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2011年10月23日 (日)

地域開発におけるよそ者の役割 -フィリピン・ビサヤ地方の灌漑システムの事例考察-

2011年10月21日(金)提出原稿

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地域開発におけるよそ者の役割

-フィリピン・ビサヤ地方の灌漑システムの事例考察-

歩く仲間 主任研究員/地域活き生きアドバイザー 

柴田 英知

*[連絡先] E-mail: bxf00517@nifty.com, 歩く仲間-歩きながら考える‘世界’と‘開発’ http://homepage1.nifty.com/arukunakama/

キーワード: 開発援助、チェンジエージェント、よそ者の役割、フィールドワーク、ファシリテーション

 

1.はじめに

近年、日本の政府開発援助(ODA)の実施にあたり、開発途上国における施設(ハード)の建設のみならず施設引渡し後の維持管理体制の確立の重要性が指摘されており、実際に施設を運用する関係者(政府職員、受益住民など)に対するトレーニングや施設の維持管理のための住民組織化支援などをソフトコンポーネントとしてプロジェクトに当初より組み込むことが必須となっている。

そもそも受益者である地域住民重視の開発を目指す以上、ハードだけでないソフトの整備も必須であることは、今日の援助業界の常識であるといえる。

論者は、1992年より16年間、農業開発と地域開発を専門とする開発コンサルタント会社に勤務してきたが、いまだに計画段階では、現実に誰が‘そのプロジェクト’の主人公なのか、誰がソフトの整備を担うのかについて、具体的なイメージなしに‘あるべき組織図’を青写真として描いているように思われる。

ここでは2002年におこなわれたJBICの水利組合に関する現地調査で出会ったフィリピン・パナイ島のイロイロ市近郊にある一つの国営灌漑施設事務所の女性の灌漑者開発職員(IDO)を紹介するとともに、実際のプロジェクトのアクター分析とチェンジエージェント=よそ者(性)の重要性について論じたい。

この事例の特筆すべき点は、公共政策を学んだ女性IDOが自分のNGOなどの経験を生かして地元の灌漑者組合(IA)の組織化に大きな役割を果たしたこと。IAの組織強化に当たっては灌漑や作物など技術的な専門家としてではなく、ファシリテーターとして専門家と農民の間をつなぐ、いわば専門家の翻訳者として同時に情報の伝達者として機能したこと。IDOがプロジェクトを通じて外部のプロジェクト関係者や地元NGOより広く学び、ついにはIDOが他ドナーより資金を引き出すための”仕掛け”を考えるまでになったことである。

地方の一国営灌漑システムのIDO及びIAが、本部である国家灌漑庁(NIA)の予算とは別に、他の行政機関(農業省および関連団体)や地方自治体、財団法人、民間企業に加えて、外国政府(日本、オーストラリア)などの外部資金を獲得する能力を身につけたことに対して、NIA本部職員の間に大きな期待感があると同時に、他地域での再現可能性についての懸念の声も多い。今一度、彼女らIDO及びIAの生の声に立ち返ってその歴史と成功の要因を検討してみたい。

2.国営アガナン・サントバーバラ川灌漑システムの三人のマリア(灌漑者開発職員)

(1)灌漑システムの概要

アガナン・サントバーバラ川国営灌漑システム(ASBRIS)は、フィリピンのビサヤ地方・パナイ島のイロイロ市の北方約15kmに位置するアガナン川及びサント・バーバラ川を水源とする約5,300haの灌漑面積をもつ国営灌漑システムである。このシステムは国家灌漑庁(NIA)の第5管区灌漑事務所の下、ASBRIS国家灌漑システム事務所が、この灌漑システムを実際に利用する11の灌漑者組合(IA)の合計2,569名の組合員と共に運営・管理している。この灌漑システムでは、ハードウェアとしての灌漑施設の増改修やソフトウェアとしての灌漑者組合強化のためのトレーニングプロジェクトが継続的に実施されてきた。

プロジェクトの主なアクターとして①NIA本部派遣の灌漑エンジニア、②3人のマリアといわれた女性の灌漑者開発職員(IDO)、④灌漑者組合長、④青年海外協力隊で赴任した団員、⑤地元NGOがあげられる。

以下に、2002年の現地調査時にIDOの一人であるルース及びIA組合員に対しておこなったインタビューをもとに、さまざまなプロジェクトの概要を述べる。

(2)1990年~2000年頃までの灌漑システムを巡る活動

①1990年始め

アジア開発銀行の灌漑者組合強化プログラムが始まる。NIAの灌漑エンジニア1名が赴任する。(1980年代にも世界銀行のプログラムがあったが自然消滅した経緯あり)

②1994~1996年

日本の無償資金協力による灌漑施設の改修、収穫後処理施設の建設がおこなわれた。灌漑施設の改修によりハードウェアとしての灌漑効率の上昇が見られたが、収穫後処理施設については、維持管理費用が全くなかったため、実際に管理を担当するIDOが維持管理費用を捻出するのに苦労した。

1994年頃に3人のマリアの一人、ルースのIDO赴任による灌漑者組合(IA)の組織化が始まり、灌漑者組合長を中心としたトレーニングによりIA間の協調体制の整備とそれらの連合を実現させた。具体的かつ顕著な成果をあげた活動は下記の2点である。

a) 話し合いによってIA間の水配分のルールをつくった。(乾季は上流のみ灌漑して、下流地域は畑作を奨励)、b)基礎資金積立による所得向上への取り組み。(基礎資金の積立により他の機関から融資をうけることができるようになる。最初は11人のIAリーダーだけで16,000ペソを基金として積立、のちに組合員にも活動の輪を広げた)

(3)2000年頃からでてきた成果

①水利費の徴収率の向上

組合員のハードに対する信頼や改修事業への感謝の気持ち及び実際の所得向上によって、水利費の支払い意欲が高まる。結果としてa)2002年度に優秀灌漑者組合の第2位としてNIA本部より表彰(第1位は地方灌漑システムで規模及び運営形態が違うので、国営灌漑システムではトップの成績)、b)水利費支払い率の上昇(25~30%から60%へ)、c)農業省からの融資(マイクロファイナンス)に対して償還率100%の達成、d)オーストラリア政府の地域開発資金の獲得などの成果をあげることができた。

②灌漑者組合参加によるメリットと学び

組合員から挙げられたIA参加のメリットは以下のとおりである。a)種を安く買うことができる。b)機械を貸してもらうことができる。c)融資を受けることができる。d)スタディーツアーに参加することができる。e)家の中にいてはわからない”新しい”情報にふれることができるなど。

特記すべき点として、IDOが女性を対象にしたプログラムを推進していることもあり、女性の参加率が35%にも達していることが上げられる。また半数の組合員が夫婦で組合活動に参加している。(夫婦の場合でも、選挙権は1票)

③今後の課題

ただし今後の問題として、水路の上流と下流の組織の間での水の絶対量の不足による灌漑栽培できる作物の違いによる所得格差(分配方法については5年程前に上流下流のIA間で同意すみ)については克服できておらず、それは水利費の支払い率が上流部では当初25~30%から60%に上がったのに対して下流部では25%に留まっているのに如実に示されている。

(4) その他の外部からの働きかけ

日本政府の灌漑施設の補修と収穫後処理施設の無償資金協力が大きなハード面でのステップとなり、ソフト面の協力として、その後、収穫後処理施設の運営強化のため青年海外協力隊(JOCV)3名が派遣された。彼らは収穫後処理施設を拠点にさまざまな生計向上プロジェクトを実施した。うち一人は敷地内に集会場を建設するための日本の援助を申請して実現した。

なお、これらの外部者(JOCV)について、IDOや組合員はおおむね肯定的で好意的な見方をしている。つまり、外部者の眼にさらされることが刺激や励みになるというのである。これらの外部からの働きかけが継続的かつ重層的に行われたことについて、今一度留意を促したい。

2.考察と今後の課題 -よそ者(性)とチェンジエージェントについて-

(1)灌漑者開発職員(IDO)の専門と立ち位置について

ルースらIDOの大学での専門は公共管理などで技術者ではない。つまり技術的な面については、NIAの灌漑エンジニアや地元NGOの技術スタッフの協力に全面的に負っており、彼女らは自ら“ファシリテート”に徹したと語っているが、そのことが成功の一つのポイントだと考えられる。

また、組合員とのインタビューの中で、冗談で3人のマリアがいずれも独身で熱心に農民との協議に参加したこと(歌って踊ってなどのアフターファイブの付き合いも積極的にしたこと)や、彼女らIDOすべてが地元の出身であること(前任の4名のIDOは他の地方出身)がプロジェクト成功のポイントであるといった指摘が組合員よりあげられた。またルースの組合員への働きかけは決して権威的でなく、冗談も交えて実にうまく彼らの意見を引き出しており、そのファシリテーション技術自体、非常に興味ぶかいものであった。

彼女らはいずれも30歳前後と年齢は若いが、地元民であることと、インテリであることがうまく組合員に受けいれられてチェンジエージェントと成り得たと考えられる。つまり彼女らの生家は農民出身ではあるものの、今の立場は農民ではないということはポイントの一つである。同じ農民の立場であれば、あれほど思い切った提案ができるのか、またそれが組合員から受けいれられたのかは不明である。つまり、農民の組合員とは違う、なんからのよそ者(性)があったことについての考察が必要である。

(2)よそ者としてのチェンジエージェント

チェンジエージェントは、カタリスト(キャタリスト)ともいわれ、主に外部者としての役割と機能を持って、ある組織の内部と外部の橋渡しをする、いわば異質のものをつなぐことにより組織に変革をもたらす人をいう。しかしながら、その立ち位置は、内部者でありながら外部者でもあるという相反する利益や利害の間に立つという非常に難しいポジションでもある。

ルースを始めIDOメンバーと個人的に話しあう機会がその後何度もあったが、時折、地元では優秀な大学卒業の彼女達に対して、農民からある意味、‘よそ者’として見られているという個人的な悩みを聞かされた。大学へ進学できること自体がエリートであり、実際には契約ベースの雇用であったとしてもIDOは国家公務員でもある。なお、3人のマリアの一人は働きながらも国立フィリピン大学ビサヤキャンパスで修士課程も修了している。

この事例では、地元民でありながらチェンジエージェントでありえた3人のマリアを考察したが、現実には、地元民とは異なる行動原理をもつ‘よそ者’としての自覚と立ち位置を持っていた。言い換えれば、全くのよそ者が水利組合の人間関係の内部に入り込めなかったのに対して、彼女たちが地元民だから溶け込めたのではなく、彼女たちは自分の中の‘よそ者’意識をうまくオブラートに包んで地元の農民と接しているともいえる。

また彼女達自身が、よそ者意識をもっているがゆえにプロジェクトを取り巻く全くのよそ者(外部者)の意見や知見を咀嚼して自らの活動に選択的に取り入れることができたともいえる。

ところで、私は2001年に静岡県三島市で開かれた国際地域開発学会大会で「(地域開発には)うまく地元民を引き込む”仕掛け”をするチェンジエージェントが重要」ということについて学んだのだが、誰がチェンジエージェントになれるのかについてこの例に則して考えてみると、現実の地元民とか外部者という属性とは別に、よそ者(性)というものが要素としてあげられるのではないか。

つまり、チェンジエージェントには地元に足場を持つ「土の人」と外部に接点をもつ「風の人」の二つの側面があることを指摘したい。これは「地元にある程度住みつづけることを前提とした人しかチェンジエージェントになれない」という訳ではなく、よそ者(性)を持ったものはチェンジエージェントになりうる可能性があるということである。逆に言えば、外部者が常に必ずチェンジエージェントになれるわけではないのである。

外部者がチェンジエージェントとして機能するためには、この矛盾する要素を併せ持つ必要がある。住民に仲間として受け入れられるための要素(この例では地元民であること)が必要でありながらも、外部者としての立場(IDO)も持つという二面性を兼ね備えなければならない。いわば自分自身の中に、よそ者(性)すなわち外部性をもつ必要があるともいえる。このように2つのペルソナを持つことは、個人においては非常なストレスの元でもあり、かなり意識しないとできないことでもある。

つまり、外部者である‘よそ者’こそ、プロジェクトの内部者から外部者が求められる機能について自覚的にあらねばならない。そして自分がチェンジエージェントであるばかりでなく、プロジェクトの現場ごとに‘よそ者(性)’を持ったチェンジエージェントを発掘し育てるという意識が必要である。

最後に、ルースから言われたこんな言葉で発表を締めくくりたい。「ミスター柴田は、30%が日本人で、30%がフィリピン人、残りの40%は何人だかわからない」。つまり、自分の中のよそ者(性)を意識することがチェンジエージェントの重要な要件の一つであると、わたしは今、考えている。

(了)

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