カテゴリー「松田聖子論」の記事

2013年1月 9日 (水)

アイドル革命(その1)・・・少女(期)の流行歌をエバーグリーンに!?

初出: 聖子巡礼・・・時代を超える永遠のアイドル 2013年1月9日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/seikojunrei/2013/01/post-36ca.html

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このブログ(※聖子巡礼)では、松田聖子さんの魅力を多面的に分析・解説しようと考えています。(←個人的な独りよがりな解釈であるかもしれませんが^^?)

今回とりあげるのは、SEIKO Balladコンサートの会場で購入した一枚(3枚組)のベストDVD
松田聖子 『Seiko Matsuda Video Diamond Bible(初回生産限定盤)』  SONY MUSIC RECORDS SRBL1444-6 (3枚組) 2010年
※アマゾンにリンクをしています。
今、その1枚目をみているところですが・・・。
このDVDは、聖子さんがデビューしたSONYが、それこそデビュー当時から撮り貯めてきたコンサートのライブ画像や、楽曲のミュージックビデオを、デビュー曲から2010年までにいたる彼女の楽曲をレコードの発売順にピックアップした、いわゆるカタログ的なミュージックビデオなのですが、非常におもしろい企画として、楽曲が発表された当時の(ライブ)ビデオではなくて、例えば1980年代の曲でも音源やビデオ画像がないなどの理由から、例えば楽曲の発表の10年後、いやいや30年後に歌っているライブ画像を収録しています。
発表当時のライブ画像でないことに不満というか文句をいう方々が多くいるのも事実なのですが、例えばアマゾンのレビューなど、私は逆にこの方が楽しめたし、非常に価値のあることだと感じました。
つまり、どういうことか。
いまだかつて、少女(期)特有の揺れ動く心を歌ったいわゆる「アイドル(歌謡)曲」を、よく考えてくださいね、例えば15歳の少女が歌う曲を、45歳の大人の歌手が、発表当時よりうまくしかもブリブリの少女になりきった服をきて歌ったことがあるのかということを冷静に考えてみてください。
普通に考えたら、アイドル曲って、その発表当時の‘その歳’の彼女(もしくは彼)が歌ったその‘時代’をいやでも色濃く反映し映し出すもので、アイドルを卒業した彼女や彼は、例え現役の芸能人をその後続けているとしても、例えば15歳の曲を‘アイドル卒業生’が歌うことはめったにありません。歌手を続けていても、歳相応の大人の曲を実際の歌手の成長にあわせて歌うことになり、その歌手が若い時代の曲を歌うことは、たんなる「懐メロ(懐かしのメロディー)」でしかありえません。
そもそも、アイドルでデビュー後、10年も聖子さんにいたっては30年以上も‘現役’を続けている人はいるのでしょうか。
ということで鑑賞編^^?
sugizo66さんのコメントです。「ギター2本でアレンジしてみました。    マイリス→mylist/15802053 MAD動画は、今の聖子さんが「星ドラを歌う時に昔を思い出している」感じで作りました。 ・・・以下略」
このニコニコ動画(以下、ニコ動)は、sugizo66さんという全くのアマチュアの方がご自身でギターアレンジして演奏して聖子さんの過去のライブ画像に、彼のギターをかぶせてといういわゆるカバー(アレンジ)曲なのですが、原曲の魅力やギター以外の楽曲と聖子さんの声を原則そのまま持ってきていますので、オリジナルを知っている方も、また初めて聖子さんの曲を聴く人も楽しくみることができます。
ニコ動のコメントでは、オリジナルよりsugizo66さんのアレンジカバーのほうを乙としている方も多々いらっしゃいます。
さて、初めてこの曲を観る方に説明しておきます。オリジナル曲は1982年11月10日、つまり彼女がデビュー2年目、‘19歳’のときに発表された『Candy』というアルバムに納められていおり、このビデオで使われている画像は、1983年にテレビ番組で実際に放送されたものです。sugizo66さんは、ビデオ画像の編集作業もご自身でやられるのですが、後半に「玉手箱」を開けて出てきた聖子さんは、果たして?
そう、青色の「メイド姿」らしき衣装で歌っている聖子さんの画像は「Count Down Life Party 2005-2006(大阪城ホール)」の時のものです。その時差?ざっと22年。
いまだかつてこんな(アイドル)歌手が日本に存在したのでしょうか。
こんな‘聖子史’を紐解くと、私は正直、驚きのあまり卒倒しそうになりましたよ^^?
聖子さんは「ファンをうらぎらない」とファンの方々が口々にいいますが、その意味の一つがこの映像をみることで実感できると思います。
ともあれ、こんな理屈は抜きにして映像自体を、聖子さんのパフォーマンスそのものを楽しんでみてください。
ではでは^^?

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2013年1月 7日 (月)

連続講座 大衆文化史における松田聖子に関する一考察 ・・・ 開発民俗学的アプローチ

初出: 聖子巡礼・・・時代を超える永遠のアイドル

連続講座 大衆文化史における松田聖子に関する一考察 ・・・ 開発民俗学的アプローチ (その1)
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/seikojunrei/2013/01/post-6e3f.html
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なぜ、今 松田聖子なのか?

いや、なぜ私が今、松田聖子を取り上げようとしているのか、まずそれを語りたい。
私は、しらけ世代や新人類と俗にいわれているジェネレーション、1970年生まれの団塊ジュニアの一人である。
1970年とは、大日本戦争が終結した1945年(昭和20年)からすでに25年、明治以来絶え間なく続いた日本の対外戦争のことはもとより大日本戦争の荒廃からの復興、引き続く高度成長期が日本高度成長期がかげりをみせはじめたころ、そう2つのオイルショックが日本を襲い、経済大国世界第二位の地位にありながらも、その看板の薄っぺらさと、なにより世界第2位の経済大国の住民(国民)であるという生活感覚の全くない時代に生を受けた。
その後、昭和、平成と、20世紀と21世紀にまたがる2つの時代を生きてきて、今、アラフォーと呼ばれる現在を生きている。
人心ついた幼年時から自我の目覚めとされる少年期が、まさに1980年代であり、昭和と平成のはざま、1990年代に青春時代を、引き続き20世紀にかけて青年時代を過ごした。
そんな一個人にとって、1980年から現代までの35年間を、松田聖子という稀代のスターの芸能生活史と重ねあわして、この国民的アイドル(歌手)の足跡とその庶民、大衆一般に与えた影響を考察してみたいと思う。
たかがアイドル、されどアイドルである。
松田聖子=みんなのアイドル=大衆の星(スター)→ 永遠のアイドル
いままであまりに不当に、いや全く歴史的に評価されてこなかった彼女の人となりと生き様とその活動(パフォーマンス)について語ることは学問的には全く価値のないことかもしれない。
また一人が独善的に彼女を語れるわけでなく、それぞれの心の中にある‘俺たち、私たちの松田聖子’像を、踏みにじるようなことは、たとえ何人であれ許されることではない。
あくまで、私個人の私論であると共に、所詮は‘一考察’でしかないが、今後の松田聖子の評価の一助となればさいわいである。
2013年1月7日 柴田 英知

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