列のお客さんが目に入るのは当然じゃないですか。もちろん、‘あのこと’も‘このこと’も上からじっくりとしっかりと観ていましたよ^^?細かいところはさすがに全然、わかりませんでしたが・・・。

まあ、‘あのこと’、‘このこと’は、直接メガネおやじさんに後日、語っていただくとして、私の公演の全体を通じての感想は、なんと「言葉になりませんでした^^?」

ふざけているのではないんです。これは本当にマジの話で、コンサートの終わりに提出したアンケートにはっきりとこう書いています。

「最高でした。言葉になりません。 ・・・以下略」

ちょっとというか、ネタばれ(ってすでにセットリストがファンによって多くのブログで公表されているのですが)になるのですが、‘以下略’のところは今の時点で補足させていただきます。

最高でした。言葉になりません。赤い靴のバレリーナとSTARが聴けて本当に良かったです。」

なんと、一番(今の時点で)お気に入りの、先に紹介した「松田聖子 『LOVE BALLADE』 1986年11月21日発売 CBS SONY 32DH545 」 の全12曲中の6曲(インストメンタル1曲を含む)、つまり5曲の生演奏と生歌が聴けて狂喜しないわけがないでしょう、まじで^^?(STARは入っていません。念のため)。打率50パーセント、もう驚異の確率ですよ。あのイチローだってひっくり返っても到達できない数字。これは奇跡だ~^^?

実はまあ、なんとなく私にはわかっていましたが(←って調子に乗るな^^?)というのは、コンサートのタイトルが、そもそも「Ballad」でしょ。『LOVE BALLAD』とほぼ同じでしょ、そして本当のネタばれなのですが12月28日のA公演に参加した人のセットリストを事前にウェブで見ていたからです。え~!これもこれも初日にやったの~! 当然、翌日のB,C公演もやるよね!とは思っていたのですが、そのセットリストには順不同って書いてあったし(これは配慮だったのかもしれませんね)、まさかのまさかのこんな展開であったとは^^?

少し長くなってしまいますが、しかもさわりだけですが、メガネおやじさんのレポートを待たずに、ここでコンサートの流れをちょっとだけ紹介してしまいましょう。(師匠、お許しを!)

収容人数2000人程度の円形のステージ、後方に幅広のステージがあるのですが、その前にぽっかりと円形舞台が張り出しています。その円形舞台を囲んですり鉢状に観客席が取り囲んでいます。とても密度が高いというか中央の円形舞台から観客席の隅々まで影にかくれることなく見渡せるという出演者にとっても非常にうれしいながらも緊張するいい意味でのシビアな会場。

C公演は18:00開演予定が、10分ほど遅れて幕があくと、さらに幕があり星空のスライドと徐々に姿を現した地球の姿。照明が暗くなってしーんと静まり返った会場にあのイントロが(スライドを映してある幕の)裏側から聞こえてきます。

円形舞台にぽっかりと開いた穴からせり上がってきた純白のドレスの聖子さん、いやお姿が見える前から、あの歌声が聞こえてきました。

もうイントロだけで心をもっていかれているのに、女神、いや歌姫(ディーバって言うんでしょうか、ちょっと格好よくいうと)が、やさしく語りかけるように、しかもおごそかにピンと張り詰めた声が頭にスコーンと響いてきました。聖子さん、斉唱しながらの登場です。

鳥肌が立つどころかぞぞけがするというか、さすがに正座や直立不動こそしませんでしたが、背筋をしっかりと伸ばしていきなり耳がダンボの傾聴モード。

「夜明けのこない夜は無いさ ・・・」

この「おぉ~~」という会場のどよめき、本当にこのつかみで涙が出てきてしまいましたよ、この感動をどう言葉にしてよいのか本当にわかりません。いきなり一発目から‘やっちゃったよ’というか、もう心を鷲掴みというか最初の曲からいきなり昇天してしまいそうでしたよ^^?

くどくどしい今までの前フリの意味がわかる人にはわかると思うのですが、本連載の一回目で触れた松田聖子さんとのファーストインパクトのきっかけとなった「瑠璃色の地球」がいきなり本人歌唱(カラオケテープか^^?)で始まっちゃったわけですから、もう卒倒もんですよ。

あとあえてこの場で言っておきますが、過去記事で触れたヘイリーさんの英語バージョンも素晴らしい出来なんですよ。本当に!

この曲(「瑠璃色の地球」)の収録された『SUPREME(スプリーム)』自体が、クリスタルボイスでめちゃくちゃいい声で実にすばらしいアルバムなのですが、私が言ってよいのかわかりませんが、自分の耳ではこれは大文字で声を大にして言いたいのですが「いきなりCD越えのシルキーボイス」でした。

最近のライブパフォーマンス(例えば、さやかちゃんとデュエットした昨年のカウントダウンコンサート)の画像で見ていた「ねばっこい」歌声ではなくて、ほぼオリジナルのCDの歌い方のまま、それをそのままグレードアップした声で歌ってくれたわけです、はい。


このときに、まず私が思ったこと。

「25年前(1986年)の歌を、それ以上のうまさで、まさに目の前で聖子さんは歌っている。過去、1980年代の神がかりのパフォーマンスは、この2ヶ月でさんざん(ニコ動などで)見まくってきて、自分の中で1980年代の松田聖子像が大きく塗り替えられ、まさに‘再’評価が固まりつつあるのだが、過去だけではなく‘今、現在’の彼女も凄いというか、いや若さを差し引けば今のほうが若さピチピチで天賦の才能を爆発させた80年代初期より、今のほうが凄すぎる。」

↑いや、この文章は二日後の今の時点でかなり書き込んでいますので、「言葉にならなかった」公演の翌日、12月30日の朝に朝食を取りながら書きなぐったメモを再現しましょう。

「星空
瑠璃色の地球 鳥肌 いきなりCD越え すこーんと抜ける声 
時間旅行 パリ スライド

MC (聖子さん)もう昔の本当に懐かしいユートピアというアルバムの中の曲です。
セイシェルの夕陽 夕陽のスライド

昔はすごかった 今のほうがすごい
本当にすごいところは、いつもすごかったということ

30年前の曲を同じキーでCDよりうまくうたう

日々の精進
神、奇跡
神というのは簡単
DVD 伝説のライブ XQと同等
歴史の証人
・・・以下略」

まあ、こんな落書きをだらだらと読んだいただいているみなさんには、読みにくいこと極まりないので、この回はとりあえず切り上げて、次回、本当の最終編、考察編に行きましょう。(←ちょっとしおれたきゅうりさんが入ってしまいました^^?)

あっ。禊ぎまで話がつながっていませんでした。それはまた次回に^^?

(この項 続く)


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あり続けること・・・松田聖子 『LOVE BALLADE』 聖子病(その4)

やたらと前フリが長くなってしまいましたが、今回のブログで一番触れたかったこと、それは、このことです。

12123002松田聖子 『LOVE BALLADE』 1986年11月21日発売 CBS SONY 32DH545
お薦め度: ★★★★★
泣ける度: ★★★★☆
アルバムとしての完成度: ★★★★☆
実は、全て黒星5つにしたところですが、他のアルバムの評価とのからみがあるので、若干押さえて点付けしています^^?
前回紹介した『Touch Me, SEIKO』は名曲揃いといっても、そもそもB面のコンピレーションなので、当たり前?といえば当たり前なのですが、このアルバムは企画盤で、シングル曲がほとんど含まれていない(ガラスの林檎(A面)、SWEET MEMORIES(B面、ただし別バージョン))にも関わらず、もうただ素晴らしいとしかいいようがありません。
なにか、私のツボに見事にはまってしまいました。
12123004収録曲は、裏面の画像をクイックしてみてください。文字が読めます。
さて、この連載の最初に、「瑠璃色の地球」という曲について触れましたが、このアルバムにはなんとオープニングに、そして聖子動画の巡礼を始めて、いわゆるヒット曲以外で感動した、そして初めて、聖子ちゃん歌うめーとうなってしまった「星のファンタジー」がこのアルバムに含まれているのです。
それらの曲以外に、このアルバムを聴いてしみじみいいなあと思ったのが、「赤い靴のバレリーナ」、「Sleeping Beauty」、「時間旅行」、「SWEET MEMORIES」でもスイートメモリーズはオリジナルバージョンのほうがいいか。ともかく泣ける唄のオンパレードで、元気でキャピキャピの弾ける若さと輝きが半端ではないアイドル松田聖子のいかにもシングルA面曲という名曲よりも、ここら辺の佳曲のほうが、自分は好きだし、素直に感情移入ができるんです^^? 「時間旅行」なんで少女ではなく大人の女性の歌だし、よくもまあ当時わずか?23歳の彼女が歌いきったものです。これは半端なく難しい曲だよ、ってスイートメモリーズも、彼女がなんと20歳の曲ですよ。
で、一番のお気に入りが、「赤い靴のバレリーナ」。作詞は松本隆、曲はなんと甲斐バンドの甲斐祥弘。ちょっとというかかなり古いけど、「安奈」とか甲斐さんのバラードって好きなんです。詞もいいけど、曲調にはまりました。全然、地味だけど名曲ですよ、これは^^?
とにかくこのアルバムはいいですよというところで、自分の中で急遽、むくむくと関心が高まったのが聖子さんの年末のコンサート。例年のカウントダウンコンサートが会場の都合(立替え?)で中止になって、突如持ち上がったらしい松田聖子“SEIKO Ballad”コンサート、実は、彼女の32年の長いキャリアの中でも「バラード」をテーマにしたコンサートは初めての試みだそうなんです。2012年12月28日の夜、29日の昼と夜の合計3回、舞浜のアンフィシアターというディズニーランドの隣の元シルクドソレイユの専用劇場で行なわれたのですが、29日のC公演、遂に行ってしまいましたよ。
まだ松田聖子さんを再発見して半年も経たないのに、いきなりウン万近くのS席のチケットを一般発売の当日に申し込んで・・・。

正直、チケット代自体も高いし交通費、場合によっては宿泊費もかかるし、どうしようかと迷っていました。コンサート情報は比較的前から知っていたのですがファンクラブの先行販売もあるし、一般席が余っているかわからないし、余っていても後ろのほうだろうしなあとか考えちゃって、でもたまたま一般発売日のことを2日くらい前に知ったものだから、まあだめもとで席が取れるかどうかだけでもみてみるかと12月8日の午後12時頃にウェブをみたら、一部のエージェントでは午前10時の受付開始のはずなのに、すでに割り当て分が完売しましたって、おいおいやはり聖子ブランドはハードルが高いと思っていたら、チケットぴあでまだ席があるみたいじゃないですか。30分くらい考えて、結局、チケットを購入してしまいました。
ということで、次回にようやくしばやんの松田聖子さんのコンサートへの初参戦レポートです。
(この項 続く)

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あり続けること・・・ビートルズに匹敵するアルバムアーティスト? 松田聖子病(その3)

みなさん、こんにちは! しばやん@愛知です。

ついにというかもう大晦日、2012年の最後の日ですね。あと数時間で今年もお別れ、いよいよ2013年です。
年内にやるべきことは、ということで、昨日の続き なぜ(松田)聖子病にかかりしかの完結編です^^?
松田聖子さんって、特に1980年代前半の彼女がデビューしてからキャンディーボイスといわれた初期の全盛期(←のひとつと‘通’はいっている)しか知らない人にとっては、甘ったるいぶりっ子そのままのかわいさだけ?を売りにしているいわゆる典型的なアイドル(の一人)というイメージしかないと思うのですが、実は彼女の真価はシングルA面、つまり昔のEPレコード、いわゆるドーナツ版と呼ばれる両面で1曲づつしかない(今思えば贅沢な話しだ)そのタイトル曲のあるA面ではなく、B面やアルバム曲にあると、もう昔のファンにとっては当たり前で散々言い散らかされていることではあるのですが、私も、本当に実感しました。
「泣ける唄が聴きたい」などというふざけた?ブログをしていながら、大御所も大御所、「日本の戦後を代表する歌姫」(by 松本隆 at ソングライターズ 佐野元春との対談)である彼女を、完全に無視していました。
いや実は、今までにも初期の曲がふいに聴きたくなって『バイブル』というベストアルバムを中古屋でゲットしようと思ったことも、なんどかはあるのですよ。でも、2枚組みとは言え、もうリリースされてから20数年経っているのに、中古でも全然、安くなっていないわけですよ。
なにか中途半端に値段も高いし、そこまでお金を出して買うまでもということが何度もあって・・・。
まあそれを後悔しているかというと、そうでもなくて、やっぱり会うべくしてあったというか、今のタイミングで彼女を知ることができたことがベストであったと思います。
たぶんCD音源だけ聴いても、「ああ、昔こんな歌があったよな。売れてた売れてた。懐かしいなあ」だけで終わっていたでしょうから^^?
さて、ベスト盤(SEIKO STORY 80's Hit)を買ってちらっと聴いただけでは、その先がなくて、先に食傷気味と書きましたが「ああ、こんなんあった」だけで終わっていたと思うのです。同時期に「動く聖子さん」を観たのがツボにはまりました。
「なんという多幸感!」、たぶん、この言葉はニコ動のコメントで読んだので自分の言葉としては書きませんが、本当にこの一言に私の感動は集約されます。
30年前のTVの歌番組で、一回きりタレ流し(よい言い方ではありませんが)された‘一瞬’の中に‘黄金の輝き’が封印されていたとは・・・。
うそだろう!ホンマかいな。夢かまことかにわかに信じられないという驚き、そして思わずにたにた(気色わるーい)してわずか2~3分の画像に見入ってしまう自分が想像もできませんでした。
確かに当時のTVやラジオ、いくらかはアイドルや芸能界に全く興味のない私でも見たり聞いたりしているわけです。「ベストテン」とか「夜のヒットスタジオ」とか、YOU TUBEやニコニコ動画で‘再’発見した画像のいくつかは、リアルタイムで見た記憶があるものもあります。
それにしても、リアルタイムでみた当時は、全く、その価値というか凄さに気がつきませんでした。
で、いろいろ画像を検索していくと、もううじゃうじゃとあるわけなんです。いかに当時の彼女のマスコミへの露出が高かったのか、あと本当に最近、彼女が24曲シングルオリコン週間チャートで1位を獲得していることを知って、ぶったまげました。
だって、年にコンスタントに4枚シングルがでるとして、24曲って6年にわたるわけですし、実際にはそれ以上の長さにわたって、とぎれることなくトップを取り続ける、それがいかにこの栄枯激しい芸能界の中で異常なことなのか、そりゃあ、全然ファンじゃない自分でも知っているわけだ^^?
ただ、ちょっとクールダウンで一言挟みますが、私は全然、「80年代最高」とか「昔は良かった」とか「昭和は~」などというつもりは全くないのです。
ただいいものはいい、古今東西をべたっと(インターネットのウェブの中で)並べて較べてみて、ということで何の思い出補正や贔屓目を抜きに考えても、そう言わざるにはいかない。
なんちゅうことですか。これは^^?
話を進めると、いわゆるシングルA面以外にも凄いというような画像がわんさかと残っていて(実際にTVで歌っているわけだ)、これはなんという曲なのということで、彼女のアルバム曲への関心が否応となく高まってきたわけです^^?
とにかくアルバムが多すぎるので、せめて初期のアルバム曲が一杯入っているベスト盤はというので、次に購入したのが、『松田聖子全集 Seiko-Box』という1985年に発売された4枚組で10,000円というボックスの中古、それでも4000円くらいしました。(中古の相場は5000円前後。今でも新譜としても10,500円で販売されているようです。)
12123100松田聖子 『松田聖子全集 Seiko-Box』 1985年11月10日発売 CBS SONY 00DH311~4
お薦め度: ★★★★☆
泣ける度: ★★★☆☆
アルバムとしての完成度: ★★★★☆
これは特に80年代の彼女しかしらないライトなファンにとっては価格は高いですが凄くいいボックスです。1985年の時点でまとめられていますので、当然のことながらそれ以降の発売の曲は含まれませんが、アルバム曲、シングルB面、企画アルバムの新曲など、全60曲、非常に痒いところに手の届いた初期聖子さんのベストアルバムとしては非常によい選曲だと思います。
収録曲はこちらから!
12123101
12123102
実は最近、ブルースペックCDの5枚組で10,000円の通販限定ボックスがでたので、相対的には価値が下がったのかもしれませんが、音源としては、昔のオーディオ機器を持っている人にはこちらのほうがよいかもしれない。(オーディオ的なことは後日改めて別途触れます。)
このボックスの収録曲がその後のアルバムを購入する目安というか指標になり、これをきっかけにコレクター熱が、一気に加速しましたね^^?
でも正直、コンプリートしようと思うアーティストって私にとっても非常にまれなことなんです。何名かそういうアーティストもいるにはいますが、松田聖子作品への関心度の高さは、私の中でビートルズに匹敵するといっても良いくらいです。それほどまでにブート盤やプレス違いを含めた彼女の作品に対する関心は高いです。かなりやばいです^^?
とりあえず、1980年代前半のものからアルバムを聴き出したのですが、もう捨曲なしのアルバムばかりじゃあないですか。
実は、9月から12月までで、初期の1980年代の彼女のオリジナル盤、企画盤、ベスト盤のいくつかをほぼコンプリートしてしまいました^^?
その中で、アルバム曲やシングルB面の曲へのとっかかりとしてお薦めしたのが、このアルバム。文句なしの名盤です^^?
12123005_2松田聖子 『Touch Me, Seiko』 1984年3月15日 CBS SONY 32DH792
このアルバムを聴いて、シンガー(歌手)松田聖子の懐の深さというか表現力の幅の広さをまざまざと感じました。
基本的にはシングルB面コレクションなのですが、それまでほとんど例のなかったB面ベストアルバムでアルバムチャート1位を取ってしまったことが、今では多くのアーチストが手がけるB面ベストの走りとかいわれています。
一部、両A面の曲もありますが、それにしても、このクオリティは半端じゃないです^^?
逆に、なんでこんな(いい)曲がB面なのとか、当時でもそこそこ売れていたので逆に、シングルA面じゃなかったの?と思うような曲ばかりです。
12123006クイックすると画像の下に収録曲が書いてあります。
まあ、あとで調べてみると、いろいろな仕掛け(聖子プロジェクトとか)があることに今さらながら気づかされるのですが、とにかく1980年代の良質なJ-POPSの一角を、この「松田聖子」というブランドが占めることは間違いないことで、アイドル歌謡(曲)とかニューミュージックとか(音楽の)ジャンルの枠をはずしても燦然と輝く到達点の一つであることは私などが言うことではないでしょう。(どうも業界では常識?らしい)
しかしまあ補足というか30年ぶりに聞きなおして心底感心したのは、彼女の曲って全く古さを感じないんですよね。歌というより曲・編曲も含めた楽曲そのものについて全然古さを感じないんです。
どうしても1970年代とか1980年代でも他の歌手の曲を聞くとどうしても年代というか時代のにおいといいましょうか古臭さを感じてしまうのですが、聖子ポップスは、全然、それを感じないは、本当に、自分がアラフォーということを差し引いても、とんでもないことだと思います。
ということで、ちょっとブレイクを^^?
(この項 続く)

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2012年12月30日 (日)

あり続けること・・・衝撃の‘セカンドインパクト’逝ってしまいました^^? 松田聖子病(その2)

さて、松田聖子さんにちょっとはつながったかと思ったのですが、7月のファーストインパクトは実はそれほどでもなくて、初めて聖子さんのアルバムを聴いた私にとっては、当然『Pineapple』が彼女の名盤の一つであるという常識?はあるわけもなく、そもそも知らない曲ばっかりだし、それほどピン!とこなくて(聖子病の)罹患には至らなかったのですが、約2ヶ月に、このベスト盤を耳にしたら、とんでもないことになってしまいました!本当に^^?

12123008松田聖子 『SEIKO STORY 80's HITS COLLECTION』 SONY MUSIC DIRECT MHCL20128-9 2012年6月6日
お薦め度: ★★★★☆
泣ける度: ★★★☆☆
アルバムとしての完成度: ★★☆☆☆
(今ある程度?わかってきてから思うと、ベスト盤としてはその選曲は ★★★★★)

もう、タイミングとしかいいようがないです。このCDは、今年の6月にでたばっかり。新譜で試聴のできるCD屋さんで試聴してから購入したのですが、ブルースペックCDというのも、オーディオマニア(オタではない)の自分の背中を押したのですが、結論からいうと、その店(実は初期のアルバムから店頭に並んでいました)にあったベスト盤では一番、これがよかった。
っていうかそもそも80年代後半以降の曲って、全く知らなかったし関心もなかったし^^?
まあ、このジャケットには引いてしまう人のほうが多いと思いますが、中身は、凄い。
なにげに、こんなのが裏側についているし!
12123010
リアルタイムで生きていた人には当たり前のことでしょうか、1985年の「聖輝(神田正輝と松田聖子)の結婚」でアイドル卒業というか、擬似にせよ恋人?の対象から外れてしまっていたんです。
確かに、小学生の時にみた凄い声のお姉さんとか、ちょっと後の赤いスイートビーや渚のバルコニーの頃からの「ぶりっ子(芸?)」の印象はめちゃくちゃあるんですよ!リアルタイムだったし^^?
でも自分が中学生や高校生の頃って、それこそ花の82年組ではないですが、わんさか女性アイドルがでて来た頃で、おにゃんこクラブがまさに高校生時代、アフター松田聖子(結婚&出産休業)のときが高校生から大学生の青春?まっさかりなので、彼女は恋愛対象から微妙に外れていたんですよね。
その後、90年代前後ですが、とにかくスゴイバッシングとスキャンダルで彼女もたたかれていたし、とにかく1980年代の最初期を除いて、それからつい半年前まで30年間、完全に私の関心外に聖子さんはいたわけですが・・・。
正直に告白しますと、小学生のころはめちゃかわいいとは思っていました。でもアイドルでキラキラすぎて、とても手に届かない存在、しかしなにより照れくさいし、他の男のガキンコどもの手前、とてもそんなことを言える雰囲気ではなかったです。(いや、でもファンではありませんでした。気になる存在ではありましたが。)
そんなアラフォー男が本当に30年ぶりに、この2枚組みの一曲目から聞き出して、正直、びっくらしました。なんで俺は、こんなにも'知っているんだ’という驚き。これもあれも聞いたことがある、最初は?の曲も、あれっ!サビを聞いたら知っているやん!なんだ、このヒット曲の多さは!
なにか1枚目からして、すでに食傷気味、ワンコーラスだけでいいわ!って感じ。このCDは基本的に発売順に曲が並べてあるので、さすがに後期の2枚目は1枚目に較べて知っている曲が少なかったけど、それでも全38曲のうち、少なくとも20曲近くは、曲名は知らなかったにせよ、聞いた事があるがあるって、それって凄くありませんか?
12123009クイックすると拡大させます。
でもまあ、本当になんちゅう人だと、このCD(2枚)を聞いて思いましたね。
全然、ファンでもない一般市民?(私の場合小学生高学年~大学前期ですか)の耳というか記憶に残る曲を量産(という言い方がいいか悪いかは別にして)いたとは。
なにか、自分が想像していた「ぶりっ子」や「うそ泣き」や'スキャンダラス’な「松田聖子」とは全く違って、実は「凄い」人なのかも知れないと思い出して、ウェブでグーグッて見だしたら、もうとまらない^^?
聖子病罹患のだめだしというか、これが全てかも知れませんが、‘禁断の’ようつべ(YOU TUBE)やニコ動(にこにこ動画)には、まんまと!はまってしまいました!
たぶん最初に検索かどなたかのブログのリンクで『黄色いヒヨコ姫版の「夏の扉」』を見たときの衝撃って、想像できますぅ!って、あえて同世代のアラフォーに振りたいのですが、もう悶絶というか萌え死にました。本当に^^?
そもそも30年前に「萌え」なんて言葉自体なかったろうし、軽い懐古趣味でちらっと目の隅に入った(ニコ動」の画面がね)ので見てみるかと思ったら、現実というか真実は想像を超絶していた。これは、多くの熱い出戻りファンのみなさんや、ニコ動のコメントが口々に語っていることですが、なにか一気に「聖子(画像の)巡礼」に逝ってしまいました^^?
これもどなたかが言っていることですが、「思い出補正不要、真実はウェブにあった」とか「リアルクラリス(←宮崎駿監督の「ルパン三世カリオストロの城」のね。念のため^^?)」、「2Dを越えた3D」とかってやつです。
いかんいかん、すっかりニコ動言葉まで身についてしまっている。
と、なにか長くなりそうなので、とりあえず今日はここまで^^?
明日には、ちゃんと"SEIKO Ballad"まで、話を持っていきますよ。
(この項 続く)

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