« <開発民俗学ゼミナール 第1回> | トップページ | 開発援助実践の現場で‘第三舞台’の創造は可能か? -参加型開発を超えて!- 発表資料 »

2013年5月28日 (火)

‘第三舞台’論 - プレゼンテーション資料(案)

初出:facebookノート 2013年5月28日

----------------------------------
プレゼンテーション資料のl構成(案)
 
1.フォーマット
 
パワーポイントで作成する。
 
2.方針
 
図表を中心にして、コンセプト図を見てもらいながら説明する。
 
3.図表の内容(案)
 
- 舞台の絵 ステージと観客席
 
- 東京タワー作戦 見る存在でありながら見られる存在である
 
- 四次元把握の図その1
人の場合 人を中心に前後左右上下 プラス 時間軸
 
- 四次元把握の図その2
地域の重層性 空間軸、時間軸、
 
- 違った立場があるということを認めること
 
A と B の二つの立場の違いを図示してみる
※空間的な隔たり、アッパー・ローワー、外と内、ホームとアウェイ など、立場(まさにそうだ)が違うものが出会うときにどのような出会いがあるのかを図示する。
※異文化コミュニケーション論のフレームワークがおもしろいかもしれない!
 
- 場をつくるということ
A と B に加えて、Cという場を設定する。
※cが、どのような位置に当たるのかをシュミレーションする。そのなかで望ましいcのあり方とは何かを考えてみる。
 
- Cという場が成り立つために必要な条件
仮にAにとってもBにとっても心地よいCという場が存在するとしたら、その前提条件になるものは何であるかを考えてみる。
 
- A, B, Cともにそれぞれの場から漏れているものとは何かを考える。
その場から漏れるには少なくとも二つの側面がある。空間的・物理的に漏れ落ちる。そして精神的に漏れ落ちる ←実はこれが一番、厄介。なぜなら、自覚がないからに漏れていること自体に気が付いていない。
 
- 全て漏れなく救わなくてはならないのか。
あえて見てみぬふりをする。時期尚早と後回しにする。実はどちらもありで、現実は意図しようがしまいが漏れている不完全な状態で動いていることのほうが常態。
※ここでフィールドワークにより、AはBの目を持って、BはAの目を持ってそれぞれの自分の足元を見直すことが必要、
 
- 場の存在に気がつき、それぞれの違いと共通点に気がつくことができる人
A, B のそれぞれの場の特性に気がつき、それぞれを代表して掛け合うことが出来るインターフェイスが必要、それをチェンジエージェントと呼ぶ。てチェンジエージェント間の交渉でCという場所の設定が行なわれる。
 
- チェンジエージェントの資質と、その限界
個人に重きを置くも、その個人であるが故の限界も同時に存在する。いや個人の限界こそが、その場の限界となっているケースは多い。
 
- 限界を乗り越えるために必要なもの → 学びつつける個人と組織
時間、集団管理体制、グループメンバー間でのディスカッション。
AでもなくBでもなく、Cという新たな場所に立つことにより、見えてくるもの。
※ワークショップ(グループワーク)とファシリテーション
→ 場がもたらす高揚 = グループダイナミクス
 
- AとBは、Cという場に立つことにより、初めて、AとBを相対化してみることが出来る。
A,B,Cは、それぞれ異なるものである。しかしCは、AでもなくBでもないことにより、A, Bそれぞれの立場のものにとって、価値のあるものとなる。
つまり、A と B は、Cがあることにより、WIN=WINの立場に立つことができる。逆に言えば、A と B の二者間のみの関係性において、WIN=WIN の関係を築くことは難しいといえる。
なぜならば、それぞれの土俵に引き込もうという力学が必ず働くからである。
最初から、AでもなくBでもないCという場を設けることをゴールにするほうが、A,B 間交渉は容易である場合が多い。なぜなら、Cは、AにとってもBにとっても、ホームではなくアウェイであるという前提が事前に了解されているからである。
 
- Cというコモンズ(共有地)の重要性
Cのことを、コモンズ、公共圏、アジール、無縁などということもできる。
すなわち、Cという場をつくることは古今東西、人間社会でなんどTぽなく繰り返されてきたことであり、なんら特別なものではない。
 
それがすなわち地域の重層性であり、地域は人間の生活の営みによってのみ再生産されていくものである。
 
地域の重層性を掘り起こすこと、自分の足元を掘り起こすことが地域の過去、現在、未来を開くものであるといえよう。
 
- 開発民俗学およびチェンジエージェントの立ち位置
 
その地域を識る手立てのひとつのツール(手段・道具)として、(開発)民俗学が存在する。
 
つまり、地域の地理や歴史を識るための「フィールドワーク」、自分たちを語りかつ知るための「ワークショップ」、それを手助けするための「ファシリテーション」の3つの技術を持ったものを、チェンジエージェントといってもよいであろう。
 
おのずと答えは、自分(たち)の中にある。チェンジエージェントは、それを表出するのを手助けするだけである。
 
- チェンジエージェントの素質について
 
チェンジエージェントのこころの根底にあるのは、よそ者(性)である。
 
地域開発に必要な者として、「若者、ばか者、よそ者」と広くいわれているが、「若者」は、大人ではないという「よそ者」、「ばか者」も常識人ではないという「よそ者」であるといえよう。
 
すなわち三者に共通するのは、「よそもの(性)」そのものであるといえよう。
 
この項 了

|

« <開発民俗学ゼミナール 第1回> | トップページ | 開発援助実践の現場で‘第三舞台’の創造は可能か? -参加型開発を超えて!- 発表資料 »

開発民俗学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101961/57479728

この記事へのトラックバック一覧です: ‘第三舞台’論 - プレゼンテーション資料(案):

« <開発民俗学ゼミナール 第1回> | トップページ | 開発援助実践の現場で‘第三舞台’の創造は可能か? -参加型開発を超えて!- 発表資料 »