ここ愛知県では穏やかな日々が続いております。新年2日目のしばやんです^^?
今年、最初のレヴューはこちらの大御所の一枚から。
松任谷由美
『REINCARNATION(リ・インカネーション)』
東芝EMI TOCT-10647
オリジナル 1983年2月21日発売 (1999年2月リマスタリング)
お薦め度: ★★★★☆
泣ける度: ★★★★☆
アルバムとしての完成度:
★★★★★
一口コメント:
‘永遠の隣のお姉さん’は実は宇宙人かもしれない?という話です。
なぜ今まで「泣ける唄が聴きたい!」でユーミンこと松任谷由美という大御所というかカリスマを取り上げなかったのか。実は、このアルバムのCDの入手が昨年(2008年)の12月24日までずれ込んでしまっていたからなのです^^?
1983年といえば、もう25年も前の話ですが当時中学生になりたてのしばやんは、2学年年上の姉のカセットテープで、このアルバムをリアルタイムで聞いていました。
どの曲も印象深いのですが、今、改めて聴きなおして、このアルバムとしての完成度にど胆を抜かれました。
四半世紀も前のものとは到底思えないジャケットワークと楽曲の完成度の高さ、特にトータルアルバムとしての完成度は、ユーミン屈指のものなのではないでしょうか^^?
収録曲:
A面: 1.REINCARNATION、2.オールマイティー、3.NIGHT WALKER、4.空色の誘惑、5.川景色、
B面: 6.ESPER、7.心のまま、8.ずっとそばに、9.ハートはもうつぶやかない、10.経(ふ)る時
当然のことながらCD発売直後の時代なのでLPレコードとしてアルバムが構成されていますが、A面、B面ともこの曲の並びや展開は、もう完璧というか捨て曲がなく、非常に綿密に計算されて組まれた「組曲」であることに気づかされます。
いろいろ名曲ぞろいですが、一言いうとすれば、ただ「聞け」としかいうことができません^^?
と言い切ってしまってはそっけないので、曲目とは直接関係ありませんが、二つばかりのエピソードを^^?
A面の2曲目で、「オールマイティー」という曲があります。この「オールマイティー」という言葉自体が(このアルバムによって)当時はやったものなのか記憶が定かではないのですが、中学生の1年か2年生のとき、とある昼下がりもしくは夕方の教室で、社会科の清水先生という男性の方がおられまして、そのとき、なぜか先生と私しか教室に残っていなかったのですが、唐突に、「柴田君はオールマイディーかね?」と質問されました。
実は当時、俗にいう「勉強ではそこそこ」だったのですが、体育と音楽については絶対に3以上取れなかった私としては、とても「オールマイティー」とはいえないし、しかも団体球技ができないというハンディというかコンプレックスがあった(今でもありますが)私は、とても人からそんなことを言われるとは思いもよりませんでした。当時先生は、体操部の顧問もされていて、長身でハンサムで運動もできて、ちょっとミドルが入っていましたけど、温和でカッコいい先生でした。
私がなんとお答えしたのか残念ながら覚えておりませんが、その時に先生が言われた言葉が今でも非常に心に残っています。
曰く、「人間は自分で(できないという限界(上限)の)壁(天井)を作ってしまう。本来は天井なんてないはずなのに(可能性があるのに)」といったような主旨の言葉でした。
他人や外部条件が、ある人の可能性や才能を規定するのではなく、本人自身が、これが自分の限界だと、自分で天井(できないという壁)をつくってしまう。
正確な言葉は覚えておりませんが、このようなことを、自分の可能性を自分で閉ざしてしまうなというようなことがいいたかったのではないかと思い出します。
直接、このアルバムと関係があるわけではないのですが、なぜか折節に、あのけだるい中学校の教室にただ二人、先生が机の間でL字懸垂をしながらお話されことがセピア色の光景として、フラッシュバックいたします。
「自分で自分を見切らない、自分で自分自身の壁(天井)を決めてしまわない」
今思うと、非常に貴重な教えだったと思いますね。前回の、アンジェラさんの「自分を信じる」というところになにか通じるところがあるような気がしますね^^?
さて、二つ目の話題としては、1998年当時、ユーミンの松任谷由美時代の1978年にリリースされた『紅雀』から20周年記念ということで、オリジナルアルバム(その1999年時点で25枚)のうち、『紅雀』(1978年)から『LOVE WARS』(1989年)までの全17タイトルがリマスタリング再発売されました。
その時に、本来先に言うべきことですが、1998年11月6日に、『NEUE MUSIK(ノイエ・ムジーク)』というCD2枚組みのベストアルバムが編まれました。
実は、この『ノイエ・ムジーク』では、この『リ・インカネーション』のアルバムの曲は、1曲も収録されていません。
確かに、当時でさえ、25枚のオリジナルアルバム、200曲以上から30曲を選ぶのは、それだけでも大変なのですが、アルバムとしては、『紅雀』(1978年)、『時のないホテル』(1980年)、『水の中のアジアへ』(1981年)、『リ・インカネーション』(1983年)、『アラーム アラモード』(1986年)、『天国のドア』(1990年)、『DAWN PURPLE』(1991年)、『TEARS AND REASONS』(1992年)の計7枚(『水の~』はミニアルバム)から一曲も選曲されていないことは、やはりそれなりの理由があると考えるのは当然だと思います。
ユーミンファンでも、全てのアルバムを聞いているわけでもないので、偉そうなことはいえないのですが、たぶん、この『リ・インカネーション』については、あえてアルバムとして聴いてほしくてベストに入れなかったのだと、私は勝手に解釈しています。
つまり曲をアルバムから「切り売りしたくない」というユーミン自身の意図があるのではないかと^^?
ともあれ、常に時代の半歩先を歩き続ける、またトレンドを作り出す仕掛けてのこの女性シンガーソングライターと、その脇を固めるプロジューサーであり夫君でもある松任谷正隆やバックミュージシャンの一陣は、J-POPsを語るにあたって決してはずすことのできない一大勢力であるということができましょう。
ではでは^^?
(続き(その2)もあるよ^^?)
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