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2008年4月

2008年4月30日 (水)

佐々木直彦 『新・知的ビジネス・スキル講座 コンサルティング能力』

前回、ブログで、リサーチャー(研究者)とプランナー(計画者)とコンサルタントは違うという話をさせていただいたが、では、コンサルタントって何かということに、非常にクリアに答えてくれる本があるので、ここで、紹介させていただく。

Photo 佐々木直彦

 『新・知的ビジネス・スキル講座 コンサルティング能力』

日本能率協会マネジメントセンター 1998年12月

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント: 最近、ようやく‘コンサルタント’という言葉もポピュラーなものとなってきた観があるが、いざその定義、実際の業務として何をしているのだろうという疑問が湧き出してくる。

最近でこそ、ITコンサルタント、経営コンサルタントなど時代の最先端なイメージがあるが、そもそも日本におけるコンサルタントとは、コンサルティング・エンジニア(技術士に代表される)と経営コンサルタント(中小企業診断士)であった。

この本では、副題にあるように「Consulting Skill and Consulting Mind」とあるように、コンサルタントの業種に限らず、そもそも‘コンサルタント’の「技術」と「その心掛け」について広く語っている。

私自身は、‘開発’コンサルタントという業界の末席にいるわけであるが、佐々木氏のいう「コンサルティングマインド」そして、その技術や方法論に非常に共感と感動を受けた。

佐々木氏は、コンサルティングを、このように定義する。

「コンサルティング能力とは、未来に向けて、クライアントの問題解決や夢実現を助ける能力を言う。」

その過程として、以下のステップを掲げる。(括弧内は引用)

「I.問題の発見

II.解決策の立案

III.プレゼンテーション

IV.変革の推進」

前回、「研究から実践」にというところで苦情を呈したわけであるが、研究では上記のステップでいえば、「I.問題の発見」に留まっているというか、その問題を「学問の場」への還元はするが、実際の現場(フィールド)にフィードバックがないことが多いし、次のIIからIVまでのステップが基本的にないのである。(なくても許されてしまう?)(*)

この本は、「コンサルティング能力」のあり方を根本に問うており、知識ではなく、「生き方」としての「コンサルティング・マインド」について論じている点、セクターや分野に限らず汎用性があると考えられる。

この本で述べられているステップ、方法論そのもののロジックは、まさに「開発コンサルタント」がやっていることと同じである。

参考までに、第1章から第4章の目次を以下に掲げる。

「序章 なぜ「コンサルティング能力」が必要なのか (詳細は略)

第1章 問題を発見する

 アプローチ能力

 リサーチ能力

 取材・インタヴュー能力

 問題整理・構造化・分析能力

 レポート作成能力

第2章 解決策を立案する

 コア・コンセプト設定能力

 目標設定能力

 ビジョン創造能力

 プロセス設計能力

 メソッド開発能力

第3章 プレゼンテーションを設計する

 プレゼンテーション構成力

 企画書作成能力

 話力・説得力

 総合的演出力

第4章 変革を推進する

 浸透化・巻き込み能力

 プロジェクト推進尿力

 組織文化変革能力

 葛藤処理能力

第5章 自己価値を創造する (詳細は略)」

また、以前コンサルタントは必ず‘落としどころ’を考えて行動するということを書いたが、この本でも、リサーチの段階から、つまり「フィールドワーク」の段階から、クライアントに対する(変革への)フィードバック、ワークショップ(ファシリテーション)を常に考えていることを明確に述べている。

つまり、それが「コンサルティング能力」なのである。

今日の企業社会では、自己変革と、新たな市場開拓に向けて、さらには社内的にも「コンサルティング能力」が必要とされている。

「開発コンサルタント」に関心をある方のみならず、どんな職業であれ自らの未来を自ら切り拓いていきたい人に広く薦められる一冊である。

(この項、了)

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2008年4月28日 (月)

映画 『アクロス・ザ・ユニバース(ACROSS THE UNIVERSE)』 あるいはザ・ビートルズの時代について

という記事を、ブログ「Life, I Love You!」のほうにカキコしました^^?

映画のサントラ(サウンド・トラック)の紹介ということで、Lifeに書きましたが、内容はバリバリの硬派で、やはりこちらに書くべき内容でした。

「‘わたし’の平和学~冬が来る前に!」のカテゴリーであるべき?内容ですので、こちらにリンクを張っておきます。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/2008/04/music_from_moti_4865.html

お手数をおかけしますが、ご高覧いただけましたら幸いです。

ではでは^^?

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2008年4月27日 (日)

NPO法人アーユス編 『国際協力プロジェクト評価』 あるいはプロジェクトデザインと評価について

開発(援助)の制約条件である「プロジェクト」と、その「プロジェクト」の円滑な運用の鍵を握る「評価(Evaluation/Assessment)」に関して考察してみました。

Photo

NPO法人アーユス編 『国際協力プロジェクト評価』 国際開発ジャーナル社 2003年9月発行

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント: 国際協力プロジェクト(ODAやNGOを問わず)のプロジェクトデザインと評価を考える際の基本的なツール(道具)を示してくれた適切な入門書。ただし、内容は濃くある程度の‘開発’と‘プロジェクト’の基礎知識がないと理解はむずかしいであろう。

正直、ようやく読了したというのが実感である。仕事柄、書籍のチェックや購入は結構早いほうだと思うが、積読や拾い読みが多く、どの本も読了するのに時間がかかる場合が多い。

私は梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』 (岩波新書)で習ったごとく、完全に読了しなければ「読んだ本」としてカウントしない。まあ非効率なこだわりではあるが^^?

さて、一口コメントで述べたことだが2点ほど詳細に言及したい。

1つ目: ‘開発’と‘プロジェクト’との関係について

‘開発’行為と‘プロジェクト’という概念というかイメージがある程度ないと、この本の記述は理解しにくい。

そもそも‘開発行為’すなわち、外部からの強制的?な働きかけ、あるいは‘地域’の‘内発的な発展’のどちらについてもいえるのであるが、そもそもそのような‘もの’は、普通に考えてわかるように静かにというかひそかに潜行して徐々に時間をかけて社会変容をもたらすものであると考えられる。

現実の世界は、徐々に変わっていくのであって、今日からとか何時から突然に何かが変わるということは非常にまれなことであり、傍目にはそう見えても、実はそれが現れるまでに非常に長い潜伏期間がある。私は、‘開発’とは基本的に、個人個人の(社会)認識が変わることによりもたらされる、受容される、内部から創造されていくものであると思う。

私の唱える「開発民俗学」は、適切な言い方かどうかは別だが、それを助ける乳母の役目を担うものとして、さすらいの「風の人(異人=まれ人)」と地に足をおろした「地の人」との‘交流劇’というドラマを想定している。

人と人が出会うことによって生まれる‘何か’が、その地域社会を変えていく、またそれは「風の人」自体も変えていく。

そのような(時間的に)長期的な視野と、地理的な広がり(異質な地域性がぶつかったほうがそのインパクト(衝撃)が大きい)の両面に目配りしたフィールドを設定する。

ところが、ご存知のとおり、現代の社会は、そのような長期的なものの見方や地域の違いに配慮したものの見方は、しない・できない構造となっている。これは、近代世界の資本主義社会のパラダイムそのものの弱点といってもよい。

つまり何がいいたいのかというと、そもそも時間をかけてはぐくむべき文化や社会(変容)に対して、近代世界は、「プロジェクト」という枠組みでしか取り組めないという現実である。(最近、援助業界では「プログラム・アプローチ」という言葉を持ち出しているが、所詮それは「プロジェクト・アプローチ」とその拠って立つところが同じである。つまり同じものと扱っても、まったく問題がないので以下の論考ではそれも含むものとする。)

さて、「プロジェクト」とは何か。いろいろな定義があるのは承知だが、ここでは、PMBOKによる定義は以下のとおりである。

「プロジェクトとは、独自の成果物またはサービスを創出するための有期活動である。」(*1)

また日本における「プロジェクト&プログラムマネジメント(P2M)」による定義は以下である。

「プロジェクト(project)とは、特定使命(Specifice Mission)を受けて、始まりと終わりのある特定期間に、資源、状況など特定の制約条件(constraints)のもとで達成をめざす、将来に向けた価値創造事業(Value Coreation Undertaking)である。」(*2)

ここでのポイントは、プロジェクトには①特定の目的があり、②資源の制約があり、かつ③期間の限定がある、ということである。

ちなみに、上記に引用したガイドブックにしたがうと、「①スコープ・品質、②期間、③資源(ヒト・カネ・モノ)」をプロジェクトの3要素としている。(*3)

先に述べた「現実の世界」つまり、ばらつきがあり、不特定であり、私の理論にいう「人と人が出会うこと」により‘何か’が生まれるなんて、悠長で偶発的で、適当なもの、が「開発」なり「内発的発展」の要であるという考え方とは180度とはいわないものの、かなりベクトルが違うことにお気づきになるであろう。

さはいいなん、開発援助の現場では、以前から今まで、さらには、これからも近代資本主義のパラダイムである「プロジェクト」形式でしか、(発展)途上国への介入ができないという問題をかかえている。

ODA事業に対しては、その「プロジェクト」形式であることは比較的わかりやすいが、NGOの行う事業についても同じ「プロジェクト」をめぐる問題が発生している。つまり、NGOといえども、特定の同じ地域に何年、何十年もエグジットプラン(Exit Plan、脱出計画)なしで、事業を続けることは‘金銭的’にも‘支援者’に対してもできないのである。

ボランティアの支援者に対して、10年やっても20年やっても、全然地域の貧困が解決しませんということはいえるわけもない。

つまり、この本は、「プロジェクト」の入口と出口を考えたときに、何がどのようによくなりもしくは悪くなかったのか、地域やそこに住む人々がどのように変わったかを知る=評価のための総合的な案内書であるといえよう。

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注: プロジェクトマネジメント資格認定センタープラネット・ワーキンググループ 『めざせ! P2Mプロジェクトマネジャー PMS【プロジェクトマネジメント・スペシャリスト】』 日本能率教会マネジメントセンター 2002 より引用。*1は、同29ページ、*2は30ページ、そして*3は、36ページを参照のこと。

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2つ目: 実務者のツールの扱いの難しさについて = アンチョコ的なマニュアルとして読んでほしくはないということ。

この本は、全員がNGOの駐在員など実務者であり開発フィールドワーカーの第一線にたつ人たちが共著しているという点で興味深いと共に、ぱっと読みでは気がつきにくいであろうが、個々の執筆者のそれぞれの現場でのフィードバックに基づく記述は、なかなか細に射り穿ったものである。

その点で、非常に評価されるべきもので、コンパクトなチェックリストとして実務家の助けになるであろう。

ただし、「プロジェクト」という概念を受け入れたという上での、アンチョコなマニュアルやガイドラインとして使われかねない危険性もある。

またこの本について、先に‘案内書’と書いたが、フィールドワーク論、アンケート論、質的調査法、統計処理法など、個々の技術(テクニック)や、そもそも方法論の背景にある思想については、別途、社会学や経済学などの基本的な考え方を研究する必要があるともいえる。

したがって、大学生や院生にいいたいのは、この本は表面だけを読んでもわからない(イメージがわきにくい)ので、せめて学部では基礎的なディスプリンの‘考え方’を身につけることをお薦めしたい。当然、このような‘実務’や‘実践’の世界のテクニックを知ることは無駄ではないが、初歩的な基礎なしには、社会科学手法は使えませんよということを、繰り返しになるが強調したい。

また、評価をデザインすることは、とりもなおさずプロジェクト・デザインの精度を高めるということにつながることも蛇足ながら付け加えておこう。

つまり、(事後)評価(Evaluation)は、事前評価(Assessment)と表裏一体のものであり、Evaluationの技術は、そのまあAssessmentに使えるということである。

私自身、新規のプロジェクトの事前調査をおこなったときに、並行してこの本を読んでいたのだが、その手法や考え方は非常に参考になった。

逆にいえば、プロジェクトを立案する際には、当然、このレベルの評価スキルを持っていないとだめだということの裏返しでもあろう。

本音では、「プロジェクト」を越えた‘何か’がしたいと思っているのであるが、当面は与えられた「プロジェクト」というものの‘精度’を上げる、これはアセスメント・評価およびマネージメントのいずれの側面に対してもであるが、ことに力を注いでいる。

だが、私はそのような努力をすることは、‘明日への一歩’につながっていると信じたい。

(この項、了)

P.S.

プロジェクト評価に関して、2冊ほど類書を紹介しておく。いずれの本も日本の援助(特にODA)のプロジェクト評価を考える上で参考になると思われるので、前褐書と併読されることをお薦めする。

Pcm PCM読本編集委員会 

『PCM手法の理論と活用』

国際開発高等教育機構(FASID)

2001年5月

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント:

日本のODAにおけるPCM活用の実体について第一戦の実務者が語るおそらく日本で一番適切な事例書であり理論書。

PCM手法(PDMを含む)に関しては、いろいろな批判も多いが、現場で実践している人たちのこの本を読まずして批判を口にするなかれと言いたい。(ほとんど全ての問題(批判)について実務者のレベルで考察している)

Photo_3 独立行政法人国際協力機構 企画・評価部評価管理室編 

『プロジェクト評価の実践的手法 考え方とつかい方 JICA事業評価ガイドライン 改訂版』

国際協力出版会 2004年3月

お薦め度: ★★☆☆☆

一口メモ: JICAにおける事業評価ガイドラインということで紹介させていただくが、内容は非常に難しい。ただ、現実の業務(プロ)の現場で求められている作業やレベルの一端がわかるというメリットはある。

そもそも‘事業評価’だけでも一つのプロフェッションになってしまうのだが、私としては、当事者(NGOや、評価以外の専門を持つ方)が自分で評価ができることを目指した前掲書(国際協力プロジェクト評価)で、‘プロジェクト’や‘評価’の概要をつかんだ上で読まれることをお薦めする。

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2008年4月25日 (金)

「フィールドワーク」と「ワークショップ」の連続性と渾然一体性について

お断り。

mixi「開発民俗学 「地域共生の技法」」に2008年4月24日に書き込んだ私の記事を以下、転載させていただきます。

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Pict7122

(写真説明:

2007年3月のミンダナオでのワークショップの様子。ローカルコンサルタント(私の助手?)が、プロジェクト受益者にインタヴューをおこなっています。なお、この調査は記事のプロジェクトとは関係ありません。)

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<その1>

河童のKantarrowさんの『RRA 普及・向上委員会』コミュの トピック 「RRAの有用性について意見をお聞かせください」に以下のような書き込みをしました。

みなさんのご参考まで、転載させていただきます。

<2008年03月27日に書き込みました>
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河童のKantarrowさん、こんにちは。

メンバーに入れされていただきましたしばやん@マニラです。

農業・水資源・地域開発の開発コンサルタント会社の駐在としてフィリピンに駐在して5年目になります。

基本的に農業専門の会社なので、農業・農村開発の仕事が圧倒的に多いのですが、ここでは自分の実際に行ったワークショップから。

まずフィリピンの水利組合強化の技プロの事業評価を行ったのですが、現場でトレーニングの達成度を調べるのに、政府としてとっている指標のアップデートとは別に、①灌漑システムのマップ作り(これは水利組合ごと)、②季節カレンダー(雨季乾季と農作業とトレーニングの時期の適切さを検討するため)そして、これらの水利組合メンバーによる作業と平行して③フォーカスグループディスカッションを行いました。

あと水利組合のヒストリーとかいくらでもRRAで特に‘視覚化’してやりたい作業はあったのですが、いかんせん時間の縛りと大中小3地区、合計30近くの水利組合を同時に評価しなければならなかったため、つかうツールをかなり限定(同じ作業を全てでやって比較する必要があったため)した記憶があります。

ちなみに、これはJICA業務の事業評価なので、DAC5項目の、ようはJICA事業評価の枠組みの中で、RRAのツールを使ったという位置づけです。

とりあえず、まずは一件ということで、ご参考まで。

ではでは^^?

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<その2>

上の原稿の続きです。

<2008年03月27日に書き込みました>
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Pict7112

(写真説明:

同じく2007年3月のミンダナオでの調査。プロジェクト担当のNGOの方に彼らのプロジェクトの概要を説明していただいています。

出席者は、われわれマニラからの調査団の他に、受益者側として、プロジェクト管理のNGO(写真の説明している女性)と受益者の住民たちで、NGOのプロジェクト概要の説明の後に、皆でグループ・ディスカッションをおこないました。記事の例とは全く別の調査です。)

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2件目として、最近の実例ですが、NGOの社会開発プロジェクトの調査を行いました。これはNGOの職員が対象でしたが、①プロジェクトサイトのマッピング、②活動のストラテジーのテーブル化、③NGO連合の相関図などの作成を行いました。

RRAの本質はワークショップによる参加者の全員参加と‘視覚化’だと私は思います。

先の水利組合もそうですが、地元の人にマップを書かせると非常に正確で、しかもそのできたマップをみんなの前に張った上でフォーカスグループディスカッションを行い、その場で、情報をどんどんマップ上に書き込んでいくことができます。あと、④SWAT分析の、StrengthとWeaknessの部分のみの表をつくってもって参加者みんなで共有をしました。

あとワークショップ形式のフォーカスグループディスカッションの利点は、あくまで1,2時間のまとまった時間が取れればという前提ですが、最初にワークショップで明らかにしたいことを先に説明して、みんなにワークショップの作業を割り振りして手を動かしてもらっている間に、特定の人をつかまえてキーインフォーマントインタヴューを行ったりと、柔軟な調査ができるということもあげられると思います。

やっぱり、みなさん体を動かすのがおもしろいようですね。いろいろ書いたりみたいしていると、だんだんと意見や考えがまとまってくるようです。

「RRAを使ってみて、具体的に有用だった点は何でしたか?」に関して言えば、私が農村部でワークショップを行う場合、マップ作りは絶対に欠かせませんし、そのみんなで作ったマップを元に現地踏査を行うと非常に現状の理解=課題の発見、改善策のひらめきにつながります。

いま「RRA実践マニュアル」を拝見させていただいておりますが、「技法」と「倫理」をわけるべきだというご主張、まったく同感です。私にいわせれば、「フィールド科学」の「技法」は「技法」として、プロを名乗るからには習熟すべきだと思います。それをどのようにつかうのかが「倫理」の問題なのですが、今の日本の開発援助の現状を見る限り、今の時点では、一緒くたにして議論すべきではないと感じています。

まだ「技法」を「ツール(道具)」としても使いこなせていないのではないか、ツールを使うことがファシリテーターの自己満足に留まっていないかとか非常に危惧するところです。とはいえ、私もまだまだ修行中の身ですが^^?

これからもよろしくお願いいたします。

ではでは^^?

P.S.

RRAとPRAの区分けの件、私もごっちゃに使っているかもしれませんが、名称には実はあまりこだわっていません。前者のJICA、後者はJBICの委託調査ですが、これらは最初からスコープが決まっていますので、‘自由’な‘PRA’は原理的にできません。どうしても‘答え’をだすというか‘裏付けるため’の「ツール(道具)」をつかっているだけという気がします。

外部者が内部者の現状を効率的につかもうとしている点では、JICAやJBIC業務は、ほとんどの場合が、RRAか、よくてもそれに毛が生えた程度のレベルのRRAしかできていないのが実情ではないかと思います。

ではでは^^?

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<その3>

2008年4月24日に「mixi 開発民俗学 「地域共生の技法」」に引き続き、以下の書き込みをしました。

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上記について、ちょっと補足説明させていただきます。

「研究」と「実践」が、根本的に違うのは「現状認識」にだけ留まっていてはだめだということです。

「‘リサーチャー(研究者)’と‘プランナー(計画立案者)’と‘コンサルタント’は全然、似て異なるものだ。」とは、会社の先輩の弁ですが、実践者としてのコンサルタントは、必ず‘落としどころ’を考えて、調査や計画を立てます。

そういう意味で、わたしは、方法と目的を完全に分けて考えています。RRAやPRAなどの‘ツール(道具)’は所詮、‘方法’であって‘目的’ではありません。

逆にいえば、‘目的’を達するためにツールや方法を選ぶのであって、割り切っていってしまえば‘目的’を遂行する以上の調査をする必要はありません。

そうはいっても、外部者が内情を簡単にわかると決して錯覚してはいけません。私が気をつけていることは少なくとも3点あります。

その1. その地域の歴史と地理をできるだけ事前に調べておく。これは地図の準備や二次史料(関連の調査報告書、分野を問わない関連する学術書や一般書の収集と流し読み)

その2. 現地調査に当たっての適切なアシスタントの選択と手配。通例、現場に行くのはカウンターパートである相手国政府の役人が多いですが、当然、彼らの立場ゆえの問題もあります。そんなときにはレンタカーのドライバーなども裏を取る上で、有力なアシスタントとなりえます。

その3. 主体的にフィールドワーク(具体的にはRRAやPRAのツールを使った調査)とワークショップを組み立て、必ず調査結果のフィードバックをステーキホルダーに返した上で議論することを心がけています。

この、フィールドワークとワークショップは、別々にやることもありますが、私の場合、すでに渾然一体化している場合が多いです。みんなでRRAやPRAのツールを使ってワークショップをしながら、なんらかの実施のための方向性をつかむ、できればその場で、ステーキホルダーの(現状)認識の一致と可能であれば合意をとってしまう、そんなことを考えており実際に実践しようと努力しています。

こんなところが、以前、井上真編「躍動するフィールドワーク 研究と実践をつなぐ」の書評で突っ込んだところなのです。全文はこちら。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_15d8.html

ちょとだけ引用すると

「第三点目として、「フィールドワーク」の先にあるものといいますが、その次のステップを考えたいと思います。

例えば、私はといえば、ひそかな望みとして、開発コンサルタントとして‘実践’から‘研究’へ道筋を探ることと同時に有意な実務者やアカデミシャンを育てたいと考えています。
つまり井上氏のいわく「総合格闘技」である「フィールドワーク」の先にあるものとして、「共同・協同作業の場」としての「ワークショップ」を通じた「たまり場・フォーラム」を私は構想しております。 そんな試みが、2000年3月18日にHPを立ち上げた「歩く仲間」の一連の歩みです。」

いまさら私がいうことではありませんが、「フィールドワーク」と「ワークショップ」の連続性と渾然一体性については結構、開発コンサルタントの実践の現場は、まあ、こんなもんというか当たり前のプロセスだと思います^^?

ではでは^^?

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2008年4月22日 (火)

フィリピンで歩きながら考えたこと

暫定的なものですが、しばやんがフィリピン‘で’歩きながら考えたこと(記事)をリストアップしてみました。

実は、HPとブログを2つも持っているので、どこにどの記事があるのやら検索が大変なのです。駄文や雑文もありますので、まあフィリピンがメインの舞台で、ちょっと後で読み返したいような記事をピックアップしてみました^^?

一応、古い順です。

フィリピンのレイテ島とマニラで考えたこと
(あるいは地域間格差のこと) 2002年8月25日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00017.htm

Three Maria’s Tale (3人のマリアの物語) 2003年5月4日
(開発コミュニケーション論におけるチェンジエージェントの一例として)
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00019.htm

海への憧れ-海は隔てるものではなく、つなげるものである。
<アジア島嶼部研究のダイナミズム> 2004年9月2日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00023.htm

5年目の“歩く仲間”と1年後のフィリピン(人として・・・ “変わってくこと”“変わらずにいること”) 2005年3月23日 

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00025.htm

しばやんのアウティング@スービック 2005年6月2日
(米軍 海軍基地跡とピナツボ火山噴火の後をみて思ったこと)
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00027.htm

フィリピン‘で’開発を考える 2006年2月15日 アップ

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/rc003.htm

『封建領主は、単なる‘悪の親玉’なのか!』 2006年12月1日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/y2006Summer.htm
しばやんon the site現場に謙虚であること。 2006年4月19日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog023.htm

‘生きる’ということ。 2006年5月7日

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog025.htm

詞集 『ことのは(言の葉)拾い』(フォトエッセイ) はじめに 2006年12月10日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha000.htm

日は昇り、日は沈む あたりまえのことなれど、同じものはなし。 2007年1月15日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha004.htm

農民の比較 70年前の日本とフィリピン 2007年3月8日(木)
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog056.htm

ある調査風景 ・・・ ミンダナオ島の農地改革地区  2007年4月20日
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha009.htm

なお、最新の記事は、こちらも参照ください。

「フィリピン関係」 @ 『ブログ版 歩く仲間』

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat3695801/index.html

「halo halo life(in Philippine)」 @ 『Life, I Love You!』

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/life_i_love_you/halo_halo_lifein_philippine/index.html

ではでは^^?

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2008年4月15日 (火)

中尾文隆編著 『ポケット解説 柳田国男の民俗学がわかる本』 あるいは時代と学説史について

非常に興味ぶかい本でした。タイトルが甘い(あんちょこ本っぽい)?からといって内容を見くびることなかれ^^?

Photo 中尾文隆/平成柳田国男研究会 編著 

『ポケット解説 柳田国男の民俗学がわかる本』

秀和システム 2007年3月15日 初版

お薦め度: ★★★☆☆

一口コメント: (日本)民俗学の父、柳田国男の業績を俯瞰するのに最適な一冊。特に、彼の生きた時代背景をおさえている点、および代表的な柳田国男論の抄録がなされている点もユニーク。

正統的な?柳田国男継承者からはでてこないような視角が興味を誘います。

さて、以前、学説史をおさえることの重要性について、軽く触れましたが、この本を読むと、その必要性を具体的に改めて認識することができました。

タイトルが悪い?ので、単なるアンチョコ本に間違えられそうですが、内容はきわめてまともな概説書です。

特に、サブ・タイトルにあるように、「逆立した柳田像を重層的に検証する!」とあるように、柳田国男の神秘というか、彼が語ったこと、語らなかったことを時代背景とともに検証した点が非常にスリリングです。

当然のことですが、一人の思想家なり学者が生まれるには、その時代背景と彼を取り巻く環境(社会環境、人脈など)のまさに偶然としかいえないような作用・副作用が必要です。

また一つの時代を生き抜き、一つの時代を創ったということは、逆にいえば、その時代のもつよい意味でも悪い意味でも制約を免れることはできません。

平たくいってしまうと、英雄だろうが平民であろうが、誰もがその時代を生きた‘時代の子’という制約を免れることができないのです。

最近、民俗学をちょっとまじめに勉強しようとして、柳田国男に挑戦しようとしていたところなのですが、彼の「農政学」への挫折、戦争(日露戦争、第一次大戦、満州事変、敗戦)と民俗学との関連、「木曜会」という私的なサロンを通じて、いかに彼が「民間伝承論」から「民俗学」へと日本各地の趣味の民俗学徒を組織だてていったのか、非常におもしろい視角を示してくれました。

ぜひ、直接手にとっていただきたいのですが、特に、私が興味を引いた点を2点ほど。

まず一つ目は、先住民としての「山人論」と、「海上の道」で日本人の祖形を求めた柳田国男は、当初よりアイヌと沖縄という‘内なる異民族’を視野に入れていました。

なんのためか、それは台湾と朝鮮という植民地経営のため?というトンでもない意見が提示されます。しかし時代背景と、彼を取り巻く人脈をみるとあながちそうでないとはいいきれないところがある。

そもそも柳田が学問として学び、最初の職業(農商務省の役人)として選択した「農政学」自体に対して、彼なりの思い入れと戦略があったものと思われます。しかし、なぜそれが「民俗学」へと変容していったのか、非常に大きな闇というか謎が横たわっているといえましょう。

二つ目は、そのような大きな時代制約を負った「民俗学」または「文化人類学」自体が植民地主義ときわめて密接に結びついたものであったことは、今では広く言われていることですが、なぜそのような「民俗学」や「文化人類学」をいまだに学び発展継承していかなくてはならないかということです。

この本にも見られるように、そもそも‘学’の立ち上がり自体は非常に個人的な問題意識と、やはり時代が求めている、つまり同じような志なり問題意識を持った者たちが、互いに情報共有のネットワークを結ぶことにより、徐々に一‘門’としての‘学問(門)’というものが生まれてきます。

日本の民俗学は、やはり世界に十分誇るべき、‘野の学問’だと思います。これは、「近代(主義)」と「西欧の学問(体系)」と「国民国家(主義)」という、いわば外圧によってこじ開けられ壊れかけた‘原日本人’のアイデンティティを探し、新興の国民国家である‘日本国’という身を守り、日本という地域に住む人々の‘日本人という共同幻想’を創り、「日本国民国家」としてあがらうための一つの思想的な理論武装であったともいえます。

逆にいえば、明治初期(8年)に生を受けた柳田国男をして大成されたものの、そもそも‘明治’という時代背景なしには「日本の民俗学」は成立し得なかったともいえますし、柳田がいなくても、似たような思想や運動は起りえたともいえましょう。

こうして考えてみますと、今、「民俗学」や「文化人類学」を語ること(研究)ややること(実践)することとは、どのような意味があるのかを、自分の趣味や楽しみを越えたレベルでもう一度、定義しなおすことが必要だといえます。

今、「開発民俗学」を語るとは。非常に重たい宿題ではありますが、これまで柳田国男や彼に続く多くの先達が積み上げてきた「(日本)民俗学」の学問知と経験、さらには世界に眼を向けて植民地主義の片棒を担いだという宿命を背負ったまま、研究と実践を続けている「人類学」に対して、われわれが新たに何を積み上げることができるかという問題でもあります。

まだまだ先は全く見えませんが、そもそもの志、たとえば柳田が語った「世のため人のため」の学問という言葉は、たとえその裏の真意がなんであれ信じていきたいと思います。

蛇足ながら:

そもそも「学説史」を押えることは大切ですよということを言いたかっただけなのですが、結論は別の方向にいってしまいました。

別のところでも書きましたが、誰がどのような時代背景の中で、誰に向かって発言したのか。これを押さえないと、彼の言説(学説)を正しく理解することはできない。

意図的に誤読することも当然、可能ですし、その可能性というか発展性を否定するつもりはありませんが、時代背景をふまえない批判や非難は議論に当たらないと私は思います。所詮、われわれも含めて‘時代の子’という制約は、絶対に逃れられないのですから。

また、ちょっと社会人?をやっているおかげで、理想(理念)と現実を分けて考えれるように鍛えられました^^?つまり、当然、なんらかの望ましいこと(理想・理念)を夢想することが勝手ですし、それはそれで大切なことですが、だからといって現実を、こんなのうそだとか、こんなことはあってはならないと考えることは、全く別だということです。

どれほど残酷で醜い酷いことがおこなわれていようと、現実は現実として直視しなければならない。それを認めたうえで、次の手を考えることができると思うのです。

幸い、私はまだそんな修羅場や地獄は見ていません。でも、それをさけたり隠蔽することなく、勇気をもって立ち向かっていきたいと思います。最悪の自体の可能性も否定はしない。まだまだそれでも立ち上がれるだけの力を持ち続けたいと思います。

ではでは^^?

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2008年4月13日 (日)

ブログとHPの記事の相互乗り入れについて(ルールみたいなもの)

さて、最近、mixiで「開発民俗学 「地域共生の技法」」というコミュニティをはじめたという話をしましたが、今、現実の問題として、どこを私(しばやん)の活動拠点とするかということが持ち上がってきました。

今まで、「ブログ版 歩く仲間」は、いわばしばやんの発信基地で、それを順次、「人類と開発フォーラム(HP)」にアーカイブしていくという手順をとっていましたが、たんなる言いっぱなしの言説ではなく、議論を深めるということを考えると、「ブログ版 歩く仲間」に掲載するより、むしろ「mixi 開発民俗学 「地域共生の技法」」に投稿するほうが効率がよい?のです。

そのmixiのコミュの特徴として、①関心のあるメンバーしかコミュに入っていない。それはすなわち②ある程度のリアクションが期待できる。現実に、③全員ではありませんが、常連でコメントをいただけるメンバーができつつある。という現状を鑑みると、「ブログ版 歩く仲間」で、いわば、しばやんが言いっぱなしでいるよりも、mixiのコミュで議論したほうがいいわいなということになります。

しかしながら、mixiの弱点というか問題点は、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の弱点である限られたメンバーでしか情報が共有できないということです。たとえば、mixiのメンバー‘しか’、mixi内部でおこなわれているあらゆるコミュニケーションに加わることができません。これは、SNSのそもそもの原理なので、それはデジタルデバイドだとか不公平だという類の問題ではないのです。

そこで、私は自分の倫理基準と良心に従って、以下のガイドラインを自ら設けたいと思います。

①mixiのコミュニティのもつ固有のルール、つまりこの場での議論をコミュニティの外部に持ち出さない。を第1ルールとする。

②しかしながら、署名原稿であり、他のコミュニティのメンバーとの協議の結果ではない、たとえば問題提起や情報提供の記事については、個人のメディア(私の場合、今のところ「人類と開発フォーラム(HP)」、「ブログ版 歩く仲間」、「Life I Live You!」の3つ)での発表を認めていただくこととする。

③現実のところたとえ署名記事とはいえ、議論やアイデアは、他者とのやり取りがきっかけになることが多く、まったくシングルアローンの言説というのは、ほとんどありません。従いどうしてもmixiなりの他者の言説に触れざるをえない場合は、その他者の匿名性を確保する(伏字にするなど)という手段をとりたいと思います。

基本的に、mixiコミュでの議論(他者とのやり取り)は、外部に持ち出さないというルールを自分に課したいと思いますので、関係各位のご理解をお願いいたします。

ということで、結局、一番ホットな「開発民俗学」の議論は、mixiコミュ内部でおこなわれることになります。

もし、この記事をみて、「mixi 開発民俗学 「地域共生の技法」」に関心をもって、議論に参加したい人で、mixiのメンバーでない方は、個別にしばやんまでご相談ください。

ちょっと廻りくどいことになってしまいますが、それぞれのメディアのルールということでご了承をお願いいたします。

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2008年4月 7日 (月)

井上真編 『躍動するフィールドワーク 研究と実践をつなぐ』

08040700_2 井上真編 『躍動するフィールドワーク 研究と実践をつなぐ』 世界思想社 2006年7月

お薦め度: ★★★★☆

一口コメント:

フィールドワークに関心のある方、特に国際開発や地域研究の‘実践’面にに関心にある方は必読です^^?

直接、国際協力の現場や、村落開発に役立つハウツーものではありませんが、フィールド、すなわち現場に向き合う心構えみたいなものを若い研究者や実務者が自らの苦労や悩みもさらけ出して読者に語りかけています。

私にとっては、執筆者23名中、直接の知り合いが3名もいるのは、なぜかうれしい(この数が多いのか少ないのかは別にして)。また以前から関心をもっていた井上先生や関良基氏のフィールドにいたる道が読めたのも、うれしかったです。でもまあ、同世代というか私より若い研究者(博士課程)も活躍しているのをみると、いよいよ自分もがんばらねばと思います。

ちなみに井上真氏は、コモンズ論との絡みで2000年ごろから研究動向や著書をウオッチしていました。

森林(資源)管理に個人的に興味を持ったのは、東ティモールの農林水産業開発計画のJICA開発調査に参加したことと、フィリピンでの案件に主体的にかかわりあうようになってからです。

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/d030026.htm

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha000.htm

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/kotonoha004.htm

考えてみれば、私の記事のほとんどがフィールドワークからのフィードバックとか気づきがきっかけになって書かれています^^?

内容について、三点ほど。

まず一点目。

今、‘開発(援助)’と‘(文化)人類学’やいわゆる理系の研究者(井上氏は林学が専門)との接点が非常に近くなっており、たとえばアジア経済研究所の佐藤寛氏も、もともとは社会学が専攻の地域研究者(アラビア半島のイエメンが研究の始まり)が、地域研究の対象地(フィールド)が現実に‘開発(事業)’に巻き込まれていくことを体験して、否応なく開発研究の場に眼を向けざるを得なくなったという背景があります。

いわゆる‘学者’の‘研究’から実務者の‘実践’を考えざるを得なくなった、井上氏もご本人も語っているように、‘研究’から‘実践’をつなごうという井上スクールの格闘を語った本でもあるのです。

その意味で、各執筆者の心の葛藤というか気づきの過程が丁寧に書かれていることに、大変共感を覚えました。

第二点目としては、また逆に開発コンサルタントの実務者として物足りないのは、彼らの気づきは、実は、われわれが常日頃の開発援助の現場で日夜考え格闘していることでもあるのです。

わたし自身の反省でもあるのですが、もっと早くから学界との交流を考えればよかった。ともに現場(フィールド)での苦労や経験を分かち合えればよかったと思います。私個人の開発コンサルタントとしての‘フィールド’との格闘については、「歩きながら考える」や「開発民俗学への途」で赤裸々に語っているとおりです。

「‘開発民俗学’への途 <連続講座> (第1部) 完結」 2000年7月15日~2007年4月29日 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0000.htm

「歩きながら考える・・・‘世界’と‘開発’」 2000年3月18日より継続中。 特に1999年から2000年の最初期に書かれた記事を参照。http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n000.htm

とはいえ、今でもこの井上氏のような‘学者’はまれですし、私は基本的に、日本の援助関係者という面に限りますが、NGOとODAの中でもJICAの青年海外協力隊と技術協力プロジェクトの専門家と、開発調査や無償資金協力、円借款をいわば‘開発援助のプロ’として実施している「開発コンサルタント」とは似て異なるものだと思っております。

あまりに「開発コンサルタント」の現場からのフィードバックが少なすぎる。個人的には、コンサルタント仲間がブログやHPをもっている例をいくらかは知っていますが、受注業務の、つまり発注者があるなかでの守秘義務によって、肝心のプロジェクトのことは、ほとんど公開することが法的にも倫理的にも‘原則’できません。

ですが、最前線の「開発コンサルタント」を抜きにした開発援助論は、不毛というかかなり限られた議論になりがちです。なんとか、これはあと数年間でなんとかならないものかと私はもう十年近く考えています。

第三点目として、「フィールドワーク」の先にあるものといいますが、その次のステップを考えたいと思います。

例えば、私はといえば、ひそかな望みとして、開発コンサルタントとして‘実践’から‘研究’へ道筋を探ることと同時に有意な実務者やアカデミシャンを育てたいと考えています。
つまり井上氏のいわく「総合格闘技」である「フィールドワーク」の先にあるものとして、「共同・協同作業の場」としての「ワークショップ」を通じた「たまり場・フォーラム」を私は構想しております。 そんな試みが、2000年3月18日にHPを立ち上げた「歩く仲間」の一連の歩みです。

「人類と開発フォーラム(歩く仲間改め)」、よろしかったらぜひお尋ねください^^?

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/

また、ミクシーをやっている方は、「mixi開発民俗学 「地域共生の技法」」もよろしくお願いします。紹介文はこちらを参照ください。

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/mixi_1551.html

P.S.

この本はいわゆるフィールドワークの教科書ではありません。フィールドワークで感じたことを綴った本です。方法論的なフォローは、基本的に井上氏の「序章 フィールドワークを語り伝える」だけです。

また逆に、氏が紹介している参考書のほとんどは、私もかなり以前に紹介しています。

ご参考までに、「mixi開発民俗学 「地域共生の技法」」に書き込んだ私の文章を以下に転載します。

トピック: 「(現状)認識論」 方法論や着眼点など(リテラシー、フィールドワークなど)」

私は、大学生時代から調査の方法論について非常に関心がありました。1990年代の初めは、やはり学問的にも大きな転換期であったと思います。例えばコンピューターの本格導入、文献サーベイからフィールドサーベイへの調査方法自体の変革などがありました。

特に海外の地域研究において、日本の戦争直後までは文献サーベイが中心であったのが、戦後20年たって1960年後半からようやく日本人研究者の本格的な現地調査が始まった。つまり1955年前後生まれの研究者から実際に海外に留学や現地調査にフィールド調査にでるようになって実証的な調査に取り組めるようになったと考えられます。

1990年代の初めは、それらの本格的に現地調査を行なった人たちは、まだまだ35歳前後でまだまたその研究成果や方法論を語ることが少なかったように思われます。

ここでは、文献中心の調査方法諭とフィールドワークを中心にした方法諭を紹介します。

【リファレンスワーク入門】 1991年11月
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/g004.htm

【開発学研究入門-基礎理論編】 2000815
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r004.htm

【民俗学の視点-現状分析の視点】 2000812日 200573日補筆
http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0032.htm

個人的な覚書で当然、見落としも多いかと思います。また最近、インターネット時代に対応した新しい調査方法も、調査の分析手法もどんどん発達していると思います。 」

以上、引用おわり。

ではでは^^?

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2008年4月 6日 (日)

「勝ち負けなんてどうでもいいじゃないですか」

とその人は言った。

もう少し正確にいうと、「‘負け’という‘現実’を認めたっていいじゃないですか」ということになる。

おっしゃるとおりのことであろうことで当たり前のことかもしれないが、それができてこなかった人が若干、一名いる。

自分がどう思おうと、相手がそれをどのように思うかは、全く別のこと。人にあわせてもらうより、人にあわせるほうが万倍もやさしいこと。

‘気づきの大切さ’を説く人間が、一番、身近にあってほしい人たち、家族や会社の上司、先輩、同僚や、仕事を離れた愛すべき仲間たちの気持ちに‘気づ’かずに、いたずらに相手を不愉快にさせ、会話や対話以前のところで、足を遠ざかせてしまっていた。(ことがたくさんあったらしい。自分は気がつかなかったけれども。)

今後は、どうしようか^^?

「今から今日から」という言葉を教えてくれた仲間もいた。

「明日がある」ではなく、今、この瞬間から自分の‘不覚’を意識して生きていくしかないでしょう。

さて、今日もまた始まりました。事実は事実として認めた上で、もう一度、もう何度でも顔を上げて歩き出しましょう。*

そうだよね。

ではでは^^?

*頑固でバカだけど、こんなしばやんを、「打たれ強い」と評価?してくれた上司もいました。あきれ果てた上での言葉でしょうが、こんな不名誉?な言葉とは今後、縁を切りたいと思います。「‘鉄’は熱いうちに打て」といいますが、‘鉄’を打つ人には、それなりの意図があるわけで、かたくなに‘変形’しない鉄というのもどうしようもないもので、こんなんいらんわということになってしまいます。

そうだな、もう少し、10倍くらい出世?して、「打てば響く‘鐘’」を目指したいですね。ダイヤモンドの‘原石’も、‘鉄の塊’もいいけど、磨かれたダイヤモンドや、たとえばですが‘鐘’のほうがいいに決まっている^^?

いくら素材がよくても(素質があっても)‘原石’や‘鉄の塊’の地位に留まっていることは、あまりに惜しいし、もったいない。そのものにとっても、周りのものにとっても。

ふとそんなことを思いました^^?

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