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2013年1月23日 (水)

歩く仲間通信 2013年 新年特集! ありつづけること

みなさん


お元気ですか。 歩く仲間のしばやんこと柴田英知です。ほぼ1年ぶりの歩く仲間通信、本当にご無沙汰しております。


※今年の私の年賀状はこちら!
■2013 謹賀新年 (新年のご挨拶)
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2013/01/2013-a759.html

さて、昨年の年頭の配信では、2011年の活動報告と今後(2012年)の豊富などを偉そう?に語らせていただきましたが、結果から言えば、ガタガタの腰砕けの状態でした。フェイスブックやミクシイやブログなど、さりげなくしばやんの動向をウォッチしていた方もいらっしゃると思いますが、昨年2月より全く投稿もなし対外的な活動をすべて自粛してなりを潜めておりましたので、もしかしたら、しばやん、どうしちゃたのと心配をしていた方がいらっしゃるのかもしれません。もしそうだとして申し訳ありませんでした。

年賀状では、「後厄で、… 無力感にとらわれた」と書かせていただきましたが、なんだかんだとありまして、全てのことに(前向きに)取り組むことができず、ただただ死んだように息をひろめていました。

なぜか? そう、ちょうど1年前の1月21日(土)の朝、私は大学院で師事することを検討していた南山大学の後藤明先生の講義をJICA中部センターに聞きに出かけようとして早めに起きて両親の居間に顔を出したら、顔面真っ白な母が早朝に血を吐いたといって布団の中でぐったりとしているではないですか、すぐに近所の姉弟にも連絡をとって、すぐに救急車を読んで市民病院に緊急輸送。集中治療室ですぐに(といってもかなり待たされた)診断してもらって輸血をして内視鏡の検査で胃潰瘍による出血と判明、すぐに止血の内視鏡手術をして事なきを得たものの、そのまま緊急入院、介護が必要な父親もすぐに施設に中期で預ける手続きをしてと、もうてんやわんやの数日間でした。

そして一旦、落ち着いて病院に入院している母親と施設に預け(ざるをえなかっ)た父親のことを思うと、もう頭の中が真っ白な状態で、とても自分の(将来の)ことなどを考えることができなくなっていました。

そうとはいえ日常生活は続くもので、会社には何食わぬ顔で毎日通って、姉弟家族の協力を得つつそれぞれ別のところにいる母親と父親を見舞いという生活を数週間続け、幸い、母親も1ヶ月もすると退院して、父親も家にまた引き取ることができたのですが、それにしてもまあなんというんでしょうかねえ。

この場で言うべきことなのか迷ったのですが、実は母親が輸血をしたときに、病院のスタッフから「あと少し対応が遅れたら出血多量で・・・」などという言葉を聞いた日には、もうがっくりしてしまいました。もしあのまま母を置いたまま名古屋に出かけてしまっていたとしたら?と思うと本当にぞっとしてしまって。

今、母も父もみんな元気になったので言えることで、余裕がでてきたからこそホンのつい数日前に思ったのですが、芥川龍之介の「杜子春」の話ってこういうことなのか!?って思ったりなんかもしました。

本当に奇跡的な回復で、ありがたいとしかいいようがないのですが…。

そんなかんなで、1年足踏みというか死んだみたいに過ごしていたわけですが、そんなしばやんを無力感から救ってくれたのが二人の歌姫でした。それを1月1日のブログ版歩く仲間で触れたので、ちょっと引用させていただきましょう。


みなさん、明けましておめでとうございます。

しばやん@愛知です。みなさま、新たな気持ちで2013年の元旦を迎えていらっしゃることかと思います。昨年1年間、自分的には非常に不本意な年を過ごしました。1月にとあることでつまずいて、思考停止のような腑抜けた1年を過ごしてしまったのですが、年末になんとか立ち上がるきっかけをつかむことができました。

それを、「Life, I Love You!」の方に年末から年始にかけてアップさせていただいたので、よろしければ、ご笑覧を^^?

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2012/12/seiko-ballad-ca.html


しかしまあ、なんで今頃、松田聖子とお思いになる方ばかりと思いますが、正直、私は年末の12月29日の彼女のコンサートに初めて参戦して心というか魂を洗われました。

ちょっとだけ抜粋を。

「あり続けること・・・松田聖子さん”Seiko Ballad”で禊ぎをしてきました^^?」

(前略)

しかし、これがキモ。

「昔はすごかった 今のほうがすごい
本当にすごいところは、いつもすごかったということ」

つまり、聖子さんの30年前と今が点として全く別の‘モノ’として存在しているのではなくて、それが時間軸という線によって一本貫かれている。このニコニコ動画やユーチューブにアーカイブされている30年前のパフォーマンスと、今の眼前の奇跡のパフォーマンスは同じ松田聖子さんの体を通して発現されている。我々が見ることのできないその間の昔(32年前)から今に至る「いつもいつもがすごかった」(に違いない)ということを、否応なく感じさせられてしまったのです。

だって、50歳のオバサン(失礼)が、ダンス(社交ダンス的なものから本格的なクラシックダンス見ないなものまで)もすれば、空も飛んじゃうし、彼女自身が常に一瞬一瞬(※)が素晴らしいものであるように、それこそ日々精進を積み重ねてきたことが、今、現在の彼女のパフォーマンスの奇跡につながっているということを肌で感じざるを得ない。(※松本隆さんが、聖子さんは、「瞬間の人」」と話しているそうです。)

もう、ここに、この事実(30年前も現在も同等以上のパフォーマンスを発揮している)を体現していること自体に完全に感服というわけです。

私は正直、1980年代の松田聖子さんは素晴らしかった、それをニコ動や熱心なファンの方々のブログなどで‘再’発見できてよかったよかったと心底、思っていたのです。このコンサートに参戦するまでは。

ファンにならずとも私みたいなライト?なミュージックファン(J-POPSやオーディオファン)としては、黄金の1980年代の彼女のパフォーマンスを知らない(知らなかった)ということは、めちゃくちゃ愚かでもったいないことだというのは、彼女のCDなどを聴けば、すぐにわかるはずなのです。

ところが現実は想像をはるかに超えていました。彼女は、常にいつもいつも(誰がみていようがいまいが)こんなハイ・パフォーマンス(歌だけではない)を発揮し続けていたのだという事実。

いや彼女の32年間の全ての24時間をみることは絶対に不可能なのですが、きっといつもいつも日々鍛錬を続けていたと考えなければ、彼女の‘今’はとても説明できない。

彼女は過去も未来も否定も肯定もしていない。ただ、その時その時でやるべきことをやり続けている。過去の栄光を振り返ることもなく、ただただひたすらに‘今’できる最高のパフォーマンスを追及し続けている、そんなことをビシバシとステージ上の彼女の姿から感じました。

以下略」

芸能人や有名人のオーラって凄いと広く言われていることですが、今年歌手デビュー33周年、昨年50歳になられた現役アイドル 松田聖子さんの真価というか実力はとんでもないものでした。いや芸もそうですが、それ以上に、生き方に深く感銘を受けました。

「あり続けること」

それは、私にとってどういうことなのだろう、どれほど‘意味’のあることなのだろう。そんなことを考えながら、自分に‘今’できることを積み重ねていきたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。


ではでは^^?」


ということなのですが、この後、結局、聖子ちゃん専用のブログまでたちあげてしまいました^^?

そして、歩く仲間的?な考察として、下記の連続講座を始めました。


まあ、これはいわゆる団塊二世(しばやんは1970年4月1日生まれ)の一人である私なりの1980年代以降の現代文明論であり世代論でありパラダイム論みたいな同世代論みたいなものになる予定です。

ともあれ、年末の千葉でのコンサートへの参戦により、完全に私の意識が変わりました。

天才だといわれる人たちほどそれこそ例外なく、例えばイチロー、羽生さん、浅田真央ちゃん、古いけど田村亮子さんとか、それぞれ必死で一芸に全力を注いで日々努力を重ねているのに、何の才能もないものが何をたらたらと生活していて果たして本当にそれでよいのかと。

今回、思わず聖子さんに触れた感動からほぼ1年ぶりに文章を書いたのですが、それで私が何者であるかを改めて自覚しました。
そうだ、私は文章を書き続ける人なんだ、誰に頼まれたわけでもなく一円にもならないのに、全くのボランティアで10年以上、歩く仲間のホームページや複数の遊びから真面目な?研究ブログ、ミクシイでの「開発民俗学ー地域共生の技法-」などのコミュニティの運営など、ほそぼそと、途中途中で短期の中断はあったもののコンスタントに続けてきました。
これ(発信)をやっていないと息が詰まってしまうというか、私の本分が‘死んだ’ままで、残りの半生40年を過ごしてよいものなのか?と思い至りました。

思えば、開発コンサルタント会社で16年、今は、地元のボート屋さんの通信販売部門でマリングッズを売っているわけですが、この会社も今年の10月で丸5年、通算21年、サラリーマン生活をしてきたわけです。まあ自立するのによい潮時かと^^?

以前、人生は30000日という言葉をブログとかで取り上げましたが、ちょうど43歳って、折り返し地点なんです。

ともあれ、母親も回復し、平穏な日常生活をようやく取り戻すこともでき、私も昨年に松田聖子さんとの‘再’会というか新発見というかあって、ようやく自分自身のことを考える余裕がでてきました。それが、ホンの数週間前のことです。

でも聖子さんの生き方をみていると、私も‘私にしかできない夢を追い求めていくしかない、それしか‘自分自身’がしあわせになる道はないと決意しました。心配性の母親も今回だけは説得しました。このまま自分を殺してボート屋を続けても私は全然しあわせではない。自分がしあわせでないと、まわりの家族(両親)ですら、しあわせにすることはできない。そう、はっきりと明言しました。

(自分jの)やりたいことややるべきことがわかっているのに、それができないということは自分にはもう耐え切れない。もう死んだほうがましだというくらいの気持ちです。結局、‘分’にしか、私がやろうとしていることの価値と意味はわからないのです。

それで、今年の年末を目処に独立と結婚をすることにしました。とりあえず個人事業主になるということで、当然、家庭内産業となるわけなので、その趣旨(生き方)を理解してくれる、共同経営者(候補)の募集ということです。なんのことはない、お嫁さんの募集広告です^^? いちおう2月22日締め切りにしてあります。

今までもそれこそ30歳を越えた頃から、なんだかんだと婚活をしては失敗してきているので、今までと同じことをやってもだめだし、今から独立してしかも自分は大学院に入りなおすなどと血迷ったキチガイじみた単なるアラフォーのおっさん(←おやじであない、これが重要)を正常な結婚願望をもった妙齢の女性が振り向くとは、とても現実問題として考えられないので、せめてしばやんの人となりを多少でも知っている(であろう)みなさまに、挨拶のついでに、ぜひ素敵な人を紹介してくれることをお願いしてしまおう^^?

そして、もちろんというか当然、自薦なんてあった日には私は狂喜のあまり踊り狂ってしまうでしょう。

まあ、こんな広告はさておき、この数日で2~3の結婚相談所にも手続きをしようとしていますので、蓋を開けてみたら案外競争率が高いかもしれませんよ^^?

ともあれ独立起業の内容については、別途、ブログを立てましたので逐次、活動を報告していく予定です。


当面は世界文学を志したエスペランチストであり南インド研究者(でも本当の正体は鉄道マン)の父親の資産である万巻の書物を元手に、専門書の中古本販売や、私の趣味の音楽や世界のみやげ物(雑貨品)を中心に、地域研究と開発援助(支援)、異文化交流を前面にだしたセレクトショップをウェブ上で展開していく予定です。

そうです、まずインターネットでの通信販売をやります。しかし近い将来には実店舗をもって、そんな仲間の立ち寄る‘場所’を地元の街中に作りたいです。そこでは音楽や映像(ビデオ)の顕彰会や私の専門分野のセミナーなども(お金を取って)提供していきたいです。

ご存知かと思いますが、私が今まで書いてきたブログやホームページには一切広告や外部サイトへのアフェリエイトのリンクがありません。それは、そのような‘小遣い稼ぎ’を私が潔しとしてこなかったのと、余計なスポンサーについてもらいたくなかったからです。

しかしながら、新たに立ち上げるホームページは今までのものとは完全に差別化して商売に徹したものにする予定です。まあ、適当にご利用いただけるとうれしいです。

歌って踊って、ものも売ってしまうとなると、歌って踊れるコンサルタントだけではなくて、まるで中世のマルコポーロやイブン・バットゥータみたいなグレート・トラベラーになってしまうではないか^^?

ともあれ、いろいろ多角的に「複合生業(論)」を身をもって体現してみせますので、どうぞ、好奇心をもってみててやってください。

せっかく年頭なので、ついでに今後の課題を書いておきます。

歩く仲間プロジェクトを始めて15周年の2005年を目処に開発民俗学に関する本をまず3冊、柴田文庫(ふみくら)から出版します。

そうそう、柴田文庫では、本業?として、当然、本やミュージックCDや独自取材の映像資料(DVD)の販売なども、将来的なオリジナル商品と位置づけています。

■開発民俗学叢書 (第1期 3巻以降、続巻あり)

1.開発民俗学入門 【開発民俗学 理論編】(仮題)

今まで私がウェブで展開してきた「開発民俗学への途(第1部)」が、開発学から民俗学へのアプローチであったのとは逆に、今までの日本の民俗学(界)が取り組んできた「民俗学史」における「開発(行為とその周辺)」の位置づけについて、柳田國男以前にもさかのぼって探っていきます。つまり「民俗学(的視点)」からみた「開発」とは何か、そして(日本の)民俗学における「開発民俗学」の位置づけを、例えば『講座 日本の民俗学(雄山閣出版)」などの全集を私自身が紐解くことによって探っていきます。

2.フィールドワーク&地域研究ハンドブック【開発民俗学 手法編】(仮題)

日本の民俗学のみに限らず社会学、文化人類学、理学系など他分野にまたがるいわゆる地域研究者、民間人、ジャーナリストなどの日本のさまざまなフィールドワーカーたちの知見や経験を踏まえた実践的なフィールドワークと文献調査手法についてまとめて解説します。フィールドワークというより‘地域研究’のための文献サーベイとフィールドワークの仕方ですね。ただ、いくらかフィールドワークのコツみたいなところに重点をおいています。いわゆる参加型開発、参加型アクションリサーチの仕方もこの本で扱います。

3.ワークショップ&ファシリテーションワークブック【開発民俗学 実践編】(仮題)

これはイノベーション理論の応用で、いかに‘場’を作り‘グループダイナミクス’を引き起こすかという社会変革の運動論です。2と3は似て異なるというか、ゴールとするものが違います。2は、リサーチャー(研究者)として必要な‘手法’で、3は、開発コンサルタントや開発NGOなど、現実に世界の現場に立会い、その地域の人たちと一緒に如何に彼らにとって、よりよい‘未来’や‘しあわせ’を考えていくのかという‘運動'論を示します。

ただ、容易に想像できるように2と3は密接に関連していますので厳密に区切られるわけではありません。

まあ、‘実践の学問’としての開発民俗学のエッセンスが、2と3に織り込まれることになります。

上記のいずれも私の開発コンサルタントとしての自分自身の経験と、その16年間で日本の内外で知り合った多くのさまざまな立場の例えば、外交官、政治家、役人、民間業者、NGOなど市民団体の人たち(日本人だけではありません)と開発の現場の人たちとの対話を通じて得た知見をもって書き下すもので、なかなか表に出てこない業界?の裏事情などを踏まえたもの(当然、元コンサルタントとしての守秘義務を遵守した上での)となる見込みです。

とはいえ、難しい言葉を使う気はさらさらないので、文章だけをみるとさらりと読めてしまうかもしれないですけどね^^?

それでも行間が読めるというか、なんらかのちょこっとした‘知恵’の詰まったものにしたいと考えています。

まあ、妄想はこれくらいにして^^? ともあれ私は元気です。後厄も2月3日にあけるということで最高の1年のスタートがきれたしばやんでした。残り半生を、自分自身で‘ありつづけること’にこだわって活きて生きたいと思っています。

みなさまにとっても今年がすばらしい年でありますように^^?


ではでは^^?


地域活き活きアドバイザー
天下の、もとい世界の風来坊を(ひそかに)もくろむ
しばやん こと 柴田 英知

ではでは^^?

柴田 英知

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