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2009年12月19日 (土)

‘ワークショップ’~‘フィールドワーク’と‘ファシリテーション’をつなぐもの(試論)

12月17日に「第12回 開発ファシリテーションとフィールドワーク勉強会(FAFID)」に参加してきました。

日本福祉大学の吉村輝彦先生の「フィールドワークから学ぶまちづくりとファシリテーションのココロ ~場づくりから始めるまちづくりの展開~」という発表を受けて、その話をふまえつつ後日FAFIDメーリングリストに投稿したことを若干、修正して再録させていただきます。

このような勉強会という参加者協同の場の議論をどこまで‘個人メンバー’の立場で外に持ち出せるかについてはいろいろな意見や考え方があると思いますが、その勉強会の秩序を乱さないという範囲での発表はありえると思います。

まったくの公共の場に持ち出すということに対して、‘私’の発言として私の責任の及ぶ範囲(が仮にあるとして)を意識した上で加筆(むしろ削除)・修正を加えたものを以下に掲載します。

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~前略~
ところで自己紹介でも少し話させていただきましたが農業・水資源・地域開発が専門の民間の開発コンサルタント会社に昨年まで16年間(東京で12年間、フィリピン駐在4年3ヶ月)働いてきました。

この勉強会および吉村先生の話題に関連して、今まで私が書いてきたものから数点をご参考までに紹介させていただきます。

◆「フィールドワーク」と「ワークショップ」の連続性と渾然一体性について 2008年4月25日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_3b66.html
 

参加型開発やRRA(Rapid Rural Appraisal)の手法論に関しての発言です。私が勉強会の質疑応答の中で触れました開発実践の現場でのワークショップにおけるファシリテーションの一例です。

勉強会での発言にひきつけて言わせていただければ、ワークショップには、①ステークホルダー(誰)をどのように選ぶのか、②ワークショップの現場で如何に‘グループワークのダイナミズム’を生み出すかが鍵です。

途上国で村落開発をおこなう際に外部者である、たとえば青年海外協力隊の隊員が住民をファシリテートする際に、なかなか集まったメンバーが動き出さないようなときに、‘なにか’がきっかけで彼らの自主性や活動が急に活発化するという現象がよく見受けられるのですが、そのような活動の‘ターニングポイント’は、実は意図的に計算により作り出すことができる場合もあります。それでも、事実や小説(計算)より奇なりという、想定外にグループワークが爆発することもあるのですが^^?

開発コンサルタントの仕事についてなかなかその実態がわかりにくいところが多いと思うのですが’場’を作ることについて、少なくとも私は、かなり意識的に設計や計画をします。

ワークショップの場を短期的なプロジェクトの成果を出すために強力に住民を参加させて特定の方向にファシリテートしようとする、かなり力技を使うファシリテーターやコーディネーターの方がいないわけではないですが、基本的に日本の参加型開発※をやっている(つもりの)方は謙虚な方が多いと思います。

※私自身は、あまりその言葉自体には関心がありません。言い方(ラベル)よりも中身だと思うからです。

ただここで、私が「意図的に計算により作り出すことができる」という真意は、結論ありきというか「ブループリント」に近づけるための(ワークショップ参加者)の動員ではなく、いかに(少なくとも)参加している人たちの個人個人の能力をそのワークショップの場に吐き出させるのかという意味での、公共圏(ハーバーマス)やアジール(阿部謹也)、無縁(網野善彦)を、その‘現場’に出現させるために、どのように、そのような‘場’を持ってくるのか(ワークショップによって作り出すのか)というシナリオづくり(計算)が重要ですよという意味なのです。

吉村先生のいう、「あつめる」のではなく「あつまる(場をつくることが大切)」を如何に「あつめられた人」に「(自分から)あつまった(かのように錯覚させる)」のかが、ワークショップのデザインであり「仕掛け」作りなのだと私は思います。(嫌な言い方になってしまってすみません。)

そのための(に)「舞台を整える」ことを、静岡県の三島のまちづくりの仕掛け人、グランドワーク三島の渡辺豊博さんは、やはり「仕掛け」をつくると言っています。(2001年の日本国際地域開発学会での話より)しかも彼は、それをインフォーマルな場で、つまり飲み屋でまちづくりの方向性が決まるとまで暴露話をしています。(この場でいっていいのやら^^? )直接、この言葉そのものだったかどうかは忘れましたが、インフォーマルな‘場’でのコミュニケーションの重要性は、実は非常に大切なことで、とりうる戦略の‘一つ’でもあります。

脱線しますが、私が東京時代にずっと「歌って踊れるコンサルタント」を目指してやってきた「(開発実務者の)若手会」とかの主な活動?の場は、実はたんなるインフォーマルな飲み会でした。

この会には、開発コンサルタントもNGO、JICAやJBIC,民間人、大学生、大学院生も混じっていましたが、ルールはたった一つだけ、自分の所属先を代表する必要はなく、「個人として」その‘場’に参加して発言してほしいということでした。

この場で、ビジネスとか人脈作りとに走ろうとした人がいないわけではありませんが、結局、そのような言動は、‘個人で参加している’参加者が一番嫌うところで、そのような利害や私欲のために参加する(した)人は、次の会からは消えていたというか呼ばれていませんでしたね。(たぶん、本人もお呼びでないことがわかったのでしょう)

また私はフィリピンの駐在中に、駐在もしくは住んでいる日本人の間で「フィリピンで開発を考える」勉強会を、JICA専門家の方とフィリピンの大学で教えている文化人類学の先生と一緒に立ち上げて、NGO関係者、大使館、JICA、JBICや、民間企業、大学生(留学生)などと帰任までに10数回ほどおこないました。

これも実は、日本人の援助関係者の間での「情報とヴィジョンを共有化する(させる)」という裏?の戦略をもって、このような‘場’を仕掛けました。 まあ、難しく考えなくても自分はいろいろな‘現場’を持っている人たちと「わいわいがやがや」意見交換をすること自体を楽しんでいたというだけなのですが^^?

話を戻すと、私の経験では、①参加者の平等性が確保されること、役人も市民(住民も)同じ土俵で役職や役割(責任)から放たれた自由な‘個人’として参加させること、②アクティビティ、特にマッピングによる‘見える化’が非常に重要で、グループワークで(フリーハンドで)みんなで丸くなって地図を作り、それを元に、具体的な‘もの’に即してワークショップをすすめていくと、実にいろいろな意見ででてきて、‘そこ’に住んでいる人たち自身の盲点=問題が浮かび上がってくるということです。

あと蛇足ですが、私は「ワークショップ」の一番の目的は、参加者の目の前に「見えているもの」と「ビジョン」の共有化を図ることだと思います。つまり、ワークショップに参加した人たちの間で見えるモノが同じものだと実感できたとしたのならば、実際に、その方向性に向かって組織は自然と動き出すからです。

ビジョンの共有というのでしょうか。これには、‘問題’の共有、‘自分達’ができることの確認(役割分担)、そしてやるべきことの‘方向性’さえ大枠決まってくれば、それぞれの参加者が、おのおののペースで‘自分’のできる、‘自分’が「ビジョン」のためにやるべきことを、それぞれの立場で行動していくことができるからです。

実際、例に挙げたフィリピンの水利組合のワークショップは、住民と行政側の距離を近くし、それぞれがやるべきことを、グループワークを通じて感じてわかって、その後の活動の改善につながったようでした。
 
そうそう、そういう‘場’をつくる(仕掛ける)ことができるのか現場に足をすえた「土の人」ではない「風の人」=カタリストである異人(まれびと)なのです。これが、開発民俗学の重要なテーマの一つです。

◆フィリピンで歩きながら考えたこと 2008年4月22日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_45ea.html

開発コンサルタントのキャリアの中で一番、現地で過ごしたのはやはりなんといっても駐在員として4年3ヶ月を過ごしたフィリピンです。もともと中近東やアフリカの担当でしたがやはりというか東南アジアは過ごしやすかったです。フィリピンで考えたこと(小論)へのリンク集です。

◆Three Maria’s Tale (3人のマリアの物語)
(開発コミュニケーション論におけるチェンジエージェントの一例として) 2003年5月4日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00019.htm

開発民俗学では、「土の人」に対比される「風の人」であるチェンジエージェント(カタリスト、異人(まれびと)ともいう)論が重要な理論とひとつとしてあります。そのことに気づかせてくれた私の原体験の一つです。

◆『開発コミュニケーション』をめぐる課題 読書会資料 2001年9月10日
課題図書;久保田賢一 『開発コミュニケーション 地球市民によるグローバルネットワークづくり』 明石書店 1999 2,300円
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n000192.htm

上記の‘物語’を語るのに自分の中で理論的な根拠というか論点の整理に役立ったのが、たまたま上記の現場(フィールド)に出会う前に読書会で紹介させていただいたこちらの本でした。ワークショップやファシリテーションを開発援助の文脈で語るのに欠かせないのが「開発コミュニケーション」という学問分野です。この手の本としては、日本でも先駆け的なもので、コンパクトながら非常によくまとまっています。

そんなかんなで、この勉強会は、私が現場で今までずっとやってきたことそのものがテーマみたいで、非常に大きなインスパイアを受けています。

第10回の勉強会に触発されてこんなことを書いていました。

「‘場をつくる’ということ ファシリテーション&ワークショップ入門<各論>」 2009年12月12日

というトピックを、ミクシイの「開発民俗学~地域共生の技法」の中で展開しています。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48194843&comm_id=2498370 (ミクシイの会員の方しかログインできません。関心のある方はしばやんまで)

そこで、こちらの記事の続きを書きついでいます。以下本文です。

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「‘ジャム’セッション ~‘場’をつくるということ」 2009年11月8日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-12d8.html

上記のメモは、2009年10月22日に「開発ファシリテーションとフィールドワーク」の第10回勉強会に初めて出席してからずっと気になっていたことを書いたものです。

実は、その後、一般企業における「ファシリテーション」について最近の本をいろいろ読んで、最新のファシリテーション事情をつかもうとしているのですが、なんか上記の勉強会のタイトルがしっくりこない。

なぜか、と思ったら、「ファシリテーション」と「フィールドワーク」をつなぐものが「ワークショップ」なんですよね。

実は、2000年前後からしばやんの他流試合の武者修行の中で、日本のNGOの方々にいろいろ絡んだ?のですが、その中でおもしろかったのがやはりシャプラニールとかJVC(ジャパン・ボランティアセンター)、アジア女性協会やアジア太平洋資料センター(PARC)、ジェイセフなどのいわゆる老舗といわれる各NGO団体。まあ活動家の創始者クラスの人とも若いスタッフともいろいろ話しましたが、彼らの一つの活動戦略として国内会員のための宣伝と世論に訴えるアドボカシーに力を入れている点があげられます。

しばやんの武者修行の一部はこちらからご覧になれます。
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/b002.htm

いろいろな彼ら主催の勉強会やセミナーに顔を出したのですが、彼らは得てして市民参加のワークショップ自体が非常にうまいです。参加者にいろいろなゲームやグループワークをさせてその気にさせてしまうというか、いわゆる「開発教育」を施す。

この「開発教育」の分野で非常に発達していたのが「ファシリテーション」であり「ワークショップ」なのです。

そうだ、「ワークショップ」のための「ファシリテーション」なのです。

なにかミッシングリンクがあるなあとずっとこの2ヶ月気にかかっていたのですが自分の経験の中ではワークショップとファシリテーションがそもそもセットで一体として捉えていたのでした。

ところで、最近、10日ほど前に気がついたのですが、とてもショックなことがありました。
ふと本を片付けていてなにげに開いた宮本常一さんの『忘れられた日本人』岩波文庫 1984の「あとがき」に彼の「フィールドワーク」と「ワークショップ」のエッセンスが見事に書かれていました。

岩波文庫版 308ページ
「~前略~ 昭和三十年からは、主として山村の調査に力をそそいでいる。~
これについての私の方法はまず目的の村へいくと、その村を一通りまわって、どういう村であるかを見る。つぎに役場にいって倉庫の中をさがして明治以来の資料をしらべる。つぎにそれをもとにして役場の人たちから疑問の点をたしかめる。同様に森林組合や農協をたずねていってしらべる。その間に古文書のあることがわかれば、旧家をたずねて必要なものを書きうつす。一方何戸かの農家を選定して個別調査をする。~略~

古文書の疑問、役場資料の疑問などを心の中において、次には村の古老にあう。はじめはそういう疑問をなげかけるが、あとはできるだけ自由にはなしてもらう。そこでは相手が何を問題にしているかがよくわかって来る。と同時に実にいろいろなことをおしえられる。 ~略~

その間に主婦たちや若い者の仲間にあう機会をつくって、この方は多人数の座談会の形式ではなしもきき、こちらもはなすことにしている。 ~後略~」

これって、農業・地域開発を専門とする我々(開発コンサルタント)が開発途上国の現場で、特に案件の仕込みや開発調査の中でやってきたことそのものなんです。

さすが、歩く民俗学者(巨人) 恐るべし!

私も自分がフィリピンで案件形成をおこなった際には相手国政府の役人やNGO関係者をカウンターパートに地域の有力者に挨拶したり役所の出先機関などにいって資料を集めて所長レベルの人や現場レベルの役人や現地に精通したNGOスタッフを案内人に現地踏査をおこなって(フィールドワーク)、住民を集めてもらってワークショップを開催していました。通例、このような活動は必ず開発援助案件としての 落としどころを最初から考えているので全く白紙や先入観なしで現場に入ることはありません。というのも、中央レベルである程度の下調べも必要ですし、ODA案件を視野に入れれば当然中央官庁の考えを無視するわけにはいきません。

しかしながら、現地に入るとよい意味で期待を裏切られるというか中央で気がつかなかったことに気がつかされます。大体それは、想定もしなかったようなより重要な現場のニーズに気がつかされるケースが多いです。それがわかるのは、やはり自分で現場をみて、その直後に現地の人とワークショップや意見交換を行なうからなのです。

我々コンサルタントが一番頭を絞るのは、いかに文献資料、社会経済データ、自然環境データを効率よく集めかつ現地踏査を行いさらには現地の普通の住民から話を聞くのか、そのような調査工程やワークショップの設定自体をいかに調査の前半もしくは調査以前に段取りを組むかが肝であり調査の精度と社会的な価値を決める大本なのです。

なんだというか、開発コンサルティング業務に、ワークショップもファシリテーションもフィールドワークもどれもが必要不可欠なもので、既にみんなが言われるともなくそれぞれ現場で実践していることなんですね。

この無自覚の知というか、やっぱりこうした実践自体をもっと学界の人に実務者から説明?せんきゃいかんなあと改めて思いました。 そのうちにFAFIDの勉強会で発表させてもらおうと思います。
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ということで、「ワークショップ」を中心にすえて、「ワークショップ~フィールドワークとファシリテーションをつなぐもの」ということで小論をまとめてみたいと考えています。
~略~
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おまけ:

「開発民俗学」についてひとことご紹介させていただきます。私が今、一番力をいれているのがミクシイにおけるコミュニティ活動です。

私の立場と基本概念は、ミクシイのコミュの説明文にコンパクトにまとめています。

◆mixiコミュ「開発民俗学~地域共生の技法~」のご紹介 2008年3月21日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/mixi_1551.html

 ホットなトピックはこんな感じです。
 「(現状)認識論」 方法論や着眼点など(リテラシー、フィールドワークなど) <理論各論>
 「地域研究」と「開発学」 <理論各論>
 「内発的発展論」を語ろう^^? <理論各論>
 「異人論(まれびと論)=チェンジエージェント論」を語ろう! <理論各論>
 「現地調査や開発実践の現場」を語ろう^^? <フリーセッション>
 「教育と伝統芸能・技術の継承」について考えよう <理論各論>
 「海と山の民」論について <理論各論>

ソロ?ワークとして、ご参考まで。

◆「開発民俗学への途 第1部」 2000年7月15日~2007年4月29日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0000.htm
 ※最新の報告はブログでおこなっています。
 mixi 開発民俗学 「地域共生の技法」 関連
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/mixi/index.html

◆‘開発民俗学’・私論 <連続講座> 2006年12月8日より継続中。
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0001.htm
 ※ブログ版はこちら↓
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat7393568/index.html

◆開発民俗学’・開発学の101冊
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0002.htm
 ※ブログ版はこちら↓
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat7293170/index.html

ちなみに、開発援助業界についてはこちらに詳しくまとめています。

◆対談・開発コンサルタントとは? with つかささん
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/ondc000.htm

◆ぼくたちの「未来日記」 ~開発コンサルティングを想う~
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20906744/index.html

~後略~

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