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2013年3月21日 (木)

開発援助実践の現場で‘第三舞台’の創造は可能か?・・・参加型開発を超えて!

というタイトルで、国際開発学会の春季大会での個人発表を申し込み予定です。一時選考の締め切りは3月27日まで。それほど時間がないので、徐々に内容を詰めていきます。

発表テーマは、VHHMA(Variety mixture Holistic and Hybrid Multiple Approach)という新しい開発援助理論を考えるに至ったその経緯と、その具体的な方法論の紹介です。

この考え方は主に開発援助の立ち上げの部分、プロジェクト・フォーミュレーションやプロジェクト・ファインディング(いずれも略せば、PF)の時点に留意すべきことで、2011年の国際開発学会で発表した「ダブル・エージェント」理論を深めた、いわゆる‘場’を創るための技法です。

なぜそのようなことを思いついたかといいますと、一言でいえば、今までのいわゆる「参加型開発(論)」がその形や精神論ばかり取り上げていることについての不満からです。ある現象や事象を、参加型かそうでないかを解釈することや、精神論や方法論だけで参加型を語り捉えることには実はあまり意味がありません。結局、後付の解釈でしかないからです。では具体的に、参加型を実現させるためにどうしたらようのか、その根本的な戦略が語られてこなかったのではないか、そのようなことを主に緊急復興支援や開発援助の現場を歩くたびに、具体的な戦術をもってこなかったことに対して忸怩たる思いをずっと感じてきました。

ここでキーワードとして取り上げた「第三舞台」とは、1980年代の小劇場ブームの時代に一斉を風靡した大学演劇部出身の鴻上尚史が率いる演劇集団「第三舞台」のことです。

鴻上は劇団立ち上げの際に、舞台の上の‘第一’の舞台、観客席のある‘第二’の舞台そして第一と第二の舞台が共に創造する‘第三’の舞台を作りたいという願いを込めて「第三舞台」を創立しました。

第三舞台とは、舞台の上の役者(=主人公)達がつくる第一舞台とそれをみる観客席の民衆(=お客さん)がいる第二舞台の、いずれでもあって、そのいずれかではない、新たな舞台と、その創造の可能性を劇団名に込めたのです。

鴻上の30年にわたる(うち10年は劇団活動を封印)第三舞台の実践の幕を、2012年に閉めたわけで、果たして彼が第三舞台を現実のものとして実現できたのかについては別の検証が必要でしょうが、この考え方自体は、開発援助の現場のあり方に相似しているのではないかというのが、この論考を始めるきっかけとなりました。

開発援助の現場に話を戻しますと、英国はサセックス大学のロバートチェンバースは、‘彼’の参加型開発の研究過程で、援助の現場に、外部の専門家が舞台の主人公としてのさぼっていた現状を批判して、外部専門家の‘第一舞台’と地元民の‘第二舞台’があることを明らかにし、まずは‘第二舞台’の地元民にスポットを当てて、外部専門家が居座る‘第一舞台’に、彼ら彼女ら自身を役者(=主人公)として引き出すことを提案し、その20年後には、外部専門家自体が‘第一舞台’から降りることをいわば開発倫理の問題として改めて提起しました。

言い換えると、チェンバースは外部(専門家)からの働きではなく、地元民の内発的な開発をめざし志すものこそが「参加型開発」であると定義しました。

そして彼の理論は、第一舞台の専門家が描くブループリント的な中央からの開発を否定し、第二舞台の地元民こそが舞台の主人公であるべきだと、それまでの開発援助のパラダイムにおける主客の転換に大きく貢献したといえます。

しかしながらステークホルダーの捕らえ方に根本的な見落としがあるのではないか、つまり、同じ開発援助の‘現場’に共に集い協同する‘仲間’としてのかつての第一舞台の役者(=主人公)とされた外部の専門家と第二舞台の客席の‘お客様’とされてきた地元民の役回りを変えたところで、それだけでは主客が入れ替わっただけはないのか。ただ単に主客が入れ替わることが、‘参加型開発’でよいのかという根本的な問題が現場に残ります。

つまり、第一舞台、第二舞台(どちらが外部者でどちらが地元民でも関係なく)、両者が同じ‘時’と‘空間’=すなわち‘場’を共有することにより、第一舞台でも第二舞台でもない、新たな‘第三舞台’を作る可能性を忘れてはいないでしょうかというのがこの発表の主旨です。

その第三舞台を創造するための方法(ツール)として、VHHMA(Variety mixture Holistic and Hybrid Multiple Approach)という考え方を提唱いたします。

上記の考えの論拠として、東ティモールの復興支援(2000年~2004年に断続的に3件のJICA、UNDP、日本政府ミッションなどに参加した経験と、フィリピンのミンダナオ島での国際機関の和平支援のさまざまな業務について、国際機関、日本の政府関係機関、国際・現地のNGOsの活動を実際に現地に調査した経験と、フィリピンのビサヤ地方パナイ地方での地域開発事業の比較と検証を踏まえて語ります。

■想定されるキーワード

開発援助、プロジェクト・フォーミュレーションもしくはプロジェクト・ファインディング(PF)、ダブル・チェンジエージェント論(前回の学会発表で提唱)、日常からの積み上げ。人がつながれば情報もモノも流れる。(外部者に)見えないもの。誰がステークホルダーか。選択アプローチの危険性。プロジェクトというフォーマットの有限性。振り返って外部者の役割とは?、風の人と土の人。

■先行発表の参考論文(私が書いたもの)






以上

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