‘わたし’の平和学~冬が来る前に!

2009年2月18日 (水)

「時代の子」の意味について <天才論 その3>

少し間が空いてしまいましたが、天才論のその3にいかせていただきます。

前回、天才は所詮、‘時代の子’であるというところで終わっていました。

ここから語り継ぐにあたって、‘時代’についての考察をもう少し深めてみます。もうネタばれになってしまうのですが、ここで私が言っている‘時代’を‘パラダイム’と読み替えてもよいでしょう。

これは歴然たる真実だと思うのですが、天才とされる人たちは、ほぼ例外なく「自分が何をやっているのか」について自覚している、もしくは確信しているということがいえます。前回、半歩先をいくトレンドメーカーの話を例にだしましたが、天才は‘天才的な’‘閃き’をもつばかりではなく、それがどれほどのものなのかを案外と自覚していると私は思います。

こんな話があります。ホイチョイ・プロダクションというトレンドメーカーの(マンガ家)集団の社長さん(代表?)が雑誌かマンガのインタヴュー記事(たしか対談記事)でこんな主旨のことを語っていました。

このホイチョイ・プロダクションは、つまりトレンドメーカーというか、たしかマンガ雑誌とかで若者向けとかいわゆるこれからはやりめのトレンドを分析して先取りして大衆?に示すという木村和人みたいないわゆる‘トレンドメーカー’なのですが、あるインタヴューでこの社長さんが、次のような質問を受けました。

「(トレンドメーカーの)○○さんの今まであった映画で一番お薦めの作品は何ですか?」

答えて曰く、「その時々で、最高だとされているランキング一番のもの」

この話を読んで、ミュージシャンをやっている友達と話し合ったのですが、二人とも、「これは正しい」という話で落ち着きました。

つまりミュージシャンの彼と話したというところがミソなのですが、通例、このような場合、インタヴューアーも含めて、そんなトレンドメーカーといわれる人は、一体、どんなマイナーな素晴らしい(隠れた)名作を紹介してくれるのだろうと期待するわけです。しかし、一番平凡というか、世のランキングの一番。

友達と話したのは、「そうそう、生半可な奴ほど、(普通)人との違いを強調したがる。」ということでした。特にミュージシャンなんて、人との差別化が商売みたいなものです。また、私もかなりのへそ曲がりなのですが、世間ではやると逆に天邪鬼に、(音楽を)聴いたり(映画を)見に行きたくなくなるものです。そして、自分はこんなマイナーなすごいのを知っているとかついつい自慢したくなるじゃないですか。俺は、一般大衆と違う(すごい奴な)のだと。

でも、トレンドメーカーと呼ばれる人ほど、実際の普通の人が好きなものを熟知している。逆にそれを知らずして、「人の半歩先」を歩くことができないわけです。

ミュージシャンの友達との話に戻ると、「いくら通の間で評判が悪かったり、へたな奴(ミュージシャン)でも、大衆に受けるということは、それなりのものはもっているんだよね」ということです。

人を感動させるのは、緻密で計算しつくされた(心のない)演奏や技巧(テクニック)ではありません。‘へたうま’とはよく言いますが、なにかいくらつたなくても伝えたいもの、伝わるものをもっている、そもそも大衆に受けるとは、そんなことだと友達は言っていました。

ちょっと脱線が過ぎたようですが、つまり、どんな‘天才的なこと’であれ、その時代に受け入れられ、しかもそれなりに支持されないことには、まったく(その時において)意味を成さないのです。

ちょっと訂正、‘まったく’というのは言いすぎですね。よく「早世の天才」とか「時代が早かった」天才論がなされることはあることですが、そのような後から発見された「天才」がいないわけではありませんが、歴史をみてみても、そのような天才が後世において、発掘されることは非常にまれです。

大体、天才をでっちあげるというか後世で持ち上げる人というか黒幕が必ずいるわけです。ちょっといやな言い方をしましたが、そのような「発見された天才」は大抵、‘発見した人’の意図というものが間違いなくあり、それは取り上げられた‘天才’が望んだであろう‘評価’とは別の側面で価値づけされることが、ままあります。それがいいとか悪いとか、当然、個々の場合で違いますし、ここで一概にいうこともできませんが、後世の人が発見した「天才」は一般的にちょっと注意が必要です。

さて、後世で発見される場合にせよ、その「天才」は、発掘や発見されるだけの「なにか」を在命中に残さなくてはなりません。

その「なにか」とは、別に本や論文など‘書かれたもの’でもなく、単になんらかの‘物語’であればよいわけです。その天才の‘言動’が何らかの形で伝わればよいわけです。本人が残さなくても、周りにいる人がそれを語り伝えればよいわけですから、極端なこと、ひとつの‘武勇伝’となるような行動を一度でも起こせば、その‘武勇伝’が必要となる範囲でそれは、‘物語’となり‘伝説’となるわけです。そういう語り伝えの伝言ゲームの世界の中で、「田舎のおっちゃん」の「とある言動」が「天才」の「伝説」となりうるのです。

もうここでお気づきになられた方もいらっしゃるかと思いますが、つまり「天才」や「英雄」はそんな「世の中」の雰囲気の中でつくられていく場合が多いし、その「天才」なり「英雄」が重宝されるのは、みんなの役に立つというか好ましい言動だけがその「伝説」として語り継がれるのです。

結局、「天才」とは過去であれ未来であれ、その「時代」を生きる普通の人たちが評価するものであり、決して「自称天才」はありえないというか、そもそもお呼びではないのです。

話を戻しますと、「天才的な」ひらめきや言動をもった人は、間違いなく自分の言動が世間にどのように評価されるかということを自覚して行動しています。

卑近な例で言うと、将棋の羽生棋士や大リーグのイチロー、フィギアスケートの浅田真央さんでも、自分がやろうとしていること自分がしていることを、非常に冷静に‘世界’の中に位置づけていると思います。そうです。彼らは確信をもって‘天才的’なパフォーマンスを世界に見せ付けてくれているのです。逆に無意識にまたは無自覚に‘天才的な’ことをする人は、非常に珍しいのではないのでしょうか。

つまり、何をすれば‘世界’や‘世間’が認めてくれるのか、その壁なり頂点を見極めた上で努力を続けているのか「天才」の世界だと思うのです。

話を学問の世界にもっていっても、いわゆる「大先生」といわれるような方は、私が知っているだけでも例外なく、謙虚にしかし貪欲に‘世界’のスタンダードというものを知ろうとしています。学問の世界でも、どの世界でもそうですが、プロの世界では年の老若は実はあまり関係がありません。手塚治虫が、最晩年まで同業の漫画家やクリエーター達に嫉妬してどんな若い人に対してでもライバル心を抱き続けたことは非常によく知られた話ですが、大家といわれる人ほど、新しいもの好きで、若者の動きもしっかりウォッチしているのが世の常のようです。

ちょっと話が飛ぶようですが、「天才的」な人ほど、‘世界’のレベルを知っているし、‘大衆が求めているもの’を知っている、もしくは知ろうとしている、さらには、彼らにわかってもらえるような伝達の手段を考えている。こんな気がします。

「天才の俺様のいうことがわからない‘大衆’はバカだ」という天才は古今東西をみても、絶対にありえなかったと私は思います。

逆にわかってしまった「天才」には、彼や彼女なりが達しえたものを広く‘大衆’に伝える義務があります。その「天才的な」ものを広く人と分かち合うことができてやっと人は彼や彼女を「天才」だと認めるのです。

そういう意味で、天才は「大衆性」をもたなくてはならないし、その言動は、いわば誰にでもわかる「普遍性」をもたなくてはならないのです。もし「天才」として‘世界’や‘世間’に認めてもらいたいのであれば。

その‘世界’なり‘世間’を考えると、いよいよ「パラダイム」論に入っていかなくてはなりません。

とりあえず、今日のところはここまで。

ではでは^^?

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2009年2月 7日 (土)

等身大の‘世界’を知る・感じるということ

「Life, I Love You!」のほうに、アメリカ合州国の新しいオバマ大統領の就任演説について記事を書きました。

オバマ大統領就任演説 <アメリカ合州国に目が離せない> 2009年2月7日http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/02/post-dff9.html

本当にこれほど時代の移り変わりといいましょうか、世界の動きの激しさに右往左往してしまうとき、どこに自分のアンカー(碇)を置くのか。どこに自分のコンパスをかざすのか、それが非常に大切なことになっています。

情報の爆発というか、もう何がなんだかわからなくなっているこの時代、2001年の9月11日以来、世界が変わったといわれますが、混迷を続けるこの21世紀の10年を見ても、一概に一方的に世界が悪くなったとも思えない。

新しい何かが生まれつつある、そんな予感を感じています。

情報爆発、これは、今までの大本営報告(情報)のみを信じなくてはならない時代とは一線を画し、誰もがどのような情報にでも(ある程度の限度はありますが)、以前に比べて格段に簡単にアクセスできるようになりました。

ゴミ情報も増えたが、本当の貴重な情報(それは個人の発信が多い)にも触れやすくなった、さまざまなリアリティ(現実感)がより身近に感じられるようになった、そのメリットは非常に大きいと思います。

世界に対して、ビビルことなく、ありのままにとらえていく、見せ掛けだけの虚勢や虚言に惑わされない、‘理念’より‘実践’や‘実態’そのものを見据えていく、そんなことが必要な世の中だと思うし、いい加減、口先だけの‘政治家(屋)’や、‘先生(有識者といわれる人たち)’にうんざりしているのが、今の日本だと思います。

そういう意味では、老若男女を問わず、個々の生き方そのものが問われている、それは、やはり時代の流れであるし、そういう意味では‘厳しい’世の中になったといえるかもしれません。

ともあれ、われわれは、居心地のよかった(と思える)昔に戻ることはもうできません。悲しいけれど、パラダイム自体が変わりつつあるなかで、‘変わらない’という選択肢を選ぶことは、非常に厳しい。でも、それでもあえて‘変えなくてもよい’ことはあるはずだし、勇気を振り絞って‘変えないこと’を選択することは、非常に難しいが必要なことでもあるといえます。

今までのように、誰か偉い人がいて、みんながみんながといって、わけのわからない‘世間’に流されていれば良しという時代は過ぎ去りました。これからは、自分で判断をしていかなくてはなりません。

そんなときに必要なことは、自分の‘等身大’の感覚をまずは信じることなのでしょう。だって、難しいことをいわれたって、‘自分’にはわからないのだったら、‘わかること’から始めていく信じてみることがまずもっては必要だからです。

自分で、みてきいてかんがえて、そんな歩みを続けていけたらと思います。

ではでは^^?

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2009年1月28日 (水)

いわゆる「天才(主義)」について <頭の整理>

ミクシイというSNSのとあるコミュニティで、トビ主(トピックを立てた人)とコミュニティのメンバーの方々と延々と、とある議題で盛り上がっているのを斜め横からみつつ、どうも自分自身も頭がこんがらがってしまいそうなので、あえて私自身のブログで私の考えの整理をしたいと思います。

ちなみに、元のトピックでのトビ主と参加者のやり取りに触発されたとはいえ、あくまで以下の論考での理解と分析は私にございますので、コメントは私までお願いいたします。

元のトピックを読まなくても文章として理解できるように論述するつもりですが、論理に飛躍がございましたらごめんなさい^^?

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1: 問題の所在: そもそも「天才」とはなにか?

元のトピックでは、トビ主が「天才」の定義なしに、議論を進めていますが、私は議論を進めるために、まず自分の理解する「天才」を定義しようと思います。

「天才」とは、文字からすれば「天賦の才能を持った人」。英語では「タレント」ともいわれますが、一般的な意味合いでは、これまで生きてきた実在の突出した人物をさしていることが多いと思います。まず定義としては、「今まで生きてきた」ここがポイントです。未来の来るべき「天才」は、今、現在の時点では定義も想定もできません。

では、今まで生きてきた実在の天才はと具体的にいうと、たとえば私の身近に感じる(考えるではない)ところは、スポーツ界では、野球選手の「イチロー」、将棋界では、「羽生善治」、フィギュアスケート女子の「浅田真央ちゃん」、マンガ界では「手塚治虫」でしょうか。芸術界でもいろいろありそうだし、さらに研究者という括りでは、さらに多くの「天才的」な人々が上げられるでしょう。

ここで、私は「天才的」という言葉をあえて使ったことに気がつきましたでしょうか。

私の問題提起は、果たして生まれてから死ぬまで一生「天才であった」人は実はいないのではないかということです。

勝負師やスポーツ選手など芸術や技術を‘みせる’人たちは、「天才」としてわかりやすいのでまず例に取り上げたいのですが、たとえばイチローは「4割以上」の打者でしょうか。棋士の羽生さんは、百戦練磨なのでしょうか。羽生さんでも今までの対戦成績は、7割にちかい6割で、それぞれの分野での一人者とも「天才」といわれる人でも100%の「天才ぶり」(=あえていうと)を発揮することはできないし、実際にそれは今の時点で不可能であるといえます。

つまり何がいいたいかというと、「天才」と呼ばれる人たちでも「100%完璧はない」。しかし、では何が凡人と違うかというと、「天才的な」瞬間を多くもっていたり、「天才的な」瞬間を長く再現できる、自分の意思で「天才的な」瞬間をコントロールできるという面で、人から大きなアドバンテージを得ている=それが勝負強さや成果(結果)につながっているといえると思います。

逆にいうと、誰にでも「天才的な」瞬間はあるのです。あってもその頻度が低いか、本当に神がかりというか自分ではコントロールできない「ひらめき」。

「天才性」というのは、そんな「天才的」な「ひらめき」をいうのだと私は定義したい。

つまり、誰もが「天才性」をもっている、「天才的」な「ひらめき」は、人生の中で何度か味わうことができることを、まず最初に述べさせていただきます。

2. では「天才」と呼ばれる人たちは、凡人とどう違うのか。

上記の「天才性」や「天才的」なものと、実際に「天才」とみなされる人たちとの具体的な関連は、また凡人との違いは一体何なのでしょうか。

これは、上記のイチローや羽生さん、真央ちゃんをみていただくとすぐにわかると思いますが、彼らは、突出した「天才的な」技術やひらめきをもっているだけではなく、その業界の中で、人一番努力し続けているということがいえると思います。

そうだ、柔道の「柔ちゃん」こと田村(谷)亮子選手を忘れていました。彼女が確かアテネオリンピックの前のインタヴューで語った言葉は、「世界一の練習をしたから負けるわけがない」。

つまり天才的な資質に加えて日々の努力をしていること、これが天才のひとつの典型であり条件の一つなのでしょう。

また浅田真央ちゃんがいっている「自分のベストをだしきる。最高の演技をする」という言葉にも、天才の秘密のひとつが隠れされています。

つまり、天才(的)な人は、たとえ百万とライバルがいようとも、自分を高めることに精一杯で、人を引きずり落とそうとか、人の足を引っ張ったりとか、ましてやライバルの失敗を祈ったりとか、そんなことは、‘全く’考えません。

自分のベストを出し切ることが‘全て’であると信じきっているのです。

別の言い方をすれば、「天才」は「自己責任を常に意識している」、自分を信じている(自信を持っている)ともいうことができましょう。

結局、ありきたりの答えになってしまいますが、天才とは、

「自分の能力を信じて、‘天才的なひらめき’を大切に、その才能や‘ひらめき’を磨き続ける、追究し続けるための日々の努力を怠らない人」ということもできましょう。

でも、こうして考えると、結局、「天才」も所詮は人間だなあと思いませんか。

‘天才的なひらめき’が、何であるのかは当然人によって違うのでしょうが、自分が「天才的だ」と思える自分の‘何か’を信じてそれを大切に磨いていく、そうすることが、それぞれの人生における「天才的」なものをなんらかの具体的なモノに変えていくことができるのです。

これは、あなたにも私にもできることです。そう自覚して自分を信じることさえできれば。

3. 客観的な「天才」とは。

「天才的」な「ひらめき」の大切さについては、前項で理解いただけたと思いますが、では本当の?いわゆる客観的にいわれる「天才」とは?

それは、「天才的な」ひらめきを他人から客観的に「具体的な見える‘モノ’」にまで昇華した人だけが、客観的な「天才」を名乗ることもできるし、人からそう称されるのです。

つまり、‘かたち’として具体的に実体をもった「天才性」を明示することができなければ、少なくとも他人からは「天才」として認められることはありません。

「自称天才」そんなものに全く価値がないことは、自称する‘本人’が一番わかっていることなのであえて繰り返しませんし、前述の「天才」を‘名乗る’人が本当にいるのか、私は疑問です。

何がいいたいかというと、「天才」は他人が評価することであって、自分で名乗るものでもことでもないのです。あと、真央ちゃんみたいに、自分の‘天才性’を案外自覚していない人(天才)がいるのかもしれない^^?

ただ、凡人のせめてもの慰めとして、「天才的な」瞬間が誰にでもあることは、互いに認めてもよいと思います。

自分を「天才」とはいわないまでも、「あれ、今の俺って‘天才的’じゃん」と自覚することは大いにありなのです。

ちょっと脱線しましたが、本論に戻ると、「天才」とは他人に認められるものであるし、認められるだけの‘何か’をモノにした人、時系列でいうと、誰にでもある‘天才的’な‘ひらめき’を、「誰でもみることができるモノ」にしてしまうことが、その人が「天才」たる最低条件なのです。

とりあえず、私が「天才」とは、と仮に問われたときに、上記のような理由と背景で‘定義づけ’するであろうことをここに表明いたします。

ところで、ある「天才」の「天才的」な部分と、そうではない部分が、当然のことながら同じ人間に同居することも申し添えておきますね。

「天才」だからって、「天才性」を発揮している部分に限らず、人として生きていくことに最低限必要なマナーなりルールを守らなければならないこともまたいわずもがななことです。

「天才」は何をやってもいいのか、自分の「天才性」を発揮できる分野でもわがままな好き勝手なことをしていいのか。当然、そんなわけはありません。

自称天才にありがちな話かと思いますが、そんなバカな話はありませんので、くれぐれも注意しましょう。自分の「天才性」を自分で褒めてあげてもいいです。そこまでは認めますが、それを盾に社会に楯突くというか反逆することはできません。常識で考えても。

そもそもいわずもがなの蛇足ではありますがあえて述べさせていただきました。

ではでは^^?

(天才論 1部 この項 了)

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2009年1月22日 (木)

イスラエルで反戦デモ <転載記事>

ミクシイの友人から日記の転載の許可をいただきましたので、以下、転載させていただきます。

陽ちゃんママさんの日記より。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1055976479&owner_id=6360679&comment_count=5

このトピックは、「ガザのこどもたちさらーむ」の記事の続報と捉えていただいて結構です。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-6cf2.html

ではでは^^?

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イスラエルで反戦デモ   2009年01月18日23:02
派遣村とガザ侵攻であけた2009年。
↓↓知らなかった。ので思わずコピーしました。

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イスラエル首都でも市民が反戦に立ち上がる
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イスラエルのガザ侵攻に対して、3日(土)、イスラエル国内でも
大規模な抗議デモがありました。

テルアビブのデモでは、イスラエル全土から駆けつけた人々、
約1万人(!)が参加。イスラエルの人口は 700万弱、日本で
いえば 18万人(!!)が参加した勘定になります。

イスラエルの平和人権団体グシュ・シャローム(シオニスト左派)
が主導して、その他 23団体の呼びかけで実施されました。

同日、パレスチナ系人口の多い北部のサクニーンでもパレスチナ
系市民主体のデモがあり、こちらは 10万人が参加しています。
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-3649584,00.html

しかし、日本のマスメディアでは黙殺されているのではない
でしょうか? 紹介しているのは、オルターナティヴのメディア、
個人ブログだけです。

マスメディアも共犯して、あからさまな情報操作が行われている
ことを、如実に表わす一例です。

以下、グシュ・シャロームのウェブページより、同デモの記事の
邦訳です。
〔邦訳: 岡真理/TUP; 凡例: (原注) [訳注]〕
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2009年1月3日 (土)
テルアビブで大規模反戦デモ

エフド・バラク[イスラエル国防大臣]がガザに対する残虐な地上
攻撃を軍に命令していたその頃、テルアビブでは、イスラエル
全土から駆けつけた、戦争に反対するおよそ一万人の人々が、
一大デモ行進を行った。テルアビブの幹線道路のひとつである
イブン・グヴィロル通りの 4車線すべてデモの人々で埋め尽く
された。参加者は、ラビン広場からシネマテックまで2キロの
道のりをずっと歌を歌い、旗を振りながら行進した。

「選挙戦は子どもたちの死体の上でするものじゃない!」参加者
はヘブライ語で韻を踏みながら叫ぶ。「孤児や未亡人は選挙宣伝
の道具じゃない!」「オルメルト、リヴニ、バラク! 戦争は
ゲームじゃない!」「全閣僚が戦争犯罪者だ!」「バラク、バラク、
心配するな――ハーグ[国際刑事裁判所]で会おう!」「もうたく
さんだ――ハマースと話し合え!」

プラカードの文句も似たようなものだった。バラクの選挙スロー
ガンをもじったものもあった。たとえば「バラクに愛想がないの
は、殺人者ゆえ!」(バラクのスローガンの原文は「バラクに愛想
がないのは、指導者ゆえ!」)。こんなのもある「2009年『選挙』
戦争に反対!」「6議席戦争!」。これは、戦争初日の世論調査で、
バラク率いる労働党が 6議席獲得の見込みと出たことに当てつけ
ている。

このデモ実施の前には、警察との衝突があった。警察は、右翼の
暴徒がデモ隊を攻撃するのを抑えることができないからと言って、
デモを禁じるか、少なくとも制限しようとしたのだった。なかで
も、警察はデモの組織者たちに、参加者がパレスチナの旗を掲げ
るのを禁じるよう求めてきた。組織者たちは高等裁判所に請願し、
結果、裁判所は、パレスチナの旗を合法と判断し、警察にデモ隊
を暴徒から守るよう命じた。

デモの実施は、グシュ・シャロームと、平和のための女性連合、
壁に反対するアナーキスト、ハダシュ、オルターナティヴ情報
センター、ニュー・プロファイルなど 21の平和団体が決定した。
メレツとピース・ナウは公式には参加していないが、同団体の
多くのメンバーがデモにやってきた。[イスラエル]北部からは
約1000人のアラブ系市民が 20台のバスを連ねて到着した。
サクニーンで行われたアラブ系国民主体の一大デモを終えて
すぐその足で来たものだ。

組織者たちにとっても、これだけの数の参加者があったことは
驚きだった。「第二次レバノン戦争開始の 1週間後、私たちが
反戦デモの動員に成功したのは 1000人だけだった。今日、1万人
の人々が参加したという事実は、戦争への反対が今回ははるかに
強いことの証だ。もしバラクが自分の計画を続けるなら、世論は
数日で全面的に戦争反対に転じるかもしれない。」

グシュ・シャロームの巨大な旗にはヘブライ語とアラビア語と
英語で次のように書かれていた「殺すのを止めろ! 封鎖を止めろ!
占領を止めろ!」。これらデモのスローガンは、封鎖の解除と
即時停戦を求めるものだ。

この抗議行動の日、極右は力ずくでデモを粉砕するために動員を
かけた。警察は暴動の阻止に極力、努め、ラビン広場からシネマ
テック広場までの 1マイルの行進は比較的平穏に運んだ。しかし、
参加者が警察との合意に基づき解散し始めたとき、右翼の一大
群集が彼らを攻撃し始めたのだった。警察は、それまでは両陣営
を近づけさせないようにしていたのだが、その場から姿を消した。
暴徒はこのあと、デモ隊の最後尾の参加者たちを取り囲み、嫌が
らせをし、小突き回した挙句、デモ参加者たちの最後の何人かが
シネマテックの建物に逃げ込むと、建物を包囲した。暴徒は建物
の内部に押し入ろうとし、 デモ参加者を「片付けてやる」と
脅したが、ぎりぎりになって何人かの警官が到着し、入り口を
守った。暴徒たちは長いこと、その場を立ち去らなかった。

このような状況のため、行進の最後に予定されていた市民集会を
開くことは不可能となった。スピーチもなされなかった。以下は、
グシュ・シャロームを代表してウリ・アヴネリがするはずだった
スピーチの英訳である。


私たちは
裏切り者だといわれる。
私たちは
イスラエルを破壊する者だといわれる。
私たちは
犯罪者だといわれる。

しかし私たちは言い返そう、
犯罪者とは
この犯罪的で無益な戦争を
始めた者たちだと!

無益な戦争、
なぜなら政府が
150万の
ガザ住民に対する
封鎖をやめさえすれば
カッサーム・ロケットを止めることは
できたのだから。

犯罪的な戦争、
なぜなら、なによりもまず、
これは公然にして恥知らずにも
エフド・バラクとツィピ・リヴニの
選挙戦の一部だから。

エフド・バラクを告発する。
国会の議席数をふやすために
イスラエル国防軍の兵士を利用したかどで。

ツィピ・リヴニを告発する。
自分が首相に
なるために
殺し合いを奨励したかどで。

エフド・オルメルトを告発する。
悲惨な戦争を利用して
腐敗と汚職とを
糊塗しようとしたかどで。

ここにいる
勇気と分別ある聴衆を代表して
この演台から
私は彼らに要求する。
今すぐ戦争をやめよ!
無益に私たちの兵士そして市民の
血を流すのをやめよ!
ガザの住民の
血を流すのをやめよ!

地上部隊の侵攻によって
もたらされるは
さらなる惨事、
大虐殺の応酬、
そしてなにより
おぞましい戦争犯罪!

この戦争の後
どの将軍も
戦争犯罪のかどで
逮捕される恐怖を抱かず
欧州の地に
足を踏み入れることはできまい。
他に方法はないと
私たちは言い聞かせられている。
それは違う!!!
今でさえ、そう、まさにこの瞬間にも、
停戦は可能なのだ。
わたしたちが殺人的な封鎖を
解除することに同意するならば、
わたしたちがガザの人々が尊厳をもって
生きることを認めるならば、
わたしたちがハマースと対話するならば。

南部の人々、
スデロット、
アシュドッド、 ビールシェバの人々よ、
聞いてほしい。
私たちとてあなたがたの苦しみは分かる ――
ともに住んでいるわけではなくても、
よく分かっている。
でもこの戦争が
あなたがたの状況を変えはしないということもまた
私たちは知っている。
政治家連中はあなたがたを食いものにしている。
政治家連中はあなたがたに乗じて
戦争を行なっている。
あなたがたも分かっているでしょう!

オルメルト、バラク、リヴニに
要求する。
兵士をガザに送るな!
お前たち 3人とも、戦争犯罪人として告発されるだろう!
お前たち 3人とも、この代償を払うことになるだろう!

今、お前たちに敬礼している
イスラエルの大衆は
明日はお前たちを罰するだろう。
それが第二次レバノン戦争で
起こったこと。
それが今度もまた
起こるだろう!

そしてここに立っているみなさん、
老いも若きも
男も女も
ユダヤ人もアラブ人も、
この身の毛のよだつ戦争に
最初の日から、
最初の瞬間から、
孤立し毒づかれながらも、
抗議の声をあげたみなさん ――
みなさんこそが真の英雄です!

誇りに思ってください、
心から。
みなさんはヒステリーと無知の嵐の只中にいて
吹き飛ばされることもなく
しっかと立っているのだから!
家庭のなかだけでなく、
ここ街頭においても、
皆さんは正気を保っています!

世界中の何百万の人々がみなさんを見ていて、
敬意を表しています。
みなさん一人ひとりに。

一人の人間として、
一人のイスラエル人として、
一人の平和を求める者として、
わたしは今日
ここにいることを誇りに思います。


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原文: "MASSIVE DEMONSTRATION AGAINST THE WAR" (Saturday 03/01/09)
平和人権団体 Gush Shalom のウェブページ上の英文声明
URI: http://zope.gush-shalom.org/home/en/events/1231029668
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2009年1月20日 (火)

愛知県でオフ会を企画しています。できれば2月8日に^^?

ミクシイというSNSで「開発民俗学 地域共生の技法」というコミュをやっているのですが、初回のオフ会を2月に設定したいと思います。

突然の申し出ですみませんが、できましたら、2月8日(日)に愛知県の岡崎の近辺、名古屋もしくは豊橋で。詳しい情報は、コミュのトピックで流しますので、ご関心のある方は、以下にアクセスを。 もちろんミクシイのメンバー以外の方の参加も大歓迎です。
生しばやんに会いたい方?はぜひご連絡ください。
(フィリピンで、「しばやんだ~」と全く見知らぬ人にいわれた日にゃー・・・。結構、個人的には感慨深いものがありました。正直言って。あと、私のHPとブログを全部読みましたという方もいらっしゃいました。A4でプリントアウトすると300枚以上はあるのではないでしょうか。かなりの分量があるはずなのに。自分ですら全部の記事を覚えていません^^?)
ともあれ、ミクシイに入っている方は、こちらもチェックしてください。
http://mixi.jp/view_event.pl?id=38962034&comment_count=1&comm_id=2498370


一部抜粋します。

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オフ会の議題その1「初顔合わせ フリートーク それぞれの開発民俗学」

っていっても、そもそも「開発民俗学」の定義なんて決まっていないので、平たくいきます。

1.このコミュニティの意図と展望(自己紹介もかねて) しばやんより
2.参加者の自己紹介 
3.共に取り上げたいテーマ (ブレインストーミング)
4.課題の設定 (2,3テーマくらいか、当然参加者にもよりますが)
5.テーマごとの今後の勉強会の方針の検討
6.ラップアップ

7.フリーセクション (お茶会もしくはお食事会)

とりあえずは、東岡崎の近辺の公共施設(一案として、りぶらの会議室←間違いなくかなり難しいですが、日程さえ決まれば、たとえば康生町の近辺の会議室の手配を行います。)と、二次会の設定

スケジュールとしては、午後1:30に会場に現地集合して4時か5時に終わって、お茶かお食事でもしましょうといった流れでしょうか。

もう少し、議題を練ってみます。

なにか議題や会場の場所などについてコメントがありましたらご遠慮なくご連絡ください。

ではでは^^?

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2009年1月19日 (月)

わたしにできること → 使ってやってください^^?

今日、岡崎のまちづくりのワークショップに参加してきました。

都心部の再開発がテーマなのですが、運営側のNPOの準備も基調講演も大変素晴らしく、有意義な会であったと思います。さっそく、私もNPOのメンバーにいれていただきました。

ところで、当たり前のことかもしれませんが、いるところには人がいるものだなあと実感。

まだ岡崎再デヴュー間もないですが、徐々に自分の生活圏を広げていきたいと思っています。

ところで、先般のパレスチナの記事について、ミクシイのほうで書き込みをひとついただきました。

「なかなかみたことも聞いたこともないところのことについては想像力が働かない。もっと身近で見たり触れたりすることのできる場所が必要ではないか」

やはり正確を期すために、ちょこっと引用させていただきますと、

「~略~

私の「リアル」じゃないんです。きっと多くの方がそうだと思います。

~略~ 写真や資料の展示会、イベントなど、自らの足を運んで見聞きできる・体験できる施設や機会が必要だと思います。

自分とは全く常識の違う世界。その世界の実情をいきなり理解しろ、というのは、口で言うより難しいことですよね。」

確かにおっしゃるとおりで、そのとおりです。

でも「リアル」ってなんだろう、最近とみに「想像力が大事」っていうけど、実は本当に非常に難しいことです。

でも、このコメント非常に参考になりました。

やはり私がやらなければダメだなと。リアルを伝えるには、リアルに生身の人間が語らなくてはならない。本やテレビでは発信側のメッセージは十分に伝えることができません。このミクシイやブログなどもしかり。

せめてというか地元岡崎でなんらかの発信ができるように‘手段’を考えてみます。ブログとかでのメッセージでは十分想いが伝えられないような気がします。たんなる一方的なメッセージではだめですね。

双方向のイントラクティブなコミュニケーションも模索してみます。

私にできそうなことやなにか要望がありましたら、ぜひぜひカキコしてやってください。

ではでは^^?

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2009年1月17日 (土)

アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩) (©1991) の目次です。

という記事の目次を紹介します。案内にあるように、私が大学生のときにつくったガイドですが、まだまだつかえるところもあるだろうということで^^?

最近結構いろいろなところでいっていることですが、どれほどまわり道であったとしても結局人間というか「生物は個体進化を繰り返す」しかないと思います。つまり‘自分本人’が学び続けなければ、何もわからないままで一生を終わってしまいます。

思えば、私も最近いい気になって、宮本常一氏の「あるくみるきく」を語っていますが、実はあまり言及されていないものの、彼の本当に尊敬できる点のひとつが「あるくみるきく」に加えて、というかその基盤として、膨大なモノ(文献資料など)を「読んでいる」ということです。

民俗学者「宮本常一」は、渋沢敬三との合作であって、渋沢翁が自宅のアチックミュージアムに宮本氏を居候させて彼の蔵書や人脈を自由に利用させなければ、宮本氏の「あるくみるきく」は非常に薄っぺらいものになっていたであろうと私は推測します。

私は、自分でやってきたという自負をもって、以下をご紹介します。当時手に入る限り、時間も自分の受容能力も省みず、書物を漁りノルマのように読みまくったという原体験は出来る限りの死力をつくしたということで、今でのひとつのよりどころとなっています。

当然、その後、17年の学問の進歩はすさまじいものです。でも、古典は古典であり、逆に基礎的なもののほうが一冊あたりの投資価値というか情報価値が多いです。どうしても後発組は先人の肩の上に乗って、その上に、少しを積み重ねる(それが難しい)わけですから、情報の密度は最初に言った人のほうが濃いです。

ともあれ、日本の中東研究者の言説はおもしろいです。巨人とでもいうべき学識が多くいるような気がしますね。身内びいきみたいですが^^?

ではでは^^?

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http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g000.htm

アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩) (©1991)



しばやんが、大阪外国語大学アラビア語学科の大学4回生の時にまとめた‘アラブ’や‘イスラーム’に関心がある人たちへの、究極?の学習ガイドです。(第一部、第三部)

また、リファレンスワーク(資料検索の初歩)について一章を設け、特に文系の資料検索にかかる‘コツ’みたいなものについてもふれています。(第二部) 

ただし、第四部、付録2については内容が古いので、利用にあたっては各自の責任で事前にご確認ください。

なお、1990年以降の文献につきましては、「しばやんの本だな」(http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blistai.htm)および「アラブ・イスラーム地理書・旅行記勉強会」(http://homepage1.nifty.com/arukunakama/it000.htm)のコーナーもご参照ください。

『アラブ・イスラーム学習ガイド 資料検索の初歩』

 

電子ファイル版©2000.May.5

再録に際して 「あらたな地平線をめざして」 2000年5月5日

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g0001.htm

初版©1991 (以下の収録内容は初版のとおり。但し、挿絵、図版を除く。)

<目 次>

 まえがき http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g001.htm                      

 第一部 文献案内編 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g002.htm

    「アラビア語学習案内(辞書・文法書の紹介)」 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g002.htm

    「中東世界へのアプローチ(BOOK GUIDE)」

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g003.htm

     <HOP>(初級編)    <STEP>(中級編)  

     <チョット休憩>(番外編)   <JUMP>(上級編)  

 第二部 リファレンスワーク入門 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g004.htm

    1、はしがき                     

    2、資料の検索と整理術                

    3、第三部に関する文献案内とその補足         

 第三部 目録編 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g008.htm

    「イスラム、アラブ関係書(文献目録)」        

     <その他>

     <単行本>

    <文庫本>

    <新書本>

 第四部 住所録編 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g011.htm

    「イスラム、アラブ関係施設住所録」          

     <書店>       <専門図書館等> 

     <研究機関>     <レコード店>  

     <学会等>      <アラビア料理店>

 付録 1、雑誌類一覧  http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g010.htm                  

    2、アラビア語を教えてくれる所http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g013.htm          

 あとがきにかえて(旅行の勧め) http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g014.htm

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2009年1月16日 (金)

ガザのこどもたち さらーむ

みなさんご存知の日本の誇るアラブ人類学者の片倉もとこ先生から、次のようなメッセージをいただきました。ようはこのメッセージを広く伝えてほしいとのことですが、具体的に何をするのか何ができるのかは、私もよくわかりません。

でも、この際、それもみなさんそれぞれ考えてみませんか^^?

このメッセージをみて何かを感じた人は、一言、自分のできること、思ったことを書いていただけませんでしょうか。ここではなく、直接、しばやんにメッセージを送っていただいて結構です。

では、よろしくお願いいたします。

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FACSIMILE TRANSMITTAL

Prossor Dr. KATAKURA Motoko(片倉もとこ)
Director General
  International Research Center for Japanese Studies
〒157-0062 世田谷区南烏山2-31-31-819
FAX 03-3305-6755

DATE: 2009 年 1  月  日
TO:
NUMBER OF PAGES:1    ( including this page )



パレスチナ、ますますひどいことになっています。
子どもたちの悲痛な泣き声が、耳をつんざく気がします。

戦闘している両方の背後に、武器産業が、がっちりとガードをかためています。今しも、おこっている世界経済不況を、戦争で解決しようという動きもあります。ヒズボラのうしろにいるイランと、イランに怨念のあるアメリカとの戦争にまで発展しかねません。戦争景気を期待している人たちもいます。

日本アラブ協会50周年記念式典祝賀会が、1月26日に挙行の予定ですが、お祝いの会をするかわりに、その予算をガザの子どもたちにおくることにしたほうが、アラブ協会のイメージもあがるでしょう。人間を愛しアラブを愛する人が、こんな悲惨な事態になっているなかで、のほほんと祝杯をあげるわけには、いかないでしょう。

そのかわりに、アラブを正しく理解できる「智恵の館」「さらーむの里」建設を記念事業としてやるのはどうでしょうか。いったん戦争がおこってしまえば、狂気と醜悪が人間を人間でなくしてしまいます。戦争をおこさないための智恵を出しあいたいと思うのです。さらーむ(平和)への想いがつのります。日本も、アメリカ、イスラエル、アラブに、それぞれ人を送るくらいのことは、たとえ徒労におわろうとも、するべきでしょう。

死者が千人をこえ、その三分の一が子供たちだという報をききながら、、、、、

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2009年1月14日 (水)

マザーテレサは、「愛の反対語は、無関心」 といいました^^?

パレスチナ情勢は、全然光明がみえず、依然、混迷を続けているようです。

果たして自分に何ができるのか、何が一体、正しいことなのか。そんなことを考えています。

‘知る’ことと‘行動’すること。

かのマザーテレサは「愛の反対語は、無関心」と看破しました。

見てみぬふり、知らぬふり、確かに何もしなくても生きていけるかもしれませんが、その無関心は自分自身に間違いなく戻ってくるものだと思います。

ちょっと話題が外れますが、この「開発民俗学」のコミュを「一国民俗学」ではなくて「比較民俗学」へとの架け橋となるべく鍛えていきたいと思っています。

同じ地上に生きるものとしての感動を分かち合いたい、共感の学問、血の通った学問であってほしいと思います。

‘学問’の定義自体も難しいですね。ここであえて‘学問’といったのは、追体験できるというか筋道立てて検証できるための道筋のひとつとして、単なる個人的な感動にとどめておきたくない、そんな技法なり手法として示したいという意図で使っています。

能書きばかりいっていてもだめですな^^?

具体的な事例にそって考えていきます。

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ということで、「mixi「開発民俗学 ~地域共生の技法」で、メンバーの意見を募っています。

わからなくてもわからないなりに声をあげていくこと、われわれの人生や未来を、どこかの誰か偉い人やモノに簡単に預けてはいけません。

自分の住む世の中は、自分でよくしていく。

そんな心意気を忘れないでいきたいと思っています。

ではでは^^?

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2009年1月 8日 (木)

なぜ今、中世アラブ・イスラーム地理学・旅行記なのか? (2002年の記事の再掲です。)

すでに7年前の記事ですが、中東問題に対する私のスタンスがよくわかると思いますので、あえてここに再掲載させていただきます。ちなみに、「勉強会」は約10回の活動を経て、私のフィリピン駐在のため終了しております。

アラブ・イスラーム地理書・旅行記 勉強会 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/it000.htm

ではでは^^?

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2002年9月1日

なぜ今、中世アラブ・イスラーム地理学・旅行記なのか?

(同時多発テロ一周年によせて)

2001年9月11日、アメリカのニューヨーク、ワシントンD.C.その他で突如勃発した同時多発テロは、たぶん同時代に生きる多くの人々にとって決して忘れることのできないものとなったであろう。イスラームの挑戦とか、多くの論者がさまざまな私案を発表しているが、その背景はそんなに簡単に一言で言い表せられるものではないのだろう。

約10年前、私は、大阪の片田舎で、ほぼ世間と隔離された環境でオレ本(オレンジブック=電話帳のイエローページみたいな厚くて馬鹿でかい本)などというミシガン大学で編まれたアラビア語の教科書と日々格闘していた。何かがあると信じて入ったアラビア語学部、当初の目論見では、モロッコからイラクまで、北アフリカからアラビア半島まで話されているというアラビア語を勉強すれば、たとえどんな職業に就こうともつぶしがきくし、などと浅はかにも考えていた。

大学入学当時に想定していた職業は、外交官になってもいいし、現代の問題をやってジャーナリストになってもいいし(当時、イラン・イラク戦争の問題やパレスチナ問題など話題に事欠かなかった)、中世史をやって研究者なってもいいし(当時、ようやく「イスラームからみた十字軍」などという本が話題になりつつあり、近代ヨーロッパ文明に対するイスラームの中世における優位性を「再」発見しようとする大きなムーブメントのなかにあった。)という気もあったし、まあ月並みで今思えば大甘ちゃんな「青年よ大志をいだけ」という言葉しか知らない若造であった。あと、イスラームという宗教に、近代西欧文明に対する精神的なアンチテーゼとなりうる「何か」があるのではとも考えていた。

そんな学生時代のある日、イラクとクウェートとの間で湾岸戦争が勃発した。(1990年~1991年)当時から、イスラーム世界は、10年ごとに問題?を起こすといわれていた。近年だけを振り返っても、下記のような数字に見ることができるだろう。

1967 年 六月戦争(第3次中東戦争)、

1973年 アフガンで王政打倒のクーデター、共和制へ、十月戦争(第4次中東戦争)、

1979年 イラン革命、

1980年       イラン・イラク戦争始まる。1988年 イラン・イラク戦争終結、

1990-1991年 湾岸戦争、

2001年9月11日 8:45 アメリカ同時多発テロ(ニューヨーク、ワシントンD.C.)

2001-2002年 テロに対する戦争(2002年 アフガン陥落)

 ちょうど1989年には中国で天安門事件があり、ドイツではベルリンの壁崩壊があり、冷戦終結のムードの中で、なぜ、湾岸戦争なのか?という思いを感じた人たちの数は数億を下らないであろう。その後、残念ながら、冷戦終結後にも引き続き地域紛争は続き、1945年の第二次世界大戦自体が、まだ終わっていないなどという識者がいるほどである。

 そんな学生時代、イラクへの空爆をテレビでリアルタイムに見なければならなかったことは、はっきりいって精神的苦痛の何者でもなかった。(物理的にはテレビ受信装置があって、キャメラで捕らえた映像をリアルタイムで衛星放送することなど技術的には当時でも難しいことではなかった。)なぜ、人は平気で、まるでテレビゲームをみるように戦争を「眺める」ことができるのだろうか?あの爆撃の下で、何万人の人の命が失われようと、「正義」を語るあなたの前に全ての人間はひれ伏せなくてはならないのであろうか?

 この現実感覚のなさとでもいうのだろうか、ブラウン管の向こうに見えるものと今生きている自分と何の接点もなく、まるで映画でもみているような浮遊感に陥れてしまうメディアのあり方は、倫理上、決して許されるものではないと思う。(これは、その後、数年後に「マトリックス」という映画でみごとに逆説的に描き出された。放映当時は知らず、数年前に始めてみたが、はっきりいって、私はこの映画のコンセプトというかリアリティのあり方に戦慄を覚える。まさに現実と仮想との狭間を突くようなテーマであったから。)

 2001年9月11日の午後11時過ぎに、明日提出の仕事の最終取りまとめをしていた私たちは、約10年前と同じく、まるで、ハリウッド映画をみるように「航空機が、ワールドトレードセンタービルに突っ込んでいく」のを、なすすべもなく、ただただみつめるしかなかった。

 さて、1991年当時に戻ってみると、「湾岸戦争」などというものに、アラビア語やイスラームを学ぶものとして出会ってしまったがゆえに、青臭い正義感などを差し置いて、ふとこんなことを思ったのである。

 今、イスラームやアラブに関して、現代的な話題にばかり目がいってしまっている。あやしげな軍事評論家や、知ったかぶりのコメンテーターが偉そうに語るほど、アラブやイスラームは上っ面だけの簡単なものであろうか?果たして、われわれ日本人は、彼らの何をどれだけ知っているのだろうか。中世ヨーロッパのルネサンス以前の最先端地域であったアラブ・イスラームのコスモポリタンな都市文化(文明)について、まだ十分に日本では研究されていない。そうだ、こんなに移り変わりの激しい現代史を追うよりも、もっと歴史的に掘り起こして、われかれの違いを知ることは十分意味があることなのではなかろうか?

 そんな私が卒業論文のテーマとして取り組んだのが、中世12世紀におけるイタリアのシチリアであった。当時、ノルマン朝で12世紀ルネッサンスの一つの拠点となったイタリアのパレルモの宮廷は、イスラーム教徒、キリスト教徒やユダヤ教徒、ギリシャ語、ラテン語とアラビア語の入れ混じる高度に成熟した文化を誇っていた。その側面を見るのに使ったのが、イブン・ジュバイルというアンダルシア(スペイン)のイスラーム教徒の旅行記であった。そのシチリアは、「寛容と共生」の精神を具現したものと後世、言い習わされてきたが、果たしてどのような世界であったのだろうか?残念ながら、アラブ側からの資料では、とてもシチリアの中世世界を解き明かすことはできない。たまたま、高山博という15歳年上の研究者が、すでにラテン語、ギリシャ語、加えてアラビア語の原著から12世紀のシチリアの研究を、当時(1991年)で、もう10年来研究していることを知って、あっさりとシチリア自体の研究は諦めた。

 (イブン・ジュバイルの『旅行記』は、藤本勝次・池田修監修で1992年に関西大学出版部より和訳が公刊されている。また、高山博先生のシチリアに関する研究は、『中世地中海世界とシチリア王国』 東京大学出版会 1993年、『神秘の中世王国 ヨーロッパ、ビザンツ、イスラーム文化の十字路』 東京大学出版会 1995年として、公刊されている。)

 ともあれ、中世のイスラーム社会は、「知(識)を求めよ。中国からモロッコまで、ゆりかごから墓場まで」(アラブのことわざ)」と言われるほど、広域なネットワーク社会を誇り、実に多くのイスラーム教徒が、「平和の家・戦争の家」というイスラーム圏とそれ以外の異教徒の世界との区別意識は持ちつつも、メッカへの巡礼を契機というかきっかけにして、世界中へ商売もしくは学問追及の旅に乗り出していったのである。(この状況については、『アラビアンナイト』でも多くの説話として取り上げられている。例えば「シンドバードの冒険」は特に有名であろう。ただし、異本扱いだが。)

 1991年当時、イスラームの大旅行家といわれたイブン・バッツゥータの旅行記は、前嶋信次先生の抄訳しかなかったし、他のイスラームの文学者、文化人の著作についても、高校の教科書で名前とその主著書について大学受験のために暗記させられるものの、完全なアラビア語から日本語訳された翻訳書は、皆無の状況であった。これは、ちょっと考えればわかるが、彼ら(アラブ・イスラーム教徒)の誇るべき先達たちの業績を、日本人は全く知らないということなのである。つまり、誰もが国語や社会で常識として知っているアラブ文学史上の綺羅星の数々を、われわれ日本人は不幸にも全く知らないのだ。)

 その後、ほぼ10年経って、確かにイスラームに対する日本人の理解は進んできたといえ、当然、関係者の真摯な努力には敬服するが、まだまだ、このイスラームの知識人たちの残した膨大なアダブ文学や地理学・旅行記に関する地道な書誌学的な研究や、一般日本人への紹介の作業は、その課題の広大さに比して、遅々としてしか進んでいないようにみうけられる。

 現実問題として、アラビア語原典を読めるような高度なアラビア語古典の知識を身に付けることは、一朝一夕にできることではなく、アラビア語の会話ですら、けっして日本人にとってやさしいことではない。

昨年(1991年) 、イブン・バットゥータの『大旅行記』の原典(アラビア語)からの日本語全訳を完成させられた家島彦一先生にある研究会でお会いしたとき、この翻訳を思い立って完成するまで20年かかったとおっしゃっていたことを思い出すと、確かに、この手の作業は果てしのない事業だとも思ってしまうのである。(また、ある学生より、家島先生に「30年やってようやくアラビア語が少し分かるようになりました。」といわれて絶句したということも別の機会に聞いた。)

それでも、たとえそうはいっても、このまま手をこまねいていてよいものであろうか?決して採算ベースに乗らなくても、はやり(流行)でなくても、やはりアラブ・イスラームの古典を研究して、日本人の教養というのは大げさにせよ、知識の一部に、ちょうど中国やヨーロッパの古典と同じく、アラブ・イスラームの考え方の一端でも共有することができるのならば、今後の21世紀の世界市民の一翼を担ううえで、大きなアドバンテージを得ることができると考えられる。

このイスラーム地理学・旅行記研究は、大学を卒業後、就職して働きながらも、何となく頭の片隅を離れない10年来の宿題であった。必ずしも、十分にこのことだけに時間をさけるわけではないが、たとえ遅々として進まなくても、多分、「開発学研究」のあわせ鏡となるライフワークの一つになると思う。

 今後、2003年1月を目処に、上記にかかる読書会を計画している。また、この勉強会の成果も踏まえて、HP上に、『アラブ・イスラーム地理書・旅行記勉強会』というコーナーを展開していきたい。関心のある方の、ご参加やご指導をよろしくお願いいたします。

読書会の詳細はこちらへどうぞ。

(この項終わり)

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混迷のパレスチナ情勢にアラビスト・しばやん起つ^^?

年頭のご挨拶のやりとりの中で、偶然にも2名の方から、パレスチナ問題についてのコメントや宗教についての個人的な関心と問い合わせを寄せられた。

一昨年から、「冬が来る前に!」ということで、21世紀の雲行きの懸念を私も感じていたわけであるが、年末からのイスラエルのパレスチナは混迷の度を深めているようで、先に連絡をいただいたある人は非常な懸念を述べていた。

たぶん、そうなのであろう。

ところで、このようなシチュエーションは、中東では近代史の問題として実は第一次世界大戦前後からくすぶっていたと思うが、はっきりいって‘今’の中東問題は、20世紀の問題であると言い切ってもよい。

ということで、今度、この問題にも大阪外国語大学でアラビア語を20年前に専攻したものとしてコミットメントしていきたいと思う。

別にアラビア語がべらべら読めるわけではない。しかし、大学入学前から持っていた問題意識の延長で、アラブ・イスラーム(世界研究)ということで地域研究を志したものとして、もう一度みなさんと、「何が問題なのか」について、じっくりと考えてみたいと思います。

とりあえず決意表明ということで^^?

P.S.

実は2001年9月11日のセプテンバーイレブン(アメリカ同時多発テロ)の後にも、下記に示す活動を起こしました。

今までの「歩く仲間」における中東問題への取り組みはおいおい紹介していきますが、しばやんのアラブへの熱い想いにつきましては、まず、こちらをご覧ください。

2002年9月1日 

なぜ今、中世アラブ・イスラーム地理学・旅行記なのか? 

(同時多発テロ一周年によせて)

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00018.htm

あと「‘私’の平和学 ~冬が来る前に!」という、このブログにあるトピックではアラブ・イスラームについての問題意識をふまえて綴っています。過去の記事は、こちらもしくは本文の下のタグで検索ください。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

ではでは^^?

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2008年4月28日 (月)

映画 『アクロス・ザ・ユニバース(ACROSS THE UNIVERSE)』 あるいはザ・ビートルズの時代について

という記事を、ブログ「Life, I Love You!」のほうにカキコしました^^?

映画のサントラ(サウンド・トラック)の紹介ということで、Lifeに書きましたが、内容はバリバリの硬派で、やはりこちらに書くべき内容でした。

「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」のカテゴリーであるべき?内容ですので、こちらにリンクを張っておきます。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/04/music_from_moti_4865.html

お手数をおかけしますが、ご高覧いただけましたら幸いです。

ではでは^^?

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2008年3月 7日 (金)

‘わたし’の平和学~冬が来る前に!

さて、昨年(2007年)に「冬が来る前に!」というテーマを立てたのですが、その記事の更新が滞っていました。でも考えてみると取り上げたい内容は、まさに、‘わたし’と‘平和’とのかかわりでしたので、すっぱりとタイトルを替えて、そして、また過去の記事を振り返りながら言及をすすめていきたいと思います。

まず、ご紹介したいのは以下の記事です。

1.わたしと「平和学」と「開発援助(本職」です^^?)」とのかかわりについて

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/rc003.htm

「フィリピンで開発を考える」(2006215日)というタイトルですが、私の関心の移り変わりと、なぜ「開発民俗学」をとなえているのか、それをどう仕事に生かそうとしているのかに触れています。

2.「なぜ今、中世アラブ・イスラーム地理学・旅行記なのか?(同時多発テロ一周年によせて) 2002年9月1日」

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00018.htm

キーワード: 同時多発テロ、テロとの闘い、中東世界、湾岸戦争、イランイラク戦争、パレスチナ問題、中世シチリア、「寛容と共生」の精神、ノルマン朝、パレルモ、12世紀ルネサンス、「平和の家・戦争の家」、中世イスラーム世界、「知(識)を求めよ。中国からモロッコまで、ゆりかごから墓場まで、マグレブ(モロッコ)から中国まで」(アラブのことわざ)」などでしょうか。

ここではあえて目の前の現実(現在)だけに一喜一憂することなく歴史的にその地域と背景をとらえなおすことの重要さを述べています。

3.「2年目の9.11(ナイン・イレブン)の前に考える (自分の頭で考えるということ) 2003年9月9日」

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00020.htm

実は、5年も前の記事ですが、基本的に私のスタンスは変わっていません。

キーワードは、エリトリア、東ティモール、千年王国、宮本常一氏が聞いた、渋沢敬三氏(終戦当時財務大臣)の日本の戦争放棄(第9条)の成立にかかる秘話、ノーム・チョムスキー、9.11、死の商人、軍隊と警察、むのたけじ、山のかなた、アフガン戦争、イラク戦争、などでしょうか。

思えば、1997年にエリトリア、2001年には東ティモールと、紛争直後の地域に開発援助の調査団員として入国させていただいて、期せずも、非常に貴重な経験をさせていただきました^^?

今でもフィリピンのミンダナオの紛争地域の仕事にもかかわっているし、私もそのうちに「平和構築専門家」の看板を掲げようかしらん^^?

「社会配慮」の専門家として紛争地域への社会配慮は難しいだけにチャレンジングですし、そもそもアラビア語を学んだことをきっかけに地域研究や歴史研究の視点を身につけた(まだ修行中ですが)しばやんって結構、奇特な経歴の持ち主かもしれない。

‘時代’がやっと‘しばやん’に追いついてきた*って感じ^^? なわけないか^^?

*ダウンタウンの浜ちゃん(H・Jangle with T)の「WOW WARTONIGHT」(1997年)という曲の歌詞より。

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/d030035.htm ご参考まで^^?

このブログ内の過去記事をみるには、「’わたし’の平和学~冬が来る前に!」のカテゴリーを参照ください。 → ぜひ、初めての方はご一読を^^?

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

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2007年8月 6日 (月)

4.日本における‘平和学’について

ちょっと準備不十分だが、私の問題意識のみメモしておく。

日本に果たして本当の意味の‘平和学’はあるのだろうか。広島、長崎で、人類史上初の原爆の被害を蒙ったということは歴史上の事実であるが、私が世界を回る中で感じたことは、平和のコインの裏面である戦争(学)との関係であった。

いま、平和学というか‘平和’を学問的にも深めようという動き、これは‘テロとの闘い’や‘復興支援’や‘紛争解決’の手段としての‘平和学’への日本国内、特に若い人たちの間でも関心が高まっていることは事実として認めるのだが、どこまで根を張ったものなのか疑わしいというのが、私の本音である。

諸外国における文民と武人との関係や、軍隊や職業軍人の社会的な地位の高さについては、今までも触れてきたと思うが、世界の常識では「戦争」と「平和」はいわばコインの両面という認識が一般的である。(これはよいとか悪いの問題ではない。)

そんなときに、日本の一部のとある政党ではないが、‘平和’しか考えないことは、その思想的にもバランスを欠くし、実際、それは学問的にも浅く、‘戦争’という反面をみないことの危険性は、百害あって一利なしだと思うからである。

この続きは、歩く仲間(HP)にてお楽しみください^^?

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog089.htm

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平和のハット・トリック+ワン(その1)

1.全てはここから始まった。

今日(2007年8月6日)、世界は人類史上初の実験ではない戦略兵器としての62年目の原爆投下の日を向かえた。いわずもがなの広島の原爆投下の日である。1945年8時15分、ところで、セプテンバー・イレブンで、いちやく(再)有名となったのが、ニューヨークのワールド・トレードセンター跡地をいう「グランド・ゼロ」という言葉なのであるが、この「グランド・ゼロ」の元もとの地が、「広島」であったことを誰が知っているであろうか。(実は不明ながら、私も指摘されるまで気が付かなかったというより知らなかった。)

さて、なぜ‘いまさら’なのだが、私にとっては、今年は「広島」と逢ってから四半世紀つまり25周年にあたるのである。

この続きは、歩く仲間(HP)でお楽しみください^^?

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog088.htm

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2007年5月 7日 (月)

日本国憲法 施行60周年

さて、今年の憲法記念日(5月3日)は、今までとは非常に違った風向きとなったようである。朝日新聞の記事によると、つまり、改憲論議がいよいよ高まっているそうなのだ。日本で実地に体験できたわけではないので、今、フィリピンのマニラで思うことを述べる。

実は、もう3年半ほど前になるが、2001年9月11日のアメリカの同時多発テロに関して記事を書いた際に、日本国憲法第9条について触れている。この記事より再度、引用させていただく。

Photo_4 宮本常一 『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993年(単行本は1978年)

お薦め度: ★★★★★、 ジャンル: 民俗学

以下、非常に長くなるが、最近何度目かに読み返して、気がついた宮本常一氏の文章を引用したい。(『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993、146頁を参照)終戦直後の昭和21年に渋沢敬三氏を東京に尋ねた折の時のこと。

「ちょうど役所(先生は当時大蔵大臣であった)から帰ってきた先生は「幣原さん(当時首相)は大変なことを考えておられる。これから戦争を一切しないために軍備を放棄することを提唱しようとしておられる」と昂奮気味に話された。

「軍備を持たないで国家は成り立つものでしょうか」とおたずねすると「成り立つか成り立たないかではなく、全く新しい試みであり行き方であり、軍備を持たないでどのように国家を成立させていくかをみんなで考え、工夫し、努力することで新しい道が拓けてくるのではないだろうか。一見児戯に等しい考え方のようだが、それを国民一人一人が課題として取り組んでみることだ。その中から新しい世界が生まれてくるのではなかろうか」と言われた。」

今、安倍晋三首相が、教育基本法を改定し、さらには改憲論を持ち出しているが、私は、非常な危機感を感じている。それを、なぜ、どう考えたらよいのか、そんなことを考えるきっかけを、このブログでも取り上げていきたいと思っている。

面倒なようでも自分で考えるということを怠ってはならない。日本国憲法について、2冊、紹介させていただく。いずれも税込み300円の小冊子だ。ぜひ手近において、折節に読みかえしてほしい。

Photo_5 文部省教科書 『復刊 あたらしい憲法のはなし』 小さな学問の書② 童話屋 2001年

お薦め度: ★★★★☆

私は、今でもこの日本国憲法の第9条を解説した部分を読むと、その崇高な理念とそれを学童に教え説こうとした執筆者の熱意に目頭が熱くなってくる。たぶん、本文で触れた渋沢敬三氏の言葉にあるようなことを、まさにみんなで考えようとしていた時代を感じることができる。

Photo_6 童話屋編 『日本国憲法 付 教育基本法 英訳日本国憲法』 小さな学問の書① 童話屋 2001

お薦め度: ★★★★☆、

今年の誕生日(4月1日)に、何をもさておいて、わたしは『あたらしい憲法のはなし』と『日本国憲法』を読み返した。今年は、憲法にこだわってみたい。

私のスタンスは、基本的には3年半前と変わっていない。‘死の商人’や‘キリスト教原理主義’などにも触れているので、ぜひ以下を参照されたい。

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00020.htm

「2年目の9.11(ナイン・イレブン)の前に考える (自分の頭で考えるということ) 2003年9月9日」

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なぜ‘冬が来る前に!’なのか?

今回、「歩く仲間ブログ」に、‘冬が来る前に!’というカテゴリーを作成しました。このテーマについては、2007年の‘歩きながら考える’の特集記事として「歩く仲間HP」で今年の通年テーマとして考えています。

2007年 新年のご挨拶
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/y2007NewYear.htm

冬が来る前に (その1) 2007年を迎えるにあたってhttp://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00031.htm

冬が来る前に (その2) ダーウィンの悪夢をみてhttp://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog046.htm

すこし以前の記事ですが、こんなんもあります。

アメリカ同時多発テロと東ティモールのPKF http://homepage1.nifty.com/arukunakama/d030024.htm

チェチェン武装勢力のモスクワ劇場占拠事件に思うhttp://homepage1.nifty.com/arukunakama/d030028.htm

剣を取る者はみな剣で滅びる(マタイ26-52) 映画“パッション(キリストの受難)”をみてhttp://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00021.htm

しばやんのアウティング@スービック(米軍 海軍基地跡とピナツボ火山噴火の後をみて思ったこと) http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00027.htm

イギリス・ロンドン同時多発テロ勃発

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/d030041.htm

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog011.htm

誰のための旗? 国旗を掲げるということ。http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog033.htm

テーマは、‘開発(援助)’というより、それ以前からの私の問題意識、例えば、差別、原爆のこと、死の商人のことなどを扱います。その中で、私自身の‘反西洋思想’をも扱います。書きたいことがいろいろあるのですが、まとめて書くのもしんどいので、断片的になってしまうかもしれませんが、折節につづっていきたいと思います。

想定されるテーマ

1.なぜ、私が原爆や平和や差別にこだわるのか?

2.私の(擬似)被爆体験 ~1985年4月11日 人間をかえせ をみて~

3.平和のハットトリック・プラス・ワン(被爆地巡礼(広島、長崎、夢の島)+ゲルニカ@マドリッド)~

4.死の商人とは(ちょっと気が重いテーマ、でもある程度ふれざるを得ない)

5.差別と辺境地 ~異人論考~

6.‘知は力なり、ただし、開かれたものでなくてはならない’ しばやん@1991

7.なぜ、今、平和憲法が必要なのか。日本国憲法・再考

8.21世紀に求められる総合的な知の体系(パラダイム)とは?

う~ん。いかにも難しそう^^?でも、そんなに肩の凝るような話ではないです。なぜなら、私の体験というか経験からおこした話のなので、決して理論や理屈や、形而上学の話ではないからです。

過去のネタもいろいろあるのですが、やはりビビッドな感動を与えてくれた映画や考えるきっかけをつくってくれた本など関連する最新の話題についても同じカテゴリーで紹介していきたいと思います。

また裏の目的として、日本国憲法施行60周年に対する‘しばやんなり’の議論のネタだしということを考えています。 ← これは、ちょっとというか‘かなり’本気です。

よろしくご高覧ください^^?

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2007年5月 6日 (日)

.‘幻想’の「近代人」と‘実態’としての「近代資本主義」 (藤原正彦 『国家の品格』を読んで)

2年前に非常に話題になった本を、遅ればせながらようやく読んでみました。

Photo_3 藤原正彦 『国家の品格』 新潮社 新潮新書 2005年11月20日

話題度: ★★★★☆、 お薦め度: ★★☆☆☆

トンでも本度: ★★★★☆

一言評価: 話題についていくために読んでもいいが、内容はかなりいいかげん。

2005年末の発売以来、いろいろなところで話題になっており、近しい友人からも薦められていたのだが、ようやく、マニラ日本人会図書館で借りて読みました。

一言でいうと、「気持ちはわかるが、かなり論理に飛躍がある」といった感じです。もとより、「第2章「論理」だけでは世界が破綻する」、「第3章 自由、平等、民主主義を疑う」、「第5章 「武士道精神の復活を」、「第6章 なぜ「情緒と形」が大事なのか」というような問題の立て方をしているのですから、論理はどうでもよい(と本人は言ってはいないが)我田引水的な個性的な理論を組み立てています。

問題点が2点、1.上記2章、3章で言っていることは正しいし、特に、第3章のことはわれわれの世代では既に常識になっており、氏のいわんとせんところは分かりますが、なぜ、「武士道精神」なのか、というところがよくわからない。2.また奇異に感じるのが、なぜそこまで、「欧米」にこだわり反発するのかです。

以下、わたしの自論を述べます。

1.‘幻想’の「近代人」と‘実態’としての「近代資本主義」

「欧米」の「近代資本主義」が破綻しているのはもう、私たちにはわかりきっています。このことについては、私のHPやブログで何度も述べていることです。あと、私の今の到達点としては、「近代資本主義」を始め、近代・現代のパラダイムは、ほんの世界の片隅の方だか10億未満の先進国といわれる人たちの中で共有されていると信じられているだけであり、世界人口を60億人とすると、わずか5分の1の人だけの価値感(もう宗教といってもいいのですが)でしかありません。‘実態’として存在する近代資本主義、しかしながら決してたどり着くことのできない‘幻想’の「近代人」ということは、岡田斗司夫が既に12年も前に述べていますし、彼以下の世代は、とっくに「近代人」になることをあきらめています。

ここで気をつけなくてはならないのが、「欧米」自体をもっと相対化する必要があります。日本人は、すぐ日本人vs欧米人という対立を持ち出しますが、そこでは「欧米」自体の多様性と階層性が無視されています。ラベリング理論の限界であるのですが、結局、われわれが使っているのは「欧米」というステレオタイプの、われわれ日本人が勝手に作り上げた「欧米」像でしかないということに気をつける必要があります。

今、「反西洋思想」(Occidentalism)という言葉が話題になっていますが、これは、エドワード・サイードが言い出した「オリエンタリズム」という概念と密接に関連することは明らかなのですが、われわれに必要なのは、個々の人間をみることであり、実態や実感のわかない「概念」用語に、わかりもしないのに振り回されることではありません。

藤原氏もある程度に、具体的な‘西欧人’との会話を引用していますが、これは、彼いうところの「世界のトップ・エリート」との会話がほとんどです。つまり、普通の市井の人との会話から生まれた議論ではありません。彼の知っている限られたエリートや、「欧米史」の一部の知識から話しているだけのことです。(彼の言っていることは、一般の日本人には受けるが、学界では常識の話。)

われわれは、先進国でも黒人や移民、マイナリティー、テレビや映画の表舞台には、なかなか(決してとはいわない)でてこない‘普通’の人たちをどこまで知っているのでしょうか。ましてやイスラームの人たちや、世界中の長い歴史と文化をもつ‘途上国’といわれる人たちが、日常考えていること、彼らの行動規範をどれほど知っているのでしょうか。

21世紀を生きかつ考える際に、絶対に押さえておかなくてはならないのは、イスラーム(特に、エジプト、イラン)、インド、中国など、文字に書かれた長い歴史をもつ人々の世界観、無文字世界ではあっても、それなりの倫理と論理をもつ世界のひとたち、つまり、①西欧、②日本、③文字文化をもつ今まで(中世まで)の先進国世界、④無文字世界の人たちに対する理解の、少なくとも4つの尺度を持つ必要があると思います。

当然、そんな教育は日本ではやっていないので、自分で身につけようと努力する人でないと、「21世紀の国際人」は語れないでしょう。

2.日本のソフトウェアは、「武士道」だけではない。

ここで、私が勉強している「開発民俗学」に引きつけていうと、世界はそれほど単純で簡単なものではないということと、世の中の重層構造にもっと眼を向ける必要がある。ということです。私の敬愛する歩く仲間の大先達のみなさまは、‘普通’の人たちの世界に暖かいまなざしと尊敬、信頼の念を置いています。宮本常一、鎌田慧、家島彦一、鶴見良行、前嶋信次、どなたもそれぞれの分野で偉大な業績を上げている方々ですが、実際に現場から問題を立てて、記録に残されない普通の人々の喜怒哀楽を共にする。アラビア史の前嶋先生に限って言えば時代的な制約があったにせよ、他の方全てが、フィールドワークを研究の出発点として、‘大’理論から遠くはなれて、事実を積み重ねて自論を展開していきます。

また少なくとも、日本を語るには、網野善彦、宮本常一の現状認識の方法論を知らなければならないと思います。彼らの書いてあることがいい(絶対と言っている)のではなくて、その対象へのアプローチの仕方にこそ、学ぶことが多いということです。

私は、まだ「武士道」自体について調べていないのですが、もし自分が調べるとしたら、1.「武士道」の考えからの歴史(的変遷)を通史的に、しかも武士とは違う人たちの価値観との違いを押さえていくこと、たぶん「武士道」だけの価値観は‘純粋には’抽出されないであろうというところまでみえていますが、2.仮に「武士道」のエッセンスが概定されたとしても、それを現代に生かすためには、かなりの取捨選択が必要であろう、つまり21世紀の価値観で、新たに「武士道」たるものを再発見していく、今の価値判断で間違っているとかおかしいものは思い切って省いていくという作業が必要であると思います。

つまり、「武士道」の再構成が、今、求められているのです。私が思うに、それは既に、藤原氏のいうものとも新渡戸稲造のいう「武士道」とも違ったものになっているだろうと思います。

ぶっちゃけていわせていただけば、別に「武士道」などという‘過去の栄光’というか‘看板(ラベル)’を使わなくても、シンプルに、日本人の‘価値観’を世界に問うてゆけばよいのではないでしょうか。

全てのものが‘よい’とは、納得いただけないでしょうが、いくらかの部分は世界的に同意・納得いただけるかもしれません。つまり、藤原氏のいうところの、‘普遍的な’価値観のある一部分を、日本の知見から提示できるのかもしれません。私としては、それだけで、十分に日本人の世界における‘存在価値’というもの、これが、藤原氏のいう「国家の品格」と同じ‘もの’であるのかわかりませんが、であろうと思います。

P.S.

ここまで書いてきて、なんで、みんな‘セットメニュー’が好きなのかと思いました。「近代資本主義」にせよ、「イスラーム」にせよ、この「武士道」にせよ、それぞれの宇宙観や世界観を内在しています。でも、このセットメニューを受け入れるか受けいれないかを議論するのではなくて、それぞれの‘いいとこどり’をするというアプローチがあってもよいし、それが、まさに日本人が今までやってきたことなのではないのでしょうか。

私は、「よいものはよい」ということを、それぞれが主張しあって、優劣を決めるのではなく、「それもあり」なのだということを、それぞれが学んでいくことが、世界の多様性と未来への可能性を確保することにつながると想うのですが、いかがでしょうか^^?

あと問題を単純化するのがみんな好きだなあと思いましたね。絶対に論文としては、この本のような進め方はNGだと思います。みなさんの情緒に訴えるというか、まあメディアをうまく使っているといえば、それまでですが、もっと‘自分で考える’必要があると思います。冗談ではなく、本当に。

(この項 了)

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