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2013年9月 8日 (日)

<2020年 東京オリンピックについて思うこと>

初出:フェイスブック書き込み 2013年9月8日


<2020年 東京オリンピックについて思うこと>

ついにオリンピック開催国が決まりましたね。正直、東京は難しいと思っていました。自分的にはイスタンブールくらいがおもしろいと思っていました。

ちょっと断片的にテレビニュースをみだたけですが、なによあの安倍さん(首相)の「放射能(汚染は)完全にコントロールされている。(Under control)」という断定振り!もうあきれて、お前はアホかとテレビに突っ込みそうになりましたが、あのブラフ(はったり)はなんとかならないですかねえ。面の皮が厚いとはこういうことをいうと、つくづく思いました。

まあ、考え方によっては安倍さんが世界的な失笑を買うという泥をかぶったといえなくともないので、今後は、安倍さんの悪口はやめて事実のみを見据えてやるしかないなと思いました。

とにかく今、われわれ日本人がやらなくてはならないのは、福島の原発の現実と、真の東日本大震災の復興とは何か、そして来るべき南部トラフ大地震に備えることです。この3点をきちんとやらないことには、2020年を迎えることができません。結局、ぶつくさ文句をいいつつも、自分も時代の子であり、日本人だなあと今回つくづく思いました。

また一連の日本代表団の映像をみて思ったことは、私的な話ではありますが、ああ、自分は前に出る必要はないんだなということ。今まで、若い頃は、自分が自分がで、出しゃばってきましたが、これからは裏方に徹しようと思いました。言動として表にでてくるものは実は、ほんの一部で、それをパフォーマンスする人々の内面世界にこそ、焦点を当てるべきではないかと。

それを踏まえて、これからは執筆とセミナーと小集団活動で自分のまわりから、そして同時にインターネットを使って、全世界へ向けて情報発信をしていきます。

お前ごときに語るだけのものがあるのか?と、みなから突っ込まれそうですが、わたし自身がもっていないくても、‘あなた’の中にある語るべきものをひき出せれはよいことで、具体的な戦略としては、先人の語りを引き出し、それを共有するチャンネルや場を設けること。つまり場をつくる、場の設営をする裏方に徹しようと思っています。

これからはコラボレーションワークが多くなるなあという予感と、自分としての課題研究=開発民俗学の構築にしか、私の存在価値はないと思います。

今まで散々、心身含めて放浪してきましたが、いつまでも目的もなく彷徨っているわけにはいきません。着地点を見据えて、そこに向けて収束させていく。それが、今後の10年の課題です。

5年後: 開発民俗学ネットワークの構築(国内) 50歳までに博士号。(のこり7年)

10年後: 開発民俗学ネットワークの構築(世界)

さて、では開発民俗学とはなにか?それは、一言でいうと、「日本発の開発学」です。まず、私はこれから博士号を取るまでは、ディスプリンとして「開発民俗学」の位置づけを行なわなくてはなりませんが、究極の目的は、世界中で、それぞれの場所で、それぞれそこに住む人が自分の足元を掘り起こし、誇りと自信をもって地域に活きて生きてほしいということです。そして願わくば、その物語をみんなで共有できたらよいのでなないか。つまり‘平の人’による足元からの世界革命です。今日日、世界革命などというととんでもない時代錯誤に思われるかもしれまんが、もう少し上品にいうと「パラダイムを書き換える」ということです。

パラダイムが変わることを、端的にいうと、「天と地がひっくり返る」ということです。地動説から天動説へのパラダイム・チェンジが、まさにそのことでしょう。

ただ、意地悪な人はいうんですよね。結局、われわれは天動説という言葉は知っていても、いまだに?日は昇るという人間の言葉や認識は変わっていないではないかと。

確かに日が昇るとは、私だっていいますよ。確かに表面的には地球と太陽の関係、特に人間がみる現象面では何も変わっていないのかもしれません。でも天動説というテーゼを受け入れた時点で、自分のみている世界は全く変わっていなくても、地動説ではない天動説があるという可能性を認めたということで、そこを深めれば、天動説的な見方ができるようになるのかもしれない。

つまり自分の既存の価値観以外のものの存在を知ることが、何かが変わるきっかけとなると思うのです。

まずは、地球が太陽をまわっているかもしれないと気づくこと、そんな自分の足元を揺さぶるようなきっかけ作りを世界中で仕掛けていく。そうすれば、人間としてのあるべき姿に気づくのではないかと思います。

まあ、私がいわなくても世界中で、日夜みなさんがやっていることなんですけどね。自分なりのやり方で、その戦場?に参戦したいというだけの話です。

‘チェンジ・ア・ワールド’

まずは、そこから始めましょう!
ではでは^^?


2013年9月8日

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