Life, I Love You! の最新記事

2009年11月23日 (月)

高橋しん 『いいひと。』 変わることと変わらないこと 1990年代再考 他

という記事を、「Life, I Love You!」のほうにカキコしました^^?

実は、こちらの「歩きながら考える」のカテゴリーに入るべき内容だと思うのですが、漫画のレヴューというかたちをとっているので、まあ、あちらで扱ったわけです。ともあれ、久しぶりに力の入った文章なので、ぜひご高覧を^^?

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/post-8e5b.html

あとついでに、こちらも「歩く仲間HP」のアーカイブからもってきました。

5年目の“歩く仲間”と1年後のフィリピン(人として・・・ “変わってくこと”“変わらずにいること”) (再掲) 2005年3月23日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/5-42d4.html

この記事を再読してみて思ったのですが、「歩く仲間HP」の最初の文章は、1999年11月21日だったとのことなので、ちょうど10年前に、このプロジェクトが始まったということで、たまたま偶然の一致とはいえ、何か不思議な機縁を感じています。今日が、2009年11月22日であることは決して偶然ではない、そんな気がします。

なぜ、自分が、「変わること」と「変わらないこと」にこだわっているのかよくわかりませんが、たぶんそれが、今後の私の言動の方向性を決めていくのだなあと漠然と感じています。

また改めて、「歩く仲間」プロジェクトの20周年、「歩く仲間HP」の10年の総括を近々しなくてはならないのではないかということで、とりあえず今日は筆をおきます。

ではでは^^?

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2009年11月16日 (月)

【歩く仲間通信】 歩く仲間20周年プレセッション&「マイケル・ジャクソン論」(途中ですが^^?)

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。日本もいよいよ冬らしく、日々寒くなってきました。新型インフルエンザなど、みなさまお元気ですか。

柴田 英知 @愛知です。

前回は、転職1年ということで、ちょっとまじめ?な話題でしたが、今回は、近況報告などなどです。

さて、今日(2009年11月15日)、姉の長女、長男、つまり私の姪っ子、甥っ子になるわけですが、彼らの学祭というか「美中祭」なるものに両親といってきました。

美中すなわち愛知県岡崎市の公立(市立)美川中学校は、私と姉、さらには両親の母校でもあります。(ちなみに弟だけは、新しく小学校区にできた竜南中学校です。)思えば、1985年3月に卒業しているので、既に24年も経ったことになります。

メインは、クラス対抗の合唱コンクール。そういえば、私の3年5組は、この合唱コンクールで学年優勝したんだよなあなどということを思い出しながらステージを見ていました。ところで、知っている方にご報告。昨年、講堂というか体育館が建て替えとなって、今回の舞台は新築1年目の体育館で、なんだこれといった感じで、古い体育館はすでになく時間がなくてキャンパス(とはいわないか)?をみる時間的な余裕がなかったのですが、いろいろ校舎もグランド周りも変わっていて何か全然違うところに来たみたい。でもあえて言えば、桜の木とか植物だけは変わっていなかったみたい。でも、もう20数年ぶりにきてみれば変わっているのも当たり前のことですよね^^?

で、話を戻すと、やっぱり学生時代というかその時にしかできないことってあるし、やっぱり中学生はいつの世にあっても中学生らしくあってほしい、そんなことを感じました。

実は、私は田舎が嫌いで、特に狭い?人間関係が嫌で中学生、高校生の頃から地元を離れることを考えていました。広い世界つまり海外への憧れは小学生の頃からあったのも事実ですが、やっぱり田舎に埋もれる?ことを本能的に怖れていました。

この土地で生まれて育って、また地元の人と結婚して、絶対に地元から出たくないという考え方の人も少なくありません。きっと。でも自分は、とてもそんなことは考えられなかった。絶対に東京に行って‘世界を股に架けて働く’ということを小学生、中学生のときから考えていました。

ところで小中高のエピソードをひとつ。実は、小学校4年生から高校3年生まで無遅刻無欠席なんです。私^^? 正確にいうと小学5年生の2月の半日でればいいだけの土曜日に休んでしまったので、小学校5年生だけは皆勤賞をもらえなかったのですが、半日(わずか!)休まなければ、小学校6年生のときに3年間連続皆勤賞ももらえたはずでした。中学校と高校では、ばっちり3年間皆勤賞をいただきましたがね・・・。

つまり何がいいたいかというと、中学校、高校と決して楽しいことばかりではなかったけど、いじめやシカト(みたいな)ものに会いつつも、自分は常に(いやそうでもなかったかもしれないけど)顔や頬を上に向けて毎日学校に通いました。

強さ、タフさっていろいろな定義があると思いますが、クラス一の暴れん坊だったり力自慢でも結構簡単に風邪で休んだり、まあ暴れん坊に限って怪我をして学校を休むケースもあったりしたわけですが、私は、誰にでも学校に来る(たとえ嫌でも)という面では、つまり気迫というか気合では誰にも負けていなかったと思います。‘ずる休み’なんて全く考えられなかったし。つまり私の辞書にそのコトバはありませんでした。キッパリ。

そういえば、前の会社の直属の上司というか先輩も元気で(乱暴?)な人でしたが、とにかくタフな方でした。実は彼も小学校から高校まで無遅刻無欠席だということを何年か後になにかのきっかけで本人から聞いて、さもありなんというか笑ってしまった記憶があります。徒然草の吉田兼好も言っていますが、大体、元気な人は病弱だとか弱い人の気持ちがわからなくて、「健康なひと」は「友とするのにわろき人」だそうです。自分もそうなっていないのか意識しているので、折に触れて反省というか、時々に自分の言動を振り返るようにしています。

今改めて思うのは、やっぱり人間、心技体というと大げさなのですが、まず体も心も健康であってほしいものだなと思います。前の会社のとき隣の(道向かいの)商社の先輩が、「(体育会系で)脳みそも筋肉」と冗談めかして商社マンの実態?を話してくれましたが、まず体が第一。これは本当のことです。頭も心もまず体が結構で丈夫でなかったら、どうしても弱気になったり悪いことを考えてしまいがち。

前職で見聞きした先輩や仲間との日々を今、しみじみ振り返って思うと、海外の仕事をずっと30年も40年もやり続けてきた人たちは、間違いなく「サバイバー(生還者)」であるといえます。大体、誰も只者ではない^^?ちなみにアメリカで「ザ・サバイバー」というのはほぼ間違いなく朝鮮戦争やベトナム戦争からの生還者、それも傷痍軍人などを指します。英語の辞書の意味以上に深い意味があるものなのですね。コトバって。

ところで上司というか同じチームで働いた先輩に、よく海外の現場で、「豚やろう」とか「死ね」といって小突かれましたが(まあ誰とは言いませんが^^?)、同じチームの先輩の誰もが厳しく‘訳の全くわかっていない’若造を、よく鍛えてくれたものだと思います。思えば、いろいろバカなことばかりやってきましたが、よくもまあ野放しというか自由にやらせて、失敗をしてもよくもまあ(しっかりと)尻拭いをしていただいたものだと思います。

若気の至りとかいいますが、現実の海外の仕事の現場では、バカなことをすれば間違いなく「死」にます。しかもツーリストやひとりの旅人ならまだよい(よくありませんが)。今の開発コンサルタントの人がどう意識というか自覚しているのか知りませんが、ホンの10年ほど前は、JICA(現 独立行政法人 国際協力機構)の仕事で海外に行くときには、青パスといって、準公務員の外交官パスポートを渡航のたびに作ってもらっていたのです。つまり、身分は、JICA MEMBERとかJICA LEADERということで調査の対象である当該国そして経由地の国名しか入っていない一回しか使えないもので、JICAの依託職員という立場で仕事に臨んでいたのでした。

まあ、日の丸を背負っていたといえば‘コトバ’では簡単ですが、その緊張感たるや、上司や先輩が‘バカな’若者を罵倒してシバキ倒すのも理解できるというものでしょう。実際、バカなことをしてひとつ事件に巻き込まれれば、個人や会社の恥に納まらず日本人の特に日本の外交政策にも影響を与えかねません。外交官パスポートを持ったものが死んだり誘拐されたりした日には!、もう想像つきますよね。イラクのNGO諸君がゲリラ?に拘束された問題で「自己責任」論議が日本の各界で沸き起りましたが、途上国の開発援助のプロである開発コンサルタントの我々からしてみれば、「‘素人’が何(バカなこと)をやっているんだ」というのが偽りのない本音でした。

若い人にはっきりいっておきます。とにかく、海外の仕事は民間であろうが政府の仕事であろうが「生きて還ってくる」ことが一番大切なことです。どんなことに巻き込まれても、逃げれるのであれば、命からがら逃げ帰ればよい。中途半端な「英雄的な精神」や、「自己犠牲」は全く‘無駄’だし、‘あなた’の「自己満足だけ」のために死ぬのはそもそも卑怯だし、絶対に‘残された人たち’のことを考えてください。これは家族や友人に限らずあなたが死んだことにより、あなたの‘遺体’のみならず、あなたが投げ出した‘全て’の尻拭いをせざるを得ない(多分あなたの会ったこともないさまざまな多くの)人たちのことをしっかりと胸に刻んで行動してください。

偉そうなことを言っていますが、そういえば、この言葉も、とあるJICAの現地事務所長の言葉でした。「部下の(若い)駐在員にいつも言っていることだが」という前置きの中で、「お前の仕事は、現地で成果を挙げることでもなんでもなく、とにかく‘生きて(日本に)還ってくること’が一番、最優先されるべきだ」と折節に後輩に語っているそうです。実際に、自分でも経験がありますが、海外赴任というと、とかく意気込んでそれなりの活躍をして手土産やり手柄という実績をもって帰任したいと誰もが思うものです。でも、いろいろありますわなあ。相手国の政府や政治の問題、自分もつまらないトラブルに巻き込まれる怖れもありますが、そもそも途上国相手の仕事が、すぐに赴任早々に軌道にのって、とんとん拍子ですすむ‘わけ’がない。

海外での赴任生活に慣れるだけで、少なくとも半年、カウンターパート(相手国政府の役所や役人)との人間関係を作るので最低でも1年、できれば2年、つまり会計年度でいう2サイクルはほしいところ。ちょっと現地や現地の人たち(カウンターパートを当然含む)に慣れた頃には、もう帰国間近であるというのは、よく聞く話ですし、実際に私も、ちょっと軌道に乗りかけるまで、やはり‘丸2年’はかかりました。

特に若いうちは熱意が空回りして初めての海外駐在では、ほぼ間違いなく現地のみんなの‘お荷物’にはなっても、‘手土産’を日本にもって帰ることはできません。でもいいのです。JICAでも商社でもメーカーでも海外駐在をやるような人たちは、何度となく海外赴任の機会はあり、それぞれ違った立場で現場に立ち向かいます。平たく言うと、「リベンジ」は可能なのです。その雪辱を味わったその国でリベンジできるのは稀だとしても、どこかで失敗をバネに結果として成果を挙げてくれれば。組織としては。だからこそ「死ぬなよ」ということなのです。

私も今は両親と田舎に住んでいますが、生涯であと1、2回は海外駐在(2年とか5年くらい)なら可能だと思っていますし、その気はあります。いちおう誰がこのメールを読んでいるのかわかりませんので、本音を言っておきます。機会さえあえば、周囲の状況が許せば、世界のどこへでも飛びまっせ!とは、ここではっきり言っておきます!(リクルート?よろしくお願いします。まだFA宣言していませんが、10年以内にはなんとか次のステージの目処を立てますので^^?)

なにか、雑談ばかりになってしまいましたが、強引にまとめると、まあ振り返れるふるさとというか学園があることはやはりいいことだということ、そのときその場でできることをとにかくやりきること、心身ともに健康であること(そうであったほうがいいよということ)。まあ、これらのことはいつでもどこでも何歳になっても言えることですがね^^?

そうだ、今日の美中祭で、中学生の合唱コンクールの後で、PTAのママさんコーラスのOGたちのグループがゲスト公演をしたのですが、その一曲が、アンジェラ・アキの「手紙~拝啓十五の君へ~」でした。まだ、40歳にもならない若造としては、まだこの曲を聴いて涙を流したくないなあ、と思いつつ、歌詞とハーモニーに聴きいっていました。ちょっと‘だけ’、眼に涙を浮かべて^^?

さて、今回のブログ更新の報告です。とりあえず2点のみピックアップしました。

その1. 「歩く仲間」のHPの前身となる「大阪便り」を外大時代に発刊したのが、平成元年(1989年)12月15日となります。まあ何を「歩く仲間」の始まりとみなすかは微妙な問題でもありますが、仮に、この個人通信(B5版片面刷り)とすれば、あと1ヶ月で、ちょうど丸20年となります。

『大阪便り』及び『江戸瓦版』・・・‘歩く仲間’前史
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/o000.htm

いろいろ20周年記念のイベントなどを考えていますので(その実施は来年から)、そのプレセッションとして過去記事の紹介をちょっとずつしていきたいと思います。

その2. 2009年6月26日に急死した「マイケル・ジャクソン論」を書きついでいます。

まだまだ書きかけですが、いちおう3本の論文?を書きましたのでお披露目しておきます。

「マイケル・ジャクソン 『スリラー』 25周年」 2008年2月21日作成(以下同)
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/02/25_6dda.html

「マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 2009年10月28日全世界同時公開」 2009年11月14日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/this-is-it-c986.html

「フィンガー5 『個人授業』(Finger 5 First Album)あるいは‘和製ジャクソン5’のこと」 2009年11月15日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/finger-5-first-.html

長文ついでに、「マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 2009年10月28日全世界同時公開」から、ちょっとだけ本文を引用させていただきます。
今、映画 『THIS IS IT』 は、まだロードショーにかかっていますので、マイケル・ジャクソンを知っている人も知らない人も、ぜひぜひ観にいってやってください。いろいろな‘気づき’があると私は信じます。

「~前略~

今までは、マイケルのビートの効いた「踊り」と、もうこれはジャクソン5時代からの天性‘歌’のうまさに眼をくらまされていたというか、少なくとも私は、実はソロ以降のマイケルの曲は唄の歌詞を考えたり読むものではなく、ただなんとなくビートで心地よく聞く(聞き流す)もの、ダンスシーンで無駄にむやみに消費される‘街’の音楽というかさざめきとでもいうような街のビートのひとつでしかなかったと思います。

しかし、改めて、ヒット曲の歌詞の内容をつぶさにみてみると、耳や体に心地よい‘ビート’としてのみ聞き逃してよかったものなのか、もっと真摯‘唄’の心に想いを寄せる必要があったのではないのか。

いや、今からそれを始めようと思います。実は、マイケルの‘別’の読み方、聴き方を示唆していただいたのが、大学の恩師の先生でした。たまたま大阪に行ってお会いした折に、非常に、マイケルの話で盛り上がってしまって・・・。まあ、その方向での私の読みというか‘聴き込み’は、まだこれからなので、一旦、この映画についてまとめます。

世界中から‘カリスマ’であるマイケルとの競演することを夢見てオーディションに参上した何十カ国からの若者達や、競演のミュージシャン達。この映画は、作為がないというかリハーサル映像やコンサート用に準備したビデオクリップなどを、淡々とつなぎ合わせただけのものですが、いかにマイケルが‘人’を愛したのか、また人から愛されたのか、天才といってもよいと思いますが、当代稀有の天才ミュージシャンのマイケル、超一流の仕事の流儀というか、一流のプロの仕事がいかようなものなのか、またその一流のものどおしの競演=コラボレーションが如何に凄いものを生み出すのか、生み出しうるのかということを、われわれは追体験することができます。

バックミュージシャンやダンサー達が如何にマイケルを尊敬して慕っていたのかは置いておいても(当然、わかることですが)、逆にマイケルが如何に謙虚にスタッフみんなを盛り立て盛り上げ、彼‘のみ’に見えていた‘ビジョン’にみんなを導こうとしていたのか、天才の、いや凄い人の本当の‘凄さ’を魅(見)せつけられた気がしました。

とにかく、凄い人ほど、謙虚で頭が垂れているということを見ただけでも、私には非常に大きな収穫でした。‘凄い’人で、威張ったり人を脅かしたり、ハッタリをいう人はいない(はずだ)ということを感じただけでも眼が肥えたという感じです。つまり如何にも偉そうにする人ほど‘小者’で‘偽者’であるかということですね。他山の石というか、これから人生を生きてゆく上で、非常なヒントになりました。

さて、この映画だけだと実は私のマイケル理解に不足がありました。先に話した恩師より教えてもらった『ライブ・イン・ブカレスト』(1992年にチャウセスク政権崩壊直後のルーマニアはブカレストで行われたマイケル・ジャクソンの全世界ツアーである「デインジュラス・ツアー」の記録映像)を、この映画をみた後で買って、今日実際に見てみて、非常にストンとマイケルの凄さとこの映画の凄さがわかりました。

今思うと、アルバム『スリラー』の佳曲「ヒューマン・ネイチャー」は今でも好きだけど、「ブラック・オア・ホワイト」、「アース・ソング」、そして何より「マン・イン・ザ・ミラー」のメッセージが非常に気になるというか心に刻まれました。

「マン・イン・ザ・ミラー」自体は、アルバム『バッド』に収録されているので1987年の作品なのですが、やはりこれがその後のマイケルの大きなターニングポイントになったのではないか、新しいNEWマイケルの萌芽が既に1987年の段階であったのかということを感じさせます。

識者が、「オバマが今(大統領で)いるのは、マイケル・ジャクソンがいたからだ。彼(黒人大統領)の出現を50年早めた」というような主旨のことを発言したとメディアが報じていましたが、この「マン・イン・ザ・ミラー」を聴いて、その歌詞を読んで、それかもしれないと素直に思いました。オバマ大統領の好きな「チェンジ」も「イエス・ウィ・キャン」もマイケルやそれ以前の黒人歌手や運動家が何度となく歌って語ってきたことなのではないか。

特に、この「マン・イン・ザ・ミラー」=すなわち‘自分’が、まず変わる(チェンジする)こと、世界を変えるには「マン・イン・ザ・ミラー」から変えるしかないというメッセージは、今でもというか20年後の今でこそその普遍的な価値をもって語り継がれる、いや歌いつなぐべきことなのでしょう。

私の2009年のベストな‘泣ける唄’は、今、この場で「マン・イン・ザ・ミラー」であることを宣言?してこの項を終えたいと思います。

~後略~」

このあとで、書いている自分もびっくりの「マイケル=キリスト 殉死(パッション)説」なるものの可能性について気がついてしまったというか言及しています。このテーマは実は非常に展開がおもしろくなりそうなテーマなので、改めてもう1本、別の問題とも絡めて近日中に文章にするつもりです。

長々と長文につきあっていただきありがとうございました。貴重なお時間をありがとうございました。

また気になったら、私のブログやミクシイのコミュなりに足あとを残して言っていただけますとさいわいです。もちろんメッセ大歓迎です。

この地球の空の下、どこかでまたお会いしましょう。

ではでは^^?

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2009年9月29日 (火)

ハナミズキ ~ 再掲 「2年目の9.11(ナイン・イレブン)の前に考える (自分の頭で考えるということ) 2003年9月9日」

最近、8年目のセプテンバー・イレブンについて、「Life, I Love You!」で触れることがありました。

「一青窈 『ハナミズキ』 9月に忘れてはいけないこと。 2009年8月23日」

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/09/post-6efc.html

それをきっかけに自分としても過去の記事を読み直してみました。

「わたし’の平和学~冬が来る前に!」 『ブログ版 歩く仲間』

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

その中で、懐かしい記事を発見。「歩く仲間HP」にこんな記事が埋もれていましたので、この機会に再掲しておきます。

「2年目の9.11(ナイン・イレブン)の前に考える (自分の頭で考えるということ) 2003年9月9日」 (オリジナルはこちら→ http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00020.htm

あと2日で、世界は二度目の9月11日を迎えようとしている。確かにこのアメリカでおこった同時多発テロ以降、世界は変わったという識者が大勢いる。世界中が、この何の罪もない(少なくとも個人的な恨みから殺されたわけでない)多くの人たちのために祈ったのもつかの間、その心からの自省(これはテロを引き起こした側にも、起こされた側にも、そしてその他、見守るしかなかった全ての人たちに等しく求められたことであろう)と祈りからほど遠く、アフガニスタンへの戦争、そしてイラク戦争と、力と力の応酬への突っ走ってしまった。イラク戦争が‘片付けば’達成できると、アメリカがおろかも夢想した「中東和平のためのロードマップ」に関しても、もうすでに暗礁に乗り上げようとしている。

 もうなるようになるしかないさ。とことんまで(いきつくところまで)いけばいい。(そして選ばれたものだけが残ればよい。)

 キリスト教の思想に「千年王国」というものがある。仏教にも彼岸のかなたに極楽浄土があるという考え方がある。最近、オウム真理教の活躍?によって、20世紀末に世界中を震撼させた「ハルマゲドン」という考え方も、衆目に新しい。

いずれもかなり宗教的な概念で、私は宗教的にきっちりと押さえているわけではないこと、および本文は、特定の宗教(の一部の考え方)や宗教自体を否定するものではないことは、最初にはっきりと断っておく。

 しかしである。これらの考え方は確かに今の世界では特に誘惑にみちていて、つらいときほどすがりたくなるいわば蜜の味をもっている。これらの考え方を、否定できるほど、私自身つよいものではないことは事実であるし、そのような人間を否定することは決してできない。

でも「今がつらくても未来や死後の世界には天国がある」という考え方は、そう、自爆テロを繰り返すアメリカのいう「テロリスト」と全く根本では同じ考え方ではないか。結局、「自分」のことしか考えない(考えられない)ものの言い草なのではないかと思う。

自分だけ生き延びたいと考えるものも、自分の死によって「世の中」を変えたいと願って死ぬものも、根本では同じことを考えている。これは、非常に矛盾というか不思議な論理だと思いませんか。

私はあえて問いたい。本当の人々の闘いは、今この場所からそれぞれの立っている足元から始まるべきことを。確かに「山のあなたに 幸いを求め」たい気持ちはわかる。そんなに素晴らしい世界が、仮にあるのなら、誰もが行きたいであろう。むのたけじ氏は、『詞集たいまつ』の50に、このように言っている。

「遠い空も近くの空も、一つの尾根だ。山のかなたの空にあるものは、山のこなたの空にあるものである。山のこなたにないものは、山のかなたにもない。」

 いま考えなくてはならないことは、決してあきらめないこと、絶望にかられたとしても投げ出さないこと、「山のかなたの世界」に幸せを求めないこと。あなたが死を選べば、あなたにとっての世界は終わり、もしかしたら「あなた」自身は、天国にいけるのかもしれない。しかし、残された人たちにとっても、この地球はかけがえのないもので、あなたの自分の勝手で、「こなたの世界」に住んでいるものたちを傷つけることは、やはり許されないことなのではないか。

以下、非常に長くなるが、最近何度目かに読み返して、気がついた宮本常一氏の文章を引用したい。(『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993、146頁を参照)

終戦直後の昭和21年に渋沢敬三氏を東京に尋ねた折の時のこと。

「ちょうど役所(先生は当時大蔵大臣であった)から帰ってきた先生は「幣原さん(当時首相)は大変なことを考えておられる。これから戦争を一切しないために軍備を放棄することを提唱しようとしておられる」と昂奮気味に話された。

「軍備を持たないで国家は成り立つものでしょうか」とおたずねすると「成り立つか成り立たないかではなく、全く新しい試みであり行き方であり、軍備を持たないでどのように国家を成立させていくかをみんなで考え、工夫し、努力することで新しい道が拓けてくるのではないだろうか。一見児戯に等しい考え方のようだが、それを国民一人一人が課題として取り組んでみることだ。その中から新しい世界が生まれてくるのではなかろうか」と言われた。」

この文章に引き続き、宮本氏自身のこの課題に対する決意が述べられるのであるが、このあとについては、ぜひ直接、読んでいただくことをお勧めする。

私も、エチオピアとの30余年の独立戦争を経て1993年に独立したエリトリアや、2002年5月20日に独立したばかりの東チモールなどにも仕事でいく機会があったのだが、これらの内戦が続いた国ばかりでなく、たとえばアジアの比較的平和なタイなども含めて、どの国にいっても、軍隊と警察権力のないところはないことを肌で感じていると思う。アメリカの留学生誤殺事件の際に、日本でも武器を日常的に市民がもっていることに対して大きな議論が沸き起こったこともしているが、世界の常識からしてみれば、やはり、軍隊や武器などの目にみえる力を持たない「国家」はありえないと思う。(よく誤解されているのだが、永世中立国のスイスでさて、自国の軍隊をもっているのである。)

そんな中で、第2次世界大戦後、63年間も非戦を貫いてきた日本は、やはりそれなりに評価されてよいのではないか。確かに、日本の自衛隊は、統計的にも、世界第3位の軍事力である。確かにアメリカの軍事力の傘の下で平和を享受してきたのも事実であるし、自衛隊という目にみえる「軍隊」が存在していることが、今まで日本に対する軍事的圧力を退けてきた事実については、決して否定できない。

最近、イラク立法に見られるように、自衛隊自体の役割も大きくかわりつつあり、また憲法改正の声も大きくなってきた。確かに今は昔ではなく、世界中が大きく変わってしまったのも事実である。しかし、わずか60年前には、日本も敗戦国であり途上国であったこと、その焼け跡から驚異的に復興して「高度成長」したという事実と、その出発点として、上記の渋沢氏がおっしゃったことを、多分、日本人の誰もが自分の問題として考えていたという事実を決して忘れてはならないと思う。

逆に今の時代だからこそ、たとえつたない経験であっても、借り物の言説ではなく、もう一度、自分の頭で考えることが求められていると思う。

以 上

より深く理解するために)

○ 宮本常一 『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993

 本文を参照。

○ 文部省教科書 『あたらしい憲法のはなし』 

 豆腐屋さんが復刻した本ということで、当時話題になった終戦直後の憲法読本(教科書)。私は、今でもこの日本国憲法の第9条を解説した部分を読むと、その崇高な理念とそれを学童に教え説こうとした執筆者の熱意に目頭が熱くなってくる。たぶん、本文で触れた渋沢敬三氏の言葉にあるようなことを、まさにみんなで考えようとしていた時代を感じることができる。近年、童話社から廉価版が出版されるようになったことは、大変喜ばしいことだと思う。

○ むのたけじ 『詞集 たいまつ』 評論社 1997

 むの氏の詞は、金八先生の言葉として脚本家の小山内美江子氏がTV劇中で取り上げたことから、結構なにげに知られているかもしれない。私は、武田鉄矢氏の『言葉をもらいに・・・ 人を旅する』三笠書房知的生き方文庫 1986での、武田氏とむの氏の対談で、この詞集の存在を知った。なお、新書版の『詞集・たいまつ I~IV』評論社もある。

○ グレース・ハルセル/越智道雄訳 『核戦争を待望する人びと 聖書根本教義派潜入記』

 朝日新聞社 朝日選書

 少し古い本で、絶版かもしれないが、大きな本屋や古本では手に入ると思う。多分、15年ぐらい前に出版された頃に読んだと思うが、非常に空恐ろしい内容であった。つまり「千年王国を実現するために、(みずから)ハルマゲドンを引き起こそう」という人たちの本である。オウムの事件があったときに、真っ先に、この本のことを思い出した。日本でも世界でも20世紀末から今日にかけて終末思想が、ちまたでも盛んに語られるようになったが、私はその不安心理自体が事件を引き起こしているようにしか思えない。

○ 岡倉古志郎 『死の商人』 新日本出版社

 この『死の商人』は当初、岩波新書で出版された。確か(新版)を中学生時代(かれこれ20年前になりますか)に読んで、大変に衝撃を受けた経験がある。今、手元になくて、この9・11以来、大変気になって古本を探していた。たまたまこの文を書くために目録を探したら新書版で復刻されたことを知って、なにか私としてもラッキーである。

○ ドキュメンタリー映画『チョムスキー9.11 Power and Terror』 監督:ジャン・ユンカーマン、音楽:忌野清志郎 企画・製作:株式会社シグロ、発売:日本ヘラルド映画㈱、販売:パイオニアLDC㈱ 2002

○ 監修 鶴見俊輔 『Noam Chomsky ノーム・チョムスキー アメリカこそ世界最悪のテロ国家だ』 リトル・モア 2002

 チョムスキーは生成文法を唱えた言語学者として有名であったが、ベトナム反戦から始まる戦う知識人としての側面を、2002年の7月頃、出張先の東チモールでたまたま知り合ったアメリカに留学していた友人から知った。日本に帰ってみると、9月には、上記の映画が公開されるという。映画館には結局いけなかったが、DVDとビデオが発売されているのを知って早速手に入れた。

“誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい。”

以前は東京の大きな書店では平積みされていたが、地方ではどうであろうか。手に入れにくいかも知れないが、ぜひチョムスキーのアメリカでの講演会の記録を映像で体感してほしい。

○ 現代思想編 『総特集イラク戦争 中東研究者が鳴らす警鐘』 「現代思想」4月臨時増刊 2003 vol.31-5 青土社 2003

 2003年3月20日のイラク戦争の会戦直後に緊急出版された日本の一線で活躍する研究者28名による専門論考集。片倉もとこ先生の「「ひらの人」のネットワーク 文化人類学の視角から」という論文を立ち読みして、とりあえず4月頃には手に入れていたが、まだ私自身読みきっていない。非常に密度が濃くて、各論文とも熟読にあたいすると思うが、惜しむらくは専門哲学雑誌なので、どれほど「普通」の人の目にとまるかである。地理書勉強会でも、この本を紹介したのだが、その席で、「いっそのこと、別冊宝島みたいなムックにしたほうが売れるんじゃない」という話題になった。これは、真摯な編集者の方や実際に執筆された先生方を茶化すつもりは全くないのだが、わたしは、「知識人」である学者と「ひらの人」との乖離の一端をみたような気もした。これは決して、非難するつもりは全くない。多くの執筆された先生方の多くは、私自身、以前より直接個人的にもお知り申し上げており、お会いする機会にはいろいろお話もする間柄であることも、念のため申し添えておく。

○ CNN ENGLISH EXPRESS編 『永久保存版 イラク戦争スペシャル』 「CNN ENGILISH EXPRESS」2003年6月号増刊 朝日出版社 2003

 イラク戦争直後に出版されたCNNライブCD[53min.]付の雑誌特集である。ご丁寧にも、「湾岸戦争」と「9.11」のニュース記事についても、イラク戦争と同列に扱っている。(逆にいえば、いかにこれらの‘事件’が恣意的かつ一体のものかがわかる。)

英語学習教材とはいえ、ニュース記事とCDによるオリジナル音声の特集は、結構ありそうでなく、後になれば貴重な現代史の資料となろう。時事的な雑誌なので、あえてここで取り上げることにした。

以 上

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2009年2月 7日 (土)

等身大の‘世界’を知る・感じるということ

「Life, I Love You!」のほうに、アメリカ合州国の新しいオバマ大統領の就任演説について記事を書きました。

オバマ大統領就任演説 <アメリカ合州国に目が離せない> 2009年2月7日http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/02/post-dff9.html

本当にこれほど時代の移り変わりといいましょうか、世界の動きの激しさに右往左往してしまうとき、どこに自分のアンカー(碇)を置くのか。どこに自分のコンパスをかざすのか、それが非常に大切なことになっています。

情報の爆発というか、もう何がなんだかわからなくなっているこの時代、2001年の9月11日以来、世界が変わったといわれますが、混迷を続けるこの21世紀の10年を見ても、一概に一方的に世界が悪くなったとも思えない。

新しい何かが生まれつつある、そんな予感を感じています。

情報爆発、これは、今までの大本営報告(情報)のみを信じなくてはならない時代とは一線を画し、誰もがどのような情報にでも(ある程度の限度はありますが)、以前に比べて格段に簡単にアクセスできるようになりました。

ゴミ情報も増えたが、本当の貴重な情報(それは個人の発信が多い)にも触れやすくなった、さまざまなリアリティ(現実感)がより身近に感じられるようになった、そのメリットは非常に大きいと思います。

世界に対して、ビビルことなく、ありのままにとらえていく、見せ掛けだけの虚勢や虚言に惑わされない、‘理念’より‘実践’や‘実態’そのものを見据えていく、そんなことが必要な世の中だと思うし、いい加減、口先だけの‘政治家(屋)’や、‘先生(有識者といわれる人たち)’にうんざりしているのが、今の日本だと思います。

そういう意味では、老若男女を問わず、個々の生き方そのものが問われている、それは、やはり時代の流れであるし、そういう意味では‘厳しい’世の中になったといえるかもしれません。

ともあれ、われわれは、居心地のよかった(と思える)昔に戻ることはもうできません。悲しいけれど、パラダイム自体が変わりつつあるなかで、‘変わらない’という選択肢を選ぶことは、非常に厳しい。でも、それでもあえて‘変えなくてもよい’ことはあるはずだし、勇気を振り絞って‘変えないこと’を選択することは、非常に難しいが必要なことでもあるといえます。

今までのように、誰か偉い人がいて、みんながみんながといって、わけのわからない‘世間’に流されていれば良しという時代は過ぎ去りました。これからは、自分で判断をしていかなくてはなりません。

そんなときに必要なことは、自分の‘等身大’の感覚をまずは信じることなのでしょう。だって、難しいことをいわれたって、‘自分’にはわからないのだったら、‘わかること’から始めていく信じてみることがまずもっては必要だからです。

自分で、みてきいてかんがえて、そんな歩みを続けていけたらと思います。

ではでは^^?

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2009年1月11日 (日)

生き方としての「海洋民俗学」 導入編

という記事を、「Life, I Love You!」のほうにアップさせていただきました。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/01/post-7021.html

そちらでも触れていますが、そもそも同じ人間が2つのブログを書いているので、実はどちらでトピックを展開してもよいということで、このトピックについては、内容によって、双方のブログに記事を書きたいと思います。

でもまあ、道端に考えるきっかけがいくらでも転がっているので、つくづく安上がりな性分だと思います。

なお、Life に記事を書いたときは、その都度リンクを張るようにしますので、ご関心のある方は、よろしくお付き合いください。

ではでは^^?

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2009年1月 1日 (木)

2009 新年のご挨拶と 新年の抱負など^^?

みなさま、あけましておめでとうございます。

ということで新年をご挨拶を、「Life, I Love You!」のほうに掲載させていただきました。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/01/post-00da.html

まあ、ご存知の方はご承知でしょうが、昨年10月に地元にUターン転職いたしました。

確かに開発コンサルタント会社を辞しましたが、コンサルタントマインドみたいなものは大事に磨き続けようと考えております。

さて、今年の抱負です。

1.転職先で実績をあげる

新しい会社と業務に慣れて新しい業界でのスタンスを早く確立する。とにかく新しいことばかりなので毎日勉強ばかりです。ちょっと年をいっているので新人が時間をかけてじっくりと身につけることを駆け足でマスターしないといけない。とにかくこれが最優先で最重要事項です。

2.生活基盤の整備

ちょっと大げさですが、地(地元)に足をつけて‘生きる’ための環境を整える。

3.開発民俗学と海洋民俗学の研究を進める。

基本的に海外勤務でなくなったので、ライフワークとして上記の2テーマはしつこく追っかけていく。

4.地元においてオフ会活動をおこなう。

せっかく愛知県に帰ってきたので、地元(岡崎、名古屋、豊橋など)での人的な交流を計画的、もしくは偶発的にも進めていく。

5.学会復帰と新規デビュー

日本中東学会と国際開発学会にちゃんと帰国届けを出して正式復帰する。人類学、民俗学関係の学会にもあらたに顔をだしてみるというネットワークの再構築をおこないます。

ということで、公私いろいろなイベントを企画・実行していきたいと思います。

東方西走、今年もさらにパワーアップして日本を駈け抜ける風となりたいです^^?

と書くと、まるで、ブームの「風になりたい」ではないか、いやいや「千の風になって」いや、こちらはかなり違うということで、今年もよろしくお願いいたします。

ではでは^^?

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2008年10月30日 (木)

For your Smile しばやん@ギマラス島

ということで、フィリピンの写真を「Life, I Love You!」にアップしました。

Cci20081029_00000 「マンゴーを売る兄弟(たぶん)」

しばやん@ギマラス島

フィリピン

2005年3月

「歩きながら考える」の「ブログ版 歩く仲間」はちょっと充電中ですが、「Life, I Love You!」のブログは再開しました。

ぜひぜひ遊びにいってやってください。

ではでは^^?

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2008年4月28日 (月)

映画 『アクロス・ザ・ユニバース(ACROSS THE UNIVERSE)』 あるいはザ・ビートルズの時代について

という記事を、ブログ「Life, I Love You!」のほうにカキコしました^^?

映画のサントラ(サウンド・トラック)の紹介ということで、Lifeに書きましたが、内容はバリバリの硬派で、やはりこちらに書くべき内容でした。

「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」のカテゴリーであるべき?内容ですので、こちらにリンクを張っておきます。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/04/music_from_moti_4865.html

お手数をおかけしますが、ご高覧いただけましたら幸いです。

ではでは^^?

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2008年3月20日 (木)

★★ Life, I Love You!の最新記事 ★★

ここでは、しばやんのアナザー・ワールドの「Life, I Love You!」というブログの最新記事を紹介します^^? よろしくお楽しみください。

ハウンド・ドック 『ロックス・トゥ・ロール(Rocks to Roll)』 泣ける唄が聴きたい! 2008年3月20日 NEW !

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/03/rocks_to_roll_6b7f.html

オムニバス 『R35「アールサンジュウゴ)」Sweet J-Ballads』 泣ける唄が聴きたい 2008年3月19日 NEW !

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/03/r35sweet_jballa_1f7e.html

CHAGE AND ASKA 『SUPER BEST I & II 』 泣ける唄が聴きたい 2008年3月12日 

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/03/chage_and_aska__2492.html

街の風物詩 「ジプニーと町屋」 世界のまちかどから^^? 2008年3月11日 

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/03/post_8f11.html

アートペッパー 『ミーツ・ザ・リズムセッション』 泣ける唄が聴きたい 2008年3月9日 

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/03/post_69b1.html

ソニー(SONY) 『CDP-X5000』 20年たっても現役 2008年3月8日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/03/sonycdpx5000_e57b.html

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