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2011年6月19日 (日)

13.‘気づけないわたし’に気づくこと (開発民俗学への途 第2部)

生活支援と復興支援の違いと留意点について (続き)  <外部者(異人)論 その4>

今回は、第2項の続きです。

<開発民俗学のアプローチの特徴>

1. 科学的な‘カッコつきの人(間)’から‘平の人’の開放  → 済み

2. ‘我彼’の二分論から‘我々’への橋渡し  → 今、ここです。

3. ‘人として’ ‘人間’もっと卑近的に‘自分’の可能性を広げるための‘他者’の必要性と重要性の解き明かし。

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前回、‘リアリティ’というキーワードを提示しましたが、その前に、誰にとっての‘リアリティ’かという話をします。

今回のサブタイトルを、‘気づけないわたし’としたのですが、なにか違和感を感じませんか?

私は、最初に聞いたときにそれほど違和感を感じなかったのですが、ちょうと1ヶ月ほど前の会社の朝礼の社員のひとり3分間スピーチで、ある音楽好きの同僚が、こんな話をしました。

J-POPSの黎明期の作詞家で吉田美奈子という人がいるそうで、最近、その同僚が彼女の再販のCDを買った(紙ジャケ?)のだが、彼女が(彼女)の歌の中で結構多用していた「気づけない」という言葉に、30年前も気になってはいたのだが、あらためて聴きなおすと、今のほうが昔より気になって気になって仕方がない。なぜ、「気づかない」のではないのだろうか。「気づけない」とは、一体、どういう意味なのか、気になって気になって、CDを聞きながらずっと考えているという話でした。

同僚曰く、「気づかない」という言い方はするが、「気づけない」とは日本語としておかしいのではないか、「気づけない」とは何か特別な意味を込めて吉田美奈子がいっているのだろうが、自分には、なぜ「気づけない」のかがわからない。年をとって経験を重ねれば、「気づける」ようになるのか? といったような話しで、私は、この同僚の話を聞いて、ピンとくることがありました。

これは、「見えども観えず、聞こえていても聴こえず」ということではないか、と。

次に私の朝礼の発表があったときに私は皆さんにこういう話をしました。

「気づけない」ことについて、私も考えてみた。それはこういうことではないのか。たとえば、私も音楽やステレオが好きで趣味なのですが、大学生時代にステレオに興味をもって、たとえばクラシック音楽を聴きだした頃、オーケストラの‘ピチカート’の音がどうしても聞こえなかった。しかし、なにかのきっかけで、ブラームスの交響曲第1番のコンサートに行ったのだが、その時に、第3楽章の‘ピチカート’の演奏を実際に観て聞いて、初めてピチカートの音が、ステレオの音だけでわかるようになった。また高校生時代、音楽好きの友人が、ビートルズのアビーロードというアルバムのB面のメドレーのポール・マッカートニーの‘ベースライン’がスゴイといっていたが、これまた自分が実際にバンド演奏を生で聞くまでは、ベースラインは聴き取ることができなかった。つまり、聞こえていても聴こえない、つまり「気づけない」ということは、実際にその症状はでていたとしても、たとえば友達や恋人の変調に「気づかない」のではなく、「気づけなかった」というのは、「気づく側」にその‘気づく’チャンネルができていないかったということなのではないか。

それが‘気づく’ようになるためには、やはりガツンと実体験、先の音楽の例で言えば、本物にあって見て聞いて心を動かして、という経験がないと、わかるようにならないのではないか、ということで、これは時間がたてば‘わかる’ことではなく、やはり‘心を動かさない・動かされない’と‘わからない’ことなのではないのか、ということを、みんなの前に発表しました。

そして、その気づくためには、なんらかの‘アンテナ’がないと気づけないし、気づかない。それにも増して、人と人のコミュニケーションで気をつけなくてはならないのは、アンテナが違っている、ラジオでたとえれば、FMとAMと全く別のアンテナが必要なのに、同じアンテナを相手も持っているとおもって、チューニング(選局)さえすれば、話が通じるようになると思っているかもしれないけど、実は周波数帯(バンド)すなわちAMとFMではアンテナ自体が全く違うので、いくらそれぞれがチューニングしても絶対に周波数があうことはない。

そのようなことを‘気づかなくてはダメだ’ということを、ついでに発表しました。

自分で言ってから、我ながらよいたとえだなと思いましたね。

よく、現場と本部との間で「温度差の問題」ということが公私共に話題になりますが、そういう時って、単に現場と本部の物理的な距離が離れているだけではなく、まさに私が言ったように、それに加えて、現場と本部のバンドが違っているということもあったのではないかと、自分の経験を振り返っても思うのです。

結局、アンテナすなわちバンド(周波数帯)が違うことに全く気がつかずに、話を合わせよう(チューニングする)という不毛ではないにせよ、難しい‘努力’を、互いに涙ぐましいまでにしていた。でも話は通じない、なぜならバンド自体が違っていたから、いくら互いが話をあわせようとしても、アンテナ(バンド)の違いによって、並行線どころか、全く違った方向に向かって互いに走ろうとしている。

これではダメですよね、とは思うのですが、現実に、この手の話がいかに多いことか。とても他人事ではなく、自分の問題として反省しきりです。

さて、次に私が言いたいことはもう言わずともわかるでしょう。

つまり、「人と人が簡単に分かり合えると思うな!」ということです。

このことについては、次回、もっと深めて考えてみます。

あ、結局、今回は‘リアリティ’までたどり着けなかった^^? でも前フリとしてはOKでしょう。次は、‘リアリティ’の中身に入ります。

たぶん。

ではでは^^?

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