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2011年9月24日 (土)

これからの民俗学について<各論>

初出: mixi開発民俗学-地域共生の技法- 2011年9月24日

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=65210262&comm_id=2498370

というあるミクシイのコミュニティのトピック名に引かれて、ついつい書き込みをしてしまいました^^?

■これからの民俗学って @ 「日本民俗学」学生の寝宿

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=33572878&comm_id=489775

私がバリバリの「日本民俗学」に対して口を挟む立場には、全くないのですが、これからの学問のあり方を考えるのに、適切な?レッスンだと思って、思うところを書き込んでみました。

みなさんの、(開発)民俗学に関するご意見をお聞かせください。

ではでは^^?

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しばやん@愛知です。

開発民俗学-地域共生の技法-というコミュを勝手にやっているものですが、いまさらながら書き込みを^^?

http://c.mixi.jp/kaihatsu_minzokugaku

今年の3月11日の東日本大震災で実際に被害に遇われた方々および心を痛めている多くの方々に、心よりのお見舞いを申し上げます。

そして、改めて平和で平凡な日々が続いてきたことに深く感謝したいと思います。当然ながら幾度もの自然災害や悲惨な事件が起きてきたこともまた事実です。でも戦後復興、阪神大震災など、いろいろな苦難や困難を乗り越えてきたのもまた事実です。

つまり何がいいたいかというと、今こそ、それぞれの立場での踏ん張りが必要なのではないかと思います。

そして、民俗学の可能性も、その原点に立ち返ったところにあると思います。

私は、もともと大学ではアラビア語専攻で卒論では中世シチリアなどに手を出しましたが、一番の関心は、現代の世界の紛争や貧困、差別などの問題でした。多民族や宗教、文明(ちょっと大きくなりますが)の共存の思想というのが一貫したテーマで、そもそもの始まりは、広島の原爆に対する怒りと‘本当’の平和の模索です。

農業・水資源・地域開発の専門の開発コンサルタント会社の社員として国際開発援助の現場で16年間働いてきましたが、やはり政治やシステム的にどうしようもないところと、資本主義という経済システムの世界の津々浦々が飲み込まれていく、その尖兵の一部を開発援助が担っているという自覚、それは植民地主義に使われた人類学など‘学’そのものの持つ、傲慢さと暴力性とシンクロするのですが、その渦中にいても、不思議と‘絶望’は感じませんでした。

正直、私はミレニアムディベロップメントゴールとか‘持続可能な’開発など、頭から信じていません。今の‘環境’ブームや‘フェアトレード’ブームなどにも、心の中では一線を画しています。

では何を私は現場でみて信じたのか。それは、それぞれの地域に現実に生きる人たちの力強い‘生活’そのものでした。

フィリピンでも4年ほど駐在員をさせていただきましたが、基本的に農業開発は各国の地方でかつ辺境地での仕事が大半でした。当然、政府開発援助なので政府の中央官庁の役人をカウンターパートとして一緒に仕事をするのですが、人括りに途上国の‘パワーエリート’というより、実際に名前も顔もあり、その現場現場でしたたかに生きる一人ひとりの個人の集まりでした。また逆に地方には地方の顔役というか、日本でいう篤農家とでもいうのでしょうか、必ず‘人物’が地に足を着けてそれぞれの場所に居ました。

私のコミュではカタリスト、民俗学的にはまれびともその要素をもっていると思うのですが、チェンジエージェントや外部者の役割なども積極的にとりあげていますが、そんな地方の地域開発(というときな臭いですが)地域の人々の生活の向上に努める人々のネットワーキングに、これからの21世紀のあり方として、非常な可能性を感じています。人と人がつながることにより情報やモノが流れるようになる。インターネットなど外部環境もこのような情報の水平化と‘平の人’(by 片倉もとこ先生)の直接間接の交流を加速させています。

元々は、人文地理学をやりたくて中学生頃から文化人類学などにも関心をもってきたのですが、仕事での体験を通じて、文化人類学ではなく日本の民俗学に関心が移ってきました。やはりサイードのオリエンタリズムが出てから日本の学界も大きなゆさぶりがあったということですね。日本中東学会は学生時代からずっと続けていますが、90年代の研究者はかなりの自省を強いられました。イスラーム学だけに限らず‘地域研究’そのものが出来なくなったわけではありませんが、その後の大学改革でさらに変な方向に行ったと思います。そんなわけで、ようやく学界が正常化したのが2000年を越えてからなのではないか、それはやはり私と同世代のアラフォーの人たちが新しい問題意識で既存の学問を立て直したのではないか、そんなことを勝手に今にして思っています。

さて、いまさらなのですが、柳田國男や折口信夫などの原点に戻って、民俗学を学んでいます。

2000年前後に、宮本常一を知って、民俗学の可能性に引き込まれた私ですが、その方向性も重要でおもしろいのですが、柳田國男の問題の立て方自体がおもしろくてたまりません。一国民俗学とか言われていますが、彼自身は、もともとは欧米の人類学や民俗学を広く視野に入れた世界レベルの学問に育てていきたかったのだと私は思います。

とにかく、地元の人に考えさせる学問、‘野の学問’という魅力は絶対になくしてはいけないと私は思っています。

なにか取り留めのない話になりましたが、自分のトビでは、‘学問’の実用性とか実践性についても考えていきたいと思っています。

■ 被災地におけるワークショップのあり方について<東日本大震災がらみ>

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=64187697&comm_id=2498370

■ 「東日本大震災と開発民俗学」 一開発コンサルタントが思うこと。<‘開発民俗学’への途 (第2部)>

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=62072221&comm_id=2498370

まあ、辛いときほど、声を掛け合って互いに励ましあいながらがんばりましょう。

ではでは^^?

蛇足ですが、私は学問は学問であってもよい、もっといえば、全然社会の役にたたないものであったほうがよいと思います。

今、国立民族学博物館の先生などが、実践の人類学とか称して、世の中の役にたつ研究をやろうとこの10年くらいやっているようですが、私に言わせてば問題の立て方が間違っていて、やらんでもいいようなことに顔を出しているという感じがしています。

つまり学界の人が考える‘問題’と、実際の普通の人が直面している‘問題’は微妙に違うということなのです。普通の人が持ちかけた、もしくは持ち出した‘問題’なのか、学者がこれこそが‘問題’なのだと自分の専門家としての見地から作った‘問題’なのか。これが問題です。

私も近い将来、学界に戻ることを考えていますが、私だったら学生には、実世界では役にたたない学問をこそ教えたい。いや、問題の立て方とか見方や切り込み方を教えたい。その‘道具’をどう使うかは、学生本人にゆだねたい、そんなことを考えています。

一応、このトビの本旨に戻る?と、私は、実はそのようなことを考えています。

ではでは^^?

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