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2017年6月 3日 (土)

【歩く仲間通信 20170603】

みなさん、ご無沙汰しております。
いかがお過ごしでしょうか。

新年のご挨拶以来、ほぼ半年がたち、もう6月となってしまいました。本当に、あっという間のことです。

私はといえば、1月はレポートの作成など大学院の後期の授業の後始末でそれなりにがんばっていたのですが、2月3月と授業がなくなったのを機に、一気に気が抜けてしまいアルバイトには行きつつも、修士論文に関しては完全にスランプに陥っておりました。

4月に大学の前期の授業が始まり、修士2年目の研究計画書を4月末に出すという段階になってあわてて自分の怠けぶりをのろってみたり、いや今更、後悔しても仕方がない、できる限りをやるまでと、とにかく緩んだ頭をたたき起こして、なんとか先生や学友らのアドバイスもあり、5月24日の地域づくりユニット内での進捗報告を乗り切りました。

たくさんのコメントをいただきつつも、今年に修論を出せる状態ではないとは判定されなかったようなので、とにかく11月初めのユニット内での修論の初稿の提出を目指してがんばろうという状況にまでメンタル面でも回復しました。

2、3月はプチ引き篭もりをしておりましたが、改めていろいろ相談したり雑談のできる友人というか人との接触の必要さを痛感した次第です。

そんな感じでずいぶん落ち込んではいましたが、そのときに救いというか唯一の気晴らしは、2月18日からロードショートとなった、こちらの映画の鑑賞でした。


実は、昨日(6月2日)、たぶん、見納めだと思って名古屋まで車で、この映画とX Japanのドキュメンタリー映画をはしごでみてきました。


【「残された人びと」の物語とは】

いみじくも、というか二つの映画を、Xからソードアートと続けざまにみて、深夜に1時間ほど車を家まで走らせながら、しみじみと考えていたことは、そうだ、偶然かもしれないが、これらの私の心を揺さぶる物語は、二つとも、「残された人びと」の物語なんだと独りガッテンしていました。

みなさん、今、アラフィフからアラフォーの方々は、まさに直球のドストライクなリアルタイム世代かと思いますが、あの天下?のNHK(日本放送協会)が始めて作ったテレビアニメーションシリーズが宮崎駿監督のルーツの一つといわれる『未来少年コナン』でした。


1978年4月放送開始だそうなので、私が8歳のとき、その後の銀河鉄道999やガンダムの少し前になるのでしょうか。

ともかく何度も再放送されているので名前くらいは聞いたことがあると思います。このアニメの原作が、アレグサンダー=ケイの『残された人びと』なのです。確か私は、小学校か中学生のときに、ジュブナイルとして翻訳されたもの(1974年だそう)を読みました。再刊もの(2001)や新装版(2012)が今でも手に入るそうです。


amazon 新装版 残された人びと


アマゾンのコメントや、たぶん関連のブログとかにも書かれているでしょうが、アニメの原作とはいえ、まったくアニメの内容とは異なるようなハードな内容でして子供心にもかなり重たく、そして記憶に残る内容とタイトルでした。

たぶん、私はこのジュブナイルを読んでから、ずっと40年近く「残された人びと」のことを考えてきたのだと思います。

ちょっと毛色が違うようですが、この記事で取り上げた演劇もまた「残された人びと」の物語です。


【今、「残された人びと」のことを考えるとは、どういうことなのか。】

結局、誰もが生まれたときから、死へのカウントダウンを始めます。誰もが自分がなぜ生まれ、そしていつ死ぬのか、なぜ死ぬのかも知らない。そんな中で不慮の事故や病気、思いもかけない理不尽な非業の死を遂げる人がたくさんいる。

その一人ひとりの想いは、いったいどこへ消えてしまうのだろうと思ったことはないでしょうか。

身近な、あるいは一期一会の人との別れから、われわれは何を感じて考えて、その屍を乗り越えていくのか。

X JapanのYoshikiも、また無数の「痛み」を持ったひとりの人間でありました。実は、2016年にNHKのミュージック番組のSONGSでも、この映画のことが取り上げられ数曲が披露されたわけですが、この映画はすごいです。

誕生日ごとに楽器を買ってもらっていたというクラシックピアノをやっていた呉服屋のボンボンが、10歳のときに父親の自殺に直面し、母親がドラムを買い与えたというYoshiki、クラシックから完全にロックに転向し、ヴィジュアル系の走りといわれたX(のちにX Japan)を結成。確かに同時代人ではありましたが、ほとんど完全にスルーしていました。たまたま松田聖子に楽曲を提供したり、昨年は、紅白歌合戦で楽曲やパフォーマンス(ドラムとピアノ)をみて、なんかすごいくらいにしか思っていなかったのですが、この映画や、何枚かのCDを買って、あらためてそのYoshikiとX Japanの壮絶なストーリーを知った次第。まったくの不明を恥じ入るばかり。

また、ソードアートオンラインという、オンラインゲームの中に閉じ込められた10000人の人たちは、ゲームの中の死イコール現実の死というデスゲームに巻き込まれます。ゲームをクリアできなければ、ずっとゲームの中に閉じ込められたまま。2002年にウェブに書きこまれた小説は、2008年にライトノベルとして小説化、2度のテレビアニメ化の後、舞台の設定とした2024年に、あと7年となった今に、ようやく劇場映画化。

正直、ライトノベルもアニメもまったく知らず、そもそも今、テレビアニメはみていないし、ただただ神田沙也加がユナというARアイドルにゲスト声優として出演しているというだけで、見に行ったのですが、結局、12回くらい劇場に足を運んでしまいました。

子供向けのアニメかと、ちょっと舐めていたわけですが、やはり児童文学やマンガの世界と同じく、クリエーターの人たちは、子供向けではなく、ガチで世界と闘っていました。

今では、ネタバレサイトや素人の解説記事のブログなど、インターネットでいろいろ調べることができるので、ここでは詳しくいいませんが、この劇場版ソードアートオンラインもまた「残された人びと」の物語で、ARアイドルのユナが歌う劇中歌や、Lisaが歌う主題歌も梶浦由紀の曲もまた、見事にSAOの世界観と過去のアニメやライトノベルでのエピソードを踏まえた、ちょっと悲しいけど希望を持たせてくれる、いろいろなことを考えさせてくれる話でした。

結局、何がいいたいのといわれそうですが、この2ヶ月、修論の構想を練り直して、発表させていただいて、いろいろなコメントをいただいて、自分なりに思ったことは、結局、今、自分がやるべきことは「開発民俗学」を創るために一歩でも二歩でも歩みを続けることで、私がサブタイトルに挙げている「われわれの物語」とは、「残された人びと」つまり、今、生きている「われわれ」の物語を創ることに他ならないということです。


非情なようですが、現世に対して悔しい想いを、そして彼らが彼女らが「残していかざるをえなかった人たち=残されたわたしたち=残された人びと」に対して、何を残したかったのだろうか、また現実に何を残したのかを考えつつ、屍を乗り越えていかなくてはならないと決意を新たにしました。

今年は修士論文を控えているので、あまり通常のブログの記事の更新ができません。

でも、フェイスブックでは、いろいろ情報をシェアしたりつぶやいておりますので、また折節にからんできていただけますとさいわいです。

ではでは^^?

おまけ

いろいろ今の政治にも言いたいことがたくさんあるのですが、マインド・ユア・オウン・ビジネスということで、当面は研究に専念します。

2015年から全然更新していませんが、現状は、もっと悪くなっているかな。私が上に述べている「屍」とは何かが具体的に書いてあります。



いわゆるサブカル系の記事。映画や音楽の話題も、いろいろ書きたいことがあるのですが、なかなかアップデートできません。

ただ、「歩きながら考え」てはいます^^?

柴田 英知

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