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2009年2月10日 (火)

歩く仲間通信 2009年1月18日 <アーカイブ>

「歩く仲間通信」というメルマガ?を不定期でお世話になった方々に配信しております。以前の記事ですが、こちら(ブログ版 歩く仲間)にも自分の覚えとして転載しておきます。

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たびたびお騒がせして、申し訳ありません。

しばやん@愛知です。

今回は、みなさまのお力をお借りしたくて連絡させていただきます。

昨日、後述のような日記(ブログ)を書いたのですが、やはり本当にこんな現状であってよいのかということで問題提起させていただけたらと思います。

「知は力なり ただしそれは開かれたものでなくてはならない」

これは、私が大学時代に学んだというか悟った?ことで、20年来のクルド(信条)としていることですが、残念ながら‘知’を悪用というか自分のことだけに利用している方が最近、とみに多いように見受けられます。

当然、ご察しのとおり、‘知’というのは「知識」とか「科学技術」だけでもなく、もっと平たくいえば‘人類が獲得してきた知の体系’と申しましょうか、人の秘め事とか弱点を‘知る’こととか、原子力開発などあらゆるレベルの‘知’で、それは、やはり人を貶めたり傷つけたりする‘ため’のものではないということです。

情報化社会といわれて久しいですが、そのような高度な情報を持ったものがもたないものを差別したり支配しようとする動きがあるかに思われる現況があるように思います。たとえばこの20年くらいのアメリカのハリウッドの近未来を扱った映画など。もとよりこれは原作があってものもあるでしょうので、映画というより文学、マンガ、ゲーム?などのあらゆる分野のクリエーター達が体感的に予言していることなのかもしれませんが。

獏とした話になってしまってすみませんが、最近、ミクシイというSNSの世界で、「Life is Life 」というバンドルネームをもつ方をお見かけしました。元は、マザーテレサの言葉の一節ということですが、下記に孫引きさせていただきます。

「マザーテレサの言葉  Life Is ... 

Life is an opportunity, benefit from it.
Life is beauty, admire it.
Life is bliss, taste it.
Life is a dream, realize it.
Life is a challenge, meet it.
Life is a duty, complete it.
Life is a game, play it.
Life is a promise, fulfill it.
Life is sorrow, overcome it.
Life is a song, sing it.
Life is a struggle, accept it.
Life is a tragedy, confront it.
Life is an adventure, dare it.
Life is luck, make it.
Life is too precious, do not destroy it.
Life is life, fight for it. 」

私は彼女にもコメントしたのですが、「Life is life, fight for it」という最後の一節がピンと来ませんでした。「fight =闘う」ものなのかと。

昨日、会社の帰りによったブックオフという古本屋で、たまたま、峠三吉の『新装・愛蔵版 原爆詩集』 合同出版 1995 をみつけて早速、購入しました。詳細は、別の機会に紹介することになると思いますが、そうだ、私も「fight for 」しているテーマがあることを思い起こしました。

中学1年生のときに、この詩と「にんげんをかえせ」という10フィート運動でアメリカから買い戻した広島原爆のドキュメンタリー映像(映画)に出会ってから25年間、私も確かに「闘い」続けてきたのでした。

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog088.htm
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r005.htm

「知識」や「知ること」自体は、すぐには即物的には何の「力」にもなりません。

でもそれをきっかけに何かに「気づき」、「行動する」ことにより大きな「力」になりうるし、もう日本だけに限らず、世界中は「気づいてしまった」仲間が多くいることを私は体験というか実感として知っています。 なぜなら今、このメールをご覧になっている皆様は、私がそのような方と思ったからこそご連絡を差し上げているのですから。

(否定される方もいらっしゃるかもしれませんが^^?まあ一方的なラブレターということで流してください。)

今年の「歩く仲間」ではやはりというか引き続き次のテーマをしつこく追っかけていきたいというか、いかないといけないと改めて思いました。よろしくご高覧とコメントをお願いいたします。

「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html

長文、失礼いたしました。これに懲りずにたまにはしばやんに絡んでやってください。

今年もよろしくお願いいたします。

ではでは^^?

-------------------------------(昨日の日記の引用です)------------

2009年1月18日 (日)のブログ 
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2009/01/post-cf28.html

14年目の阪神大震災と、今現在のパレスチナ情勢に想うということで、今日は阪神大震災の記事を書こうと思ったのですが、実は今、現在のパレスチナ情勢のほうが気になってしまって・・・。

とりあえず後者については「ブログ版 歩く仲間」でちょっと力を入れて取り上げています。

★ 混迷のパレスチナ情勢にアラビスト・しばやん起つ^^? 2008年1月8日
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-c5fe.html

★ なぜ今、中世アラブ・イスラーム地理学・旅行記なのか? (2002年の記事の再掲です。) 2008年1月8日 
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-0af2.html

★ マザーテレサは、「愛の反対語は、無関心」 といいました^^? 2009年1月14日http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-c75d.html

★ ガザのこどもたち さらーむ(アラビア民族学者の片倉もとこ先生のメッセージです。)2009年1月16日 

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-6cf2.html

★ アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩) ((c)1991) の目次です。2009年1月17日

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/1991-b295.html

ぺこぺことキーボードを叩いている場合かと思いつつも、「今、この場所で、自分のできることをやる」しかないと思います。

とりあえず今日は、おやすみなさい^^?

ではでは^^?

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