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2008年12月 7日 (日)

第6講:開発‘民俗’学の構想

第6講:開発‘民俗’学の構想

2003113

開発‘民俗’学の構想

最近、開発’民俗’学なるものへの関心が、個人的に高まっている。この2年半ほど東チモールやフィリピンでの実際の開発事業の現場に足を踏み入れたのだが、計画といういわば青写真の段階ではなくて、パイロット調査とか円借款、無償資金協力の工事の現場では、実際に地域住民や役所の人たちと、まさに現実のモノに対して言葉を交わす機会が増えた。現場では、まあ、だましたりだまされたりではないですが、実際に生きている人たちと外部者であるわれわれと、結局、援助なんて生身の人と人の関係なんだなと考えさせられることが多々あった。その中で、いわば入り口であるモノを作ること自体は、ある意味で簡単だが、果たして実際に作られるモノなりを使う人たちのことをどこまで理解しているのかについて反省する機会がいろいろあった。

つまり技術や習慣などを切り売りで、よいとこだけをとってもってこようとしても、結局うまく機能しない。その技術をささえる人々の心というかソフトの部分で納得してもらわないと、ぜんぜん受け入れられない。そんな光景を、図らずも数件みる機会があった。

また、日本人の民俗学者の宮本常一氏の著作から継続的に学んできた影響であると思うが、宮本氏のいうところの、「民俗学という学問は体験の学問であり、実践の学問であると思っている」という言葉を無意識に咀嚼しつつあったからかもしれない。この民俗学を「開発学」と読み替えれば、まさにそのままではないかと、最近、折にふれて感じている。

宮本常一氏は、明治から大正、昭和と日本の発展を、地球を4周したと言われるほど日本をくまなく歩いて農民の文化を伝えるとともに、農業技術や新しい伝聞を体ひとつで伝えてまわった。この世間師の姿に、ひとつのすぐれたコンサルタントとしてのあり方がシルエットのように透けてみえてくるのである。

宮本氏は、民俗学者であると同時に、日本を歩いて回る中で農業技術指導を行い、地方の篤農とか、身のまわりの世界を少しでも自分たちでよくしようとそれぞれの土地でがんばっている人たちのネットワークを作るような仕事を行った。そして離島や林間地の村々の調査をするだけでなく、その現状と苦境を肌で感じて、著作を通じて広く世間に訴えるだけではなく、庇護者であった渋沢敬三(明治時代の立役者のひとりであった渋沢栄一の孫)の友人であった政治家や役人に対して離島振興法や山間地振興にかかる法律などのいわば開発のための法律立案などに関して政策提言も行っている。これは、今はやりの言葉でいえばアドボカシーそのものである。(詳細については、自伝的著作である『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993を参照。)

以前から何度か書いてきたことだが、結局、開発開発というけれど、現地に実際に住んでいる人たちが、自分たちでなんとかしようと思わない限り、世の中というか世界は変わらないのではないか、そんな実例を、昨年、フィリピンのある農業開発の現場で見てきた。歩きながら考える No019 Three Maria’s Tale(http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00019.htm)を参照。

先日も、国連/世界銀行のイラク復興緊急調査に唯一日本人で参加されたコンサルタントの方と話す機会があったのだが、「特にイスラーム地域の復興なんて、とても外国人ではできない。ただし‘カタリスト’としての外国人の意味はあるのでは」というコメントをいただいた。

ところで、学問として開発人類学というものがある。この人類学にはいろいろな分類があるのだが、その別称として‘民族’学という言い方がある。この民族学とは、外部世界の見聞を自分の世界にもってかえって、同国人の気づきを促すという効用をもっている。今までの歴史上では、これは先進国の研究者が、未開な地域を訪れて、そこで収集した経験(事物も含む)を自分および自国民のために役立てるというケースが多かったのだが、私は、逆に、外部者として私たちが介入することにより、現地に住んでいる人たちの気づきをうながし自分たち自身のことを自分で研究してよりよい世界を自分たちで創造していける、そんな、開発‘民俗’学というものがあってもよいのではないかと考えるようになった。

この日本語に特有の「民族学」と「民俗学」という2つのミンゾク学は、実に示唆に富むと思う。この日本語にいう「民俗学」は、柳田国男にいう、いわば日本文化の元の形(基層文化)を探るという側面があるのだが、それだけではなく、宮本氏のいう、実際に生きている人たちの生きる糧となるような学問のあり方、自分の足元を知ることにより、日々の生活をよりよいものにつくり変えていくという‘実践の民俗学’という側面もあると思う。

つまり外部者として、(途上)国に入ることにより、現地の人たち自身の郷土への関心を呼び覚まし、彼らが‘民俗学’を自分の地で実践することにより、内部から社会を変えていくきっかけをつくる。この民俗学の主体は、当然、彼ら自身である。そんな開発‘民俗’学を創っていきたい。かってな造語だが、そのようなものがあってもよいのではと、最近考えるようになった。

(実は、ある席で、開発民族学を研究している人と、上記のようなことを話したら「確かにそれはあるうる」という言葉をいただいた。大体、人間の考えることにそれほど違いはない、しかもこのような考え方自体も時代の要請というか、多分、多くの方も考え始めていると思う。)

最近、英国の社会人類学という学問や応用人類学の開発人類学といったものに、現状を認識するための‘ツール’としての魅力を感じている。もちろん、この人類学的な調査は単なる学問的な興味だけでもなく、開発する側の調査をちゃんとしてやったという免罪のためや、事業の実施にあたって対象地の人や土地を標本のごとくモノとして扱い記述するためだけの、いわば自己満足のためにあるのではない。これは、あくまでも、彼ら自身にバトンというか自分自身をみなおす視角を提供(これだけで、かなり傲慢で高所にたった言い方であるが)するための、いわば現状理解のための手段にすぎない。

つまり、社会構造を分析するツール自体に関しての理解を深めた上で、それを使って何をどうするかについては、自分たちで白紙の状態から考えてみたい。例えていえば、いわば包丁の持ち方と使い方だけを知っていて、何をどう料理したらいいのかについては、相手と一緒に考えながら料理をつくっていくといったことがしたいと思っている。

ツールや学問のその限界を承知した上で、その先にあるものを考えていきたいと思う今日この頃である。

(了)

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