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図書館・古書検索システム

しばやん's コレクション

近代民主主義と開発思想

みなさん、こんにちは。

久しぶりのアップとなります。

愛知用水研究が、あまり進んでいない時点での発言なので、ちょっと控えめに^^?

もう1ヶ月以上前になりますが、大学院で修士論文の中間進捗発表がありました。
それでつたないながら書きかけの論文の構成を発表したのですが、そこでコメントの対象となったのが、以下の2点になります。

1) 大規模な公共事業を参加型開発という視点で分析する意義はあるのか?

2) 参加のあり方について、そのあり方と度合いについて、ありていにいえば、参加と参画について明確にする必要があるのではないか。

他にも、細かい点はあるのですが、確かにこの2点は、論文の骨子にかかわる部分なので丁寧に(論文の中で)説明する必要があると思いました。

ところで、私の場合は、もう50年も60年も前の歴史的な事例を扱うわけですが、そのような事例を社会学だけで分析できるかという問題があります。この難しさについては、すでにこのブログでも何度も触れていることですが、かなり歴史認識論ともかかわることなので、現代的な問題意識から出発はしているのですが、当時の、まさにその当時の人びとの感覚についての配慮というか、当時における常識みたいなものを踏まえないと、全くリアリティのない想像の産物、つまり柴田の願望だけの作文をしてはいけないということです。

そういう意味でいうと、昭和20年代の第二次世界大戦直後における「参加」の概念を問うということ自体、実はとても大変な作業です。なぜって、今の21世紀における戦後70年以上の現在の「参加」概念と、それとは共通点はあるものの、かなり違ったものであったはずですから。

そのようなことを、コメントを受けながら、どこまで自分に答えられるだろうかと考えたときに、いや実は、愛知用水を用意したのは、それ以前の明治以来の近代化精神、具体的には山崎延吉らの思想にまでさかのぼらなければならないということは必然なのですが、実は、昨年来、アップしてきた安城農林学校や日本デンマークに関する記述は、修士論文に載せられないであろうという見通しがでてきました。

つまり、もっと大きな宿題として、今の研究の先というか、それを下支えするのは、上記の、少なくとも明治以降の日本の近代民主主義そのものを調べないといけないことがわかりました。

これからも研究を続けていくという前提でいうと、わたしの究極の問題意識は、「近代民主主義と開発思想」という歴史的な世界認識論の解明であると感じました。

ということで、開発民俗学の途は、まだまだ遠いなあと思う、今日この頃をつぶやいてみました^^?

ではでは^^?

2017年7月 9日 (日)

近代と民主主義思想

近代化と民主主義にかんする書籍リストです。

○山田竜作 『大衆社会とデモクラシー-大衆・階級・市民』 風行社 2004年11月 りぶら 【311.7 タ】

○堀真清編 『原典でよむ日本デモクラシー論集』 岩波現代全書006 岩波書店 2013年7月 りぶら 【311.2 ケ】

○佐藤光 『柳田国男の政治経済学 日本保守主義の源流を求めて』 世界思想社 2004年9月 りぶら 【309.0 ヤ】

○上田幸夫 『公民館を創る 地域に民主主義を紡ぐ学び』 国土社 2017年3月 りぶら 【379.2 コ】

2016年12月 8日 (木)

院生室持ち込み資料および気になる本 2016

[20161130]

●井上文夫、井上和子、小野能文、西垣悦代 『よりよい社会調査をめざして』 創元社 1995年6月 (20161127)

●伊佐淳、松尾匡、西川芳昭編著 『市民参加のまちづくり 地域の自立と持続可能性 コミュニティビジネス編』 創成社 2007年1月 (20161028)

〇西川芳昭 『地域文化開発論』 九州大学出版会 2002

〇西川芳昭 『作物遺伝資源の農民参加型管理』 農山漁村文化協会 2005年

〇西川芳昭共著 『一村一品運動と開発途上国-日本の地域振興はどう伝えられたのか―』 アジア経済研究所 2006年

●礒埼初仁、金井利之、伊藤正次 『ホーンブック地方自治[改訂版]』 北樹出版 2011年5月 (20161127)

●香坂文夫 『よくわかるまちづくり読本-知っておきたい基礎知識88-』 技報堂出版 2010年1月 (20161127)

●谷岡一郎 『「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ』 文春新書 文藝春秋 2000年6月 (20150518)

●地域社会学会編 『新版 キーワード地域社会学』 ハーベスト社 2011年5月 (20140114)

●神谷素光 『山崎延吉の世界』 郷土出版社 2001年11月 (20160929)

●宇野善康 『<普及学>講義 イノベーション時代の最新科学』 有斐閣選書 有斐閣 1990年9月 (20150711)

〇安田雪 『パーソナルネットワーク 人のつながりがもたらすもの』 ワードマップ 新曜社 2011年7月 名市大 【361.3 Ya】

〇松野弘 『現代地域社会論の展開 新しい地域社会形成とまちづくりの役割』 ぎょうせい 1997年6月 名市大 【361.7 Ma】

●松野弘 『地域社会形成の思想と論理-参加・協働・自治-』 ミネルヴァ書房 2004年7月 (20161026)

〇稲葉振一郎 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』 文春新書 文藝春秋 2016年5月 名市大 【331.85 In】

〇飯田泰之他 『地域再生の失敗学』 光文社新書 光文社 2016年4月 名市大 【318.6 Ii】

2016年11月23日 (水)

図書館から借りた本~名古屋市立大学図書館編

こちらでは、所蔵館ごとに借り出した本を時系列にメモしていきます。 2016年12月8日現在

[20161118]

〇飯田泰之、木下斉、川崎一泰、入山章栄、林直樹、熊谷俊人 『地域再生の失敗学』 光文社文庫 812 光文社 2016年4月

〇毛利和弘 『文献調査法-調査・レポート・論文作成必携-(情報リテラシー読本) 第7版』 日本図書館協会 2016年5月 【015.2 Mo】

〇出口知史 『東大生が実際に学んでいる戦略思考の授業』 徳間書店 2016年6月 【336.1 De】

〇稲葉振一郎 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』 文春親書 1078 文藝春秋 2016年5月 【331.85 In】

[20161208]

〇都筑学 『大学1年生のための伝わるレポートの書き方』 有斐閣 2016年4月 【816.5 Ts】

〇里美実 『パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読む』 太郎次郎社 2010年4月 【371.262 Sa】

〇パウロ・フレイレ/三砂ちづる 『新訳 被抑圧者の教育学』 亜紀書房 2011年1月 【371.262 Fr】

〇中谷安男 『大学生のためのアカデミック英文ライティング-検定試験対策から英文論文執筆まで』 大修館書店 2016年5月 【836.5 Na】

2016年11月22日 (火)

環境社会学と地域開発

凡例: ●所有、○みたことがある、☆未見

2016年11月22日 現在

〇栗原彬・庄司興吉編 『社会運動と文化形成』 東京大学出版会 1987年5月 名市大 【361.6 Ku】

〇飯島伸子、舩橋晴俊編著 『新潟水俣病問題 加害と被害の社会学』 東信堂 1999年2月 名市大 【493.152 Ii】

〇飯島伸子・鳥越皓之・長谷川公一・舩橋晴俊編 『環境社会学の視点』 講座環境社会学 第1巻 有斐閣 2001年1月 名市大 【361.7 Ko 1】

〇関礼子・中澤秀雄・丸山康司・田中求 『環境の社会学』 有斐閣アルマ 2009年11月 名市大 【361.7 Se】

〇舩橋晴俊、長谷川公一、飯島伸子編 『巨大地域開発の構想と帰結 むつ小川原開発と核燃料サイクル施設』 東京大学出版会 1998年1月 名市大 【539.4 Fu】

2016年11月17日 (木)

いざ、“言葉”を探す旅へ 開発民俗学への途 第三ステージへ

みなさん、こんにちは。

ご無沙汰しております。

先日、11月13日(日)に名古屋市立大学の大学祭で、大学院の仲間と、地域づくりに関するシンポジウムとセミナー、パネル展示なとをおこなうことができました。

5月の参加の応募から、地域づくりユニットの院生仲間と、いろいろディスカッションを重ねて内容の検討から講師の選定・出演依頼を経て、なんとかかんとか終えることができたといった感じです。本当に、仲間の熱意と、大学の先生方、学生係の方など周囲のご理解とご協力がなければ、全く形にならなかったと思います。重ねてになりますが、みなさまに感謝感謝の日々です。

当日の、「名市大地域づくり劇場 全四幕」では、県下の市民活動の実践者の講師のみなさまの実践報告と、フロアとのパネルディスカッション、終了後の懇親会と朝から一日、熱い議論がなされました。

いろいろな重要な論点はあるのですが、ここではあえて自分の今後の活動に引き付けて、このシンポジウムをおこなってみなさまから受けた刺激をどうつなげていくのかについて述べたいと思います。

まず思ったのは、ゲストの人びとの実践活動について、ほとんどの参加者は知らないという事実、たとえば「おやこ劇場」(広中さん)という活動については、知っている人は知っているが知らない人は全く知らない。岡崎の籠田公園の芝生緑化についても、今、この公園を初めて訪れた人は、最初から「こんなものだ」と思ってしまう。今の状態に至る過去の経緯やその中で活躍というよりむしろ苦労した人たちのことは知らなければ知らないままで済んでしまう。これは、桜山商店街でまちプロジュースのメンバーが工夫しておこなっている「まちとーーく」や菅原さんが豊田市で試みた「つなぎすと」の養成についてもしかり、正直、知っている人のほうが少ないでしょう。

しかし、確実に、彼女らの活動を頼りにして、またそれから影響を受けて自分の生き方や行動や考え方を変えて自分の生につなげている人がいる。これもまた事実です。

今回は、本当にたまたまですが、講師の4名とも女性で、失礼ながら全国区の有名人ではありません。しかしながら、この実践を通じて得られた体験に基づく“言葉”は、少なくとも参加者には説得力と実在感を持って受け入れられたと思います。つまり、人のまねごとの誰かが言っていたような空虚な“言葉”ではなく、実体をもった“言葉”であるのです。

私自身、さまざまな経験から多くを学んでいますが、特に若い人たちに対して、「体験が全て」というつもりは全くありません。そもそも若者に体験や経験を期待することは無理ですし、逆に大昔の過去の栄光の体験や経験をもって説教された私としても、そのような先輩に対していやな思いしかありません。

教えたり諭すのではなく、ありのままの体験や経験や考え方を話し合うことにより、互いに気づきあう。経験絶対ありきではなく、どれほど空想的な夢想でも希望でもいいじゃあないですか。少なくとも自分の知らない“何か”を信じて考えている生きている他者が、この地球上にいることを知ることは、たとえ何百歳になっても必要なことであるし、実際に、全ての人間そのものが不十分で不完全で、万物を知るもの(たぶんそれを神をいう人々がいる)に絶対になれるはずもわけがないのです。

結局、われわれは、「単なる人間」であることに甘んじなければならないし、それ以上でもそれ以下のものでもない。その「単なる人間」として社会や他者と交わっていかざるを得ないわけです。

ただ、今回のシンポジウムを聞きながら、また自分でも話をしながら思ったことは、どんなことでも「言葉」として表せられないと、人間世界では「認識」されないということでした。世の中ちまたにたくさんの生の営みがあり、よい事も悪いことも含めてさまざまな‘世の中’の動きがあります。

しかしながら、コマーシャルなニュースになるのは、海の砂の一粒もなく、学術研究でさえ、人間が生きる世界(宇宙を含む)のほんのほんの一部のことを取り扱っているにすぎません。

私は、日本発信の「開発学」ということにこの15年ほどこだわって生きてきましたが、それは具体的に何をすることなのか正直わかっていませんでした。

ただ、今年の4月に大学院に入って講義に出て先生方の話しや自分の研究を進めるうちに、少なくとも学問の世界で、人類に貢献(なんとおおげさな)には、“言葉”で人びとの生を拾っていることしかないことに気が付きました。

今まで、開発援助の世界で働いてきて、どうにもしっくりこなかったのは、世界中のどんな辺鄙な途上国でさえ、それぞれの地域に固有の考え方や生き方があり、たとえ“英語”や”フランス語”など先進国(とされる)西欧(近代)文明国の“言葉”とは発音も綴りも(文字すらない場合もありますが)まったく違っても、たぶん人間が生きていくのに必要な“智慧”を示す言葉は以前からあったし、今でも常にあり続けたという事実です。

つまり、近代的に“開発”されなくてもすでに、その地にあった人間の生は保証されていたということを、あまりにいわゆる頭のいい人たちは、見逃してきたのではないか。

昔、ギリシア人はアフリカ北岸のアルジェリアの人たちを「ベルベル人」すなわち「何をいっているのかわからない人」だと決めつけ、自分より劣ったものとしました。イスラームを受け入れたベドウィンの人たちは、イスラーム化する前の自分たちの先祖の時代を「ジャーヒリーヤの時代」すなわち「無明時代」となずけました。

他人事だと笑ってはいけません。今、世界の最先端をいっていると自負している西欧のひとたちですら、ルネサンス(再興)の前の時代を、「暗黒の中世」と呼びつけ、今の自分の生きている時代より劣ったものだと決めつけたのです。これは、古今東西どこでも大昔から人間、特に支配(したがる)者が繰り返してきた常套手段で、エジプトから中国からたぶん人間が文明を発明した時から、ずっとやり続けてきたことなのです。

今の視点でみればどうなのか。少なくとも、われわれはアラビアのイスラーム時代の前が無明時代ではなく、「幸福なアラビア」であったことも、中世が暗黒時代でもなかったことはわかっています。しかしながら、今、現在の20世紀について冷静に判断することは、ほぼ不可能に近いでしょう。

何がいいたいかというと、パラダイムが変わると世の中の考え方すなわち常識自体が変わってしまうということ、パラダイムが変わる際には、必ずほぼ間違いなく「新しい価値観」を表す“言葉”が生まれてきたし、これからも生まれていくだろうという事実です。

今、私は社会人経験ほぼ25年での経験をもって学位論文をまとめようとしています。これは、13年前に手探りで始めた「開発民俗学への途 第一部」の順当で正当な「第二部」ではあるのですが、その先に来るものは、別に“学問”でなくてもよいのではないか。

ふとそんなことを思いました。

論文をまとめつつ、心は次のステージへ。たぶん、私は、新しいパラダイムを示す“言葉”を探しに、次なる旅に乗り出すことになるのだろうと思いました。

その“言葉”は当然、今自分が立っている足元にある。それは、ほぼ間違いなく地球上のどこかである。日本でも先進国でも開発途上国でも、どこでもが「現場」となりえます。たぶん、どこかの「現場」に足をつけながら、私は“言葉”を探していきたい。それは、ほぼ間違くなく「日本語」だけではない。私は、日本や日本人だけをみているわけではなく、地球という環境に生きているわけで、地球上の人びとが“仲間”なのです。

したがって、便宜的ですが、「英語」なり、世界中の誰もが理解できる「共通認識を表せるような言葉」を探さざるを得ないし、もしなければ、新しい”言葉”をつくってしまったほうが早いのかもしれませんね。つまり、その〝言葉”は日本語や英語で解釈ができるが代替はできないという〝言葉”です。〝Kaizen”とか”Mottainai”とか、日本語起源である必要もありません。

こう考えていくとオリジナリティや起源を尊重するとすると、ローカルな概念と言葉を、グローバルに世界で流通するようにするということが、その解答となりうるかも知れません。この戦略は多元的な地球の価値をつくっていくという意味で、二重の意味で重要なことです。具体的には、ローカル起源の考え方や言葉を英語などで解説し、世界中で理解できるように解説していく。完全に人造語ではなく、世界のローカルな概念を、そこで使われている”言葉”と共に世界中で理解できるようにしていく。これこそが、〝言の葉”拾いの世界行脚ということになりますね。

結局、日本人だけのためでなく地球人が読んでわかるものを書かなければならない。特に途上国の〝言葉”を持っていないと思われている人たちのために。

そのために、どこへ行くのがベストなのか。今の時点では、まったくわかりませんが、たぶん何かに導かれていくのだろうなあと思います。

とりあえずは、「今やるべきことをきちんとやっていくこと。」これは社会人になって7,8年目ごろに自分の父親ほどの年齢の先輩コンサルタントから口を酸っぱくして指導されたことでもありました。自分が世の中で、学ばせていただいたことのいくつかでも次の世代に継承していければよいと思います。

まだまだスタート地点にも立っていない。でも前に進むしかない。

そんなことを今、考えています。

ではでは^^?

2016年11月 5日 (土)

Japanese Folklore and Development (開発民俗学)の提唱 (2020年までのロードマップ)

今まで、ずっと「開発民俗学」の適切な英訳(意味としてもことばとしてもしっくりくる)を考えてきたわけですが、2016年10月30日の朝に、ふと思いつきました。

そうだ、素直に、「Folklore and Development」でよいのではないかと。

最近、愛知用水の研究に取りかかっているのですが、その過程で、山崎延吉を知ったことがきっかけでした。その中で、柳田國男の民俗学と農政学、さらには農本主義との接点についての疑問といいますか関心がでてきたのです。

山崎は、明治の6年(1873年)に石川県の金沢に生まれ、東京帝国大学農科大学を卒業し、愛知の碧海郡(現安城市周辺)の安城農林学校の校長かつ愛知県の農政にかかる要職を歴任してのちに帝国農会の主席幹事や国会議員などとして、日本の農民教育と農政に深くかかわりました。

山崎延吉研究には、膨大な研究蓄積もあり、いろいろな論点があるのですが、私の愛知用水研究とのからみでいれば、もともとは愛知用水事業の推進者であった篤農の久野庄太郎、農業技師の浜島辰雄を中心に調べようとしていたのが、どうしても彼らのお師匠さんであった山崎延吉が彼らおよび愛知用水事業の推進に果たした役割自体を深く調べざるを得なくなったというのが本当のところです。

それらの詳細については、修士論文の中で明らかにする予定ですが、山崎延吉を調べようとすると、少なくとも下記のキーワードを押さえることが必要となってきます。

・「安城農林学校」で展開された「開かれた学校」に代表される農民教育方針
・「日本デンマーク」大正から昭和初期に全国的に有名となった愛知県、特に碧海郡の農業先進地。
・『農村自治の研究』 明治41年(1908年)に出版され幾度も改訂を重ねた延吉の出世作。
・『農村計画』 昭和2年(1927年)に出版された「都市計画」に対する農村振興策。
・「農民道』
・「農本主義」
・「帝国農会」
・「小作争議」
・「農村経済更生運動」
・日本の植民地時代の朝鮮における農村振興五ヵ年計画における農村指導
・「全農学校」
・「興村行脚」 本格的には明治39年(1908年)から昭和29年(1954年)の没まで継続的に行われた「農民へ働きかける目的で農村を講演旅行すること」(神谷2001、132頁)

一言でいえば、明治末から昭和初期の日本の農村振興のための農民教育を体を張って実践した人ということでしょうか。「興村行脚」として、日本国内ばかりか台湾、朝鮮、満州に足を伸ばしています。日本農政の神様といわれた中央官僚かつ政治家の石黒忠篤が山崎延吉の銅像によせた讃文によれば、

「先生は愛知農業発展の原動力たるに止らず、各地よりの懇情に其席暖まることなく、行脚の足跡全国台朝に汎く講演の回数一万五千を超えた。嘗て先生の啓発指導に浴したる多数の人は皆其高邁なる識見堅実なる実行を敬慕して忘れ得ぬであろう。」(神谷2001、9頁)

とあります。実は、今年の夏休み、愛知用水というよりむしろ山崎延吉の資料ばかりあさっていました。さいわい、山崎延吉の拠点、安城市は私の住む岡崎市の隣の市で、私の家のすぐ近くの愛知県立農業大学(以前の、追進農場)は、まさに山崎延吉が指導した愛知県農業試験場の下部機関でした。

ともあれ、この数ヵ月、山崎延吉を調べれば調べるほど、彼が愛知用水事業推進に直接間接に果たした役割の大きさと、彼自身の魅力というものに感じ入りました。

ここで疑問というか、課題として浮かび上がってくるのは、そもそも日本の「農本主義」とはなんであったかということがまず一つ、そして私が追及している「民俗学」とは、そもそも何が母体となって生まれたのかという疑問です。

実は、今年の初めに、『民俗学・台湾・国際連盟 柳田國男と新渡戸稲造』講談社選書メチエ(2015年1月)という佐谷眞木人という本を知りました。それ以前にも、柳田國男と南進政策(植民地行政)との関わりについては、川村湊 『「大東亜民俗学」の虚実』 講談社選書メチエ 1996年)という問題提起の一般向け書籍もあったわけですが、佐谷さんの本のほうが、より直接に柳田の心根に迫るような分析を加えていました。

つまり、農政官僚であった柳田がなぜ、民俗学を起こそうとしたのか、その一つが、「国際連盟」の委託統治委員としての挫折と、実際にヨーロッパに足を落として柳田が悟ったこと、それに加えて、なにかもっと決定的なものがあったのではないか。

そのミッシングリンクを、先日、たまたま名古屋市立大学の図書館で見かけた、この研究者の著作が埋めてくれそうなのです。

藤井隆至 『柳田国男 『産業組合』と『遠野物語』のあいだ』 「評伝・日本の経済思想」 日本経済評論社 2008年8月 

藤井氏の著作を調べてみるとさらにこのような大著をあらわしていることがわかりました。

『柳田國男 経世済民の学 -経済・倫理・教育-』 名古屋大学出版会 1995年9月

ようやく手元に届いたところなので、両著とも読み込みはこれからですが、自分としては、一つの結論といいましょうか、今度の研究の方向性がみえてきた気がしています。

今まで、開発民俗学をどのように英訳しようかとずっと悩んでいましたが、ドイツ語起源の「folklore」の精神を柳田が継承したのであれば、フォークロアの原義に含まれる「開発に対抗する後発国としての民族運動」がすなわち「開発民俗学」そのものであるから、あえて「開発」を「民俗学」に付け加える必要はなく、もとより「フォークロア」が含んでいた「開発」を表にだしさえすればよい。

という、シンプルな結論になります。つまり、「開発」と「民俗学」を並べればすむ話で、「開発」の「民俗学」、Folklore of Development や Folklore in Developmentと英訳する必要はない。また、Folkloreにかわる英語を新たに探す必要もなく、Folkloreの内在する意味をはっきりさせるために、Folklore and Development として、日本人以外の読者向けには、Japanese Folklore and Development とあえて「日本の」開発民俗学という言い方をすれば、Folkloreの学問としての可能性を開くことになり、これは、結果として柳田國男の「一国民俗学」を「世界民俗学」に開くことにもつながるという結論(作業仮説)にいたりました。

※上記の記載は、私の今までの研究の成果から自由に作文していますが、日本の民俗学の位置づけや起源について、この本がよくまとまっています。こちらの「フォークロア」に関する説明なども参考にするつもりです。
新谷尚紀 『民俗学とは何か 柳田・折口・渋沢に学び直す』 吉川弘文館 2011年5月

当然、裏付けの研究はこれからですが、この先、5年の私が提唱する「開発民俗学」の方向性が見えてきた気がします。

「開発民俗学の展開 2016年~2020年の中期計画

開発民俗学の研究・実践を次の3つの区分においておこなう。

1.理論研究

「Japanese Folklore and Development, Preliminary Study」というタイトルで、2020年を目標に英文で論文を発表する。

1-1 諸外国における民俗学の起源と現状

日本の民俗学にあたる外国語にはいろいろなものがあります。一番近いとされるFolkloreについても各国でとらえ方が違うようです。そして、Folkloreは、AnthropologyやSociologyともEconomicsとも違うとされています。ここでは、世界に通じるfolkloreの意味とその起源と現在におけるニュアンスについて確認をおこないます。これは、日本の民俗学を説明するにあたって避けて通ることができない最低限の準備作業です。

1-2 柳田國男、折口信夫、渋沢敬三、宮本常一らの民俗学者の「開発」現象に対する想いと考えを確認する。

1-3 上記では主に柳田國男と渋沢敬三、宮本常一にあたるかと思われるが、民俗学者と農政実務家との関わりと「開発実践」について検証する。ここで農政実務家として表にでてくるのは、新渡戸稲造、山崎延吉、石黒忠篤、安岡正篤、那須皓、東畑精一らがまずあげられよう。

1-4 結論としては、「日本の民俗学は、近代資本主義の日本への浸透という緊張関係の中で生まれ、都市部というよりむしろ農村部の疲弊に対する貧困対策を、過去の先祖の生活の知恵に探ろうとした実践学であり、農政への還元はのちには希薄となっていたが、少なくとも柳田國男と宮本常一は現場での調査と実践を中央の政策レベルに結び付けようとした足元からの社会変革のための「学問」であった」という側面があったことを証明する。

1-5 世界民俗学に向けた提言

上記で検証したfolkloreとdevelopmentとの関わりを基盤とした、開発人類学(Anthropology of Development, Development Anthropology)とは違う「Folklore and Development」の研究方法と実践の可能性について提言をおこなう。

2. 事例調査(ケーススタディ)

2-1 「愛知用水の研究」として、修士論文として2018年3月までにまとめる。

地域の重層性とチェンジエージェントの役割を中心に、愛知用水事業を「文化運動」としてソーシャル・イノベーション論で読み解く。ディスプリンとしては、「イノベーション普及学」をベースに、社会関係資本(ソーシャルキャピタル)論、ネットワーク論、開発コミュニケーション学、地域開発論、参加型開発論など、地域と開発にかかわる議論と方法論を駆使して事例分析をおこなう。

2-2 フィリピンの地方開発論

詳細は未定。できれば、フィリピンへの開発コンサルタント時代の2004年3月から2008年6月までの駐在期間におこなったフィリピンの農業行政機関と現地調査の経験を生かしてフィリピンの地域開発についてケーススタディを行いたい。

3.開発実践

3-1 日本の地域づくり、まちづくり、むらおこしへのコミットメント

適宜、必要と自分の関心に応じて、地域づくりでがんばっている人を応援する中間支援をおこなう。

3-2 地域開発に関するコンサルティング

これは、上記とは違って契約ベースで調査やコンサルティングを行う。クライアントとしては市町村などの行政組織、民間企業やNGOやNPOなどの各種団体。国内外を問わない。

3-3 開発民俗学に関する情報発信

研究成果や実践の過程を(クライアントとの守秘義務に反しない範囲において)、私のもつブログやホームページ、SNSなどのチャンネルを通じて適宜、世界に対して発信する。

私の情報に関するポリシーは、基本、「公開」が原則で、それは、「知は力なり、ただしそれは開かれたものでなくてはならない 柴田英知@1991」というクルドによる。」

以上を、この先、5年ほどの行動指針としてみました。

関心のある方のコメントや応援・激励、議論をお待ちしております。

これは軽く読み流していただいて結構なのですが、私のこの5年の活動の悲願は、自前の研究機関を採算がとれるように独立させることです。スポンサーの申し出をお待ちしております。

もちろん、競争研究基金の獲得にも努力しますが、やりたいことに対して時間と先立つお金が、全然足りません。フィリピンでのフィールドワーク、書籍資料の収集、興村行脚のための旅費などお金にある程度余裕がないと、最低限、必要なことすらが実現できません。

まずは、社会から必要とされるコンテンツ(中身)がないとはじまらないのですが、個人の努力プラスアルファの要素が必要だとも感じています。

ともあれ、「幸せに生きたい」とねがうわたしたちの、障害を取り除くための知的な貢献をしたいと考えて実践してきますので、ともに「歩く仲間」の常時募集をしております。

ではでは^^?

柴田 英知

2016年10月28日 (金)

名古屋市立大学の大学祭(11月13日)に出展します!

みなさん、おはようございます。


今、大学院生をやっているわけですが、同窓の仲間と下記のイベントを企画・共催することになりました。

ぜひ、近隣の方はお気軽にお遊びください。

以下、案内文です。

-----------------------------------

みなさん、こんにちは。

人間文化研究科地域づくりユニットの柴田です。

2016年11月12日~13日に、滝子キャンパスで大学祭が開かれるわけですが、院生有志で、下記のイベントを行うことになりました。

もしお時間がありましたら、お気軽にお立ちよりください。よろしければお知り合いや学生さんにも声をかけていただけたらと存じます。

なお、詳細は適宜、下記のフェイスブックのイベントページで紹介していきます。引き続きフォローをお願いいたします。

では、今後とも、よろしくお願いいたします。

柴田 英知

――――――――――――――――――

11月13日(日)市大祭二日目のみ参加

<終日> (ポスター企画)

■「椎葉村はこんなにスゴいトコ!」 パネル展示 椎葉美耶子(院生)

■「熱田の杜とガールスカウト」 パネル展示 鈴木美香子(院生)

■「‘国際開発と地域づくりを考える’情報フェア&キャリア相談会」 資料展示 ※キャリア相談会は、午前中のみ 柴田英知(院生)

<午前の部>  (セミナー企画)

■「椎葉村はこんなにスゴいトコ!」  椎葉美耶子(院生) 10:00~10:30

■「しばやんの世界のあっちこっちめぐり~フォト&ミュージックサロン」  柴田英知(院生)10:45~11:15

■「豊明おやこ劇場、観察日誌。~舞台芸術と子育て~」  柘植みのり(院生) 11:30~12:00

<午後の部> (ゲストを招いての公開シンポジウム)

13:30~15:30 名市大まちづくり劇場2016 ~地域とつながりタイ 全4幕~
20161028_3

■フェイスブックのイベントページはこちら
主催:地域とつながりタイ
共催:まちプロデュース、歩く仲間
後援:名古屋市立大学人間文化研究所

“地域”と“わたし”のちょっといい関係、一緒に考えてみませんか?

名古屋市立大学人間文化研究科(大学院)に学ぶ有志が、まちづくりに活躍する素敵なゲストをお招きするシンポジウムを企画しました。

みなさまのご来場を心よりお待ちしております。

<第1部 わたしたちの実践報告>

第1幕: 桜山に住んでみた!わたしの地元デビュー!
     「まちプロデュース」の巻

講師: 山本はるかさん、椎葉美耶子(院生)
所属: まちプロデュース (名古屋市昭和区)

第2幕: 砂ぼこりの公園を芝生にしちゃいました!
    「籠田公園・商店街活性化」の巻

講師: 天野めぐみさん
所属: 篭田商店街振興会長 (岡崎市)
     活動の紹介記事:岡崎ルネサンス 籠田公園×天野めぐみ氏
 

第3幕: 語りあう子育てのつながりを地域に!
     「おやこ劇場」の巻

講師: 広中省子さん 
所属:子ども・おやこ劇場東海連絡会副運営委員長 (長久手市)

第4幕: ひとりひとりの想いを大切にできる社会に!
     行政と市民の「つなぎすと」の巻

講師: 菅原純子さん
所属: こころざし研究所代表、博士(学術)(豊田市)

幕間(10分): 休憩 & アンケート回収

<第2部 パネルディスカッション>

総評: 地域づくりを可能とする仕掛けを考える
     「第三舞台とチェンジエージェント論」

講師・ファシリテーター: 柴田英知(院生)

全体討議: パネラー&フロアで一緒に考える
        「地域とわたしのちょっといい関係」

 参加者の全員がメンバーです!

資料代:

一般:700円
学生:300円 (中学生以下は無料)

会場:

名古屋市立大学滝子(山の畑)キャンパス 第2号館 401号室


主催:地域とつながりタイ!
(院生有志:柴田英知、椎葉美耶子、鈴木美香子、柘植みのり)




以上

2016年10月26日 (水)

農政学者としての柳田國男とその周辺

2016年10月26日作成 2016年11月1日 現在 

 愛知用水の研究を進めるうちに、愛知農林学校の校長であり農本主義者であった山崎延吉が、愛知用水プロジェクトの推進に果たした役割の大きさを知ったわけですが、また同時に、もと農政官僚であった柳田國男を介した民俗学との接点をおぼろげながらみえてきました。

 一言でいうと、明治以降の急激な近代化や資本主義の導入にともなった社会の大きな変革、特に発展する都市部と取り残される農村部の急激な疲弊について、柳田もまた関心を持ち、その問題意識が、特に近代欧米社会との対峙が、柳田の日本民俗学の萌芽のひとつとなったことは間違いありません。

 本人がどのように意識していたかは一旦おいておいて、カントリー・ジェントルマンとして、また一人の教育者として愛知県の碧海郡の安城を基点として日本の農政に対して中央の農政官僚を通じて直接、間接に影響を与え続けた山崎延吉と、中央の農政官僚を‘降りて’民俗学の創始者となった柳田國男は、全く違う道を歩いたようにみえながら、その問題意識の出発点では、私たちが今、思う以上に極めて近いところにあったのではないかと感じています。

 このリストでは、民俗学と農村振興・地域開発との接点を考えるにあたってヒントとなるような論考を取り上げます。

●所有、〇見たことがある、△みたことがない。

<和書>

●鞍田純 『改訂 農業協同組合論』 全国農業協同組合中央会 1978年4月 改定版 (20150711)

〇藤井隆至 『柳田國男 経世済民の学 -経済・倫理・教育-』 名古屋大学出版会 1995年9月 名市大 【380.1 Fu】

〇藤井隆至編 『日本史小百科 近代経済思想』 東京堂出版 1998年9月 名市大 【331.21 Fu】

〇藤井隆至 『『遠野物語』を読もう-柳田國男が意図したもの-』 新潟大学大学院現代社会文化研究科「ブックレット新潟大学」 新潟日報事業社 2010年7月 名市大 【382.122 Fu】

<翻訳書>

〇テッサ・モーリス‐鈴木/藤井隆至 『日本の経済思想-江戸期から現代まで-』 岩波書店 1991年11月 名市大 【331.21 Mo】

2016年10月11日 (火)

チェンジエージェント考~旅する職能集団

久しぶりに記事をアップします。


今年の4月から名古屋市立大学の大学院に通っているのですが、ようやく大学院での講義だけではなく、仕事も含めた一連の生活にやっと慣れてきたところです。

ともあれ、9月最終週から後期に入って、ようやく研究の方向性を調整しつつあるところです。

確かに、愛知用水という題材を修士論文という形に落とし込むためには、先生方の指導もあり、たぶん、それはそれとしてやっていけそうなのですが、はて、本当にやりたいことってなんだろうと思ったときに、結局、下記に要約されるのではないかと思いました。

「開発コンサルタント」論というより、その生き方そのものに、私は一番関心があるし、明らかにして世に問うべきものだと。

べたな青臭い考えかもしれませんが、私は、本気で、今の世界を変えていくことに関心をもっています。ただ、自分が何もしなくても地球はまわっているし、世界はどんどん自分とは関係なしに変容しています。

だが、果たして手をこまねいて世間に流されるだけで、自分は生きている意味はあるのか、自分が生まれてきた意味があるのかと思ったときに、やはり川の流れに棹をさすと申しましょうか、少なくとも自分なりの価値観=「真善美」に基づいて、世界や世間に対してコミットメントしていく必要があるのではないか。

そのよりどころになるのが、自分にとっては、たままた出会って歩いてきた「アラブ・イスラーム」への関心であり、職業としての「開発コンサルタント」というものです。

国際開発コンサルタントの一番の醍醐味を、以前、私は、「大臣まで最貧層まで相手にできる」と看破しました。世界の開発援助の現場で、このような役割を担えるのは、「コンサルタント」という職能者しかありません。

その「開発コンサルタント」の資質として、一番、大切なものは、ずばり、「チェンジエージェント」としての役回りができるかということです。

私は、「優れた開発コンサルタント}=「究極のチェンジエージェント」であるという現場でみてきた諸先輩方の実態(実績)と同時に、そうであるべきという強い個人的な思いがあるからです。

もう少し、話を普遍的なものにすると、古今東西の旅する「職能集団」は、すべからく「開発コンサルタント」としての機能を、常に異郷の地で果たしてきました。

そうです。この「旅する人々」が、ずっと私が子供のころから追い求めてきた憧憬(ロマン)の対象でありました。

これは、私がアラブ・イスラーム地理書に象徴されるような、旅する人々のことを考えれば容易に導かれる簡単な類推であると同時に、歴史的にも事実であると思います。

そして、「チェンジエージェント」のもつ「よそ者性」について、私は一番、関心を持っています。この「よそ者性」こそが世界を変える、いや変えてきたと私は思うのです。

「よそ者性」、それは、広く世界を旅するものが、不断に持つもの。風の人が持たざるを得ない宿命とでもいったものでしょう。

ただ、そうはいっても、その「よそ者性」が、ひとびととひとびとをつなぎ、現状を打破するブレークスルーとなる破壊力をもった「危険なもの」であることには留意をしなければなりません。

大体、預言者は、自分のコミュニティーには受け入れられず、「石もて追わるるもの」であり、いくら正しく、よいことをしたとしても「人柱」とされる可能性が極めて高いもの。

私が、「開発民俗学」などというのは、このチェンジエージェントのもつ「異人性」、「よそ者」と伝統社会との軋轢にこそ、価値と未来への可能性があると信ずるからに相違ありません。

結局、ひとつひとつ実証を重ねていくしかないのですが、ふと、初心を振り返ってみる必要性を、今の時点で感じました。

愛知用水の研究もまた、そのようなところにアドレスしていかなくてはと思います。

雑駁な感想ですが、たぶん、私の研究の最上位目標はこれだという確認でした。

ではでは^^?

2016年5月15日 (日)

愛知の地場資源に関するメモ書き

検討課題:


1.山崎延吉の人となり

2.愛知県下の官民組織(農村部との連携を中心に)

・篤農家たち

・農会

・愛知県の農政

・安城農林学校

 『流芳』 月刊誌

・愛知県農事試験場

 『安城農報』 月刊誌

3.農林省の普及機関の全体像(国内農政ネットワーク)

4.愛知県下の農村文化

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