‘わたし’の平和学~冬が来る前に!

2009年11月16日 (月)

【歩く仲間通信】 歩く仲間20周年プレセッション&「マイケル・ジャクソン論」(途中ですが^^?)

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。日本もいよいよ冬らしく、日々寒くなってきました。新型インフルエンザなど、みなさまお元気ですか。

柴田 英知 @愛知です。

前回は、転職1年ということで、ちょっとまじめ?な話題でしたが、今回は、近況報告などなどです。

さて、今日(2009年11月15日)、姉の長女、長男、つまり私の姪っ子、甥っ子になるわけですが、彼らの学祭というか「美中祭」なるものに両親といってきました。

美中すなわち愛知県岡崎市の公立(市立)美川中学校は、私と姉、さらには両親の母校でもあります。(ちなみに弟だけは、新しく小学校区にできた竜南中学校です。)思えば、1985年3月に卒業しているので、既に24年も経ったことになります。

メインは、クラス対抗の合唱コンクール。そういえば、私の3年5組は、この合唱コンクールで学年優勝したんだよなあなどということを思い出しながらステージを見ていました。ところで、知っている方にご報告。昨年、講堂というか体育館が建て替えとなって、今回の舞台は新築1年目の体育館で、なんだこれといった感じで、古い体育館はすでになく時間がなくてキャンパス(とはいわないか)?をみる時間的な余裕がなかったのですが、いろいろ校舎もグランド周りも変わっていて何か全然違うところに来たみたい。でもあえて言えば、桜の木とか植物だけは変わっていなかったみたい。でも、もう20数年ぶりにきてみれば変わっているのも当たり前のことですよね^^?

で、話を戻すと、やっぱり学生時代というかその時にしかできないことってあるし、やっぱり中学生はいつの世にあっても中学生らしくあってほしい、そんなことを感じました。

実は、私は田舎が嫌いで、特に狭い?人間関係が嫌で中学生、高校生の頃から地元を離れることを考えていました。広い世界つまり海外への憧れは小学生の頃からあったのも事実ですが、やっぱり田舎に埋もれる?ことを本能的に怖れていました。

この土地で生まれて育って、また地元の人と結婚して、絶対に地元から出たくないという考え方の人も少なくありません。きっと。でも自分は、とてもそんなことは考えられなかった。絶対に東京に行って‘世界を股に架けて働く’ということを小学生、中学生のときから考えていました。

ところで小中高のエピソードをひとつ。実は、小学校4年生から高校3年生まで無遅刻無欠席なんです。私^^? 正確にいうと小学5年生の2月の半日でればいいだけの土曜日に休んでしまったので、小学校5年生だけは皆勤賞をもらえなかったのですが、半日(わずか!)休まなければ、小学校6年生のときに3年間連続皆勤賞ももらえたはずでした。中学校と高校では、ばっちり3年間皆勤賞をいただきましたがね・・・。

つまり何がいいたいかというと、中学校、高校と決して楽しいことばかりではなかったけど、いじめやシカト(みたいな)ものに会いつつも、自分は常に(いやそうでもなかったかもしれないけど)顔や頬を上に向けて毎日学校に通いました。

強さ、タフさっていろいろな定義があると思いますが、クラス一の暴れん坊だったり力自慢でも結構簡単に風邪で休んだり、まあ暴れん坊に限って怪我をして学校を休むケースもあったりしたわけですが、私は、誰にでも学校に来る(たとえ嫌でも)という面では、つまり気迫というか気合では誰にも負けていなかったと思います。‘ずる休み’なんて全く考えられなかったし。つまり私の辞書にそのコトバはありませんでした。キッパリ。

そういえば、前の会社の直属の上司というか先輩も元気で(乱暴?)な人でしたが、とにかくタフな方でした。実は彼も小学校から高校まで無遅刻無欠席だということを何年か後になにかのきっかけで本人から聞いて、さもありなんというか笑ってしまった記憶があります。徒然草の吉田兼好も言っていますが、大体、元気な人は病弱だとか弱い人の気持ちがわからなくて、「健康なひと」は「友とするのにわろき人」だそうです。自分もそうなっていないのか意識しているので、折に触れて反省というか、時々に自分の言動を振り返るようにしています。

今改めて思うのは、やっぱり人間、心技体というと大げさなのですが、まず体も心も健康であってほしいものだなと思います。前の会社のとき隣の(道向かいの)商社の先輩が、「(体育会系で)脳みそも筋肉」と冗談めかして商社マンの実態?を話してくれましたが、まず体が第一。これは本当のことです。頭も心もまず体が結構で丈夫でなかったら、どうしても弱気になったり悪いことを考えてしまいがち。

前職で見聞きした先輩や仲間との日々を今、しみじみ振り返って思うと、海外の仕事をずっと30年も40年もやり続けてきた人たちは、間違いなく「サバイバー(生還者)」であるといえます。大体、誰も只者ではない^^?ちなみにアメリカで「ザ・サバイバー」というのはほぼ間違いなく朝鮮戦争やベトナム戦争からの生還者、それも傷痍軍人などを指します。英語の辞書の意味以上に深い意味があるものなのですね。コトバって。

ところで上司というか同じチームで働いた先輩に、よく海外の現場で、「豚やろう」とか「死ね」といって小突かれましたが(まあ誰とは言いませんが^^?)、同じチームの先輩の誰もが厳しく‘訳の全くわかっていない’若造を、よく鍛えてくれたものだと思います。思えば、いろいろバカなことばかりやってきましたが、よくもまあ野放しというか自由にやらせて、失敗をしてもよくもまあ(しっかりと)尻拭いをしていただいたものだと思います。

若気の至りとかいいますが、現実の海外の仕事の現場では、バカなことをすれば間違いなく「死」にます。しかもツーリストやひとりの旅人ならまだよい(よくありませんが)。今の開発コンサルタントの人がどう意識というか自覚しているのか知りませんが、ホンの10年ほど前は、JICA(現 独立行政法人 国際協力機構)の仕事で海外に行くときには、青パスといって、準公務員の外交官パスポートを渡航のたびに作ってもらっていたのです。つまり、身分は、JICA MEMBERとかJICA LEADERということで調査の対象である当該国そして経由地の国名しか入っていない一回しか使えないもので、JICAの依託職員という立場で仕事に臨んでいたのでした。

まあ、日の丸を背負っていたといえば‘コトバ’では簡単ですが、その緊張感たるや、上司や先輩が‘バカな’若者を罵倒してシバキ倒すのも理解できるというものでしょう。実際、バカなことをしてひとつ事件に巻き込まれれば、個人や会社の恥に納まらず日本人の特に日本の外交政策にも影響を与えかねません。外交官パスポートを持ったものが死んだり誘拐されたりした日には!、もう想像つきますよね。イラクのNGO諸君がゲリラ?に拘束された問題で「自己責任」論議が日本の各界で沸き起りましたが、途上国の開発援助のプロである開発コンサルタントの我々からしてみれば、「‘素人’が何(バカなこと)をやっているんだ」というのが偽りのない本音でした。

若い人にはっきりいっておきます。とにかく、海外の仕事は民間であろうが政府の仕事であろうが「生きて還ってくる」ことが一番大切なことです。どんなことに巻き込まれても、逃げれるのであれば、命からがら逃げ帰ればよい。中途半端な「英雄的な精神」や、「自己犠牲」は全く‘無駄’だし、‘あなた’の「自己満足だけ」のために死ぬのはそもそも卑怯だし、絶対に‘残された人たち’のことを考えてください。これは家族や友人に限らずあなたが死んだことにより、あなたの‘遺体’のみならず、あなたが投げ出した‘全て’の尻拭いをせざるを得ない(多分あなたの会ったこともないさまざまな多くの)人たちのことをしっかりと胸に刻んで行動してください。

偉そうなことを言っていますが、そういえば、この言葉も、とあるJICAの現地事務所長の言葉でした。「部下の(若い)駐在員にいつも言っていることだが」という前置きの中で、「お前の仕事は、現地で成果を挙げることでもなんでもなく、とにかく‘生きて(日本に)還ってくること’が一番、最優先されるべきだ」と折節に後輩に語っているそうです。実際に、自分でも経験がありますが、海外赴任というと、とかく意気込んでそれなりの活躍をして手土産やり手柄という実績をもって帰任したいと誰もが思うものです。でも、いろいろありますわなあ。相手国の政府や政治の問題、自分もつまらないトラブルに巻き込まれる怖れもありますが、そもそも途上国相手の仕事が、すぐに赴任早々に軌道にのって、とんとん拍子ですすむ‘わけ’がない。

海外での赴任生活に慣れるだけで、少なくとも半年、カウンターパート(相手国政府の役所や役人)との人間関係を作るので最低でも1年、できれば2年、つまり会計年度でいう2サイクルはほしいところ。ちょっと現地や現地の人たち(カウンターパートを当然含む)に慣れた頃には、もう帰国間近であるというのは、よく聞く話ですし、実際に私も、ちょっと軌道に乗りかけるまで、やはり‘丸2年’はかかりました。

特に若いうちは熱意が空回りして初めての海外駐在では、ほぼ間違いなく現地のみんなの‘お荷物’にはなっても、‘手土産’を日本にもって帰ることはできません。でもいいのです。JICAでも商社でもメーカーでも海外駐在をやるような人たちは、何度となく海外赴任の機会はあり、それぞれ違った立場で現場に立ち向かいます。平たく言うと、「リベンジ」は可能なのです。その雪辱を味わったその国でリベンジできるのは稀だとしても、どこかで失敗をバネに結果として成果を挙げてくれれば。組織としては。だからこそ「死ぬなよ」ということなのです。

私も今は両親と田舎に住んでいますが、生涯であと1、2回は海外駐在(2年とか5年くらい)なら可能だと思っていますし、その気はあります。いちおう誰がこのメールを読んでいるのかわかりませんので、本音を言っておきます。機会さえあえば、周囲の状況が許せば、世界のどこへでも飛びまっせ!とは、ここではっきり言っておきます!(リクルート?よろしくお願いします。まだFA宣言していませんが、10年以内にはなんとか次のステージの目処を立てますので^^?)

なにか、雑談ばかりになってしまいましたが、強引にまとめると、まあ振り返れるふるさとというか学園があることはやはりいいことだということ、そのときその場でできることをとにかくやりきること、心身ともに健康であること(そうであったほうがいいよということ)。まあ、これらのことはいつでもどこでも何歳になっても言えることですがね^^?

そうだ、今日の美中祭で、中学生の合唱コンクールの後で、PTAのママさんコーラスのOGたちのグループがゲスト公演をしたのですが、その一曲が、アンジェラ・アキの「手紙~拝啓十五の君へ~」でした。まだ、40歳にもならない若造としては、まだこの曲を聴いて涙を流したくないなあ、と思いつつ、歌詞とハーモニーに聴きいっていました。ちょっと‘だけ’、眼に涙を浮かべて^^?

さて、今回のブログ更新の報告です。とりあえず2点のみピックアップしました。

その1. 「歩く仲間」のHPの前身となる「大阪便り」を外大時代に発刊したのが、平成元年(1989年)12月15日となります。まあ何を「歩く仲間」の始まりとみなすかは微妙な問題でもありますが、仮に、この個人通信(B5版片面刷り)とすれば、あと1ヶ月で、ちょうど丸20年となります。

『大阪便り』及び『江戸瓦版』・・・‘歩く仲間’前史
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/o000.htm

いろいろ20周年記念のイベントなどを考えていますので(その実施は来年から)、そのプレセッションとして過去記事の紹介をちょっとずつしていきたいと思います。

その2. 2009年6月26日に急死した「マイケル・ジャクソン論」を書きついでいます。

まだまだ書きかけですが、いちおう3本の論文?を書きましたのでお披露目しておきます。

「マイケル・ジャクソン 『スリラー』 25周年」 2008年2月21日作成(以下同)
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/02/25_6dda.html

「マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 2009年10月28日全世界同時公開」 2009年11月14日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/this-is-it-c986.html

「フィンガー5 『個人授業』(Finger 5 First Album)あるいは‘和製ジャクソン5’のこと」 2009年11月15日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/11/finger-5-first-.html

長文ついでに、「マイケル・ジャクソン 『THIS IS IT』 2009年10月28日全世界同時公開」から、ちょっとだけ本文を引用させていただきます。
今、映画 『THIS IS IT』 は、まだロードショーにかかっていますので、マイケル・ジャクソンを知っている人も知らない人も、ぜひぜひ観にいってやってください。いろいろな‘気づき’があると私は信じます。

「~前略~

今までは、マイケルのビートの効いた「踊り」と、もうこれはジャクソン5時代からの天性‘歌’のうまさに眼をくらまされていたというか、少なくとも私は、実はソロ以降のマイケルの曲は唄の歌詞を考えたり読むものではなく、ただなんとなくビートで心地よく聞く(聞き流す)もの、ダンスシーンで無駄にむやみに消費される‘街’の音楽というかさざめきとでもいうような街のビートのひとつでしかなかったと思います。

しかし、改めて、ヒット曲の歌詞の内容をつぶさにみてみると、耳や体に心地よい‘ビート’としてのみ聞き逃してよかったものなのか、もっと真摯‘唄’の心に想いを寄せる必要があったのではないのか。

いや、今からそれを始めようと思います。実は、マイケルの‘別’の読み方、聴き方を示唆していただいたのが、大学の恩師の先生でした。たまたま大阪に行ってお会いした折に、非常に、マイケルの話で盛り上がってしまって・・・。まあ、その方向での私の読みというか‘聴き込み’は、まだこれからなので、一旦、この映画についてまとめます。

世界中から‘カリスマ’であるマイケルとの競演することを夢見てオーディションに参上した何十カ国からの若者達や、競演のミュージシャン達。この映画は、作為がないというかリハーサル映像やコンサート用に準備したビデオクリップなどを、淡々とつなぎ合わせただけのものですが、いかにマイケルが‘人’を愛したのか、また人から愛されたのか、天才といってもよいと思いますが、当代稀有の天才ミュージシャンのマイケル、超一流の仕事の流儀というか、一流のプロの仕事がいかようなものなのか、またその一流のものどおしの競演=コラボレーションが如何に凄いものを生み出すのか、生み出しうるのかということを、われわれは追体験することができます。

バックミュージシャンやダンサー達が如何にマイケルを尊敬して慕っていたのかは置いておいても(当然、わかることですが)、逆にマイケルが如何に謙虚にスタッフみんなを盛り立て盛り上げ、彼‘のみ’に見えていた‘ビジョン’にみんなを導こうとしていたのか、天才の、いや凄い人の本当の‘凄さ’を魅(見)せつけられた気がしました。

とにかく、凄い人ほど、謙虚で頭が垂れているということを見ただけでも、私には非常に大きな収穫でした。‘凄い’人で、威張ったり人を脅かしたり、ハッタリをいう人はいない(はずだ)ということを感じただけでも眼が肥えたという感じです。つまり如何にも偉そうにする人ほど‘小者’で‘偽者’であるかということですね。他山の石というか、これから人生を生きてゆく上で、非常なヒントになりました。

さて、この映画だけだと実は私のマイケル理解に不足がありました。先に話した恩師より教えてもらった『ライブ・イン・ブカレスト』(1992年にチャウセスク政権崩壊直後のルーマニアはブカレストで行われたマイケル・ジャクソンの全世界ツアーである「デインジュラス・ツアー」の記録映像)を、この映画をみた後で買って、今日実際に見てみて、非常にストンとマイケルの凄さとこの映画の凄さがわかりました。

今思うと、アルバム『スリラー』の佳曲「ヒューマン・ネイチャー」は今でも好きだけど、「ブラック・オア・ホワイト」、「アース・ソング」、そして何より「マン・イン・ザ・ミラー」のメッセージが非常に気になるというか心に刻まれました。

「マン・イン・ザ・ミラー」自体は、アルバム『バッド』に収録されているので1987年の作品なのですが、やはりこれがその後のマイケルの大きなターニングポイントになったのではないか、新しいNEWマイケルの萌芽が既に1987年の段階であったのかということを感じさせます。

識者が、「オバマが今(大統領で)いるのは、マイケル・ジャクソンがいたからだ。彼(黒人大統領)の出現を50年早めた」というような主旨のことを発言したとメディアが報じていましたが、この「マン・イン・ザ・ミラー」を聴いて、その歌詞を読んで、それかもしれないと素直に思いました。オバマ大統領の好きな「チェンジ」も「イエス・ウィ・キャン」もマイケルやそれ以前の黒人歌手や運動家が何度となく歌って語ってきたことなのではないか。

特に、この「マン・イン・ザ・ミラー」=すなわち‘自分’が、まず変わる(チェンジする)こと、世界を変えるには「マン・イン・ザ・ミラー」から変えるしかないというメッセージは、今でもというか20年後の今でこそその普遍的な価値をもって語り継がれる、いや歌いつなぐべきことなのでしょう。

私の2009年のベストな‘泣ける唄’は、今、この場で「マン・イン・ザ・ミラー」であることを宣言?してこの項を終えたいと思います。

~後略~」

このあとで、書いている自分もびっくりの「マイケル=キリスト 殉死(パッション)説」なるものの可能性について気がついてしまったというか言及しています。このテーマは実は非常に展開がおもしろくなりそうなテーマなので、改めてもう1本、別の問題とも絡めて近日中に文章にするつもりです。

長々と長文につきあっていただきありがとうございました。貴重なお時間をありがとうございました。

また気になったら、私のブログやミクシイのコミュなりに足あとを残して言っていただけますとさいわいです。もちろんメッセ大歓迎です。

この地球の空の下、どこかでまたお会いしましょう。

ではでは^^?

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2009年9月29日 (火)

ハナミズキ ~ 再掲 「2年目の9.11(ナイン・イレブン)の前に考える (自分の頭で考えるということ) 2003年9月9日」

最近、8年目のセプテンバー・イレブンについて、「Life, I Love You!」で触れることがありました。

「一青窈 『ハナミズキ』 9月に忘れてはいけないこと。 2009年8月23日」

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/09/post-6efc.html

それをきっかけに自分としても過去の記事を読み直してみました。

「わたし’の平和学~冬が来る前に!」 『ブログ版 歩く仲間』

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

その中で、懐かしい記事を発見。「歩く仲間HP」にこんな記事が埋もれていましたので、この機会に再掲しておきます。

「2年目の9.11(ナイン・イレブン)の前に考える (自分の頭で考えるということ) 2003年9月9日」 (オリジナルはこちら→ http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00020.htm

あと2日で、世界は二度目の9月11日を迎えようとしている。確かにこのアメリカでおこった同時多発テロ以降、世界は変わったという識者が大勢いる。世界中が、この何の罪もない(少なくとも個人的な恨みから殺されたわけでない)多くの人たちのために祈ったのもつかの間、その心からの自省(これはテロを引き起こした側にも、起こされた側にも、そしてその他、見守るしかなかった全ての人たちに等しく求められたことであろう)と祈りからほど遠く、アフガニスタンへの戦争、そしてイラク戦争と、力と力の応酬への突っ走ってしまった。イラク戦争が‘片付けば’達成できると、アメリカがおろかも夢想した「中東和平のためのロードマップ」に関しても、もうすでに暗礁に乗り上げようとしている。

 もうなるようになるしかないさ。とことんまで(いきつくところまで)いけばいい。(そして選ばれたものだけが残ればよい。)

 キリスト教の思想に「千年王国」というものがある。仏教にも彼岸のかなたに極楽浄土があるという考え方がある。最近、オウム真理教の活躍?によって、20世紀末に世界中を震撼させた「ハルマゲドン」という考え方も、衆目に新しい。

いずれもかなり宗教的な概念で、私は宗教的にきっちりと押さえているわけではないこと、および本文は、特定の宗教(の一部の考え方)や宗教自体を否定するものではないことは、最初にはっきりと断っておく。

 しかしである。これらの考え方は確かに今の世界では特に誘惑にみちていて、つらいときほどすがりたくなるいわば蜜の味をもっている。これらの考え方を、否定できるほど、私自身つよいものではないことは事実であるし、そのような人間を否定することは決してできない。

でも「今がつらくても未来や死後の世界には天国がある」という考え方は、そう、自爆テロを繰り返すアメリカのいう「テロリスト」と全く根本では同じ考え方ではないか。結局、「自分」のことしか考えない(考えられない)ものの言い草なのではないかと思う。

自分だけ生き延びたいと考えるものも、自分の死によって「世の中」を変えたいと願って死ぬものも、根本では同じことを考えている。これは、非常に矛盾というか不思議な論理だと思いませんか。

私はあえて問いたい。本当の人々の闘いは、今この場所からそれぞれの立っている足元から始まるべきことを。確かに「山のあなたに 幸いを求め」たい気持ちはわかる。そんなに素晴らしい世界が、仮にあるのなら、誰もが行きたいであろう。むのたけじ氏は、『詞集たいまつ』の50に、このように言っている。

「遠い空も近くの空も、一つの尾根だ。山のかなたの空にあるものは、山のこなたの空にあるものである。山のこなたにないものは、山のかなたにもない。」

 いま考えなくてはならないことは、決してあきらめないこと、絶望にかられたとしても投げ出さないこと、「山のかなたの世界」に幸せを求めないこと。あなたが死を選べば、あなたにとっての世界は終わり、もしかしたら「あなた」自身は、天国にいけるのかもしれない。しかし、残された人たちにとっても、この地球はかけがえのないもので、あなたの自分の勝手で、「こなたの世界」に住んでいるものたちを傷つけることは、やはり許されないことなのではないか。

以下、非常に長くなるが、最近何度目かに読み返して、気がついた宮本常一氏の文章を引用したい。(『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993、146頁を参照)

終戦直後の昭和21年に渋沢敬三氏を東京に尋ねた折の時のこと。

「ちょうど役所(先生は当時大蔵大臣であった)から帰ってきた先生は「幣原さん(当時首相)は大変なことを考えておられる。これから戦争を一切しないために軍備を放棄することを提唱しようとしておられる」と昂奮気味に話された。

「軍備を持たないで国家は成り立つものでしょうか」とおたずねすると「成り立つか成り立たないかではなく、全く新しい試みであり行き方であり、軍備を持たないでどのように国家を成立させていくかをみんなで考え、工夫し、努力することで新しい道が拓けてくるのではないだろうか。一見児戯に等しい考え方のようだが、それを国民一人一人が課題として取り組んでみることだ。その中から新しい世界が生まれてくるのではなかろうか」と言われた。」

この文章に引き続き、宮本氏自身のこの課題に対する決意が述べられるのであるが、このあとについては、ぜひ直接、読んでいただくことをお勧めする。

私も、エチオピアとの30余年の独立戦争を経て1993年に独立したエリトリアや、2002年5月20日に独立したばかりの東チモールなどにも仕事でいく機会があったのだが、これらの内戦が続いた国ばかりでなく、たとえばアジアの比較的平和なタイなども含めて、どの国にいっても、軍隊と警察権力のないところはないことを肌で感じていると思う。アメリカの留学生誤殺事件の際に、日本でも武器を日常的に市民がもっていることに対して大きな議論が沸き起こったこともしているが、世界の常識からしてみれば、やはり、軍隊や武器などの目にみえる力を持たない「国家」はありえないと思う。(よく誤解されているのだが、永世中立国のスイスでさて、自国の軍隊をもっているのである。)

そんな中で、第2次世界大戦後、63年間も非戦を貫いてきた日本は、やはりそれなりに評価されてよいのではないか。確かに、日本の自衛隊は、統計的にも、世界第3位の軍事力である。確かにアメリカの軍事力の傘の下で平和を享受してきたのも事実であるし、自衛隊という目にみえる「軍隊」が存在していることが、今まで日本に対する軍事的圧力を退けてきた事実については、決して否定できない。

最近、イラク立法に見られるように、自衛隊自体の役割も大きくかわりつつあり、また憲法改正の声も大きくなってきた。確かに今は昔ではなく、世界中が大きく変わってしまったのも事実である。しかし、わずか60年前には、日本も敗戦国であり途上国であったこと、その焼け跡から驚異的に復興して「高度成長」したという事実と、その出発点として、上記の渋沢氏がおっしゃったことを、多分、日本人の誰もが自分の問題として考えていたという事実を決して忘れてはならないと思う。

逆に今の時代だからこそ、たとえつたない経験であっても、借り物の言説ではなく、もう一度、自分の頭で考えることが求められていると思う。

以 上

より深く理解するために)

○ 宮本常一 『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993

 本文を参照。

○ 文部省教科書 『あたらしい憲法のはなし』 

 豆腐屋さんが復刻した本ということで、当時話題になった終戦直後の憲法読本(教科書)。私は、今でもこの日本国憲法の第9条を解説した部分を読むと、その崇高な理念とそれを学童に教え説こうとした執筆者の熱意に目頭が熱くなってくる。たぶん、本文で触れた渋沢敬三氏の言葉にあるようなことを、まさにみんなで考えようとしていた時代を感じることができる。近年、童話社から廉価版が出版されるようになったことは、大変喜ばしいことだと思う。

○ むのたけじ 『詞集 たいまつ』 評論社 1997

 むの氏の詞は、金八先生の言葉として脚本家の小山内美江子氏がTV劇中で取り上げたことから、結構なにげに知られているかもしれない。私は、武田鉄矢氏の『言葉をもらいに・・・ 人を旅する』三笠書房知的生き方文庫 1986での、武田氏とむの氏の対談で、この詞集の存在を知った。なお、新書版の『詞集・たいまつ I~IV』評論社もある。

○ グレース・ハルセル/越智道雄訳 『核戦争を待望する人びと 聖書根本教義派潜入記』

 朝日新聞社 朝日選書

 少し古い本で、絶版かもしれないが、大きな本屋や古本では手に入ると思う。多分、15年ぐらい前に出版された頃に読んだと思うが、非常に空恐ろしい内容であった。つまり「千年王国を実現するために、(みずから)ハルマゲドンを引き起こそう」という人たちの本である。オウムの事件があったときに、真っ先に、この本のことを思い出した。日本でも世界でも20世紀末から今日にかけて終末思想が、ちまたでも盛んに語られるようになったが、私はその不安心理自体が事件を引き起こしているようにしか思えない。

○ 岡倉古志郎 『死の商人』 新日本出版社

 この『死の商人』は当初、岩波新書で出版された。確か(新版)を中学生時代(かれこれ20年前になりますか)に読んで、大変に衝撃を受けた経験がある。今、手元になくて、この9・11以来、大変気になって古本を探していた。たまたまこの文を書くために目録を探したら新書版で復刻されたことを知って、なにか私としてもラッキーである。

○ ドキュメンタリー映画『チョムスキー9.11 Power and Terror』 監督:ジャン・ユンカーマン、音楽:忌野清志郎 企画・製作:株式会社シグロ、発売:日本ヘラルド映画㈱、販売:パイオニアLDC㈱ 2002

○ 監修 鶴見俊輔 『Noam Chomsky ノーム・チョムスキー アメリカこそ世界最悪のテロ国家だ』 リトル・モア 2002

 チョムスキーは生成文法を唱えた言語学者として有名であったが、ベトナム反戦から始まる戦う知識人としての側面を、2002年の7月頃、出張先の東チモールでたまたま知り合ったアメリカに留学していた友人から知った。日本に帰ってみると、9月には、上記の映画が公開されるという。映画館には結局いけなかったが、DVDとビデオが発売されているのを知って早速手に入れた。

“誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい。”

以前は東京の大きな書店では平積みされていたが、地方ではどうであろうか。手に入れにくいかも知れないが、ぜひチョムスキーのアメリカでの講演会の記録を映像で体感してほしい。

○ 現代思想編 『総特集イラク戦争 中東研究者が鳴らす警鐘』 「現代思想」4月臨時増刊 2003 vol.31-5 青土社 2003

 2003年3月20日のイラク戦争の会戦直後に緊急出版された日本の一線で活躍する研究者28名による専門論考集。片倉もとこ先生の「「ひらの人」のネットワーク 文化人類学の視角から」という論文を立ち読みして、とりあえず4月頃には手に入れていたが、まだ私自身読みきっていない。非常に密度が濃くて、各論文とも熟読にあたいすると思うが、惜しむらくは専門哲学雑誌なので、どれほど「普通」の人の目にとまるかである。地理書勉強会でも、この本を紹介したのだが、その席で、「いっそのこと、別冊宝島みたいなムックにしたほうが売れるんじゃない」という話題になった。これは、真摯な編集者の方や実際に執筆された先生方を茶化すつもりは全くないのだが、わたしは、「知識人」である学者と「ひらの人」との乖離の一端をみたような気もした。これは決して、非難するつもりは全くない。多くの執筆された先生方の多くは、私自身、以前より直接個人的にもお知り申し上げており、お会いする機会にはいろいろお話もする間柄であることも、念のため申し添えておく。

○ CNN ENGLISH EXPRESS編 『永久保存版 イラク戦争スペシャル』 「CNN ENGILISH EXPRESS」2003年6月号増刊 朝日出版社 2003

 イラク戦争直後に出版されたCNNライブCD[53min.]付の雑誌特集である。ご丁寧にも、「湾岸戦争」と「9.11」のニュース記事についても、イラク戦争と同列に扱っている。(逆にいえば、いかにこれらの‘事件’が恣意的かつ一体のものかがわかる。)

英語学習教材とはいえ、ニュース記事とCDによるオリジナル音声の特集は、結構ありそうでなく、後になれば貴重な現代史の資料となろう。時事的な雑誌なので、あえてここで取り上げることにした。

以 上

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2009年2月18日 (水)

「時代の子」の意味について <天才論 その3>

少し間が空いてしまいましたが、天才論のその3にいかせていただきます。

前回、天才は所詮、‘時代の子’であるというところで終わっていました。

ここから語り継ぐにあたって、‘時代’についての考察をもう少し深めてみます。もうネタばれになってしまうのですが、ここで私が言っている‘時代’を‘パラダイム’と読み替えてもよいでしょう。

これは歴然たる真実だと思うのですが、天才とされる人たちは、ほぼ例外なく「自分が何をやっているのか」について自覚している、もしくは確信しているということがいえます。前回、半歩先をいくトレンドメーカーの話を例にだしましたが、天才は‘天才的な’‘閃き’をもつばかりではなく、それがどれほどのものなのかを案外と自覚していると私は思います。

こんな話があります。ホイチョイ・プロダクションというトレンドメーカーの(マンガ家)集団の社長さん(代表?)が雑誌かマンガのインタヴュー記事(たしか対談記事)でこんな主旨のことを語っていました。

このホイチョイ・プロダクションは、つまりトレンドメーカーというか、たしかマンガ雑誌とかで若者向けとかいわゆるこれからはやりめのトレンドを分析して先取りして大衆?に示すという木村和人みたいないわゆる‘トレンドメーカー’なのですが、あるインタヴューでこの社長さんが、次のような質問を受けました。

「(トレンドメーカーの)○○さんの今まであった映画で一番お薦めの作品は何ですか?」

答えて曰く、「その時々で、最高だとされているランキング一番のもの」

この話を読んで、ミュージシャンをやっている友達と話し合ったのですが、二人とも、「これは正しい」という話で落ち着きました。

つまりミュージシャンの彼と話したというところがミソなのですが、通例、このような場合、インタヴューアーも含めて、そんなトレンドメーカーといわれる人は、一体、どんなマイナーな素晴らしい(隠れた)名作を紹介してくれるのだろうと期待するわけです。しかし、一番平凡というか、世のランキングの一番。

友達と話したのは、「そうそう、生半可な奴ほど、(普通)人との違いを強調したがる。」ということでした。特にミュージシャンなんて、人との差別化が商売みたいなものです。また、私もかなりのへそ曲がりなのですが、世間ではやると逆に天邪鬼に、(音楽を)聴いたり(映画を)見に行きたくなくなるものです。そして、自分はこんなマイナーなすごいのを知っているとかついつい自慢したくなるじゃないですか。俺は、一般大衆と違う(すごい奴な)のだと。

でも、トレンドメーカーと呼ばれる人ほど、実際の普通の人が好きなものを熟知している。逆にそれを知らずして、「人の半歩先」を歩くことができないわけです。

ミュージシャンの友達との話に戻ると、「いくら通の間で評判が悪かったり、へたな奴(ミュージシャン)でも、大衆に受けるということは、それなりのものはもっているんだよね」ということです。

人を感動させるのは、緻密で計算しつくされた(心のない)演奏や技巧(テクニック)ではありません。‘へたうま’とはよく言いますが、なにかいくらつたなくても伝えたいもの、伝わるものをもっている、そもそも大衆に受けるとは、そんなことだと友達は言っていました。

ちょっと脱線が過ぎたようですが、つまり、どんな‘天才的なこと’であれ、その時代に受け入れられ、しかもそれなりに支持されないことには、まったく(その時において)意味を成さないのです。

ちょっと訂正、‘まったく’というのは言いすぎですね。よく「早世の天才」とか「時代が早かった」天才論がなされることはあることですが、そのような後から発見された「天才」がいないわけではありませんが、歴史をみてみても、そのような天才が後世において、発掘されることは非常にまれです。

大体、天才をでっちあげるというか後世で持ち上げる人というか黒幕が必ずいるわけです。ちょっといやな言い方をしましたが、そのような「発見された天才」は大抵、‘発見した人’の意図というものが間違いなくあり、それは取り上げられた‘天才’が望んだであろう‘評価’とは別の側面で価値づけされることが、ままあります。それがいいとか悪いとか、当然、個々の場合で違いますし、ここで一概にいうこともできませんが、後世の人が発見した「天才」は一般的にちょっと注意が必要です。

さて、後世で発見される場合にせよ、その「天才」は、発掘や発見されるだけの「なにか」を在命中に残さなくてはなりません。

その「なにか」とは、別に本や論文など‘書かれたもの’でもなく、単になんらかの‘物語’であればよいわけです。その天才の‘言動’が何らかの形で伝わればよいわけです。本人が残さなくても、周りにいる人がそれを語り伝えればよいわけですから、極端なこと、ひとつの‘武勇伝’となるような行動を一度でも起こせば、その‘武勇伝’が必要となる範囲でそれは、‘物語’となり‘伝説’となるわけです。そういう語り伝えの伝言ゲームの世界の中で、「田舎のおっちゃん」の「とある言動」が「天才」の「伝説」となりうるのです。

もうここでお気づきになられた方もいらっしゃるかと思いますが、つまり「天才」や「英雄」はそんな「世の中」の雰囲気の中でつくられていく場合が多いし、その「天才」なり「英雄」が重宝されるのは、みんなの役に立つというか好ましい言動だけがその「伝説」として語り継がれるのです。

結局、「天才」とは過去であれ未来であれ、その「時代」を生きる普通の人たちが評価するものであり、決して「自称天才」はありえないというか、そもそもお呼びではないのです。

話を戻しますと、「天才的な」ひらめきや言動をもった人は、間違いなく自分の言動が世間にどのように評価されるかということを自覚して行動しています。

卑近な例で言うと、将棋の羽生棋士や大リーグのイチロー、フィギアスケートの浅田真央さんでも、自分がやろうとしていること自分がしていることを、非常に冷静に‘世界’の中に位置づけていると思います。そうです。彼らは確信をもって‘天才的’なパフォーマンスを世界に見せ付けてくれているのです。逆に無意識にまたは無自覚に‘天才的な’ことをする人は、非常に珍しいのではないのでしょうか。

つまり、何をすれば‘世界’や‘世間’が認めてくれるのか、その壁なり頂点を見極めた上で努力を続けているのか「天才」の世界だと思うのです。

話を学問の世界にもっていっても、いわゆる「大先生」といわれるような方は、私が知っているだけでも例外なく、謙虚にしかし貪欲に‘世界’のスタンダードというものを知ろうとしています。学問の世界でも、どの世界でもそうですが、プロの世界では年の老若は実はあまり関係がありません。手塚治虫が、最晩年まで同業の漫画家やクリエーター達に嫉妬してどんな若い人に対してでもライバル心を抱き続けたことは非常によく知られた話ですが、大家といわれる人ほど、新しいもの好きで、若者の動きもしっかりウォッチしているのが世の常のようです。

ちょっと話が飛ぶようですが、「天才的」な人ほど、‘世界’のレベルを知っているし、‘大衆が求めているもの’を知っている、もしくは知ろうとしている、さらには、彼らにわかってもらえるような伝達の手段を考えている。こんな気がします。

「天才の俺様のいうことがわからない‘大衆’はバカだ」という天才は古今東西をみても、絶対にありえなかったと私は思います。

逆にわかってしまった「天才」には、彼や彼女なりが達しえたものを広く‘大衆’に伝える義務があります。その「天才的な」ものを広く人と分かち合うことができてやっと人は彼や彼女を「天才」だと認めるのです。

そういう意味で、天才は「大衆性」をもたなくてはならないし、その言動は、いわば誰にでもわかる「普遍性」をもたなくてはならないのです。もし「天才」として‘世界’や‘世間’に認めてもらいたいのであれば。

その‘世界’なり‘世間’を考えると、いよいよ「パラダイム」論に入っていかなくてはなりません。

とりあえず、今日のところはここまで。

ではでは^^?

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2009年2月 7日 (土)

等身大の‘世界’を知る・感じるということ

「Life, I Love You!」のほうに、アメリカ合州国の新しいオバマ大統領の就任演説について記事を書きました。

オバマ大統領就任演説 <アメリカ合州国に目が離せない> 2009年2月7日http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/02/post-dff9.html

本当にこれほど時代の移り変わりといいましょうか、世界の動きの激しさに右往左往してしまうとき、どこに自分のアンカー(碇)を置くのか。どこに自分のコンパスをかざすのか、それが非常に大切なことになっています。

情報の爆発というか、もう何がなんだかわからなくなっているこの時代、2001年の9月11日以来、世界が変わったといわれますが、混迷を続けるこの21世紀の10年を見ても、一概に一方的に世界が悪くなったとも思えない。

新しい何かが生まれつつある、そんな予感を感じています。

情報爆発、これは、今までの大本営報告(情報)のみを信じなくてはならない時代とは一線を画し、誰もがどのような情報にでも(ある程度の限度はありますが)、以前に比べて格段に簡単にアクセスできるようになりました。

ゴミ情報も増えたが、本当の貴重な情報(それは個人の発信が多い)にも触れやすくなった、さまざまなリアリティ(現実感)がより身近に感じられるようになった、そのメリットは非常に大きいと思います。

世界に対して、ビビルことなく、ありのままにとらえていく、見せ掛けだけの虚勢や虚言に惑わされない、‘理念’より‘実践’や‘実態’そのものを見据えていく、そんなことが必要な世の中だと思うし、いい加減、口先だけの‘政治家(屋)’や、‘先生(有識者といわれる人たち)’にうんざりしているのが、今の日本だと思います。

そういう意味では、老若男女を問わず、個々の生き方そのものが問われている、それは、やはり時代の流れであるし、そういう意味では‘厳しい’世の中になったといえるかもしれません。

ともあれ、われわれは、居心地のよかった(と思える)昔に戻ることはもうできません。悲しいけれど、パラダイム自体が変わりつつあるなかで、‘変わらない’という選択肢を選ぶことは、非常に厳しい。でも、それでもあえて‘変えなくてもよい’ことはあるはずだし、勇気を振り絞って‘変えないこと’を選択することは、非常に難しいが必要なことでもあるといえます。

今までのように、誰か偉い人がいて、みんながみんながといって、わけのわからない‘世間’に流されていれば良しという時代は過ぎ去りました。これからは、自分で判断をしていかなくてはなりません。

そんなときに必要なことは、自分の‘等身大’の感覚をまずは信じることなのでしょう。だって、難しいことをいわれたって、‘自分’にはわからないのだったら、‘わかること’から始めていく信じてみることがまずもっては必要だからです。

自分で、みてきいてかんがえて、そんな歩みを続けていけたらと思います。

ではでは^^?

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2009年1月28日 (水)

いわゆる「天才(主義)」について <頭の整理>

ミクシイというSNSのとあるコミュニティで、トビ主(トピックを立てた人)とコミュニティのメンバーの方々と延々と、とある議題で盛り上がっているのを斜め横からみつつ、どうも自分自身も頭がこんがらがってしまいそうなので、あえて私自身のブログで私の考えの整理をしたいと思います。

ちなみに、元のトピックでのトビ主と参加者のやり取りに触発されたとはいえ、あくまで以下の論考での理解と分析は私にございますので、コメントは私までお願いいたします。

元のトピックを読まなくても文章として理解できるように論述するつもりですが、論理に飛躍がございましたらごめんなさい^^?

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1: 問題の所在: そもそも「天才」とはなにか?

元のトピックでは、トビ主が「天才」の定義なしに、議論を進めていますが、私は議論を進めるために、まず自分の理解する「天才」を定義しようと思います。

「天才」とは、文字からすれば「天賦の才能を持った人」。英語では「タレント」ともいわれますが、一般的な意味合いでは、これまで生きてきた実在の突出した人物をさしていることが多いと思います。まず定義としては、「今まで生きてきた」ここがポイントです。未来の来るべき「天才」は、今、現在の時点では定義も想定もできません。

では、今まで生きてきた実在の天才はと具体的にいうと、たとえば私の身近に感じる(考えるではない)ところは、スポーツ界では、野球選手の「イチロー」、将棋界では、「羽生善治」、フィギュアスケート女子の「浅田真央ちゃん」、マンガ界では「手塚治虫」でしょうか。芸術界でもいろいろありそうだし、さらに研究者という括りでは、さらに多くの「天才的」な人々が上げられるでしょう。

ここで、私は「天才的」という言葉をあえて使ったことに気がつきましたでしょうか。

私の問題提起は、果たして生まれてから死ぬまで一生「天才であった」人は実はいないのではないかということです。

勝負師やスポーツ選手など芸術や技術を‘みせる’人たちは、「天才」としてわかりやすいのでまず例に取り上げたいのですが、たとえばイチローは「4割以上」の打者でしょうか。棋士の羽生さんは、百戦練磨なのでしょうか。羽生さんでも今までの対戦成績は、7割にちかい6割で、それぞれの分野での一人者とも「天才」といわれる人でも100%の「天才ぶり」(=あえていうと)を発揮することはできないし、実際にそれは今の時点で不可能であるといえます。

つまり何がいいたいかというと、「天才」と呼ばれる人たちでも「100%完璧はない」。しかし、では何が凡人と違うかというと、「天才的な」瞬間を多くもっていたり、「天才的な」瞬間を長く再現できる、自分の意思で「天才的な」瞬間をコントロールできるという面で、人から大きなアドバンテージを得ている=それが勝負強さや成果(結果)につながっているといえると思います。

逆にいうと、誰にでも「天才的な」瞬間はあるのです。あってもその頻度が低いか、本当に神がかりというか自分ではコントロールできない「ひらめき」。

「天才性」というのは、そんな「天才的」な「ひらめき」をいうのだと私は定義したい。

つまり、誰もが「天才性」をもっている、「天才的」な「ひらめき」は、人生の中で何度か味わうことができることを、まず最初に述べさせていただきます。

2. では「天才」と呼ばれる人たちは、凡人とどう違うのか。

上記の「天才性」や「天才的」なものと、実際に「天才」とみなされる人たちとの具体的な関連は、また凡人との違いは一体何なのでしょうか。

これは、上記のイチローや羽生さん、真央ちゃんをみていただくとすぐにわかると思いますが、彼らは、突出した「天才的な」技術やひらめきをもっているだけではなく、その業界の中で、人一番努力し続けているということがいえると思います。

そうだ、柔道の「柔ちゃん」こと田村(谷)亮子選手を忘れていました。彼女が確かアテネオリンピックの前のインタヴューで語った言葉は、「世界一の練習をしたから負けるわけがない」。

つまり天才的な資質に加えて日々の努力をしていること、これが天才のひとつの典型であり条件の一つなのでしょう。

また浅田真央ちゃんがいっている「自分のベストをだしきる。最高の演技をする」という言葉にも、天才の秘密のひとつが隠れされています。

つまり、天才(的)な人は、たとえ百万とライバルがいようとも、自分を高めることに精一杯で、人を引きずり落とそうとか、人の足を引っ張ったりとか、ましてやライバルの失敗を祈ったりとか、そんなことは、‘全く’考えません。

自分のベストを出し切ることが‘全て’であると信じきっているのです。

別の言い方をすれば、「天才」は「自己責任を常に意識している」、自分を信じている(自信を持っている)ともいうことができましょう。

結局、ありきたりの答えになってしまいますが、天才とは、

「自分の能力を信じて、‘天才的なひらめき’を大切に、その才能や‘ひらめき’を磨き続ける、追究し続けるための日々の努力を怠らない人」ということもできましょう。

でも、こうして考えると、結局、「天才」も所詮は人間だなあと思いませんか。

‘天才的なひらめき’が、何であるのかは当然人によって違うのでしょうが、自分が「天才的だ」と思える自分の‘何か’を信じてそれを大切に磨いていく、そうすることが、それぞれの人生における「天才的」なものをなんらかの具体的なモノに変えていくことができるのです。

これは、あなたにも私にもできることです。そう自覚して自分を信じることさえできれば。

3. 客観的な「天才」とは。

「天才的」な「ひらめき」の大切さについては、前項で理解いただけたと思いますが、では本当の?いわゆる客観的にいわれる「天才」とは?

それは、「天才的な」ひらめきを他人から客観的に「具体的な見える‘モノ’」にまで昇華した人だけが、客観的な「天才」を名乗ることもできるし、人からそう称されるのです。

つまり、‘かたち’として具体的に実体をもった「天才性」を明示することができなければ、少なくとも他人からは「天才」として認められることはありません。

「自称天才」そんなものに全く価値がないことは、自称する‘本人’が一番わかっていることなのであえて繰り返しませんし、前述の「天才」を‘名乗る’人が本当にいるのか、私は疑問です。

何がいいたいかというと、「天才」は他人が評価することであって、自分で名乗るものでもことでもないのです。あと、真央ちゃんみたいに、自分の‘天才性’を案外自覚していない人(天才)がいるのかもしれない^^?

ただ、凡人のせめてもの慰めとして、「天才的な」瞬間が誰にでもあることは、互いに認めてもよいと思います。

自分を「天才」とはいわないまでも、「あれ、今の俺って‘天才的’じゃん」と自覚することは大いにありなのです。

ちょっと脱線しましたが、本論に戻ると、「天才」とは他人に認められるものであるし、認められるだけの‘何か’をモノにした人、時系列でいうと、誰にでもある‘天才的’な‘ひらめき’を、「誰でもみることができるモノ」にしてしまうことが、その人が「天才」たる最低条件なのです。

とりあえず、私が「天才」とは、と仮に問われたときに、上記のような理由と背景で‘定義づけ’するであろうことをここに表明いたします。

ところで、ある「天才」の「天才的」な部分と、そうではない部分が、当然のことながら同じ人間に同居することも申し添えておきますね。

「天才」だからって、「天才性」を発揮している部分に限らず、人として生きていくことに最低限必要なマナーなりルールを守らなければならないこともまたいわずもがななことです。

「天才」は何をやってもいいのか、自分の「天才性」を発揮できる分野でもわがままな好き勝手なことをしていいのか。当然、そんなわけはありません。

自称天才にありがちな話かと思いますが、そんなバカな話はありませんので、くれぐれも注意しましょう。自分の「天才性」を自分で褒めてあげてもいいです。そこまでは認めますが、それを盾に社会に楯突くというか反逆することはできません。常識で考えても。

そもそもいわずもがなの蛇足ではありますがあえて述べさせていただきました。

ではでは^^?

(天才論 1部 この項 了)

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2009年1月22日 (木)

イスラエルで反戦デモ <転載記事>

ミクシイの友人から日記の転載の許可をいただきましたので、以下、転載させていただきます。

陽ちゃんママさんの日記より。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1055976479&owner_id=6360679&comment_count=5

このトピックは、「ガザのこどもたちさらーむ」の記事の続報と捉えていただいて結構です。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-6cf2.html

ではでは^^?

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イスラエルで反戦デモ   2009年01月18日23:02
派遣村とガザ侵攻であけた2009年。
↓↓知らなかった。ので思わずコピーしました。

************************************
イスラエル首都でも市民が反戦に立ち上がる
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イスラエルのガザ侵攻に対して、3日(土)、イスラエル国内でも
大規模な抗議デモがありました。

テルアビブのデモでは、イスラエル全土から駆けつけた人々、
約1万人(!)が参加。イスラエルの人口は 700万弱、日本で
いえば 18万人(!!)が参加した勘定になります。

イスラエルの平和人権団体グシュ・シャローム(シオニスト左派)
が主導して、その他 23団体の呼びかけで実施されました。

同日、パレスチナ系人口の多い北部のサクニーンでもパレスチナ
系市民主体のデモがあり、こちらは 10万人が参加しています。
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-3649584,00.html

しかし、日本のマスメディアでは黙殺されているのではない
でしょうか? 紹介しているのは、オルターナティヴのメディア、
個人ブログだけです。

マスメディアも共犯して、あからさまな情報操作が行われている
ことを、如実に表わす一例です。

以下、グシュ・シャロームのウェブページより、同デモの記事の
邦訳です。
〔邦訳: 岡真理/TUP; 凡例: (原注) [訳注]〕
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2009年1月3日 (土)
テルアビブで大規模反戦デモ

エフド・バラク[イスラエル国防大臣]がガザに対する残虐な地上
攻撃を軍に命令していたその頃、テルアビブでは、イスラエル
全土から駆けつけた、戦争に反対するおよそ一万人の人々が、
一大デモ行進を行った。テルアビブの幹線道路のひとつである
イブン・グヴィロル通りの 4車線すべてデモの人々で埋め尽く
された。参加者は、ラビン広場からシネマテックまで2キロの
道のりをずっと歌を歌い、旗を振りながら行進した。

「選挙戦は子どもたちの死体の上でするものじゃない!」参加者
はヘブライ語で韻を踏みながら叫ぶ。「孤児や未亡人は選挙宣伝
の道具じゃない!」「オルメルト、リヴニ、バラク! 戦争は
ゲームじゃない!」「全閣僚が戦争犯罪者だ!」「バラク、バラク、
心配するな――ハーグ[国際刑事裁判所]で会おう!」「もうたく
さんだ――ハマースと話し合え!」

プラカードの文句も似たようなものだった。バラクの選挙スロー
ガンをもじったものもあった。たとえば「バラクに愛想がないの
は、殺人者ゆえ!」(バラクのスローガンの原文は「バラクに愛想
がないのは、指導者ゆえ!」)。こんなのもある「2009年『選挙』
戦争に反対!」「6議席戦争!」。これは、戦争初日の世論調査で、
バラク率いる労働党が 6議席獲得の見込みと出たことに当てつけ
ている。

このデモ実施の前には、警察との衝突があった。警察は、右翼の
暴徒がデモ隊を攻撃するのを抑えることができないからと言って、
デモを禁じるか、少なくとも制限しようとしたのだった。なかで
も、警察はデモの組織者たちに、参加者がパレスチナの旗を掲げ
るのを禁じるよう求めてきた。組織者たちは高等裁判所に請願し、
結果、裁判所は、パレスチナの旗を合法と判断し、警察にデモ隊
を暴徒から守るよう命じた。

デモの実施は、グシュ・シャロームと、平和のための女性連合、
壁に反対するアナーキスト、ハダシュ、オルターナティヴ情報
センター、ニュー・プロファイルなど 21の平和団体が決定した。
メレツとピース・ナウは公式には参加していないが、同団体の
多くのメンバーがデモにやってきた。[イスラエル]北部からは
約1000人のアラブ系市民が 20台のバスを連ねて到着した。
サクニーンで行われたアラブ系国民主体の一大デモを終えて
すぐその足で来たものだ。

組織者たちにとっても、これだけの数の参加者があったことは
驚きだった。「第二次レバノン戦争開始の 1週間後、私たちが
反戦デモの動員に成功したのは 1000人だけだった。今日、1万人
の人々が参加したという事実は、戦争への反対が今回ははるかに
強いことの証だ。もしバラクが自分の計画を続けるなら、世論は
数日で全面的に戦争反対に転じるかもしれない。」

グシュ・シャロームの巨大な旗にはヘブライ語とアラビア語と
英語で次のように書かれていた「殺すのを止めろ! 封鎖を止めろ!
占領を止めろ!」。これらデモのスローガンは、封鎖の解除と
即時停戦を求めるものだ。

この抗議行動の日、極右は力ずくでデモを粉砕するために動員を
かけた。警察は暴動の阻止に極力、努め、ラビン広場からシネマ
テック広場までの 1マイルの行進は比較的平穏に運んだ。しかし、
参加者が警察との合意に基づき解散し始めたとき、右翼の一大
群集が彼らを攻撃し始めたのだった。警察は、それまでは両陣営
を近づけさせないようにしていたのだが、その場から姿を消した。
暴徒はこのあと、デモ隊の最後尾の参加者たちを取り囲み、嫌が
らせをし、小突き回した挙句、デモ参加者たちの最後の何人かが
シネマテックの建物に逃げ込むと、建物を包囲した。暴徒は建物
の内部に押し入ろうとし、 デモ参加者を「片付けてやる」と
脅したが、ぎりぎりになって何人かの警官が到着し、入り口を
守った。暴徒たちは長いこと、その場を立ち去らなかった。

このような状況のため、行進の最後に予定されていた市民集会を
開くことは不可能となった。スピーチもなされなかった。以下は、
グシュ・シャロームを代表してウリ・アヴネリがするはずだった
スピーチの英訳である。


私たちは
裏切り者だといわれる。
私たちは
イスラエルを破壊する者だといわれる。
私たちは
犯罪者だといわれる。

しかし私たちは言い返そう、
犯罪者とは
この犯罪的で無益な戦争を
始めた者たちだと!

無益な戦争、
なぜなら政府が
150万の
ガザ住民に対する
封鎖をやめさえすれば
カッサーム・ロケットを止めることは
できたのだから。

犯罪的な戦争、
なぜなら、なによりもまず、
これは公然にして恥知らずにも
エフド・バラクとツィピ・リヴニの
選挙戦の一部だから。

エフド・バラクを告発する。
国会の議席数をふやすために
イスラエル国防軍の兵士を利用したかどで。

ツィピ・リヴニを告発する。
自分が首相に
なるために
殺し合いを奨励したかどで。

エフド・オルメルトを告発する。
悲惨な戦争を利用して
腐敗と汚職とを
糊塗しようとしたかどで。

ここにいる
勇気と分別ある聴衆を代表して
この演台から
私は彼らに要求する。
今すぐ戦争をやめよ!
無益に私たちの兵士そして市民の
血を流すのをやめよ!
ガザの住民の
血を流すのをやめよ!

地上部隊の侵攻によって
もたらされるは
さらなる惨事、
大虐殺の応酬、
そしてなにより
おぞましい戦争犯罪!

この戦争の後
どの将軍も
戦争犯罪のかどで
逮捕される恐怖を抱かず
欧州の地に
足を踏み入れることはできまい。
他に方法はないと
私たちは言い聞かせられている。
それは違う!!!
今でさえ、そう、まさにこの瞬間にも、
停戦は可能なのだ。
わたしたちが殺人的な封鎖を
解除することに同意するならば、
わたしたちがガザの人々が尊厳をもって
生きることを認めるならば、
わたしたちがハマースと対話するならば。

南部の人々、
スデロット、
アシュドッド、 ビールシェバの人々よ、
聞いてほしい。
私たちとてあなたがたの苦しみは分かる ――
ともに住んでいるわけではなくても、
よく分かっている。
でもこの戦争が
あなたがたの状況を変えはしないということもまた
私たちは知っている。
政治家連中はあなたがたを食いものにしている。
政治家連中はあなたがたに乗じて
戦争を行なっている。
あなたがたも分かっているでしょう!

オルメルト、バラク、リヴニに
要求する。
兵士をガザに送るな!
お前たち 3人とも、戦争犯罪人として告発されるだろう!
お前たち 3人とも、この代償を払うことになるだろう!

今、お前たちに敬礼している
イスラエルの大衆は
明日はお前たちを罰するだろう。
それが第二次レバノン戦争で
起こったこと。
それが今度もまた
起こるだろう!

そしてここに立っているみなさん、
老いも若きも
男も女も
ユダヤ人もアラブ人も、
この身の毛のよだつ戦争に
最初の日から、
最初の瞬間から、
孤立し毒づかれながらも、
抗議の声をあげたみなさん ――
みなさんこそが真の英雄です!

誇りに思ってください、
心から。
みなさんはヒステリーと無知の嵐の只中にいて
吹き飛ばされることもなく
しっかと立っているのだから!
家庭のなかだけでなく、
ここ街頭においても、
皆さんは正気を保っています!

世界中の何百万の人々がみなさんを見ていて、
敬意を表しています。
みなさん一人ひとりに。

一人の人間として、
一人のイスラエル人として、
一人の平和を求める者として、
わたしは今日
ここにいることを誇りに思います。


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原文: "MASSIVE DEMONSTRATION AGAINST THE WAR" (Saturday 03/01/09)
平和人権団体 Gush Shalom のウェブページ上の英文声明
URI: http://zope.gush-shalom.org/home/en/events/1231029668
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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2009年1月20日 (火)

愛知県でオフ会を企画しています。できれば2月8日に^^?

ミクシイというSNSで「開発民俗学 地域共生の技法」というコミュをやっているのですが、初回のオフ会を2月に設定したいと思います。

突然の申し出ですみませんが、できましたら、2月8日(日)に愛知県の岡崎の近辺、名古屋もしくは豊橋で。詳しい情報は、コミュのトピックで流しますので、ご関心のある方は、以下にアクセスを。 もちろんミクシイのメンバー以外の方の参加も大歓迎です。
生しばやんに会いたい方?はぜひご連絡ください。
(フィリピンで、「しばやんだ~」と全く見知らぬ人にいわれた日にゃー・・・。結構、個人的には感慨深いものがありました。正直言って。あと、私のHPとブログを全部読みましたという方もいらっしゃいました。A4でプリントアウトすると300枚以上はあるのではないでしょうか。かなりの分量があるはずなのに。自分ですら全部の記事を覚えていません^^?)
ともあれ、ミクシイに入っている方は、こちらもチェックしてください。
http://mixi.jp/view_event.pl?id=38962034&comment_count=1&comm_id=2498370


一部抜粋します。

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オフ会の議題その1「初顔合わせ フリートーク それぞれの開発民俗学」

っていっても、そもそも「開発民俗学」の定義なんて決まっていないので、平たくいきます。

1.このコミュニティの意図と展望(自己紹介もかねて) しばやんより
2.参加者の自己紹介 
3.共に取り上げたいテーマ (ブレインストーミング)
4.課題の設定 (2,3テーマくらいか、当然参加者にもよりますが)
5.テーマごとの今後の勉強会の方針の検討
6.ラップアップ

7.フリーセクション (お茶会もしくはお食事会)

とりあえずは、東岡崎の近辺の公共施設(一案として、りぶらの会議室←間違いなくかなり難しいですが、日程さえ決まれば、たとえば康生町の近辺の会議室の手配を行います。)と、二次会の設定

スケジュールとしては、午後1:30に会場に現地集合して4時か5時に終わって、お茶かお食事でもしましょうといった流れでしょうか。

もう少し、議題を練ってみます。

なにか議題や会場の場所などについてコメントがありましたらご遠慮なくご連絡ください。

ではでは^^?

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2009年1月19日 (月)

わたしにできること → 使ってやってください^^?

今日、岡崎のまちづくりのワークショップに参加してきました。

都心部の再開発がテーマなのですが、運営側のNPOの準備も基調講演も大変素晴らしく、有意義な会であったと思います。さっそく、私もNPOのメンバーにいれていただきました。

ところで、当たり前のことかもしれませんが、いるところには人がいるものだなあと実感。

まだ岡崎再デヴュー間もないですが、徐々に自分の生活圏を広げていきたいと思っています。

ところで、先般のパレスチナの記事について、ミクシイのほうで書き込みをひとついただきました。

「なかなかみたことも聞いたこともないところのことについては想像力が働かない。もっと身近で見たり触れたりすることのできる場所が必要ではないか」

やはり正確を期すために、ちょこっと引用させていただきますと、

「~略~

私の「リアル」じゃないんです。きっと多くの方がそうだと思います。

~略~ 写真や資料の展示会、イベントなど、自らの足を運んで見聞きできる・体験できる施設や機会が必要だと思います。

自分とは全く常識の違う世界。その世界の実情をいきなり理解しろ、というのは、口で言うより難しいことですよね。」

確かにおっしゃるとおりで、そのとおりです。

でも「リアル」ってなんだろう、最近とみに「想像力が大事」っていうけど、実は本当に非常に難しいことです。

でも、このコメント非常に参考になりました。

やはり私がやらなければダメだなと。リアルを伝えるには、リアルに生身の人間が語らなくてはならない。本やテレビでは発信側のメッセージは十分に伝えることができません。このミクシイやブログなどもしかり。

せめてというか地元岡崎でなんらかの発信ができるように‘手段’を考えてみます。ブログとかでのメッセージでは十分想いが伝えられないような気がします。たんなる一方的なメッセージではだめですね。

双方向のイントラクティブなコミュニケーションも模索してみます。

私にできそうなことやなにか要望がありましたら、ぜひぜひカキコしてやってください。

ではでは^^?

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2009年1月17日 (土)

アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩) (©1991) の目次です。

という記事の目次を紹介します。案内にあるように、私が大学生のときにつくったガイドですが、まだまだつかえるところもあるだろうということで^^?

最近結構いろいろなところでいっていることですが、どれほどまわり道であったとしても結局人間というか「生物は個体進化を繰り返す」しかないと思います。つまり‘自分本人’が学び続けなければ、何もわからないままで一生を終わってしまいます。

思えば、私も最近いい気になって、宮本常一氏の「あるくみるきく」を語っていますが、実はあまり言及されていないものの、彼の本当に尊敬できる点のひとつが「あるくみるきく」に加えて、というかその基盤として、膨大なモノ(文献資料など)を「読んでいる」ということです。

民俗学者「宮本常一」は、渋沢敬三との合作であって、渋沢翁が自宅のアチックミュージアムに宮本氏を居候させて彼の蔵書や人脈を自由に利用させなければ、宮本氏の「あるくみるきく」は非常に薄っぺらいものになっていたであろうと私は推測します。

私は、自分でやってきたという自負をもって、以下をご紹介します。当時手に入る限り、時間も自分の受容能力も省みず、書物を漁りノルマのように読みまくったという原体験は出来る限りの死力をつくしたということで、今でのひとつのよりどころとなっています。

当然、その後、17年の学問の進歩はすさまじいものです。でも、古典は古典であり、逆に基礎的なもののほうが一冊あたりの投資価値というか情報価値が多いです。どうしても後発組は先人の肩の上に乗って、その上に、少しを積み重ねる(それが難しい)わけですから、情報の密度は最初に言った人のほうが濃いです。

ともあれ、日本の中東研究者の言説はおもしろいです。巨人とでもいうべき学識が多くいるような気がしますね。身内びいきみたいですが^^?

ではでは^^?

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http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g000.htm

アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩) (©1991)



しばやんが、大阪外国語大学アラビア語学科の大学4回生の時にまとめた‘アラブ’や‘イスラーム’に関心がある人たちへの、究極?の学習ガイドです。(第一部、第三部)

また、リファレンスワーク(資料検索の初歩)について一章を設け、特に文系の資料検索にかかる‘コツ’みたいなものについてもふれています。(第二部) 

ただし、第四部、付録2については内容が古いので、利用にあたっては各自の責任で事前にご確認ください。

なお、1990年以降の文献につきましては、「しばやんの本だな」(http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blistai.htm)および「アラブ・イスラーム地理書・旅行記勉強会」(http://homepage1.nifty.com/arukunakama/it000.htm)のコーナーもご参照ください。

『アラブ・イスラーム学習ガイド 資料検索の初歩』

 

電子ファイル版©2000.May.5

再録に際して 「あらたな地平線をめざして」 2000年5月5日

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g0001.htm

初版©1991 (以下の収録内容は初版のとおり。但し、挿絵、図版を除く。)

<目 次>

 まえがき http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g001.htm                      

 第一部 文献案内編 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g002.htm

    「アラビア語学習案内(辞書・文法書の紹介)」 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g002.htm

    「中東世界へのアプローチ(BOOK GUIDE)」

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g003.htm

     <HOP>(初級編)    <STEP>(中級編)  

     <チョット休憩>(番外編)   <JUMP>(上級編)  

 第二部 リファレンスワーク入門 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g004.htm

    1、はしがき                     

    2、資料の検索と整理術                

    3、第三部に関する文献案内とその補足         

 第三部 目録編 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g008.htm

    「イスラム、アラブ関係書(文献目録)」        

     <その他>

     <単行本>

    <文庫本>

    <新書本>

 第四部 住所録編 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g011.htm

    「イスラム、アラブ関係施設住所録」          

     <書店>       <専門図書館等> 

     <研究機関>     <レコード店>  

     <学会等>      <アラビア料理店>

 付録 1、雑誌類一覧  http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g010.htm                  

    2、アラビア語を教えてくれる所http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g013.htm          

 あとがきにかえて(旅行の勧め) http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g014.htm

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2009年1月16日 (金)

ガザのこどもたち さらーむ

みなさんご存知の日本の誇るアラブ人類学者の片倉もとこ先生から、次のようなメッセージをいただきました。ようはこのメッセージを広く伝えてほしいとのことですが、具体的に何をするのか何ができるのかは、私もよくわかりません。

でも、この際、それもみなさんそれぞれ考えてみませんか^^?

このメッセージをみて何かを感じた人は、一言、自分のできること、思ったことを書いていただけませんでしょうか。ここではなく、直接、しばやんにメッセージを送っていただいて結構です。

では、よろしくお願いいたします。

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FACSIMILE TRANSMITTAL

Prossor Dr. KATAKURA Motoko(片倉もとこ)
Director General
  International Research Center for Japanese Studies
〒157-0062 世田谷区南烏山2-31-31-819
FAX 03-3305-6755

DATE: 2009 年 1  月  日
TO:
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パレスチナ、ますますひどいことになっています。
子どもたちの悲痛な泣き声が、耳をつんざく気がします。

戦闘している両方の背後に、武器産業が、がっちりとガードをかためています。今しも、おこっている世界経済不況を、戦争で解決しようという動きもあります。ヒズボラのうしろにいるイランと、イランに怨念のあるアメリカとの戦争にまで発展しかねません。戦争景気を期待している人たちもいます。

日本アラブ協会50周年記念式典祝賀会が、1月26日に挙行の予定ですが、お祝いの会をするかわりに、その予算をガザの子どもたちにおくることにしたほうが、アラブ協会のイメージもあがるでしょう。人間を愛しアラブを愛する人が、こんな悲惨な事態になっているなかで、のほほんと祝杯をあげるわけには、いかないでしょう。

そのかわりに、アラブを正しく理解できる「智恵の館」「さらーむの里」建設を記念事業としてやるのはどうでしょうか。いったん戦争がおこってしまえば、狂気と醜悪が人間を人間でなくしてしまいます。戦争をおこさないための智恵を出しあいたいと思うのです。さらーむ(平和)への想いがつのります。日本も、アメリカ、イスラエル、アラブに、それぞれ人を送るくらいのことは、たとえ徒労におわろうとも、するべきでしょう。

死者が千人をこえ、その三分の一が子供たちだという報をききながら、、、、、

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