開発学の101冊

2009年11月 8日 (日)

大阪古書漁り ~ 大阪プチ旅行報告の続きです。

上記のついでに、実は他にもいろいろ買い込んでしまいまして^^?

○岩田慶治 『人間・遊び・自然 東南アジア世界の背景』 NHKブックス 日本放送協会出版会 1986

実は、岩田先生は京大出身で大阪市立大学などを経て国立民族学博物館の教授もなさった方で、文化人類学者としてめちゃくちゃ多産の人のようで環境民俗学でチョー有名人らしいということを、恥ずかしながら最近知りました。

それなりに目配りしているつもりが、イスラーム地域研究とか開発学という文脈からは全く抜け落ちておりました。

ともあれ、それはそれとしてこの人の本は読んでみたいなあと思います。

あと、ちょっと古めの本ですが、文化人類学プロパーの研究者とか京大人脈の本が面白い。

○中根千枝 『未開の顔・文明の顔』 全日本ブッククラブ版 中央公論社 1970

中根先生は、日本の女性の文化人類学者の草分けの一人で、東京大学文学部東洋史学科卒でイギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの大学院で本格的な社会人類学のトレイニングを受けたという経歴の持ち主。東大の東洋文化研究所の教授も長く勤められました。

私は個人的に、イスラーム文化人類学者の片倉もとこ先生に親しくご指導いただいていると思うのですが、中根先生は片倉先生の愛弟子なので私もなんとなくその系統にあるのかなとも思います。

とにかくきっちりしたオーソドックスな社会人類学者で、以下の本は掛け値なしにおもしろかったです。

○中根千枝 『社会人類学 アジア諸社会の考察』 講談社学術文庫 2002 (初出 東京大学出版会 1987

これぞ日本人の社会人類学といった感じで、欧米の輸入学問である社会人類学をどう日本の研究者が理解して取り組みかというところで、彼女というか日本人ならではの視点が非常におもしろかった。へたな入門者で理論みたいなものを浅くさらうくらいなら、この学術書のほうが10倍、100倍スリリングでためになると思いますね。少なくとも私はそう感じました。

さて、京大の今西錦司の人脈については、別のところに書いていますが、その弟子筋の河合雅雄さんのこの本もゲットしました。

○河合雅雄 『ゴリラ探検記 赤道直下アフリカ密林の恐怖』 KAPPA BOOKS 光文社 1961

京大人脈は非常におもしろいので、ここではあまり触れないようにします。かなり前の本ですが‘若き日’のフィールドワーカー・研究者の体験記ということで読んでみたいと思いました。

ではでは^^?

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2009年2月22日 (日)

鶴見良行 『対話集 歩きながら考える』

最近、おもしろい本を公共図書館で発見したので、ここに紹介します。

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鶴見良行 『対話集 歩きながら考える』 大田出版 2005年6月

実は鶴見良行先生については、私も学生自体に一度だけ直接謦咳に触れたことがあるのですが、非常にユニークな方でした。

この対話集は、1972年から1993年までにおこなわれた12本の対話を編集部が選んで再録したものです。確かに時代設定が古いというか問題意識として既に古いと思われるものもありますが、その時代背景を考えると、やはりその先見性というか足で歩いた問題意識の高さに今更ながら驚かされます。

実は、まだ自分でも読んでる最中なので、一概にコメントできませんが、その対談相手を見ても、非常に彼の幅広さと関心の高さを感じます。いくつかの対談は別の初出誌や対談相手の著作で読んでいましたが、これだけまとまった対話を一冊で読めるというのは、かなりお買い得だと思います。ご参考までに、対談者とタイトルをあげさせていただきます。

・アジアを歩きながら考える 加藤祐三

・「もうからない英語」を語ろう 國弘正雄・鹿野力

・「国際化」と土着 見田宋介

・一九二〇年代、闇の中の周辺文化 永川玲二

・アジアの民衆と日本人 鎌田慧

・越境する東南アジア 山口文憲

・アジアとは何か 板垣雄三

・チャハラ号航海記 内海愛子・中村尚司・新妻昭夫・藤林泰・村井吉敬・森本孝

・アジアと日本の<海の民> 網野善彦

・海民の世界から見直す日本文化 大林太良・網野善彦

・アジア海道 - 漂海民をめぐって 門田修

・<インタヴュー> 忘れられた海の歴史を追って <聞き手> 秋道智彌

・解説 無所有へのまなざし 花崎皋平

全521ページ 2800円+税

P.S.

以前、「歩きながら考える・・・ ‘世界’と‘開発’」というマイ名刺を持ち歩いていまして、この本のタイトルをみてどきっとしました。

でも考えてみれば、鶴見さんとの出会いも私のバックボーンのひとつとなっているのでしょうね。実際に。

いやはや^^?

今までに鶴見さんに触れた文章については以下も参照ください。

2000年2月5日

「世間師」、「裸足の研究者」そして「絶望」を超えて 
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n0008.htm

2004年9月2日

海への憧れ-海は隔てるものではなく、つなげるものである。
<アジア島嶼部研究のダイナミズム>

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00023.htm

なお、最近、「海洋民俗学」というものも始めました。ご関心のむきはこちらもどうぞ。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20842145/index.html

ではでは^^?

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2009年2月 1日 (日)

山泰幸、川田牧人、古川彰編 『環境民俗学 新しいフィールド学へ』 未来志向の民俗学(帯より)

ようやく時代がしばやんに追いついたのか、しばやんが時代に追いついたのか、今後、開発民俗学を考えていくのにあたって、非常に参考にある教科書が発売されました。

09020100 山泰幸、川田牧人、古川彰編 

『環境民俗学 新しいフィールド学へ』 

昭和堂 2008年11月11日 初版

お薦め度: ★★★★★

一口コメント:

実は2ヶ月前に発売されたばかりの本ですが、ようやくでたというか、私的にはちょうどこんな道案内がほしいと思っていたところに、ひょんなきっかけで、たまたま豊橋の大型書店にのぞいた際に見つけました。

鳥越皓之氏らの「環境民俗学」の動きは横目で気にしてはいたものの、なにか胡散臭くてちょっと距離をおきたいなあと思っていたのですが、当然、それをもふまえて近年の人類学や社会学、分野では共有論(コモンズ論)や資源論、自然論をふまえたうえで、これからの‘環境’民俗学の俯瞰図を示していただいたということで、すぐ役にたちそうな内容です。

最近(この2,3年ほど)、関心をもちだした野本寛一氏や秋道智彌氏、民俗学からは当然のことながら、柳田国男、宮本常一、千葉徳爾、坪井洋文、香川洋一郎、赤坂憲雄、京大の人文研や東南アジア研究所、探検部?など京大の地域研究のグループ(今西錦司、川喜多次郎、梅棹忠夫、米山俊直、高谷好一、福井勝義など)、民間人の鶴見良行氏のグループ(村井吉敬、宮内泰介なども含む)など、私が今まで開発民俗学の視野の中にいれてきた研究者達が、当然のことながら含まれていることも非常にうれしく自分のやってきた方向性にほのかな自信?をもちました。そうそう、これまた当然ですが、内発的開発論の鶴見和子も上がっていますね。

ともあれ、今日購入したばかりですが、じっくりと読んでみたいと思います。

ではでは^^?

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2008年12月 5日 (金)

「特集 人類学と開発援助」 『国際開発研究 Vol.17, No.2 2008年11月』 

国際開発学会の標記の特集号が、ようやく手元に届きました^^?

Photo 国際開発学会に入って何年ぐらいになるのでしょうか。今年の6月までフィリピンのマニラに駐在していたので会社宛に送付してもらっていたのですが、転職もしたことだし、そろそろ住所変更の手続きをしなければ。

とにかく、もとの会社から転送してもらって手元に届いたばかりなので、じっくり読ませていただこうと思います。

私も着目している同世代の気鋭の研究者達が投稿しているので、彼らが何を書いているのか、今から楽しみです。

別に気負っても仕方がありませんが、彼らが学界というか研究者から開発に入ったのに比べて、自分は開発援助業界の中で問題意識を高めてきたという自負があります。

大学の友達からしばやんが営利企業に入るとは信じられないといわれつつも援助業界にもまれて実務をやってきました。

ちょっと事情で、一旦、開発援助の世界から離れましたが「開発民俗学」への途を決してあきらめたわけではありません。

今は、別のステージで修行中というか充電中といったところでしょうか。私は私の途をゆく。ただ、それだけのことです。

論文を読み終わったら、別途、報告させていただきます。

ではでは^^?

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2008年12月 2日 (火)

第4講:開発学研究入門(基礎理論編)(道具箱=ブックガイドその1)

第4講:開発学研究入門(基礎理論編)(道具箱=ブックガイドその1)

2000815

 道具箱というコーナーを設けたのは、適宜、情報ソースの整理をして読者の便宜を図るということに加えて、この講座を順番に読むことを通じて、読者に同時に一緒に考えてもらいたいという意図がある。

今、IT革命などという言葉が巷をにぎわせているが、やはりそれは一方的な情報の受け手(消費者)になることではなく、イントラクティヴ(双方向的)な人間同士の対話を目指すべきであろう。

ここで基本理論編として取り上げたのは、自分で考えていくためには、それなりの方法論があるということがまず一点。そして学ぶことの究極の目的は発信することにあり、そのためのテクニックが必要不可欠(表裏一体)であるということが一点。また、1990年代のコンピューターの発達と普及に従って、既存の知の枠組みや道具立て自体が変わってしまったことが一点。それら新しい知の体系として開発学を考えるための道具と、‘開発’学の入門書とリファレンス類を厳選して取り上げた。

主に、1990年代以降の動きを扱う。情報処理技術についての‘初歩の初歩’については、注1を参照のこと。

 追記;

Wakate-kai」協調プロジェクトとして「開発援助へ関心のある方へ(情報源へのアクセスについて)」において、おすすめの「ホームページ」および「基本文献」の紹介を行った。情報的に新しいので、こちらも参考のこと。(20021015日)

民俗学および地理学の現地調査(フィールドワーク)に関するマニュアル類については、第3講の補論も参照のこと。(2005626日)

A1990年代以降の知の世界

41 野村一夫 『社会学の作法・初級編 社会学的リテラシー構築のためのレッスン【改訂版】』 文化書房博文堂 1999 (初版 1995) (1,600円;価格はあくまで参考。適宜確認のこと。)

42 東郷雄二 『東郷式 文科系必修研究生活術』 夏目書房 2000 (1,900円)

43 坪田一男 『理系のための研究生活ガイド テーマの選び方から留学の手続きまで』 講談社ブルーバックス 1997 (760円)

44 中川昌彦 『図解 自己啓発と勉強法 楽しみながら自分を育てる』 日本実業出版社 1996 (1,262円)

(概説)

1990年以降に決定的に変わったのは、知の地平線や水平線がはるかに広がったことがあげられよう。ここでは詳細は述べないが、網野善彦、阿部謹也、家島彦一などが、それぞれ日本、ヨーロッパ、イスラーム世界の中世史において、今までの文献資料中心であった歴史学・社会学において、それ以外の全人間的なアプローチを駆使し、新たな学問の地平線を切り開いた。その世界は深く広いが、その前提と主体的に現代と切り結んだところに意味があるのではないかと思っている。それぞれが、自分と現在(現実世界)との格闘を語っている。(別途、「歩きながら考える」で取り上げます。)

 そこで、まず取り上げたいのは、現代社会に生きるということはどういうことかを考えようとする41である。私は、以前、大学院への進学を試みたことがあったが、その際に、悩んだのは「外大生にはディスプリンがない」という俗説であった。母校や後輩の名誉のためにもあえていいたいが、結局、今では「そもそもディスプリン(パラダイム)にこだわることより、作法(リテラシー)を身につけることのほうが重要ではないか」と思うようになった。

今の大学の世界では、三文字学部というものがなくなりつつある。(つまり、文学部、農学部など)単に、看板が変わっただけと思ってはいけない。80年代から、「学際的interdisciplinary」とかいう言葉が出てきたが、その当時は、それぞれの「専門」のディスプリンをもった人たちが集まって研究するというスタイルであったと思うが、今では「理系」や「文系」という考え方自体がなくなりつつあり、「マルチ・ディスプリン」があたりまえという時代に突進している。決して専門家を否定するわけではないが、あえてどこかに足場を置くとしたら、まず「読み書き作法」であるというのは、あながち見当違いではないであろう。また、野村氏のいう<見識ある市民>とは、今だからこそ求められていると思う。

そして、42(文科系)と43(理系)では、今の時代の研究スタイルを端的に語っている。前者の著者が1951年生、後者が1955年生、あえていえば、41の著者は1955年生まれである。つまり、今の学生が教わるであろう先生方のある標準的な感覚ともいえよう。

また、1990年代の必須アイテムとして浮上してきたのが、パソコン・インターネットを利用した新しい学習スタイルである。残念ながら、私が注1を書いた90年代初頭は、この新しい研究方法の体系ができていなかった。4123とも、最新のリファレンス情報が盛り込んであり、いずれも持っていて損はない。(特に、31は、今、現代社会を主体的に生きようと考えるときに必携である。)

 44は、ビジネス書であるがあえてここに紹介する。私は、はっきり断っているように一介のビジネスマンに過ぎないが、逆に‘仕事をしながら(もちながら)考えていく’道を、この本ははっきりと示してくれた。また、パソコン、インターネットについて、「マルチメディア時代の自己啓発」として1章をさいてあつかっている。

入社して5年目くらいまでは、なかなか学生時代みたいに専門書を読むことができず、頭を休ませる(冷やす)ために、ずいぶん俗にいうビジネス書や血液型や相性の本、人生論や人間関係の本を、息ぬきとして読んだものである。

その中で感じたのは、ビジネス書は、現場に密着しているためトピックも早いし、実務に関する専門的な技術面については、はるかに具体的でくわしい。確かに玉石混交ではあるが、非常に興味深いジャンルではある。(学生さんとかはあまり関心がないと思うが、学問とは全く別の次元で理論が展開されていて結構参考になります。)

B.情報処理論の最前線

45 メイヤー,JJ./黒川康正 『ビジネスマン奇跡の整理術・時間活用術』 三笠書房 1998 (1,400円)

46 壺阪龍哉 『超図解 奇跡の整理術 パソコン以前の33の法則』 かんき出版 1997 (1,300円)

(概説)

456は、あえてビジネス書という分野から、最新の実践的な情報処理理論を持ってきた。45は、まさに‘目からうろこ’の本で、読後、仕事がずいぶんはかどるようになった。(別に、タイムマネジメントの手法や考え方を礼賛するわけではないが、「仕事をする」という実務上は、大変役に立つ知恵ではある。)

また、46も、‘パソコン以前’といっているが、逆にパソコン時代でこその情報処理理論である。

C.新しい調査・研究手法

47 佐藤郁哉 『フィールドワーク 書をもって街へ出よう』 新曜社 ワードマップ 1992 (1.800円)

48 佐藤誠編 『地域研究調査法を学ぶ人のために』 世界思想社 1996 (1,950円)

49 古川久雄 「現地調査―歩く・見る・聞く」、矢野暢編『地域研究の手法』 弘文堂 (講座現代の地域研究 一)1993 (4,800円)

410 赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊・編 『路上觀察學入門』 筑摩書房 1986 (ちくま文庫版あり)

411 中村尚司・広岡博之編 『フィールドワークの新技法』 日本評論社 2000 (2,000円)

412 嘉田由紀子・槌田劭・山田國廣編著 『共感する環境学 地域の人びとに学ぶ』 ミネルヴァ書房 2000 (2,500円)

(概説)

主に、フィールドワーク、地域研究、現地調査にかかる本を上げる。時代はフィールドワークというか、社会科学系の学問においても、かなり実証的な地域や地に足のついた研究がでてきたが、これはやはり時代の要請といえると思う。また、ようやく以前から地道にその調査に取り組んできた人が学会の前面にでてきたともいえるし、これは自然科学からの応用という見方もあろう。なお、47の著者は1955年生、48の編者は1948年生で、やはり新しい感覚ともいえよう。

49は、本格的な現地調査論で具体的な示唆に富む。また、489に関連するが、特に第三世界に関する地域研究(Area Study)についても現在ブームの観があり、なおかつ「開発」学ともからむのだが、これら第三世界をあつかうのには、かなり周到な準備が必要だと思う。90年代に入って、地域研究のみならず、歴史、社会学やあらゆる学問分野にかかるシリーズものの研究書がいろいろ組まれており、なおかつ最新の研究の成果が織り込まれているが、ここではあえてふれないし、その場ではない。ただ、本当に「地域研究」や「開発」に取り組もうとすると、かなりローカルな問題を考えなければならないし、さらに言えば、その地域の言葉に対しても関心をもたないといけないであろう。

410は、ある意味で民間での取り組み。実は最近、地理学や民俗学、考現学、(文化)人類学などの隣接科学が面白い。本当に「歩く」学問がポピュラーになってきたと思う。(注2

 

 全く最近であるが、京都よりまた「歩く」学問の概説書がでた。411は龍谷大学の先生方、412は京都精華大学の先生方がまとめたもの。いずれも今までの学問の枠を越えたセッションをおこなっている。わかる人はわかると思うが、例えば中村氏、槌田氏、山田氏は、すでに30年以上現場を歩きつづけている大ベテラン。(実は、私は1990年度の大阪外大での鶴見良行氏と同じく『地球環境論』というリレー式な講義でお会いしている。まったくもって当時の神前、高山、津田、松野、深尾先生方の人脈と先見の明に深く感謝しております。)

この「歩く」学問は間違いなく、21世紀の学問の一つの方向性を示すものであろう。

民俗学および地理学の現地調査(フィールドワーク)に関するマニュアル類については、第3講の補論も参照のこと。(2005626日)

D.‘開発’学入門

413 アジア経済研究所・朽木昭文・野上裕生・山形辰史編 『テキストブック開発経済学』 有斐閣ブックス 1997 (2,300円)

414 佐藤寛編 『援助研究入門 ― 援助現象への学際的アプローチ』 アジア経済研究所 アジアを見る眼 1996 (1,442円)

415 坂元浩一 『国際協力マニュアル 発展途上国への実践的接近法』 勁草書房 1996 (2,500円)

416 国際開発ジャーナル社編 『国際協力ガイド 20002001年版』 国際ジャーナル社 1999 (1,000円)

(概説)

 近日の、開発や援助を巡る学会、民間、市井の動きは、非常に激しく、毎日のように、開発にかかる新刊書や情報が流れている。今回の「基礎理論編」ではあえて‘開発’学にかかる本は最小限とする。

 413は、開発経済学の入門テキストであり、比較的新しく90年代の日本人学者の最新成果を踏まえているため、次の段階へのステップへとなろう。(「今後の学習案内」や「用語解説」が充実。ただし、この時点では翻訳されていなかったM・トダロの開発経済学(第6版)』国際協力出版会 19987,000円)があることには留意のこと。)

 414は、313と同じくアジア経済研究所が中心となってまとめた「開発経済学」以外からの開発へのアプローチが述べられている。本講座も、特に開発経済学を扱ったものではないし、今後はこのような学際的なさまざまな分野の知恵を「開発」や「援助」に持ち込むことになるのであろう。必ず413と併読してほしい。

 415は、経済屋としての視点が強いが、援助の実践の場で、どのような段取りが求められているかが垣間みられる。途上国の資料へのアクセス方法等、資料編が充実しており、一種のチェックリストして使える。

 416は、月刊の業界紙である『国際開発ジャーナル』が取りまとめた国際機関、政府系機関、民間、NGO、研究機関など日本の援助とその周辺のガイド。年度版であるため比較的情報が新しいこと、また現場の声が多く掲載されていることが業界に関心のある人の参考になるであろう。

E.レファレンス

417 編集協力 国際協力事業団 『国際協力用語集 【第2版】』 国際協力ジャーナル社 1998 (初版1987) (3,000円)

418 海外経済協力基金開発援助研究会編 『経済協力用語辞典』 東洋経済新報社 1993 (2,400円)

419 二宮書店編 『データブックオブザワールド 世界各国要覧 2000年版』 二宮書店 2000 (520円)

420 帝国書院編 『綜合 地歴新地図 -世界・日本― 三訂版』 帝国書院 1997 (1,500円)

421 M.L. (Mert) Yockstick  Concise Earth Book World Atlas  Graphic Learning International Publishing Corporation, Boulder, Colorado, USA. 1987

(概説)

 編者にみられるように、417は、主に技術協力、無償資金協力の窓口である国際協力事業団(JICA)、418は有償資金協力(円借款)の窓口である国際開発銀行(JBIC;海外経済協力基金(OECF)は輸出入銀行と統合されてJBICとなった)が取りまとめている。トピックや記事の解説に濃淡があるため、可能であれば両方とも常備することが望ましい。

419は、倹価であるがコンパクトに世界各国の統計資料が掲載されている。

420は、高校向けの地図帳(アトラス)ではあるが、サテライトイメージや歴史的な地名が重ね書きしてあるので、現地の重層的かつ立体的な理解に非常に役に立つ。

4 - 21は、例外的に英語の本を取り上げるが、実際日本語で気のきいたアトラスは少ない。この本の特徴は、地上のでこぼこが立体的に書いてあること、地名が結構詳しいこと。以前、Timeの定期購読のおまけでもらったものだが、非常にコンパクトで重宝している。もし、機会があったら気の利いた英語のアトラスも探してほしい。(海外でも利用しようとするとき、カタカナの地名が書いてあるような日本製のアトラスはほとんど使い物にならない。現地調査に使える道具については、49を熟読・参照のこと。)

これらのリファレンス類は、全般的かつ一般的なものなので、ぜひ手元においてほしい。(特に、419420のような資料は最新版を手に入れること。)

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注1:柴田英知 「第ニ部 リファレンスワーク入門」『アラブ・イスラーム学習ガイド 資料検索の初歩』 シーシャの会 1991(電子ファイル版2000)にて、リファレンスワーク、ビブリオグラフィーという観点から、主に文系の書籍データへのアクセス方法について論じた。

注2:柴田英知 「「世間師」、「裸足の研究者」そして「絶望」を超えて」『歩きながら考える(008009)』 2000において、それぞれ宮本常一、鶴見良行、鎌田慧を取り上げて、市井における「歩く」学問を論じた。宮本常一および民俗学の視点については、第3講の補論を参考のこと。

(この項 おわり)

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2008年11月12日 (水)

宮本常一+案渓遊地 『調査されるという迷惑 フィールドに出る前に読んでおく本』

出版直後に見かけてはいたのですが、ようやく購入しました^^?

Cci20081112_00000 宮本常一+案渓遊地

 『調査されるという迷惑 フィールドに出る前に読んでおく本』

みずのわ出版、1000円

2008年4月

お薦め度: ★★★★★

一口コメント:

学術的なフィールドワーカーのみならず地域研究や開発援助に携わる人(特に日本人)は必読。

ロバート・チェンバースを読んで感動している場合ではない。

という2つ目のセンテンスは極論ですが、元開発コンサルタントとして、特に開発途上国の開発に携わるコンサルタントなどの実務者に限らずいわゆるお上の人にも読んでいただきたい一冊です。

A5サイズで、事項索引を入れても、わずか118ページのブックレットですが、その訴えるテーマは古くて新しいというか、ずばり「開発倫理」の本です。

歩く民俗学者、歩く仲間の大先輩の宮本常一氏が、1972年に、『朝日講座・探検と冒険 7』に著した小論「調査地被害-される側のさまざまな迷惑」(のちに未来社版 『宮本常一著作集 第三一巻に、「調査地被害」として再録)を第2章に全文を引用して、直接、宮本氏から指導を受けたフィールドワーカー(研究者)である案渓氏が、日本の南の島々でのフィールドワークで体験(経験)した、今なお続く調査地被害、特に調査‘される側’の声をふまえて考察した論文を再録しています。

なお、宮本氏の「調査地被害」という論文については、『歩く仲間-歩きながら考える世界と開発』のブログ(HP)の中で何度も取り上げておりますので、私の立場と理解についてはこちらを参照ください。

>われわれの物語を紡ぐために: 文化人類学への問い。(2005年7月3日)http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00028.htm

>文化人類学の1990年代を振り返る  (2005年7月3日) http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n000281.htm

>ブームの宮本常一?  (2006年4月1日)http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00030.htm

>人類学者の皆様に ~援助の‘効率化’って何?~ (2007年2月10日)http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog051.htm

>人類学者の皆様に(補足1) ~援助‘する’側、援助‘される’側の認識について~ (2007年2月18日) http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog052.htm

>実務者不在の議論(その1) (2007年4月14日) http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog063.htm

>実務者不在の議論(その2) (2007年4月14) http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog064.htm

実は、3月に日本に一時帰国して、大型書店で平積されたこの本をみたとき、宮本氏の論文の再掲ならば、わざわざ買う必要もないと思ってあえて購入しなかったのですが、今回、案渓氏の論文を読んで、‘いまだに’調査地被害が、日本で続いていることに暗然たる気持ちになりました。

上の私の論考でも触れていますが、今の開発援助に関心のある勉強しているはずの若い人たちの間でも、本多勝一の「殺す側の論理」と「殺される側の論理」の議論についても知らない人が多い。既に時代遅れの二項分類ともいわれていますが、これは、ロバート・チェンバースのいう「アッパー」と「ローワー」の議論と同様以上に重要な概念だと思います。

ともあれ、人文科学を目指す人のみならず、広く(地域)社会に関わろうとする人たちは必読の小冊子です。

そうそう、蛇足かもしれませんが、一言で上記の問題を語れば、

「人として」ということではないのかなとも思います。「倫理」と大きな声でいうものではなく、人の迷惑や痛みを考えることとは、人として当たり前のことでもあります。

それを「学問」や「開発」のためというのを錦のお旗というか言い訳にするのは、どうしたものかと思いますね。あなたも私も社会に対して‘上から目線’になっていませんか。自分への戒めとして^^?

P.S.

別のところでも書きましたが、宮本氏のフィールドワーク論(方法論のみならず倫理を含む広い意味での)を編集した『旅に学ぶ』は、フィールドワークに関心を持つ人はぜひ手元において味読していただきたい論集です。

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宮本常一 『宮本常一著作集 旅に学ぶ』 第31集

未来社 1986年 2800円

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント:

ちょっとお値段が高いのがキズですが、どれを読んでも氏の鋭い視線を感じます。現場で何をみればよいのか。

「あるく みる きく 考える」は氏のモットーでもありましたが、フィールドワーカーである『歩く仲間』の必携書ともいえるでしょう。

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2008年6月 6日 (金)

石弘之編 『環境学の技法(Social Methods of Environmental Studies)』

ご存知、東京大学大学院新領域創生科学研究科環境学研究系の研究者(教員)たちによる教科書です。

Photo 石弘之編 

『環境学の技法(Social Methods of Environmental Studies)』

東京大学出版会

2002年4月 初版

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント:

元朝日新聞記者の石弘之氏が率いる東大の環境学科の若手先鋭の研究者の作った教科書。発売されてすぐの2004年10月に購入して読んだのですが、さすがに内容の濃さとそのレベルにはうならされました。(もう既に石教授は退官されています。)

ところで1990年代の前半、特に少子化、国際化、バブル崩壊後、日本の競争力にかげりが見えてきたことなど、さまざまな要因の中で、大学や大学院の役割に対する社会的な批判とより現代社会にあった高等教育への要望の高まりのもと1994年に大学改革が行われたわけですが、その時に最も混乱が大きかったのは、一般教育課程と専門教育課程の区別が実質なくなったことでしょう。その中で、いわば一般教育過程の先生だけで学部なりを作らなくてはならなくなって、また上記の社会のニーズにこたえるためにも、かなりの無理な学部の再編成やら混乱が生じました。

その中で、特に時流といいますか時代の要請で、環境学や国際関係にかかるさまざまな学部・大学院の設置が行われたことは特記すべきことであったと思います。

特に、国際開発(関係)学についても、文部省は分野ごとに重点校を置き、1992年ごろから独立した国際開発学にかかる多くの大学院を設置しました。

そのような大きな時代の流れの中で、東京大学も学部・大学院改革を行ったわけですが、東大は、国際開発に関しては、まず大学院に新領域創生科学研究科の環境学研究系をおきました。

つまり「環境学」といいつつも、かなり国際開発学にも眼を配った大学院であるといえます。

この本は、そのような混乱期の日本の環境学・国際関係学の大きな波を一つ超えたところで編まれた本で、今までの日本における環境学の流れと、今後の方向性を示したということで、今後も読み継がれる価値があると思います。

それとおもしろいのが、1994年に先の大学改革に絡んで、東大の教養課程の教科書として小林康夫氏や、船曳建夫氏ら若手教官?により『知の技法』と『Universe of English』など新しいタイプの教科書が多く出され、社会人の間でも非常に話題になりました。私も数冊読みましたが、この本も、多分にもれず「技法」という言葉を使っているところもニクイですね。

目次

はじめに 石弘之・佐藤仁

I 問題を設定する

第1章 環境学は何を目指すのか 環境研究の新たな枠組みの構築 石 弘之

第2章 「問題」を切り取る視点 環境問題とフレーミングの政治学 佐藤仁

II 状況を解釈し、一般化する

第3章 個別現象限りの知見に終わらせない工夫 永田淳嗣

第4章 環境評価と新しい経済モデルの方向性 R.ノーガード

III データを集め、判断する

第5章 環境学におけるデータの十分性と意思決定判断 松原望

第6章 越境するフィールド研究の可能性 井上真

本の横帯に「文系からの直球勝負」とありますが、その名に恥じない内容とは思いますが、実際には執筆者の6名のうちの半分は理系の学部というかバックグランドです。

まあ、逆にいえば、環境学も国際開発学も、文系一本やりでも理系一本やりでもだめというか、コアはもちつつも、双方、もっといえば全てに目配りができないとダメだということなのでしょうね。多分。

繰り返しになりますが、この本は「技法」というかものの考え方に重点を置いているので、そういう意味では最新のフィールド科学の手法や成果を取り入れていますし、「技法」としては、あまり古くならないものを持っていると思います。

そういう意味で、やはり一つの教科書としてお薦めできると思います。タイトルに関わらず、広く国際開発や新しいフィールド科学に関心のある人に読んでもらいたい本です。

ではでは^^?

P.S.

ところで、「技法」について私見を一言。

私は「技法」と「倫理」は別のものだと考えていますし、逆に分けて考えるべきだと思います。特に環境(学)や開発(学)については、どうしても情緒的な感情論に流されがちですが、それでもやはり正確な現状認識としての科学的な、論理的な「思考」や「技法」も必要です。当然、それが全てではないことは言うまでもありませんが、私が思うに、現状認識が一般に甘いのではないかということを、マスコミや有識者といわれる人たちに関しても思うことが多々あります。

また逆に「技法」はある程度の訓練で身につけることができると思いますが、「倫理」感や「思想」そのものは教えきれない(教育で押し付けられるものではない)という側面があると思います。

そのような意味で、東大の一連の「技法」シリーズは、学問の限界をわきまえているというか、その割り切った考え方が好きです。

考え方は教えるけれども答えは自分で考えなさい的な突っ放し方、つまりあえて「倫理」に踏み込まないというバランス感覚は、非常に評価できると思います。

また「技法」というか「技」は、技として常に磨いていないと、いざというときに「現場」で全く使えないのですよね。でも「現場」から「技法」に立ち返るというかフィードバックは当然あるべきですし、「技法」自体も個々人で進化(深化)させていくべきものだと思います。

まあ、私がいうことでもありませんし、まったくの蛇足ですが。

ではでは^^?

(この項 了)

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2008年5月28日 (水)

伊藤亜人 『文化人類学で読む日本の民俗社会』 ~ まず‘違い’を認めるということ

最近、伊藤亜人著 『文化人類学で読む日本の民俗社会』という本を読んでいるのだが、これがまた知的刺激に富むというか、一言でいうと非常におもしろい。

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08052800 <コラム1>

伊藤亜人

『文化人類学で読む日本の民俗社会』

有斐閣選書 有斐閣 2007年12月発行

お薦め度: ★★★★★

対象レベル: 中級以上

一口コメント: 

補注が全くないので、ある程度の予備知識や専門知識がないと何を言おうとしているのかわかりにくいのではないかと思う。

つまりこの本だけでは氏の考えの根拠をトレースしにくい。しかし取り上げている項目は非常に多岐にわたり、おもしろい視角を提供している。

日本の民俗学の死角をついているというか、(文化)人類学との比較の視点が私には新鮮であった。

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つまり概説書でもなく教科書でもないのだが、氏の長年の日本の及び韓国、中国での民族学調査の経験を元に、東京大学系の文化人類学の重鎮としてのキャリアから、日本の民俗と民俗学を逆照射している点が非常におもしろい。

特に私の興味を引いたのは、日本の民俗学(者)や、われわれ日本人が自明だと思っている概念や事実がそうではなく、民俗学者が民俗語彙として使っている専門用語でさえも(文化)人類学の範疇では、かなりの厳密な用法上の注意がいるということ。

開発‘民俗’学を語ろうとしている私にとって、世界と対話するには、ちゃんと文化人類学とか社会学など近接人文社会科学で使われている専門用語の裏側にまで注意を払わなければ、対話が成り立たないということがわかっただけでも大きな収穫であった。

まだ読了していないので、詳細はコメントは後に譲りたいが、ここで3点ほどメモ書きを。

1.開発‘民俗’学は、広義には、世界で言われるところの「開発人類学」や「開発民族学」の一部門であることは疑いようもないし、事実であろう。

2.しかしながら、日本の「民俗学」の発展過程で培ってきた概念用語や方法論は、十分、世界に通用する普遍性をもつ可能性はある。

これは、今、あわせて読んでいる上田和男他編 『民俗研究ハンドブック』 吉川弘文館 1978 の内容(柳田国男以降の研究史)を見ても十分証明?できると思う。

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08052803 <コラム2>

上野和男、高桑守史、野村純一、福田アジオ、宮田登編

『民俗研究ハンドブック』 吉川弘文館 1978

お薦め度: ★★☆☆☆

対象レベル: 中級以上

一口コメント:

‘古い’といわれて久しいが、やはり‘民俗学’のオーソドックスな学説史の簡易なハンドブック(当然、1970年代まで)としての価値はまだあると思う。柳田国男の高弟たちが分担執筆している点でも興味深い。

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3.ただし、そのためには世界的に通じる共通言語をもたなければならない。つまり、適当な翻訳語を無自覚に使うのではなく、たとえば英語のもつ意味と、日本語の民俗語彙の持つその‘違い’をふまえたうえでの議論をしなければ、専門用語で書かれた論文であったとしても、言葉が通じないばかりか全く意味が通じない可能性が非常に高いということである。

私は、そもそもは、日本人の開発に関わるひとりとして、日本人のセンスや知見について、特に日本人自身の注意を喚起するつもりで、「開発民俗学」などを提唱してきたが、やはり本当のターゲットは、日本人だけではなく世界の誰もが共有できる知を提示することにあることに気がついた。

結局、仲間内で盛り上がるだけの‘閉じた世界’ではだめなのだ。

私は自信をもって、日本の民俗学の知見を世界に発信していきたいと思う。

そのためには、相手の‘土俵’に乗ることも必要であろう。だが、相手の概念用語だけを使う必要は全くない。新しい‘土俵’を新たに作り出すことも必要だと思う。

とにかく、いかに日本の民俗学と世界の人類学との距離があることにきずかせてくれたこの本は一つの手引きになろう。

まず‘違い’を認めた上で、共通なものや共感できるモノやコトを探っていく。それが21世紀の知のあり方であると思う。

詳細や具体的な論考は今後に待て、といったところでとりあえず今日は筆をおかせていただきます。

ではでは^^?

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2008年4月30日 (水)

佐々木直彦 『新・知的ビジネス・スキル講座 コンサルティング能力』

前回、ブログで、リサーチャー(研究者)とプランナー(計画者)とコンサルタントは違うという話をさせていただいたが、では、コンサルタントって何かということに、非常にクリアに答えてくれる本があるので、ここで、紹介させていただく。

Photo 佐々木直彦

 『新・知的ビジネス・スキル講座 コンサルティング能力』

日本能率協会マネジメントセンター 1998年12月

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント: 最近、ようやく‘コンサルタント’という言葉もポピュラーなものとなってきた観があるが、いざその定義、実際の業務として何をしているのだろうという疑問が湧き出してくる。

最近でこそ、ITコンサルタント、経営コンサルタントなど時代の最先端なイメージがあるが、そもそも日本におけるコンサルタントとは、コンサルティング・エンジニア(技術士に代表される)と経営コンサルタント(中小企業診断士)であった。

この本では、副題にあるように「Consulting Skill and Consulting Mind」とあるように、コンサルタントの業種に限らず、そもそも‘コンサルタント’の「技術」と「その心掛け」について広く語っている。

私自身は、‘開発’コンサルタントという業界の末席にいるわけであるが、佐々木氏のいう「コンサルティングマインド」そして、その技術や方法論に非常に共感と感動を受けた。

佐々木氏は、コンサルティングを、このように定義する。

「コンサルティング能力とは、未来に向けて、クライアントの問題解決や夢実現を助ける能力を言う。」

その過程として、以下のステップを掲げる。(括弧内は引用)

「I.問題の発見

II.解決策の立案

III.プレゼンテーション

IV.変革の推進」

前回、「研究から実践」にというところで苦情を呈したわけであるが、研究では上記のステップでいえば、「I.問題の発見」に留まっているというか、その問題を「学問の場」への還元はするが、実際の現場(フィールド)にフィードバックがないことが多いし、次のIIからIVまでのステップが基本的にないのである。(なくても許されてしまう?)(*)

この本は、「コンサルティング能力」のあり方を根本に問うており、知識ではなく、「生き方」としての「コンサルティング・マインド」について論じている点、セクターや分野に限らず汎用性があると考えられる。

この本で述べられているステップ、方法論そのもののロジックは、まさに「開発コンサルタント」がやっていることと同じである。

参考までに、第1章から第4章の目次を以下に掲げる。

「序章 なぜ「コンサルティング能力」が必要なのか (詳細は略)

第1章 問題を発見する

 アプローチ能力

 リサーチ能力

 取材・インタヴュー能力

 問題整理・構造化・分析能力

 レポート作成能力

第2章 解決策を立案する

 コア・コンセプト設定能力

 目標設定能力

 ビジョン創造能力

 プロセス設計能力

 メソッド開発能力

第3章 プレゼンテーションを設計する

 プレゼンテーション構成力

 企画書作成能力

 話力・説得力

 総合的演出力

第4章 変革を推進する

 浸透化・巻き込み能力

 プロジェクト推進尿力

 組織文化変革能力

 葛藤処理能力

第5章 自己価値を創造する (詳細は略)」

また、以前コンサルタントは必ず‘落としどころ’を考えて行動するということを書いたが、この本でも、リサーチの段階から、つまり「フィールドワーク」の段階から、クライアントに対する(変革への)フィードバック、ワークショップ(ファシリテーション)を常に考えていることを明確に述べている。

つまり、それが「コンサルティング能力」なのである。

今日の企業社会では、自己変革と、新たな市場開拓に向けて、さらには社内的にも「コンサルティング能力」が必要とされている。

「開発コンサルタント」に関心をある方のみならず、どんな職業であれ自らの未来を自ら切り拓いていきたい人に広く薦められる一冊である。

(この項、了)

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2008年4月27日 (日)

NPO法人アーユス編 『国際協力プロジェクト評価』 あるいはプロジェクトデザインと評価について

開発(援助)の制約条件である「プロジェクト」と、その「プロジェクト」の円滑な運用の鍵を握る「評価(Evaluation/Assessment)」に関して考察してみました。

Photo

NPO法人アーユス編 『国際協力プロジェクト評価』 国際開発ジャーナル社 2003年9月発行

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント: 国際協力プロジェクト(ODAやNGOを問わず)のプロジェクトデザインと評価を考える際の基本的なツール(道具)を示してくれた適切な入門書。ただし、内容は濃くある程度の‘開発’と‘プロジェクト’の基礎知識がないと理解はむずかしいであろう。

正直、ようやく読了したというのが実感である。仕事柄、書籍のチェックや購入は結構早いほうだと思うが、積読や拾い読みが多く、どの本も読了するのに時間がかかる場合が多い。

私は梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』 (岩波新書)で習ったごとく、完全に読了しなければ「読んだ本」としてカウントしない。まあ非効率なこだわりではあるが^^?

さて、一口コメントで述べたことだが2点ほど詳細に言及したい。

1つ目: ‘開発’と‘プロジェクト’との関係について

‘開発’行為と‘プロジェクト’という概念というかイメージがある程度ないと、この本の記述は理解しにくい。

そもそも‘開発行為’すなわち、外部からの強制的?な働きかけ、あるいは‘地域’の‘内発的な発展’のどちらについてもいえるのであるが、そもそもそのような‘もの’は、普通に考えてわかるように静かにというかひそかに潜行して徐々に時間をかけて社会変容をもたらすものであると考えられる。

現実の世界は、徐々に変わっていくのであって、今日からとか何時から突然に何かが変わるということは非常にまれなことであり、傍目にはそう見えても、実はそれが現れるまでに非常に長い潜伏期間がある。私は、‘開発’とは基本的に、個人個人の(社会)認識が変わることによりもたらされる、受容される、内部から創造されていくものであると思う。

私の唱える「開発民俗学」は、適切な言い方かどうかは別だが、それを助ける乳母の役目を担うものとして、さすらいの「風の人(異人=まれ人)」と地に足をおろした「地の人」との‘交流劇’というドラマを想定している。

人と人が出会うことによって生まれる‘何か’が、その地域社会を変えていく、またそれは「風の人」自体も変えていく。

そのような(時間的に)長期的な視野と、地理的な広がり(異質な地域性がぶつかったほうがそのインパクト(衝撃)が大きい)の両面に目配りしたフィールドを設定する。

ところが、ご存知のとおり、現代の社会は、そのような長期的なものの見方や地域の違いに配慮したものの見方は、しない・できない構造となっている。これは、近代世界の資本主義社会のパラダイムそのものの弱点といってもよい。

つまり何がいいたいのかというと、そもそも時間をかけてはぐくむべき文化や社会(変容)に対して、近代世界は、「プロジェクト」という枠組みでしか取り組めないという現実である。(最近、援助業界では「プログラム・アプローチ」という言葉を持ち出しているが、所詮それは「プロジェクト・アプローチ」とその拠って立つところが同じである。つまり同じものと扱っても、まったく問題がないので以下の論考ではそれも含むものとする。)

さて、「プロジェクト」とは何か。いろいろな定義があるのは承知だが、ここでは、PMBOKによる定義は以下のとおりである。

「プロジェクトとは、独自の成果物またはサービスを創出するための有期活動である。」(*1)

また日本における「プロジェクト&プログラムマネジメント(P2M)」による定義は以下である。

「プロジェクト(project)とは、特定使命(Specifice Mission)を受けて、始まりと終わりのある特定期間に、資源、状況など特定の制約条件(constraints)のもとで達成をめざす、将来に向けた価値創造事業(Value Coreation Undertaking)である。」(*2)

ここでのポイントは、プロジェクトには①特定の目的があり、②資源の制約があり、かつ③期間の限定がある、ということである。

ちなみに、上記に引用したガイドブックにしたがうと、「①スコープ・品質、②期間、③資源(ヒト・カネ・モノ)」をプロジェクトの3要素としている。(*3)

先に述べた「現実の世界」つまり、ばらつきがあり、不特定であり、私の理論にいう「人と人が出会うこと」により‘何か’が生まれるなんて、悠長で偶発的で、適当なもの、が「開発」なり「内発的発展」の要であるという考え方とは180度とはいわないものの、かなりベクトルが違うことにお気づきになるであろう。

さはいいなん、開発援助の現場では、以前から今まで、さらには、これからも近代資本主義のパラダイムである「プロジェクト」形式でしか、(発展)途上国への介入ができないという問題をかかえている。

ODA事業に対しては、その「プロジェクト」形式であることは比較的わかりやすいが、NGOの行う事業についても同じ「プロジェクト」をめぐる問題が発生している。つまり、NGOといえども、特定の同じ地域に何年、何十年もエグジットプラン(Exit Plan、脱出計画)なしで、事業を続けることは‘金銭的’にも‘支援者’に対してもできないのである。

ボランティアの支援者に対して、10年やっても20年やっても、全然地域の貧困が解決しませんということはいえるわけもない。

つまり、この本は、「プロジェクト」の入口と出口を考えたときに、何がどのようによくなりもしくは悪くなかったのか、地域やそこに住む人々がどのように変わったかを知る=評価のための総合的な案内書であるといえよう。

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注: プロジェクトマネジメント資格認定センタープラネット・ワーキンググループ 『めざせ! P2Mプロジェクトマネジャー PMS【プロジェクトマネジメント・スペシャリスト】』 日本能率教会マネジメントセンター 2002 より引用。*1は、同29ページ、*2は30ページ、そして*3は、36ページを参照のこと。

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2つ目: 実務者のツールの扱いの難しさについて = アンチョコ的なマニュアルとして読んでほしくはないということ。

この本は、全員がNGOの駐在員など実務者であり開発フィールドワーカーの第一線にたつ人たちが共著しているという点で興味深いと共に、ぱっと読みでは気がつきにくいであろうが、個々の執筆者のそれぞれの現場でのフィードバックに基づく記述は、なかなか細に射り穿ったものである。

その点で、非常に評価されるべきもので、コンパクトなチェックリストとして実務家の助けになるであろう。

ただし、「プロジェクト」という概念を受け入れたという上での、アンチョコなマニュアルやガイドラインとして使われかねない危険性もある。

またこの本について、先に‘案内書’と書いたが、フィールドワーク論、アンケート論、質的調査法、統計処理法など、個々の技術(テクニック)や、そもそも方法論の背景にある思想については、別途、社会学や経済学などの基本的な考え方を研究する必要があるともいえる。

したがって、大学生や院生にいいたいのは、この本は表面だけを読んでもわからない(イメージがわきにくい)ので、せめて学部では基礎的なディスプリンの‘考え方’を身につけることをお薦めしたい。当然、このような‘実務’や‘実践’の世界のテクニックを知ることは無駄ではないが、初歩的な基礎なしには、社会科学手法は使えませんよということを、繰り返しになるが強調したい。

また、評価をデザインすることは、とりもなおさずプロジェクト・デザインの精度を高めるということにつながることも蛇足ながら付け加えておこう。

つまり、(事後)評価(Evaluation)は、事前評価(Assessment)と表裏一体のものであり、Evaluationの技術は、そのまあAssessmentに使えるということである。

私自身、新規のプロジェクトの事前調査をおこなったときに、並行してこの本を読んでいたのだが、その手法や考え方は非常に参考になった。

逆にいえば、プロジェクトを立案する際には、当然、このレベルの評価スキルを持っていないとだめだということの裏返しでもあろう。

本音では、「プロジェクト」を越えた‘何か’がしたいと思っているのであるが、当面は与えられた「プロジェクト」というものの‘精度’を上げる、これはアセスメント・評価およびマネージメントのいずれの側面に対してもであるが、ことに力を注いでいる。

だが、私はそのような努力をすることは、‘明日への一歩’につながっていると信じたい。

(この項、了)

P.S.

プロジェクト評価に関して、2冊ほど類書を紹介しておく。いずれの本も日本の援助(特にODA)のプロジェクト評価を考える上で参考になると思われるので、前褐書と併読されることをお薦めする。

Pcm PCM読本編集委員会 

『PCM手法の理論と活用』

国際開発高等教育機構(FASID)

2001年5月

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント:

日本のODAにおけるPCM活用の実体について第一戦の実務者が語るおそらく日本で一番適切な事例書であり理論書。

PCM手法(PDMを含む)に関しては、いろいろな批判も多いが、現場で実践している人たちのこの本を読まずして批判を口にするなかれと言いたい。(ほとんど全ての問題(批判)について実務者のレベルで考察している)

Photo_3 独立行政法人国際協力機構 企画・評価部評価管理室編 

『プロジェクト評価の実践的手法 考え方とつかい方 JICA事業評価ガイドライン 改訂版』

国際協力出版会 2004年3月

お薦め度: ★★☆☆☆

一口メモ: JICAにおける事業評価ガイドラインということで紹介させていただくが、内容は非常に難しい。ただ、現実の業務(プロ)の現場で求められている作業やレベルの一端がわかるというメリットはある。

そもそも‘事業評価’だけでも一つのプロフェッションになってしまうのだが、私としては、当事者(NGOや、評価以外の専門を持つ方)が自分で評価ができることを目指した前掲書(国際協力プロジェクト評価)で、‘プロジェクト’や‘評価’の概要をつかんだ上で読まれることをお薦めする。

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