« 2005年5月 | トップページ | 2005年7月 »

2005年6月

2005年6月30日 (木)

しばやんのど風邪をひく!

しばやん@マカティ・マニラです。

先週末(6月26日(日))の午前中にゴルフに行って大雨に打たれて半ラウンドで撤収。午後は暖かくすればよかったものの、中途半端に昼寝をしてモールに買い物に行ってガンガンのクーラーで身体を冷やしてしまい、この一週間、のど風邪で調子が悪いです。(でもなんで特にマニラの住民はオフィスでも車でもがんがんにクーラーを利かせるのだろう。夏なんて外は37度もあるのに、室内は22度まで下げるというこの感覚がフィリピンなのかなあ?)

とりあえずドライバーに薦めてもらったホット・カラマンシージュースを飲んでいます。熱があるわけではありませんが、なかなかよくならないのでクリニックにでもいって薬を調合してもらうつもりです。

フィリピン人の秘書ひとりとドライバーひとりの日本人は一人の事務所だもの、ちょうど東京からの出張者も2名帰ったことだし、大事をとってちゃんと風邪を治そう。

そんなことを思っています。

たぶん、日本も季節の変わり目だと思いますが、みなさんもお体に気をつけてくださいね。

しばやんは大概、丈夫な人間で、小学校4年生と小学校6年生から高校3年まで無遅刻無欠席小学校5年生のときの2月の土曜日の半日を休んでしまったのが非常に悔やまれる)、風邪すらもひきません。(でも1年に2回ぐらいぞくっとすることはあるので、その時はしっかり休んでひどくなるうちに‘根性’で直してしまいます。)

以下、日本で風邪をひかないコツを伝授しましょう。

1.外出したら必ず手洗いとうがいを行う。

2.背中の肩甲骨の下の部分を常に乾燥させておく。(基本的に身体が濡れたら拭かなくてはならないわけですが、この部署からの体温の発散が一番大きいそうです。たとえば雨の中、ハイキングを続けなくてはならないときなど、手足はともなくこの背中の部分は絶対に濡らしたままにしないことです。)

3.風邪をひいたと思ったら、すぐに病院にいって薬を処方してもらい、とにかく身体を休めて早期回復を図る。この病院で薬を処方してもらうというのがミソです。市販薬は基本的に当てにしないこと。病気の原因に対応していない薬は、変な免疫をつくってしまうので要注意です。私は、基本的に市販薬を飲まない人なので、たまに薬を飲むと免疫がないので一発で利きます。

最近、ベーシックヒューマンニーズの中のプライメリ・ヘルスケアという分野で、歯磨きをしましょうとか手を洗いましょうとか特に子供向けの啓蒙活動で、予防医療の重要性が指摘されていますが、所詮、たいしたことは無い。上に書いたようにあたりまえのことを習慣づけるということです。

本当は、衛生的な水が十分でないところで、手洗いやうがいができるかといった、個々の地域特性に配慮したプログラムを考えなくてはならないという難しい側面があることも事実ですが。(ここが、開発民俗学の出番です。http://homepage1.nifty.com/arukunakama/r0000.htm

まあ、自分の身体感覚や経験・習慣を見直してみると、文化的に現地で応用可能なのか、逆に日本での常識が他の地域では常識ではないということに気づかされるのでしょう。

歩く仲間 「半径3メートルの実感」もご参照ください。http://homepage1.nifty.com/arukunakama/n00015.htm

ではでは^^!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月19日 (日)

しばやんのお引っ越し

みなさま、お元気ですか。

6月4日に事務所のあるマラテというところからマカティに引っ越しました。当初は、事務所の入っているホテルの上の部屋に住んでいましたが、やはり職場と住まいが同じビルの中というのもちょっと・・・ということもあって、マニラに異動して1年を目処に、引っ越しました。

とりあえず2週間ほど住んでみましたが、やっぱりビジネスの中心地で大商業都市のマカティも、いままでと違った意味でいいなと思っています。サルセドという街区の中にあるのですが、表通りは商業ビル(オフィスが多い)なのですが、その街区の中は居住用のマンションばかりでちょっと不思議な感覚です。日本の東京でいえば、新宿副都心とか六本木といったところでしょうか。24階だてのコンドミニアム(マンション)の18階に、ワンベッドルークという部屋割りのところに移りました。キッチン・ダイニング・リビングルームと、寝室、バスタブ付の洗面所ということで、なかなか手ごろな広さでこじゃれた部屋です。

いままでもいろいろな部屋に東京でもマニラでも住んできましたが、部屋を決める決め手は、セキュリティーがしっかりしていることは当然として、やはり部屋の明るさ、風通しがよいかなどに重点をおきました。両方とも、どの向きに窓があるかという問題でもあるのですが、いまのところは、リビングにも寝室にも大きな窓があり、両方とも前にさえぎるものがなく非常に明るいし風通しがよいというのが部屋をきめる決め手になりました。

心機一転、また日々の生活を楽しんでいこうと思います^^!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月 9日 (木)

世界は、‘おばあちゃんの知恵袋を’を必要としている!

しばやんです。

実は最近、ちょっと謹慎中で、夜の外食を避けているのですが、そのかわりに家というか部屋で夕食を作ることが多くなりました。やっぱりフィリピンの食事は量が多く、しつこいものが多いので、確かに自分で作ったほうが気の利いたものができます。

別に料理をすることが嫌いな訳でもなく、ただキッチンがなかったりとか(昔の住処の話ですが)、一人分だけ作るのは後片づけが面倒だとか、適当に自分に言い訳をして今まで十数年間一人暮らしをしつつも、料理をせずに外食ばかりできたのですが、当然、健康にも悪いし(実際、悪くなっている)、やったらやったなりにそれなりに面白いものだと、遅ればせながら気がつきました。

誰かが、「料理は総合芸術だ」といったという話を思い出しましたが、確かに段取り、食材のきり方等、いろいろ研究の余地も多く、それもそうかなあと思います。

もう10数年前の話しですが、大学でヨット部をやっていたときは、毎週金曜日の夜から日曜日まで、ヨットハーバーで合宿していました。当然、1年から2年かもしかしたら、3年生まで、エッセン(これはドイツ語で食堂のこと)で飯炊き当番も順繰りでやっており、料理も作っていました。ただ、その時に、大人数で食事する楽しみに慣れてしまったので(一番多いときで20人くらい部員がおりました)、逆に、一人の食事がわびしいものに思えたのかもしれません。

ところで、食事を作ってみると、非常につまらないことでも経験がなくてわからないことがありますよね。

たとえば、最近、米虫がついてしまって、ふと虫をとりながら、一体、世の中の主婦の方々は、こんな場面に出くわしたときに、今までどうしてやってきたのだろう。 途上国はさることながら、日本でもほんの数十年までは、冷蔵庫も何もなかったはずだし、一体、食材を如何に保存していたのだろう。

絶対、いい方法があったはずだし、今でもあるはずだ。 ということで、ふと、「おばあちゃんの知恵袋」という言葉を思い出しました。

やり慣れていないことにチャレンジすると、いかに自分が何も知らないかがわかりますよね^^! 今日も自炊しよっと!

ではでは^^?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月 3日 (金)

歩く仲間通信について 

久し振りに、HPの更新を行いました。

その際に、歩く仲間通信というものをお知らせとして関心のあるかたに発信しています。
ちょっと試しに引用してみましょう。

~略~

ところで、話しは全然変わりますが、日本に目を転ずると、過当な競争社会が招いた尼崎のJRの列車事故や、鉄鋼業界の談合の話など近代資本主義の競争社会の中では‘あたりまえ’だとか‘必要悪’だと思われてきた社会構造自体が、本当にがらがらと音を立てて崩れ落ちてきているような気がします。

第二次世界大戦から戦後60周年。55年体制からも既に50年。

今までは‘おかしい’と思いつつも、しゃにむに戦後復興に邁進してきた日本の団塊の世代が、あと2年で卒業(定年退職)をすることと、これらの事件の勃発とは、実は根っこで密接な関係があるのかもしれません。

つまり、今までの‘枠組み’自体に適応しきれなくなった人がでてきたというか、やはりそもそも無理な事をみんなでがんばって、歯を食いしばってやってきたのではないかということです。

今までは、それでよかった。そうでいけなければいけなかった。(弱肉強食の競争社会で社会的な敗者となってしまう!)

しかしふと顔をあげてみると、別に世界中の人たちが同じ方向に向かって走っていたわけでもないし、別に競争をしていたわけでもなかった。少なくとも、進化論的な単純な発展・発達‘伝説’は、所詮、結局、’仮説’であり‘伝説’というか‘幻想’でしかなかったような気もします。

おかしいことはおかしい、間違っていることは間違っている、ようやく普通の人の感覚をそのまま素直に声に出してもよい、そんなまともな時代になりつつあるのではないのでしょうか。

それでもみんな生きている。

例えどんなことが起ころうとも、世界的に見れば、少しずつよい方向に向かっているのではないか。もう一山二山越えれば、‘何か’を突き抜けることができるのではないか。

逆に、山を越えなくても、しゃにむに‘前向き’にがんばらなくても、もう‘降りても’いいのかもしれません。

以前も引用した言葉ですが(歩きながら考える[020] 2年目の9.11(ナイン・イレブン)の前に考える 2003年9月9日)

「誰だって、テロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい。」 (ノーム・チョムスキー 9.11 Power and Terror 2002)

この‘テロ’のところに、みなさんの‘気になる’言葉を入れてみたら、世の中、結構、楽しくなるのではないでしょうか。

たとえば、‘談合’とか。(ちょっとしゃれになりませんか^^?)

ではでは。

☆今回のアップデート☆

歩きながら考える026 「’方法’と‘目的’は違うだろう!?‘わからない’ということを考える」

歩きながら考える[027] 「しばやんのアウティング@スービック (米軍 海軍基地跡とピナツボ火山噴火の後をみて思ったこと)」

http://homepage1.nifty.com/arukunakama/

もし関心をもたれましたら、HP歩く仲間の方にも、ぜひぜひ立ち寄ってみてください^^!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年5月 | トップページ | 2005年7月 »