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2010年1月24日 (日)

歩く仲間20周年を想う。 <その1> 「GET BACK」 編

1989年12月15日に『大阪便り』(※1)などというまんまの個人通信を作ったのが大学の2年生のこと、それを‘再’発見して歩く仲間HPに掲載したのが2000年7月1日(※2)のこと。1992年3月に大学を卒業して開発コンサルタント会社に勤めつつも、また何か発信したいという欲望を押さえきれずに、文章を書き出したのが、1999年11月21日のこと。

ともかく今年が20周年の年であることは間違いない。

※1『大阪便り』及び『江戸瓦版』・・・‘歩く仲間’前史 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/o000.htm

※2『大阪便り』 再録にあたって 2000年7月1日 
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/o0000.htm

※3 始めに(今、僕たちはどこにいて、どこへ行こうとしているのか)1999年11月21日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n0001.htm

折節に、振り返りの記事を書いているのだが、その記事を書くときの自分の最大の関心は、「変わること」と「変わらないこと」についてであった。

◆5年目の“歩く仲間”と1年後のフィリピン(人として・・・“変わってくこと”“変わらずにいること”) 2005年3月23日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00025.htm

今、改めて自分に問う。

この20年間で私はいかほどに‘変わった’のであろうか。

思えば、「清く正しく美しく(宝塚歌劇団の‘モットー’?)生きようと考えていた広島の原爆映像に心をかきむしられた少年は、それなりに社会経験もつみ、‘それだけ’ではいけないことも実地に学んだ。

湾岸戦争で現実世界に眼を背け中世史に‘何か’があると道に迷った20年前、たまたま拾われて‘開発援助業界’などに足を突っ込んで過ごした16年間を今思い返すと、‘単なる理想主義者’が少しは‘現実の世界’を知った貴重な足跡であった。

‘書かれた’書面面での‘何か’を‘実態のある’ものかのように錯覚していた20年前、その書面面での‘何か’が‘現実’ではないかと気づきだした10年前、そんな思いから自分なりの「開発(民俗)学」への模索が始まった。

結論から言おう。

私は、結局、根っこの部分では変わっていない。どれだけ人から批判されようが、正されようが、私は‘自分’が正しいと感じることを発信しつづけていきたい。

偽善や欺瞞とか、ええ格好しいとか何を言われようともかまわない。

「歩く仲間」は、そもそも、それぞれの‘現場’で必死に生きているプロであるものたちが、たまたま同じ方向に行こうとしたら一緒に歩いてみよう、しかし、「の会」という‘閉じた’ものになってはいけない。ということを念頭において始まったプロジェクトである。

長文になるが全文を引用することをお許しいただきたい。(以下、引用)

◆ 私的かつちょっと長い前書き(“歩く仲間”構想とは) 2000年3月18日http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n0000.htm

 まず、“歩く仲間”構想とは、一言でいうと、私の個人的な発信の場であり、かつ触れ合う人々の間での意見交換の場を持ちたいというのが、そもそもの発端です。

 皆、それぞれの“場”で一生懸命生きている、いわば生活者であり、それぞれの生き方においてプロフェッショナルであるという基本的な了承を元に話をしていきたい。かといって誰もが常に高尚な難しいことばかりを考えているわけではない。逆に普通に生きていくことそのものの中に、何らかの共感できる部分があるのではないか。そんなささやかなものを、互いに持ち込みあって、こんな考え方がある、こんなことがわかった!という意見交換みたいなものをやってみたいと思います。

 カルチャー(culture)という言葉があります。その語源*は、耕すという意味のcultivateであるそうです。もし、その語源から考えると、カルチャー(文化)とは、何を耕すのかと言えば、心を耕すもの全てが文化と言えるのではないかと思います。巷では、“サブ”カルチャー、“ポップ”カルチャーなる言葉はありますが、街じゅうの全ての心を揺さぶるもの、それは音楽であれ、映画であれ、マンガであれ、テレビであれ、あらゆるメディア、その他、道端でちょっと拾ったいい話、風景、情景、心象、全てがカルチャー(文化)であろうと思います。

 職業・学問なりの専門性と普段着の世界と、そのどちらの世界をも上記の広義のカルチャー(=心を揺さぶるもの)をキーワードに自由に行き来したい。そんな願いを込めて、今年度、下記のプロジェクトを企画いたします。

1.「歩きながら考える」ニューズレターの発刊。 

2. 文集「2000年に想うこと」;21世紀におけるキーワードとは何かを探る。

3.「開発学を考える」;環境、開発、地球規模の問題が山積するなか、今自分たちが武器にすべき道具は何か、内容として、皆さん自身による本の紹介部分と、ブックリストの2本立てとしたいです。

4.「みる、きく、さわる」;写真にみる第三世界。確かにテレビやビデオなどの画像メディアは多くありますが、ここでも、みんなそれぞれのお気に入りの写真を持ち寄って、世界を知る手立てとしたいと思います。

5. ホームページの立ち上げ;上記趣旨に沿ったホームページを開設します。

 最後に、なぜ“歩く仲間”としたのか。たまたま同じ方向に行く人がいれば、しばし一緒に歩いてみたらという、一期一会のつながりを大切にしたいという意図があります。逆にいえば、決して“の会”というような、閉じたものになってはならない、そんか自戒を込めての命名です。

注:*旺文社 英和中辞典を参考にした。

以上で、引用終わり。

結局、私のこの10年、20年は、上記の言葉に要約される。つまり宣言したとおりのことを実行してきたわけだ。

「GET BACK」そして「STARTING OVER」

今20年目に想うことは、結局、上記に述べた原点復帰「GET BACK」そして「STARTING OVER」といかねばなるまい。

私の手元に、上記の「歩く仲間」発進宣言の前に書かれた一枚のメモがある。

もともとは1998年5月2日に手書きで書いたもので、2004年6月24日にタイプ、2006年4月22日に修正されたものだ。

<この項 続く>

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