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しばやん's コレクション

Japanese Folklore and Development (開発民俗学)の提唱 (2020年までのロードマップ)

今まで、ずっと「開発民俗学」の適切な英訳(意味としてもことばとしてもしっくりくる)を考えてきたわけですが、2016年10月30日の朝に、ふと思いつきました。

そうだ、素直に、「Folklore and Development」でよいのではないかと。

最近、愛知用水の研究に取りかかっているのですが、その過程で、山崎延吉を知ったことがきっかけでした。その中で、柳田國男の民俗学と農政学、さらには農本主義との接点についての疑問といいますか関心がでてきたのです。

山崎は、明治の6年(1873年)に石川県の金沢に生まれ、東京帝国大学農科大学を卒業し、愛知の碧海郡(現安城市周辺)の安城農林学校の校長かつ愛知県の農政にかかる要職を歴任してのちに帝国農会の主席幹事や国会議員などとして、日本の農民教育と農政に深くかかわりました。

山崎延吉研究には、膨大な研究蓄積もあり、いろいろな論点があるのですが、私の愛知用水研究とのからみでいれば、もともとは愛知用水事業の推進者であった篤農の久野庄太郎、農業技師の浜島辰雄を中心に調べようとしていたのが、どうしても彼らのお師匠さんであった山崎延吉が彼らおよび愛知用水事業の推進に果たした役割自体を深く調べざるを得なくなったというのが本当のところです。

それらの詳細については、修士論文の中で明らかにする予定ですが、山崎延吉を調べようとすると、少なくとも下記のキーワードを押さえることが必要となってきます。

・「安城農林学校」で展開された「開かれた学校」に代表される農民教育方針
・「日本デンマーク」大正から昭和初期に全国的に有名となった愛知県、特に碧海郡の農業先進地。
・『農村自治の研究』 明治41年(1908年)に出版され幾度も改訂を重ねた延吉の出世作。
・『農村計画』 昭和2年(1927年)に出版された「都市計画」に対する農村振興策。
・「農民道』
・「農本主義」
・「帝国農会」
・「小作争議」
・「農村経済更生運動」
・日本の植民地時代の朝鮮における農村振興五ヵ年計画における農村指導
・「全農学校」
・「興村行脚」 本格的には明治39年(1908年)から昭和29年(1954年)の没まで継続的に行われた「農民へ働きかける目的で農村を講演旅行すること」(神谷2001、132頁)

一言でいえば、明治末から昭和初期の日本の農村振興のための農民教育を体を張って実践した人ということでしょうか。「興村行脚」として、日本国内ばかりか台湾、朝鮮、満州に足を伸ばしています。日本農政の神様といわれた中央官僚かつ政治家の石黒忠篤が山崎延吉の銅像によせた讃文によれば、

「先生は愛知農業発展の原動力たるに止らず、各地よりの懇情に其席暖まることなく、行脚の足跡全国台朝に汎く講演の回数一万五千を超えた。嘗て先生の啓発指導に浴したる多数の人は皆其高邁なる識見堅実なる実行を敬慕して忘れ得ぬであろう。」(神谷2001、9頁)

とあります。実は、今年の夏休み、愛知用水というよりむしろ山崎延吉の資料ばかりあさっていました。さいわい、山崎延吉の拠点、安城市は私の住む岡崎市の隣の市で、私の家のすぐ近くの愛知県立農業大学(以前の、追進農場)は、まさに山崎延吉が指導した愛知県農業試験場の下部機関でした。

ともあれ、この数ヵ月、山崎延吉を調べれば調べるほど、彼が愛知用水事業推進に直接間接に果たした役割の大きさと、彼自身の魅力というものに感じ入りました。

ここで疑問というか、課題として浮かび上がってくるのは、そもそも日本の「農本主義」とはなんであったかということがまず一つ、そして私が追及している「民俗学」とは、そもそも何が母体となって生まれたのかという疑問です。

実は、今年の初めに、『民俗学・台湾・国際連盟 柳田國男と新渡戸稲造』講談社選書メチエ(2015年1月)という佐谷眞木人という本を知りました。それ以前にも、柳田國男と南進政策(植民地行政)との関わりについては、川村湊 『「大東亜民俗学」の虚実』 講談社選書メチエ 1996年)という問題提起の一般向け書籍もあったわけですが、佐谷さんの本のほうが、より直接に柳田の心根に迫るような分析を加えていました。

つまり、農政官僚であった柳田がなぜ、民俗学を起こそうとしたのか、その一つが、「国際連盟」の委託統治委員としての挫折と、実際にヨーロッパに足を落として柳田が悟ったこと、それに加えて、なにかもっと決定的なものがあったのではないか。

そのミッシングリンクを、先日、たまたま名古屋市立大学の図書館で見かけた、この研究者の著作が埋めてくれそうなのです。

藤井隆至 『柳田国男 『産業組合』と『遠野物語』のあいだ』 「評伝・日本の経済思想」 日本経済評論社 2008年8月 

藤井氏の著作を調べてみるとさらにこのような大著をあらわしていることがわかりました。

『柳田國男 経世済民の学 -経済・倫理・教育-』 名古屋大学出版会 1995年9月

ようやく手元に届いたところなので、両著とも読み込みはこれからですが、自分としては、一つの結論といいましょうか、今度の研究の方向性がみえてきた気がしています。

今まで、開発民俗学をどのように英訳しようかとずっと悩んでいましたが、ドイツ語起源の「folklore」の精神を柳田が継承したのであれば、フォークロアの原義に含まれる「開発に対抗する後発国としての民族運動」がすなわち「開発民俗学」そのものであるから、あえて「開発」を「民俗学」に付け加える必要はなく、もとより「フォークロア」が含んでいた「開発」を表にだしさえすればよい。

という、シンプルな結論になります。つまり、「開発」と「民俗学」を並べればすむ話で、「開発」の「民俗学」、Folklore of Development や Folklore in Developmentと英訳する必要はない。また、Folkloreにかわる英語を新たに探す必要もなく、Folkloreの内在する意味をはっきりさせるために、Folklore and Development として、日本人以外の読者向けには、Japanese Folklore and Development とあえて「日本の」開発民俗学という言い方をすれば、Folkloreの学問としての可能性を開くことになり、これは、結果として柳田國男の「一国民俗学」を「世界民俗学」に開くことにもつながるという結論(作業仮説)にいたりました。

※上記の記載は、私の今までの研究の成果から自由に作文していますが、日本の民俗学の位置づけや起源について、この本がよくまとまっています。こちらの「フォークロア」に関する説明なども参考にするつもりです。
新谷尚紀 『民俗学とは何か 柳田・折口・渋沢に学び直す』 吉川弘文館 2011年5月

当然、裏付けの研究はこれからですが、この先、5年の私が提唱する「開発民俗学」の方向性が見えてきた気がします。

「開発民俗学の展開 2016年~2020年の中期計画

開発民俗学の研究・実践を次の3つの区分においておこなう。

1.理論研究

「Japanese Folklore and Development, Preliminary Study」というタイトルで、2020年を目標に英文で論文を発表する。

1-1 諸外国における民俗学の起源と現状

日本の民俗学にあたる外国語にはいろいろなものがあります。一番近いとされるFolkloreについても各国でとらえ方が違うようです。そして、Folkloreは、AnthropologyやSociologyともEconomicsとも違うとされています。ここでは、世界に通じるfolkloreの意味とその起源と現在におけるニュアンスについて確認をおこないます。これは、日本の民俗学を説明するにあたって避けて通ることができない最低限の準備作業です。

1-2 柳田國男、折口信夫、渋沢敬三、宮本常一らの民俗学者の「開発」現象に対する想いと考えを確認する。

1-3 上記では主に柳田國男と渋沢敬三、宮本常一にあたるかと思われるが、民俗学者と農政実務家との関わりと「開発実践」について検証する。ここで農政実務家として表にでてくるのは、新渡戸稲造、山崎延吉、石黒忠篤、安岡正篤、那須皓、東畑精一らがまずあげられよう。

1-4 結論としては、「日本の民俗学は、近代資本主義の日本への浸透という緊張関係の中で生まれ、都市部というよりむしろ農村部の疲弊に対する貧困対策を、過去の先祖の生活の知恵に探ろうとした実践学であり、農政への還元はのちには希薄となっていたが、少なくとも柳田國男と宮本常一は現場での調査と実践を中央の政策レベルに結び付けようとした足元からの社会変革のための「学問」であった」という側面があったことを証明する。

1-5 世界民俗学に向けた提言

上記で検証したfolkloreとdevelopmentとの関わりを基盤とした、開発人類学(Anthropology of Development, Development Anthropology)とは違う「Folklore and Development」の研究方法と実践の可能性について提言をおこなう。

2. 事例調査(ケーススタディ)

2-1 「愛知用水の研究」として、修士論文として2018年3月までにまとめる。

地域の重層性とチェンジエージェントの役割を中心に、愛知用水事業を「文化運動」としてソーシャル・イノベーション論で読み解く。ディスプリンとしては、「イノベーション普及学」をベースに、社会関係資本(ソーシャルキャピタル)論、ネットワーク論、開発コミュニケーション学、地域開発論、参加型開発論など、地域と開発にかかわる議論と方法論を駆使して事例分析をおこなう。

2-2 フィリピンの地方開発論

詳細は未定。できれば、フィリピンへの開発コンサルタント時代の2004年3月から2008年6月までの駐在期間におこなったフィリピンの農業行政機関と現地調査の経験を生かしてフィリピンの地域開発についてケーススタディを行いたい。

3.開発実践

3-1 日本の地域づくり、まちづくり、むらおこしへのコミットメント

適宜、必要と自分の関心に応じて、地域づくりでがんばっている人を応援する中間支援をおこなう。

3-2 地域開発に関するコンサルティング

これは、上記とは違って契約ベースで調査やコンサルティングを行う。クライアントとしては市町村などの行政組織、民間企業やNGOやNPOなどの各種団体。国内外を問わない。

3-3 開発民俗学に関する情報発信

研究成果や実践の過程を(クライアントとの守秘義務に反しない範囲において)、私のもつブログやホームページ、SNSなどのチャンネルを通じて適宜、世界に対して発信する。

私の情報に関するポリシーは、基本、「公開」が原則で、それは、「知は力なり、ただしそれは開かれたものでなくてはならない 柴田英知@1991」というクルドによる。」

以上を、この先、5年ほどの行動指針としてみました。

関心のある方のコメントや応援・激励、議論をお待ちしております。

これは軽く読み流していただいて結構なのですが、私のこの5年の活動の悲願は、自前の研究機関を採算がとれるように独立させることです。スポンサーの申し出をお待ちしております。

もちろん、競争研究基金の獲得にも努力しますが、やりたいことに対して時間と先立つお金が、全然足りません。フィリピンでのフィールドワーク、書籍資料の収集、興村行脚のための旅費などお金にある程度余裕がないと、最低限、必要なことすらが実現できません。

まずは、社会から必要とされるコンテンツ(中身)がないとはじまらないのですが、個人の努力プラスアルファの要素が必要だとも感じています。

ともあれ、「幸せに生きたい」とねがうわたしたちの、障害を取り除くための知的な貢献をしたいと考えて実践してきますので、ともに「歩く仲間」の常時募集をしております。

ではでは^^?

柴田 英知

2016年12月 8日 (木)

院生室持ち込み資料および気になる本 2016

[20161130]

●井上文夫、井上和子、小野能文、西垣悦代 『よりよい社会調査をめざして』 創元社 1995年6月 (20161127)

●伊佐淳、松尾匡、西川芳昭編著 『市民参加のまちづくり 地域の自立と持続可能性 コミュニティビジネス編』 創成社 2007年1月 (20161028)

〇西川芳昭 『地域文化開発論』 九州大学出版会 2002

〇西川芳昭 『作物遺伝資源の農民参加型管理』 農山漁村文化協会 2005年

〇西川芳昭共著 『一村一品運動と開発途上国-日本の地域振興はどう伝えられたのか―』 アジア経済研究所 2006年

●礒埼初仁、金井利之、伊藤正次 『ホーンブック地方自治[改訂版]』 北樹出版 2011年5月 (20161127)

●香坂文夫 『よくわかるまちづくり読本-知っておきたい基礎知識88-』 技報堂出版 2010年1月 (20161127)

●谷岡一郎 『「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ』 文春新書 文藝春秋 2000年6月 (20150518)

●地域社会学会編 『新版 キーワード地域社会学』 ハーベスト社 2011年5月 (20140114)

●神谷素光 『山崎延吉の世界』 郷土出版社 2001年11月 (20160929)

●宇野善康 『<普及学>講義 イノベーション時代の最新科学』 有斐閣選書 有斐閣 1990年9月 (20150711)

〇安田雪 『パーソナルネットワーク 人のつながりがもたらすもの』 ワードマップ 新曜社 2011年7月 名市大 【361.3 Ya】

〇松野弘 『現代地域社会論の展開 新しい地域社会形成とまちづくりの役割』 ぎょうせい 1997年6月 名市大 【361.7 Ma】

●松野弘 『地域社会形成の思想と論理-参加・協働・自治-』 ミネルヴァ書房 2004年7月 (20161026)

〇稲葉振一郎 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』 文春新書 文藝春秋 2016年5月 名市大 【331.85 In】

〇飯田泰之他 『地域再生の失敗学』 光文社新書 光文社 2016年4月 名市大 【318.6 Ii】

2016年11月23日 (水)

図書館から借りた本~名古屋市立大学図書館編

こちらでは、所蔵館ごとに借り出した本を時系列にメモしていきます。 2016年12月8日現在

[20161118]

〇飯田泰之、木下斉、川崎一泰、入山章栄、林直樹、熊谷俊人 『地域再生の失敗学』 光文社文庫 812 光文社 2016年4月

〇毛利和弘 『文献調査法-調査・レポート・論文作成必携-(情報リテラシー読本) 第7版』 日本図書館協会 2016年5月 【015.2 Mo】

〇出口知史 『東大生が実際に学んでいる戦略思考の授業』 徳間書店 2016年6月 【336.1 De】

〇稲葉振一郎 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』 文春親書 1078 文藝春秋 2016年5月 【331.85 In】

[20161208]

〇都筑学 『大学1年生のための伝わるレポートの書き方』 有斐閣 2016年4月 【816.5 Ts】

〇里美実 『パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読む』 太郎次郎社 2010年4月 【371.262 Sa】

〇パウロ・フレイレ/三砂ちづる 『新訳 被抑圧者の教育学』 亜紀書房 2011年1月 【371.262 Fr】

〇中谷安男 『大学生のためのアカデミック英文ライティング-検定試験対策から英文論文執筆まで』 大修館書店 2016年5月 【836.5 Na】

2016年11月22日 (火)

環境社会学と地域開発

凡例: ●所有、○みたことがある、☆未見

2016年11月22日 現在

〇栗原彬・庄司興吉編 『社会運動と文化形成』 東京大学出版会 1987年5月 名市大 【361.6 Ku】

〇飯島伸子、舩橋晴俊編著 『新潟水俣病問題 加害と被害の社会学』 東信堂 1999年2月 名市大 【493.152 Ii】

〇飯島伸子・鳥越皓之・長谷川公一・舩橋晴俊編 『環境社会学の視点』 講座環境社会学 第1巻 有斐閣 2001年1月 名市大 【361.7 Ko 1】

〇関礼子・中澤秀雄・丸山康司・田中求 『環境の社会学』 有斐閣アルマ 2009年11月 名市大 【361.7 Se】

〇舩橋晴俊、長谷川公一、飯島伸子編 『巨大地域開発の構想と帰結 むつ小川原開発と核燃料サイクル施設』 東京大学出版会 1998年1月 名市大 【539.4 Fu】

2016年11月17日 (木)

いざ、“言葉”を探す旅へ 開発民俗学への途 第三ステージへ

みなさん、こんにちは。

ご無沙汰しております。

先日、11月13日(日)に名古屋市立大学の大学祭で、大学院の仲間と、地域づくりに関するシンポジウムとセミナー、パネル展示なとをおこなうことができました。

5月の参加の応募から、地域づくりユニットの院生仲間と、いろいろディスカッションを重ねて内容の検討から講師の選定・出演依頼を経て、なんとかかんとか終えることができたといった感じです。本当に、仲間の熱意と、大学の先生方、学生係の方など周囲のご理解とご協力がなければ、全く形にならなかったと思います。重ねてになりますが、みなさまに感謝感謝の日々です。

当日の、「名市大地域づくり劇場 全四幕」では、県下の市民活動の実践者の講師のみなさまの実践報告と、フロアとのパネルディスカッション、終了後の懇親会と朝から一日、熱い議論がなされました。

いろいろな重要な論点はあるのですが、ここではあえて自分の今後の活動に引き付けて、このシンポジウムをおこなってみなさまから受けた刺激をどうつなげていくのかについて述べたいと思います。

まず思ったのは、ゲストの人びとの実践活動について、ほとんどの参加者は知らないという事実、たとえば「おやこ劇場」(広中さん)という活動については、知っている人は知っているが知らない人は全く知らない。岡崎の籠田公園の芝生緑化についても、今、この公園を初めて訪れた人は、最初から「こんなものだ」と思ってしまう。今の状態に至る過去の経緯やその中で活躍というよりむしろ苦労した人たちのことは知らなければ知らないままで済んでしまう。これは、桜山商店街でまちプロジュースのメンバーが工夫しておこなっている「まちとーーく」や菅原さんが豊田市で試みた「つなぎすと」の養成についてもしかり、正直、知っている人のほうが少ないでしょう。

しかし、確実に、彼女らの活動を頼りにして、またそれから影響を受けて自分の生き方や行動や考え方を変えて自分の生につなげている人がいる。これもまた事実です。

今回は、本当にたまたまですが、講師の4名とも女性で、失礼ながら全国区の有名人ではありません。しかしながら、この実践を通じて得られた体験に基づく“言葉”は、少なくとも参加者には説得力と実在感を持って受け入れられたと思います。つまり、人のまねごとの誰かが言っていたような空虚な“言葉”ではなく、実体をもった“言葉”であるのです。

私自身、さまざまな経験から多くを学んでいますが、特に若い人たちに対して、「体験が全て」というつもりは全くありません。そもそも若者に体験や経験を期待することは無理ですし、逆に大昔の過去の栄光の体験や経験をもって説教された私としても、そのような先輩に対していやな思いしかありません。

教えたり諭すのではなく、ありのままの体験や経験や考え方を話し合うことにより、互いに気づきあう。経験絶対ありきではなく、どれほど空想的な夢想でも希望でもいいじゃあないですか。少なくとも自分の知らない“何か”を信じて考えている生きている他者が、この地球上にいることを知ることは、たとえ何百歳になっても必要なことであるし、実際に、全ての人間そのものが不十分で不完全で、万物を知るもの(たぶんそれを神をいう人々がいる)に絶対になれるはずもわけがないのです。

結局、われわれは、「単なる人間」であることに甘んじなければならないし、それ以上でもそれ以下のものでもない。その「単なる人間」として社会や他者と交わっていかざるを得ないわけです。

ただ、今回のシンポジウムを聞きながら、また自分でも話をしながら思ったことは、どんなことでも「言葉」として表せられないと、人間世界では「認識」されないということでした。世の中ちまたにたくさんの生の営みがあり、よい事も悪いことも含めてさまざまな‘世の中’の動きがあります。

しかしながら、コマーシャルなニュースになるのは、海の砂の一粒もなく、学術研究でさえ、人間が生きる世界(宇宙を含む)のほんのほんの一部のことを取り扱っているにすぎません。

私は、日本発信の「開発学」ということにこの15年ほどこだわって生きてきましたが、それは具体的に何をすることなのか正直わかっていませんでした。

ただ、今年の4月に大学院に入って講義に出て先生方の話しや自分の研究を進めるうちに、少なくとも学問の世界で、人類に貢献(なんとおおげさな)には、“言葉”で人びとの生を拾っていることしかないことに気が付きました。

今まで、開発援助の世界で働いてきて、どうにもしっくりこなかったのは、世界中のどんな辺鄙な途上国でさえ、それぞれの地域に固有の考え方や生き方があり、たとえ“英語”や”フランス語”など先進国(とされる)西欧(近代)文明国の“言葉”とは発音も綴りも(文字すらない場合もありますが)まったく違っても、たぶん人間が生きていくのに必要な“智慧”を示す言葉は以前からあったし、今でも常にあり続けたという事実です。

つまり、近代的に“開発”されなくてもすでに、その地にあった人間の生は保証されていたということを、あまりにいわゆる頭のいい人たちは、見逃してきたのではないか。

昔、ギリシア人はアフリカ北岸のアルジェリアの人たちを「ベルベル人」すなわち「何をいっているのかわからない人」だと決めつけ、自分より劣ったものとしました。イスラームを受け入れたベドウィンの人たちは、イスラーム化する前の自分たちの先祖の時代を「ジャーヒリーヤの時代」すなわち「無明時代」となずけました。

他人事だと笑ってはいけません。今、世界の最先端をいっていると自負している西欧のひとたちですら、ルネサンス(再興)の前の時代を、「暗黒の中世」と呼びつけ、今の自分の生きている時代より劣ったものだと決めつけたのです。これは、古今東西どこでも大昔から人間、特に支配(したがる)者が繰り返してきた常套手段で、エジプトから中国からたぶん人間が文明を発明した時から、ずっとやり続けてきたことなのです。

今の視点でみればどうなのか。少なくとも、われわれはアラビアのイスラーム時代の前が無明時代ではなく、「幸福なアラビア」であったことも、中世が暗黒時代でもなかったことはわかっています。しかしながら、今、現在の20世紀について冷静に判断することは、ほぼ不可能に近いでしょう。

何がいいたいかというと、パラダイムが変わると世の中の考え方すなわち常識自体が変わってしまうということ、パラダイムが変わる際には、必ずほぼ間違いなく「新しい価値観」を表す“言葉”が生まれてきたし、これからも生まれていくだろうという事実です。

今、私は社会人経験ほぼ25年での経験をもって学位論文をまとめようとしています。これは、13年前に手探りで始めた「開発民俗学への途 第一部」の順当で正当な「第二部」ではあるのですが、その先に来るものは、別に“学問”でなくてもよいのではないか。

ふとそんなことを思いました。

論文をまとめつつ、心は次のステージへ。たぶん、私は、新しいパラダイムを示す“言葉”を探しに、次なる旅に乗り出すことになるのだろうと思いました。

その“言葉”は当然、今自分が立っている足元にある。それは、ほぼ間違いなく地球上のどこかである。日本でも先進国でも開発途上国でも、どこでもが「現場」となりえます。たぶん、どこかの「現場」に足をつけながら、私は“言葉”を探していきたい。それは、ほぼ間違くなく「日本語」だけではない。私は、日本や日本人だけをみているわけではなく、地球という環境に生きているわけで、地球上の人びとが“仲間”なのです。

したがって、便宜的ですが、「英語」なり、世界中の誰もが理解できる「共通認識を表せるような言葉」を探さざるを得ないし、もしなければ、新しい”言葉”をつくってしまったほうが早いのかもしれませんね。つまり、その〝言葉”は日本語や英語で解釈ができるが代替はできないという〝言葉”です。〝Kaizen”とか”Mottainai”とか、日本語起源である必要もありません。

こう考えていくとオリジナリティや起源を尊重するとすると、ローカルな概念と言葉を、グローバルに世界で流通するようにするということが、その解答となりうるかも知れません。この戦略は多元的な地球の価値をつくっていくという意味で、二重の意味で重要なことです。具体的には、ローカル起源の考え方や言葉を英語などで解説し、世界中で理解できるように解説していく。完全に人造語ではなく、世界のローカルな概念を、そこで使われている”言葉”と共に世界中で理解できるようにしていく。これこそが、〝言の葉”拾いの世界行脚ということになりますね。

結局、日本人だけのためでなく地球人が読んでわかるものを書かなければならない。特に途上国の〝言葉”を持っていないと思われている人たちのために。

そのために、どこへ行くのがベストなのか。今の時点では、まったくわかりませんが、たぶん何かに導かれていくのだろうなあと思います。

とりあえずは、「今やるべきことをきちんとやっていくこと。」これは社会人になって7,8年目ごろに自分の父親ほどの年齢の先輩コンサルタントから口を酸っぱくして指導されたことでもありました。自分が世の中で、学ばせていただいたことのいくつかでも次の世代に継承していければよいと思います。

まだまだスタート地点にも立っていない。でも前に進むしかない。

そんなことを今、考えています。

ではでは^^?

2016年10月28日 (金)

名古屋市立大学の大学祭(11月13日)に出展します!

みなさん、おはようございます。


今、大学院生をやっているわけですが、同窓の仲間と下記のイベントを企画・共催することになりました。

ぜひ、近隣の方はお気軽にお遊びください。

以下、案内文です。

-----------------------------------

みなさん、こんにちは。

人間文化研究科地域づくりユニットの柴田です。

2016年11月12日~13日に、滝子キャンパスで大学祭が開かれるわけですが、院生有志で、下記のイベントを行うことになりました。

もしお時間がありましたら、お気軽にお立ちよりください。よろしければお知り合いや学生さんにも声をかけていただけたらと存じます。

なお、詳細は適宜、下記のフェイスブックのイベントページで紹介していきます。引き続きフォローをお願いいたします。

では、今後とも、よろしくお願いいたします。

柴田 英知

――――――――――――――――――

11月13日(日)市大祭二日目のみ参加

<終日> (ポスター企画)

■「椎葉村はこんなにスゴいトコ!」 パネル展示 椎葉美耶子(院生)

■「熱田の杜とガールスカウト」 パネル展示 鈴木美香子(院生)

■「‘国際開発と地域づくりを考える’情報フェア&キャリア相談会」 資料展示 ※キャリア相談会は、午前中のみ 柴田英知(院生)

<午前の部>  (セミナー企画)

■「椎葉村はこんなにスゴいトコ!」  椎葉美耶子(院生) 10:00~10:30

■「しばやんの世界のあっちこっちめぐり~フォト&ミュージックサロン」  柴田英知(院生)10:45~11:15

■「豊明おやこ劇場、観察日誌。~舞台芸術と子育て~」  柘植みのり(院生) 11:30~12:00

<午後の部> (ゲストを招いての公開シンポジウム)

13:30~15:30 名市大まちづくり劇場2016 ~地域とつながりタイ 全4幕~
20161028_3

■フェイスブックのイベントページはこちら
主催:地域とつながりタイ
共催:まちプロデュース、歩く仲間
後援:名古屋市立大学人間文化研究所

“地域”と“わたし”のちょっといい関係、一緒に考えてみませんか?

名古屋市立大学人間文化研究科(大学院)に学ぶ有志が、まちづくりに活躍する素敵なゲストをお招きするシンポジウムを企画しました。

みなさまのご来場を心よりお待ちしております。

<第1部 わたしたちの実践報告>

第1幕: 桜山に住んでみた!わたしの地元デビュー!
     「まちプロデュース」の巻

講師: 山本はるかさん、椎葉美耶子(院生)
所属: まちプロデュース (名古屋市昭和区)

第2幕: 砂ぼこりの公園を芝生にしちゃいました!
    「籠田公園・商店街活性化」の巻

講師: 天野めぐみさん
所属: 篭田商店街振興会長 (岡崎市)
     活動の紹介記事:岡崎ルネサンス 籠田公園×天野めぐみ氏
 

第3幕: 語りあう子育てのつながりを地域に!
     「おやこ劇場」の巻

講師: 広中省子さん 
所属:子ども・おやこ劇場東海連絡会副運営委員長 (長久手市)

第4幕: ひとりひとりの想いを大切にできる社会に!
     行政と市民の「つなぎすと」の巻

講師: 菅原純子さん
所属: こころざし研究所代表、博士(学術)(豊田市)

幕間(10分): 休憩 & アンケート回収

<第2部 パネルディスカッション>

総評: 地域づくりを可能とする仕掛けを考える
     「第三舞台とチェンジエージェント論」

講師・ファシリテーター: 柴田英知(院生)

全体討議: パネラー&フロアで一緒に考える
        「地域とわたしのちょっといい関係」

 参加者の全員がメンバーです!

資料代:

一般:700円
学生:300円 (中学生以下は無料)

会場:

名古屋市立大学滝子(山の畑)キャンパス 第2号館 401号室


主催:地域とつながりタイ!
(院生有志:柴田英知、椎葉美耶子、鈴木美香子、柘植みのり)




以上

2016年10月26日 (水)

農政学者としての柳田國男とその周辺

2016年10月26日作成 2016年11月1日 現在 

 愛知用水の研究を進めるうちに、愛知農林学校の校長であり農本主義者であった山崎延吉が、愛知用水プロジェクトの推進に果たした役割の大きさを知ったわけですが、また同時に、もと農政官僚であった柳田國男を介した民俗学との接点をおぼろげながらみえてきました。

 一言でいうと、明治以降の急激な近代化や資本主義の導入にともなった社会の大きな変革、特に発展する都市部と取り残される農村部の急激な疲弊について、柳田もまた関心を持ち、その問題意識が、特に近代欧米社会との対峙が、柳田の日本民俗学の萌芽のひとつとなったことは間違いありません。

 本人がどのように意識していたかは一旦おいておいて、カントリー・ジェントルマンとして、また一人の教育者として愛知県の碧海郡の安城を基点として日本の農政に対して中央の農政官僚を通じて直接、間接に影響を与え続けた山崎延吉と、中央の農政官僚を‘降りて’民俗学の創始者となった柳田國男は、全く違う道を歩いたようにみえながら、その問題意識の出発点では、私たちが今、思う以上に極めて近いところにあったのではないかと感じています。

 このリストでは、民俗学と農村振興・地域開発との接点を考えるにあたってヒントとなるような論考を取り上げます。

●所有、〇見たことがある、△みたことがない。

<和書>

●鞍田純 『改訂 農業協同組合論』 全国農業協同組合中央会 1978年4月 改定版 (20150711)

〇藤井隆至 『柳田國男 経世済民の学 -経済・倫理・教育-』 名古屋大学出版会 1995年9月 名市大 【380.1 Fu】

〇藤井隆至編 『日本史小百科 近代経済思想』 東京堂出版 1998年9月 名市大 【331.21 Fu】

〇藤井隆至 『『遠野物語』を読もう-柳田國男が意図したもの-』 新潟大学大学院現代社会文化研究科「ブックレット新潟大学」 新潟日報事業社 2010年7月 名市大 【382.122 Fu】

<翻訳書>

〇テッサ・モーリス‐鈴木/藤井隆至 『日本の経済思想-江戸期から現代まで-』 岩波書店 1991年11月 名市大 【331.21 Mo】

2016年10月11日 (火)

チェンジエージェント考~旅する職能集団

久しぶりに記事をアップします。


今年の4月から名古屋市立大学の大学院に通っているのですが、ようやく大学院での講義だけではなく、仕事も含めた一連の生活にやっと慣れてきたところです。

ともあれ、9月最終週から後期に入って、ようやく研究の方向性を調整しつつあるところです。

確かに、愛知用水という題材を修士論文という形に落とし込むためには、先生方の指導もあり、たぶん、それはそれとしてやっていけそうなのですが、はて、本当にやりたいことってなんだろうと思ったときに、結局、下記に要約されるのではないかと思いました。

「開発コンサルタント」論というより、その生き方そのものに、私は一番関心があるし、明らかにして世に問うべきものだと。

べたな青臭い考えかもしれませんが、私は、本気で、今の世界を変えていくことに関心をもっています。ただ、自分が何もしなくても地球はまわっているし、世界はどんどん自分とは関係なしに変容しています。

だが、果たして手をこまねいて世間に流されるだけで、自分は生きている意味はあるのか、自分が生まれてきた意味があるのかと思ったときに、やはり川の流れに棹をさすと申しましょうか、少なくとも自分なりの価値観=「真善美」に基づいて、世界や世間に対してコミットメントしていく必要があるのではないか。

そのよりどころになるのが、自分にとっては、たままた出会って歩いてきた「アラブ・イスラーム」への関心であり、職業としての「開発コンサルタント」というものです。

国際開発コンサルタントの一番の醍醐味を、以前、私は、「大臣まで最貧層まで相手にできる」と看破しました。世界の開発援助の現場で、このような役割を担えるのは、「コンサルタント」という職能者しかありません。

その「開発コンサルタント」の資質として、一番、大切なものは、ずばり、「チェンジエージェント」としての役回りができるかということです。

私は、「優れた開発コンサルタント}=「究極のチェンジエージェント」であるという現場でみてきた諸先輩方の実態(実績)と同時に、そうであるべきという強い個人的な思いがあるからです。

もう少し、話を普遍的なものにすると、古今東西の旅する「職能集団」は、すべからく「開発コンサルタント」としての機能を、常に異郷の地で果たしてきました。

そうです。この「旅する人々」が、ずっと私が子供のころから追い求めてきた憧憬(ロマン)の対象でありました。

これは、私がアラブ・イスラーム地理書に象徴されるような、旅する人々のことを考えれば容易に導かれる簡単な類推であると同時に、歴史的にも事実であると思います。

そして、「チェンジエージェント」のもつ「よそ者性」について、私は一番、関心を持っています。この「よそ者性」こそが世界を変える、いや変えてきたと私は思うのです。

「よそ者性」、それは、広く世界を旅するものが、不断に持つもの。風の人が持たざるを得ない宿命とでもいったものでしょう。

ただ、そうはいっても、その「よそ者性」が、ひとびととひとびとをつなぎ、現状を打破するブレークスルーとなる破壊力をもった「危険なもの」であることには留意をしなければなりません。

大体、預言者は、自分のコミュニティーには受け入れられず、「石もて追わるるもの」であり、いくら正しく、よいことをしたとしても「人柱」とされる可能性が極めて高いもの。

私が、「開発民俗学」などというのは、このチェンジエージェントのもつ「異人性」、「よそ者」と伝統社会との軋轢にこそ、価値と未来への可能性があると信ずるからに相違ありません。

結局、ひとつひとつ実証を重ねていくしかないのですが、ふと、初心を振り返ってみる必要性を、今の時点で感じました。

愛知用水の研究もまた、そのようなところにアドレスしていかなくてはと思います。

雑駁な感想ですが、たぶん、私の研究の最上位目標はこれだという確認でした。

ではでは^^?

2016年5月15日 (日)

愛知の地場資源に関するメモ書き

検討課題:


1.山崎延吉の人となり

2.愛知県下の官民組織(農村部との連携を中心に)

・篤農家たち

・農会

・愛知県の農政

・安城農林学校

 『流芳』 月刊誌

・愛知県農事試験場

 『安城農報』 月刊誌

3.農林省の普及機関の全体像(国内農政ネットワーク)

4.愛知県下の農村文化

2016年5月 5日 (木)

図書館から借りた本―りぶら・幸田図書館編

こちらでは、所蔵館ごとに借り出した本を時系列にメモしていきます。 2017年6月23日現在

「20170622]

○宮沢俊義 『転回期の政治』 岩波文庫 2017年4月 幸田 【B310.4 ミ】

○権赫泰/鄭栄恒 『平和なき「平和主義」 戦後日本の思想と運動』 法政大学出版局 2016年8月 りぶら 【309.0 へ】

○上田幸夫 『公民館を創る 地域に民主主義を紡ぐ学び』 国土社 2017年3月 りぶら【379.2 コ】

○田中正躬 『国際標準の考え方 グローバル時代への新しい指針』 東京大学出版会 幸田 【509.1 タ】

○サミュエル・フライシャッカー/中井大介訳 『分配的正義の歴史』 晃洋書房 2017年3月 幸田 【331.8 フ】

[20161108]

〇鈴木淳子 『質問紙デザインの技法[第2版]』 ナカニシヤ出版 2016年7月 【361.9 シ】

〇寺岡寛 『地域経済社会学-人びと・地域・想像力-』 中京大学経営研究双書 No.41 中京大学経済学部 2016年10月 【332.9 テ】

〇阿部真也+江上哲+吉村純一+大野哲明編著 『インターネットは流通と社会をどう変えたのか』 中央経済社 2016年9月 【675.4 イ】

〇加賀博 『人材採用の要 リクルータースキルハンドブック~リクルーター育成と内定辞退防止のために~』 日本生産性本部生産性労働情報センター 2016年9月 【336.4 リ】

〇あうるず編 『ソーシャルファーム~ちょっと変わった福祉の現場から~』 創森社 2016年9月 【366.2 ソ】

[20160422]

○伊藤達也 『水資源開発の論理 その批判的検討』 成文堂 2005年10月 【517 ミ】

○小倉紀雄、竹村公太郎、谷田一三、松田芳夫編 『水辺と人の環境学 中 人々の生活と水辺』 朝倉書店 2014年1月 【517.2 ミ/2】

○小倉紀雄、竹村公太郎、谷田一三、松田芳夫編 『水辺と人の環境学 下 川から海へ』 朝倉書店 2014年1月 【517.2 ミ/2】

○竹中克行編著 『空間コードから共創する中川運河 「らしさ」のある都市づくり』 鹿島出版会 2016年2月 【518.8 ク】

○鳥越皓之編集代表 企画 ミツカン水の文化センター 『里川の可能性 利水・治水・守水を共有する』 新曜社 2006年10月 【517.2 サ】

○宮本常一 『宮本常一著作集2 日本の中央と地方』 未来社 1967年3月 【380.8 ミ/2】

○堀雅昭 『鮎川義介 日産コンツェルンを作った男』 弦書房 2016年3月 【289.1 ア】

○山崎延吉 『山崎延吉全集(一) 農村自治の研究』 昭和10(1935)年6月? 【S610Y(1)】

○山崎延吉 『山崎延吉全集(六) 農村講演編』 昭和10(1935)年6月 【S610Y(6)】

[20170528]

○ニューヨーク圏計画協会、ウィリアム・A・コールドウェル 柴田徳衛編訳

『都市政策への市民参加』 鹿島出版会 1975 【318 ト】りぶら

○日端康雄編著 『市民参加の国土デザイン 豊かさは多様な価値観から』 日本経済評論社 2001 【601.1 シ】

○篠原一 『市民参加』 現代都市政策叢書 岩波書店 1977 りぶら【318 シ】

○伊東光晴、篠原一、松下圭一、宮本憲一編集 『現代都市政策II 市民参加』 岩波書店 1973 りぶら【318 イ】

○杉万俊夫編著 『コミュニティのグループダイナミックス』 京都大学学術出版会 2006 りぶら【361.7 コ】

○苅谷剛彦編著 『「地元」の文化力 地域の未来のつくりかた』 河出ブックス 河出書房新社 2014 りぶら【361.7 シ】

○倉沢愛子編著 『都市下層の生活構造と移動ネットワーク』 明石書店 2007 りぶら【361.7 ト】

○岩田正美 『社会的排除 参加の欠如・不確かな帰属』 有斐閣 2008 りぶら 【361.8 シ】

○瀧本佳史編 『地域計画の社会学 市民参加と分権化社会の構築をめざして』 昭和堂 2005 りぶら【361.7 チ】

○田中重好 『地域から生まれる公共性 公共性と共同性の交点』 ミネルヴァ書房 2010 りぶら 【361.7 チ】  幸田 【361.7 タ】

○町村敬志、吉見俊哉編著 『市民参加型社会とは 愛知万博計画過程と公共圏の再創造』 有斐閣 2005 りぶら 【606.9 シ】

○花岡利幸 『「地域計画」実践・地域都市のまちづくり』 技報堂出版 2006 りぶら 【518.8 チ】

○稲葉振一郎 『「公共性」論』 NTT出版 2008 りぶら 【361 コ】

○筧 裕介 『ソーシャルデザイン実践ガイド 地域の課題を解決する7つのステップ』 英治出版 2013 りぶら 【360 ソ】

○山田富秋編著『ライフストーリーの社会学』 北樹出版 2005 りぶら 【361.1 ラ】

○田村明 『まちづくりの発想』 岩波新書 1987 【318.7 タ】

○森岡清志編 『地域の社会学』 有斐閣 2008 幸田 【361.7 チ】                                         

○尾井鉄雄/前川秀和監修 市民参画型道路計画プロセス研究会 『市民参画の道づくり パブリック・インボルブメント(PI)ハンドブック』 ぎょうせい 2004 りぶら【518.8 シ】

○加藤聖文 『満蒙開拓団 虚妄の「日満一体」』 岩波現代全書100 2017 幸田 【334.4 カ】

○傘木宏夫 『地域づくりワークショップ入門 対話を楽しむ計画づくり』 自治体研究社 2004 幸田 【318.8 カ】

○石井正己 『いま、柳田国男を読む』 河出書房新社 河出ブックス 2012 幸田 【380.1 イ】

○世古一穂 『市民参加のデザイン 市民・行政・企業・NPOの協働の時代』 ぎょうせい 1998 幸田 【318.8 セ】

○石原武政・西村幸夫編 『まちづくりを学ぶ 地域再生の見取り図』 有斐閣 有斐閣ブックス 2010 幸田 【318.7 マ】

○小泉秀樹 『コミュニティデザイン学 その仕組みずくりから考える』 東京大学出版会 2016 幸田 【318.8 コ】


以上

2016年4月23日 (土)

今なぜ愛知用水なのか? その研究視角について

2016年4月23日 作成

愛知用水は、1962年の竣工から2012年で50周年を迎えた。すでに地域においては存在して当たり前のもの、その当初に壮大な人間のドラマがあったことははるかに昔のこととなってしまった今日、なぜ、改めて愛知用水事業を研究するのか疑問に思う人も多いであろう。

ここでは、まず、この研究で明らかにしたいことを列挙し、その現代的な意味と研究視角について簡潔に述べる。

研究課題 その1: 人びとの協同の物語であることをステークホルダー(アクター)およびネットワーク分析の手法により明らかにする。

すでに、高崎の評伝でプロジェクトの背景、進捗、各アクターの経歴や果たした役割の概略がコンパクトにまとめられており、このプロジェクトが「人々の協同」で行われたことは定説であるといえよう。

愛知用水期成会のメンバー、特に久野庄太郎および浜島辰雄の2名の中心メンバーの果たした役割については、「愛知用水史」などの公的な通史・技術史においても広く伝えられている。特に久野も浜島もそれぞれ個人で発信しており、機関紙(久野が作成したパンフレットや『窮行者』など)や、本人の覚えとして記述(浜島の個人的な覚書は『愛知用水40年史』の一部として公刊された)は、まさに当事者が著した第1次資料といってもよいであろう。

しかしながら、逆にこの両人を始めとして、当事者が作成した資料が多いということは、逆に当事者が意図してもしくは無意識に書かなかったことについては故意であるかどうかは問わず、後追い研究の妨げとなった可能性も高い。

高崎の著作は、両人の記述だけではなく、広くこのプロジェクトの関係者の著作やインタビューによってその偏りを是正しようとしている意味でも興味深く評価にあたる。プロジェクトの通史としても、時代や社会背景を織り込んだ2次資料としての価値は高いが、個々の論点についての掘り下げについては、研究の余地を残している。

この研究では、久野および浜島が繰り広げた愛知用水期成会およびそのメンバーに焦点をあてて、それぞれのメンバーが果たした役割について考察するものである。

研究課題 その2: プロジェクトの推進に努めた先人の行動原理とその基盤。

すでに、高崎においても、山崎延吉の安城農林学校および日本デンマークが、期成会の中心メンバーの久野庄太郎および浜島辰雄に与えた影響について言及があり、地元の資源についても一定の評価を与えている。

また経済地理学者の福島達夫は、1972年の「愛知用水」のテレビ番組の作成に関わったのち、1984年に知多半島の日本福祉大学の教員として赴任して、改めて愛知用水のことに関心を持つ。福島は、久野、浜島の果たした役割分担についての仮説(後述)を持ち、両人に直接あたってそれを裏付けている。
本研究では、今日の問題意識によって、福島の確認事項を掘り下げ、他の要素に見落としがなかったのかを具体的に検証するものである。

研究課題 その3: プロジェクトの実施を可能にした地元資源のアセスメントおよびその社会関係資本の構築プロセスを明らかにする。

筆者は、開発途上国の政府開発援助に民間開発コンサルタント会社のスタッフとして関わり、国家レベルの地域開発プロジェクトから農業灌漑施設の設計・建設事業、圃場レベルでのパイロット調査(事業)に、農業土木技術者ではない文系の業務支援の立場でかかわってきた。社会開発にかかる住民組織調査や事業評価調査などにも携わったがファシリテーションスキルや社会調査スキルは、現場で必要に応じて学んだもので必ずしも系統的な社会学や人類学、ましてや経済学のトレーニングを受けたものではない。

ただ、多くのプロジェクトの計画や実施の現場を歩くうちに根本的な問題にぶつかったのである。大きくは、3つに分けられる。

1.「プロジェクト」という形式そのものが持つ可能性と限界

2.「よそものの介入」という行為がもつ可能性と限界

3.「地元資源のアセスメント」の難しさ

いずれもが互いに関連する論点であるが、究極的には、次の問題とまとめられよう。

4.「プロジェクト」のオーナーシップと正当性を裏付けるものは何なのか。

そもそも、誰が誰のために何のために何(か)を行うのか。その原動力となるものは何なのか。そのようなことに関心が移ってきた。その中で考えたのが、プロジェクトが何らかの社会変革をもたらす可能性についてである。それは下記に要約できる。

5.ある社会において、あるプロジェクトを実施するプロセスを経て、当該社会にどのような社会変化をもたらすのか。

つまり、よそものだけでも、現地の人だけでも見えなかったり捉えきれない「地元資源」を、「プロジェクト」の実施を通じて、いかにアセスメントして具体的なものにしていくのか。それはハードな構造物としてのモノの完成だけではなく、協同によってどのような関係者間の関係性が培われていくのか、それが結果としてどのように「社会関係資本」の形成につながるのかということに関心を持つようになった。

本研究は、このような問題意識に基づき考察をすすめるものである。

(この項 了)

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