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2007年8月 6日 (月)

4.日本における‘平和学’について

ちょっと準備不十分だが、私の問題意識のみメモしておく。

日本に果たして本当の意味の‘平和学’はあるのだろうか。広島、長崎で、人類史上初の原爆の被害を蒙ったということは歴史上の事実であるが、私が世界を回る中で感じたことは、平和のコインの裏面である戦争(学)との関係であった。

いま、平和学というか‘平和’を学問的にも深めようという動き、これは‘テロとの闘い’や‘復興支援’や‘紛争解決’の手段としての‘平和学’への日本国内、特に若い人たちの間でも関心が高まっていることは事実として認めるのだが、どこまで根を張ったものなのか疑わしいというのが、私の本音である。

諸外国における文民と武人との関係や、軍隊や職業軍人の社会的な地位の高さについては、今までも触れてきたと思うが、世界の常識では「戦争」と「平和」はいわばコインの両面という認識が一般的である。(これはよいとか悪いの問題ではない。)

そんなときに、日本の一部のとある政党ではないが、‘平和’しか考えないことは、その思想的にもバランスを欠くし、実際、それは学問的にも浅く、‘戦争’という反面をみないことの危険性は、百害あって一利なしだと思うからである。

この続きは、歩く仲間(HP)にてお楽しみください^^?

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blog089.htm

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