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2008年11月30日 (日)

第3講: 現状分析の視座をどこにおくのか?

第3講:現状分析の視座をどこにおくのか?

 

補論1:定性・定量のベンチマークの考え方(民俗学の視点)

補論2:宮本常一氏の父(宮本善十郎)の「世の中をみる十か条」

 

2000812

2003113日補筆

 

 今の日本のODAをめぐる論議では、社会基盤整備のための大型の公共事業による施設物への案件の偏重に対する批判が続出している。確かに過大な施設の維持管理などフォローアップを含めた運用をみると、必ずしも全ての援助案件が成功しているとはいいがたい。そのなかで、具体的なよいプロジェクトを考える前提条件を順次、検討していきたい。

 

 まず、現状分析の視座をどこにおくのかという問題がある。何を持って問題の出発点とするのか。これをクリアにしないことには、全てが進まない。確かに、経済的な現状分析は一つのアプローチの仕方ではあるが、その尺度自体の該当性については、慎重な検討が必要と考えられる。

 

 世界銀行(WB)や国連開発計画(UNDP)等のいう経済的なあるいは社会的な尺度(指数)は一つの手がかりではあるが、それで一体なにがわかるのであろうか。当然、違いを比較するためには、もとになる指数と比べるものとの何らかの定量的な比較ができるのは望ましいことであろう。しかし、その指数を利用するのにあたって、われわれ自分自身が理解できる数字であるかどうかについて厳密に認識しなくてはならないと思う。つまり、数字はある意味で抽象的なものである。その数字の背後にあるものを理解することは、想像力のみならず体験に基づく経験なりが必要である。その実感を伴った指数としてどのようなものがあるのかを検討したい。

(補論1、2を参照)

 

見えるものと見えないものについて

 

 例えば、開発調査などでは、統計数字の収集、社会調査、自然条件調査の実施等によって、それぞれの分野の専門家の分担作業によって、当該地域なりの現状が解明されていく。

新入社員時代の一番の問題点は、現場に行かないことには現場の状況はわからないということであった。例えば、下記の項目について、現場を知らないものにどれだけの想像力の飛躍を求められるであろうか。

 

A.目に見える指標;

1.人の姿。(服装、足元、)2.店の種類(衣食住)それぞれの様子。3.軍隊、警察の存在。4.市場の状況。5.都市および郊外の様子。6.村落の様子。7.子どもの姿。8.朝、昼、晩の人の動き。9.繁華街の様子。10.学校(義務教育)の様子。11.公共施設とその清掃状況。12.食堂の賑わいと食べ物の種類。などなど。

 

B.眼に見えない指標;

1.音。2.時間をめぐる習慣。3.暦。4.祝日や休日観。5.人生観。6.来世観。7.幸福感。8.音楽や踊りに対する感性。9.隣人及び他人に対する接し方。10.宇宙観。11.嫌悪感の基準。などなど。

 

 開発をめぐる社会調査の盲点として近年いわれているのが、定量調査と定性調査をどのように組みあわせるかということである。例えば、上記にあげるようなことは、目に見えることも、見えないことも合せて、調査結果として、表面にあらわれにくいことは容易に想像がつく。まさに現地を知っているものは、上記のアトマスフィアを踏まえて何らかの評価を下しているはずであるが、現場を知らない者に、統計数字などだけで現状を伝えるのは非常に難しいといえよう。

 

現場の匂いを感じさせない開発計画(計画と実施の間に横たわるもの)

 

そして、上記とは別のいわゆる‘客観的なデータ’を基に、例えば開発調査では、短期(5年先)、中期(1015年先)、長期(20年先以上)の開発プログラムが組まれていく。国家100年の計とはよく言われるが、30年や50年さらには100年先までを見越した開発プログラムを立てることは非常に難しい。いくら図面があるとはいえ二次元で描かれた未来予想図は、現地に住んでいる人をしても、なかなか現場の匂いがしない無味乾燥した報告書というか紙束といえなくはないケースも多々あると思う。(私がその報告書を書く立場の人間である責任を放棄しているわけではないことは、あらかじめ断っておく。)

 

しかし、特に文系の人間が考えなければならないことは、実際に計画が実施にいたって目に見える開発現象が起こった時になってはじめてバタバタと目先の変化ばかりを嘆いても仕方がないということである。例えば、ダムひとつを作るのには計画から始めて調査を重ねて、実際に物として完成するのに1015年の時間がかかるということだ。物が出来る頃になって、やれ環境破壊だなどと騒いでも、それは既に10年前以上の研究の積み重ねがあるのである。確かに当初の計画時点の社会状況と完工時の社会状況が大幅に変わることは多々あることであり、今の大規模開発に対する批判はその20年まえ30年まえのプログラムに対する異議申し立てであることは間違いない。しかし、例えば瀬戸大橋が計画・実証研究など20年近くの時間をかけて完工したことに対してなぜ大きな反対や批判がないのか。つまり、物によって評価が違うということが、この“開発”問題の難しいところである。確かに余計なものをつくる必要はないかもしれないが、実際に必要としている人がいて、言い方は悪いが利権というものも存在する。

 

もっと具体的に足元をみてみれば、都市の区画整理や県道、市道の整備一つをとっても、個人の損得、利権をめぐるいろいろな地域住民の葛藤が生ずる。例えば故郷の隣町のこと、田んぼや畑の間に、市の開発プログラムによって市道の整備が行われることになった。これも多分、10何年越しのプロジェクトであろう。道ができるということは、必然的に人と物流の変化をもたらす。道路完成後に地域住民の中で話題になったのは、誰がこの開発で儲けたかというやっかみ混じりの陰口である。やはり時流をみるのに敏い人いるもので、自分の畑をうまく売りはらって自分の家を建て替えるもの、郊外大型店舗に土地貸するもの、自分で店をもって商売がえをするもの、駐車場にするもの、アパートを建てるもの、また逆に、土地転がしのディベロッパーに対して頑なに自分の土地を売らずに畑仕事にこだわるもの、さて道ができてふたを開けてみると、道路成金がいれば、まったく損とはいわないまでも以前と全く変わらないもの、明らかに、“開発”の恩恵を蒙った者とそうでない者が存在する。少なくとも今の私有財産を認める日本の社会では、結局、うまくやるかそうでないかは個人の才覚にまかされてしまうことは、否定できない。が、結局感情的には何らかのしこりが残ったりする。為政者というかプログラムを組んだものは、技術的には完璧な仕事をしたのであろう。しかも当然地域住民のヒアリングもして、当該インフラ完成後についてもある程度の青写真を描いていたはずであるが、実際にものが出来た後の社会の変化について、絶対に100パーセントの予想は不可能で、心理的なケアーまで計画段階で組み込むことは、不可能といえよう。そんななかで、作業をせざるを得ないとしたら、果たしてどこまで考えることが可能であろうか。

 

 今の時点での私の暫定的な答えとしては、結局、施設完工後の維持管理(O&MOperation and Maintenanceともいう)については、その地域の人たちが責任をもってやらざるをえないと思う。確かに、天から降ってきたようなプロジェクトかもしれない。また、廃棄物の焼却場とか明らかに負の遺産を背負わされる場合にはどうすればいいのか。はっきりいって今の時点では、私はそのようなプロジェクトについて評価する能力はない。ただ言えるのは、一概にそれは駄目だと言い切れないということ、必要悪などといいたくないが、それでも必要なものもあることは、それがいつどこに必要かは別にして認めざるを得ないということだ。

 

 この開発による社会の変化はもとより、定性的な社会の側面に対する配慮と第三者からの理解については、さらなる研究と、プロジェクトのあらゆるステージにおける、いろいろな角度からの評価が必要である。しかも、その内容については、一般論に陥らずに、具体的に個々のケースについて考えていくことは、口で言うよりはるかに難しいといえよう。

 

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補論1:定性・定量のベンチマークの考え方(民俗学の視点)

補論2:宮本常一氏の父(宮本善十郎)の「世の中をみる十か条」

(次ページを参照)

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