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2008年11月30日 (日)

第3講 補論1&2 民俗学の視点

第3講:現状分析の視座をどこにおくのか?(補論)

 

補論1:定性・定量のベンチマークの考え方(民俗学の視点)

補論2:宮本常一氏の父(宮本善十郎)の「世の中をみる十か条」

 

2000812

200573日補筆

 

補論1:定性・定量のベンチマークの考え方(民俗学の視点)

 

本来ならば、日本の援助機関、国際機関やNGO等の基準なりガイドラインを比較検討して論ずるべきであろうが、あえて主観で上記の項目をあげた。特にUNDPHDIなどについてもふれようと思ったが、逆にこのようなことは他の教科書をみれば、既に比較検討されていることであるし、逆にマニュアルやガイドラインを作ろうとすると何でもかんでも詰め込んでしまいチェックリストが膨大になるだけで、結局、何が本質なのか訳がわからなくなってしまうからである。

ここで逆に読者に検討をお願いしたいのは、日本の民俗学研究や農業地理学などのフィールド調査で培われた分析・分類や調査手法である。

 

3-1 上野和男・高桑守史・福田アジオ・宮田登編 『新版 民俗調査ハンドブック』 吉川弘文館 1987

3-2 大島暁雄・佐藤良博・松崎憲三・宮内正勝・宮田登編 『図説 民俗探訪事典』 山川出版社 1983

3-3 文化庁内民俗文化財研究会編著 『民俗文化財のてびき-調査・収集・保存・活用のために-』 第一法規出版 1979

 

上記2冊とも、日本の民俗学調査のハンドブックで両者とも図版や取り扱い範囲が広く、特に途上国でフィールドワークを行う際にも、非常に参考になるものである。3-1は、特に民俗調査の方法と質問表文例について、村落から親族、生産技術、衣食住など日本を対象にしているものの、全ての人間生活の側面を扱っており、その意味でも目のつけどころがわかる。3-2については、I.衣食住、II.ムラの仕組みと信仰、III.生業とくらしIV.民俗芸能と、地域の人間生活全てを図解しているところが非常に参考になる。上記2冊とも、ぜひ手元に置いておきたい。3-3は、文化庁が定めた民俗文化財にかかる分類や調査のガイドライン。上記2点があれば特に必要ないか。

 

3-4 市川健夫 『フィールドワーク入門 地域調査のすすめ』 古今書院 1985

 

 地理学者による日本の地域調査の入門書。特に農業にかかる農作物を切り口にした農村調査、山村、漁村、観光地、工業地域、都市地域などの地域特性に沿った調査方法を列記している点が特筆にあたる。

 

3-5 坂本英夫 『農業経済地理』 古今書院 1990

 

 上記に引き続き地理学者による農業地理学の入門書。筆者がいうように「経済要因を抜きにした農業地理の研究の多くは常識以上に這い上がれなかった」ことより経済要因にも配慮した基本的な入門書。新しい課題だけでなく主要な学説を押さえているところがうれしい。また「終章 農業地理学の研究調査法」は次のステップへの参考となる。

 

3-6 宮本常一 『民具学の提唱』 未来社 1979

 

 民具から各地域ごとの生業の成り立ちへ想いをはせる。具体的なものから人と地域を考える宮本氏の手法を垣間みることができる。われわれ日本人の祖先が、いかに現地の現状にあわせて道具をきめ細かく発達させていったのか、民具により技術や文化の伝播をも知ることができる。

 

補論2:宮本常一氏の父(宮本善十郎)の「世の中をみる十か条」

 

宮本常一氏の自伝的著作である『民俗学の旅』講談社学術文庫 1993より、彼の世の中をみる視点の原点となった父の教えを、上記の私の上げた項目との比較という意味で下記に引用させていただく。若干略させていただいたが、この部分に限らず、ぜひ全文を味読してほしい。

 

(1) 汽車に乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。・・・

(2) 村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。・・・

(3) 金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。

(4) 時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。

(5) 金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。

(6) 私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない。・・・しかし身体は大切にせよ。・・・しかし三十すぎたら親のあることを思い出せ。

(7) ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。

(8) これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。

(9) 自分でよいと思ったことはやってみよ、それで失敗したからといって、親は責めはしない。

(10)人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ。」 (前掲書3738頁)

 

しかし実に簡潔にして要を得た教えだと思う。世の中をみる視座というものは、そんなに複雑に考える必要はない。本質とはきわめて簡単(Simple)に存在するものだということを感じさせられる。

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