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2011年6月 6日 (月)

しばやんの棚卸し(その3) デスティニー(Destiny)ってか^^?

近況報告です。

先週、5月27日~29日まで東京に行ってきました。
その顛末は、こちらに簡単にレポートしてあります。

◆ JICAコミュオフ会 IC-HUBに参加してきました。(5/27)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1731194753&owner_id=11744733

◆ 東京プチ旅行 駆け足報告 手塚治虫のブッダ展 行ってきました (5/28-29,2011)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1731360124&owner_id=11744733

まあ、こちらのイベントの書き込みにも載せているので、あえてこちらに載せるなといわれそうですが…。 
帰ってからが、そのよく月、火曜日がやたらと仕事が忙しかった。先週は、土曜日まで仕事だったので、今日は久しぶりに休日といったとことです。

でも、いろいろ人と逢って話したり、街の風景をみるたけでも刺激になるし、いろいろ東京で考え直すことも多かったです。

ただ、思ったのは、人生、好きなことをやらんといかんなあということと、いいタイミングで‘降りる’ことができたなということです。

5月27日は、愛知県から新幹線で品川で降りて新宿での飲み会に参加したのですが、たしか夜10時頃の品川駅に下りたとたんに帰宅途中とか移動中のたくさんのスーツをきた男性女性をみてそして山手線で満員列車に揺られながら、思わず、「24時間闘えますか、ビジネスマーン、ビジネスマーン、ジャパニーズ・ビジネスマーン」のあのリゲイン(という滋養強壮ドリンク)のテーマ曲が頭にフラッシュバックしました。

そうだ、3年前やめていなければ、そして海外に転勤になっていなければ、ほぼ99パーセント間違いなく、私も、この蒸し暑い中、ネクタイをしてスーツをきて満員列車に乗っていたんだ。 

かたやそのときの私の服装は、綿パン(チノパン)にヘリーハンセンというヨットブランドのベストと上着でシャツは青いボタンダウン、当然、ネクタイはしていませんし、革靴でもない。

JICAコミュのオフ会なので、当然、仕事帰りの人たちが集まっている中に、こんなラフな格好で参加してもよいのやら(でもこれが仕事で着ている服だし)ということで、ふと、1990年の大阪外国語大学の地球環境論の講義で、ゲスト講師の、鶴見良行さんが、汚い(くみえた)釣りのベストをきて非常にラフな格好で講義に来られたことを思い出しました。

いまさら、東京で働く気もないし、サテライトオフィスでももって出張で(交通費をだしてもらって)こればいいし、今の愛知の片田舎で好き勝手なことをやるのもありかなと、改めて思いました。

マリングッズの営業企画も、本気を出して取り組みだしたら、それなりにおもしろいし、確かに給料が低いですが、やるだけやったら自分の好きな研究?もできるし、ブログやインターネットは時間と場所を選ばないから、もう今この場所で将来のキャリアのためにできることをなんでもかんでもやれるだけやろうと思うと、いくらでも工夫する余地もあるし、とりあえず今は充電のときかなと、道具だけは磨いて次のステップに備えています。

やっぱり、50歳前には大学に戻りたいので、マスターもドクターも取りたいと思うと時間がなさ過ぎる。

あと、結婚もしたいし^^?

実は、30歳のときに2年、36歳から40歳まで結婚相談所に登録していわゆる婚活で、もう10回以上お見合をしてきましたが…。 

最近、気がついたのは、たぶん普通の(平凡な)幸せを求める人(女性)には、私は向かないのではないかということです。

今頃、気がつくなよと突っ込まれそうですが、今の職場の女性スタッフに聞いても、どうも私の感覚が日本人ではないようでとても異質なものにみえるそうです。まあなんでも慣れればそんなものかと思うようになると思うのですが、自分のスタイルをアジャストはしても根本的に変える気はないし、正直、海外の空気のわかる人の間にいるほうが、私は自分がだせて楽だし、やりやすいしって、自分の都合ばかり優先させてもいけないのですが^^?

今、思うこと。

‘会社人’にはなれなかったけど、‘社会人’として‘大人’の責任を果たしていきたいと思います。

最近、自分の棚卸しの記事を1,2書いているのですが、やっぱり思うことは、自分は非常に恵まれた環境で、素晴らしい上司や同僚に囲まれてのびのびやりたい放題に生きてきたということ。

高橋しんの「いいひと。」の主人公の北野ゆうじくんの言葉ではないのですが、「今まで、やりたいことでやれなかったことはない」(実力がなくて出来なかったことはいくらでもありますが^^?)

まあ、棚卸しで気がついたのですが、「世界を股にかける人になりたい」というたしか小学校5年生のときの夢はかなえてしまったし、ちょっと環境も変わって‘燃え尽き’ていたのですが、次の目標というか夢もでてきたし、まあやるしかないといったところで。

デスティニー(Destiny)という言葉、日本語にすると運命や宿命となるようですが、最近、そんなことを思います。

たぶん、そうなるために今までがあったのだと。明日の‘自分である’ためのステップであると考えれば、今の辛さは想定内というか、やるべき宿題だと思えば、悩んだりガタガタいっている前にやってしまうべきで、やらないことを考えること自体が無駄だと思うようになりました。

ともあれ、まだまだ私の人生、終われないしまだ、途の半ばも来ていない。とはいえ、人生30000日の半分はきてしまったわけなので、あせることなく着実に一歩一歩歩いていこうと思います。

ではでは^^?

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