« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月

2013年4月28日 (日)

修士論文を英語で書きます。 開発コンサルタントとしての宮本常一!

ちょっとメモ書き^^?

Some note on Dr. Tsuneichi Miyamoto, an Japanese fieldworker / anthropologist of Japanese folklore as development consultant.

Contents.

1. Brief history on the origin of Japanese folklore studies focusing on Mr. Kunio Yanagita and others.

2. How and by whom Dr. Miyamoto had learned and train himself as an fieldworker/ anthropologist.

3. Dr. Miyamoto's commitment to his era as an essayist, a lobbyist and a consultant.

4. His methods on fieldwork and facilitation skills in the communities on the grounds.

5. How should we success and learn from his actions as one development consultant.

まあ、簡単にいうと宮本常一さんを開発コンサルタントとして読み解いてみようという試みです。

実は修士論文では、柳田國男以来の民俗学者たちが如何に開発という問題に向き合ってきたかを野の学問であった黎明期の日本各地の好事家たちにさかのぼって、どのような志をもって民俗学が始まったのかを、その起源(オリジン)に立ち返って考察しようと考えています。

その大きな流れの中で、宮本常一さんの考えたこと、やったことを位置づけたい。宮本学だなどと、隔離するのではなく、やはり大きくは日本の民俗学が、当初、考えていたことを具現化したひとつが宮本常一さんと澁澤敬三さんの、社会に対してのコミットメントであったと思うのです。

キーワードは、ネットワーキングと巻き込み力、それぞれの足元を掘り下げるということでしょうか。

当初、日本語で修士論文を書こうと思っていましたが、やっぱり英語で書くことにしました。

上記の目次は、大学院の入試に提出する論文の中身です。 まず(入院前に)方向性と落としどころを考えておいて、修士課程では、常一さんが如何に柳田國男さんや澁澤敬三さん、そして同期や先輩の民俗学者そして、日本各地の民衆から学んだかを明らかにしていきたいと思います。

これを、英語でも日本語でも発表すると、日本人だけではなく、外国の特に開発途上国の仲間も学問と実社会のかかわりのあり方のひとつのヒントになるのではないかと思います。

かなり野心的ではありますが、日本発の開発学の一例になるのではないかとひそかに期待しております。 

いろいろみなさんのご意見やひらめき、感想をお聞かせください。 ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月12日 (金)

クロスロード・オブ・ハッピーネス (しあわせがゆきあうところ)開発民俗学連続講義

国際協力・異文化理解・わくわくワークショップ 2013

情念は時空を超えて!地域研究(中世アラブ・イスラーム旅行記)研究者が地域開発に出会ったら!

むかしむかしのこと、獣や人が歩くことによって轍ができ、その轍が多くの仲間によって踏み固められることにより道となり、やがて道と道とがまじわるところ(辻)ができました。そんなところに人々はそれぞれの‘地域’の‘モノ’と‘情報’を持ち寄り、お互いが持っていないものを補い合い、様々な‘しあわせ’について情報交換をしました。争いもあればロマンスが生まれたかもしれません。 天下の、もとい世界の風来坊を目指す?しばやんこと柴田英知が、国際開発コンサルタントとして歩いてきた‘途’を紹介します。

当初、AコースとBコースを、毎月やるという無茶なスケジュールを立てていましたが、吟味して統合してひとつにまとめました。 全部で、6回となります。それぞれ独立して楽しめると思いますのでお気軽に参加ください。参加費は、300円(資料代など)となります。直接、会場にお越しください。各回、午前10時から12時まで、有志のかたによるランチミーティングも予定しています。ぜひ、会場でお会いしましょう!

<Aコース>

歩きながら考える‘世界’と‘開発’・・・開発民俗学の視点から世界をみると!
愛知県 岡崎市東部地域交流センター むらさきかん 第5会議室

<Bコース>

しばやんの世界のまちかどから・・・開発コンサルタントが歩いた世界の今!
愛知県 岡崎市図書館交流プラザ岡崎市立中央図書館(りぶら) 201もしくは301会議室

<時間> 午前10時から12時まで。セミナー終了後に有志によるランチ懇親会も予定しています。 各回300円(会場費、お茶菓子、資料代を含む)

第1回 4月21日(日)むらさきかん 国際開発のプロフェッショナル・開発コンサルタントと地域開発

第2回 4月28日(日)りぶら 開発コンサルタント・しばやんの世界あっちこっちめぐり(エジプト、イラン、ブルキナファソなど)

第3回 6月2日(日) りぶら 紛争地域と開発援助・・・エリトリアと東ティモール たぶん20世紀最後の独立国アフリカの角のエチオピアの北部にあるエリトリア、たぶん21世紀最初の独立国 インドネシアの東端 東ティモールでの国家建設のプロジェクトについて語ります。

※当初、5月26日(日)でしたが事情により日程を変更しました。

第4回 7月21日(日)むらさきかん 国際開発学会春季大会の口頭発表内容についての報告 開発援助実践の現場で‘第三舞台’の創造は可能か?…参加型開発を超えて!

第5回 7月27日(土) りぶら 地域総合開発プロジェクトのあり方について フィリピン・ミンダナオ島における円借款事業とプロジェクト形成調査について現実とあるべき論について語ります。

第6回 特別編 8月25日(日) りぶら 開発コンサルタント人生50年(仮題) 竹内清二さんを迎えて 元三祐コンサルタンツのしばやんの人生の大先輩に、日本のODAの黎明期から実際に携わったプロジェクトの数々を伺います。 

なお対象は、海外に関心のあるみなさん全てですが、特に仕事として開発に取り組みたい大学生、大学院生、まちづくりに関心のある方にも参考になる講座内容となっております。 ひろく拡散してください。 ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月 4日 (木)

情念は時空を超えて! 開発民俗学講義 『クロスロード・オブ・ハッピネス』…地域研究者が地域開発に出会うとき

初出: facebook note: 2013年4月4日



アラブ・イスラーム旅行記・地理書研究者でアラビストであるしばやんこと私・柴田英知は21年前、研究者への道を断念し、何を血迷ったのか開発援助の世界に飛び込みました。

大学でアラビア語とイスラーム(宗教を基盤とした文化・文明)を学んだ私は、大学3年生のとき、文部科学省の科研費で行われた『イスラームの都市性」という東京大学の板垣雄三先生が中心になって3年間にわたって行われた騒然300名を越す日本中のあらゆる分野のアラブ・イスラーム研究者を総動員しておこなわれた文部省初の総合地域研究の中締めに全国の大学院生・大学生を対象におこなった「イスラームの都市性セミナー」に参加する機会を得ました。

東京大学の東洋文化研究所で5日間にわたって日本の第一線の中堅・若手研究者の連続講義を朝からみっちり聞いて、毎日夜は宴会で一体、何コマの授業を受けたことでしょうか。1990年代初頭の状況で、日本で考えれれるたぶん最高の「地域研究プロジェクト」の最先端の研究者と昼夜を共に過ごした研究は、何にもまして私の研究生活を考える上で最高の経験でした。

そう、大学3年生のときに私に「地域研究者」としての自覚とその面白さ、興味関心が芽生えたのです。

このときはそれほど意識していなかったのですが、ものすごい情報量であったことは間違いないですね。なにしろ、第一線の若手や中堅どころの先生方が、さらに若い大学生や大学院生を相手に朝から晩までかんかんがくがくやるのですから^^?

ともあれ、そのときはピンとこなかったのですが、その約半年後に東京で公開シンポジウムが開かれました。「第5回「大学と科学」公開シンポジウム 都市文明イスラームの世界-シルクロードから民族紛争までー」 平成3年(1991年)2月11日(月)~12日(火)」ということで論文集がまとめられていますが、演者が総勢21名、日本のイスラーム研究の英知が結集していたんですね。今、それをパラパラと読み返してみると。

ともあれ、地域研究論に入ると話題が尽きないので、その当時の私自身の覚書を紹介しましょう。


実は、イスラーム関係だけではなく、他に大きな知的?な出会いが大学時代にありました。それは、大阪外国語大学の若手の先生方が企画してくださった地球環境論という毎回違う講師をよぶリレー式講義でした。これまた、すばらしい先生というか先達(大学の先生ばかりではなくNGO関係者やジャーナリストなどさまざまな大人?の方が話をしにきてくださったからです)


なにかぜんぜん話が進まないのですが^^? 今、思うといろいろな意味で最高の学生生活を送ることができたことに改めて気がついた次第。感謝あるのみです!

そんな奔放な大学時代を過ごしたしばやんは、何を血迷ったのか大学院への道を急遽めざすことにします。

そのときから開発コンサルタント会社に就職するまでの話は実は、別のところにかなり詳しく書いているのでここでは省きたいと思います。

ちらみ?してみたい人はこちらをご参照!



まあ、その後、いくつかの挫折?を経て、今があるというわけでして!

大学卒業後、ほぼ7~8年ぶりに仕事とは全く関係ない(こともないですが)内省的な文章を書くという二足のわらじを履き出したのですが、それがすなわち歩く仲間プロジェクトの始まりでした。

そんなかんなで仕事を通じて世界と接する中で、いろいろ思い迷うことがあり、30歳代は、他流試合と称してさまざまな開発援助業界団体を訪問しました。
特に日本の伝統ある開発NGOの多くのセミナーや事務所に直接出向き、素性を隠したわけではありませんが、開発コンサルタント(会社の社員)であるというだけで、胡散臭い目で見られつつも、いわゆるべ平連以来のノン・ガバメント(反政府?)の闘士?である古参の創始者の人たちやNGOスタッフの人たちに教えを請うて回りました。まあ、別に誰に頼まれたわけでもないのによくやったと思いますね。

そうそう、それがきっかけで「歩く仲間」の名刺を作る羽目になったのです。しばやんの武者修行の一部はこちらでご覧いただけます。


さて、1992年9月から開発コンサルタント会社に籍をおいたのですが、とにかく7~8年は忙しくて忙しくて、東京と海外を行ったりきたりしていました。ただ、当時はちょうど、1980年代終わりのODA批判の嵐が吹き荒れた直後で、いろいろ日本の援助業界も大きく変わりつつある激動の時代でした。

いわゆる施設ものの‘経済インフラ整備’のハード重視から’人間開発’や‘持続的開発’が合言葉となったいわゆるソフト重視に急激に舵をきった時期で、本当に日本の援助機関(国際協力事業団や海外経済協力基金など)は、世論に押されて政治家にもちょっかいを出され、そうそう聖域なき改革が援助業界を直撃したのです。

とにかく1990年代の日本の援助業界は大きな変革の渦に巻き込まれ、われわれ開発コンサルタントも新たなチャレンジを余儀なくされました。日本の60年の政府開発援助の歴史の中でも1990年代の10年は、特に激しい変革のときであったと思います。

その一番おもしろい?時期を援助業界の内部から世界を見ていたのですが、ひとつの限界を感じたのも20世紀の終わりから21世紀のはじめのことでした。

そのもやもやが私に「開発民俗学」というものを考えさせるきっかけになったのですが、何に疑問や限界を考えたのかは、おいおい今回の連続講義の中で明らかにしていきます。

さて、私の歩みをみていただくとわかりますが、私が開発コンサルタント(社員)時代からずっと探求してきたことは、地域開発そのものです。

若手会というインフォーマルな飲み会を企画して同年代のコンサルタントやクライアント、大学生・大学院生、NGOスタッフと語らい夢?を語ってきたことは、よりよい仕事をするためにはどうするかということだけでした。

みなさん、いろいろな立場で開発途上国の開発の問題に向き合っていました。私があえて開発コンサルタント以外の市民?であるNGOや官(役所の人たち)、学(大学の研究者、大学院生、大学生)とわざわざネットワークを広げようとしたのか、それは、自分が旗を振れるような年齢になったときに、最強のチームを作るためです。

なにか、こう言ってしまうと元も子もないのですが、今でも歩く仲間として袖を触れ合った人たちは、いつかどこかで一緒になにか仕事をすることができる潜在的なパートナーという意味で考えています。

いろいろと語るべきことは多いのですが、「地域研究」と「地域開発」については、日本でも非常にユニークで、たぶん当代最高の教育を受けた一人として、しばやんがあることは間違いないと思います。

確かにたいしたことをいっているわけではありませんが、自分が実際に歩いて感じて人と語らって、いわば自分の血肉となった知識や経験から問題を立てて解答(らしきもの)を歩きながら考えている私がここにいます。

とにかく自分がいろいろな先達から教えていただいたことや自分が考えてきたことを人にバトンタッチしていきたい。特にそれが若者であればいうことなしです。

たぶん、私のほうが先に逝くものだからです。

ともかく今、なんとかしないと世界はやばいと私は考えています。自分が立っているところを見つめなおして、次の一手をうたないと、取り返しがつかないことになる前に。

かなり独りよがりな話になるであろうとは思いますが、まあお時間がありましたらしばやんの顔でも見に来てやってください。私は、それだけでうれしいです。

セミナー会場でお会いしましょう。


ではでは^^?


(この項、了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »