開発民俗学

2008年6月 6日 (金)

石弘之編 『環境学の技法(Social Methods of Environmental Studies)』

ご存知、東京大学大学院新領域創生科学研究科環境学研究系の研究者(教員)たちによる教科書です。

Photo 石弘之編 

『環境学の技法(Social Methods of Environmental Studies)』

東京大学出版会

2002年4月 初版

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント:

元朝日新聞記者の石弘之氏が率いる東大の環境学科の若手先鋭の研究者の作った教科書。発売されてすぐの2004年10月に購入して読んだのですが、さすがに内容の濃さとそのレベルにはうならされました。(もう既に石教授は退官されています。)

ところで1990年代の前半、特に少子化、国際化、バブル崩壊後、日本の競争力にかげりが見えてきたことなど、さまざまな要因の中で、大学や大学院の役割に対する社会的な批判とより現代社会にあった高等教育への要望の高まりのもと1994年に大学改革が行われたわけですが、その時に最も混乱が大きかったのは、一般教育課程と専門教育課程の区別が実質なくなったことでしょう。その中で、いわば一般教育過程の先生だけで学部なりを作らなくてはならなくなって、また上記の社会のニーズにこたえるためにも、かなりの無理な学部の再編成やら混乱が生じました。

その中で、特に時流といいますか時代の要請で、環境学や国際関係にかかるさまざまな学部・大学院の設置が行われたことは特記すべきことであったと思います。

特に、国際開発(関係)学についても、文部省は分野ごとに重点校を置き、1992年ごろから独立した国際開発学にかかる多くの大学院を設置しました。

そのような大きな時代の流れの中で、東京大学も学部・大学院改革を行ったわけですが、東大は、国際開発に関しては、まず大学院に新領域創生科学研究科の環境学研究系をおきました。

つまり「環境学」といいつつも、かなり国際開発学にも眼を配った大学院であるといえます。

この本は、そのような混乱期の日本の環境学・国際関係学の大きな波を一つ超えたところで編まれた本で、今までの日本における環境学の流れと、今後の方向性を示したということで、今後も読み継がれる価値があると思います。

それとおもしろいのが、1994年に先の大学改革に絡んで、東大の教養課程の教科書として小林康夫氏や、船曳建夫氏ら若手教官?により『知の技法』と『Universe of English』など新しいタイプの教科書が多く出され、社会人の間でも非常に話題になりました。私も数冊読みましたが、この本も、多分にもれず「技法」という言葉を使っているところもニクイですね。

目次

はじめに 石弘之・佐藤仁

I 問題を設定する

第1章 環境学は何を目指すのか 環境研究の新たな枠組みの構築 石 弘之

第2章 「問題」を切り取る視点 環境問題とフレーミングの政治学 佐藤仁

II 状況を解釈し、一般化する

第3章 個別現象限りの知見に終わらせない工夫 永田淳嗣

第4章 環境評価と新しい経済モデルの方向性 R.ノーガード

III データを集め、判断する

第5章 環境学におけるデータの十分性と意思決定判断 松原望

第6章 越境するフィールド研究の可能性 井上真

本の横帯に「文系からの直球勝負」とありますが、その名に恥じない内容とは思いますが、実際には執筆者の6名のうちの半分は理系の学部というかバックグランドです。

まあ、逆にいえば、環境学も国際開発学も、文系一本やりでも理系一本やりでもだめというか、コアはもちつつも、双方、もっといえば全てに目配りができないとダメだということなのでしょうね。多分。

繰り返しになりますが、この本は「技法」というかものの考え方に重点を置いているので、そういう意味では最新のフィールド科学の手法や成果を取り入れていますし、「技法」としては、あまり古くならないものを持っていると思います。

そういう意味で、やはり一つの教科書としてお薦めできると思います。タイトルに関わらず、広く国際開発や新しいフィールド科学に関心のある人に読んでもらいたい本です。

ではでは^^?

P.S.

ところで、「技法」について私見を一言。

私は「技法」と「倫理」は別のものだと考えていますし、逆に分けて考えるべきだと思います。特に環境(学)や開発(学)については、どうしても情緒的な感情論に流されがちですが、それでもやはり正確な現状認識としての科学的な、論理的な「思考」や「技法」も必要です。当然、それが全てではないことは言うまでもありませんが、私が思うに、現状認識が一般に甘いのではないかということを、マスコミや有識者といわれる人たちに関しても思うことが多々あります。

また逆に「技法」はある程度の訓練で身につけることができると思いますが、「倫理」感や「思想」そのものは教えきれない(教育で押し付けられるものではない)という側面があると思います。

そのような意味で、東大の一連の「技法」シリーズは、学問の限界をわきまえているというか、その割り切った考え方が好きです。

考え方は教えるけれども答えは自分で考えなさい的な突っ放し方、つまりあえて「倫理」に踏み込まないというバランス感覚は、非常に評価できると思います。

また「技法」というか「技」は、技として常に磨いていないと、いざというときに「現場」で全く使えないのですよね。でも「現場」から「技法」に立ち返るというかフィードバックは当然あるべきですし、「技法」自体も個々人で進化(深化)させていくべきものだと思います。

まあ、私がいうことでもありませんし、まったくの蛇足ですが。

ではでは^^?

(この項 了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

伊藤亜人 『文化人類学で読む日本の民俗社会』 ~ まず‘違い’を認めるということ

最近、伊藤亜人著 『文化人類学で読む日本の民俗社会』という本を読んでいるのだが、これがまた知的刺激に富むというか、一言でいうと非常におもしろい。

---------------------------------------------------------

08052800 <コラム1>

伊藤亜人

『文化人類学で読む日本の民俗社会』

有斐閣選書 有斐閣 2007年12月発行

お薦め度: ★★★★★

対象レベル: 中級以上

一口コメント: 

補注が全くないので、ある程度の予備知識や専門知識がないと何を言おうとしているのかわかりにくいのではないかと思う。

つまりこの本だけでは氏の考えの根拠をトレースしにくい。しかし取り上げている項目は非常に多岐にわたり、おもしろい視角を提供している。

日本の民俗学の死角をついているというか、(文化)人類学との比較の視点が私には新鮮であった。

------------------------------------------------------------------

つまり概説書でもなく教科書でもないのだが、氏の長年の日本の及び韓国、中国での民族学調査の経験を元に、東京大学系の文化人類学の重鎮としてのキャリアから、日本の民俗と民俗学を逆照射している点が非常におもしろい。

特に私の興味を引いたのは、日本の民俗学(者)や、われわれ日本人が自明だと思っている概念や事実がそうではなく、民俗学者が民俗語彙として使っている専門用語でさえも(文化)人類学の範疇では、かなりの厳密な用法上の注意がいるということ。

開発‘民俗’学を語ろうとしている私にとって、世界と対話するには、ちゃんと文化人類学とか社会学など近接人文社会科学で使われている専門用語の裏側にまで注意を払わなければ、対話が成り立たないということがわかっただけでも大きな収穫であった。

まだ読了していないので、詳細はコメントは後に譲りたいが、ここで3点ほどメモ書きを。

1.開発‘民俗’学は、広義には、世界で言われるところの「開発人類学」や「開発民族学」の一部門であることは疑いようもないし、事実であろう。

2.しかしながら、日本の「民俗学」の発展過程で培ってきた概念用語や方法論は、十分、世界に通用する普遍性をもつ可能性はある。

これは、今、あわせて読んでいる上田和男他編 『民俗研究ハンドブック』 吉川弘文館 1978 の内容(柳田国男以降の研究史)を見ても十分証明?できると思う。

-------------------------------------

08052803 <コラム2>

上野和男、高桑守史、野村純一、福田アジオ、宮田登編

『民俗研究ハンドブック』 吉川弘文館 1978

お薦め度: ★★☆☆☆

対象レベル: 中級以上

一口コメント:

‘古い’といわれて久しいが、やはり‘民俗学’のオーソドックスな学説史の簡易なハンドブック(当然、1970年代まで)としての価値はまだあると思う。柳田国男の高弟たちが分担執筆している点でも興味深い。

-----------------------------------

3.ただし、そのためには世界的に通じる共通言語をもたなければならない。つまり、適当な翻訳語を無自覚に使うのではなく、たとえば英語のもつ意味と、日本語の民俗語彙の持つその‘違い’をふまえたうえでの議論をしなければ、専門用語で書かれた論文であったとしても、言葉が通じないばかりか全く意味が通じない可能性が非常に高いということである。

私は、そもそもは、日本人の開発に関わるひとりとして、日本人のセンスや知見について、特に日本人自身の注意を喚起するつもりで、「開発民俗学」などを提唱してきたが、やはり本当のターゲットは、日本人だけではなく世界の誰もが共有できる知を提示することにあることに気がついた。

結局、仲間内で盛り上がるだけの‘閉じた世界’ではだめなのだ。

私は自信をもって、日本の民俗学の知見を世界に発信していきたいと思う。

そのためには、相手の‘土俵’に乗ることも必要であろう。だが、相手の概念用語だけを使う必要は全くない。新しい‘土俵’を新たに作り出すことも必要だと思う。

とにかく、いかに日本の民俗学と世界の人類学との距離があることにきずかせてくれたこの本は一つの手引きになろう。

まず‘違い’を認めた上で、共通なものや共感できるモノやコトを探っていく。それが21世紀の知のあり方であると思う。

詳細や具体的な論考は今後に待て、といったところでとりあえず今日は筆をおかせていただきます。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月25日 (日)

ジョジョの奇妙な冒険DVDとコーラン問題

mixiの日記で、先日取り上げた記事ですが、どうも気になるのでこちらにも転載させていただきます。

--------------------------------

<関連の新聞記事>
「アニメ「ジョジョ」イスラム圏の批判で一部出荷停止」(共同) IZAβ版 2008年5月22日 22:38
「コーラン」登場の批判、昨年から数百のサイトに-アニメ「ジョジョ」」 時事ドットコム 2008年5月22日 20:31
「アニメ 「ジョジョの奇妙な冒険」 中東で高まる批判」 FujiSankei Business i 2008年5月23日

---------------------------------------------

「あまりに安易な行動だったのではないかと思います。」  2008年5月24日

「ジョジョDVD コーランで批判 」の毎日新聞の記事について

ジョジョの原本を見ていないし(基本的に今マニラだし)限られた情報だけでコメントするのも難しいので一言だけコメントを。

ニュースに対するミクシイの書き込みでもずいぶん紛糾していますが、アラビスト(しかしムスリム(イスラム教徒)ではない)としてのしばやんとしては、また余計なことをやってしまったなあという感じです。

作者(漫画家)ではなくて、アニメの製作スタッフがなにげにコーランだと知らずに文字をそもそも何も書いていない本に転記してしまったという説明はたぶんそれなりに正しい(うそではないと思いたい)と思いますが、でも配慮がないよなあ。

たまに他のマンガでも見かけますが、とんでもないアラビア文字が何の脈略もなく書かれていることがあります。

なんで、こんな場面にこんな言葉が・・・?もう絶句という感じで。

イスラーム書道(カリグラフィー)が日本でも最近話題になっているようですが、神の言葉(コーラン)に対しては細心の注意が必要です。それは単なるわけのわからない文様でもなく‘一枚の紙切れ’では決してないのですから。

海外や日本でも、怪しげな漢字や日本語をプリントしたTシャツを着た人(特に外国人が多い)がいますが、その文字を読める日本人が、冗談だと笑うぐらいのギャグならいいのですが、間違ってもイスラーム教徒が自分の命より大切だとする神や神の言葉を軽々しく扱ったとしたら、いくら知らなかったとか、悪気はなかったといったとしても、かなりの制裁を受けることは、彼らの立場に立ってみれば常識というか当たり前のことです。

古い話題ですが、「悪魔の詩」を翻訳した五十嵐教授は、それだけ?で暗殺されましたからね。

私が大学で学んだ15年前に較べたらそれなりにイスラームやムスリム(イスラーム教徒)についての情報が日本でも増えてきたと思いますが、それにしても、依然として偏向した意見も多く、マスコミ自体も識者とされるコメンテーターも、‘全くわかっていない’のではと耳を疑うことが今でのあります。

もう少し、隣人としてのイスラーム(教徒)についての配慮が必要なのではないでしょうか。昔とった杵柄というかちょっと古い情報ですが、しばやんからの情報提供として。

アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩) (©1991)

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g000.htm

しばやんって何者といわれそうですが、開発コンサルタントが仕事ですが、アラブ・イスラームは大学時代からしつこく?勉強し続けています。

歩きながら考えるがモットーです。

-----------------------------------------
この記事では、とりあえず「DVDの作成者の脇が甘い」ということと「軽々しくこんな?情報だけでイスラームやイスラーム教徒をジャッジするな」を主張したのですが、どうも気になって、今日(5月25日)、以下の記事をmixiの日記のコメントとして追加しました。
-----------------------------------------
いろいろ気になって情報を集めているのですが、どうも今回の事件?が誰かの‘意図’によってつくられたものではないかという気もしてきました。

陰謀説に組するものではありませんが、どうも裏がありそうですね。経緯も怪しいし、どうも誰かのメディアに対する、もしくは特定のメディアの情報操作があったような気がします。

でも実際には、マスメディアの報道によって、事実や真実とは違った派生的な情報までが行きかい、果てには元の情報とは違った情報が話題になってしまう。

どうもこちらのマスメディア社会の構造そのものが恐ろしい気がします。これでは市民参加の情報戦というか、別に今の世の中で専門家の優位性や特別性を持ち上げる気はしませんが、どうもみんな手探りで不確かな情報や憶測や思い込みだけで‘世論’というか、なんらかの‘雰囲気’や‘空気’が生み出されてしまう。

この後、この問題が変な展開をたどらないことを祈っています。

P.S.

どうもなんらかの悪意をもったものが情報を操作したという疑惑が抜け切れません。私も‘なにか’に洗脳されているのかなあ。
---------------------------------------------
こう書き込んだ直後に、こんなブログの記事を見つけましたので、ひとつの見方として紹介します。
---------------------------------------------
「ジョジョの奇妙な冒険のイスラム教冒涜問題」
このブログでは、ある通信社のマッチポンプではないかという説をあげております。
実際、これからもいろいろな意見や議論がでてくると思いますが、私としましては、どうも裏がありそうですよということのみ述べさせていただいて、一旦、この件につきましては筆をおかせていただきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月16日 (金)

「持続的な(経済)成長」や「環境にやさしい(科学技術)」や「貧困削減」について

日本で7月に洞爺湖サミットを控えているためか、最近、上記の言葉をよく日本のニュースで聞いたり新聞などで目にするが、どうも違和感を感じている。

自分自身、その中というか非常に身近なところにいるはずなのだが、なぜしっくりとこないのだろう。別に世論に棹をさすわけではないが、何が気になるのか以下に綴りたい。

「持続的な(経済)成長」

今、地球環境問題や貧困の問題が、ビックイッシューとして、専門的にはグローバルイッシューといわれているが、茶の間にも上るようになってきたが、私にいわせれば、別に今日に始まったことではなく、私が学生時代の20年前でも既にビッグイッシューであった。

その時に、地球環境論という大学のリレー式講義で学んだのは、エントロピーの理論、具体的には熱力学の第2法則であり、つまり閉鎖系では熱は無限大に増大する。定常状態を保つには開放系でなければならないということだった。その時点で、理系のエントロピー学者が提起したのは、今までの経済学は、負の生成物を外部経済として経済の外に締め出して、永久の経済成長を謳ったが、実は物質の循環を無視した(寸断した)上で、かつ閉鎖系での成長のみを夢想?したために、経済活動をすればするほど負の蓄積がたまるという負の連鎖を生み出している。

つまり結論として、(自然)科学法則に従う限り、「持続的な経済成長」はありえないというのが既に当時でも「答え」であった。

「環境にやさしい(科学技術)」

最近、公害を減らすとか環境にやさしい科学技術とかいって、太陽光とか風力とか水力(これは納得できる)が改めて脚光を浴びているが、太陽光発電と原子力については、火力発電と較べても、はるかに効率が悪い。つまり半導体を作ったり原子力の原料を生成することや原子力サイクルを安全に維持するために多くの化石燃料、つまり石油をつかうので、ただ普通に火力発電を行ったほうが、はるかにエネルギー効率がいいというのもまた、20年前でも科学的?には、常識であった。

「貧困削減」

20年前と較べて非常に悪くなったと思うのは、ここまで世界の‘貧困’が日本の茶の間で語られるようになったことである。

私にいわせれば、‘貧困’の定義自体があやしいし、その実体について、具体的にはどう定義されたりイメージされているのかが非常にあやふやだ。

まあ世銀や国連がその言葉(貧困)を盛んに煽り立てたという気がしないでもないが。

つまり、‘貧困’状態は、いつでもどこの社会でもあったと思う。ただ、その露出のされ方というか取り上げられ方がおかしいのだ。

少なくとも私の学生時代は、アフリカやアジアの途上国に対して自然災害や人災(戦災も含む)による具体的な「飢餓」などの事件は話題になったが、事件性のない「貧困」自体が問題になったという気がしないのだ。

昔から「恵まれない子に愛の手を」とかいう実体が判らない抽象的なアジテートは大きらいであったが、どうも「貧困削減」という言葉も、最近、そのような軽い言葉に成り下がってしまった気がする。

「実体が判らない」ということを具体的にいうと、つまり「誰にとっての」とか「何(誰と)に較べて」とか「本人はそのことをどう思っているの」という話者の立場が非常にあいまいであることに私は不信感を感じるのである。

また‘貧困’自体は、途上国にかぎらず日本にもアメリカにもどの社会にも存在するし、どの時代を振り返ってみても、全く‘貧困’と縁のなかった社会はなかったと思う。繁栄の陰に貧困あり、もしくはみんなが貧困? でもその場合、みんなが同じ程度、貧困である場合、彼らは、互いに‘貧困’だといいあうのだろうか。

「貧困」の辞書的な意味としては、「貧乏」とか「困窮」、「不足」などがあるが、日本語の場合、物理的な‘モノ’がない場合にも使うが、精神的な‘コト’を示す場合もある。

つまり‘貧困’とは、「貧しい」ことと「不足」であることをさすようだが、いずれも‘何か’との比較を前提にした言葉であることに注目したい。逆に言えば、比較すべき‘何か’を持たない(知らない)人にとっては、自分の何が「貧しく」て{不足」しているのかを気がつくことは非常に難しい。

結局、何かをわかったつもりの人が、上から目線で「お前は貧困だ」といわなければ、当の言われる人にとってみれば、何が‘貧困’なのかわからないのである。それは、何かとの比較によってしかわからない。逆にいえば、そう言われた人が別の尺度をもってきて、言った人に向かって「お前は貧困だ」ということも原理的に可能である。たぶん、それは、「貧困なる精神」とでもいうのであろう。(これでは、まるで本多勝一だ。こりゃ^^?)

本来の「貧困」の意味は、もっと多様でいろいろな側面や性質を持つはずである。また福祉学では常識であるが、人生の年代によっても「貧困線」を下回る危機がおとずれる。同じ人であっても時期によって貧困になるときも、それを乗り越えられることもある。つまり時間的な流れの中でも、その状態を検討しなければならない。

ところで、そもそも今、学問的に言われている「絶対的貧困」も「相対的貧困」も‘貧困’そのものを指し示したものではない。

もともとは「困窮」状態を経済的に割り戻したのが貧困線だとされているが、そもそも「貧困」理論の根本的な弱点は、経済尺度だけで物事を測ろうとしたところである。

つまり貨幣に換算できる‘もの’の尺度でしか測れないという点は、いかんともしがたい。基本的に旧来の貧困線は、相互扶助とかの社会関係性(ソーシャル・キャピタル論として近年、話題になっている)については見落としというか計算に入っていない可能性も高い。

HDI(人間開発指標)は、それを克服すべく生み出されたといわれているが、それでも‘ものさし’をつくった人間‘が’知覚する‘測れるモノ’の組み合わせでしかない。

ここでは、‘ものさし’の議論をするつもりはないが、誰に都合のよい‘ものさし’、もっと広くいえば‘ルール’であるのかについては、常に考えるようにしたほうがいいと思う。

内省も含めて、得てして力を自覚しているものは自分の都合のいい‘ものさし’で物事を測ったり、自分の‘土俵’だけで人と争いがちではないかという点を指摘しておく。

あとどうしても納得がいかないのが、なぜ「途上国=貧困」という図式が特に日本ではイージーに成り立ってしまうのかが不思議でならない。

最近の若者は、はるかに以前の世代のものに較べて確実に世界が近くなっているはずだ。あなたが旅先でみたものは、「貧困」だけなのであろうか。そこに住む人たち、彼らが作った建造物、着物、食べ物、彼らが手を加えてきた自然など、その土地の歴史や文化を感じるとき、それは「貧困」とは直接違ったものを感じているはずだ。

あと気をつけてほしいのが、どんな途上国でも、ほぼ間違いなくわれわれよりはるかに大金持ちの特権階級(エリート)がいるという現実。彼らが政治や経済などの国の基幹を握り締めていて、その既得権益は容易には手放さない。

また、日本には階層があっても階級がないといわれるが、どの世界でも階層はおろか階級というものが厳然として存在する。階級を越えて下克上とか出世ができる世界は、世界を見渡しても、ほとんど存在しないといわれている。

今、ちょっとおもしろいと思っているのが、インドの「カースト」は「階級」ではなくて「棲み分け」だという話である。今西進化論(生態論)にもつながる話だと思うが、欧米人(イギリス時?)が「階級」と捕らえたこと自体が間違いであるという話がある。このような世界観の読み替え自体、非常に興味があるので、わたしももっと詳しく追及していきたい。

とにかく、時代のデマゴーグや誰かの言った(書いた)理屈や理論にだまされずに、自分の眼でみて自分の頭で考える。自分の納得できない(よくわからない)言葉に惑わされないように生きていきたいものだと思う。

(この項、了)

P.S.

「貧困」論については、以前より社会福祉の文脈で捕らえなおそうとしているが、訳のわからないというか非常に議論の錯綜している難しい問題である。上記では、端的な私見を述べたが本来は、いろいろな学説(経済学、社会学、その他の諸学)をふまえて書き直したほうがいいと思う。

ただ、気をつけなくてはならないのは、自分がどのパラダイムに立つかによって、見方がかなり異なってしまうことである。私は、自分の拠って立つところを無自覚に意見を述べることはしたくない。

学説というか学者の本で不満なのは、その自分が拠って立つところに無自覚なものが少なくないことである。そこを差し引きしつつ本を読まなければならないところが面倒くさいのだが、それがまたおもしろかったりする。まあ、どうでもよいつぶやきですが。

ではでは^^?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月30日 (水)

佐々木直彦 『新・知的ビジネス・スキル講座 コンサルティング能力』

前回、ブログで、リサーチャー(研究者)とプランナー(計画者)とコンサルタントは違うという話をさせていただいたが、では、コンサルタントって何かということに、非常にクリアに答えてくれる本があるので、ここで、紹介させていただく。

Photo 佐々木直彦

 『新・知的ビジネス・スキル講座 コンサルティング能力』

日本能率協会マネジメントセンター 1998年12月

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント: 最近、ようやく‘コンサルタント’という言葉もポピュラーなものとなってきた観があるが、いざその定義、実際の業務として何をしているのだろうという疑問が湧き出してくる。

最近でこそ、ITコンサルタント、経営コンサルタントなど時代の最先端なイメージがあるが、そもそも日本におけるコンサルタントとは、コンサルティング・エンジニア(技術士に代表される)と経営コンサルタント(中小企業診断士)であった。

この本では、副題にあるように「Consulting Skill and Consulting Mind」とあるように、コンサルタントの業種に限らず、そもそも‘コンサルタント’の「技術」と「その心掛け」について広く語っている。

私自身は、‘開発’コンサルタントという業界の末席にいるわけであるが、佐々木氏のいう「コンサルティングマインド」そして、その技術や方法論に非常に共感と感動を受けた。

佐々木氏は、コンサルティングを、このように定義する。

「コンサルティング能力とは、未来に向けて、クライアントの問題解決や夢実現を助ける能力を言う。」

その過程として、以下のステップを掲げる。(括弧内は引用)

「I.問題の発見

II.解決策の立案

III.プレゼンテーション

IV.変革の推進」

前回、「研究から実践」にというところで苦情を呈したわけであるが、研究では上記のステップでいえば、「I.問題の発見」に留まっているというか、その問題を「学問の場」への還元はするが、実際の現場(フィールド)にフィードバックがないことが多いし、次のIIからIVまでのステップが基本的にないのである。(なくても許されてしまう?)(*)

この本は、「コンサルティング能力」のあり方を根本に問うており、知識ではなく、「生き方」としての「コンサルティング・マインド」について論じている点、セクターや分野に限らず汎用性があると考えられる。

この本で述べられているステップ、方法論そのもののロジックは、まさに「開発コンサルタント」がやっていることと同じである。

参考までに、第1章から第4章の目次を以下に掲げる。

「序章 なぜ「コンサルティング能力」が必要なのか (詳細は略)

第1章 問題を発見する

 アプローチ能力

 リサーチ能力

 取材・インタヴュー能力

 問題整理・構造化・分析能力

 レポート作成能力

第2章 解決策を立案する

 コア・コンセプト設定能力

 目標設定能力

 ビジョン創造能力

 プロセス設計能力

 メソッド開発能力

第3章 プレゼンテーションを設計する

 プレゼンテーション構成力

 企画書作成能力

 話力・説得力

 総合的演出力

第4章 変革を推進する

 浸透化・巻き込み能力

 プロジェクト推進尿力

 組織文化変革能力

 葛藤処理能力

第5章 自己価値を創造する (詳細は略)」

また、以前コンサルタントは必ず‘落としどころ’を考えて行動するということを書いたが、この本でも、リサーチの段階から、つまり「フィールドワーク」の段階から、クライアントに対する(変革への)フィードバック、ワークショップ(ファシリテーション)を常に考えていることを明確に述べている。

つまり、それが「コンサルティング能力」なのである。

今日の企業社会では、自己変革と、新たな市場開拓に向けて、さらには社内的にも「コンサルティング能力」が必要とされている。

「開発コンサルタント」に関心をある方のみならず、どんな職業であれ自らの未来を自ら切り拓いていきたい人に広く薦められる一冊である。

(この項、了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月28日 (月)

映画 『アクロス・ザ・ユニバース(ACROSS THE UNIVERSE)』 あるいはザ・ビートルズの時代について

という記事を、ブログ「Life, I Love You!」のほうにカキコしました^^?

映画のサントラ(サウンド・トラック)の紹介ということで、Lifeに書きましたが、内容はバリバリの硬派で、やはりこちらに書くべき内容でした。

「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」のカテゴリーであるべき?内容ですので、こちらにリンクを張っておきます。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/04/music_from_moti_4865.html

お手数をおかけしますが、ご高覧いただけましたら幸いです。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月27日 (日)

NPO法人アーユス編 『国際協力プロジェクト評価』 あるいはプロジェクトデザインと評価について

開発(援助)の制約条件である「プロジェクト」と、その「プロジェクト」の円滑な運用の鍵を握る「評価(Evaluation/Assessment)」に関して考察してみました。

Photo

NPO法人アーユス編 『国際協力プロジェクト評価』 国際開発ジャーナル社 2003年9月発行

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント: 国際協力プロジェクト(ODAやNGOを問わず)のプロジェクトデザインと評価を考える際の基本的なツール(道具)を示してくれた適切な入門書。ただし、内容は濃くある程度の‘開発’と‘プロジェクト’の基礎知識がないと理解はむずかしいであろう。

正直、ようやく読了したというのが実感である。仕事柄、書籍のチェックや購入は結構早いほうだと思うが、積読や拾い読みが多く、どの本も読了するのに時間がかかる場合が多い。

私は梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』 (岩波新書)で習ったごとく、完全に読了しなければ「読んだ本」としてカウントしない。まあ非効率なこだわりではあるが^^?

さて、一口コメントで述べたことだが2点ほど詳細に言及したい。

1つ目: ‘開発’と‘プロジェクト’との関係について

‘開発’行為と‘プロジェクト’という概念というかイメージがある程度ないと、この本の記述は理解しにくい。

そもそも‘開発行為’すなわち、外部からの強制的?な働きかけ、あるいは‘地域’の‘内発的な発展’のどちらについてもいえるのであるが、そもそもそのような‘もの’は、普通に考えてわかるように静かにというかひそかに潜行して徐々に時間をかけて社会変容をもたらすものであると考えられる。

現実の世界は、徐々に変わっていくのであって、今日からとか何時から突然に何かが変わるということは非常にまれなことであり、傍目にはそう見えても、実はそれが現れるまでに非常に長い潜伏期間がある。私は、‘開発’とは基本的に、個人個人の(社会)認識が変わることによりもたらされる、受容される、内部から創造されていくものであると思う。

私の唱える「開発民俗学」は、適切な言い方かどうかは別だが、それを助ける乳母の役目を担うものとして、さすらいの「風の人(異人=まれ人)」と地に足をおろした「地の人」との‘交流劇’というドラマを想定している。

人と人が出会うことによって生まれる‘何か’が、その地域社会を変えていく、またそれは「風の人」自体も変えていく。

そのような(時間的に)長期的な視野と、地理的な広がり(異質な地域性がぶつかったほうがそのインパクト(衝撃)が大きい)の両面に目配りしたフィールドを設定する。

ところが、ご存知のとおり、現代の社会は、そのような長期的なものの見方や地域の違いに配慮したものの見方は、しない・できない構造となっている。これは、近代世界の資本主義社会のパラダイムそのものの弱点といってもよい。

つまり何がいいたいのかというと、そもそも時間をかけてはぐくむべき文化や社会(変容)に対して、近代世界は、「プロジェクト」という枠組みでしか取り組めないという現実である。(最近、援助業界では「プログラム・アプローチ」という言葉を持ち出しているが、所詮それは「プロジェクト・アプローチ」とその拠って立つところが同じである。つまり同じものと扱っても、まったく問題がないので以下の論考ではそれも含むものとする。)

さて、「プロジェクト」とは何か。いろいろな定義があるのは承知だが、ここでは、PMBOKによる定義は以下のとおりである。

「プロジェクトとは、独自の成果物またはサービスを創出するための有期活動である。」(*1)

また日本における「プロジェクト&プログラムマネジメント(P2M)」による定義は以下である。

「プロジェクト(project)とは、特定使命(Specifice Mission)を受けて、始まりと終わりのある特定期間に、資源、状況など特定の制約条件(constraints)のもとで達成をめざす、将来に向けた価値創造事業(Value Coreation Undertaking)である。」(*2)

ここでのポイントは、プロジェクトには①特定の目的があり、②資源の制約があり、かつ③期間の限定がある、ということである。

ちなみに、上記に引用したガイドブックにしたがうと、「①スコープ・品質、②期間、③資源(ヒト・カネ・モノ)」をプロジェクトの3要素としている。(*3)

先に述べた「現実の世界」つまり、ばらつきがあり、不特定であり、私の理論にいう「人と人が出会うこと」により‘何か’が生まれるなんて、悠長で偶発的で、適当なもの、が「開発」なり「内発的発展」の要であるという考え方とは180度とはいわないものの、かなりベクトルが違うことにお気づきになるであろう。

さはいいなん、開発援助の現場では、以前から今まで、さらには、これからも近代資本主義のパラダイムである「プロジェクト」形式でしか、(発展)途上国への介入ができないという問題をかかえている。

ODA事業に対しては、その「プロジェクト」形式であることは比較的わかりやすいが、NGOの行う事業についても同じ「プロジェクト」をめぐる問題が発生している。つまり、NGOといえども、特定の同じ地域に何年、何十年もエグジットプラン(Exit Plan、脱出計画)なしで、事業を続けることは‘金銭的’にも‘支援者’に対してもできないのである。

ボランティアの支援者に対して、10年やっても20年やっても、全然地域の貧困が解決しませんということはいえるわけもない。

つまり、この本は、「プロジェクト」の入口と出口を考えたときに、何がどのようによくなりもしくは悪くなかったのか、地域やそこに住む人々がどのように変わったかを知る=評価のための総合的な案内書であるといえよう。

------------------------------------------------------------------

注: プロジェクトマネジメント資格認定センタープラネット・ワーキンググループ 『めざせ! P2Mプロジェクトマネジャー PMS【プロジェクトマネジメント・スペシャリスト】』 日本能率教会マネジメントセンター 2002 より引用。*1は、同29ページ、*2は30ページ、そして*3は、36ページを参照のこと。

------------------------------------------------------------------

2つ目: 実務者のツールの扱いの難しさについて = アンチョコ的なマニュアルとして読んでほしくはないということ。

この本は、全員がNGOの駐在員など実務者であり開発フィールドワーカーの第一線にたつ人たちが共著しているという点で興味深いと共に、ぱっと読みでは気がつきにくいであろうが、個々の執筆者のそれぞれの現場でのフィードバックに基づく記述は、なかなか細に射り穿ったものである。

その点で、非常に評価されるべきもので、コンパクトなチェックリストとして実務家の助けになるであろう。

ただし、「プロジェクト」という概念を受け入れたという上での、アンチョコなマニュアルやガイドラインとして使われかねない危険性もある。

またこの本について、先に‘案内書’と書いたが、フィールドワーク論、アンケート論、質的調査法、統計処理法など、個々の技術(テクニック)や、そもそも方法論の背景にある思想については、別途、社会学や経済学などの基本的な考え方を研究する必要があるともいえる。

したがって、大学生や院生にいいたいのは、この本は表面だけを読んでもわからない(イメージがわきにくい)ので、せめて学部では基礎的なディスプリンの‘考え方’を身につけることをお薦めしたい。当然、このような‘実務’や‘実践’の世界のテクニックを知ることは無駄ではないが、初歩的な基礎なしには、社会科学手法は使えませんよということを、繰り返しになるが強調したい。

また、評価をデザインすることは、とりもなおさずプロジェクト・デザインの精度を高めるということにつながることも蛇足ながら付け加えておこう。

つまり、(事後)評価(Evaluation)は、事前評価(Assessment)と表裏一体のものであり、Evaluationの技術は、そのまあAssessmentに使えるということである。

私自身、新規のプロジェクトの事前調査をおこなったときに、並行してこの本を読んでいたのだが、その手法や考え方は非常に参考になった。

逆にいえば、プロジェクトを立案する際には、当然、このレベルの評価スキルを持っていないとだめだということの裏返しでもあろう。

本音では、「プロジェクト」を越えた‘何か’がしたいと思っているのであるが、当面は与えられた「プロジェクト」というものの‘精度’を上げる、これはアセスメント・評価およびマネージメントのいずれの側面に対してもであるが、ことに力を注いでいる。

だが、私はそのような努力をすることは、‘明日への一歩’につながっていると信じたい。

(この項、了)

P.S.

プロジェクト評価に関して、2冊ほど類書を紹介しておく。いずれの本も日本の援助(特にODA)のプロジェクト評価を考える上で参考になると思われるので、前褐書と併読されることをお薦めする。

Pcm PCM読本編集委員会 

『PCM手法の理論と活用』

国際開発高等教育機構(FASID)

2001年5月

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント:

日本のODAにおけるPCM活用の実体について第一戦の実務者が語るおそらく日本で一番適切な事例書であり理論書。

PCM手法(PDMを含む)に関しては、いろいろな批判も多いが、現場で実践している人たちのこの本を読まずして批判を口にするなかれと言いたい。(ほとんど全ての問題(批判)について実務者のレベルで考察している)

Photo_3 独立行政法人国際協力機構 企画・評価部評価管理室編 

『プロジェクト評価の実践的手法 考え方とつかい方 JICA事業評価ガイドライン 改訂版』

国際協力出版会 2004年3月

お薦め度: ★★☆☆☆

一口メモ: JICAにおける事業評価ガイドラインということで紹介させていただくが、内容は非常に難しい。ただ、現実の業務(プロ)の現場で求められている作業やレベルの一端がわかるというメリットはある。

そもそも‘事業評価’だけでも一つのプロフェッションになってしまうのだが、私としては、当事者(NGOや、評価以外の専門を持つ方)が自分で評価ができることを目指した前掲書(国際協力プロジェクト評価)で、‘プロジェクト’や‘評価’の概要をつかんだ上で読まれることをお薦めする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月25日 (金)

「フィールドワーク」と「ワークショップ」の連続性と渾然一体性について

お断り。

mixi「開発民俗学 「地域共生の技法」」に2008年4月24日に書き込んだ私の記事を以下、転載させていただきます。

-------------------------------------------------------------

Pict7122

(写真説明:

2007年3月のミンダナオでのワークショップの様子。ローカルコンサルタント(私の助手?)が、プロジェクト受益者にインタヴューをおこなっています。なお、この調査は記事のプロジェクトとは関係ありません。)

-------------------------------------------------------------

<その1>

河童のKantarrowさんの『RRA 普及・向上委員会』コミュの トピック 「RRAの有用性について意見をお聞かせください」に以下のような書き込みをしました。

みなさんのご参考まで、転載させていただきます。

<2008年03月27日に書き込みました>
-------------------------------------------------------------

河童のKantarrowさん、こんにちは。

メンバーに入れされていただきましたしばやん@マニラです。

農業・水資源・地域開発の開発コンサルタント会社の駐在としてフィリピンに駐在して5年目になります。

基本的に農業専門の会社なので、農業・農村開発の仕事が圧倒的に多いのですが、ここでは自分の実際に行ったワークショップから。

まずフィリピンの水利組合強化の技プロの事業評価を行ったのですが、現場でトレーニングの達成度を調べるのに、政府としてとっている指標のアップデートとは別に、①灌漑システムのマップ作り(これは水利組合ごと)、②季節カレンダー(雨季乾季と農作業とトレーニングの時期の適切さを検討するため)そして、これらの水利組合メンバーによる作業と平行して③フォーカスグループディスカッションを行いました。

あと水利組合のヒストリーとかいくらでもRRAで特に‘視覚化’してやりたい作業はあったのですが、いかんせん時間の縛りと大中小3地区、合計30近くの水利組合を同時に評価しなければならなかったため、つかうツールをかなり限定(同じ作業を全てでやって比較する必要があったため)した記憶があります。

ちなみに、これはJICA業務の事業評価なので、DAC5項目の、ようはJICA事業評価の枠組みの中で、RRAのツールを使ったという位置づけです。

とりあえず、まずは一件ということで、ご参考まで。

ではでは^^?

-------------------------------------------------------------

<その2>

上の原稿の続きです。

<2008年03月27日に書き込みました>
-------------------------------------------------------------

Pict7112

(写真説明:

同じく2007年3月のミンダナオでの調査。プロジェクト担当のNGOの方に彼らのプロジェクトの概要を説明していただいています。

出席者は、われわれマニラからの調査団の他に、受益者側として、プロジェクト管理のNGO(写真の説明している女性)と受益者の住民たちで、NGOのプロジェクト概要の説明の後に、皆でグループ・ディスカッションをおこないました。記事の例とは全く別の調査です。)

-------------------------------------------------------------

2件目として、最近の実例ですが、NGOの社会開発プロジェクトの調査を行いました。これはNGOの職員が対象でしたが、①プロジェクトサイトのマッピング、②活動のストラテジーのテーブル化、③NGO連合の相関図などの作成を行いました。

RRAの本質はワークショップによる参加者の全員参加と‘視覚化’だと私は思います。

先の水利組合もそうですが、地元の人にマップを書かせると非常に正確で、しかもそのできたマップをみんなの前に張った上でフォーカスグループディスカッションを行い、その場で、情報をどんどんマップ上に書き込んでいくことができます。あと、④SWAT分析の、StrengthとWeaknessの部分のみの表をつくってもって参加者みんなで共有をしました。

あとワークショップ形式のフォーカスグループディスカッションの利点は、あくまで1,2時間のまとまった時間が取れればという前提ですが、最初にワークショップで明らかにしたいことを先に説明して、みんなにワークショップの作業を割り振りして手を動かしてもらっている間に、特定の人をつかまえてキーインフォーマントインタヴューを行ったりと、柔軟な調査ができるということもあげられると思います。

やっぱり、みなさん体を動かすのがおもしろいようですね。いろいろ書いたりみたいしていると、だんだんと意見や考えがまとまってくるようです。

「RRAを使ってみて、具体的に有用だった点は何でしたか?」に関して言えば、私が農村部でワークショップを行う場合、マップ作りは絶対に欠かせませんし、そのみんなで作ったマップを元に現地踏査を行うと非常に現状の理解=課題の発見、改善策のひらめきにつながります。

いま「RRA実践マニュアル」を拝見させていただいておりますが、「技法」と「倫理」をわけるべきだというご主張、まったく同感です。私にいわせれば、「フィールド科学」の「技法」は「技法」として、プロを名乗るからには習熟すべきだと思います。それをどのようにつかうのかが「倫理」の問題なのですが、今の日本の開発援助の現状を見る限り、今の時点では、一緒くたにして議論すべきではないと感じています。

まだ「技法」を「ツール(道具)」としても使いこなせていないのではないか、ツールを使うことがファシリテーターの自己満足に留まっていないかとか非常に危惧するところです。とはいえ、私もまだまだ修行中の身ですが^^?

これからもよろしくお願いいたします。

ではでは^^?

P.S.

RRAとPRAの区分けの件、私もごっちゃに使っているかもしれませんが、名称には実はあまりこだわっていません。前者のJICA、後者はJBICの委託調査ですが、これらは最初からスコープが決まっていますので、‘自由’な‘PRA’は原理的にできません。どうしても‘答え’をだすというか‘裏付けるため’の「ツール(道具)」をつかっているだけという気がします。

外部者が内部者の現状を効率的につかもうとしている点では、JICAやJBIC業務は、ほとんどの場合が、RRAか、よくてもそれに毛が生えた程度のレベルのRRAしかできていないのが実情ではないかと思います。

ではでは^^?

-------------------------------------------------------------

<その3>

2008年4月24日に「mixi 開発民俗学 「地域共生の技法」」に引き続き、以下の書き込みをしました。

-------------------------------------------------------------

上記について、ちょっと補足説明させていただきます。

「研究」と「実践」が、根本的に違うのは「現状認識」にだけ留まっていてはだめだということです。

「‘リサーチャー(研究者)’と‘プランナー(計画立案者)’と‘コンサルタント’は全然、似て異なるものだ。」とは、会社の先輩の弁ですが、実践者としてのコンサルタントは、必ず‘落としどころ’を考えて、調査や計画を立てます。

そういう意味で、わたしは、方法と目的を完全に分けて考えています。RRAやPRAなどの‘ツール(道具)’は所詮、‘方法’であって‘目的’ではありません。

逆にいえば、‘目的’を達するためにツールや方法を選ぶのであって、割り切っていってしまえば‘目的’を遂行する以上の調査をする必要はありません。

そうはいっても、外部者が内情を簡単にわかると決して錯覚してはいけません。私が気をつけていることは少なくとも3点あります。

その1. その地域の歴史と地理をできるだけ事前に調べておく。これは地図の準備や二次史料(関連の調査報告書、分野を問わない関連する学術書や一般書の収集と流し読み)

その2. 現地調査に当たっての適切なアシスタントの選択と手配。通例、現場に行くのはカウンターパートである相手国政府の役人が多いですが、当然、彼らの立場ゆえの問題もあります。そんなときにはレンタカーのドライバーなども裏を取る上で、有力なアシスタントとなりえます。

その3. 主体的にフィールドワーク(具体的にはRRAやPRAのツールを使った調査)とワークショップを組み立て、必ず調査結果のフィードバックをステーキホルダーに返した上で議論することを心がけています。

この、フィールドワークとワークショップは、別々にやることもありますが、私の場合、すでに渾然一体化している場合が多いです。みんなでRRAやPRAのツールを使ってワークショップをしながら、なんらかの実施のための方向性をつかむ、できればその場で、ステーキホルダーの(現状)認識の一致と可能であれば合意をとってしまう、そんなことを考えており実際に実践しようと努力しています。

こんなところが、以前、井上真編「躍動するフィールドワーク 研究と実践をつなぐ」の書評で突っ込んだところなのです。全文はこちら。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_15d8.html

ちょとだけ引用すると

「第三点目として、「フィールドワーク」の先にあるものといいますが、その次のステップを考えたいと思います。

例えば、私はといえば、ひそかな望みとして、開発コンサルタントとして‘実践’から‘研究’へ道筋を探ることと同時に有意な実務者やアカデミシャンを育てたいと考えています。
つまり井上氏のいわく「総合格闘技」である「フィールドワーク」の先にあるものとして、「共同・協同作業の場」としての「ワークショップ」を通じた「たまり場・フォーラム」を私は構想しております。 そんな試みが、2000年3月18日にHPを立ち上げた「歩く仲間」の一連の歩みです。」

いまさら私がいうことではありませんが、「フィールドワーク」と「ワークショップ」の連続性と渾然一体性については結構、開発コンサルタントの実践の現場は、まあ、こんなもんというか当たり前のプロセスだと思います^^?

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月22日 (火)

フィリピンで歩きながら考えたこと

暫定的なものですが、しばやんがフィリピン‘で’歩きながら考えたこと(記事)をリストアップしてみました。

実は、HPとブログを2つも持っているので、どこにどの記事があるのやら検索が大変なのです。駄文や雑文もありますので、まあフィリピンがメインの舞台で、ちょっと後で読み返したいような記事をピックアップしてみました^^?

一応、古い順です。

フィリピンのレイテ島とマニラで考えたこと
(あるいは地域間格差のこと) 2002年8月25日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00017.htm

Three Maria’s Tale (3人のマリアの物語) 2003年5月4日
(開発コミュニケーション論におけるチェンジエージェントの一例として)
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00019.htm

海への憧れ-海は隔てるものではなく、つなげるものである。
<アジア島嶼部研究のダイナミズム> 2004年9月2日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00023.htm

5年目の“歩く仲間”と1年後のフィリピン(人として・・・ “変わってくこと”“変わらずにいること”) 2005年3月23日 

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00025.htm

しばやんのアウティング@スービック 2005年6月2日
(米軍 海軍基地跡とピナツボ火山噴火の後をみて思ったこと)
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00027.htm

フィリピン‘で’開発を考える 2006年2月15日 アップ

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/rc003.htm

『封建領主は、単なる‘悪の親玉’なのか!』 2006年12月1日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/y2006Summer.htm
しばやんon the site現場に謙虚であること。 2006年4月19日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog023.htm

‘生きる’ということ。 2006年5月7日

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog025.htm

詞集 『ことのは(言の葉)拾い』(フォトエッセイ) はじめに 2006年12月10日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha000.htm

日は昇り、日は沈む あたりまえのことなれど、同じものはなし。 2007年1月15日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha004.htm

農民の比較 70年前の日本とフィリピン 2007年3月8日(木)
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog056.htm

ある調査風景 ・・・ ミンダナオ島の農地改革地区  2007年4月20日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha009.htm

なお、最新の記事は、こちらも参照ください。

「フィリピン関係」 @ 『ブログ版 歩く仲間』

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat3695801/index.html

「halo halo life(in Philippine)」 @ 『Life, I Love You!』

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/halo_halo_lifein_philippine/index.html

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火)

中尾文隆編著 『ポケット解説 柳田国男の民俗学がわかる本』 あるいは時代と学説史について

非常に興味ぶかい本でした。タイトルが甘い(あんちょこ本っぽい)?からといって内容を見くびることなかれ^^?

Photo 中尾文隆/平成柳田国男研究会 編著 

『ポケット解説 柳田国男の民俗学がわかる本』

秀和システム 2007年3月15日 初版

お薦め度: ★★★☆☆

一口コメント: (日本)民俗学の父、柳田国男の業績を俯瞰するのに最適な一冊。特に、彼の生きた時代背景をおさえている点、および代表的な柳田国男論の抄録がなされている点もユニーク。

正統的な?柳田国男継承者からはでてこないような視角が興味を誘います。

さて、以前、学説史をおさえることの重要性について、軽く触れましたが、この本を読むと、その必要性を具体的に改めて認識することができました。

タイトルが悪い?ので、単なるアンチョコ本に間違えられそうですが、内容はきわめてまともな概説書です。

特に、サブ・タイトルにあるように、「逆立した柳田像を重層的に検証する!」とあるように、柳田国男の神秘というか、彼が語ったこと、語らなかったことを時代背景とともに検証した点が非常にスリリングです。

当然のことですが、一人の思想家なり学者が生まれるには、その時代背景と彼を取り巻く環境(社会環境、人脈など)のまさに偶然としかいえないような作用・副作用が必要です。

また一つの時代を生き抜き、一つの時代を創ったということは、逆にいえば、その時代のもつよい意味でも悪い意味でも制約を免れることはできません。

平たくいってしまうと、英雄だろうが平民であろうが、誰もがその時代を生きた‘時代の子’という制約を免れることができないのです。

最近、民俗学をちょっとまじめに勉強しようとして、柳田国男に挑戦しようとしていたところなのですが、彼の「農政学」への挫折、戦争(日露戦争、第一次大戦、満州事変、敗戦)と民俗学との関連、「木曜会」という私的なサロンを通じて、いかに彼が「民間伝承論」から「民俗学」へと日本各地の趣味の民俗学徒を組織だてていったのか、非常におもしろい視角を示してくれました。

ぜひ、直接手にとっていただきたいのですが、特に、私が興味を引いた点を2点ほど。

まず一つ目は、先住民としての「山人論」と、「海上の道」で日本人の祖形を求めた柳田国男は、当初よりアイヌと沖縄という‘内なる異民族’を視野に入れていました。

なんのためか、それは台湾と朝鮮という植民地経営のため?というトンでもない意見が提示されます。しかし時代背景と、彼を取り巻く人脈をみるとあながちそうでないとはいいきれないところがある。

そもそも柳田が学問として学び、最初の職業(農商務省の役人)として選択した「農政学」自体に対して、彼なりの思い入れと戦略があったものと思われます。しかし、なぜそれが「民俗学」へと変容していったのか、非常に大きな闇というか謎が横たわっているといえましょう。

二つ目は、そのような大きな時代制約を負った「民俗学」または「文化人類学」自体が植民地主義ときわめて密接に結びついたものであったことは、今では広く言われていることですが、なぜそのような「民俗学」や「文化人類学」をいまだに学び発展継承していかなくてはならないかということです。

この本にも見られるように、そもそも‘学’の立ち上がり自体は非常に個人的な問題意識と、やはり時代が求めている、つまり同じような志なり問題意識を持った者たちが、互いに情報共有のネットワークを結ぶことにより、徐々に一‘門’としての‘学問(門)’というものが生まれてきます。

日本の民俗学は、やはり世界に十分誇るべき、‘野の学問’だと思います。これは、「近代(主義)」と「西欧の学問(体系)」と「国民国家(主義)」という、いわば外圧によってこじ開けられ壊れかけた‘原日本人’のアイデンティティを探し、新興の国民国家である‘日本国’という身を守り、日本という地域に住む人々の‘日本人という共同幻想’を創り、「日本国民国家」としてあがらうための一つの思想的な理論武装であったともいえます。

逆にいえば、明治初期(8年)に生を受けた柳田国男をして大成されたものの、そもそも‘明治’という時代背景なしには「日本の民俗学」は成立し得なかったともいえますし、柳田がいなくても、似たような思想や運動は起りえたともいえましょう。

こうして考えてみますと、今、「民俗学」や「文化人類学」を語ること(研究)ややること(実践)することとは、どのような意味があるのかを、自分の趣味や楽しみを越えたレベルでもう一度、定義しなおすことが必要だといえます。

今、「開発民俗学」を語るとは。非常に重たい宿題ではありますが、これまで柳田国男や彼に続く多くの先達が積み上げてきた「(日本)民俗学」の学問知と経験、さらには世界に眼を向けて植民地主義の片棒を担いだという宿命を背負ったまま、研究と実践を続けている「人類学」に対して、われわれが新たに何を積み上げることができるかという問題でもあります。

まだまだ先は全く見えませんが、そもそもの志、たとえば柳田が語った「世のため人のため」の学問という言葉は、たとえその裏の真意がなんであれ信じていきたいと思います。

蛇足ながら:

そもそも「学説史」を押えることは大切ですよということを言いたかっただけなのですが、結論は別の方向にいってしまいました。

別のところでも書きましたが、誰がどのような時代背景の中で、誰に向かって発言したのか。これを押さえないと、彼の言説(学説)を正しく理解することはできない。

意図的に誤読することも当然、可能ですし、その可能性というか発展性を否定するつもりはありませんが、時代背景をふまえない批判や非難は議論に当たらないと私は思います。所詮、われわれも含めて‘時代の子’という制約は、絶対に逃れられないのですから。

また、ちょっと社会人?をやっているおかげで、理想(理念)と現実を分けて考えれるように鍛えられました^^?つまり、当然、なんらかの望ましいこと(理想・理念)を夢想することが勝手ですし、それはそれで大切なことですが、だからといって現実を、こんなのうそだとか、こんなことはあってはならないと考えることは、全く別だということです。

どれほど残酷で醜い酷いことがおこなわれていようと、現実は現実として直視しなければならない。それを認めたうえで、次の手を考えることができると思うのです。

幸い、私はまだそんな修羅場や地獄は見ていません。でも、それをさけたり隠蔽することなく、勇気をもって立ち向かっていきたいと思います。最悪の自体の可能性も否定はしない。まだまだそれでも立ち上がれるだけの力を持ち続けたいと思います。

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月21日 (金)

mixiコミュ「開発民俗学」のご紹介

mixiというソーシャルネットワークの中で、「開発民俗学」のコミュニティを、2007年08月12日から運用しています。まだメンバー十数人の弱小コミュですが、まあマイペースで仲間と共にコンテンツを創っていきたいです。

以下に案内文を再録します。ご関心のある方は、mixiで検索、もしくはしばやんにご連絡ください。ではでは^^?

P.S.

「2008年3月24日 加筆」

ソーシャルネットワークとは、やはり限られたメンバーの中での限られたやり取りで基本的にオープンエンドのものではありません。トピックという項目ごとに参加者が意見を出し合ってひとつのコミュニティを作り上げていくという性質のもので、このコミュは私が主催しているとはいえ、すでにメンバーの皆さんの‘共有の財産’になってしまっております。

基本的に対話の世界なので、発言者の問いと答えにより、いかようにも深化している特質をもっており、インスピレーションがインスピレーションを呼ぶという知の連鎖反応が既におきつつあります。

すでに私の手を離れているという意味で、このコミュでの議論の成果を、私の一存で持ち出すことは難しいと思いますので、mixiに参加していない方で、もしこのコミュニティに参加したいと思われる方は、直接しばやんまでご連絡ください。mixiへの招待も、私からさせていただきます。

「2008年6月4日 加筆」

ちょっと内容をアップデートしましたので、[4月23日 更新版]に差し替えさせていただきました。また、部分的に簡略化させていただきました。ちなみに、現在48名のメンバーの方が参加されています^^?

---------------------------------------------------------------------

「開発民俗学 「地域共生の技法」」

みなさん、初めまして。           [2008年4月23日 更新]

しばやん@マニラ・フィリピンです。

もともと大学ではアラビア語を専攻しており、特に関心のあったのは中世の東西交渉史で、実はアラブ・イスラームの地理書・旅行記を専攻しようと思っていたのですが、何を間違えたのか?開発援助の現場に飛び込んで15年になります。

現在、農業・水資源・地域開発が専門の開発コンサルタント会社の社員としてフィリピンに駐在して5年目になります。


1. はじめに

   「開発学」ミーツ「(日本の)民俗学」=「開発民俗学」

「開発民俗学」というものを提唱しだして数年になります。概念自体は目新しいものではありませんが「(現状)認識論」、「実践論」について日本の民俗学の碩学たちのフィールドワーカーとしての知見に学ぼうという意味で、あえて「開発‘民俗’学」を名乗ってみました。
経緯と内容について以下に説明していきたいと思います。


2.開発民俗学とは:

mixiコミュの中でも開発に関するコミュニティはすでにいろいろあります。

なぜ、あえて「開発‘民俗’学」なのか。

私は、開発コンサルタントの仕事を通じて途上国の人々と接するうちに自分の現状認識の甘さと、そもそも現地の人が持っている能力の素晴らしさにいやというほど気がつかされました。所詮、外部者でしかない我々援助関係者に何ができるのか。そんな中で出会ったのが‘歩く学問’に繋がる‘日本人’のフィールドワーカーたちの巨大な足跡でした。

そんななかで、ようやくたどり着いたのが宮本常一の民俗学でした。

自分自身の‘開発の現場’に対する内省と‘歩く巨人達’への畏敬から2000年3月18日より「歩く仲間」というプロジェクトを始めました。(現在は「人類と開発フォーラム」と改名しています。)

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/index.htm

ちなみに、しばやんの敬愛する「Giant Steps (巨人達の足跡)」は、こちらをご参照ください^^?

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/gsteps.htm


このコミュニティでは、「開発民俗学」を仮に以下のように定義づけたいと思います。(私の文章の引用です。)

「・・・この日本語に特有の「民族学」と「民俗学」という2つのミンゾク学は、実に示唆に富むと思う。この日本語にいう「民俗学」は、柳田國男にいう、いわば日本文化の元の形(基層文化)を探るという側面があるのだが、それだけではなく、宮本常一氏のいう、実際に生きている人たちの生きる糧となるような学問のあり方、自分の足元を知ることにより、日々の生活をよりよりものにつくり変えていくという、‘実践の民俗学’という側面もあると思う。

つまり外部者として、(途上)国に入ることにより、現地の人たち自身の郷土への関心を呼び覚まし、彼らが‘民俗学’を自分の地で実践することにより、内部から社会を変えていくきっかけをつくる。この民俗学の主体は、当然、彼ら自身である。そんな開発‘民俗学’を創っていきたい。・・・」 2003年11月

全文はこちら; http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r006.htm

こんな趣旨で「開発民俗学への途」という講座を掲載しています。

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0000.htm 
(2000年7月15日~2007年4月29日)第1部完結


ところで最近、日本民俗学の父、柳田國男が「世のため人のための民俗学」を唱えていたことを知りました。そして、宮本常一のいう「民俗学という学問は体験の学問であり、実践の学問である」というテーゼを元に「日本人としての開発(民俗)学」を創っていきたいと思います。

「開発‘民俗’学を語るからには」 2008年3月21日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_77d6.html


注: 

2008年3月22日にサブタイトルとして「地域共生の技法」というサブタイトルを追加しました。これは「開発民俗学の理論的な根拠」のトピックで、○○さんとの対話からでてきた言葉です。その経緯を一部紹介させていただきます。

「前略~私は「開発」というと上(行政・学識・権力)からの視点というように読み込んでしまいます。
また、別トピックで触れましたが「民俗学」は現代と向き合っていないイメージが強すぎます。
だから「開発民俗学」というと、「政府よりの地域懐柔策」に私には思えてしまうのです。 ~後略」

当然、そのような垂直で上からの‘開発’を目指すものではなく、水平レベルもしくは‘肩書き’にとらわれない個人のネットワークを目指す私としては、そのようなイメージはどうしてもさけたいため、体を現すために、○○さんのおっしゃる「地域共生の技法」という言葉を採用させていただきました。

また、○○さんのおっしゃる

「私が、この用語を使うならば、重視することは、地域ごとに存在する、その地域ならではの(伝統的な)「暮らしかた」(それを「技法」といっても「生活の知恵」といっても「生活文化」といっても「伝統文化」といっても「民間伝承」といってもいいと思います)を、グローバリゼーションの時代、地球環境問題の時代における「技法」に、どう再生し、アレンジし、そして、「実行」していくか、という点だと思います。」

という精神を最大限尊重していきたいと考えます。

詳しい経緯は、ぜひ、直接このトピックをお読みいただきますようお願いいたします。トピック「開発民俗学の理論的な根拠 <理論総論>」  <リンク先は省略>


3. 方法論など

また、実技・実践論の方法論的な手法として「フィールドワーク」と「ワークショップ(ファシリテーション)」を重視しています。

「開発民俗学への途~第二ステージへ」 2008年3月20日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_5b72.html

「開発学研究入門(基礎理論編)」 2000年8月15日

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r004.htm

「現状分析の視座をどこに置くのか?補論」2005年7月3日

http://homepage1.nifty