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2009年12月27日 (日)

2001年あるいは、21世紀の始まりに想うこと(あたりまえの時代もしくは本物(ライブ)の時代の到来) 2001年1月28日

先の小論で話題になったので、こちらに「歩く仲間 HP」より転載しておきます。もう9年前の文章ですが、あまり私の考え方は変わっていません^^?

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 2000年から2001年の世紀の変わり目に、私は例年どおり実家(田舎)で時を過ごした。

もう、大学に行くために家を出て10年以上が経ってしまったのだが、大学生の時から、いつも感じていたことがある。

 大阪の北の方のいわば田舎にキャンパスがあったのだが、なぜか空き地というか「オープンスペース」がないのだ。下宿先から大学まで田んぼや畑の多く残る田舎であったのにも係わらずである。

つまり、田んぼの中をとおる畦道さえもが、完全にアスファルトで舗装されていて、いかにも「管理されている」という匂いがぷんぷんするのだ。当時から、そのオープンスペースのルース感を求めて、いろいろな街角を歩いてきたのだが、大阪の後に、半年ほどいた京都でも、どうにも管理された土地という印象をうけた。そしていまいる東京はいわずもがなである。

 今回、実家に戻った際にも、このことを考えつつ家の近所を散歩したのだが、ふと今回、気がついたことがある。

 まず、実家の周りは、①空がひろい(つまり、ランドスケープをブち切る、高い建物がないこと。②生垣がおおく、家や田んぼ、畑の境や境界線が極めてアバウトで、人の家の横道伝いに人の家を横切って反対側の道路に通り抜けてしまったり、家の裏に、俗にいう裏山や、藪を抱える家が多いこと。③仮に仕切ってあっても、鉄線が杭に2~3本打ち付けてあるだけで、なぜか金網に破けたままであること。

とにかく子ども時代を思い返すと、誰の所有なのかわからないような林、山、川べり、秘密の隠れ家を作れるようなルースな土地が、ふんだんに身の回りにあったような気がするのである。

 さて、そんな田舎であったが、結構、電車の駅に近くアクセスがいいものだから、最近特に、畑や田んぼを埋め立てての宅地化や、家の建て直し、マンション建設計画等が進みつつあり、田舎に帰るたびに、町並みも変わりつつあるようだ。

 今回、近所で家の立替工事が進みつつあるのをみて、ふと、昔の抜け道を通ってみたくなった。坂道を下りて、左に曲がって畑の横を通り抜ければ、抜け道になっているはず、と思って道を下っていったら、行き止まりの民家に入ってしまって、以前あったはずの横道がどうしても見つからないのだ。

 ちょっと話題が変わるが、年度末に客先を挨拶に回った時、上司が、「壁を壊すのではなく、壁を溶かして」いい仕事をしたいといったような話をしていたのだが、実は、個人的にこう思っていた。「確かに、89年のベルリンの壁ではないが、急激に「壁を壊す」ということはリフレクションも大きかった。昨今の規制緩和や、業界や官庁間の再編に見られるような、「壁を溶かす」ということは、実際、今現在行われていることであり必要なことである。が、実は、「裸の王様」ではないが「壁なんて、そもそもなかったのではないか」ということを、個人的には感じていた。

 今回、田舎でのあるはずの道がなかったという経験をして、ふと気がついた。つまり、子どもの頃って、実は「壁がある」ことに気がついていなかっただけなのではなかったのか。現実の世界には、様々の壁がある。それは大人の世界では、当たり前のことかもしれない。私が大学生くんだりになっても、「壁なんてないはずだ」と思い込んでいたのも、単なる子ども性が抜けきらなかったからなのかもしれない。

 しかし、私はあえて今、21世紀を前にして、声を大にしていいたい。そもそも、人や物をさえぎる「壁」、分け隔てるという考え方、あるいは「所有」の概念なんて、近代の特殊な一つの考え方にしかすぎないのだと。

日本でも世界でも、「壁」をひしひしと感じさせるところと、逆に、みえるみえないは別にして「壁」を感じさせないところがあるのは何故だろう。

物でも土地でも、所有や囲い込みが行われているのは、全地球的にみれば、極めて限られた地域、それはすなわち、欧米の「経済学」が通用する地域でしかない。

卑近な日本の例でも、明治時代に山野や海に所有権が生ずることになって、濡れ手に粟の、ぼろもうけしたのが、政府(国、県、村)や一部の特定の有力者たちであり、文字の読めなかった一般の人たちが散々だまされて、知らぬ間に、共有地を囲い込まれてしまったことは、ちょっと宮本常一などを読めばわかることである。そこで、まず、ひとつ。

お題目その1.「壁って本当はないのではないだろうか?(物理的にも心理的にも)」

 さて、1月6日(土)に、鎌田慧の『ドキュメント屠場』岩波新書1998に触発されて、品川駅近くを歩いた。前褐書は「日本一の食肉工場-東京・芝浦屠場」最初の段が、「トンネル」と、品川駅の東側の港南口にいたるホームからひたすら続く細くさみしい地下道の記述からはじまるのだが、その屠場で働く労働者達が掘らされたという、「トンネル」は、わずか2年後の今はもうない。というのは、品川駅のまさに東側の再開発で、新幹線の駅の新設等で、地下のトンネルは使われなくなり線上駅・通路となり、線路の上を通るように歩道自体が変わりつつあるからだ。

 東京都中央卸売市場食肉市場(芝浦屠場)自体は依然として存在しているものの、品川駅との間に新設されたビルに隠れて、すっかり「ちいさく」なっていた。

そして、多分よくあることであろうが、その新ビルの2、3階にあるレストランからは、幅5mほどの道一本を隔てて向き合っているのにもかかわらず、芝浦屠場はみえない。というか、その屠場の側には、ガラス窓がないのだ。JRの線路側には、「スカイウォーク」などというガラス張りのサンテラスがあるにもかかわらずだ。

「汚いものにはふたをする」というか、得てして、このようなことは今でも現実に存在するものである。(当事者がどういう考えで、もしくは何の考えもなく、そのような設計をしたのかはあえて聞きたくもないが、悲しいけど、この日本では極めてありがちなことなのである。)

 さて、道を進めて、とりあえず「天王洲アイル」というところまで歩いてみた。デートスポットらしいが、私は行ったことがなかった。

そして、何気にアートスフィアというホールで、『東儀秀樹コンサート-Version2001-』が1時間後に開場であることを知り、急遽、当日券を買うことにする。

私の場合、結構、いきあったりばったりでコンサートや劇を見にいったりすることが多い。事前によっぽど観たいものがあっても、仕事柄、急遽出張とか予定が入ることが多いので、その場その場でチケットを購入することが多い。また、コンサートや劇の場合は、1時間か1時間半前に会場の窓口にいけば、ほぼ必ず当日券があることも経験から知っている。当日券は安い変な席ばかりと思ってはいけない。いい席の当日券もあり、無理に予約して変な席になるより、金さえ出せば、当日でも結構いい席が取れるものなのだ。

 さて、「雅楽界の貴公子」などと騒がれ、巷でも結構有名なこの人、実は私も名前ぐらいは知っているものの具体的な曲名や曲を聴いたことがなかった。

しかし、このステージ、まったく予想を上回る、どきもを抜くようなすばらしさであった。第1部では、平安貴族さながらの古典雅楽や“舞”の披露、確かに正月の神社の雅楽と変わらないとは思うが、篳篥(ひちりき)や笙(しょう)や種々の太鼓、琵琶、琴などずらりとまるでひな人形の、五人囃子や三人官女のごとく、10名近くが、着物姿でずらりと並ぶのはそれだけでも迫力がある。

 そして、第2部では、東儀秀樹氏自身による篳篥(ひちりき)やピアノ等によるオリジナル曲の数々、その中で、MC(語り)が入ったのだが、実にこの第2部が良かった。サントリーピコの宣伝の曲(三ツ星)や琴のための曲(昼のまどろみ)など、ああそういえばというメロディーと、篳篥のぼやけたようなファジーな音色、彼のお姉さんやお母さんが奏でる竜笛や笙との掛け合いは、実に楽しいものであった。

この第2部のなかで、東儀氏が、テレビの取材で現地にいって知り合った中国の西安の、笛、古琴、胡弓の名人(ミュージシャン)を日本に呼んで、舞台で共演したのだが、電子楽器のけたたましさに慣らされた耳には、民族楽器のもつやさしい音色に心が洗われる気がした。雅楽自体1300年の歴史があるそうだが、伝統のある世界の各地で民族が代々伝えてきたリズムとメロディーの美しさは、やはり一概に簡単に比較できるものではない。

 東儀氏は「音楽を通じて世界の人たちと言葉ができなくても、心をかよいあわせることができるのは、とてもありがたい(うれしい)ことだ」というニュアンスのことを言っていたが、それは、客である我々も同じこと、大変、素敵な時間を共有できた。あと、彼が、例えば、「~の曲が、ヒラめいた」という言葉を使ったことがおもしろかった。やっぱり、「天才って、ひらめいちゃうんだな」と思った。

 お題目その2 「まず、あるもの(こと)から始めよう。」

今まで何につけ、金がない、物がない、時間がない等、特に援助の現場においても、「ない」ことから始めることばかりを考えていたが、この篳篥しかり、別に、クラシックをやるためにヨーロッパに行かなくとも、ジャズをやるためにアメリカに行かなくても、別に、日本人なりのクラシックやジャズやロックがあっていいはずだし、元からある雅楽や、三味線(最近、昨年の紅白歌合戦に出場していた吉田兄弟のCDも購入しました)でも、すでにそこにあるもので十分、世界の他地域の楽器や音楽と、セッションやコラボレーション(共同で働く)することができるじゃん、というのが、このコンサートで一番感じたことなのである。

確かに、このことは、10年前ほどからのワールドミュージックの、マイナーではあるが結構ディープ(深い)ブームや、久石譲や、三枝成昭の一連の作曲や、もっと平たく言えば、THE BOOMの挑戦や、ディック・リーなどアジアンポップスの台頭など、大きな流れの中に位置付けられるとは思うが、今ほど当たり前に、世界中の情報が行き来し、かつ「エスニック」等のレッテルを貼られこともなく、「素直」に、「いいものはいい」と言えるようになった時代はないであろう。

お題目その3.「いよいよ本物(ライブ)の時代が到達した。」

 上記2のことに関連するのであるが、IT革命などという、情報革新の波が全世界を飲み込み、かつ席巻するのは、多分10年もかからないであろう。

その際に、気をつけなければならないことは、「マルチメディア」などといっている本質は「デジタル・メディア」であり、「つまり、マルチメディアの本質は、あらゆる表現をデジタル情報へとユニメディア(単一メディア)化したということなのである。」(注)

 そして、インターネットなどで一瞬に情報や連絡がとれるときに、逆に必要なのは、あえて体を動かすことだと思う。実際に、自分の体を運ぶこと、つまり、現場の本物(ライブ)感覚があることの価値がぐんと上がるのではなかろうか。「体験」や「経験」は、特に時間を逃してしまったら、決してお金では買えないし、ましてやテレビやパソコンで視るだけでは、わかったことにならないという時代になると思う。

 

お題目その4.「日本人ほど世界中に実際にいける(パスポートの制限がない)人はない。」

結局、全世界津々浦々を歩きまわって、実際に、人と人と面と向かって「会うこと」が必要な21世紀、一番、世界で利用制限の少ないパスポートを持っているのが日本人なのである。

実は日本人自体が一番知らないのだが、日本人が世界で一番制限が少なく、多くの国々に立ち入れるのだ。(当然、ビザの取得が必要な国は多いが、日本のパスポートで入国できないのは、確か北朝鮮だけだと思う)

例えば、他のアメリカやヨーロッパの国々、逆にアジアやアフリカ、特にイスラームの国はどうであろうか。実は、出稼ぎ労働者の問題や、宗教的なもの、テロリスト対策等、それぞれの国情(外交政策)により、互いに入国禁止の国がいくらでもあるのである。

結局、単純な結論であるが、人間は体ひとつ、いくらお金や物があっても、自分自身という「主体」である「体」は、ひとつであるし、他人もしかり。人は誰でも死ぬ存在(病気であれ、事故であれ)であることを、忘れてはいけないと思う。(ザザンオールスターズ(SAS)の曲にもあるが、いくら自分が元気で、実際に体を運んだところで、「逢いたくなった時に君はここにいない」ことも多々あるのだ。)

つまり、「壁」をものともせず、そこに「あるもの」をみつめ、「本物」を求めて「世界」を駆け巡る、多分それが21世紀に生きる人たちのあり方ではないかと私は思う。

最後に、もう一項目。

お題目その5.

「You may say I am a dreamer. But not the only one」(Imagine, by John Lennon, 1971)

 今年(2001年)になってから、ジョンレノンのイマジンを耳にすることが、3度と重なった。別にテレビの宣伝でやっているからではなく、親しい友達らから、特にこの「イマジン」に関する話題を振られたのだ。私は、この曲全体の思想全てに共感できるわけではない。かなり宗教的な背景が深い危険な曲でもある。

しかし、ただひとつだけ何の保留もなしに同意できるのが、上記のサビの部分なのだ。たぶん、それぞれの人たちが願ったり想像していることは、各々違うだろうけれども、「そう」思っているのは、「自分だけではない。」ということ。それが大事だと思う。

題目その1の、「壁なんてないかも」なんて、まともに社会人をやっていたら、とても恐ろしくていえない言葉である。現実の物理的・心理的な壁はいくらでもあることは百も承知の上である。だが、私はあえて「そう」思いたいし、「自分だけではない」ことを信じたい。

つまり、幸せを求める人々の心(情念とでもいったもの)は、時空を越えるものであろうことを。

この項、了。

 

注;中川昌彦 『図解 自己啓発と勉強法』 日本実業出版社 1996、104頁を参照。

本文にでてきたCD等

・東儀秀樹 『TOGISM』 東芝EMI TOCT10188 雅楽/ニューエイジ 1998 2,039円

・吉田兄弟 『MOVE』 ビクターエンターテインメント VICG60296 津軽三味線 2000 3,000円

・久石譲; 宮崎駿のアニメや、北野武監督作品の映画音楽やCM曲で著名。「ナウシカ組曲」等のオーケストラ曲、ピアノのソロ曲など、オリジナルアルバムも多いが、一番、気に入っているアルバムとして、

・久石譲 『宮崎駿アニメBOX』 AMIMAGE RECORDS TKCA-30004 1989 2,500円(「風の谷のナウシカ」、「天空の城ラピュタ」、「となりのトトロ」、「魔女の宅急便」からのコンビネーションアルバム)

・THE BOOM; 時期的には、「からたちの道」収録の『JAPANESKA』1990、「島唄」収録の『思春期』1992、「風になりたい」、「ブランカ」等収録の『極東サンバ』1994 等、沖縄、三味線、ガムラン、ケチャやサンバとの出会い、様々な挑戦がありました。とりあえず、お薦めは、ベスト物ではありますが。

・THE BOOM 『THE BOOM』 SRCL2471 Sony Records 1992 3,000円 島唄も収録。初期の名曲集。

・THE BOOM 『THE BOOM 2』 SRCL3751 Sony Records 1997 3,000円 また『THE BOOM 2(BLUE)』もあり。

・ 三枝成彰 『プロヴァンス組曲』 30DC5315 ニューエイジクラシック Sony Records 1989 NHK「詩情の旅人」テーマ音楽。N響にギター、ピアノ、胡弓をフューチャー。結構、日本の作曲家もやるじゃんという感じです。

・ディック・リー; とりあえず手持ちのCDはなし。但し、90年代の初め、随分はやったのは事実です。

 

予告編;

今年度、「歩く仲間」では、「開発学への途」に加えて、「イスラーム中世地理書・旅行記・歴史書研究」についての連載を開始します。さて、このホームページを立ち上げたとき、大学生時代の友人から、以下のE-mailをいただきました。

「開発について考えるページなんですね。長年来、柴田さんが暖めてきた構想のように思えます。」

そう受け取ってもらえて、本当にうれしかったです。自分では、別にそんなつもりはなかったのですが、鍋にぶち込んでおいたものが、適当に発酵してきたということでしょうか。もうひとつの私自身の課題である「イスラーム・アラブ研究」、ぜひ、ご期待ください。

この項終わり)

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