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2013年8月 7日 (水)

68年目の廣島原爆投下の日に思うこと

初出:フェイスブック クロスロード・オブ・ハッピネス 2013年8月6日の書き込み


<68年目の廣島原爆投下の日に思うこと>  2013年8月6日


しばやん@ホームです。先週末の東京往復と、そのまま仕事でもう火曜日ですね。そう、今日は廣島の原爆投下68周年だそうです。NHKのBSニュースで。「はだしのゲン」という漫画の特集をやっていました。日本に留学中のイラン人の女子学生がペルシャ語版を2年がかりで翻訳して、イランの当局を説得して先月に、イランでペルシャ語版が発売になったことと、アメリカでも注目を集めているというイランとアメリカでの現地取材の報告がありました。ちなみに、すでに20ヶ国語に翻訳されているそうです。


あれから68年、43歳の私が知る由もありませんが、68年!たっても日本は原子力の悪魔の力の前に身をすくめて息をしています。当時、訳もわからず原子の業火に焼き殺された人は、そんな同胞をみて悔しさに涙も枯らした゜日本人’は、一体、どこにいってしまったのでしょうか。そして、亡くなった人たちは68年後の現代をみて何を感じるのでしょうか。


あまりにひどいことだと思います。あの時、焼き野原で、日本の復興を誓った人たちはどこへ行ったのでしょうか。


平和憲法の戦争放棄を期待と驚きで見守った日本人はどこにいったのでしょうか。


私は、昭和22年8月2日に発行された文部省の中学校一年用の社会科の教科書「あたらしい憲法のはなし」が大好きです。


私は、現代社会を、「未完の民主主義」の時代だと認識しています。もっと言えば民主主義自体を疑ってもいるし、単純に手放しでよいものといえるだけの知識も確信もありません。

いや、本能的に、出来ない(たどり着けない)ものだと感じています。ただ、今の時点でとりあえずの方向性を示しているとはいえ、もっとよいもの(具体的な案があるわけではなりません)がでてきたら、過去のものとなってしまうものであると思っています。でも今までの主義からすれば、まあよかったかなという評価は与えれれるでしょうが。


戦中派のいわゆる岩波知識人たちは、民主主義と平和の姿を描ききれなかった、ビジョンとして示しきれなかったのではないかと思っています。


世の中、有識者などといわれるエリートだけの世界ではないので、彼らをせめるのもお門違いで、要は、日本人それぞれが、それぞれの立場で、どれだけあの太平洋戦争を教訓として乗り越えようとしたかというだと思います。


子供も大人もお年よりももう一度、原爆時代の刹那さをかみ締めたらよいと思います。われわれの‘ちっぽけな’しあわせは、誰かさんの指先のボタン一つで簡単に吹き飛んで焼き尽くされてしまうのですから。


‘貧困’と(いわれるもの)と闘うことより、原爆や原発をなくす戦いのほうがよっぽどみのりもあるでしょうし、なにより明日への希望があります。


今の地球の限られた資源を考えると、貧困の大多数の人たちがいるからこそ、ほんの一部の人たちが豊かな生活を送れるのであり、もしみんなが豊かになってしまったら簡単に地球は定員オーバーで、それこそそれぞれのグループが生き残るための戦場、自分のグループ以外のものを必死で減らそうとする殺戮ばかりの地獄となるでしょう。


もう遅すぎるかもしれない、でもなんとかまともな世界に軌道を修正したい。そんなことを考えています。


参考:ちょっと古い記事ではありますが^^?




この項 了

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