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2011年9月10日 (土)

今、改めて日本の平和を考える・・・ セプテンバー11から10年に思うこと

初出: mixi日記 2011年9月10日

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1773105468&owner_id=11744733

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロから、明日で、はや10年を迎える。10年一昔とも言うが、正直、もう10年経ってしまったこと自体が信じられない気もする。

Sankei011019

セプテンバー・イレブンやグランド・ゼロについては、今までも折に触れて書いてきたことなので、あえて繰り返さずに、‘今’思うことを書き連ねてみる。

先日、8月28日に隣町(市)の「第24回豊田市平和を願う戦争展」で、沢田昭二先生の「原爆も原発も作らないで」という講演を聞きにいったのだが、その時、たまたま同じ建物の中にある豊田市国際交流教会のイベントで、TIAナショナルデーのスイス・デーとして、豊田市出身で外務省の専門調査員でスイスのジュネーブに勤務していた田中極子さんの「スイス~永世中立国の表と裏」という話を聞いてきた。

のどかな牧用地、ハイジの世界、セントバーナード犬、高級腕時計やアーミーナイフなど優れた品質と技術をもつ職人さんの国、モンブランのスキー場やレマン湖のほとりの高級リゾート地、国際赤十字発祥の地、そして近世史では国際連盟本部(国連欧州本部)をはじめとする国際機関の本部の街などスイスって、日本人の‘憧れ’のヨーロッパの中でも特異な地位を占めていると思うが、それは、いわずと知れた‘永世中立国’という‘素晴らしい’看板であろう。

田中さんは、その表に触れつつも、メディアもほとんど伝えない裏のスイスについて具体的に説明をしてくれました。まず、なぜフランス、イタリア、オーストリア、ルクセンブルグという大国にはさまれながらも独立を保ってきたのか、たとえば、銀行業界、世界に名だたる預金者の個人情報を絶対に明かさないとされるスイス銀行、ナチスへの戦争協力、結局、小国ならであのしたたかさと大嵐に巻き込まれざるをえない地政学的な国際環境、何よりも永世中世国とはいえ、海軍ももち(海もないのに)、全体で300日程度ではありますが、他国のように一度におこなわれず、20代から40代にわたって短期間で長期間おこなわれる徴兵制など、その素晴らしい‘看板’の裏の知られざる一面を教えていただきました。

スイスの傭兵部隊、武装中立、小火器(ライフルや鉄砲)を国ではなく個人が管理する民間防衛など、自分の国は自分で守るという思想や考え方、もういい悪いではなく、そうせざるには生き延びてこれなかった‘小国’の‘悲哀’と‘プライド(誇り)’と、もうなんといってよいかわかりませんがわれわれ日本の漠然とした‘平和’主義と、全くベクトルの中身も違う‘勝ち取る・生き残る‘平和’の一例について、認識を新たにすると同時に、いやままよ、それが‘世界’の‘平和’常識だとしても、日本の‘平和’は甘たるくっていかんという‘変な’有識者的?反省をすればよいのかといえば、やはり私はノーといいたい。

そうそう、重要なことを言い忘れるところでした。田中さんの報告によれば、スイスとイスラエルは、100%だそうです。何がか?核シェルターの全人口に対する配備率だそうです。ちなみに、ベスト5は、3位 ノルウェー 88%、4位 アメリカ 82%、5位 ロシア 79%、6位 イギリス 67%、 そして我が祖国の日本は、0.02%。

いかに日本の‘平和’が特異なものであるか、アメリカの‘核の傘の下’にあることの重要性に気づかざるを得ないでしょう。‘タダ’でもらった「0.02%」では決してありません。それ相応の‘国際貢献’をしているからこその、日本の‘平和’であることを、決して忘れてはなりません。感情や気分で発言することは簡単ですが、現実をふまえないとただの‘空論’で終わってしまいます。

ところで、イヴァン・イリイチは『シャドウ・ワーク』という論文集(岩波全書)の中で‘平和’について言及しているが、今手元にないのでうろ覚えであるが、「平和は、言葉によって意味が違う」ということを言っている。すなわち一口に‘平和’といっても、その地域と人によってその意味するものが違う、そもそも語源からして違うではないか、というような前フリから論を起こしている。

彼の‘平和’論はさておき、ここで気をつけなければならないことは、同じとされる言葉、たとえば日本人の‘平和’と欧米人が使う‘peace’という言葉は生まれも育ちも内容も、‘全く’違うものである‘かも’しれないということ。

言葉と意味、その歴史的な背景をおさえることの重要性は、強調しすぎることはない。

つまり、日本人の持つ「平和」の意味を、他国の人たちに懇切丁寧に噛み砕いて説明すること、‘言葉’(だけ)ではなく、その含意する‘もの’や‘こと’を共有(シェア)すること。

ようは‘我々’も‘彼ら’も‘自分’が何を考えているのか、感じているのかを‘自分’だけではわかりえない。他者と対面・対話することにより‘我彼’の違いや共通点を知り、ひいては‘自分’自身を知ることになるということ。

そういう意味で、これからの時代は‘個人’の思いや感情をシェアすることが、ますます重要になってくるのであろうと思う。

何々‘主義’というイズム(~ism)の時代は20世紀をもって完全に‘終わった’と私は思う。これは、私だけがいっているのではなく、何人もがいろいろな場所で発言していることであるが、この10年を振り返っても容易に‘わかること’で、今のわかもの(自分も含め)は、正直、資本主義も社会主義も何も信じてはいない。過去の遺骸がまだ力を持っていることは認めつつも、すでに形骸化して惰性で走っているということもわかっている。

実は、内部で新陳代謝がおこなわれていることを認めないわけではないが、古い皮袋に新しい酒を入れたところで、所詮、その‘皮袋’自体が変わるわけではない。

そんな‘皮袋’は捨てたら、別にビニル袋だって、いや‘袋’に囲い込んで貯めるではなくて、つまりストックを全部フローに変えてもいいのでないのか。

まずは、ラベルやレッテルという‘袋’概念自体を疑いなさい、袋がどうであれ、‘中身’をどう使うのか(活用?)するのかを考えるほうが、よっぽど今の時代に必要なことであると言える。

まあ、(一見)‘活用’できないような‘無駄’を排除するものではなく、逆にその無駄が必要だと私は思いますが^^?

ともあれ、この10年、私達は、それなりに‘進歩’というか‘思索’を深めることができたと思う。

2007年頃、私は‘冬が来る前に’ということで、かなり世界の行方に不安を感じていたが、10年目のセプテンバー11を迎えるにあたって、いやまだまだできる。阪神大震災ではないが、この2011年3月11日の東日本大震災が日本のみならず、世界の人々の‘気づき’のきっかけの一つとして、今後の世界に大きな影響をもたらすと信じている。

「夜明けの前の夜が一番暗い」とは『詞集たいまつ』のむのたけじ氏の言葉であったと思うが、何かが変わっていく、そんな胎動のディケイド(10年)であったと私は考えたい。

2011年9月10日 愛知の実家にて 柴田 英知

参考:

私の今までの‘平和’についての思索については、こちらの記事をご参照ください。

■ ‘わたし’の平和学~冬が来る前に! @ブログ版 歩く仲間

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

ではでは^^?

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