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2011年9月26日 (月)

外部者の役割について あるいはNGO/NPOとODAの違いについて

初出: mixi開発民俗学-地域共生の技法- 2011年9月25日

■‘地域’づくりと‘開発民俗学’ <各論>

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=64432390&comm_id=2498370

外部者の役割について あるいはNGO/NPOとODAの違いについて

昨日(9月24日)に、りぶらでまちづくりNPOの「りた」の方とお話をしてきました。やはり同郷で、りぶらまつり2011の打ち合わせということもあったのですが、全然、違うフィールドを歩いてきたはずなのにいろいろ共感するところが多くて、気づきと学びがいろいろありました。企画についてのヒントも一杯いただいて感謝感謝です。

かねてよりの持論なのですが、日本も世界も抱えている問題は一緒。まちづくりや地域開発の課題は、みごとに地域を問わず、同じような難しさを抱えています。

ところで、東日本大震災をいろいろなNPOが支援しているのですが、このりたも例外ではなく、専任のスタッフを割り当てていて、この震災に当たっての取り組みについても、具体的な経験を語ってくれました。

実は、先週(9月17日)に、名古屋でNPO法人ICANの事務局長を訪問していろいろ話をしたのですが、そのときの彼らの震災への取り組みの話も、りたさんと基本的な課題は一緒。初期対応のことと外部者としてできることについて、いろいろヒントになることを伺いました。

このICANさんと話して気がついて言葉に出したことなのですが、官費依存?の開発コンサルタントとNPOの決定的な違いは、能力はどちらも負けず劣らずということですが、自分で動けるということ。

事務局長さんが語った「私の団体も、要請があってすぐに(東日本大震災の復興に)対応できた。今回の大震災で明らかになったことは行政の対応の遅さとNPOの機動力の高さ、これを被災地の人たちも知ったし、政治家も目の当たりにした。だって、電話一本で、NPOはすぐ翌日に現地に人とモノをだせた」という話を受けて私は、こんな話をしました。

「NPOというのは、‘かまど’みたいなもので、常に種火を欠かさずにメンテナンスしているから、インプットがあればすぐに活動ができる。しかし、開発コンサルタントや行政は、基本的に予算がないと動けない。特にODAの場合、政府の予算に頼っているから、日本と対象国の国家予算、つまり会計年度に予算組みできないと、すぐに1年、2年取り掛かが遅れてしまう。また、いくら開発コンサルタント会社や役人に能力がある(個人がたくさんいたとしても、ガスコンロみたいなもので、燃料と、その都度の着火がないと動けない。ただし、その火力というか能力は‘かまど’とは比べものもないほど大きいモノであったとしても、すぐに動かせない。

逆に、NPOはかまどの火を絶やさないようにするのに、多大な努力が必要である。だって、燃料が入ってくる当てもなく常にスタンバイしていなければならないから。」

私のこの言葉が、実際のNPOの現実をどれほど反映しているのかは実際にわかりませんが、開発援助という世界で、ODAとNGO/NPOや国際機関の仕事の仕方を垣間見てきた私の直感というか感想です。

たぶん、どんぴしゃであたらずとも遠からずなのではないかと思いますが^^?

さて、人と人とのネットワークや、人ありきの地域開発は、こう考えてみると「時間と予算というフレームありき(制限される)」‘プロジェクト’という考え方とは‘根本的’に相容れません。

それが結局、役所仕事(ODA)に16年携わった結論だと言えば、絶対に、開発コンサルタントという現場で、一体、お前は何をやってきたのかとつっこまれそうで、なにか情けない気持ちにもなるのですが、結局、人と人をつなげたりするのはODA業務のTOR(業務指示書)には入っておらず、メンバーである当事者の自覚というか全くのボランタリーな精神に頼っているのが、今の援助の現場の現実なのではないか。

ふとそんなことを、ICANさんと話しながら考えていました。そういう面では、外部者であることに対して、NGO/NPOの人たちのほうが自覚的であると思いますが、ODAであれNGO/NPOであれ所属や組織を問わず、結局、その中の‘個人個人’の資質によってプロジェクトのアウトプットが、大きく変わってくる。

これがプロジェクトが‘水物’といわれるゆえんなのでしょうが、そうは言っても、全ての人にカタリストやチェンジエージェントの素質があるかというと決してそうではない。

結局は、人間が好きかどうかという根源的な問題に還元されてしまうのでしょうが、ただ、気がついていないだけの人は多いと思うので、私としては、現地の人や外部者にそれぞれの(期待されている)役割とその力について、もっと自覚してほしいと思っています。

‘期待されている’とか書くと、上から目線の‘誘導’ととられかねませんが、自分の‘立場’をふまえる/わきまえることは、どの現場でも決定的に必要で重要なことです。

それをわかった上で、どう自分が振る舞うのか。やはり何も考えずに直感で直情的に動くのは、あまりよいことではない。

人間関係では、修復不可能は決定的な失敗となることもありえます。平たくいうと信頼をなくすということですが、それを修復するのは無理とはいいませんが、とてつもなく時間がかかる場合があります。

まあ、そんなカラリストの悩みというか辛さを、mixiの「世間師の日和見」という新しいコミュで、生々しく?語り合いたいと思っているのですが・・・ まだメンバーが私だけ^^?

結局、最初に触れた「りた」さんとの話し合いのポイントにまで触れられませんでしたが、それはそれでまた改めてとりあげます。

ではでは^^?

こちらもよろしく!

■ 世間師(しょけんし)の日和見

http://mixi.jp/view_community.pl?id=5789545

※ミクシイ会員にならないとみれませんが^^?

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