mixi 開発民俗学 「地域共生の技法」 関連

2009年12月19日 (土)

‘ワークショップ’~‘フィールドワーク’と‘ファシリテーション’をつなぐもの(試論)

12月17日に「第12回 開発ファシリテーションとフィールドワーク勉強会(FAFID)」に参加してきました。

日本福祉大学の吉村輝彦先生の「フィールドワークから学ぶまちづくりとファシリテーションのココロ ~場づくりから始めるまちづくりの展開~」という発表を受けて、その話をふまえつつ後日FAFIDメーリングリストに投稿したことを若干、修正して再録させていただきます。

このような勉強会という参加者協同の場の議論をどこまで‘個人メンバー’の立場で外に持ち出せるかについてはいろいろな意見や考え方があると思いますが、その勉強会の秩序を乱さないという範囲での発表はありえると思います。

まったくの公共の場に持ち出すということに対して、‘私’の発言として私の責任の及ぶ範囲(が仮にあるとして)を意識した上で加筆(むしろ削除)・修正を加えたものを以下に掲載します。

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~前略~
ところで自己紹介でも少し話させていただきましたが農業・水資源・地域開発が専門の民間の開発コンサルタント会社に昨年まで16年間(東京で12年間、フィリピン駐在4年3ヶ月)働いてきました。

この勉強会および吉村先生の話題に関連して、今まで私が書いてきたものから数点をご参考までに紹介させていただきます。

◆「フィールドワーク」と「ワークショップ」の連続性と渾然一体性について 2008年4月25日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_3b66.html
 

参加型開発やRRA(Rapid Rural Appraisal)の手法論に関しての発言です。私が勉強会の質疑応答の中で触れました開発実践の現場でのワークショップにおけるファシリテーションの一例です。

勉強会での発言にひきつけて言わせていただければ、ワークショップには、①ステークホルダー(誰)をどのように選ぶのか、②ワークショップの現場で如何に‘グループワークのダイナミズム’を生み出すかが鍵です。

途上国で村落開発をおこなう際に外部者である、たとえば青年海外協力隊の隊員が住民をファシリテートする際に、なかなか集まったメンバーが動き出さないようなときに、‘なにか’がきっかけで彼らの自主性や活動が急に活発化するという現象がよく見受けられるのですが、そのような活動の‘ターニングポイント’は、実は意図的に計算により作り出すことができる場合もあります。それでも、事実や小説(計算)より奇なりという、想定外にグループワークが爆発することもあるのですが^^?

開発コンサルタントの仕事についてなかなかその実態がわかりにくいところが多いと思うのですが’場’を作ることについて、少なくとも私は、かなり意識的に設計や計画をします。

ワークショップの場を短期的なプロジェクトの成果を出すために強力に住民を参加させて特定の方向にファシリテートしようとする、かなり力技を使うファシリテーターやコーディネーターの方がいないわけではないですが、基本的に日本の参加型開発※をやっている(つもりの)方は謙虚な方が多いと思います。

※私自身は、あまりその言葉自体には関心がありません。言い方(ラベル)よりも中身だと思うからです。

ただここで、私が「意図的に計算により作り出すことができる」という真意は、結論ありきというか「ブループリント」に近づけるための(ワークショップ参加者)の動員ではなく、いかに(少なくとも)参加している人たちの個人個人の能力をそのワークショップの場に吐き出させるのかという意味での、公共圏(ハーバーマス)やアジール(阿部謹也)、無縁(網野善彦)を、その‘現場’に出現させるために、どのように、そのような‘場’を持ってくるのか(ワークショップによって作り出すのか)というシナリオづくり(計算)が重要ですよという意味なのです。

吉村先生のいう、「あつめる」のではなく「あつまる(場をつくることが大切)」を如何に「あつめられた人」に「(自分から)あつまった(かのように錯覚させる)」のかが、ワークショップのデザインであり「仕掛け」作りなのだと私は思います。(嫌な言い方になってしまってすみません。)

そのための(に)「舞台を整える」ことを、静岡県の三島のまちづくりの仕掛け人、グランドワーク三島の渡辺豊博さんは、やはり「仕掛け」をつくると言っています。(2001年の日本国際地域開発学会での話より)しかも彼は、それをインフォーマルな場で、つまり飲み屋でまちづくりの方向性が決まるとまで暴露話をしています。(この場でいっていいのやら^^? )直接、この言葉そのものだったかどうかは忘れましたが、インフォーマルな‘場’でのコミュニケーションの重要性は、実は非常に大切なことで、とりうる戦略の‘一つ’でもあります。

脱線しますが、私が東京時代にずっと「歌って踊れるコンサルタント」を目指してやってきた「(開発実務者の)若手会」とかの主な活動?の場は、実はたんなるインフォーマルな飲み会でした。

この会には、開発コンサルタントもNGO、JICAやJBIC,民間人、大学生、大学院生も混じっていましたが、ルールはたった一つだけ、自分の所属先を代表する必要はなく、「個人として」その‘場’に参加して発言してほしいということでした。

この場で、ビジネスとか人脈作りとに走ろうとした人がいないわけではありませんが、結局、そのような言動は、‘個人で参加している’参加者が一番嫌うところで、そのような利害や私欲のために参加する(した)人は、次の会からは消えていたというか呼ばれていませんでしたね。(たぶん、本人もお呼びでないことがわかったのでしょう)

また私はフィリピンの駐在中に、駐在もしくは住んでいる日本人の間で「フィリピンで開発を考える」勉強会を、JICA専門家の方とフィリピンの大学で教えている文化人類学の先生と一緒に立ち上げて、NGO関係者、大使館、JICA、JBICや、民間企業、大学生(留学生)などと帰任までに10数回ほどおこないました。

これも実は、日本人の援助関係者の間での「情報とヴィジョンを共有化する(させる)」という裏?の戦略をもって、このような‘場’を仕掛けました。 まあ、難しく考えなくても自分はいろいろな‘現場’を持っている人たちと「わいわいがやがや」意見交換をすること自体を楽しんでいたというだけなのですが^^?

話を戻すと、私の経験では、①参加者の平等性が確保されること、役人も市民(住民も)同じ土俵で役職や役割(責任)から放たれた自由な‘個人’として参加させること、②アクティビティ、特にマッピングによる‘見える化’が非常に重要で、グループワークで(フリーハンドで)みんなで丸くなって地図を作り、それを元に、具体的な‘もの’に即してワークショップをすすめていくと、実にいろいろな意見ででてきて、‘そこ’に住んでいる人たち自身の盲点=問題が浮かび上がってくるということです。

あと蛇足ですが、私は「ワークショップ」の一番の目的は、参加者の目の前に「見えているもの」と「ビジョン」の共有化を図ることだと思います。つまり、ワークショップに参加した人たちの間で見えるモノが同じものだと実感できたとしたのならば、実際に、その方向性に向かって組織は自然と動き出すからです。

ビジョンの共有というのでしょうか。これには、‘問題’の共有、‘自分達’ができることの確認(役割分担)、そしてやるべきことの‘方向性’さえ大枠決まってくれば、それぞれの参加者が、おのおののペースで‘自分’のできる、‘自分’が「ビジョン」のためにやるべきことを、それぞれの立場で行動していくことができるからです。

実際、例に挙げたフィリピンの水利組合のワークショップは、住民と行政側の距離を近くし、それぞれがやるべきことを、グループワークを通じて感じてわかって、その後の活動の改善につながったようでした。
 
そうそう、そういう‘場’をつくる(仕掛ける)ことができるのか現場に足をすえた「土の人」ではない「風の人」=カタリストである異人(まれびと)なのです。これが、開発民俗学の重要なテーマの一つです。

◆フィリピンで歩きながら考えたこと 2008年4月22日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_45ea.html

開発コンサルタントのキャリアの中で一番、現地で過ごしたのはやはりなんといっても駐在員として4年3ヶ月を過ごしたフィリピンです。もともと中近東やアフリカの担当でしたがやはりというか東南アジアは過ごしやすかったです。フィリピンで考えたこと(小論)へのリンク集です。

◆Three Maria’s Tale (3人のマリアの物語)
(開発コミュニケーション論におけるチェンジエージェントの一例として) 2003年5月4日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00019.htm

開発民俗学では、「土の人」に対比される「風の人」であるチェンジエージェント(カタリスト、異人(まれびと)ともいう)論が重要な理論とひとつとしてあります。そのことに気づかせてくれた私の原体験の一つです。

◆『開発コミュニケーション』をめぐる課題 読書会資料 2001年9月10日
課題図書;久保田賢一 『開発コミュニケーション 地球市民によるグローバルネットワークづくり』 明石書店 1999 2,300円
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n000192.htm

上記の‘物語’を語るのに自分の中で理論的な根拠というか論点の整理に役立ったのが、たまたま上記の現場(フィールド)に出会う前に読書会で紹介させていただいたこちらの本でした。ワークショップやファシリテーションを開発援助の文脈で語るのに欠かせないのが「開発コミュニケーション」という学問分野です。この手の本としては、日本でも先駆け的なもので、コンパクトながら非常によくまとまっています。

そんなかんなで、この勉強会は、私が現場で今までずっとやってきたことそのものがテーマみたいで、非常に大きなインスパイアを受けています。

第10回の勉強会に触発されてこんなことを書いていました。

「‘場をつくる’ということ ファシリテーション&ワークショップ入門<各論>」 2009年12月12日

というトピックを、ミクシイの「開発民俗学~地域共生の技法」の中で展開しています。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48194843&comm_id=2498370 (ミクシイの会員の方しかログインできません。関心のある方はしばやんまで)

そこで、こちらの記事の続きを書きついでいます。以下本文です。

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「‘ジャム’セッション ~‘場’をつくるということ」 2009年11月8日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-12d8.html

上記のメモは、2009年10月22日に「開発ファシリテーションとフィールドワーク」の第10回勉強会に初めて出席してからずっと気になっていたことを書いたものです。

実は、その後、一般企業における「ファシリテーション」について最近の本をいろいろ読んで、最新のファシリテーション事情をつかもうとしているのですが、なんか上記の勉強会のタイトルがしっくりこない。

なぜか、と思ったら、「ファシリテーション」と「フィールドワーク」をつなぐものが「ワークショップ」なんですよね。

実は、2000年前後からしばやんの他流試合の武者修行の中で、日本のNGOの方々にいろいろ絡んだ?のですが、その中でおもしろかったのがやはりシャプラニールとかJVC(ジャパン・ボランティアセンター)、アジア女性協会やアジア太平洋資料センター(PARC)、ジェイセフなどのいわゆる老舗といわれる各NGO団体。まあ活動家の創始者クラスの人とも若いスタッフともいろいろ話しましたが、彼らの一つの活動戦略として国内会員のための宣伝と世論に訴えるアドボカシーに力を入れている点があげられます。

しばやんの武者修行の一部はこちらからご覧になれます。
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/b002.htm

いろいろな彼ら主催の勉強会やセミナーに顔を出したのですが、彼らは得てして市民参加のワークショップ自体が非常にうまいです。参加者にいろいろなゲームやグループワークをさせてその気にさせてしまうというか、いわゆる「開発教育」を施す。

この「開発教育」の分野で非常に発達していたのが「ファシリテーション」であり「ワークショップ」なのです。

そうだ、「ワークショップ」のための「ファシリテーション」なのです。

なにかミッシングリンクがあるなあとずっとこの2ヶ月気にかかっていたのですが自分の経験の中ではワークショップとファシリテーションがそもそもセットで一体として捉えていたのでした。

ところで、最近、10日ほど前に気がついたのですが、とてもショックなことがありました。
ふと本を片付けていてなにげに開いた宮本常一さんの『忘れられた日本人』岩波文庫 1984の「あとがき」に彼の「フィールドワーク」と「ワークショップ」のエッセンスが見事に書かれていました。

岩波文庫版 308ページ
「~前略~ 昭和三十年からは、主として山村の調査に力をそそいでいる。~
これについての私の方法はまず目的の村へいくと、その村を一通りまわって、どういう村であるかを見る。つぎに役場にいって倉庫の中をさがして明治以来の資料をしらべる。つぎにそれをもとにして役場の人たちから疑問の点をたしかめる。同様に森林組合や農協をたずねていってしらべる。その間に古文書のあることがわかれば、旧家をたずねて必要なものを書きうつす。一方何戸かの農家を選定して個別調査をする。~略~

古文書の疑問、役場資料の疑問などを心の中において、次には村の古老にあう。はじめはそういう疑問をなげかけるが、あとはできるだけ自由にはなしてもらう。そこでは相手が何を問題にしているかがよくわかって来る。と同時に実にいろいろなことをおしえられる。 ~略~

その間に主婦たちや若い者の仲間にあう機会をつくって、この方は多人数の座談会の形式ではなしもきき、こちらもはなすことにしている。 ~後略~」

これって、農業・地域開発を専門とする我々(開発コンサルタント)が開発途上国の現場で、特に案件の仕込みや開発調査の中でやってきたことそのものなんです。

さすが、歩く民俗学者(巨人) 恐るべし!

私も自分がフィリピンで案件形成をおこなった際には相手国政府の役人やNGO関係者をカウンターパートに地域の有力者に挨拶したり役所の出先機関などにいって資料を集めて所長レベルの人や現場レベルの役人や現地に精通したNGOスタッフを案内人に現地踏査をおこなって(フィールドワーク)、住民を集めてもらってワークショップを開催していました。通例、このような活動は必ず開発援助案件としての 落としどころを最初から考えているので全く白紙や先入観なしで現場に入ることはありません。というのも、中央レベルである程度の下調べも必要ですし、ODA案件を視野に入れれば当然中央官庁の考えを無視するわけにはいきません。

しかしながら、現地に入るとよい意味で期待を裏切られるというか中央で気がつかなかったことに気がつかされます。大体それは、想定もしなかったようなより重要な現場のニーズに気がつかされるケースが多いです。それがわかるのは、やはり自分で現場をみて、その直後に現地の人とワークショップや意見交換を行なうからなのです。

我々コンサルタントが一番頭を絞るのは、いかに文献資料、社会経済データ、自然環境データを効率よく集めかつ現地踏査を行いさらには現地の普通の住民から話を聞くのか、そのような調査工程やワークショップの設定自体をいかに調査の前半もしくは調査以前に段取りを組むかが肝であり調査の精度と社会的な価値を決める大本なのです。

なんだというか、開発コンサルティング業務に、ワークショップもファシリテーションもフィールドワークもどれもが必要不可欠なもので、既にみんなが言われるともなくそれぞれ現場で実践していることなんですね。

この無自覚の知というか、やっぱりこうした実践自体をもっと学界の人に実務者から説明?せんきゃいかんなあと改めて思いました。 そのうちにFAFIDの勉強会で発表させてもらおうと思います。
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ということで、「ワークショップ」を中心にすえて、「ワークショップ~フィールドワークとファシリテーションをつなぐもの」ということで小論をまとめてみたいと考えています。
~略~
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おまけ:

「開発民俗学」についてひとことご紹介させていただきます。私が今、一番力をいれているのがミクシイにおけるコミュニティ活動です。

私の立場と基本概念は、ミクシイのコミュの説明文にコンパクトにまとめています。

◆mixiコミュ「開発民俗学~地域共生の技法~」のご紹介 2008年3月21日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/mixi_1551.html

 ホットなトピックはこんな感じです。
 「(現状)認識論」 方法論や着眼点など(リテラシー、フィールドワークなど) <理論各論>
 「地域研究」と「開発学」 <理論各論>
 「内発的発展論」を語ろう^^? <理論各論>
 「異人論(まれびと論)=チェンジエージェント論」を語ろう! <理論各論>
 「現地調査や開発実践の現場」を語ろう^^? <フリーセッション>
 「教育と伝統芸能・技術の継承」について考えよう <理論各論>
 「海と山の民」論について <理論各論>

ソロ?ワークとして、ご参考まで。

◆「開発民俗学への途 第1部」 2000年7月15日~2007年4月29日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0000.htm
 ※最新の報告はブログでおこなっています。
 mixi 開発民俗学 「地域共生の技法」 関連
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/mixi/index.html

◆‘開発民俗学’・私論 <連続講座> 2006年12月8日より継続中。
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0001.htm
 ※ブログ版はこちら↓
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat7393568/index.html

◆開発民俗学’・開発学の101冊
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0002.htm
 ※ブログ版はこちら↓
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat7293170/index.html

ちなみに、開発援助業界についてはこちらに詳しくまとめています。

◆対談・開発コンサルタントとは? with つかささん
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/ondc000.htm

◆ぼくたちの「未来日記」 ~開発コンサルティングを想う~
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20906744/index.html

~後略~

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2009年12月17日 (木)

【歩く仲間通信】 2009年を振り返って ほのかな光が見えた年なのでは^^?

みなさま、お元気ですか。ご無沙汰しております。

しばやん@愛知です。

少し早いですが、今年を振り返って年末のご挨拶をさせていただきたいと思います。

ということで、勝手に今年の10大ニュース(公私を含む^^?)を発表させていただきます。(関連として私がブログなどで言及した小論をついで?に紹介しておきます。)

1. マイケルジャクソン謎の死 2009年6月26日朝(日本時間)
   <映画「THIS IS IT」を観る 2009年11月12日>

関連: マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 全世界同時公開 2009年11月14日 
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/this-is-it-c986.html

2. オバマ大統領の就任とノーベル平和賞受賞(※)

関連:オバマ大統領就任演説 <アメリカ合州国に目が離せない> 2009年2月7日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/02/post-dff9.html

※ まだ文章としてまとめてませんが、若干問題があるような感じです。いずれ、調べてまとめます。

3. 転職1年目をどうにか乗り切る。(2008年10月1日に転職)

関連: 【歩く仲間通信】 転職1年目のご挨拶 2009年10月4日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-6474.html

4. 「開発民俗学」の活動の再開 (主にミクシイのコミュニティにて)

(同じくミクシイでの「海洋民俗学 海からみる世界」、「イスラーム地理書・旅行記勉強会」のコミュの立ち上げ)

5. ビートルズリマスター発売 2009年9月9日 MONO BOX とステレオ盤数枚を購入。ひさしぶりにビートルズを聴きなおす。

関連: The Beatles (ザ・ビートルズ) 『Magical Mystery Tour(マジカル・ミステリー・ツアー)』 リマスター盤 2009年9月16日 

※この記事に過去のビートルズ関係の記事へのリンクが貼ってあります。
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/09/the-beatles-mag.html

6. 「開発ファシリテーションとフィールドワーク」勉強会への参加(第10回 10/22、第12回 12/17 (予定)

関連: ‘場をつくる’ということ ファシリテーション&ワークショップ入門<各論> 2009年12月12日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-549d.html

7. サザンオールスターズ 「真夏の大感謝祭」30周年LIVE (2008/8/16、17、23、24)のDVDを観る。 (2008年12月2日に購入していたのですが、封を開いてみたのが8月末
のことでした)

8. 大阪外国語大学アラビア語会(仮称)設立総会に出席 10月31日 及び
   11月1日 高槻市のまちおこしイベントに参加(大学時代の恩師のお誘い)

関連: 大阪外国語大学アラビア語科のOB会の設立総会に出席してきました^^? 11月2日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/ob-86d2.html

9. 木更津うみ祭り 2009年9月26日 初めて東名高速を車で出張。初めて商品の2馬力船外機付きゴムボートに試乗する。(恥ずかしながら)

10. とりあえず 空けておきます。

まあ、それぞれを語ったら長くなってしまうのですが、上記が、今年の私の心が動いたことでしょうか。前々回の通信で書きましたが、9月、10月まで全然パワーがでませんでしたが、最近は、いろいろうまい方向に物事が回っているようです。

たぶん、その復活のきっかけの一つが、サザンのDVDだったのではと思っています。その後、9月頭にビートルズショック、そして、11月初めに恩師に会ってマイケルジャクソンの聴き方指南を受けて、「THIS IS IT」の映画を観る。そして、まだまとめていませんが、12月8日のジョンレノンの命日にあわせて、ジョンレノンのオリジナルアルバムを購入して、ジョンレノンの「イマジン」の考えなおしと、またマイケルがらみですが、1985年のUSA FOR AFRICAの「We are the World」のドキュメンタリーのDVDを買って、はたまた当時を考え直
す。

なにか、今年の後半は、音楽を通じて自分の1980年代1990年代を振り返るような感じになってしまいました。

20年前の一番多感?な大学生や高校生の時代を振り返ることによって、その当時の音楽をバックミュージック(まんまやん?)に振り返ることにより、自分の歩んできた道を振り返り、変な話ですが、自分の歩んできた道を再評価する。

結果としてつかんだことは、自分って結局、20年前から全然?変わっていないし、そのころに思った未来は確かに少しずつではありますが、現実になりつつある。

そのころの夢って、実は夢ではなくなりつつある、いや現実にできるのではないかという手ごたえを感じました。

もう10数年前かと思いますが援助業界のJという官組織のMさんから「組織が変わるには
20年かかる」という話を聞きました。自分もそれを根拠?に、「まず自分のいる場所から
変えていこう」ということを(開発援助業界の)若手会の集まりの中でみんなに語ってきました。

前回のマイケルジャクソン論の中で、「MAN IN THE MIRROR(鏡の中の男(=自分)」という曲に言及しましたが、この曲は1987年に発表されています。

早すぎた天才 マイケル・ジャクソンに、世界がそして時代が20年かかってようやく追いついた。結局そういうことです。この20年間は無駄であったのか?そんなことはないですよね。

昨年末、オバマ大統領が初めての黒人出身の大統領として誕生しました。

昨今話題の、エコ、地球温暖化、核の廃絶問題など実はもう20年も30年もそれ以上も、前から‘わかっている’人たちには既知の問題であったし、声をあげ続けてきた人たちが世界中にいました。その中には、無数の(多くの)殉死者も当然のことながらありました。

今年は、ジョンレノンが1980年12月8日に凶弾に倒れて丸29年になります。来年は、多分没後30周年ということで世界中で話題になると思いますので今年のうちに言っておきます。

ジョンレノンの「イマジン」は、1971年9月9日にアメリカでアルバムの一曲として発表されて、今年でもう38年にもなります。イマジンは1971年10月11日にアメリカのみでシングル
カットされるも、ベトナム戦争の真っ最中だったために放送禁止。1991年の湾岸戦争、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件でも放送自粛の措置がとられています。

このイマジンのこの一節に、思えば私はずっと励まされてきました。

「You may say I'm a dreamer / but I'm not the only one」

この後の一節(※)については異論があるので、また別のところで取り上げます。
※「I hope someday you'll join us and the world will be as one」

数年前には、「冬が来る前に」(※)ということで、幾分あせって文章を書きなぐっていましたが、まだまだ人間捨てたものではない、確かに時間はかかっているものの、我々は確かに変わりつつあるということを感じています。

※「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」というテーマで今でも書きついでいます。
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

逆に20年経てば、世界が変わるのであれば、今やるべきことは20年後の未来のために「タネ」を蒔くことでしょう。

ところで、昨日、友人と映画「2012」を名古屋まで観に行ってきました。ネタばれになるので
内容には踏み込めないのですが、当然、内容と結末に轟々たる賛否両論があるでしょうが、私が一番感じたことは、「その時にバタバタしないように身辺整理をしておかなくてはならないな」ということでした。

旺文社の創立者に赤尾好夫さんという文人がいます。『若人におくることば』旺文社文庫 1965 という受験生向けに書いた教養文学(エッセイ)があるのですが、この書に、「元旦の決意(昭40・1)」という一文があります。つまり、毎年元旦に「遺書」を書くという話です。

私も来年から始めようと思います。そして、最後に、‘そのとき’が来たときに「THIS IS IT」(※)と皆に示せるような人生を送ってみたいものだと思いました。

以上が、私の今年の総括です。

長文をご覧いただきありがとうございました。

みなさまもご健康に留意されて素晴らしい新年をお迎えください。

ではでは^^?

※マイケルジャクソンの幻のコンサートのタイトルがまさに「THIS IS IT」です。CDのライナーノーツから引用させていただきます。

「~前略~ マイケルは(中略)このコンサートを発表した時の短いコメントの中で、これが彼にとっては「最後の公演になる」と宣言。「間違いなくこれが最後の公演なので、皆さんが聴きたい曲を歌います。これが最後のカーテン・コールです」と、公演のタイトル・ワードでもある「THIS IS IT」、すなわち「これっきり、これが最後だよ」という発言をしているのです。 ~後略~」 2009年9月30日 湯川れい子 

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2009年12月13日 (日)

歩く仲間サポーターズ事務局(ASA)(仮称)の設立準備について

といっても単なる私の覚えなのですが^^?

最近というか転職してから車で通勤しているのですが、ハンドルを握りながら、いろいろなことを考えています。どうも電車通勤とはなんかリズムが違うみたいで、たまに自分でもおおっというひらめきがあることがあります。

さて、歩く仲間20周年行事を考えているのですが、ふと事業母体をどうしようかと思い立ちました。いろいろなプロジェクトを同時並行で走らせているのですが、結局、なにが本体かというと、「歩く仲間 ・・・ 歩きながら考える‘世界’と‘開発’」という10年前に始めたHPのタイトル以上のベストタイトルは思いつかない。

実は、鶴見良行さんの対話集が『対話集 歩きながら考える』として2005年に出版されたときにちょっとどきっとしましたが、このタイトルは編集者が考えたものだし、べつに「歩きながら考える」という言葉自体になんの著作権があるわけでもない。

まあ、それはそれとして、「歩く仲間」と名詞止にしたのは、それなりの戦略というか意図がありました。ちょっとだけ引用させていただきます。

私的かつちょっと長い前書き(“歩く仲間”構想とは) 2000年3月18日http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n0000.htm

「~前略~

 最後に、なぜ“歩く仲間”としたのか。たまたま同じ方向に行く人がいれば、しばし一緒に歩いてみたらという、一期一会のつながりを大切にしたいという意図があります。逆にいえば、決して“の会”というような、閉じたものになってはならない、そんか自戒を込めての命名です。」

このスタンスというか姿勢は、基本的にぶれずにずっと踏襲してきたと思うのですが、その主旨を発展させて行動主体化するためにはどうすればよいのか。

ふと気がつきました。

「歩く仲間サポーターズ」ということで任意団体化を検討しよう。このサポーターズとは「応援団」の意味でもあるのですが、「歩く仲間」を支えるバックストップもしくはバックステージ(舞台裏)という意味があります。

つまり「歩く仲間」たちの活動のあらゆるサポートを行なう人たち(これば複数形のゆえんなのですが)の集まりや、有形無形のモノを含むベースキャンプとしての位置づけを与えようと思いました。

そして、おまけですが事務局というのも設けます。これは、まあ雑用係というか庶務雑務を含めたものであるのが基本なのですが、戦略本部という位置づけもあります。

ちょっと英語にすると、「Arukunakama Supporters Administration」 略して、「ASA」というのはいかがでしょう。

和訳すると「歩く仲間応援団事務局」なのですが、「応援団」がダサいので、サポーターズに落ち着いて標記のタイトルとなるわけです。

まあ、事業内容はこれから徐々に練っていこうと思います。

ではでは^^?

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2009年12月12日 (土)

宮本常一の「フィールドワーク」と「ワークショップ=ファシリテーション」について

<先の記事の続きです>

最近、10日ほど前に気がついたのですが、とてもショックなことがありました。

ふと本を片付けていてなにげに開いた宮本常一さんの『忘れられた日本人』岩波文庫 1984の「あとがき」に彼の「フィールドワーク」と「ワークショップ」のエッセンスが見事に書かれていました。

岩波文庫版 308ページ

「~前略~ 昭和三十年からは、主として山村の調査に力をそそいでいる。~
これについての私の方法はまず目的の村へいくと、その村を一通りまわって、どういう村であるかを見る。つぎに役場にいって倉庫の中をさがして明治以来の資料をしらべる。つぎにそれをもとにして役場の人たちから疑問の点をたしかめる。同様に森林組合や農協をたずねていってしらべる。その間に古文書のあることがわかれば、旧家をたずねて必要なものを書きうつす。一方何戸かの農家を選定して個別調査をする。~略~

古文書の疑問、役場資料の疑問などを心の中において、次には村の古老にあう。はじめはそういう疑問をなげかけるが、あとはできるだけ自由にはなしてもらう。そこでは相手が何を問題にしているかがよくわかって来る。と同時に実にいろいろなことをおしえられる。 ~略~

その間に主婦たちや若い者の仲間にあう機会をつくって、この方は多人数の座談会の形式ではなしもきき、こちらもはなすことにしている。

~後略~」

これって、農業・地域開発を専門とする我々が開発途上国の現場で、特に案件の仕込みや開発調査の中でやってきたことそのものなんです。

さすが、歩く民俗学者(巨人) 恐るべし!

私も自分がフィリピンで案件形成をおこなった際には相手国政府の役人やNGO関係者をカウンターパートに地域の有力者に挨拶したり役所の出先機関などにいって資料を集めて所長レベルの人や現場レベルの役人や現地に精通したNGOスタッフを案内人に現地踏査をおこなって(フィールドワーク)、住民を集めてもらってワークショップを開催していました。通例、このような活動は必ず開発援助案件としての 落としどころを最初から考えているので全く白紙や先入観なしで現場に入ることはありません。というのも、中央レベルである程度の下調べも必要ですし、ODA案件を視野に入れれば当然中央官庁の考えを無視するわけにはいきません。

しかしながら、現地に入るとよい意味で期待を裏切られるというか中央で気がつかなかったことに気がつかされます。大体それは、想定もしなかったようなより重要な現場のニーズに気がつかされるケースが多いです。それがわかるのは、やはり自分で現場をみて、その直後に現地の人とワークショップや意見交換を行なうからなのです。

我々コンサルタントが一番頭を絞るのは、いかに文献資料、社会経済データ、自然環境データを効率よく集めかつ現地踏査を行いさらには現地の普通の住民から話を聞くのか、そのような調査工程やワークショップの設定自体をいかに調査の前半もしくは調査以前に段取りを組むかが肝であり調査の精度と社会的な価値を決める大本なのです。

なんだというか、開発コンサルティング業務に、ワークショップもファシリテーションもフィールドワークもどれもが必要不可欠なもので、既にみんなが言われるともなくそれぞれ現場で実践していることなんですね。

この無自覚の知というか、やっぱりこうした実践自体をもっと学界の人に実務者から説明?せんきゃいかんなあと改めて思いました。

そのうちにFAFIDの勉強会で発表させてもらおうと思います。

ではでは^^?

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‘場をつくる’ということ ファシリテーション&ワークショップ入門<各論>

というトピックを、ミクシイの「開発民俗学~地域共生の技法」の中で展開しています。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48194843&comm_id=2498370 (ミクシイの会員の方しかログインできません。関心のある方はしばやんまで)

そこで、こちらの記事の続きを書きついでいます。以下本文です。

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「‘ジャム’セッション ~‘場’をつくるということ」 2009年11月8日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-12d8.html

上記のメモは、2009年10月22日に「開発ファシリテーションとフィールドワーク」の第10回勉強会に初めて出席してからずっと気になっていたことを書いたものです。

http://mixi.jp/view_event.pl?id=47142975&comm_id=2498370

実は、その後、一般企業における「ファシリテーション」について最近の本をいろいろ読んで、最近のファシリテーション事情自体をつかもうとしているのですが、なんか上記の勉強会のタイトルがしっくりこない。

なぜか、と思ったら、「ファシリテーション」と「フィールドワーク」をつなぐものが「ワークショップ」なんですよね。

実は、2000年前後からしばやんの他流試合の武者修行の中で、日本のNGOの方々にいろいろ絡んだ?のですが、その中でおもしろかったのがやはりシャプラニールとかJVC(ジャパン・ボランティアセンター)、アジア女性協会やアジア太平洋資料センター(PARC)、ジェイセフなどのいわゆる老舗といわれる各NGO団体。まあ活動家の創始者クラスの人とも若いスタッフともいろいろ話しましたが、彼らの一つの活動戦略として国内会員のための宣伝と世論に訴えるアドボカシーに力を入れている点があげられます。

しばやんの武者修行の一部はこちらからご覧になれます。

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/b002.htm

いろいろな彼ら主催の勉強会やセミナーに顔を出したのですが、彼らは得てして市民参加のワークショップ自体が非常にうまいです。参加者にいろいろなゲームやグループワークをさせてその気にさせてしまうというか、いわゆる「開発教育」を施す。

この「開発教育」の分野で非常に発達していたのが「ファシリテーション」であり「ワークショップ」なのです。

そうだ、「ワークショップ」のための「ファシリテーション」なのです。
なにかミッシングリンクがあるなあとずっとこの2ヶ月気にかかっていたのですが自分の経験の中ではワークショップとファシリテーションがそもそもセットで一体として捉えていたのでした。

この項 続く。

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2009年11月29日 (日)

日本福祉大学大学院 国際社会開発研究科(通信教育)の説明会に行ってきました^^?

今日、別のイベント欄にある「国際協力カレッジ2009」とはしごで行く予定が仕事が押してしまい(しかも休日出勤)結局、こちらのイベントしか参加できませんでした。

時間が遅く到着してしまい、教務の方と穂坂先生には少し時間がおしてしまいご迷惑をおかけしましたが、自分なりに聞きたかったことが確認できて本当によかったです。

ともかく気合というか2年で修士論文を書き上げないということがよくわかりましたので、いかに集中して学習できる時間が作れるのか、とにかく今時点では、来年度からの入学はできない(考えられない)ので、どのタイミングで入学するのか、それまでにできることを計画的に進めておく(予習っていうんですか)必要を改めて感じました。

とにかくタイミングというかチャンスを逃さないように常に準備をしておかねばと気合を入れなおしました。

英語もやらんといかんし、論文やレポートの練習?や関連書の読み込みも必要だし、いろいろやることが多くて嬉しい?悲鳴です。

しかも会社で成果を出す。

今日、先生や教務の方と話していて思ったのですが、もともと研究者希望であったので、まあ20年前にやっておくべきことを今やろうとしているだけで、まあその苦労を後回しにしただけという変な錯覚に陥りました。

結果として、就職して仕事をしながら、給与をいただきながら勉強させていただいたし、今までの経験が、今後の研究にも全て生かせるということは非常に幸せだなあとしみじみ思います。

遠回りや、回り道をしていたどころか、結果として本道に戻ったときにスキップというか近道を選んでいて、その予想外の出来事(結果)に驚いている感じ、今、そんなことを感じています。

「周回遅れのトップランナー」とは、ルポライターの鎌田慧さんを評してどなたかが言った言葉ですが、私もこの言葉が好きで、そうありたいと思ってきました。

最後を走っていたつもりが、気がついたら先に走っていた周りの人たちがいつの間にか消えていた、つまり走り続けていたものがいつの間にかトップに立っていたというような解説が加えられているのをみて、自分もそうありたいと思っていました。

継続すること、あきらめずに投げ出さずに、やり続けること。

これからの人生、倦まずたゆまずやっていきたいと思います。

ではでは^^?

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2009年11月 8日 (日)

‘ジャム’セッション ~‘場’をつくるということ

というテーマで、文章をまとめようと思っています。とりあえず今日は時間をかけられないのでメモ書き程度にとどめます。

・壁を作らない。

・つなげる(あるものを)

・(市民を)巻き込む

・その場所に関わるということ

・風の人、土の人

・その(土)地から始める。

・‘場’を作るのは‘人’そのもの。

・‘人’から始める地域づくり。

・外部者の役割 

・現状分析(フィールドワーク)と関係作り(ファシリテーション)

・優れた開発コンサルタントは例外なく卓越したファシリテーターでありフィールドワーカーである。

・ある場所から始めよう。

附論:

まちづくりにおけるファシリテーター論

実はまちづくりや開発教育の分野ではあたりまえのことであった!

○対談 平山恵 清水義晴 『ファシリテーターのための入門書 ワークショップは宝の山 ~国際協力からまちづくりまで~ 』 パラダイムシフト文庫1 1998年

○森良 『新版 ファシリテーター入門』 エコ・コミュニケーションセンター 1999

※参加型開発を語る際に、ワークショップ、ファシリテーターは必要不可欠な要素。そこにフィールドワークの手法を持ち込むことは、経験のあるファシリテーターは無意識に‘比較’という手法を使って地域やワークショップの参加者の現状分析を行っている。

私の経験から:

Three Maria’s Tale (3人のマリアの物語)
(開発コミュニケーション論におけるチェンジエージェントの一例として) 200354http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00019.htm

『開発コミュニケーション』をめぐる課題 200354http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n000192.htm

第5回 NGOカレッジ 「参加型開発と私たち」 シャプラニール 定松栄一さんの講座を受講したこと。←これは結構大きい。平山さんにもこの講座でお会いしている。

(とりあえずここまで) 

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大阪古書漁り ~ 大阪プチ旅行報告の続きです。

上記のついでに、実は他にもいろいろ買い込んでしまいまして^^?

○岩田慶治 『人間・遊び・自然 東南アジア世界の背景』 NHKブックス 日本放送協会出版会 1986

実は、岩田先生は京大出身で大阪市立大学などを経て国立民族学博物館の教授もなさった方で、文化人類学者としてめちゃくちゃ多産の人のようで環境民俗学でチョー有名人らしいということを、恥ずかしながら最近知りました。

それなりに目配りしているつもりが、イスラーム地域研究とか開発学という文脈からは全く抜け落ちておりました。

ともあれ、それはそれとしてこの人の本は読んでみたいなあと思います。

あと、ちょっと古めの本ですが、文化人類学プロパーの研究者とか京大人脈の本が面白い。

○中根千枝 『未開の顔・文明の顔』 全日本ブッククラブ版 中央公論社 1970

中根先生は、日本の女性の文化人類学者の草分けの一人で、東京大学文学部東洋史学科卒でイギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの大学院で本格的な社会人類学のトレイニングを受けたという経歴の持ち主。東大の東洋文化研究所の教授も長く勤められました。

私は個人的に、イスラーム文化人類学者の片倉もとこ先生に親しくご指導いただいていると思うのですが、中根先生は片倉先生の愛弟子なので私もなんとなくその系統にあるのかなとも思います。

とにかくきっちりしたオーソドックスな社会人類学者で、以下の本は掛け値なしにおもしろかったです。

○中根千枝 『社会人類学 アジア諸社会の考察』 講談社学術文庫 2002 (初出 東京大学出版会 1987

これぞ日本人の社会人類学といった感じで、欧米の輸入学問である社会人類学をどう日本の研究者が理解して取り組みかというところで、彼女というか日本人ならではの視点が非常におもしろかった。へたな入門者で理論みたいなものを浅くさらうくらいなら、この学術書のほうが10倍、100倍スリリングでためになると思いますね。少なくとも私はそう感じました。

さて、京大の今西錦司の人脈については、別のところに書いていますが、その弟子筋の河合雅雄さんのこの本もゲットしました。

○河合雅雄 『ゴリラ探検記 赤道直下アフリカ密林の恐怖』 KAPPA BOOKS 光文社 1961

京大人脈は非常におもしろいので、ここではあまり触れないようにします。かなり前の本ですが‘若き日’のフィールドワーカー・研究者の体験記ということで読んでみたいと思いました。

ではでは^^?

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2009年10月25日 (日)

同時多発的‘ネットワーク’ビッグバン @mixi

なんて、勝手に名づけてしまっていいのかしらんと思いますが、ミクシイのコミュがすごい。

最近、ミクシイを再開して、いろいろ発信をしだしたのですが(この日記もそのひとつ)いろいろ自分でもコミュを運営しているのですが、いろいろ私にブロフに足あと(これてミクシイ用語)を残していってくれる人が急増しているのですが、実に‘すごい’人たちに訪れてきていただいています。

特に、田舎で発信をしている30から40歳代の中年?パワーがすごい。つまり町おこしや村おこしの立役者というか実際にそういう活動をしている人たちで、ミクシイのコミュを‘自分’で運営するだけでなく、ブログやHPを‘自分’や仲間で立ち上げて、実際の活動だけでなく仮想のウェブ世界でのアピールもしっかり行っている。

ちょっと話が飛びますが、柳田國男が組織した民俗学の仲間が最初の実践的フィールドワーカーの第1世代、その第1世代のメンバーではありますが、宮本常一が育てたあるくみるきくの仲間を第2世代、鶴見良行や小田実がべ兵連で組織?した仲間が、第3世代、これはNGOブームの立役者でもあります、とすると今のムーブメントは、もう第4世代というか第5世代ということになるのではないか。

この勝手に私がなずけた‘世代’にはいろいろな側面や特徴があると思うが、この第4世代以降の特徴は、結構海外経験もありパソコンなど文明の利器?にもそれほどストレスを感じない人たちではなかろうか。

そしてさしづめ今の高校生や大学生は第6世代ということになる。

全くの思いつきであるが、世代ごとにリーダー格、活躍年代、その特徴を仮にあげると以下のようになる。

第1世代 柳田國男  
・大正~昭和初期 
・地元の好事家と中央のエリート(先生)との関係

第2世代 宮本常一(1907) 
・昭和の戦後~高度成長期まで 
・地元の好事家の発信。知的エリートと実力で十分張り合える人がでてきた。

第3世代 鶴見良行(1926)、小田実(1932) 
・戦後高度経済成長期 
・水俣に代表される公害問題や安保問題、べ兵連など政治と民衆の切捨てに対する異議申し立て、中央の学者が地方に赴き地元民と共闘をはる。

第4世代 小林よしのり(1953)、桑田佳祐(1955)
・1980年代から現代
・戦後の自由の教育の雰囲気を受けて団体行動というより一匹狼的な異才が多い。基本的に群れないが特定のグループ向けの煽動を行う。世界的なアナログからデジタルへの移り変わりの変化に戸惑う。一応デジタルにもついていけている。

第5世代 三木谷浩史(1965)、 堀江貴文(1972) 
・バブル前後から現在
・コンピューターネットワーク社会の寵児。ただアナログ思考の残存もあるが、あえて既存の価値観に異議申し立て。ただ逆に現場意識が希薄で、‘今までの’社会規範を逸脱しがち。

第6世代 10代、20代の活動家 
・これから 
・携帯デジタルメディアを使いこなす。基本的にデジタル思考、アナログなベタな関係に振り回されない。ステップが軽やか。

なにか思いもよらない展開になってきましたが、実は種本というか、こんなことを思い立ったのもこの本の影響かもしれません。

黒川祥子 『同い年事典 1900~2008』 新潮新書 2009年10月20日発行

実は出たばかりの新刊ですが、昨日本屋でみかけて思わず買ってしまいました。

以前より世代論には関心がありましたが、この本をみるとその仮説?の正しさ?に思わずにやり。いろいろこの本自体おもしろい読み方ができるので、この話題は別の機会に。

話を戻すと、この私のいう第4世代、第5世代が、いま個々にさまざまな場所、立場から発言をしだしているのが、今の‘ネットワーク’ビッグバンではないかというのが私の問題提起です。

ではでは^^?

たぶん、この話題は続く と思う。

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2009年10月23日 (金)

「開発ファシリテーションとフィールドワーク(FAFID)」 第10回勉強会 参加しました^^?

前から言っていましたが、ようやくというか初めて標記の勉強会に参加することができました。しかも第10回勉強会ということで、主宰の日本福祉大学の小國和子先生の、報告1「場を成す人々への注目 → 発表の題目は、フィールドワークがアクションになる場で -開発援助の現場におけるアクターの相互作用への注目-」という今までの勉強会の総括的な発表と、関西学院大学の吉野太郎先生の「震災後神戸の支援現場から:緊急支援から多文化なまちづくりセンターへの変遷とターニングポイント」という2本立ての発表がありました。

いずれも熱のこもった発表で、非常に学ぶ点がございました。しかも今回は、国立民族学博物館の鈴木紀先生と、日本福祉大学の穂坂光彦先生らのコメントや参加者の質問やコメントもあり、学界側の見方?も感じることができました。

でも重ね重ね思うことは、開発援助の現場と学界の乖離というかその距離感でした。3分間のコメント発表では全然、語れませんでしたが、自分の考えたきたことと勉強会の方向性の近いところと、やはり前提条件の立て方の違いからくる距離、でもその違いや距離なりがわかったことでどこに私が橋をかければよいのかがみえてきたともいえます。

まあ不十分なコメントなので、語れなかったことは別途、歩く仲間の記事として取り上げていきたいと思います。

とりあえず明日も仕事なので筆をおきます。

非常に満足な勉強会でした。

ではでは^^?

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