昨日(12月20日)、まったくの偶然で元テニスプレーヤーの松岡修造さんのテレビ番組をみました。
正直、初めてみたのですが、おもしろかった。
松岡さんやゲスト達が「本気」で「熱言」を吐く。ようは夢を実現するためにチャレンジする人たちを、強力な助っ人(レポーター&その道でのトップランナー)が応援するという番組で、そのチャレンジは別にスポーツだけに限らず、電卓競技の高校日本一とか鉄っちゃん(鉄道マニア)の小学生の運転士さんになりたいという夢を特別に私鉄の鉄道マン教習課程に3日間の体験入学させたりと、要はなんでもいいのですが、(昨日私が見た部分だけでも3つのチャレンジがありました)なにか夢に向けてチャレンジする姿に本当に感動しました。
いくら好きなことでも当然、予想も想定もできない壁や本当に難しいところ、嫌なことはあります。好きなことをやるには最低限でもその分野で標準的なというか及第点であるある一定のラインを超えなくてはならない。そのためにはまずは標準的な嫌でやりたくないこともやらなくてはならない。
それで一旦、あるレベルに達して夢のスタートラインに立ったとしましょう。でも、そのゴールってなに?
それは、夢を描いた人に‘しか’みえないものなのです。しかもそのゴールラインはどんなにがんばってもたどり着けないものかもしれないし、一旦はゴールと設定してついたと思ったら実はもっとその先にあることをその時点で気がつくのかもしれない。
ふと「長距離ランナーの孤独」という小説のタイトル(実は自分がこの本を読んだのかきおくに定かでない^^?)を思い出しましたが、‘自分’の夢のために走る(走ってくれる)ランナーは自分しかいないことは自明というか当たり前なのですが、目標とする先に走るランナーも必要(あったほうが嬉しい)ですし、しかも一緒に走ってくれる人がいるとさらに嬉しい。走ってくれなくても沿道で応援してくれるだけでもうれしい。
‘井の中の蛙’であることは世の中往々に、しかも自分ではつかずに結果としてそうであることは非常に多くあることですが、その‘井’の中を制したこと自体は非常に素晴らしいこともあるのですが、無責任な野次馬の視点からすれば、その蛙が井戸を出た世界で、どこまでその実力というか真価を発揮してくれるのかは非常に興味深いところです。
どんなに世界一流といわれる人たちでも、子供であったし、洟垂れであったし、‘井’の中から‘沼’とか‘川’とか‘海’など自分の‘井’の範囲を自らが大きくしてより大きな舞台に挑戦して結果としてトップを狙うようになった。
そんなことを考えると、井の中にいる無数の‘ライバル’というか‘仲間’の存在の貴重さが逆にクローズアップされてきます。
つまり逆説みたいですが‘井’や‘池’に残される無数の蛙がいなければ、その‘井’を出て行く蛙は育たなかった。
私が言うまでもなく誰もが‘世界一’になれるわけではありません。
でもたった一つだけ‘世界一’になる可能性があるコトがあります。
それが、あなたの‘夢’に対してというコトです。
あなたの‘夢’はあなたにしかみることができません。世界に60億人も人(人間)がいるとのことですが、あなたが想う夢を100%正しく?みれるのはあなたひとりです。
その‘夢’になんからの普遍性なり、他の人でもみたり感じたりできるものであるとしたら。
それはそれで素晴らしいことですね。あなたの夢は、あなただけの夢に留まらず、他の誰かの‘夢’の一部となりうるわけですから^^?
スポーツでも音楽でも特に競技や競争のある世界のどんなことでも、そのような‘夢’を具体的な見える形にしたものだと思えば、いや現実にそうであるからこそ、われわれの共感と感動を与えるのでしょう。
ひとりだけではたどり着けない(世界)へ。
この言葉は、歩く仲間という小論を連ねる中で常に頭の片隅にあったことです。
ファシリテーターとはチェンジメーカーであり、ビジョナリストである。
ふと今朝ほど気がつきました。
ということで、ファシリテーターは単なる技術論ではないし、全ての人がファシリテーターになる必要もない、ただ自分でそうあろうと思うもしくは思う前に体が動いてしまっている人は、もう間違いなくファシリテーターでありチェンジメーカーです。
本来このような論考は、「歩く仲間」で取り上げるのが通例なのですが、あえて「Life I Love You!」に書き込んでみました。
ではでは^^?
P.S.
ところで、今年(2009年)のしばやんの足跡についてこんなことを書いてみました。
「【歩く仲間通信】 2009年を振り返って ほのかな光が見えた年なのでは^^?」2009年12月17日
あと開発民俗学というのを2003年ごろから勝手に提唱しているのですが、そのことに関して、最近、名古屋で参加しだした「開発ファシリテーションとフィールドワーク」という日本福祉大学の小國和子先生の勉強会に触発されてこのような文章をまとめました。上記の論に関心のある方は、こちらへもどうぞ^^?
「‘ワークショップ’~‘フィールドワーク’と‘ファシリテーション’をつなぐもの(試論)」 2009年12月19日
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