歩く仲間通信<しばやんからのメッセージです>

2009年12月17日 (木)

【歩く仲間通信】 2009年を振り返って ほのかな光が見えた年なのでは^^?

みなさま、お元気ですか。ご無沙汰しております。

しばやん@愛知です。

少し早いですが、今年を振り返って年末のご挨拶をさせていただきたいと思います。

ということで、勝手に今年の10大ニュース(公私を含む^^?)を発表させていただきます。(関連として私がブログなどで言及した小論をついで?に紹介しておきます。)

1. マイケルジャクソン謎の死 2009年6月26日朝(日本時間)
   <映画「THIS IS IT」を観る 2009年11月12日>

関連: マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 全世界同時公開 2009年11月14日 
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/this-is-it-c986.html

2. オバマ大統領の就任とノーベル平和賞受賞(※)

関連:オバマ大統領就任演説 <アメリカ合州国に目が離せない> 2009年2月7日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/02/post-dff9.html

※ まだ文章としてまとめてませんが、若干問題があるような感じです。いずれ、調べてまとめます。

3. 転職1年目をどうにか乗り切る。(2008年10月1日に転職)

関連: 【歩く仲間通信】 転職1年目のご挨拶 2009年10月4日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-6474.html

4. 「開発民俗学」の活動の再開 (主にミクシイのコミュニティにて)

(同じくミクシイでの「海洋民俗学 海からみる世界」、「イスラーム地理書・旅行記勉強会」のコミュの立ち上げ)

5. ビートルズリマスター発売 2009年9月9日 MONO BOX とステレオ盤数枚を購入。ひさしぶりにビートルズを聴きなおす。

関連: The Beatles (ザ・ビートルズ) 『Magical Mystery Tour(マジカル・ミステリー・ツアー)』 リマスター盤 2009年9月16日 

※この記事に過去のビートルズ関係の記事へのリンクが貼ってあります。
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/09/the-beatles-mag.html

6. 「開発ファシリテーションとフィールドワーク」勉強会への参加(第10回 10/22、第12回 12/17 (予定)

関連: ‘場をつくる’ということ ファシリテーション&ワークショップ入門<各論> 2009年12月12日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-549d.html

7. サザンオールスターズ 「真夏の大感謝祭」30周年LIVE (2008/8/16、17、23、24)のDVDを観る。 (2008年12月2日に購入していたのですが、封を開いてみたのが8月末
のことでした)

8. 大阪外国語大学アラビア語会(仮称)設立総会に出席 10月31日 及び
   11月1日 高槻市のまちおこしイベントに参加(大学時代の恩師のお誘い)

関連: 大阪外国語大学アラビア語科のOB会の設立総会に出席してきました^^? 11月2日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/ob-86d2.html

9. 木更津うみ祭り 2009年9月26日 初めて東名高速を車で出張。初めて商品の2馬力船外機付きゴムボートに試乗する。(恥ずかしながら)

10. とりあえず 空けておきます。

まあ、それぞれを語ったら長くなってしまうのですが、上記が、今年の私の心が動いたことでしょうか。前々回の通信で書きましたが、9月、10月まで全然パワーがでませんでしたが、最近は、いろいろうまい方向に物事が回っているようです。

たぶん、その復活のきっかけの一つが、サザンのDVDだったのではと思っています。その後、9月頭にビートルズショック、そして、11月初めに恩師に会ってマイケルジャクソンの聴き方指南を受けて、「THIS IS IT」の映画を観る。そして、まだまとめていませんが、12月8日のジョンレノンの命日にあわせて、ジョンレノンのオリジナルアルバムを購入して、ジョンレノンの「イマジン」の考えなおしと、またマイケルがらみですが、1985年のUSA FOR AFRICAの「We are the World」のドキュメンタリーのDVDを買って、はたまた当時を考え直
す。

なにか、今年の後半は、音楽を通じて自分の1980年代1990年代を振り返るような感じになってしまいました。

20年前の一番多感?な大学生や高校生の時代を振り返ることによって、その当時の音楽をバックミュージック(まんまやん?)に振り返ることにより、自分の歩んできた道を振り返り、変な話ですが、自分の歩んできた道を再評価する。

結果としてつかんだことは、自分って結局、20年前から全然?変わっていないし、そのころに思った未来は確かに少しずつではありますが、現実になりつつある。

そのころの夢って、実は夢ではなくなりつつある、いや現実にできるのではないかという手ごたえを感じました。

もう10数年前かと思いますが援助業界のJという官組織のMさんから「組織が変わるには
20年かかる」という話を聞きました。自分もそれを根拠?に、「まず自分のいる場所から
変えていこう」ということを(開発援助業界の)若手会の集まりの中でみんなに語ってきました。

前回のマイケルジャクソン論の中で、「MAN IN THE MIRROR(鏡の中の男(=自分)」という曲に言及しましたが、この曲は1987年に発表されています。

早すぎた天才 マイケル・ジャクソンに、世界がそして時代が20年かかってようやく追いついた。結局そういうことです。この20年間は無駄であったのか?そんなことはないですよね。

昨年末、オバマ大統領が初めての黒人出身の大統領として誕生しました。

昨今話題の、エコ、地球温暖化、核の廃絶問題など実はもう20年も30年もそれ以上も、前から‘わかっている’人たちには既知の問題であったし、声をあげ続けてきた人たちが世界中にいました。その中には、無数の(多くの)殉死者も当然のことながらありました。

今年は、ジョンレノンが1980年12月8日に凶弾に倒れて丸29年になります。来年は、多分没後30周年ということで世界中で話題になると思いますので今年のうちに言っておきます。

ジョンレノンの「イマジン」は、1971年9月9日にアメリカでアルバムの一曲として発表されて、今年でもう38年にもなります。イマジンは1971年10月11日にアメリカのみでシングル
カットされるも、ベトナム戦争の真っ最中だったために放送禁止。1991年の湾岸戦争、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件でも放送自粛の措置がとられています。

このイマジンのこの一節に、思えば私はずっと励まされてきました。

「You may say I'm a dreamer / but I'm not the only one」

この後の一節(※)については異論があるので、また別のところで取り上げます。
※「I hope someday you'll join us and the world will be as one」

数年前には、「冬が来る前に」(※)ということで、幾分あせって文章を書きなぐっていましたが、まだまだ人間捨てたものではない、確かに時間はかかっているものの、我々は確かに変わりつつあるということを感じています。

※「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」というテーマで今でも書きついでいます。
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

逆に20年経てば、世界が変わるのであれば、今やるべきことは20年後の未来のために「タネ」を蒔くことでしょう。

ところで、昨日、友人と映画「2012」を名古屋まで観に行ってきました。ネタばれになるので
内容には踏み込めないのですが、当然、内容と結末に轟々たる賛否両論があるでしょうが、私が一番感じたことは、「その時にバタバタしないように身辺整理をしておかなくてはならないな」ということでした。

旺文社の創立者に赤尾好夫さんという文人がいます。『若人におくることば』旺文社文庫 1965 という受験生向けに書いた教養文学(エッセイ)があるのですが、この書に、「元旦の決意(昭40・1)」という一文があります。つまり、毎年元旦に「遺書」を書くという話です。

私も来年から始めようと思います。そして、最後に、‘そのとき’が来たときに「THIS IS IT」(※)と皆に示せるような人生を送ってみたいものだと思いました。

以上が、私の今年の総括です。

長文をご覧いただきありがとうございました。

みなさまもご健康に留意されて素晴らしい新年をお迎えください。

ではでは^^?

※マイケルジャクソンの幻のコンサートのタイトルがまさに「THIS IS IT」です。CDのライナーノーツから引用させていただきます。

「~前略~ マイケルは(中略)このコンサートを発表した時の短いコメントの中で、これが彼にとっては「最後の公演になる」と宣言。「間違いなくこれが最後の公演なので、皆さんが聴きたい曲を歌います。これが最後のカーテン・コールです」と、公演のタイトル・ワードでもある「THIS IS IT」、すなわち「これっきり、これが最後だよ」という発言をしているのです。 ~後略~」 2009年9月30日 湯川れい子 

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2009年11月16日 (月)

【歩く仲間通信】 歩く仲間20周年プレセッション&「マイケル・ジャクソン論」(途中ですが^^?)

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。日本もいよいよ冬らしく、日々寒くなってきました。新型インフルエンザなど、みなさまお元気ですか。

柴田 英知 @愛知です。

前回は、転職1年ということで、ちょっとまじめ?な話題でしたが、今回は、近況報告などなどです。

さて、今日(2009年11月15日)、姉の長女、長男、つまり私の姪っ子、甥っ子になるわけですが、彼らの学祭というか「美中祭」なるものに両親といってきました。

美中すなわち愛知県岡崎市の公立(市立)美川中学校は、私と姉、さらには両親の母校でもあります。(ちなみに弟だけは、新しく小学校区にできた竜南中学校です。)思えば、1985年3月に卒業しているので、既に24年も経ったことになります。

メインは、クラス対抗の合唱コンクール。そういえば、私の3年5組は、この合唱コンクールで学年優勝したんだよなあなどということを思い出しながらステージを見ていました。ところで、知っている方にご報告。昨年、講堂というか体育館が建て替えとなって、今回の舞台は新築1年目の体育館で、なんだこれといった感じで、古い体育館はすでになく時間がなくてキャンパス(とはいわないか)?をみる時間的な余裕がなかったのですが、いろいろ校舎もグランド周りも変わっていて何か全然違うところに来たみたい。でもあえて言えば、桜の木とか植物だけは変わっていなかったみたい。でも、もう20数年ぶりにきてみれば変わっているのも当たり前のことですよね^^?

で、話を戻すと、やっぱり学生時代というかその時にしかできないことってあるし、やっぱり中学生はいつの世にあっても中学生らしくあってほしい、そんなことを感じました。

実は、私は田舎が嫌いで、特に狭い?人間関係が嫌で中学生、高校生の頃から地元を離れることを考えていました。広い世界つまり海外への憧れは小学生の頃からあったのも事実ですが、やっぱり田舎に埋もれる?ことを本能的に怖れていました。

この土地で生まれて育って、また地元の人と結婚して、絶対に地元から出たくないという考え方の人も少なくありません。きっと。でも自分は、とてもそんなことは考えられなかった。絶対に東京に行って‘世界を股に架けて働く’ということを小学生、中学生のときから考えていました。

ところで小中高のエピソードをひとつ。実は、小学校4年生から高校3年生まで無遅刻無欠席なんです。私^^? 正確にいうと小学5年生の2月の半日でればいいだけの土曜日に休んでしまったので、小学校5年生だけは皆勤賞をもらえなかったのですが、半日(わずか!)休まなければ、小学校6年生のときに3年間連続皆勤賞ももらえたはずでした。中学校と高校では、ばっちり3年間皆勤賞をいただきましたがね・・・。

つまり何がいいたいかというと、中学校、高校と決して楽しいことばかりではなかったけど、いじめやシカト(みたいな)ものに会いつつも、自分は常に(いやそうでもなかったかもしれないけど)顔や頬を上に向けて毎日学校に通いました。

強さ、タフさっていろいろな定義があると思いますが、クラス一の暴れん坊だったり力自慢でも結構簡単に風邪で休んだり、まあ暴れん坊に限って怪我をして学校を休むケースもあったりしたわけですが、私は、誰にでも学校に来る(たとえ嫌でも)という面では、つまり気迫というか気合では誰にも負けていなかったと思います。‘ずる休み’なんて全く考えられなかったし。つまり私の辞書にそのコトバはありませんでした。キッパリ。

そういえば、前の会社の直属の上司というか先輩も元気で(乱暴?)な人でしたが、とにかくタフな方でした。実は彼も小学校から高校まで無遅刻無欠席だということを何年か後になにかのきっかけで本人から聞いて、さもありなんというか笑ってしまった記憶があります。徒然草の吉田兼好も言っていますが、大体、元気な人は病弱だとか弱い人の気持ちがわからなくて、「健康なひと」は「友とするのにわろき人」だそうです。自分もそうなっていないのか意識しているので、折に触れて反省というか、時々に自分の言動を振り返るようにしています。

今改めて思うのは、やっぱり人間、心技体というと大げさなのですが、まず体も心も健康であってほしいものだなと思います。前の会社のとき隣の(道向かいの)商社の先輩が、「(体育会系で)脳みそも筋肉」と冗談めかして商社マンの実態?を話してくれましたが、まず体が第一。これは本当のことです。頭も心もまず体が結構で丈夫でなかったら、どうしても弱気になったり悪いことを考えてしまいがち。

前職で見聞きした先輩や仲間との日々を今、しみじみ振り返って思うと、海外の仕事をずっと30年も40年もやり続けてきた人たちは、間違いなく「サバイバー(生還者)」であるといえます。大体、誰も只者ではない^^?ちなみにアメリカで「ザ・サバイバー」というのはほぼ間違いなく朝鮮戦争やベトナム戦争からの生還者、それも傷痍軍人などを指します。英語の辞書の意味以上に深い意味があるものなのですね。コトバって。

ところで上司というか同じチームで働いた先輩に、よく海外の現場で、「豚やろう」とか「死ね」といって小突かれましたが(まあ誰とは言いませんが^^?)、同じチームの先輩の誰もが厳しく‘訳の全くわかっていない’若造を、よく鍛えてくれたものだと思います。思えば、いろいろバカなことばかりやってきましたが、よくもまあ野放しというか自由にやらせて、失敗をしてもよくもまあ(しっかりと)尻拭いをしていただいたものだと思います。

若気の至りとかいいますが、現実の海外の仕事の現場では、バカなことをすれば間違いなく「死」にます。しかもツーリストやひとりの旅人ならまだよい(よくありませんが)。今の開発コンサルタントの人がどう意識というか自覚しているのか知りませんが、ホンの10年ほど前は、JICA(現 独立行政法人 国際協力機構)の仕事で海外に行くときには、青パスといって、準公務員の外交官パスポートを渡航のたびに作ってもらっていたのです。つまり、身分は、JICA MEMBERとかJICA LEADERということで調査の対象である当該国そして経由地の国名しか入っていない一回しか使えないもので、JICAの依託職員という立場で仕事に臨んでいたのでした。

まあ、日の丸を背負っていたといえば‘コトバ’では簡単ですが、その緊張感たるや、上司や先輩が‘バカな’若者を罵倒してシバキ倒すのも理解できるというものでしょう。実際、バカなことをしてひとつ事件に巻き込まれれば、個人や会社の恥に納まらず日本人の特に日本の外交政策にも影響を与えかねません。外交官パスポートを持ったものが死んだり誘拐されたりした日には!、もう想像つきますよね。イラクのNGO諸君がゲリラ?に拘束された問題で「自己責任」論議が日本の各界で沸き起りましたが、途上国の開発援助のプロである開発コンサルタントの我々からしてみれば、「‘素人’が何(バカなこと)をやっているんだ」というのが偽りのない本音でした。

若い人にはっきりいっておきます。とにかく、海外の仕事は民間であろうが政府の仕事であろうが「生きて還ってくる」ことが一番大切なことです。どんなことに巻き込まれても、逃げれるのであれば、命からがら逃げ帰ればよい。中途半端な「英雄的な精神」や、「自己犠牲」は全く‘無駄’だし、‘あなた’の「自己満足だけ」のために死ぬのはそもそも卑怯だし、絶対に‘残された人たち’のことを考えてください。これは家族や友人に限らずあなたが死んだことにより、あなたの‘遺体’のみならず、あなたが投げ出した‘全て’の尻拭いをせざるを得ない(多分あなたの会ったこともないさまざまな多くの)人たちのことをしっかりと胸に刻んで行動してください。

偉そうなことを言っていますが、そういえば、この言葉も、とあるJICAの現地事務所長の言葉でした。「部下の(若い)駐在員にいつも言っていることだが」という前置きの中で、「お前の仕事は、現地で成果を挙げることでもなんでもなく、とにかく‘生きて(日本に)還ってくること’が一番、最優先されるべきだ」と折節に後輩に語っているそうです。実際に、自分でも経験がありますが、海外赴任というと、とかく意気込んでそれなりの活躍をして手土産やり手柄という実績をもって帰任したいと誰もが思うものです。でも、いろいろありますわなあ。相手国の政府や政治の問題、自分もつまらないトラブルに巻き込まれる怖れもありますが、そもそも途上国相手の仕事が、すぐに赴任早々に軌道にのって、とんとん拍子ですすむ‘わけ’がない。

海外での赴任生活に慣れるだけで、少なくとも半年、カウンターパート(相手国政府の役所や役人)との人間関係を作るので最低でも1年、できれば2年、つまり会計年度でいう2サイクルはほしいところ。ちょっと現地や現地の人たち(カウンターパートを当然含む)に慣れた頃には、もう帰国間近であるというのは、よく聞く話ですし、実際に私も、ちょっと軌道に乗りかけるまで、やはり‘丸2年’はかかりました。

特に若いうちは熱意が空回りして初めての海外駐在では、ほぼ間違いなく現地のみんなの‘お荷物’にはなっても、‘手土産’を日本にもって帰ることはできません。でもいいのです。JICAでも商社でもメーカーでも海外駐在をやるような人たちは、何度となく海外赴任の機会はあり、それぞれ違った立場で現場に立ち向かいます。平たく言うと、「リベンジ」は可能なのです。その雪辱を味わったその国でリベンジできるのは稀だとしても、どこかで失敗をバネに結果として成果を挙げてくれれば。組織としては。だからこそ「死ぬなよ」ということなのです。

私も今は両親と田舎に住んでいますが、生涯であと1、2回は海外駐在(2年とか5年くらい)なら可能だと思っていますし、その気はあります。いちおう誰がこのメールを読んでいるのかわかりませんので、本音を言っておきます。機会さえあえば、周囲の状況が許せば、世界のどこへでも飛びまっせ!とは、ここではっきり言っておきます!(リクルート?よろしくお願いします。まだFA宣言していませんが、10年以内にはなんとか次のステージの目処を立てますので^^?)

なにか、雑談ばかりになってしまいましたが、強引にまとめると、まあ振り返れるふるさとというか学園があることはやはりいいことだということ、そのときその場でできることをとにかくやりきること、心身ともに健康であること(そうであったほうがいいよということ)。まあ、これらのことはいつでもどこでも何歳になっても言えることですがね^^?

そうだ、今日の美中祭で、中学生の合唱コンクールの後で、PTAのママさんコーラスのOGたちのグループがゲスト公演をしたのですが、その一曲が、アンジェラ・アキの「手紙~拝啓十五の君へ~」でした。まだ、40歳にもならない若造としては、まだこの曲を聴いて涙を流したくないなあ、と思いつつ、歌詞とハーモニーに聴きいっていました。ちょっと‘だけ’、眼に涙を浮かべて^^?

さて、今回のブログ更新の報告です。とりあえず2点のみピックアップしました。

その1. 「歩く仲間」のHPの前身となる「大阪便り」を外大時代に発刊したのが、平成元年(1989年)12月15日となります。まあ何を「歩く仲間」の始まりとみなすかは微妙な問題でもありますが、仮に、この個人通信(B5版片面刷り)とすれば、あと1ヶ月で、ちょうど丸20年となります。

『大阪便り』及び『江戸瓦版』・・・‘歩く仲間’前史
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/o000.htm

いろいろ20周年記念のイベントなどを考えていますので(その実施は来年から)、そのプレセッションとして過去記事の紹介をちょっとずつしていきたいと思います。

その2. 2009年6月26日に急死した「マイケル・ジャクソン論」を書きついでいます。

まだまだ書きかけですが、いちおう3本の論文?を書きましたのでお披露目しておきます。

「マイケル・ジャクソン 『スリラー』 25周年」 2008年2月21日作成(以下同)
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/02/25_6dda.html

「マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 2009年10月28日全世界同時公開」 2009年11月14日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/this-is-it-c986.html

「フィンガー5 『個人授業』(Finger 5 First Album)あるいは‘和製ジャクソン5’のこと」 2009年11月15日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/finger-5-first-.html

長文ついでに、「マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 2009年10月28日全世界同時公開」から、ちょっとだけ本文を引用させていただきます。
今、映画 『THIS IS IT』 は、まだロードショーにかかっていますので、マイケル・ジャクソンを知っている人も知らない人も、ぜひぜひ観にいってやってください。いろいろな‘気づき’があると私は信じます。

「~前略~

今までは、マイケルのビートの効いた「踊り」と、もうこれはジャクソン5時代からの天性‘歌’のうまさに眼をくらまされていたというか、少なくとも私は、実はソロ以降のマイケルの曲は唄の歌詞を考えたり読むものではなく、ただなんとなくビートで心地よく聞く(聞き流す)もの、ダンスシーンで無駄にむやみに消費される‘街’の音楽というかさざめきとでもいうような街のビートのひとつでしかなかったと思います。

しかし、改めて、ヒット曲の歌詞の内容をつぶさにみてみると、耳や体に心地よい‘ビート’としてのみ聞き逃してよかったものなのか、もっと真摯‘唄’の心に想いを寄せる必要があったのではないのか。

いや、今からそれを始めようと思います。実は、マイケルの‘別’の読み方、聴き方を示唆していただいたのが、大学の恩師の先生でした。たまたま大阪に行ってお会いした折に、非常に、マイケルの話で盛り上がってしまって・・・。まあ、その方向での私の読みというか‘聴き込み’は、まだこれからなので、一旦、この映画についてまとめます。

世界中から‘カリスマ’であるマイケルとの競演することを夢見てオーディションに参上した何十カ国からの若者達や、競演のミュージシャン達。この映画は、作為がないというかリハーサル映像やコンサート用に準備したビデオクリップなどを、淡々とつなぎ合わせただけのものですが、いかにマイケルが‘人’を愛したのか、また人から愛されたのか、天才といってもよいと思いますが、当代稀有の天才ミュージシャンのマイケル、超一流の仕事の流儀というか、一流のプロの仕事がいかようなものなのか、またその一流のものどおしの競演=コラボレーションが如何に凄いものを生み出すのか、生み出しうるのかということを、われわれは追体験することができます。

バックミュージシャンやダンサー達が如何にマイケルを尊敬して慕っていたのかは置いておいても(当然、わかることですが)、逆にマイケルが如何に謙虚にスタッフみんなを盛り立て盛り上げ、彼‘のみ’に見えていた‘ビジョン’にみんなを導こうとしていたのか、天才の、いや凄い人の本当の‘凄さ’を魅(見)せつけられた気がしました。

とにかく、凄い人ほど、謙虚で頭が垂れているということを見ただけでも、私には非常に大きな収穫でした。‘凄い’人で、威張ったり人を脅かしたり、ハッタリをいう人はいない(はずだ)ということを感じただけでも眼が肥えたという感じです。つまり如何にも偉そうにする人ほど‘小者’で‘偽者’であるかということですね。他山の石というか、これから人生を生きてゆく上で、非常なヒントになりました。

さて、この映画だけだと実は私のマイケル理解に不足がありました。先に話した恩師より教えてもらった『ライブ・イン・ブカレスト』(1992年にチャウセスク政権崩壊直後のルーマニアはブカレストで行われたマイケル・ジャクソンの全世界ツアーである「デインジュラス・ツアー」の記録映像)を、この映画をみた後で買って、今日実際に見てみて、非常にストンとマイケルの凄さとこの映画の凄さがわかりました。

今思うと、アルバム『スリラー』の佳曲「ヒューマン・ネイチャー」は今でも好きだけど、「ブラック・オア・ホワイト」、「アース・ソング」、そして何より「マン・イン・ザ・ミラー」のメッセージが非常に気になるというか心に刻まれました。

「マン・イン・ザ・ミラー」自体は、アルバム『バッド』に収録されているので1987年の作品なのですが、やはりこれがその後のマイケルの大きなターニングポイントになったのではないか、新しいNEWマイケルの萌芽が既に1987年の段階であったのかということを感じさせます。

識者が、「オバマが今(大統領で)いるのは、マイケル・ジャクソンがいたからだ。彼(黒人大統領)の出現を50年早めた」というような主旨のことを発言したとメディアが報じていましたが、この「マン・イン・ザ・ミラー」を聴いて、その歌詞を読んで、それかもしれないと素直に思いました。オバマ大統領の好きな「チェンジ」も「イエス・ウィ・キャン」もマイケルやそれ以前の黒人歌手や運動家が何度となく歌って語ってきたことなのではないか。

特に、この「マン・イン・ザ・ミラー」=すなわち‘自分’が、まず変わる(チェンジする)こと、世界を変えるには「マン・イン・ザ・ミラー」から変えるしかないというメッセージは、今でもというか20年後の今でこそその普遍的な価値をもって語り継がれる、いや歌いつなぐべきことなのでしょう。

私の2009年のベストな‘泣ける唄’は、今、この場で「マン・イン・ザ・ミラー」であることを宣言?してこの項を終えたいと思います。

~後略~」

このあとで、書いている自分もびっくりの「マイケル=キリスト 殉死(パッション)説」なるものの可能性について気がついてしまったというか言及しています。このテーマは実は非常に展開がおもしろくなりそうなテーマなので、改めてもう1本、別の問題とも絡めて近日中に文章にするつもりです。

長々と長文につきあっていただきありがとうございました。貴重なお時間をありがとうございました。

また気になったら、私のブログやミクシイのコミュなりに足あとを残して言っていただけますとさいわいです。もちろんメッセ大歓迎です。

この地球の空の下、どこかでまたお会いしましょう。

ではでは^^?

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2009年10月 5日 (月)

その先にある世界 ~今、考えていること~ 「歩く仲間通信10月4日号の補足」

昨日(10月4日)送信した「歩く仲間通信」の続きですが・・・^^?

その先にあるものとして、やはり「ひとりではいけない(たどり着けない)世界」に虹?の橋をかけることを考えています。

つまり、私のライフワークの究極としては、「人を育てたい」というのがあります。

このこと自体、やはりもう10年ぐらいずっと暖めていた構想なのですが、しばやんスクール(学派)をつくりたい。

「歩く仲間」という‘オープン’・フォーラムを言いながら、なに権威主義的な俗っぽいことをいっているのだとたしなめられそうですが、本音としては、‘自分’学派を創りたいと思っています。

古代アレクサンドリア図書館のことをご存知の方があるかと思いますが、エジプト古代文明の頃から、‘知の殿堂’は人類の発展の大きな原動力となってきました。

アレクサンダー大王の師のアリストテレスでさえも、アレクサンドリアの門下生でした。その知の殿堂が、ギリシアでムセイオン(今のミュージアムの原型)となり、ギリシア・ローマでは、さまざまなスクール(学派)が生まれました。

中近東でも、イスラーム世界でも、「バイト・ゥル・ヒクマ(知の家)」、「ダール・アル・ヒクマ(知の館)」など、いろいろな名前で、さまざまな王朝下で、知の殿堂の火は脈略と継承されていきました。

その伝統に則るわけでもありませんが、師と途を求めるものが集い互いに精進しあう場は古今東西、どの世界でも必要でしたし、いつでもどこにでもあるのです。実際に。

近くの衆議院選の話題でいえば、「松下政経塾」、ちょっと100年さかのぼれば、早稲田大学、慶応義塾、松下村塾、すべてきわめて特異な‘個人’を元に生まれた‘私’塾です。

ちょっと話が飛びますが、たとえば10年間はマリン業界でベストな営業企画マンを目指しますが、その先には自分の名前だけで生きていきたいと思っています。

京大の森毅先生ではないですが、「フリーター」とでも言いましょうか。鶴見良行、鎌田慧ではありませんが、あえて「裸足の研究者」なり‘個人’のルポライターを目指したいと思います。

宮本常一さんや鶴見さんではありませんが、現役最後の10年ぐらいは、大学で学生を教えたいと思っています。そういえば、宮本さんも鶴見さんも後輩の育成に心と力を砕きました。

やっぱり高校生、大学生くらいの若い人たちと共に語り、自分のできたことできなかったことを謙虚に振り返りながら、‘その先にある世界’を模索していきたい。そんなことを思っています。

今の段階では、そこにいくまでどんなルートがあるのか全然わかりませんが思っていればなんとかなるのでしょう。きっと^^?

ちょっとした未来予想図!?

2013年、 歩く仲間25周年記念誌 「歩く仲間~歩きながら考える アラブ・イスラーム×開発(民俗)学×海洋(民俗)学」とでも言った本を出版します。

2020年 ? 

ただ今ふと思ったのは、今でも講義もできるし、論文を書くことも出来るわけだ。

でも、今の本業は「マリングッズ屋のお兄さん」なので、そこでベストをつくします。夢は夢として。

「夢をもちんしゃい。所詮、夢は夢だから」 by 佐賀のがばいばあちゃん

ではでは^^?

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2009年10月 4日 (日)

【歩く仲間通信】 転職1年目のご挨拶

本日、転職1年目ということで『歩く仲間』の皆さんに、本当に久しぶりにメールを出しました。(ほぼ1年ぶりですか)。若干、内容を修正して、ここにアーカイブしておきます。

ではでは^^?

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みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

ご無沙汰しております。
しばやん@愛知です。

昨年(2008年)6月にフィリピンのマニラ駐在から帰国後、事情により10月1日にマリングッズの販売店に転職したわけですが、おかげさまで転職1年目を無事勤め上げる?ことができました。

この半年ほど全く連絡が取れない(とりたくない)時期(つまりくじけそうなとき)もありましたが、ようやくこの1ヶ月でなんとか本来の自分といいますか自信を取り戻すことができました。

本当にとあるきっかけなのですが腐っていた時に、ホンの1ヶ月ほど前のとあるきっかけで、自分のプライドというかやる気にスイッチを入れられたような気がします。

気が向かないというか心が入らないときって必ず誰にもあると思います。心を閉じてしまうと何も頭に入らないし、体も動きません。生ける屍という言葉がありますが、朝起きて食って寝てという何の目的も感動もない生活をしばし送っていましたが、その気になれば、なんとかなるものです。

というか、「何とかなる」と思っているうちは、何ともなりません。

自分で、「何とかしなければならない」と思わない限り「何ともならない」。

当たり前のことかもしれませんが、今回、改めてそんなことを思いました。

そういえば、(大学)進学のときも、就職のときも一旦ダメかと追い詰められて、何とか自分で(できることを)しようと人生に立ち向かったときに突然、道は開けたというか物事が動き出したことがありました。火事場の馬鹿力と申しましょうか、‘本気’で取り組んだら、結果というか成果がついてきた。まあ、そんな経験は誰しもあると思いますが、私にとっては3回目の転機だったような気がします。

では、簡潔に近況をご報告します。

マリングッズや通信販売部門にいるのですが、10月決算なので、そのとりまとめと来年度の事業計画の具体化を専務の骨太の方針を受けて、考えています。とりあえず今、来年度のカタログ作りの準備に取り掛かりだしました。

あんた、転職一年目の人間が、ボート用品やセーリング用品、アウトドア用品の担当と
してお客様の質問の回答や商品企画、広告企画をしているわけですから。

まあ、やるしかないし、自分にはできるからやらしていただいているわけですし、そこにしかこの場にいる‘存在理由’がない。与えられた場で全力で取り組むしかない、そんなことを考えています。

公の場は、そういうことにして、私の部分では、「海洋民俗学」に取り組みたいと思っています。

人生10年説というのをどなたかに聞いたか本で読んだ記憶があるのですが、それによると私の場合、こんな感じです。

        時 期            テーマ              アウトプット
1期: 大学~開発コンサルタント時代 (1988~2003)  「アラブ・イスラーム研究」  「アラブ・イスラーム学習ガイド(1991)」、「アラブ・イスラーム地理書・旅行記勉強会(2001頃)」

2期: 開発コンサルタント時代  (1992~2008)     「開発民俗学の提唱」    「開発民俗学への途(第1部)」 (2000~2008)」 その他

3期: マリングッズ屋のお兄さん(これから) (2008~)  「海洋民俗学の研究」    これからの課題

ということで、まあ人生、‘一粒で二度おいしい’どころか、三味めを楽しもうと思っています。

傍からみるとてんでばらばらみたいですが、どれも私の根源的な問いかけ、経験からでた必要性に駆られてやってきたことで、自分の中では全てリンクしており、補完関係にあるものです。

ともあれ、そのときそのときの場で多くの人生の師というか、学問の師にめぐり合ってきました。
別に特別な経験をしたわけでなく、その場で教わったことを自分なりに書き留めてきただけともいえます。

ただ、間違いなく言えるのは、1期では、大阪外国語大学の池田修先生、竹田先生のみならず板垣雄三先生を筆頭に日本中東学会の多くの先生方の謦咳に直接触れてきたこと、2期では、日本の開発コンサルタントの草分けのひとつである企業に勤めて、まさに日本の政府開発援助の生き字引であるような諸先輩方に仕事を教えていただく機会があったこと、しかもどんなときも、志や関心を同じくする‘仲間’が、自分の周りにいたということです。

自分が学んだこと、感じたことを社会に還元するというとおこがましいですが、私はともかく接してきた先輩方が、当代その分野の一流の人たちばかりであることは自信をもっていえます。

(だからどうだといわれても困るのですが^^? それをふまえて私は‘自分’のためのメモを残してきました。)

ということで、今は愛知の田舎にいますが、海も空も世界につながっておりますし、私は私で今後もブログ、HPやミクシイのコミュニティで発信を続けてまいります。

適当に覗いてやって、たまには声をかけていただけるとうれしいです。

HP: 『歩く仲間 ・・・ 歩きながら考える 世界と開発』 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/

ブログ: 『ブログ版 歩く仲間』 http://arukunakama.cocolog-nifty.com/
      『Life, I Love You!』 http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/
      『じゃんだらりんでいこまい WE♡岡崎@三河の國』 http://arukunakama.cocolog-nifty.com/jandararin/

ミクシイ: 『ブロフ』 http://mixi.jp/show_friend.pl?id=11744733
  コミュニティ管理人  『開発民俗学~地域共生の技法』 http://mixi.jp/view_community.pl?id=2498370
               『海洋民俗学~海からみる世界』 http://mixi.jp/view_community.pl?id=4578156
※ミクシイの記事は、SNSのため会員しかみることができません。もし関心がございましたら、私までご連絡ください。

この地球の空の下、どこかでまたお会いしましょう。

ではでは^^?

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2009年2月10日 (火)

歩く仲間通信 2009年1月18日 <アーカイブ>

「歩く仲間通信」というメルマガ?を不定期でお世話になった方々に配信しております。以前の記事ですが、こちら(ブログ版 歩く仲間)にも自分の覚えとして転載しておきます。

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たびたびお騒がせして、申し訳ありません。

しばやん@愛知です。

今回は、みなさまのお力をお借りしたくて連絡させていただきます。

昨日、後述のような日記(ブログ)を書いたのですが、やはり本当にこんな現状であってよいのかということで問題提起させていただけたらと思います。

「知は力なり ただしそれは開かれたものでなくてはならない」

これは、私が大学時代に学んだというか悟った?ことで、20年来のクルド(信条)としていることですが、残念ながら‘知’を悪用というか自分のことだけに利用している方が最近、とみに多いように見受けられます。

当然、ご察しのとおり、‘知’というのは「知識」とか「科学技術」だけでもなく、もっと平たくいえば‘人類が獲得してきた知の体系’と申しましょうか、人の秘め事とか弱点を‘知る’こととか、原子力開発などあらゆるレベルの‘知’で、それは、やはり人を貶めたり傷つけたりする‘ため’のものではないということです。

情報化社会といわれて久しいですが、そのような高度な情報を持ったものがもたないものを差別したり支配しようとする動きがあるかに思われる現況があるように思います。たとえばこの20年くらいのアメリカのハリウッドの近未来を扱った映画など。もとよりこれは原作があってものもあるでしょうので、映画というより文学、マンガ、ゲーム?などのあらゆる分野のクリエーター達が体感的に予言していることなのかもしれませんが。

獏とした話になってしまってすみませんが、最近、ミクシイというSNSの世界で、「Life is Life 」というバンドルネームをもつ方をお見かけしました。元は、マザーテレサの言葉の一節ということですが、下記に孫引きさせていただきます。

「マザーテレサの言葉  Life Is ... 

Life is an opportunity, benefit from it.
Life is beauty, admire it.
Life is bliss, taste it.
Life is a dream, realize it.
Life is a challenge, meet it.
Life is a duty, complete it.
Life is a game, play it.
Life is a promise, fulfill it.
Life is sorrow, overcome it.
Life is a song, sing it.
Life is a struggle, accept it.
Life is a tragedy, confront it.
Life is an adventure, dare it.
Life is luck, make it.
Life is too precious, do not destroy it.
Life is life, fight for it. 」

私は彼女にもコメントしたのですが、「Life is life, fight for it」という最後の一節がピンと来ませんでした。「fight =闘う」ものなのかと。

昨日、会社の帰りによったブックオフという古本屋で、たまたま、峠三吉の『新装・愛蔵版 原爆詩集』 合同出版 1995 をみつけて早速、購入しました。詳細は、別の機会に紹介することになると思いますが、そうだ、私も「fight for 」しているテーマがあることを思い起こしました。

中学1年生のときに、この詩と「にんげんをかえせ」という10フィート運動でアメリカから買い戻した広島原爆のドキュメンタリー映像(映画)に出会ってから25年間、私も確かに「闘い」続けてきたのでした。

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog088.htm
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r005.htm

「知識」や「知ること」自体は、すぐには即物的には何の「力」にもなりません。

でもそれをきっかけに何かに「気づき」、「行動する」ことにより大きな「力」になりうるし、もう日本だけに限らず、世界中は「気づいてしまった」仲間が多くいることを私は体験というか実感として知っています。 なぜなら今、このメールをご覧になっている皆様は、私がそのような方と思ったからこそご連絡を差し上げているのですから。

(否定される方もいらっしゃるかもしれませんが^^?まあ一方的なラブレターということで流してください。)

今年の「歩く仲間」ではやはりというか引き続き次のテーマをしつこく追っかけていきたいというか、いかないといけないと改めて思いました。よろしくご高覧とコメントをお願いいたします。

「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

長文、失礼いたしました。これに懲りずにたまにはしばやんに絡んでやってください。

今年もよろしくお願いいたします。

ではでは^^?

-------------------------------(昨日の日記の引用です)------------

2009年1月18日 (日)のブログ 
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/01/post-cf28.html

14年目の阪神大震災と、今現在のパレスチナ情勢に想うということで、今日は阪神大震災の記事を書こうと思ったのですが、実は今、現在のパレスチナ情勢のほうが気になってしまって・・・。

とりあえず後者については「ブログ版 歩く仲間」でちょっと力を入れて取り上げています。

★ 混迷のパレスチナ情勢にアラビスト・しばやん起つ^^? 2008年1月8日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-c5fe.html

★ なぜ今、中世アラブ・イスラーム地理学・旅行記なのか? (2002年の記事の再掲です。) 2008年1月8日 
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-0af2.html

★ マザーテレサは、「愛の反対語は、無関心」 といいました^^? 2009年1月14日http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-c75d.html

★ ガザのこどもたち さらーむ(アラビア民族学者の片倉もとこ先生のメッセージです。)2009年1月16日 

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-6cf2.html

★ アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩) ((c)1991) の目次です。2009年1月17日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/1991-b295.html

ぺこぺことキーボードを叩いている場合かと思いつつも、「今、この場所で、自分のできることをやる」しかないと思います。

とりあえず今日は、おやすみなさい^^?

ではでは^^?

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