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2011年9月 1日 (木)

第24回 豊田市平和を願う戦争展に行ってきました^^? <わたしの平和学>

初出: 日記@ミクシイ 2011年9月1日

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1770022576&owner_id=11744733

先日、8月最後の日曜日の28日に、隣町の豊田市の豊田産業文化センターで開かれた標記のイベントに参加してきました。

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お目当ては、沢田昭二さんの「原爆も原発ももう作らないで」という講演会。10時30分からの開始でしたが、初めての慣れないところで駐車場を探してうろうろしてしまい、20分くらい遅刻。一番、肝心なご自身の被爆体験のところは聞き逃してしまったのですが、広島・長崎への原爆投下の歴史的意味を語られた第2章から、3章.原爆による被害、4章.日本の原水爆禁止運動の歴史、5.福岡第一原子力発電所の事故、6.放射能被爆の人体影響など、原子物理学者となってずっと続けてきた研究での知見を惜しげもなく、非常にわかりやすい資料でパワーポイントで説明していただきました。

昭和6年生まれといいますから、もう80歳にもなるのに、全くお年を感じさせない明晰な説明に感心しきり。

どうも素人というか文系人間は、感情的にこれらの問題を考えてしまうのですが、放射能にはアルファ線とガンマ線とあってなど、それらが具体的にどのように生命体(当然、人間を含む)に影響するのか、理詰めに説明されると、いかにあやふやな知識とその言説が世の中にまかり通っているのか、改めて考え直さずにはいられませんでした。

実は、私は、全くの不勉強というか無知だったのですが、沢田先生は、実はWikipediaにも載っているような著名な理論物理学者であり、かつ原水爆禁止日本協議会代表理事という活動家でもあったのでした。

ああ、無知って恐ろしい!平気で歩く仲間の名刺をお渡ししてきました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E7%94%B0%E6%98%AD%E4%BA%8C

このあと、豊田の産業文化センターで、併設のプラネタリウムでヤッターマンの説明動画をみたり、同じ建物の中にある豊田市国際交流協会のTIAナショナルデーなるセミナーで、スイス・デーとういことで、豊田市出身の外務省専門調査員の田中極子さんの、「スイス~永世中立国の表と裏」ということで、主に裏事情を教えていただいたり、しっかり一日楽しんで帰りました。

ところで、澤田先生の講演会が終わった後に、海軍兵学校の生徒だったというシニアの方が、沢田先生に話しかけていました。この人は、8月21日に江田島からボートで上陸して広島経由で地元の愛知に戻ってきたという話をされていましたが、普段、知らなければ知らないでなにげに通り過ぎている人たちの、それぞれの戦争と戦後、それぞれの生き越し道を考えるとなにか頭がくらくらしてきました。

そうだ、今の80から90歳の人たちは、戦前派であり戦中派であり、実際に戦争を闘ってきたというか耐えてきたんだと思うと、いくら戦後66年といったところで、全然、昔のことではない。

この岡崎や豊田市も、‘軍需'工場の豊田があったり海軍の飛行場があったり、さらに豊川には海軍工廠があったり、もうべたべたの戦時体制下に組み込まれた中枢地域だったのでした。

これから日本が戦争をするとしたら、日本の主要都市部は間違いなく重要な戦略拠点となるのでしょう。特に、太平洋ベルトの諸都市には、大きな工場があり産業が集積しているからで、もう空から爆弾が落ちてこれば、絶対に逃げられっこありません。

以前、アフガニスタン戦争でトヨタのピックアップをタリバン(テロリスト?)が使っているといって、世界中からバッシングがありましたが、そもそも科学に正義も悪もない。

民需品が、即、兵器に変わるのが現代の科学技術(テクノロジー)なのです。アメリカの軍需産業(宇宙開発を含む)は、かなりの技術を日本の民間企業の技術に負っています。町工場が、人工衛星を作るというのが、少し以前に話題になりましたが、日本の中小企業の匠の技が、巨大な(軍事)技術を支えている。

これは事実です。

もう、戦争反対とか平和がどうたらこうたらと話している場合ではないでしょう。

即、この一触触発の極めて不安定な世界情勢の中で日本(人)が綱渡りをしているとしたら、もうすぐにでも手を打たないとダメでしょう。

どこに着地点を持っていくのか。どう‘綱’から降りて‘地’に足を着けるのかそこを真剣に考えないといけません。

ともあれ、夢見る‘現物’主義者の私としては、これからはもっと政治などにもコミットしていかざるを得ない。

別に、青臭い‘正義感’ではなくて、‘自分’が生き残るためには、他人、特にどこ(誰)を見ているのかわからないような‘政治家’には、危なくて怖くて我々の命を任せて置けないというのが本音です。

くだらない見栄やプライドではなく、本当によい‘仕事’をしてくれる人がいい加減でてこなければ、冗談というか嘘でしょう^?

本当に、小学生や中学生に笑われるというか、真剣にバカにされてしまいます。いい年こいた‘大人’が何をやっているのだと。

まあ、テレビ番組にでてくるような‘生意気な’こしゃまっくれた子役はともかく‘普通’の子供にすら愛想をつかされている、これではさすがにまずいでしょう。

今こそ、‘大人’力を子供に見せ付けてやるときなのではないかと思います。

ともあれ、時間がかかりますが、一歩一歩着実に、今よりほんの‘少し’でも住みよい世界にしていきたいものですね。

ではでは^^?

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