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2011年7月

2011年7月30日 (土)

広島大学総合科学部編  『シンポジウム・ライブ 総合科学!?』  → 近代学問の限界を考える

初出: mixi開発民俗学-地域共生の技法- トピック 「越境のアドベンチャー」 ‘開発民俗学’は‘総合科学’たりうるか?<各論> 2011年7月30日

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63493101&comm_id=2498370

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○広島大学総合科学部編 阿部謹也、瀬名秀明、長谷川眞理子、佐藤正樹、加藤徹 『シンポジウム・ライブ 総合科学!?』 叢書インテグラーレ001 丸善 2005年

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シンポジウムの講演を文字におこしたものなので、それだけでもわかりやすい本といえるます。佐藤学部長の基調報告「二十一世紀の文明と環境-「総合科学」の課題と可能性」から始まり外部の3名の講演が続くのですが、全体として(結果として)それなりの‘総合科学’のあるべき方向性を示しているところがすごいと思います。

読んでいて気になった言葉を紹介します。

佐藤報告より:

・ブルクハルトの言葉「ディレッタント(物好き)になれ」

・「一人総合科学」と「協同総合科学」で研究を同心円状に拡げる

・若き学生は「重点的ジェネラリスト」というスペシャリストたるべし

瀬名報告より:

・学問の醍醐味は「実装すること」

ロボット学が総合科学に示唆してくれるものとして、工学でいうところの「実装(implementation)という概念がある。「これは装置に新しい部品を組み込んだり、ソフトウェアに新しい機能を盛り込んだりすることを指す用語ですが、もっと工学的な立場でいえば、抽象的・観念的なものを具体的なシステムとしてつくり、機能を実現させていくことなんですね。」(p100)しかしこれは他の学問でも同じ事なんじゃないか。「「総合科学」には、ひとりひとりの研究者が誇りをもって、しかも自分の研究成果を社会に対して実装してゆくことが重要なのではないか。」(p102)

長谷川報告より:

・科学の根底にある哲学を理解せよ

・少数の原理で自然を統一的に説明する

・科学という強力な世界観

・科学で何をするかを決めるのはわれわれ

・科学そのものは価値観ではない

・古典的教養と科学的教養を併せもつ

 

全体を読んで思ったこと。

まあ、べたな言い方ですが、自分が何(特に学問として)をやっているか、どういう‘世界観’に基づいたものなのかを自覚して学ぶということと、文系や理系などという区分には意味がない、少なくとも西欧発祥の学問は、ひとつの価値観に基づき組み立てられている。阿部報告の中で12世紀のフランスのサン・ヴィクトールのフーゴーの『ディダスカリコン』という学習論とでもいうべきラテン語の本にある学問観についてふれているのを引用すると。

「彼(フーゴー)の時代の学問というのは哲学ですが、哲学がいちばん物事の最初に来る学問で、その哲学が四つに分かれると。思弁学と実践学と人工人造学と論理学。思弁学は神学と数学と自然学に分かれていく。実践学というのはさまざまな学問、現在の学問で言えば、経済学、財政学、公共学とか家政学とか論理学とかさかざまなものに分かれていき、論理学は文法学、記号論、論証理論、そして思弁学は算数、音楽、幾何、天文学、天井の音楽と人間の音楽と器楽、さらにさまざまなかたち、人工人造学から兵器学、商学、農業、狩猟、医学、演劇、あるいはパンをつくる技術その他のものに分かれていく。」 (p43)

「そしてそこで言っている大事なことは、学問というのはつまり一つの分野を極めていったときに、すべての学問に通じているということにならなければ意味がない。(中略)では、全部の学問をもし身につけたとしたらどうするかという質問をだれかがしたとすると、彼は古靴直しをやればいいんだと。古靴直し、あるいは陶器つくりの修行をすればいいんだと、こういうふうに言っている。」 (p44)

ここで問題は、分けて考えるという‘ヨーロッパ流’の学問の実態(出自)とその限界です。開発民俗学で考えるホーリスティックアプローチでは、現実・現物を、‘そのまま’理解することから始めたい。つまり現物から、それをどう分析するのかを考える。これは細分かされた‘既存’の学問分野を、再構築するのではなくて、現物にあわせて分析方法自体を考えるというアプローチです。

いや分析自体が不要であれば、それはそれでいいのかもしれません。

フーゴーの学問論の最後のオチがスゴイと思いませんか。つまり、古靴なおしや陶器つくりのマイスターとでもいうのですが、全体を‘体現’してしまった‘人(間)'になってしまえば、学問そのものが成立たなくなるというか、‘この人をみよ’で済んでしまうということなのですから。なんという究極の‘逆説’なのでしょうか^^?

ともあれ、阿部謹也がいう「ヨーロッパの学問はインテリと非インテリを峻別した」ことが、‘学問’の世間からの‘乖離’というか‘不毛’を象徴していると感じました。

つまり、開発民俗学は、‘学問’を‘(日常)生活’に取り戻すための運動っていえるんじゃないかなあ、いや、そういうものとして鍛えていきたいと思いました。

なんとなく、散漫な文章になってしまいましたが、‘世界観’の上に、すべてが組み立てられている。中国やインド、中近東など古くから文字があり歴史のあるところには、必ず‘世界観’があり、その世界観に基づいた‘学問’体系があってしかるべき(実際あったと思う)なのに、それが、今の少なくとも学校教育では表にでてこないというか、自分達がどのような‘世界観’に基づく学問や教育をやっているかを自覚していない。

ここの日本の学問の弱さがあると思う。

自分が立っている土台、つまり足元を正しく理解して自覚するということから21世紀の総合科学?は始まるということをこの本を読んで感じました。

そこに開発民俗学の生きる道があると思います。

ではでは^^?

この項 了

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2011年7月29日 (金)

林周二 『研究者という職業』 東京図書 2004年

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初出:研究(者)への途~進学相談室~ <各論> @ mixi開発民俗学-地域共生の技法-

http://mixi.jp/view_bbs.plid=63702552&comm_id=2498370

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学説史というか、誰がどこで何を言ってとか、どういう師弟関係かとか、実はこんなところがおもしろかったりするしばやん@ひよっこです。

タマゴというのもへんなので、とりあえずひよっこから始めようと思います。

さて、そもそも‘研究者’とは?などと考えてしまいました。

それで、この一冊。

○林周二 『研究者という職業』 東京図書 2004年

掛け値なしにおもしろいです。本音ベースの話が聞けて^^?

自分は「二流研究者」とかなりながらも、父親も研究者で東大の‘先生’なのですが、1926年生まれとは思えないしやなかな発想と語り口には、それだけで人間的な魅力を感じます。

折角、研究者の心得というのをまとめていただきましたので、この場に、そのまま紹介しましょう。以下、引用(p26~31以下)

[一] 研究者たろうとする者は、世間に追随したりせず、自分独自のユニーク(unique)な研究テーマをもつべきだ、ということ。とくに戒めたいのは、流行のテーマの尻だけを追っかけてはいけない、ということである。(僕からさらに一言付け加えていうと、研究者は自分の能力や得意・不得意の点をよく自覚し、それに見合った個性的な研究テーマを択ぶべきだ。能力を超えたり、能力以下のテーマに取り組んだりしてはいけない。 )

[二]右の点を考慮したうえで、研究上これこそは重要(essential本質的な)だと考えられるテーマに取り組むこと。詰まらない(trivial末梢的な)研究テーマに関わりあって、研究者人生の貴重な時間をあたら消費してはいけない。何が重要で本質的か、何が瑣末で末梢的かを見極めることは、研究者の眼力に関わる最も大切なことである。

[三] 研究者たる者は、つねに開拓者精神でその研究活動に当たること。周到な計画性をもってその仕事に取り組み、いったn作業に入ったからには必ず成功する覚悟をもつこと。(略)

[四] 研究者は、じっさいに世の役に立つことを、自己の研究の主旨とすること。(なお「世の役に立つ」とは、空論のための空論を徒に弄ばないということであって、目先の世俗的・実利的な役にすぐ立つとの意味ではない。)

[五] 狭い日本でより、広い全世界で、自分の学問や研究仕事が認められるように努力すること。研究者は活動の舞台を狭くではなく、大きく広く取るようにすること。

[六] 研究者を志す人は、なるべく優れた立派な師を頼って、その下に就くよう努めること。東大総長だった有馬朗人も、この点を特に強調し、「師に仰ぐならノーベル賞級の人の下に就け。研究者としての君の将来は、全く違ってくるはずだ」と断言している。

[七] これからの学術多様化時代に研究者が生きてゆくには、狭いタコツボ的な道場(=研究室)に閉じこもったりせず、武者修行にいろいろな道場の門をたたき、他流試合つまり他部門や隣接部門研究者たちとの積極交流に努めること。

[八] 研究者にとって研究の職場を五年ないし十年ごとに変えることは、研究環境の転換、したがって研究そのものの視野拡大に大きく役立つと考えること。

なにか当たり前のことにも聞こえますが、実際にそれをこなしてきたこと自体は賞賛に当たります。

人間、いかに言うほどのことができないかは、みな誰もが嫌というほど思い知らされるものですから^^? (← それを場数を踏むとか修羅場をかいくぐるともいう。)

まあ、難しいけど、やりがいがありそうだというのが偽らざる気持ちです。

なにより、生涯現役というのがいいと思います。定年もなければ、死ぬまでやり続けられるなんて、とても素晴らしいことだと思いませんか。

まあ、まわり道だらけの‘わが人生’ですが、残りの半生をかけてでも取り組むだけの価値はあると私は思います。

ではでは^^?

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2011年7月27日 (水)

今、改めて大学院への進学を考える!

mixiの「開発民俗学-地域共生の技法-」のコミュニティで、大学院進学についてのトピックを立てました。

研究(者)への途~進学相談室~ <各論>

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63702552&comm_id=2498370

そこに、こんな記事を書き込みました。

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最近、いろいろ自分を振り返ってみると、約20年前に大学4年のときに就職活動もせずに思い立って大学院進学を考えたという話をなんどか書いていますが、もう一度、なぜその時に‘失敗をした’のかを考えてみたいと思います。

端的に言うと…。

結局、なんのビジョンもなかったということに尽きるのでは!といってしまうと話が終わってしまうので、なぜ進学を断念したのかを、冷静に考えてみます。

私は小学校の5年生のときからボーイスカウトをシニアだから高校生まで続けていたのですが、ずっとお世話になっていた隊長さんに、実は大学院浪人時代に悩み相談というか進路相談というか、急に思い立って地元に会いに行きました。(当時、京都に下宿していた。)

その時にいわれたのが、「(京都大学の)院なんかに入ろうとしている人は、最初から大学に入学するときから、そこまで見据えて狙ってきているのに、にわかに勉強しても勝てっこない」といったような趣旨の話でした。

自分としては、確かに1992年の湾岸戦争でエジプト留学が流れていわばやけ?で進学しようと急に思い立ったわけで、大学時代の成績も全然よくなかったし、そもそも、大学進学時に、浪人してでもなんとしてでも(京大に)入学して大学院に進学するなんてビジョンも根性もなかったので、それもそうだと思って、就職活動に力を入れたのでした。

今思うと、この展開、おや?という気がしないわけでもありませんが、ただ、その当時、30歳代半ばか40歳くらいの‘大人’だったボーイスカウトの団長さんの言葉に、現実に心を動かされたし、実際にそのアドバイスにしたがってよかったと今では思います。

なぜか。

やっぱり結局、単なる思い付きだったんですよね。京大の文学部の西南アジア史って、結局はイランとかトルコは強かったけどアラビア語そのものを扱うわけではなかったし、もう少し正確にいうと、歴史研究は必ずしも原点資料が読めなくてよいというか、英語やフランス語などの欧米の研究成果をふまえた上で、歴史学のディスプリン’にしたがって論文を書けばよいのであって、アラビア語の原典で読めるに越したことはないけれど、‘別に英語やフランス語の翻訳で読んで‘歴史’を書けばよいということなのです。(かなり乱暴な話ですが)

また確かに歴史学の‘ディスプリン’そのものを学びなおすのであれば、大学生3年生くらいから編入学したほうが、まわり道に見えて実は近道であったし、そんな歴史の‘れ’の時も学んでいないものが、歴史で論文を書こうとすること自体が無謀なことなのでした^^?(確か、このことも、ボーイスカウトの隊長さんも言っていました。)

それと実際に、西南アジア史の研究室に聴講生として通ったわけですが、現実にスゴイ人たちばかりで、学部の3,4年生の人たちも進学を考えている人の何人かと友達になりましたが、確かに男の子で進学希望の人は、どうしてもめざす先生がいて浪人してまでも京大の門をくぐり、実際に入学前からやりたい‘なにか’を持っているようでした。

確かに、こんなに高い‘目的意識’を持った人に、私みたいなポット出な気まぐれな挑戦者が勝てるわけがない(入試&定員がある)とは、さすがに向こう見ずの私も、5月か6月になったら気がつきましたね。

あと自己弁護ですが、実は、その当時、アラビア語の地理書とか旅行記をやろうと漠然と考えていたのですが、これをまともに教えることができる私の関心にある分野の研究者は、実は大阪外国語大学(母校)の竹田新先生と、東京外国語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所の家島彦一先生しか!いなかったわけです。

また、どの大学でどんな先生がいて、どんな学風で研究・教育が行われているのか、全くその当時の私は知りませんでした。全然、自分が行こうとしている世界がどんな構造で、どんな人(達)がいるところなのか、どんな研究(学習)環境なのか、全く調べていなかった。こんな準備もなしで、行き当たりばったりでうまくいくはずがありません。冷静に考えるまでもなく!

確かに、文系で大学院に進んだら食べていけないといわれていた時代ですから、いつまでも親のすねをかじるわけにもいかないし、京大の大学院生の先輩が結構、まじめにバイトをしているのをみて、好きなことをするために自分の時間をつかってバイトする(たとえば中高生の家庭教師といっても全然、自分の研究には関係がない)のは、なにかいやだな。やはりやりたいことに一番時間を使いたいというのもあって、やっぱりやめておこうということになりました。

さいわい紆余曲折はあったものの、開発コンサルタント会社に就職できたのは、やっぱり奇跡というか運がよかったとしかいいようがありません。すてる神があれば拾う神があるというか、今思うと、本当に自分の意思というより他人に拾われた人生でした。

まあ、どう言いつくろってみても、所詮、負け犬の遠吠えでしょうが、結局、就職に舵をきった決め手は、母親の「勉強なんてどこでもいつでもできるで」という言葉でした。

職業研究者だけが研究者ではないというか、好きな人はどんな環境にあっても勉強や研究を続けて、それなりの成果を出しています。

そうそう、その時に私は「自分は野に下るけど、決して学問のための学問はしまい」と幼心に誓ったのでした。

まあ、結果として、「開発援助」という全く違ったフィールドで経験も積めて、今はドロップアウトしたおかげで、それほどノルマもなく、自分の人生へのリベンジの作戦が練れる。これは、千載一遇のチャンスです。

もう、この今の時点でやるしかない、ここでチャンスを逃したら私の20年間のまわり道が無駄になってしまう。ここで博士をとりにいくしかないなというのが、今の偽らざる心境です。

そこそこ仕事も忙しいのに、なぜそこまで思いつめるのか?

自分にもわかりませんが、結局、(自分の)本職をまっとうしたいというか、仮に(自分の)能力とでもいえるものがあるとすれば、(自分が)一番好きで自信の持てる分野でその力を発揮すべきだというのが今の私の信念です。

とりあえず他者の評価はおいておいてね!(← 脇というか詰めがあまい^^?)

ということで、研究者への道を模索していきたいと思います。

ではでは^^?

P.S.

最近、‘大人’ぶる人が、物知り顔に、「できることとやりたいことは違う」といろいろなところでのたまわっていますが、私は、そんな言葉は、本人が気付けばよいことで、わざわざ若者に‘助言’する必要はないと思います。

みんなそれぞれ(の立場や年齢で)悩んで転んで心に血を出して自分の限界を知った上で、生きていくのだし生きてきたのだから。

そんな言葉より、若者の不安を取り除き、自分で勝手に思い込んでいる天井や障害を取り除く方向で励ましてやるのが‘大人’の務めだと私は思います。

ではでは^^?

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2011年7月20日 (水)

歩く仲間通信 2011年7月13日 <歩く仲間>

ちょっと日付が前後しますが、歩く仲間通信を転載いたします。(一部修正あり)

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しばやんこと柴田英知@愛知です。

いよいよ梅雨明け、私の現在の職場のマリン業界も最後?のかきいれ時です。

みなさんお元気ですか。

*なお今後、このようなメールが不要の方はご遠慮なくご連絡ください。*

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☆ メルマガ登録制度への移行について(予告)

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前回も、お知らせしましたが、facebook pageへの「歩く仲間」の移行を実施中です。

とはいえ、まだまだ全然思うようなページができていません。

この試読もあと1回のみとなりましたが、facebook pageで登録するなんてめんどくさいけど、月に1回ぐらいは、しばやんのたわごとに付き合ってやってもいいやという方がいらっしゃいましたら、メルマガ仮会員登録?をしてください。

つまり、ちょっと感想等を書いて、わたし宛にメッセージをいただけますと、大変ありがたいです。ご連絡をいただけましたら、引き続き(こりもせず)メルマガを今後も(月に1回ぐらい?)配信させていただきます。

なお、facebookの登録名は、「shibata eichi」 もしくは 「柴田英知」なので、

もしお使いの方は、お気軽に友達申請をしてください。ウェルカムです^^?

いよいよカウントダウンの‘残り2回目’の歩く仲間通信です^^?

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☆ お知らせ 最近、ちょっと?力をいれている活動です。

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1.「開発民俗学「地域共生の技法」」 2007年8月12日~

「開発学」ミーツ「(日本の)民俗学」=「開発民俗学」 ということで、勝手に提唱しています。国際協力や開発援助、開発と人類学に関心のある方は、ぜひご訪問ください^^?

http://c.mixi.jp/kaihatsu_minzo

※ミクシイ会員限定なので、関心のある方は、ご連絡ください。

2. facebookpage版 「歩く仲間 ・・・歩きながら考える-世界と開発-」

今、取り組んでいる新しいホームページです。まだまだ内容が整っていませんが、ファンになって、「いいね!」を押していただけますとさいわいです。

3. 歩く仲間オフ会 ‘大阪or京都’

詳しくはこちらを参照ください。 「ブログ版 歩く仲間」

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/or-044e.html

ちょっとだけ紹介!

ところで、7月23日(土)と24日(日)に大阪と京都に遊び?に行きます。7月23日(土)のイベントは大阪外国語大学時代からお世話になっている松野先生の東ティモールのセミナーで、午後2時から午後5時まで大阪の北浜であります。

◆ 市民と外交~世界の紛争解決のために市民運動ができること

http://www.facebook.com/#!/event.php?eid=141920939215979

翌、7月24日(日)は国立民族学博物館です。

◆ 国際協力・現地調査のコツを伝授します!@国立民族学博物館 <開発民俗学コミュ・オフ会>

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-a6f5.html

ということで、23日の夜は、新大阪に宿泊予定です。

したがって、関西方面の方でもしお時間のある方がありましたら、ぜひ、23日か24日にお会いしましょう。。

こちらのトビもしくは個人的にメッセください。

下記はおまけです。例のごとく、長文です。

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特集: しばやんの棚卸し(その4) リアリティとはなにか?

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最近、ミクシイの開発民俗学のコミュニティで、2つの連載をしています。

※ミクシイの会員以外は閲覧できません。ごめんなさい。

その1.「東日本大震災と開発民俗学」 一開発コンサルタントが思うこと。 <連続講座> 

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=62072221&comm_id=2498370

その2.‘知’の相対化について (あるいは、学問的な‘知’と‘経験知’の格差と断絶について)<連続講座>

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63333112&comm_id=2498370

このミクシイのコミュニティでおもしろいのは、コミュのメンバーがそれぞれ勝手にトピックを立てたり、人のトピックに好き勝手にコメントできるというところで、私も基本的には好き勝手に自分の思うところを気ままに綴っているのですが、思いも寄らないツッコミが入り、そのメンバーへの回答を書いたりしていると、すぐに話が‘脱線’します。まあ、それがおもしろいといえばおもしろいのですが^^?

その脱線しかけている(している)ところが、主に2点、このポイントが私とメンバーの間で議論というか話が通じていないところで、要は‘引っかかって’います。

ポイント: その1. ‘リアル’、‘リアリティ’とは何か?

      その2. ある‘(開発の)現場’における‘外部者’とは何か?

実は、この2つは非常に密接な関連をもつ問題で、私のいう‘開発民俗学’の胆というか一番、重要なポイントでもあるのですが、なかなか説明が難しい^^?

以下、再度、わたしの‘言葉’で説明しますと、「‘現場’の‘リアル’は一つだとしても、‘人(間)’によって、それをどうとらえるかという‘リアリティ’は、個人個人によって異なる。

したがって、本来は、いろいろな‘立場’の‘人(間)’が、それぞれの‘リアリティ’を語ることにより、より‘現実的な’‘リアル’な解決策なりが導き出せる。(しかしながら、‘見えない’当事者(ステークホルダー)’が多々いることは‘現場’ではよく知られた事実です。)

開発民俗学は、そのさまざまな立場の‘人(間)’を引っ張り出して、共通のプラットホームに立たせる、いわば‘場’を作ることを見据えた‘実践’的な‘学問’であるべきである。

そこで、活躍?する‘開発民俗学(徒)’は、‘外部者’としての‘節度’と‘自覚’をもって‘現場’に立たなければならない。ゆめゆめ‘内部’の人(間)となってはいけないし、そう(勝手に)自覚してはいけない。なぜならば、‘内部(者)’の立場に立つことは現実に不可能であるし、もし自分が‘内部(者)’の‘リアリティ’が‘解った’などということは、‘外部者’としての‘立場’を逸脱しているし、解ったフリの‘善意’なりが、逆に‘人(間)’を傷つけたり‘話(問題)’をこじらせてしまうことは多いし、それが結果として、(内部者に対する)大きな‘裏切り’となる場合すらありうる。」

ということを、主に、2つの講義でなぜか?同時並行的に説明してきました。

でも、まあ、その’間合い’というか‘理屈’はともかく、その‘実践’って本当に難しい^^?

ちょっと脱線するようですが、実は、最近の2冊の本を買いました。

たぶん興味を覚える方が多いと思いますので、詳しく紹介します。

石井光太 『絶対貧困―世界リアル貧困学講義』 (新潮文庫)  2011年7月1日発行

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-ac82.html

(ちょっと引用します)

やられた というのが、この文庫本を本屋で手に取ったときの最初の感想である。(単行本は2009年3月 光文社)

私より若い世代の、まさに同時代の‘世界’の素顔の記録として、今の若い人にも違和感なく受け止められるルポルタージュであろう。

私は、1992年から開発コンサルタント会社(民間)のスタッフとして主に国際協力機構(JICA)に代表される日本の政府開発援助の仕事に関わる中で、仕事で(開発)途上国の‘現場’を踏み、フィリピン駐在も2004年から2008年まで経験し、それなりにそれらの国々の表と裏をみてきたつもりであったが、この著者の壮絶なるまでに‘体を張った’取材を前にしては、自分の不明を恥じるほかない。

ついでに、同著者の『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』新潮文庫2010(初出 2007)を購入した。

日本中東学会や国際開発学会にも所属している私であるが、‘学者’さんたちが、これらのルポルタージュを、どう評価するのか、ちょっと、やじうまめいた興味関心がある。

(以下、略)

そして、同じ日に購入したもう一冊。

山本一巳・山形辰史編 『国際協力の現場から 開発にたずさわる若き専門家たち』 岩波ジュニア新書 2007年5月

これはアジア経済研究所のイデアス(アジア経済研究所開発スクール)の卒業生の19名がイデアス終了後に国際協力の専門家として、いわばパワーエリートとして勤めている国際機関などの‘国際協力’の現場を語ったものです。

石井光太さんは、33歳、イデアスの仲間は、40歳台前後で、まさに私と同世代の‘仲間’が、かたや‘ルポライター’として、かたや‘専門家’として語る‘(開発)途上国’の現場、2冊ともまだ完全には読んでいませんが、実は私もそのいくつかの‘現場’では同時期に同じ‘空気’を吸って同じ‘空’の下で、それぞれの‘仕事’をしていました。

なんだろう、当然、本というか公的に‘語れること’と‘語れないこと’があるのは当たり前のことですが、これらの同世代の人の‘活躍’と‘言動’つまり、それぞれの‘リアリティ’をみてみると、一体、‘自分’は何を‘見ていた’のだろう、自分の‘リアル’や‘リアリティ’ってなんだったんだろう。ってことを、イヤでも考えさせられます。

まあ、‘いろいろ’な人がいるからこそ、世界も‘重層的’に捉えられるのだし、(もしかしたら)‘自分にしか’みえないものもある(はず)だしということで、ちょっとヘコミはしましたが、まあ自分の五感というか六感というか自分の‘センス’を信じて生きていくしかないなと思って自分を慰めているわけですが、なかなか問題は深刻というか、自分への‘リフレクション’(振り返り)の、よいきっかけになりました。

特に‘石井さん’の‘リアリティ’の片鱗(エピソードのいくつか)は、私にも‘実感’をもって‘わかる’ところが何点かあったりしますが、そうは言っても、かたやJICAの調査団のメンバー(開発コンサルタント)として、青パス(外交官パスポートの一種)をもって相手国政府(役人)と机を並べて協力し、かつ時には激しく交渉しつつ仕事をするのと、フリーで裸一貫で「スラム」や「路上生活」や「売春」をルポするのとでは、当然、その‘立場’も‘見える風景’も違ってきますわな。

農業・水資源開発という、いわば地域開発が専門の開発コンサルタント会社だったので、比較的というか現場は、首都ではなく田舎ばかりではありましたが、‘開発コンサルタント’としての‘仮面’というか‘素性’で、しかも限られた‘現地(調査)’の期間で見聞きできることは、当然、限られています。

まあ、フィリピンに4年3ヶ月駐在したときは、現地の人(フィリピン人)と友達になって、友人の身分?で、いろいろ田舎や都会でも‘現場’を垣間見せてもらいましたが、それでもやはり、わたしは全てを見れたとは決して思わないし、また逆に自分の‘体験’が全てではないことは百もわかっているはずなのに、石井さんみたいな‘現実’をみせられると、自分の‘知識’や‘経験(体験)’がいかにちっぽけなものかと思い知らされます。でも、自分がその場に‘身をおいた’という‘リアリティ’はわたし‘だけ’のものとしてありますが^^?

ともかく、21世紀の(グローバル)イッシューは、簡単には解けないだろうし、まあそのためにいろいろみんなで工夫してやっていけば、少しは‘明日’に‘希望がもてる’と、軽く考えてみたくもあるのですが、そうはいっても、同じ‘外部者’のレポート(報告)とはいえ、‘現場’の‘下からみた視線’と‘パワーエリート’が‘上からみた視線’では当然のことながら、見える‘モノ’も違えば、もっといえば感じる‘トコロ’が違うような気がします。

どちらが‘正しい’とは単純にはいえないし(たぶんどちらも‘正しい’し)、どちらもが‘現場の当事者(内部者)’にとってみれば、‘見当違い’の‘外部者’の勝手な思い込みというか‘間違った’認識であるかもしれません。

玉虫色ですが、わたしは、どちらの(外部者としての)‘立場’もわかるような‘気’もするし、そしてなによりも、どちらが、私の(開発民俗学)の‘歩く仲間’であることは間違いありません。

結論として、‘人(間)社会’が一番、おもしろいし、しかも一番‘難しい’ということを改めて、この2冊の本をみて感じました。(なにか、無理に‘きれい’に結論づけていますが^^?)

そんなこともあったり、ちょっと思うところがあり、こんな文章を書きました。

以下、引用。

‘開発民俗学’へのお誘い <mixi コミュ 「開発民俗学~地域共生の技法~」について>

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/mixi-c12c.html

mixiのコミュニティの案内文を更新しました。

初出: http://c.mixi.jp/kaihatsu_minzokugaku  2011年7月9日

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みなさん、初めまして。          [2011年7月9日 加筆]

しばやん@愛知です。

まず、結論から述べよということで、「開発民俗学」の目指すところを簡潔に述べます。

その1.「開発民俗学」は‘知’のパラダイム自体を書き換えます!

「開発民俗学」とは、地域研究(Area Studies)と地域開発(Rural Development)を現場(fields)から考える総合科学(Human Sciences)の一角を担うものとして「学問」に貢献いたします。いわば‘21世紀’を生き延びるための‘知’の‘再’統合を目指します。

その2.「開発民俗学」とは「学問」ではなく「運動(ムーブメント)」そのものである。

「開発民俗学」は‘手段’であって‘目的’ではありません。「学問」のための「学問」ではなく、「実学」であり「実践」そのものです。‘自己’と‘他者’の関わりから生まれる‘現場’で互いの知恵を出し合って、よりよい‘物語’をつむぎだすための‘道具箱(ツールボックス)’でしかありません。‘道具’を使うもよし使わないもよし、ただ、その紡ぎだされる‘物語’に対しての責任をもつことをコミットしなければなりません。つまり‘当事者’責任を伴った‘大人?’の「学問」です。‘批評者’や‘コメンテーター’は必要ありません。

そこまでシビアな‘学問’ってあってもいいのか。いやあるべきだと思います。それが答えです。

その3.「開発民俗学宣言」ってほどでもないですが^^?

「開発民俗学とは、現代の問題から出発するにせよ、過去の歴史に謙虚に学び、そこに住む人たちと未来を創造していくものである。」っていえたらかっこいいなあ^^?  2006年12月1日

全文はこちらをどうぞ^^?

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/y2006Summer.htm

私は、2003年頃から[開発民俗学」という‘言葉’を使って一連の思索を続けてきました。

この私のささやかな‘試み’がどこまで‘世界’に‘世’に認められるのかは正直わかりませんが、こんな一人の‘学究’人生があってもよいのではないかということで、ただ自分の信じる‘途’を歩んでいきたいと考えています。

      しばやんと一緒に新しい‘実践の学問’を創ってみませんか^^?

しばやんこと柴田英知  @日本国愛知県岡崎市の実家にて 2011年7月9日

メッセをお待ちしております。

ではでは^^?

(引用終わり)

長文、ご高覧ありがとうございました。

また、どこかの‘現場’でお会いしましょう。

ではでは^^?

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地域活き生きアドバイザー 柴田 英知

E-mail: BXF00517@nifty.com

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国際協力・現地調査のコツを伝授します!@国立民族学博物館 <開発民俗学コミュ・オフ会>

時間
2011年7月24日 · 10:30 - 15:00

場所
大阪府(国立民族学博物館)

詳細
mixiコミュの開発民俗学 -地域共生の技法- のオ​フ会の案内です。別に、コミュに入っていなくても参加自​由なので、ぜひメッセください。 以下、転載です。

--------------------------​---------

開催日時: 2011年07月24日((日)10:30​~15:00 現地・正門前集合)
...
開催場所: 大阪府(国立民族学博物館)

地域活き生きアドバイザー(元(国際)開発コンサルタン​ト)のしばやんと国立民族学博物館を一緒に観覧してみま​せんか。いろいろ現役時代のエピソードを交えて、現場を​読み解くコツを伝授いたします。

参考: 国立民族学博物館のHPはこちら → http://www.minpaku.ac.jp/


1. スケジュール: 2011年7月24日(日)

 午前10:30 正門前に現地集合。適宜、現地解散。

 昼食をはさんで午後3時頃の終了を予定しています。


2. 参加費: 無料 ただし閲覧料や食事代は自己負担​でお願いします。


3. 対象: 

社会開発、特に文化人類学・民族学に関心があり、かつ開​発援助に関心のある学生(高校生・大学生・大学院生)、​援助関係者(関係機関職員、コンサルタント、青年海外協​力隊などに関心のある方)および一般社会人。まったく経​験や知識のない方も大歓迎です。


4. 内容: 

農業・水資源・地域開発が専門の開発コンサルタント会社​(民間)で16年間(東京を基点に12年、フィリピン・​マニラ駐在4年間)修行?を積んだアラビスト・開発民俗​学徒が、民博の展示物を一緒に見ながら、開発途上国の現​場で何を読み取るのか、現地調査やフィールドワークの極​意を伝授いたします。

見えないものを見る力、これは想像力の問題もありますが​、かなりのところは訓練と自己学習でその能力を高めるこ​とは可能です。

事前に、「開発民俗学-地域共生の技法-」の関連トピッ​クで予習しておいていただけますとさいわいです。

◆ 「(現状)認識論」 方法論や着眼点など(リテラシ​ー、フィールドワークなど) <理論各論>

http://mixi.jp/view_bbs.pl​?id=21822586&comm_id=24983​70

◆ 「現地調査や開発実践の現場」を語ろう^^? <フ​リーセッション>

http://mixi.jp/view_bbs.pl​?id=30391364&comm_id=24983​70

5. 関連のコミュ

この行事は、開発民俗学-地域共生の技法-のオフ会とい​う位置づけもあります。ぜひ、この機会にコミュニティに​も参加してください。

◆ 開発民俗学 「地域共生の技法」

http://c.mixi.jp/kaihatsu_​minzokugaku

6. 応募方法

募集期限の7月22日(金)までにしばやんまでメッセく​ださい。現地で飛び入り参加も可ではありますが、できる​だけ事前のご連絡をお願いいたします。

現地でお会いしましょう。

ではでは^^?

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2011年7月12日 (火)

歩く仲間オフ会 @大阪or京都

開催日時 2011年07月23日((土)~24日(日) 詳細は下記)

開催場所 大阪府(もしくは京都)

みなさんこんにちは。

「開発民俗学-地域共生の技法-」の管理人のしばやんこと柴田英知と申します。

開発民俗学 「地域共生の技法」(http://c.mixi.jp/kaihatsu_minzokugaku


ところで、7月23日(土)と24日(日)に大阪と京都に遊び?に行きます。

7月23日(土)のイベントは大阪外国語大学時代からお世話になった松野先生の東ティモールのセミナーで、午後2時から午後5時まで大阪の北浜であります。

◆ 市民と外交~世界の紛争解決のために市民運動ができること

http://www.facebook.com/#!/event.php?eid=141920939215979

7月24日(日)は京都大学です。

◆ 国際ワークショップ: エリートから民衆へ イスラム世界理解のための越境アプローチ  午後1時より夕方まで。

http://www.facebook.com/#!/event.php?eid=188214261233283

ということで、23日の夜は、新大阪に宿泊予定です。

したがって、関西方面の方でもしお時間のある方がありましたら、ぜひ、23日か24日にお会いしましょう。

まあ、24日のほうは正式に出席の申し込みをしていないので、場合によっては、大阪の万博公園の国立民族学博物館を、しばやんと一緒に観覧するというプログラムを組んでもよいかなと思っています。

こちらのトビもしくは個人的にメッセください。

ではでは^^?

P.S.

おまけの写真。
いつのものだと笑われそうですが、2003年の秋に(東京から)大阪~神戸に行ったときのものです。結構、フットワークがいいので、なにげに東奔西走しています。今は無き「くいだおれ人形」や阪神優勝時の「グリコ人形」。時代の証言?ですね^^?

しばやんって誰それって思われる方に^^?

柴田英知 

1970年生まれ。愛知県岡崎市出身。大阪外国語大学でアラビア語を学び、1992年より国際開発コンサルタント会社(民間企業)のスタッフとして国際協力機構(JICA)のさまざまな政府開発援助の業務に従事。2004年3月~2008年6月までフィリピン・マニラ事務所駐在員。2008年に地元にUターン。現在、会社勤めのかたわら「地域活き生きアドバイザー」として主にHPやブログで情報を発信中。

専門: 開発民俗学・地域研究、フィールドワーク論 趣味:音楽、映画、旅行、カメラなど。

所属学会: 日本中東学会、国際開発学会会員

連絡先: 

E-mail: bxf00517@nifty.com  
facebook: ‘柴田英知’で検索してください。
 
facebook page:  歩く仲間 … 歩きながら考える‘世界’と‘開発’

遊びのブログ:趣味の音楽(J-POPSや写真などを紹介しています。)

Life, I Love You! http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/

ではでは^^?

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2011年7月11日 (月)

石井光太 『絶対貧困―世界リアル貧困学講義』 (新潮文庫)

初出: mixi レヴュー 2011年7月10日

11071000 石井光太  『絶対貧困―世界リアル貧困学講義』 新潮文庫 2011年7月1日

(初出: 光文社 2009年3月)

やられた というのが、この文庫本を本屋で手に取ったときの最初の感想である。

私より若い世代の、まさに同時代の‘世界’の素顔の記録として、今の若い人にも違和感なく受け止められるルポルタージュであろう。

私は、1992年から開発コンサルタント会社(民間)のスタッフとして主に国際協力機構(JICA)に代表される日本の政府開発援助の仕事に関わる中で、仕事で(開発)途上国の‘現場’を踏み、フィリピン駐在も2004年から2008年まで経験し、それなりにそれらの国々の表と裏をみてきたつもりであったが、この著者の壮絶なるまでに‘体を張った’取材を前にしては、自分の不明を恥じるほかない。

ついでに、同著者の『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』新潮文庫 2010(初出 2007)を購入した。

日本中東学会や国際開発学会にも所属している私であるが、‘学者’さんたちが、これらのルポルタージュを、どう評価するのか、ちょっと、やじうまめいた興味関心がある。

なお、私自身は「開発民俗学-地域共生の技法-」というコミュニティの運営を通じて、自分なりに‘世界’と‘開発’についての思索を続けている。

それにしても、この本の文庫本化は刺激的であった。

参考:
mixi 「開発民俗学-地域共生の技法-」
http://c.mixi.jp/kaihatsu_minzokugaku

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2011年7月 9日 (土)

‘開発民俗学’へのお誘い <mixi コミュ 「開発民俗学~地域共生の技法~」について>

mixiのコミュニティの案内文を更新しました。
初出: http://c.mixi.jp/kaihatsu_minzokugaku  2011年7月9日

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みなさん、初めまして。          [2011年7月9日 加筆]

しばやん@愛知です。

まず、結論から述べよということで、「開発民俗学」の目指すところを簡潔に述べます。

その1.「開発民俗学」は‘知’のパラダイム自体を書き換えます!

「開発民俗学」とは、地域研究(Area Studies)と地域開発(Rural Development)を現場(fields)から考える総合科学(Human Sciences)の一角を担うものとして「学問」に貢献いたします。いわば‘21世紀’を生き延びるための‘知’の‘再’統合を目指します。

その2.「開発民俗学」とは「学問」ではなく「運動(ムーブメント)」そのものである。

「開発民俗学」は‘手段’であって‘目的’ではありません。「学問」のための「学問」ではなく、「実学」であり「実践」そのものです。‘自己’と‘他者’の関わりから生まれる‘現場’で互いの知恵を出し合って、よりよい‘物語’をつむぎだすための‘道具箱(ツールボックス)’でしかありません。‘道具’を使うもよし使わないもよし、ただ、その紡ぎだされる‘物語’に対しての責任をもつことをコミットしなければなりません。つまり‘当事者’責任を伴った‘大人?’の「学問」です。‘批評者’や‘コメンテーター’は必要ありません。

そこまでシビアな‘学問’ってあってもいいのか。いやあるべきだと思います。それが答えです。

その3.「開発民俗学宣言」ってほどでもないですが^^?

「開発民俗学とは、現代の問題から出発するにせよ、過去の歴史に謙虚に学び、そこに住む人たちと未来を創造していくものである。」っていえたらかっこいいなあ^^? 2006年12月1日

全文はこちらをどうぞ^^?

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/y2006Summer.htm

私は、2003年頃から[開発民俗学」という‘言葉’を使って一連の思索を続けてきました。この私のささやかな‘試み’がどこまで‘世界’に‘世’に認められるのかは正直わかりませんが、こんな一人の‘学究’人生があってもよいのではないかということで、ただ自分の信じる途を歩んでいきたいと考えています。

   しばやんと一緒に新しい‘実践の学問’を創ってみませんか^^?

しばやんこと柴田英知  @日本国愛知県岡崎市の実家にて 2011年7月9日

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今後の見通しと目標<夢物語?>

最近、大学院へはいるための学習法(研究法)について、いろいろ本を漁っています。主に図書館で^^?結局、研究計画書~将来ビジョンがないとだめなことがわかりました。

人生、実験・トライアル&エラーの繰り返しだとは思いますが、今までほど適当にやっていてもだめということで、この10年、20年の目標を決めてがんばろうと思います。

<40歳代>

生活基盤を固める → ①独立・自立する。(自営業・できれば研究とは関係ないもの)

研究生活にシフトする。 → ②大学院・修士できれば博士まで取る。

ジャパンツアー → ③開発民俗学の講演・セミナーを国内50箇所で行う。

<50~60歳代>

①事業に道筋をつける。年商1000万円

②専門家として、大学教員もしくは国際公務員としてもう一花咲かせる。

③ワールドツアー → 開発民俗学を世界中(先進国の教育機関、市民団体、途上国においては実践を通じて)に広める。

④開発民俗学叢書 = しばやんの著作全集をウェブ公開し、誰でも簡単にアクセスできるようにする。

<70歳代>

一応、隠居かな^^?あとは公職から離れ、気まま着のままに世界に呼ばれて出かける。

悠々自適ってところですか^?

まあ、勝手な目標ですが、きっとできるはず。

ではでは^^?

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2011年7月 4日 (月)

16.‘我彼’の二分論から‘我々’への橋渡しとは何をいうのか?

生活支援と復興支援の違いと留意点について (続き)
<外部者(異人)論 その7>
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ようやく‘我彼’論の確信に入ってきました。

さまざまな‘現場’には、当然、人(間)がいます。その‘現場’とは何か、ちょっと先にふれておきましょう。

‘開発民俗学’では、‘現場’という言葉を、一義的には「物事が起こっている場所としての‘現場’」をいいますが、正確には「(自然)環境論でいう‘現場’」と「人が住むところという意味での‘現場’」との複合体であると考えます。

「物事が起こっている場所」としての‘現場’は特に説明の必要がないと思いますが、後者2つについては、あえて補足説明をさせていただきます。

「(自然)環境論でいう‘現場’」とは、その物事が起こっている場所、そのものの特性をきちんと押さえる必要があるのではないかと、つまり‘環境’がその‘物事’の原因や結果、その過程に大きな影響を与える大きな因子であるということです。

「人が住むところという意味での‘現場’」とは、先に述べた(自然)環境とは別に、人(間)関係がもたらすさまざまなアクティビティ(活動)がおこる‘場所’としての‘現場’が、自然環境とは別に生まれてくる。いわば、‘現場’の‘(人間)社会環境’の側面を、自然環境面とは別に把握し検討しなければならないことを言っています。

この大震災についていえば、そもそもの‘物事’の発端は、地震や津波といった‘(自然)環境’が原因で、この‘(自然)環境’に対して、それなりの‘科学的な’対応をしなければなりません。

しかし同時に、今、政府や‘現場’の地方自治体が取り組んでいるのは、復興計画の立案、予算配分や今後の日本の他の地域をも視野に入れた震災教育などといった‘(人間)社会環境’面での対応です。

つまり、どのような‘現場’にも、その‘現場’で‘物事’を生み出した‘(自然)環境’と、その‘現場’を取り巻く‘(人間)社会環境’の2つが必ずあることを忘れないでください。

また逆に、人間の‘社会環境’の変化?が原因となって‘物事’がおこることも当然ありますが、その場合、得てして‘(自然)環境’が制約となって、‘物事’自体の性格やその後の進展を大きくゆがめてしまうことが多々あります。

つまり、‘人’は同じでも、‘場所’によってうまくいったりいかなかったりするのは‘現場’の‘自然環境’と‘社会環境’によるというものも、‘事故’は一緒でも、‘場所’によってというのは、全く同じ原理で、‘現場’そのものが持つ‘自然環境’と‘社会環境’に、人(間)も事象(物事)が、大きな制約を受けているということなのです。

さて、この講では、外部者(異人)論を扱うのですが、得てして、外部者は、‘現場’の‘自然環境’も‘社会環境’もわからずに、もっと言えば、その環境そのものに何の‘関心’もないまま、ずかずかと土足で入り込むことが多々あります。ありえるどころか、無意識にいかに人の‘領域’に足を踏み入れているかは、ちょっと自分の胸に手を当てればわかることですが、別にその‘領域’自体に‘線引き’がしてあるわけでも‘壁’があるわけでもありませんし、普段の生活においては、その‘みえない境界’を行き来することは、それほど生命の危険や実質的な不具合を持つものではありません。

もし、何か不具合がおこるとすれば、唯一、我彼に‘力’の格差がある場合です。

‘力’とは非常に定義に難しい言葉ですが、‘知は力なり’という言葉があるように、物理的な‘力’以外にも‘知識’や‘情報’を‘力’ということもできましょう。

他者同士が出会う‘場’といういうものを設定した場合、どんなきれいごとを言おうが、まず最初は、‘我’と‘彼’というようにお互いを‘他者’として認識します。

特に‘言葉’や身につけている‘もの’が違えば、誰がなんといおうと、他者は他者です。

「我は我、彼は彼」と割り切ることは、そう考えたとしても誰からも責められることのない当然のことだろう、あたりまえのことじゃないかと思うことは自然ですし、その考え方の妥当性はそこそこあるのは事実です。

しかし、問題は、‘我’と‘彼’が幸か不幸か‘出会ってしまった’ことにより、その‘現場’の‘社会環境’を変えてしまったとしたら、それは、他人事ではなく、‘現場’で起こる‘物事’に対して、‘彼’だけが、‘我’だけがおこしてしまったのではなく、‘我彼’が起こしてしまったという共同責任といいましょうか、‘当事者’としての新しい‘かかわり’を始めなくはなりません。

そう、もうあなたは‘当事者’の一人なのです。‘彼’の問題は、‘彼’だけの問題ではなく、‘あなた’の問題でもあるのです。

私は不幸?にも、この‘当事者(性)’というものに開発援助の現場を歩くうちに気がついてしまったのです。

もう、‘外部者’として踏みとどまるわけにはいかない、‘当時者’の一人として‘生きざる’を得ないという諦観、これは正直、絶対に格好のよいものではないと私は思います。‘当事者’としての‘喜び’も当然ありますが、必然的に‘当事者’だからこそ味わう‘挫折’なり‘苦さ’も同時に背負い込むことになるのですから。

ということに気がついてしまったからこそ、‘我彼’論にとどまっていてはいけない、同じ‘当事者’として‘我々’の物語をつむいでゆく、その‘我’と‘彼’の間の超えられない谷の橋渡しをするのが、‘開発民俗学’徒ではないかと私は思うのです。

これから語られるべき実際の‘物語(ドラマ)’は、ハッピーエンドでしょうか。人間世界のこと、決してハッピーエンドばかりでないでしょう。でも物語の主人公が‘彼’で、‘我’をから本の外‘外部’という‘絶対安全圏’に身を置いた‘読者’という立場をとることも、当然可能ですし、それを選ぶこともありだと思います。誰もあなたが‘読者’であることを非難や批判をすることはできません。

でも、物語の結末で、泣いたり笑ったりするのが‘彼’だけでなくてもよい、つまりあなたもその‘物語(ドラマ)’の結末を考えるが‘彼’だけではなくて‘我’もその‘現場’に立ち会えるとしたら、それはそれでわくわくしたエキサイティングなことだと思いませんか。

それが、端的には‘開発民俗学’がめざすところであると私は思います。

‘我’‘彼’のそれぞれの‘世界’を超えたところの、‘我々’の‘世界’を主体的に創っていく、そこに‘開発民俗学’の可能性を、私は感じています。

ではでは^^?

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2011年7月 3日 (日)

15.‘リアル’、‘リアリティ’そして‘バーチュアル(リアリティ)’ (続き) <開発民俗学への途 第2部>

15.‘リアル’、‘リアリティ’そして‘バーチュアル(リアリティ)’ (続き)

生活支援と復興支援の違いと留意点について (続き)
<外部者(異人)論 その6>

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<外部者(異人)論 その6>

とのことですが、その‘外部者(異人)論’に入る前置きとして、‘開発民俗学のアプローチの特徴というのを、かれこれ5回続けています。いい加減に先に進みたいので、ちょっとペースを上げますね^^?

<開発民俗学のアプローチの特徴>

1. 科学的な‘カッコつきの人(間)’から‘平の人’の開放  → 済み

2. ‘我彼’の二分論から‘我々’への橋渡し  → 今、ここです。

3. ‘人として’ ‘人間’もっと卑近的に‘自分’の可能性を広げるための‘他者’の必要性と重要性の解き明かし。

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久しぶりの登板です。ちょっと間が空いてしまったので、先の講座のこの言葉に戻って話を続けましょう。

>つまり、捉える人により‘リアル’や‘リアリティ’は変わってくる。人によって‘見えたり聞こえているもの’は違う。では、誰が、その一個人の‘リアリティ’を代弁できるのか。

>それは、その当事者である‘(一)個人’でしか、その人の立場を代弁することはできません。

しかしながら、現代社会を考えるのに、果たしてどれほどの‘人(間)’が‘自由’に自分の‘リアル’や‘リアリティ’を語っているのでしょうか。いや、語ることができる、もっというと語ることが許されているのでしょうか。

私は、基本的には、当時者でしか‘リアル’や‘リアリティ’を語ることができないと申しました。

しかしながら、それは理念系というか理想論であることは、いや理想論でしかないことは、普通に生活している私たち誰もが感じていることなのです。

これは、特に社会的な弱者がその立場としたら、もっと顕著に、いやもっと周到に‘当事者’自体が隠されてしまいます。

卑近な例をとれば、水俣病やイタイイタイ病などの公害問題、最近では薬害エイズ訴訟など、姿や形を変え、一向になくならないこのような‘問題’には、単純に‘正義’を叫べばよいというものではないことは皆が感じていることでしょう。

この大震災について言えば、福島第1原発の一連の事故とその対応について、今まで政府も我々も頬かむりしていた‘原発ジプシー’という末端労働者の辛苦が我々がかまおうがかまわなかろうが、もうずっと40年も続いていたことを、改めて白日の元に晒しました。

メディアがいろいろ騒いでいる?(いやそのこと自体は大切なことですが)からではなく、テレビやラジオや新聞や週刊誌があろうがなかろうが、同じ日本人の問題として原発を考えなくてはならないのに、いつのまにやらその恩恵に預かりながら、実際に現実にある‘現場’の‘当事者’のことを知ろうとも、いや意識の片隅にすら置いていない。

それが私も含めた日本人の有様なのです。

さて、この期において「当事者に(原発を)語らせろ」ということが、いかにばかげた茶番劇であることか、もうお分かりですよね。

‘リアル’や‘リアリティ’は、本来的には‘当事者’しかもちえない、しかしいかに‘当事者’がそれを語るかが難しいかということなのです。

そこで、ようやく‘外部者’としての‘異人(論)’が登場となるのです。

これからが肝なのですが、ちょっとブレークします。

「ぎみあぶれいく」(ギブ・ミー・ア・ブレイク)と、社内でつぶやいているのでうすが、誰も反応してくれません。これは、大橋巨泉のテレビ番組のタイトルだったと思うのですが、もう20年も30年も昔のことということなのでしょうか。

ではでは^^?

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