カテゴリー「開発学の101冊」の記事

2011年9月 3日 (土)

穂坂光彦 『アジアの街 わたしの住まい』 明石書店 1994年12月 <現代の研究者、実践家の紹介コーナー>

初出: 開発民俗学-地域共生の技法- 2011年9月2日

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=21752056&comment_count=19&comm_id=2498370

さて、今回、紹介するのは、穂坂光彦先生。

たぶん、初めてお会いしたのは、愛知県の日本福祉大学でおこなわれた国際開発学会大会だったと思うので、もう何年前のことだろうか。(ちょっと調べたら、2003年11月29日~30日というのが一発でわかりました。)

ともあれ、共通演題は「社会開発と福祉」実行委員長が余語トシヒロ先生で、事務局長が、斉藤千宏先生でした。そういえば。

そのずっとのち、2008年10月に、愛知にUターンしてから、同じく日本福祉大学の小國和子先生の「開発ファシリテーションとフィールドワーク」勉強会でも何度かお会いした。

ところがである。確かにお名前としては、それなりにビックネームだとは思っていましたが、元々、都市開発の専門家で、もうずっと以前に名古屋の国連地域開発センターにいらっしゃったことや、国連の職員でタイのESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会や、国連の人間居住センターのチーフアドバイザーとして、スリランカにいらっしゃったことなど、いわゆる来て越し道を全く知りませんでした。

穂坂光彦 『アジアの街 わたしの住まい』 明石書店 1994年12月

11090201 

この本を、たまたま地元の幸田図書館で見かけて、そういえば日本福祉大学の先生のということで、手に取ったのですが、非常にその生き方に共感を覚えました。

かなり具体的な開発途上国の都市開発の国連のみならずNGOの開発戦略やその実践について述べられているので、それだけでも都市問題やスラム問題を考えるヒントになるのですが、わたしが、気になったのは、この一節。

「私は通算してすでに十七年も国連職員をしているのであるが、この本に書かれていることの多くは「本務」以外の「NGO的な」場で感じたことである。それは国連機関と草の根の間にはまだまだギャップがある、ということの反映でもある。いっきにNGO活動に専念するのも一つの立場だけれども、それぞれの場で努めることがあるのと私は思うので、ギャップの狭間に身をさらして働くことの方を私は選んできた。つまり大げさに言えば、国連を住民に近づけようと試みてきた。 (中略) それでも限界を感じて、仕事の合間に「ひとりNGO」としてスラムの現場で新しい動きをつくりだすことをいくつか試みたが、それらはおおむね手ごたえのある楽しいことだった。」 (P344~345)

この、それぞれの現場で(20年間)がんばるということも、「ひとりNGO」という生き方も、まるで私がずっと言ってきたことで、ここにも、また優れた‘歩く仲間’の先達を(17年ぶりに)発見した思いである。

さらに引用すると、

「(前略)こうして立ちつくすたびに私は、ネパールで医療活動をつづけた故伊藤邦幸・聡美夫妻のことを思い起こす。

(引用)毎日毎日の食事にジャガイモばかり出たら私たちはどうするでしょうか。「アーア、今日もまたジャガイモか、もっとおいしいものにしてくれ」と言うでしょう。

  しかしジャガイモさえもなかなか口に入れることができない人たちが、アジアやアフリカにたくさんいるのです。こんな不公平なことがあってもよいのでしょうか。 (中略) 引用終わり。

そこに貧しい人がいると見るか、この関係は不公平だと感得するか、それは直感的なことなのだが、この二つの感じ方の間には天地の隔たりがある。スリランカ政府も、私たち「外国人専門家」も、貧しい人たちのためプログラムをつくろうとしてきた。(プログラムに傍点)それに対してルーパたちの活動は、いままでになかった人と人との、また地域と地域との、新しい関係をつくりだす一歩となるに違いない。(関係に傍点)それはひとくちにいうと、伝えあい、分かちあう、ということである。その関係を受けとめて日本にまで広げることができるかが、私のこれからの課題である。」 (p347~348)

この引用にある伊藤さんの言葉をどうとらえるのかも私としては微妙なところで、かつ穂坂先生の続く文章とのつながりがいまいちわからないのですが、穂坂先生のいう「伝えあい、分かちあう」ということは、私も、自分で身をもって開発途上国のフィールドワーカーとのやり取りから学びました。(ex. Three Maria's Tale などを参照)

Three Maria’s Tale (3人のマリアの物語)開発コミュニケーション論におけるチェンジエージェントの一例として)2003年5月4日

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00019.htm

この本が出た1994年の当時は、私も社会人二年目で、右も左もわからずにひとり東京で慣れない東京での‘会社員’生活に苦闘しだした頃、まあ全然、接点がなかったわけですが、当然、私が‘気づいた’ように、当時47歳の穂坂先生も気がついていたということ。

この本には、私がこのコミュ(開発民俗学)で語ってきたことがもっと具体的に学問的?に書いてありました。

特に、第三章は、そのまま私の問題意識とつながります。

III コミュニティをつなぐ

1. 学んで伝える-よそものの役割について 

     こうして私は始めた・・・・・(ホルヘ・アンソレーナ) ※コラム

2. スリランカの住民ワークショップ

     コミュニティによる居住環境計画 ※コラム

3. ネットワークによる開発協力 - ベトナムでの実験

     この家が好きだから(グェン・ティ・ノック・ハー) ※コラム

4. 二つのネットワーク

ここらを読むと、国連職員という顔と、ひとりNGOという二つの顔を使い分けた穂坂先生の実践とその思索の深まりが伺えます。

そして「キャタリスト」(カタリスト)の重要性を取り上げている点も、私と全く同じ。

ともあれ、現場を持っている人は強いわ、というのが、本稿の結論。

また、穂坂先生の実践の具体例については、別途、とりあげたいと思います。

※とりあえず図書館に本を返すので、次が何時になるのかわかりませんが^^?

ではでは^^?

蛇足ながら、

穂坂先生は、「願わくば、そのような歓びを日本の若い世代の人たちと分かち合いたいものだ」(前出、ひとりNGOの文章の続きです。p345)ということで国連職員という実務家から若者を育てる側にまわったわけですが、私はどういう方向を考えるべきなのでしょうか。

以前、(開発)コンサルタントの仲間(同僚)のひとりが「実務家」にこだわりたいと言っていたことを、ふと思い出しました。

わたしはといえば、・・・。たぶん、若者と一緒に考えるのは好きだけど、たぶん自分の本音は、日本人の考え方自体を変えてゆくこと、私が生きているフィールドの中で。 ということは、究極的には、民俗‘学会’や人類‘学会’を変えてゆくことなのかなあという妄想がまた膨らんでいくのでした。

ただ、ひとこと付け加えれば、民博などの学者の先生方が始めた‘実践’の学問というスタンスには、なにか本質的に違うと私は思っています。

当然、正解はないけど、もっと平の人からのアプローチが必要ではないか。軽々しく龍谷大学の中村尚司先生の唱えている「民際学」と結びつけて考えてはいけないと思いますが。※私自身が、‘民際学’を言葉として聞いたことがあっても、その内容についてきっちりと押さえていないため。

ところで、もう一つ、穂坂先生のこの本より引用。

「日本のNGOがその後発性ゆえに「開発協力のプロ」を多く擁していない、ということは、欧米に比してひとつの可能性をも示している。NGOの標榜するのが「市民の海外協力」ということであるならば、いたずらに「専門化」を追うよりも、視野の広い経験交流をめざす方がよい、と私は思う。数週間でも数年でも南のフィールドで汗を流した経験を胸に抱きながら、サラリーマンや看護婦や主婦や運転手や自治体職員をしている人たちが日本のあちこちに住んでいたら、そしてそのような人たちを結ぶネットワークが広がっていったら、私たちの社会の風通しもいくらか良くなるに違いない。」 (前出目次の、III 4.中の、コミュニティをつなぐ-ACHRについて の結語 p314)

まさに我が意を得たりといった感じで、まったく納得です。さすが、穂坂先生、リスペクトです。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月21日 (日)

川喜多二郎 『環境と人間と文明と』 古今書院 1999年6月

初出:  「地域研究」と「開発学」 <理論各論> @ 開発民俗学 「地域共生の技法」

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=31862457&comment_count=7&comm_id=2498370

先日、7月23~24日に大阪のセミナーに出席したときに感じたこと。

どうも、私の学問的ルートは関西、特に京大学派に負っているなあとしみじみ思いました。

なぜか。といわれても一言でいうのは難しいですが、京都には‘場’を作る伝統があり、近衛ロンド、人文科学研究所、東南アジア研究センターなど、理系文系を問わず学者が集う習慣があったこと。登山部、探検部をはじめ世界を目指す風潮があること。何よりも京大の研究所の強みは、文人系よりむしろ地学や農学など理系の実証的な研究者が地域研究をひっぱったことなどがあげられると思います。

つまり、文系のいわゆる文学・哲学系の概念から入るのではなくて、実際の‘モノ’にあたるという態度。それが、独創的で現実をよく捉えた研究成果を生み出してきた源ではないかと思います。

当然、その輪の中には具体的な研究者‘個人’があるわけで、それこそ個性的な研究者を輩出しました。

この本は京大人脈に繋がる重鎮の一人の川喜多二郎先生が、京大の東南アジア研究センターがおこなった「総合的地域研究の概念」という科研費の研究会で発表したもの。講演ならではの平易な語り口が読みやすいです。

11082000_2

川喜多二郎先生といえば、KJ法という発想法、その生まれと展開についても触れられています。

ともかく、今の日本は、全体を見ようとする人が非常に少ないような気がします。やはり大学者とは、過去の遺物なのでしょうか。

ともあれ、「地域研究」の実践論の一つとして味読したい一冊です。

ではでは^^?

<書評の続編>

初出: 「越境のアドベンチャー」 ‘開発民俗学’は‘総合科学’たりうるか?<各論> 2011年8月21日 @開発民俗学 「地域共生の技法」 

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63493101&comment_count=4&comm_id=2498370

古今東西を越えて本物が選ばれる時代

碩学に学ぶ、というとそのまんまだが、やはり先達から学ぶことは多い。

今、日本では歳多く生きているだけでもありがたいスゴイという考え方に振り戻しがあるが、一昔前までは、やはりシニアに対する敬意が一時、とても低くなった時代があったと思う。

今は、団塊の世代が60~70歳なので、戦後民主主義教育を受けた彼らが戦前派、戦中派に対して感じた不信感から、30~50歳くらいまでに、ことさら人生の先輩にきつく当たってきたと思うのだが、いざ、自分が還暦を迎えるようになると、いやでも自分も歳をとるのだということと自分が反発される立場にあることに、ようやく気がついたということであろう。

大体、若者は自分より10歳~20歳くらいのちょっと上の年配者に非常に反発をするものだが、それ以上、30歳とか上になるともう兄貴や親父といった世代ではないので、単なるお爺さんとして孫のような立場で甘えられるというか素直に付き合えるようになるのであろう。

それが実生活でのトレンドであったと思うのだが、現在のこの21世紀はどうか。

はっきりいうと人間の歳とか風貌とか属性についての関心が薄れて、本質論での議論ができるようになってきたと思う。つまり世界が、年齢や地域に関係なく、フラットになってきたというである。

今までは、先進国の研究者であるだけでむやみにあがめたり、風采だけで信用できないとか、そういう外部用件が、中身の評価に影響していたのが、今なら著名人であろうか無名であろうが、先進国にいようが途上国であろうが、全く等しく中身だけで評価される。そんな時代だと思う。

そうすると何が起こるか。

結局、今までのように、外面的なレッテルにとらわれることなく、いいものはよい、悪いものは悪いと素直に評価できるということで、今まで以上に、現在過去を問わず本物の仕事をした人に評価が戻ってきたということである。

単なる‘古典に回帰’ではなく、古典たるゆえの中身の'スゴサ’が改めて問題にされている、最近の斉藤孝先生の福沢諭吉の『学問のすすめ』の再発見についても同じことがいえると思う。

ということで、今回、紹介するのは、川喜多二郎先生の『環境と人間と文明と』古今書院 1999年。

もう、10年以上も前の本であるし、川喜多先生は1920年、つまり大正9年生まれの戦中派、KJ法で一世を風靡した『発想法』は、1967年なので、もうとっくに終わってしまった?2世代も3世代も前の研究者と思うどころか、今の大学生では名前も知らないかもしれないのだが、ところがどっこい、いわゆる‘昔’の学者の骨太なところを、この講演録は物語っている。

正直、私はこの本を読んで感動した。

京大の地理学をでてからの研究遍歴、地理学から農業経営地理へとオーソドックスに研究を進める中で、自然科学だけではダメだと人間と地域にフォーカスを徐々に移していく。科学者が、いかに地域の‘人’と向き合うのかが実際の経験を通して語られていく。

なぜ、KJ法が生まれたのか、アクション=リサーチの走り、「分析的」な西欧の学問に対する「総合」への道のり。彼のいう、「書斎科学」、「実験科学」と「野外科学」、まだこれが、学界では市民権を得ていないと思うが、彼には市民がついているというか、普通の人の感覚では、やはり「野外科学」を設定しえもらったほうが、実利もあるし、われわれ自体も、(学問に)参加できるという意味でありがたい。

1990年代の後半から2000年の初頭まで、開発援助の現場で、盛んに「参加型開発」だとか「PRA」とか「PLA」とかが話題になったが、欧米経由で英語で学ばなくとも、少なくともそれらが話題となり研究される最初期と時を同じくして、日本でも、そのような動きがでていたことは、やはり日本人としては押さえておくべきであろうと思う。

本当に、日本人の日本人知らなさは恐ろしい。なぜ、このような実践思考の研究者が、開発援助の学界ではあまり認知されてこなかったのか、理解に苦しむ。

というか経済や政治、法律から開発問題を考える人は、理系の農学とか地理学者における開発問題への取り組みについて、盲点というか眼中に入っていなかったのではないか。

開発問題は、‘国際’問題ではなく‘国内’問題でもあり、政策の問題とも非常に密接に絡んでいる。しかしながら、農学、土木、建築などの技術系の開発研究と、行政における開発問題、すなわち政策問題について、比較的に関心が薄かったように思われる。

貧困問題も、福祉の現場では、日本でもそれなりに研究と実践の蓄積があるのにも関わらず、日本のホームレスやワーキングプアと、先進国の失業問題、途上国の貧困の研究は、必ずしも研究者間の横の連携が取れていないように見受けられる。

私みたいな素人にとってみれば、世界の問題も日本の問題も全く同じだと思えるのだが、なぜ、その知見を他の地域に拡げられないのか。それが不思議でもある。

とはいえ、今では、私のような思考の人も増えていると思う。

結局、学問でもなんでも、その人の‘人間的な幅’以上のものはできない。民間企業でよく言われている、「社長のスケール以上に、会社は成長しない」ということと、全く同じである。

かといって、だから昔の学者は凄かったで終わらせてしまっては意味がないので、ぜひ積極的に、批判的に、やったこと自体より、なぜそれをやったのか、なにを考えてそう行動したのかに着目して、自分の今後の参考にしたい。

そんなことを考えました。

京大学派に関心のある方も、注目です。

いかに実践的な学問が立ち上がってきたのかの一端がわかる好書ともいえましょう。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月15日 (月)

 「巨視的な研究」と語った真意について <補足>

前項の補足です。

小森陽一監修 『研究する意味』 東京図書 2003年5月

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/20035-0b10.html

誤解のないようにつけたしですが、金子氏も、「いまはディテールを知ったうえで学会の壁を突破する力がなければ、大きな枠組みを語れないのです。」とディテールの重要さを強調していますが、私も100%同意です。

私が「巨視的」というのは、‘ディテール’を欠いた大雑把とか抽象的なという意味ではなく、‘ディテール’にこだわりつつも、(世界)全体の中での位置づけを考えながらやりたいということで「大きな枠組み」を語る‘野心’は毛頭ありません。

宮本常一先生がモノグラフ(民俗誌)を50本くらい書きたいと若い頃に志したように、私も具体的な事例にこだわりたいし、なによりも片倉もとこ先生の「平の人」のことを「大文字でなく」語りたいのは、鶴見良行さんや鎌田慧さんの系統を自負するからこそ、でも前嶋信次先生みたいな‘ロマン’を語りたいし、家島彦一先生みたいな地道で世界を股にした実証研究から「パラダイム」そのものをひっくり返したい。

なんだ、結局、「大きな枠組み」への野心はあるじゃんということですが、それはめちゃくちゃ難しいことでしょう。時空を超えるだけの力量が必要で、今の時点では自分にそれだけの力は全然ないし、死ぬまでにどこまで研鑽できるのか、ただスケールの大きさということでは、家島先生は当面の目標というには遠すぎでも頭の片隅に忘れてはいけないことだと思います。

‘歩く’、‘見る’、‘きく’だけではダメ(不十分)で‘読んで’‘書きまくる’。これが上記の私が尊敬する先達の生涯を通じた生き様というかスタンスであった。

まあ、どこまでやれるのか、とはいえ「開発民俗学」を旗揚げしてしまった以上、討ち死にするまでやるしかないのでしょう。

どこかの誰かが屍を乗り越えていってくれることを信じて。

ではでは^^?

参考: 

Giant Steps! 巨人達の足跡 HP歩く仲間 2001年2月25日現在

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/gsteps.htm

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小森陽一監修 『研究する意味』 東京図書 2003年5月 <研究者への途>

初出: mixi開発民俗学-地域共生の技法- 2011年8月14日

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63702552&comm_id=2498370

今日も、市の図書館に行って来ました。

2週間10冊借りれるのですが、ついつい欲張って10冊借りても、実際には、返却期限には2,3冊しか読めていない。まあ、積読といって手元にあるだけでも意味がある?と、しかもこれほど緊迫財政の中で専門書を買う余裕は全くないので、しっかりした本を置いておいてくれている公共図書館には非常に感謝しているのですが、今の読書傾向はこんな感じです。

1. ‘学問’方法や‘学問’をするスタンスに関するもの

2. 深めたい分野の専門書

3. その他

となるわけですが、今の時点では、2の分野が多くて、1の分野がちょぼちょぼ、3の分野は本当に流行の本とか気晴らしが数冊といった感じです。

さて、1の本ですが、前から書いているように学説史とか、研究者自体の問題意識というのに非常に興味があるので、いろいろ新旧混ぜて読んでいるのですが、それぞれおもしろい。

今回、紹介するのは、1950年代生まれの研究者達の‘研究する意味’です。

11081400私は以前、1955年前後生まれの研究者は、それ以前の世代の研究者と根本的に異なると看破?しましたが、実際に当事者に言わせてもそのとおりで、今、2003年に編まれた本を読んでいるのですが、彼らが新しい研究の出発点は、1992年とか2001年の9月1日とか言っている。そして、助手や助教授の時代、すなわち1980年代から1990年代にかけて中堅どころとなった全共闘時代の、つまり団塊の世代の先輩研究者にずいぶんいじめられたと書いている。

私が見ても1990年代から2000年にかけての動きは本当にめまぐるしかったので、時代が先にいってしまって学界というか知識人自体が思考停止というか自分の足場をなくしてしまったようで、傍から見ても悲惨な状況にあったということが、その内部で一線に立とうとしていた先輩方の言葉として語られているのが、非常に生生しかったです。

というか、実は、まだ最初の章の、小森陽一氏と金子勝、高橋哲哉氏の座談会を読んでいる途中なのですが^^?

私には、独自の世代間があります。

1970年生まれなので、非常にわかりやすいのですが、自分の前後5歳までは同世代、10年離れると世代が違うと感じてしまう。

今回のまな板の上の彼ら先輩は、少なくとも10年から20年年が違うとなると、やはり全然、背負っている時代背景や問題意識が違う。

たぶん、自分が研究者としてやっていくとするのなら、やはり彼らを乗り越えるだけのモノがなければならないのだろうなと強く感じました。

自分が大学を卒業したのが、1992年3月のこと。結局、20年近く社会人(会社人)をやっているわけですが、やはりあのときにそのまま進学していなくてよかったと心から思います。

というのは、もやもやとした問題意識しかなかったから。

当時、それぞれの主流派であった人たちは、1950年代の人より以前の古いパラダイムに生きていたし、1950年代の人たちは、まだ発言権がなかったし。

今、空手挙手で学界に殴り込みをかけようとしているわけですが、そうだな、理論は後(別)にして‘現場’から考える姿勢だけは、仕事で鍛えさせていただいた、ただその一点だけを武器にして、というと単なる蛮勇に終わってしまうので、いろいろ学問的な‘素養’を再勉強した上で、新しい地平線や水平線を切り開いていけたらと思います。

なにか、この3名の座談会を読んでいるだけで、モダンやポストモダンの西欧の哲学者の名前がボンボンでてきて、確かに‘学問’としてやるなら、それは押さえておかないとと思いつつも、所詮、借り物の知識をちょっとかじっただけで学者になれるのかという天邪鬼的なツッコミを入れたくなったりして、ただ、この本に出てくる人たちは、基本的には実証的な研究を続けて人たちばかりとは思いますが、‘いちおう’押さえておく必要があるのかなあというのは、今でこそ、疑問で疑問でたまらない。

なんかポストモダンで話題にしていることって、実は、我々の世代は感覚的にわかってしまっているというか難しい‘言葉’を使わなくても、それってあたりまえじゃんという感覚、でもそれを学問の末席で言っては(つぶやいても)だめなのでしょうか^^?

自分としてはもっと‘巨視的’な研究がしてみたいし、世界観の根底にある‘哲学’にイスラーム哲学や中国、インド哲学が‘常識として’含まれていないのは本当におかしいと思うし、西欧哲学研究は、1割以下にして、それ以外の地域の宗教や哲学研究を9割したほうが、よっぽどかこれからの‘日本’のためになると思う。文部科学省はもっと、そういった方面にお金をつけるべきといっても、その‘価値’が、旧帝大系統の日本の高等教育を受けた人たちにわかるのかしら?

少なくとも、自分たちが立っている‘基盤’そのものが間違っているかもしれないという危機感は、1950年代の人たちには、全然欠けていると私は思う。

学問が継承を必要とするのなら、本当の意味での人類の知的遺産とは何かを考えるべきだと私は思います。

まあ、同世代の仲間の活躍に期待するしかないし、我々の世代のもつ世界に対する不安感は、やはり自分達で突き止めて解決していくべきだということなのでしょうか?

まあ、人のフリをみると自分の立ち位置がわかってきますので、上記1の分野の読書は、これからも続けていこうと思いました。

嗚呼、なんかまた余計なケンカを売っているなあと‘ちょっとだけ’反省しつつ。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月30日 (土)

広島大学総合科学部編  『シンポジウム・ライブ 総合科学!?』  → 近代学問の限界を考える

初出: mixi開発民俗学-地域共生の技法- トピック 「越境のアドベンチャー」 ‘開発民俗学’は‘総合科学’たりうるか?<各論> 2011年7月30日

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63493101&comm_id=2498370

------------------------------------------

○広島大学総合科学部編 阿部謹也、瀬名秀明、長谷川眞理子、佐藤正樹、加藤徹 『シンポジウム・ライブ 総合科学!?』 叢書インテグラーレ001 丸善 2005年

11073000

シンポジウムの講演を文字におこしたものなので、それだけでもわかりやすい本といえるます。佐藤学部長の基調報告「二十一世紀の文明と環境-「総合科学」の課題と可能性」から始まり外部の3名の講演が続くのですが、全体として(結果として)それなりの‘総合科学’のあるべき方向性を示しているところがすごいと思います。

読んでいて気になった言葉を紹介します。

佐藤報告より:

・ブルクハルトの言葉「ディレッタント(物好き)になれ」

・「一人総合科学」と「協同総合科学」で研究を同心円状に拡げる

・若き学生は「重点的ジェネラリスト」というスペシャリストたるべし

瀬名報告より:

・学問の醍醐味は「実装すること」

ロボット学が総合科学に示唆してくれるものとして、工学でいうところの「実装(implementation)という概念がある。「これは装置に新しい部品を組み込んだり、ソフトウェアに新しい機能を盛り込んだりすることを指す用語ですが、もっと工学的な立場でいえば、抽象的・観念的なものを具体的なシステムとしてつくり、機能を実現させていくことなんですね。」(p100)しかしこれは他の学問でも同じ事なんじゃないか。「「総合科学」には、ひとりひとりの研究者が誇りをもって、しかも自分の研究成果を社会に対して実装してゆくことが重要なのではないか。」(p102)

長谷川報告より:

・科学の根底にある哲学を理解せよ

・少数の原理で自然を統一的に説明する

・科学という強力な世界観

・科学で何をするかを決めるのはわれわれ

・科学そのものは価値観ではない

・古典的教養と科学的教養を併せもつ

 

全体を読んで思ったこと。

まあ、べたな言い方ですが、自分が何(特に学問として)をやっているか、どういう‘世界観’に基づいたものなのかを自覚して学ぶということと、文系や理系などという区分には意味がない、少なくとも西欧発祥の学問は、ひとつの価値観に基づき組み立てられている。阿部報告の中で12世紀のフランスのサン・ヴィクトールのフーゴーの『ディダスカリコン』という学習論とでもいうべきラテン語の本にある学問観についてふれているのを引用すると。

「彼(フーゴー)の時代の学問というのは哲学ですが、哲学がいちばん物事の最初に来る学問で、その哲学が四つに分かれると。思弁学と実践学と人工人造学と論理学。思弁学は神学と数学と自然学に分かれていく。実践学というのはさまざまな学問、現在の学問で言えば、経済学、財政学、公共学とか家政学とか論理学とかさかざまなものに分かれていき、論理学は文法学、記号論、論証理論、そして思弁学は算数、音楽、幾何、天文学、天井の音楽と人間の音楽と器楽、さらにさまざまなかたち、人工人造学から兵器学、商学、農業、狩猟、医学、演劇、あるいはパンをつくる技術その他のものに分かれていく。」 (p43)

「そしてそこで言っている大事なことは、学問というのはつまり一つの分野を極めていったときに、すべての学問に通じているということにならなければ意味がない。(中略)では、全部の学問をもし身につけたとしたらどうするかという質問をだれかがしたとすると、彼は古靴直しをやればいいんだと。古靴直し、あるいは陶器つくりの修行をすればいいんだと、こういうふうに言っている。」 (p44)

ここで問題は、分けて考えるという‘ヨーロッパ流’の学問の実態(出自)とその限界です。開発民俗学で考えるホーリスティックアプローチでは、現実・現物を、‘そのまま’理解することから始めたい。つまり現物から、それをどう分析するのかを考える。これは細分かされた‘既存’の学問分野を、再構築するのではなくて、現物にあわせて分析方法自体を考えるというアプローチです。

いや分析自体が不要であれば、それはそれでいいのかもしれません。

フーゴーの学問論の最後のオチがスゴイと思いませんか。つまり、古靴なおしや陶器つくりのマイスターとでもいうのですが、全体を‘体現’してしまった‘人(間)'になってしまえば、学問そのものが成立たなくなるというか、‘この人をみよ’で済んでしまうということなのですから。なんという究極の‘逆説’なのでしょうか^^?

ともあれ、阿部謹也がいう「ヨーロッパの学問はインテリと非インテリを峻別した」ことが、‘学問’の世間からの‘乖離’というか‘不毛’を象徴していると感じました。

つまり、開発民俗学は、‘学問’を‘(日常)生活’に取り戻すための運動っていえるんじゃないかなあ、いや、そういうものとして鍛えていきたいと思いました。

なんとなく、散漫な文章になってしまいましたが、‘世界観’の上に、すべてが組み立てられている。中国やインド、中近東など古くから文字があり歴史のあるところには、必ず‘世界観’があり、その世界観に基づいた‘学問’体系があってしかるべき(実際あったと思う)なのに、それが、今の少なくとも学校教育では表にでてこないというか、自分達がどのような‘世界観’に基づく学問や教育をやっているかを自覚していない。

ここの日本の学問の弱さがあると思う。

自分が立っている土台、つまり足元を正しく理解して自覚するということから21世紀の総合科学?は始まるということをこの本を読んで感じました。

そこに開発民俗学の生きる道があると思います。

ではでは^^?

この項 了

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月29日 (金)

林周二 『研究者という職業』 東京図書 2004年

11071003

初出:研究(者)への途~進学相談室~ <各論> @ mixi開発民俗学-地域共生の技法-

http://mixi.jp/view_bbs.plid=63702552&comm_id=2498370

--------------------------------

学説史というか、誰がどこで何を言ってとか、どういう師弟関係かとか、実はこんなところがおもしろかったりするしばやん@ひよっこです。

タマゴというのもへんなので、とりあえずひよっこから始めようと思います。

さて、そもそも‘研究者’とは?などと考えてしまいました。

それで、この一冊。

○林周二 『研究者という職業』 東京図書 2004年

掛け値なしにおもしろいです。本音ベースの話が聞けて^^?

自分は「二流研究者」とかなりながらも、父親も研究者で東大の‘先生’なのですが、1926年生まれとは思えないしやなかな発想と語り口には、それだけで人間的な魅力を感じます。

折角、研究者の心得というのをまとめていただきましたので、この場に、そのまま紹介しましょう。以下、引用(p26~31以下)

[一] 研究者たろうとする者は、世間に追随したりせず、自分独自のユニーク(unique)な研究テーマをもつべきだ、ということ。とくに戒めたいのは、流行のテーマの尻だけを追っかけてはいけない、ということである。(僕からさらに一言付け加えていうと、研究者は自分の能力や得意・不得意の点をよく自覚し、それに見合った個性的な研究テーマを択ぶべきだ。能力を超えたり、能力以下のテーマに取り組んだりしてはいけない。 )

[二]右の点を考慮したうえで、研究上これこそは重要(essential本質的な)だと考えられるテーマに取り組むこと。詰まらない(trivial末梢的な)研究テーマに関わりあって、研究者人生の貴重な時間をあたら消費してはいけない。何が重要で本質的か、何が瑣末で末梢的かを見極めることは、研究者の眼力に関わる最も大切なことである。

[三] 研究者たる者は、つねに開拓者精神でその研究活動に当たること。周到な計画性をもってその仕事に取り組み、いったn作業に入ったからには必ず成功する覚悟をもつこと。(略)

[四] 研究者は、じっさいに世の役に立つことを、自己の研究の主旨とすること。(なお「世の役に立つ」とは、空論のための空論を徒に弄ばないということであって、目先の世俗的・実利的な役にすぐ立つとの意味ではない。)

[五] 狭い日本でより、広い全世界で、自分の学問や研究仕事が認められるように努力すること。研究者は活動の舞台を狭くではなく、大きく広く取るようにすること。

[六] 研究者を志す人は、なるべく優れた立派な師を頼って、その下に就くよう努めること。東大総長だった有馬朗人も、この点を特に強調し、「師に仰ぐならノーベル賞級の人の下に就け。研究者としての君の将来は、全く違ってくるはずだ」と断言している。

[七] これからの学術多様化時代に研究者が生きてゆくには、狭いタコツボ的な道場(=研究室)に閉じこもったりせず、武者修行にいろいろな道場の門をたたき、他流試合つまり他部門や隣接部門研究者たちとの積極交流に努めること。

[八] 研究者にとって研究の職場を五年ないし十年ごとに変えることは、研究環境の転換、したがって研究そのものの視野拡大に大きく役立つと考えること。

なにか当たり前のことにも聞こえますが、実際にそれをこなしてきたこと自体は賞賛に当たります。

人間、いかに言うほどのことができないかは、みな誰もが嫌というほど思い知らされるものですから^^? (← それを場数を踏むとか修羅場をかいくぐるともいう。)

まあ、難しいけど、やりがいがありそうだというのが偽らざる気持ちです。

なにより、生涯現役というのがいいと思います。定年もなければ、死ぬまでやり続けられるなんて、とても素晴らしいことだと思いませんか。

まあ、まわり道だらけの‘わが人生’ですが、残りの半生をかけてでも取り組むだけの価値はあると私は思います。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月11日 (月)

石井光太 『絶対貧困―世界リアル貧困学講義』 (新潮文庫)

初出: mixi レヴュー 2011年7月10日

11071000 石井光太  『絶対貧困―世界リアル貧困学講義』 新潮文庫 2011年7月1日

(初出: 光文社 2009年3月)

やられた というのが、この文庫本を本屋で手に取ったときの最初の感想である。

私より若い世代の、まさに同時代の‘世界’の素顔の記録として、今の若い人にも違和感なく受け止められるルポルタージュであろう。

私は、1992年から開発コンサルタント会社(民間)のスタッフとして主に国際協力機構(JICA)に代表される日本の政府開発援助の仕事に関わる中で、仕事で(開発)途上国の‘現場’を踏み、フィリピン駐在も2004年から2008年まで経験し、それなりにそれらの国々の表と裏をみてきたつもりであったが、この著者の壮絶なるまでに‘体を張った’取材を前にしては、自分の不明を恥じるほかない。

ついでに、同著者の『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』新潮文庫 2010(初出 2007)を購入した。

日本中東学会や国際開発学会にも所属している私であるが、‘学者’さんたちが、これらのルポルタージュを、どう評価するのか、ちょっと、やじうまめいた興味関心がある。

なお、私自身は「開発民俗学-地域共生の技法-」というコミュニティの運営を通じて、自分なりに‘世界’と‘開発’についての思索を続けている。

それにしても、この本の文庫本化は刺激的であった。

参考:
mixi 「開発民俗学-地域共生の技法-」
http://c.mixi.jp/kaihatsu_minzokugaku

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月20日 (月)

桃木至朗編 『海洋アジア史研究入門』 岩波書店 2008

初出:足掛かりにしたい専攻研究<ブックガイド> @ mixi 海洋民俗学~海からみる世界

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=47749470&comment_count=4&comm_id=4578156

2011年6月19日の記事です。

-----------------------------

久しぶりにこちらのコミュにカキコします。

 

最近、時間ができたので、毎週のように公立図書館に通っているのですが、さすがに専門書や新刊が、なにげに開架式本棚に並んでいるのをみるとえーというかおーというか、感嘆のため息?がついついもれてしまいます。

 

ということで、本を買わずに本の背を読むということで、図書館で目についた本を紹介します。

Kaiyoasiashi ○桃木至朗編 『海洋アジア史研究入門』 岩波書店 2008年3月26日

2800円+税

前から、大きな新刊書店で見ていて気にはなっていたのですが、なかなか本も高いし、すぐに買うほど優先順序が高いわけでもなかったので、横目にみていたのですが、海洋民俗学を語るからには、欠かせない教科書というよりマニュアル本であるといってよいでしょう。

開発民俗学のコミュでも言っていますが、もはや‘一国民俗学’の時代ではありません。グローバリズムの中で、如何に的確に自分(日本人)の立ち位置を考えるかが重要なこの現代社会では、西欧だけみていてもだめだし、中進国(中国、インド、韓国、ブラジルなど)をみていてもダメだし、途上国だけをみていてもダメでしょう。

つまり、世界全体を一体のものとして考えることが必要で、地政学的な‘国民国家’や‘地域’の概念は必要でしょうが、いまや先進国や途上国、第一世界、第二世界や第三世界などいうラベリング(レッテル)自体が、まったく意味をなさなくなってくるでしょう。

すでにそういう時代だと私は思います。

ということで、この本、大阪大学の桃木至朗先生を中心に総勢33名の関西を中心にした中堅、若手の研究者が執筆しています。

やはり、このコミュの指定図書としておきましょう。

これくらいの常識がないとダメですよということで。(私も含めて!)

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月22日 (日)

鶴見良行 『対話集 歩きながら考える』

最近、おもしろい本を公共図書館で発見したので、ここに紹介します。

09022200

鶴見良行 『対話集 歩きながら考える』 大田出版 2005年6月

実は鶴見良行先生については、私も学生自体に一度だけ直接謦咳に触れたことがあるのですが、非常にユニークな方でした。

この対話集は、1972年から1993年までにおこなわれた12本の対話を編集部が選んで再録したものです。確かに時代設定が古いというか問題意識として既に古いと思われるものもありますが、その時代背景を考えると、やはりその先見性というか足で歩いた問題意識の高さに今更ながら驚かされます。

実は、まだ自分でも読んでる最中なので、一概にコメントできませんが、その対談相手を見ても、非常に彼の幅広さと関心の高さを感じます。いくつかの対談は別の初出誌や対談相手の著作で読んでいましたが、これだけまとまった対話を一冊で読めるというのは、かなりお買い得だと思います。ご参考までに、対談者とタイトルをあげさせていただきます。

・アジアを歩きながら考える 加藤祐三

・「もうからない英語」を語ろう 國弘正雄・鹿野力

・「国際化」と土着 見田宋介

・一九二〇年代、闇の中の周辺文化 永川玲二

・アジアの民衆と日本人 鎌田慧

・越境する東南アジア 山口文憲

・アジアとは何か 板垣雄三

・チャハラ号航海記 内海愛子・中村尚司・新妻昭夫・藤林泰・村井吉敬・森本孝

・アジアと日本の<海の民> 網野善彦

・海民の世界から見直す日本文化 大林太良・網野善彦

・アジア海道 - 漂海民をめぐって 門田修

・<インタヴュー> 忘れられた海の歴史を追って <聞き手> 秋道智彌

・解説 無所有へのまなざし 花崎皋平

全521ページ 2800円+税

P.S.

以前、「歩きながら考える・・・ ‘世界’と‘開発’」というマイ名刺を持ち歩いていまして、この本のタイトルをみてどきっとしました。

でも考えてみれば、鶴見さんとの出会いも私のバックボーンのひとつとなっているのでしょうね。実際に。

いやはや^^?

今までに鶴見さんに触れた文章については以下も参照ください。

2000年2月5日

「世間師」、「裸足の研究者」そして「絶望」を超えて 
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n0008.htm

2004年9月2日

海への憧れ-海は隔てるものではなく、つなげるものである。
<アジア島嶼部研究のダイナミズム>

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00023.htm

なお、最近、「海洋民俗学」というものも始めました。ご関心のむきはこちらもどうぞ。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20842145/index.html

ではでは^^?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

山泰幸、川田牧人、古川彰編 『環境民俗学 新しいフィールド学へ』 未来志向の民俗学(帯より)

ようやく時代がしばやんに追いついたのか、しばやんが時代に追いついたのか、今後、開発民俗学を考えていくのにあたって、非常に参考にある教科書が発売されました。

09020100 山泰幸、川田牧人、古川彰編 

『環境民俗学 新しいフィールド学へ』 

昭和堂 2008年11月11日 初版

お薦め度: ★★★★★

一口コメント:

実は2ヶ月前に発売されたばかりの本ですが、ようやくでたというか、私的にはちょうどこんな道案内がほしいと思っていたところに、ひょんなきっかけで、たまたま豊橋の大型書店にのぞいた際に見つけました。

鳥越皓之氏らの「環境民俗学」の動きは横目で気にしてはいたものの、なにか胡散臭くてちょっと距離をおきたいなあと思っていたのですが、当然、それをもふまえて近年の人類学や社会学、分野では共有論(コモンズ論)や資源論、自然論をふまえたうえで、これからの‘環境’民俗学の俯瞰図を示していただいたということで、すぐ役にたちそうな内容です。

最近(この2,3年ほど)、関心をもちだした野本寛一氏や秋道智彌氏、民俗学からは当然のことながら、柳田国男、宮本常一、千葉徳爾、坪井洋文、香川洋一郎、赤坂憲雄、京大の人文研や東南アジア研究所、探検部?など京大の地域研究のグループ(今西錦司、川喜多次郎、梅棹忠夫、米山俊直、高谷好一、福井勝義など)、民間人の鶴見良行氏のグループ(村井吉敬、宮内泰介なども含む)など、私が今まで開発民俗学の視野の中にいれてきた研究者達が、当然のことながら含まれていることも非常にうれしく自分のやってきた方向性にほのかな自信?をもちました。そうそう、これまた当然ですが、内発的開発論の鶴見和子も上がっていますね。

ともあれ、今日購入したばかりですが、じっくりと読んでみたいと思います。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧