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2009年1月14日 (水)

マザーテレサは、「愛の反対語は、無関心」 といいました^^?

パレスチナ情勢は、全然光明がみえず、依然、混迷を続けているようです。

果たして自分に何ができるのか、何が一体、正しいことなのか。そんなことを考えています。

‘知る’ことと‘行動’すること。

かのマザーテレサは「愛の反対語は、無関心」と看破しました。

見てみぬふり、知らぬふり、確かに何もしなくても生きていけるかもしれませんが、その無関心は自分自身に間違いなく戻ってくるものだと思います。

ちょっと話題が外れますが、この「開発民俗学」のコミュを「一国民俗学」ではなくて「比較民俗学」へとの架け橋となるべく鍛えていきたいと思っています。

同じ地上に生きるものとしての感動を分かち合いたい、共感の学問、血の通った学問であってほしいと思います。

‘学問’の定義自体も難しいですね。ここであえて‘学問’といったのは、追体験できるというか筋道立てて検証できるための道筋のひとつとして、単なる個人的な感動にとどめておきたくない、そんな技法なり手法として示したいという意図で使っています。

能書きばかりいっていてもだめですな^^?

具体的な事例にそって考えていきます。

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ということで、「mixi「開発民俗学 ~地域共生の技法」で、メンバーの意見を募っています。

わからなくてもわからないなりに声をあげていくこと、われわれの人生や未来を、どこかの誰か偉い人やモノに簡単に預けてはいけません。

自分の住む世の中は、自分でよくしていく。

そんな心意気を忘れないでいきたいと思っています。

ではでは^^?

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