2017年9月 7日 (木)

【歩く仲間通信 20170907】

みなさん、こんにちは。

あっという間に、夏も終わり9月となってしまいました。ご無沙汰しております。

自分自身、4月(1日、まじホントです)生まれということもあり、冬季はどうも気分がふさぎがちで冬眠?状態なのですが、暖かくなるにつれて、馬力が出てまいりました。ほぼ毎年、所詮は人間も動物だなあと思わされています。

さて、前回の報告以降、また新しい出会い、そして昔からの友達や、尊敬、敬愛する恩師や先達に、もう十年ぶりとか何十年ぶりかにお会いする機会もあり、そのような場にめぐり合えたこと、そしてなによりも自分が参加することができたことに感謝しております。

【後ろ向きに抗う(その1)まずは空からの爆撃をやめよう!】

最近、北朝鮮の問題や、もりかけ問題など、忖度やら記憶にございませんなど、もう国内外、あれやこれやの問題が山盛りではありますが、どうも世間(といってもフェイスブックなどいわゆるSNSの‘ネット民’の動きが目につくのですが)の論調が、なんともなあといった感じで、正直うんざりしています。

社会正義のため?の政権や時局批判はいいけど、なにか的外れというか、自己満足の「批判のための批判」になっていないかどうか、「言ってはみたけれど自分に何ができるのか」を棚上げにした、文句をいうことだけにカタルシスを感じているのではないかという言説が多いです。

というか、そもそもネットの世界では特に、声の大きな人、これは右も左も、賛成も反対にも関わらず、声を上げるのは両極端のそれぞれ一割の少数の人で、中間の八割の普通のひとは静観しているだけという世間の縮図でもあるのですが、本当にここのところ、政府のマスコミへの統制もひどいし、マスメディアもくだらないゴシップしか取り上げないし、いったい全体どうなっちゃってるのと思うことばかりです。

と、私も自分の不満をここで愚痴っても仕方がないので、前向き?な提言をしていきたいと思います。まずは、この課題から。

1.まず空からの攻撃を禁じ手にしよう。

今年の8月に1週間ほど、ほぼ2年ぶりに海外旅行に行ってきました。目的は、インドネシアのジャカルタの友人に会いにいくのがメインで、ついで?に、ジョグジャカルタに移動してボロブドゥールとプランバナンの世界遺跡をみてきたと同時に、格安チケットという都合で、ベトナムのホーチミンを訪れました。

実は仕事や会社の社員旅行以外の完全にプライベートの海外行きは、1993年以来ですから、24年ぶりです。

訪問先では、それぞれ充実した観光なりができたのですが、久しぶりに飛行機にのって思ったのは、空から地上を視ることによって、果たしてどのように人間の意識(世界認識)が変わったのかということでした。

今でこそ、宇宙から地球をみる(といっても肉眼ではなくカメラ経由ですが)のも当たり前で、コンピューターグラフィックスでは、自由自在に宇宙を映像化することができるわけですが、実際に肉眼で地上をみた飛行機乗りたちは何を考えたのだろうか。商業航空がはじまって一般人が飛行機や飛行船に乗って、何を考えるようになったのでしょうか。

そんなことを思いながら、名古屋からジャカルタへの朝の便で雲の上を飛んで、ちらちら地上をみながら行ったわけですが、ベトナム航空の乗り継ぎで一泊することになったホーチミンで、立ち寄った「戦争証跡博物館」でみた、いわゆるアメリカ合州国のベトナムへの侵略戦争の写真や、アメリカ軍のヘリコプターや戦車、爆弾などの展示の数々をみた日には・・・。

ベトナムへ国家(アメリカ)により狩り出された(ここが重要)アメリカの兵士の人たちに同情はするものの、空から爆弾は落とすは、枯葉剤(という化学兵器)をばらまくは、いかにめちゃくちゃなことをやったのか、もう怒りをこえて、あきれるというか、白黒写真に残されたアメリカの兵士たちに、「いったい、あなたたちは、なんのために何をしに、ここ(ベトナム)に来たんだ!」と尋ねざるをえませんでした。

近代資本主義国家が、戦争という破壊するだけにしか役立たない兵器や爆弾などの消耗品を、法外なぶっかけ価格で、国家予算(これは税金)でお買い上げいただいた(もちろん皮肉です)死の商人たち(今の多国籍企業の過半数でしょう)が、どれだけ戦争でもうけたことかと思うともう気が狂いそうになりました。

しかも枯葉剤を浴びせられた人たちは今でも何世代にもわたって後遺症で苦しんでいるのに。

あと戦争自体は、何も生み出していません。アメリカの指導者も冷静に考えてほしい。あなた方がやった破壊行為は、犯された側の憎みと恨みしか生み出していないだろうと思います。

でも日本の軍需工場でもそうですが、その中で働かされた(勤労奉仕)人たちや兵隊さんたちは、まじめにお国のためにやっていたわけですから、戦争をする側もされる側も、結局、泣きをみるのは政権や利権と関係のない普通の人たちという構図は今も昔も変わりません。

でも、そのような政府をみとめてしまったことは‘どの国民’にも責任がありますから、日本だけでなく世界中の先進国は、資本主義が踏みつけにしてきた人びとや地域に対して、総懺悔をしなくてはなりませんね。植民地時代にさかのぼって。

何十年、何百年前であれ、自分の親や先祖がしてきたことについても、一旦、自分の問題として内面化することにより、次に何をすべきかがみえてくるというものです。

結局、所詮、今の近代資本主義国家体制が矛盾だらけの不完全なものでしかないという現実を認めた上で、漸進していくしかない。

昔なら、短絡的に気に食わないからぶっ潰すとか言ったり思ったりしていましたが、さすがにアラフィフになってくると、単に否定して(外から)破壊することにはなんの意味も無く、内側から徐々に変えていくことのほうがはるかに難しく、でもやりがいがあるということに気がつくようになりました。

また、自分の専門である国際協力の分野にひきつけて言うと、貧困撲滅とか海外援助をどうこう言っている場合ではなくて、まず先進国が武器を捨て、軍需産業が儲からないような世界にしなければならないと本気で思います。

でもまあ、日本の政府のお偉さん方の世界認識って、一体なんだろうって思います。広島や福島、どこでもいいですが、現場に立って一体、何を感じとっているのでしょうか。

かなりぐたぐた書いてしまいましたが、今、自分が考えていることは、やはり歴史に学べということです。なぜ、そのとき、なにがどうして起こってしまったのか。いいことも悪いこともなんらかの理由があるはずです。あと注意すべきは、今の視点と当時とでは当然、パラダイムそのものが違うであろうこと。

過去に書いた記事ですが、今の記事に関係しそうなものをちょこっとだけ紹介しておきます。

初出: mixi日記 2011年9月10日

一部を抜粋します。これを読んでいただければ、今の政府の北朝鮮のミサイルに対する退避訓練(命令)が、いかにばかげたものであるかがわかるはずです。これが実際に世界で働いている人たちのグローバルスタンダード(偉そうにいってすみません)です。

「そうそう、重要なことを言い忘れるところでした。田中さんの報告によれば、スイスとイスラエルは、100%だそうです。何がか?

核シェルターの全人口に対する配備率だそうです。

ちなみに、ベスト5は、3位 ノルウェー 88%、4位 アメリカ 82%、5位 ロシア 79%、6位 イギリス 67%、 そして我が祖国の日本は、0.02%。」


もう14年も前の記事ですね。ちょっとだけ引用しておきます。

「私はあえて問いたい。本当の人々の闘いは、今この場所からそれぞれの立っている足元から始まるべきことを。確かに「山のあなたに 幸いを求め」たい気持ちはわかる。そんなに素晴らしい世界が、仮にあるのなら、誰もが行きたいであろう。むのたけじ氏は、『詞集たいまつ』の50に、このように言っている。

「遠い空も近くの空も、一つの尾根だ。山のかなたの空にあるものは、山のこなたの空にあるものである。山のこなたにないものは、山のかなたにもない。」」

「以下、非常に長くなるが、最近何度目かに読み返して、気がついた宮本常一氏の文章を引用したい。(『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993、146頁を参照)

終戦直後の昭和21年に渋沢敬三氏を東京に尋ねた折の時のこと。

「ちょうど役所(先生は当時大蔵大臣であった)から帰ってきた先生は「幣原さん(当時首相)は大変なことを考えておられる。これから戦争を一切しないために軍備を放棄することを提唱しようとしておられる」と昂奮気味に話された。

「軍備を持たないで国家は成り立つものでしょうか」とおたずねすると「成り立つか成り立たないかではなく、全く新しい試みであり行き方であり、軍備を持たないでどのように国家を成立させていくかをみんなで考え、工夫し、努力することで新しい道が拓けてくるのではないだろうか。一見児戯に等しい考え方のようだが、それを国民一人一人が課題として取り組んでみることだ。その中から新しい世界が生まれてくるのではなかろうか」と言われた。」」

この「一見児戯に等しい考え方」を「大人の現実」にすることが、今年70歳を迎えた「日本国憲法」をもった日本人自らがやることだと思うのですが、いかがなものでしょうか。

もちろん「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」世界中のみなで取り組む問題ではありますが。


なぜに、しばやんがビートルズを語るかと思う人がいるかもしれませんが、私は中学生の2年生のときに市の英語スピーチコンテストに学校の代表で出場して、その会場でなぜか「レット・イット・ビー」を出席者全員で合唱させられた?のがきっかけで高校生時代(1986、87年頃か)、かなり集中してビートルズを研究?しました。全曲、聞き込んでいます。

ただ、この記事のキモは、映像(映画)の中にこめられた意図を考えるということの楽しさとでもいいましょうか。なににだって考えるヒントは隠されているということですね。私が言うまでもないことですが。


最近、まちづくりのセミナーでお会いした講師の方(女性)が、たぶんわたしより一回りぐらい下だと思うのですが、長渕剛とかブルーハーツが好きだという話をきいて、懐かしくなりました。

こちらでは詳しく書いていないですが、「爆弾が落っこちる時」という曲は、いま聞いても秀逸です。画像はこちら

「・・・ 爆弾が落っこちる時 何も言わないということは

爆弾が落っこちる時 全てを受け入れるということだ
・・・ 大人も子供も関係ないよ 左も右も関係ないだろう?」

そうだ。そういえば、この記事で、このことが言いたかったんだ。

まじめに「空から爆弾を落とすこと」は禁じ手にしてみませんか。

とある国々では、スターウォーズとかまじめにいっていますが、人間が空を飛べるようになったのは、爆弾を落とすためでは絶対にないと私は思います。

では、なぜ人間は空を飛び、世界を空中から見ることができるようになったのか。案外、そんなくだらない?ことを考えることから、何かがみえてくるのかもしれません。

P.S.

ブルーハーツのYouTubeのリンクをはったら、思わず自分が見入ってしまいました。歌詞つきでパフォーマンスをみると、えっ、こんな曲だったの?という驚きがあっておもしろいです。適度に、はまってください。

ではでは^^?

柴田 英知

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2017年6月23日 (金)

チーム 郵便受けあべちゃん2022(世界名ALICE PROJECT) 始動します^^?

みなさん、こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか^^?

昨今のニュースをみていると、いろいろ考えさせられるというか憤慨させられることが多くて、正直、黙っていると気が狂いそうです。この行き場のなさをどうすればよいの?ということで、いまさらながらですが、わたしも政治活動をすることにしました。

わたしは新聞もテレビもみていません。でもフェイスブックやウェブサイト、たまにみるテレビニュースでどうしても国内外の情報が入ってくるんですよね。特にフェイスブックでグループとかはいっていると、そのグループに関心のある方がメンバーに都合のよいというかメンバーが喜ぶであろうニュースを引っ張ってきてくれる(シェア)してくれるので、正直、ちょっと偏向した情報が集まってしまって困ってもいます。

しかしながら、そもそも公正で偏向のない情報はないので、偉そうに左右バランスのとれた情報を広く集めて判断しましょうなどというしたり顔の意見に組する気はさらさらありません。自分自身バランスが取れているとは思っていないし、自分なりの見方もあり自分にとってどうでもいいこと以外のことに対しては、自分の意見を意識的に持つようにしています。そんな自分の偏向を棚に上げても、昨今の言論界のディスリの多い一方的な意見ばかりをみたり聞いたりしていると、本当に頭がおかしくなりです。

「ことば」には当然、発するものの意図があり、また逆にその意図とは別に、ことばが独り歩きすることもあるわけですが、今の日本のニュースのことばをみていると、つくづく日本人は議論ができない人たちだなあと思います。

なぜ、そこで個人攻撃や揚げ足取りに走るかなとか、せめて人の話はちゃんと聞こうよとか、今の大人(わたしも含めて)は、学校で一体何を学んできたのかというレベルです。「社会」で学ぶといいたいが、正直、これだけ分断された社会では、まともに議論ができる場はありません。

ということで、今から5年後をめざして、本格的に今の某政治体制を引き受けるに足る言論人(政策提言)集団をつくることにしました。つまり世界のあり方(あえて日本のあり方とはいわない)をきちんとまじめに議論する・議論できる場を確保した上で、世界をリードする「ひらの人たち(by 片倉もとこ)」のネットワークを構築するということです。

チーム名に好きでもない個人名らしきものをいれるのは正直いやです。でもあまりに抽象的でもわけがわからないでしょうし、そういえば東京は赤坂の溜池の交差点の近くに「あべちゃん」という豚ちゃん屋があったよなということでよしとします。

また、わかる人はわかると思いますが、(松田)聖子ちゃんを、このように例えた井上順さんに敬意を表して。

※「郵便受け百恵ちゃん」ですぐに検索できます。とはいえ個人のブログへのリンクですが、ご参考まで。

なお、今後、チームメンバーの募集や活動の詳細などについてはブログとフェイスブック、ツイッターなどでフォローしていきます。

ここまで書いてきて、日本国内向けには、このタイトルはやむなくと思いましたが、世界的に見ればこれってギャグにもならないよなと思いました。英語名は、ありきたりではありますが、アリス(ALICE)プロジェクトとでもしておきましょうか。彼女が紛れ込んだ世界では某大統領もいらっしゃるようですから^^?

関心のある方は、しばやんまで直接メッセージを。

ではでは^^?

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2017年6月 3日 (土)

【歩く仲間通信 20170603】

みなさん、ご無沙汰しております。
いかがお過ごしでしょうか。

新年のご挨拶以来、ほぼ半年がたち、もう6月となってしまいました。本当に、あっという間のことです。

私はといえば、1月はレポートの作成など大学院の後期の授業の後始末でそれなりにがんばっていたのですが、2月3月と授業がなくなったのを機に、一気に気が抜けてしまいアルバイトには行きつつも、修士論文に関しては完全にスランプに陥っておりました。

4月に大学の前期の授業が始まり、修士2年目の研究計画書を4月末に出すという段階になってあわてて自分の怠けぶりをのろってみたり、いや今更、後悔しても仕方がない、できる限りをやるまでと、とにかく緩んだ頭をたたき起こして、なんとか先生や学友らのアドバイスもあり、5月24日の地域づくりユニット内での進捗報告を乗り切りました。

たくさんのコメントをいただきつつも、今年に修論を出せる状態ではないとは判定されなかったようなので、とにかく11月初めのユニット内での修論の初稿の提出を目指してがんばろうという状況にまでメンタル面でも回復しました。

2、3月はプチ引き篭もりをしておりましたが、改めていろいろ相談したり雑談のできる友人というか人との接触の必要さを痛感した次第です。

そんな感じでずいぶん落ち込んではいましたが、そのときに救いというか唯一の気晴らしは、2月18日からロードショートとなった、こちらの映画の鑑賞でした。


実は、昨日(6月2日)、たぶん、見納めだと思って名古屋まで車で、この映画とX Japanのドキュメンタリー映画をはしごでみてきました。


【「残された人びと」の物語とは】

いみじくも、というか二つの映画を、Xからソードアートと続けざまにみて、深夜に1時間ほど車を家まで走らせながら、しみじみと考えていたことは、そうだ、偶然かもしれないが、これらの私の心を揺さぶる物語は、二つとも、「残された人びと」の物語なんだと独りガッテンしていました。

みなさん、今、アラフィフからアラフォーの方々は、まさに直球のドストライクなリアルタイム世代かと思いますが、あの天下?のNHK(日本放送協会)が始めて作ったテレビアニメーションシリーズが宮崎駿監督のルーツの一つといわれる『未来少年コナン』でした。


1978年4月放送開始だそうなので、私が8歳のとき、その後の銀河鉄道999やガンダムの少し前になるのでしょうか。

ともかく何度も再放送されているので名前くらいは聞いたことがあると思います。このアニメの原作が、アレグサンダー=ケイの『残された人びと』なのです。確か私は、小学校か中学生のときに、ジュブナイルとして翻訳されたもの(1974年だそう)を読みました。再刊もの(2001)や新装版(2012)が今でも手に入るそうです。


amazon 新装版 残された人びと


アマゾンのコメントや、たぶん関連のブログとかにも書かれているでしょうが、アニメの原作とはいえ、まったくアニメの内容とは異なるようなハードな内容でして子供心にもかなり重たく、そして記憶に残る内容とタイトルでした。

たぶん、私はこのジュブナイルを読んでから、ずっと40年近く「残された人びと」のことを考えてきたのだと思います。

ちょっと毛色が違うようですが、この記事で取り上げた演劇もまた「残された人びと」の物語です。


【今、「残された人びと」のことを考えるとは、どういうことなのか。】

結局、誰もが生まれたときから、死へのカウントダウンを始めます。誰もが自分がなぜ生まれ、そしていつ死ぬのか、なぜ死ぬのかも知らない。そんな中で不慮の事故や病気、思いもかけない理不尽な非業の死を遂げる人がたくさんいる。

その一人ひとりの想いは、いったいどこへ消えてしまうのだろうと思ったことはないでしょうか。

身近な、あるいは一期一会の人との別れから、われわれは何を感じて考えて、その屍を乗り越えていくのか。

X JapanのYoshikiも、また無数の「痛み」を持ったひとりの人間でありました。実は、2016年にNHKのミュージック番組のSONGSでも、この映画のことが取り上げられ数曲が披露されたわけですが、この映画はすごいです。

誕生日ごとに楽器を買ってもらっていたというクラシックピアノをやっていた呉服屋のボンボンが、10歳のときに父親の自殺に直面し、母親がドラムを買い与えたというYoshiki、クラシックから完全にロックに転向し、ヴィジュアル系の走りといわれたX(のちにX Japan)を結成。確かに同時代人ではありましたが、ほとんど完全にスルーしていました。たまたま松田聖子に楽曲を提供したり、昨年は、紅白歌合戦で楽曲やパフォーマンス(ドラムとピアノ)をみて、なんかすごいくらいにしか思っていなかったのですが、この映画や、何枚かのCDを買って、あらためてそのYoshikiとX Japanの壮絶なストーリーを知った次第。まったくの不明を恥じ入るばかり。

また、ソードアートオンラインという、オンラインゲームの中に閉じ込められた10000人の人たちは、ゲームの中の死イコール現実の死というデスゲームに巻き込まれます。ゲームをクリアできなければ、ずっとゲームの中に閉じ込められたまま。2002年にウェブに書きこまれた小説は、2008年にライトノベルとして小説化、2度のテレビアニメ化の後、舞台の設定とした2024年に、あと7年となった今に、ようやく劇場映画化。

正直、ライトノベルもアニメもまったく知らず、そもそも今、テレビアニメはみていないし、ただただ神田沙也加がユナというARアイドルにゲスト声優として出演しているというだけで、見に行ったのですが、結局、12回くらい劇場に足を運んでしまいました。

子供向けのアニメかと、ちょっと舐めていたわけですが、やはり児童文学やマンガの世界と同じく、クリエーターの人たちは、子供向けではなく、ガチで世界と闘っていました。

今では、ネタバレサイトや素人の解説記事のブログなど、インターネットでいろいろ調べることができるので、ここでは詳しくいいませんが、この劇場版ソードアートオンラインもまた「残された人びと」の物語で、ARアイドルのユナが歌う劇中歌や、Lisaが歌う主題歌も梶浦由紀の曲もまた、見事にSAOの世界観と過去のアニメやライトノベルでのエピソードを踏まえた、ちょっと悲しいけど希望を持たせてくれる、いろいろなことを考えさせてくれる話でした。

結局、何がいいたいのといわれそうですが、この2ヶ月、修論の構想を練り直して、発表させていただいて、いろいろなコメントをいただいて、自分なりに思ったことは、結局、今、自分がやるべきことは「開発民俗学」を創るために一歩でも二歩でも歩みを続けることで、私がサブタイトルに挙げている「われわれの物語」とは、「残された人びと」つまり、今、生きている「われわれ」の物語を創ることに他ならないということです。


非情なようですが、現世に対して悔しい想いを、そして彼らが彼女らが「残していかざるをえなかった人たち=残されたわたしたち=残された人びと」に対して、何を残したかったのだろうか、また現実に何を残したのかを考えつつ、屍を乗り越えていかなくてはならないと決意を新たにしました。

今年は修士論文を控えているので、あまり通常のブログの記事の更新ができません。

でも、フェイスブックでは、いろいろ情報をシェアしたりつぶやいておりますので、また折節にからんできていただけますとさいわいです。

ではでは^^?

おまけ

いろいろ今の政治にも言いたいことがたくさんあるのですが、マインド・ユア・オウン・ビジネスということで、当面は研究に専念します。

2015年から全然更新していませんが、現状は、もっと悪くなっているかな。私が上に述べている「屍」とは何かが具体的に書いてあります。



いわゆるサブカル系の記事。映画や音楽の話題も、いろいろ書きたいことがあるのですが、なかなかアップデートできません。

ただ、「歩きながら考え」てはいます^^?

柴田 英知

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2017年1月 2日 (月)

【歩く仲間通信 20170102】

みなさん、明けましておめでとうございます。

旧年は大変お世話になりました。特に新しくお知り合いになれた方々には、なんとか年度内に感謝だけでもお伝えしたいと思っていたのですが、今年に持ち越してしまいましてごめんなさい。

またなんと20年ぶりくらいに再会できた仲間もいました。改めてご縁に感謝いたします。

今年度も引き続き、よろしくお付き合いいただければと存じます。


もう!昨年のことになってしまうのですが、2016年4月から名古屋市立大学の大学院人間文化研究科に進学したこともあり、いろいろ自分自身の身の回りが大きく変わったこの数年間ではありました。

ようやく大学院生活にも慣れつつあるかと思えば、来年の1月には、すでに修士論文が99%完成していなければならないということで、改めて博士前期課程の2年間の短さを実感しつつある今日この頃でもあります。

5年ほど前に岡崎のある市民グループの方から、「望年会」という言葉を教えていただきまして、「忘年会」ではなくこちらの望年会を積極的に活用して広めようとしているのですが、新しい年を望むにあたってやはり大切なのは(忘れることではなく)、きちんとその年を振り返ることだと思います。以下、勝手に、しばやんとしての昨年の総括と、今年の望みといいましょうか課題を挙げたいと思います。

【2016年の三大ニュース】

その1:大学院進学

傍からご覧になっていても迷走しているかにみえたであろうしばやんのこの数年の歩みですが、ようやく大学院に進学することができました。

名市大の人間文化研究科の中でも「地域づくりに関する研究」ユニットでは、4名の先生方から中国人留学生2名、社会人院生4名が修士一年生として指導を受けています。

2015年12月に起業して個人事業主となったわけですが、今は、コンサルティング業務やウェブショップの運営は実質的に休業状態で、2016年2月から郵便局の時間給契約社員として地方郵便局で夜の5時から9時まで、郵便物やゆうパックの仕分けなど内勤業務をしています。繁忙期は、夜勤のシフトでも午後4時半から午後11時過ぎくらいまでの作業量があります。ガテン系の力仕事ですが、これはこれでなかなか奥が深い。

民俗学者の宮本常一や赤松啓介が郵便局で働いていたことは有名?な話ですが慣れてくると働いている人たちとも仲良くなってきて、それなりに楽しく、大学院の授業がない週の4,5日を働いています。

肝心の研究のほうですが、前期では3科目を、後期は5科目をとっているので、論文指導以外のいわゆる講義科目の規定の9科目は、ほぼ1年目で取得できそうです。

それはよいとしても自分の研究については、なかなか研究方針がまとまらない。焦点がしぼりきれずに先生方からは発表ごとにダメだしを受けていますが、とにかく1月末で後期の講義が終わるので、今から本格的に論文に取り組みます。

その2 山崎延吉との邂逅

これは、たまたまなのですが、愛知用水の研究を進める上で1900年に愛知県立農林学校として設置された安城農林学校(現安城農林高校)の初代校長先生の石川県は金沢藩士の出で、明治に東京大学の駒場の農学校をでた農民教育者であり農本主義者としても知られる山崎延吉を知りえたことはとても大きな収穫でした。昨年の夏休みはほとんど山崎延吉関係のことを調べていたといっても過言ではありません。

彼が、安城農林学校の開設にあたり「農学校を地域に開く」施策をとったこと、篤農家、特に明治末から大正年代にかけてかつての地主階層であった老農ではなく自小作が個人の努力で成り上がった精農とよばれる篤農家や農村青年層を全国組織化したことは、まったく私が大学生時代に気づいた「知は力なり、ただし開かれたものでなくてはならない」ということを遥かに大きなスケールでもう100年も前に実現していたということでした。

しかも自分の家のすぐ隣の「追進農場(現愛知県農業大学校)」自体が山崎の指導下にあったことを知って、まったく自分の足元の不明を恥じ入るばかり。

さらに著作だけではなく請われて日本全国ばかりか帝国下の台湾、朝鮮、満州にまで40年以上にわたり10000回以上の興村行脚(こうそんあんぎゃ)とよばれる講演旅行をおこなったこと、地方にいながらにして(ここがポイント)、地元の愛知県や日本デンマークとよばれた碧海郡の地域振興のみならず、石黒忠篤や那須浩など中央の政治家や農政学者と連携をして、校長を辞した後、帝国農会の幹事や、政治家としても日本の農政に大きな影響を与えたことなど、まさに目からうろこの連続でした。

民俗学者の宮本常一さんも、よく日本を歩いていますが、それよりもすごい人ではないか、しかもどちらかといえば柳田國男と同世代で、当然、農政官僚であった彼とも同じ東大の法学部と農学部で、きわめて近しい関係ではなかったかと、民俗学研究についても想像が膨らみます。(実際、山崎延吉は、柳田國男を安城農林学校に講話の講師として招聘していると資料で見かけたような、要確認ですが。)

その3 開発民俗学の英語訳を考えました

結局、その2とも関連するのですが、日本の民俗学、特に、柳田國男と地域振興についての新しい知見を得ることができました。

柳田國男は農政に挫折して民俗学に転向したわけではなく、農政を突き詰める上で民俗学という戦略をとったのではないか。

そのようなことを感じることができました。当然、愛知用水とは、ちょっとズレル課題ですが、その延長の先にある大きなテーマであると私自身は思っています。

そのようなことを軽く記事にまとめてみました。


【2017年の三つの課題】

その1 修士論文の見通しをつけること

もういわずもがなで、5月のユニット発表の時点で、7、8割方できていないと間に合わないといわれています。11月にはほぼ完成させないといけない。なにはさておき、この1,2月の頑張りが今年ばかりか、今後のすべてに影響するでしょう。

その2 文化環境研究所(Cultural Environment Consulting Institute)(仮称)の設置準備

もちろん修論ありきですが、その後の研究につなげるためにも職業につなげるためにも、稼ぐ母体が必要です。修論にめどがついた時点でコンサルティング業にも力が注げるように、仲間を募ってコンサルティング会社を立ち上げるべく準備を進めます。

その3 まずは健康に日々を心安らかに過ごすこと

最近、普通に心を乱されることなく、つまり落ち着いて自分の能力をだせれば、恐れることはないことに気がつきました。

特に、他人や外部からの動揺させられて怒ったりして自分のペースを崩されると、てきめんにパフォーマンスが落ちるし、さらには通常ではありえない失敗をしてしまうことがあります。

結局、他人がどうであれセルフ・コントロールできれば、すべての結果は自分のせいにすることができます。つまり、人のせいにする必要がないのです。自分が今、出来ることを粛々としていく。他人が何を言おうとです。

また逆に自分で考えてがんばろうとしている人に対しては、全面的にその人の能力を信頼して応援できる自分でありたいと思います。

ひがんだりうらやんだりする必要はないし、人の足をひっぱるようなしらけた人間とつきあう時間も暇もありません。

ただ、そのような社会環境を整えるのにあたって、前提となるのが武力によらない平和な世界の実現です。このことは、常に頭の片隅においておかないといけないと思っています。

最後に、昨年の出会いの大きなハイライトでもあったセミナー企画のご紹介を今年のご挨拶とさせていただきます。修論の進捗次第ではありますが、今年も仲間たちと「地域」に対して仕掛けていきたいです^^?

https://www.facebook.com/events/1188668471192492/


今年もよろしくお願いいたします。

ではでは^^?

2017年1月2日

柴田 英知

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2017年1月 1日 (日)

【2017年のご挨拶】

みなさん、明けましておめでとうございます。

昨年末から今年にかけて、こちら愛知県では穏やかな日々を過ごしております。
取り急ぎ、今年の年賀状をこちらにも披露させていただきますので、よろしくご笑覧ください。
では、今年もよろしくお願いいたします。
2017_1200

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2016年11月 4日 (金)

名市大・学祭企画2016のご案内

みなさん、こんにちわ。ご無沙汰しております。

今年の4月から大学院生になりました柴田です。

名古屋市立大学大学院の人間文化研究科の有志とともに大学祭でセミナーやパネル展示、学外から国内の地域づくりの実務者のゲストスピーカーをお迎えしてのシンポジウムなどを企画いたしました。

また開発コンサルタントおよび国際協力NGOでの実務経験を持つ私の学生さんや関心のある方向けのキャリア相談会も合わせて行います。

ショートノーティスではありますが、来週末の、11月13日(日)に滝子キャンパスに足を運んでいただけましたらさいわいです。

以下、案内文です。最新情報は、リンク先のフェイスブックのイベントページをごらんください。

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日時:2016年11月13日(日)午前10時~午後4時

みなさん、こんにちは。

名古屋市立大学人間文化研究科(大学院)に学ぶ有志が、まちづくりに関するイベントやシンポジウムを企画しました。

みなさまのご来場を心よりお待ちしております。

※2016年11月13日(日)市大祭二日目のみ参加

<終日> (ポスター企画)

■「椎葉村はこんなにスゴいトコ!」パネル展示 
  椎葉美耶子(院生) ※セミナーあり(10:00~10:30)

■「熱田の杜とガールスカウト」 パネル展示 鈴木美香子(院生)

■「‘国際開発と地域づくりを考える’情報フェア&キャリア相談会」 
 パネル、書籍紹介、なんでも相談承り 柴田英知(院生)
 ※セミナーあり (10:45~11:15)

<午前の部>  (セミナー企画)

■10:00~10:30 
「椎葉村はこんなにスゴいトコ!」 椎葉美耶子(院生)

 柳田國男の民俗学の誕生のきっかけとなった宮崎県の秘境・椎葉村の訪問記。写真と現地でのちょっといい話をシェアします。

■10:45~11:15
「しばやんの世界のあっちこっちめぐり!フォト&ミュージックサロン」 柴田英知(院生)

 政府開発援助(ODA)の現場として訪れた中近東、アフリカ、アジアの田舎を写真と現地の音楽でざっくばらんに語ります。

■ 11:30~12:00
「豊明おやこ劇場、観察日誌。?舞台芸術と子育て?」 柘植みのり(院生)

 シンポジウムでも取り上げられるおやこ劇場について、自身の経験と学術的な視点から読み解きます。

<午後の部> (ゲストを招いての公開シンポジウム)

■13:30~15:30 


“地域”と“わたし”のちょっといい関係、一緒に考えてみませんか?

詳しくはこちらのフェイスブックのイベントページをチェック!

<第1部 わたしたちの実践報告>

第1幕: 桜山に住んでみた!わたしの地元デビュー!
   「まちプロデュース」の巻

講師: 山本はるかさん、椎葉美耶子(院生)
所属: まちプロデュース (名古屋市)
 

第2幕: 砂ぼこりの公園を芝生にしちゃいました!
   「籠田公園・商店街活性化」の巻

講師: 天野めぐみさん
所属: 篭田商店街振興会長 (岡崎市)
     ※天野さんの活動についてのインタビュー記事はこちら!

第3幕: 語りあう子育てのつながりを地域に!
   「おやこ劇場」の巻

講師: 広中省子さん 
所属: 子ども・おやこ劇場東海連絡会副運営委員長(長久手市)
     長久手おやこ劇場 

第4幕: ひとりひとりの想いを大切にできる社会に!
    行政と市民の「つなぎすと」の巻

講師: 菅原純子さん
所属: こころざし研究所代表、博士(学術)(豊田市)

幕間(10分): 休憩 & アンケート回収

<第2部 パネルディスカッション>

総評: 地域づくりを可能とする仕掛けを考える
    「第三舞台とチェンジエージェント論」

講師・ファシリテーター: 柴田英知(院生)

全体討議: パネラー&フロアで一緒に考える
      「地域とわたしのちょっといい関係」
 参加者の全員がメンバーです!

資料代: 500円

会場: 名古屋市立大学滝子(山の畑)キャンパス 
    第2号館 401号室

■会場へのアクセスマップはこちら

主催:地域とつながりタイ!
(院生有志:柴田英知、椎葉美耶子、鈴木美香子、柘植みのり)


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2016年4月 7日 (木)

【2016年度に思うこと】


みなさん、こんにちは。

先日は、4月1日の誕生日にたくさんのお祝いメッセージをフェイスブック上で寄せていただきありがとうございます。

そもそも、自分の誕生日って誰彼に話すものでもないので今まではこんなことはなかったのですが、FBという仕組みの良しあしといったところでしょうか。いちおう説明しておきますと、昭和45年4月1日は、早生まれの一番最後なので戌年の学年の最初ではなく鳥の学年の一番最後になります。

ともあれ、日本の年度始まりの日で、しかも1970年生まれですから年を数えるのはとても便利です。ってなにが^^?

さて、平成28年度(2016年度)は、大学院生として改めてのスタートを切ります。この一年、アジア保健研修所を離れていろいろ試行錯誤してきましたが、結局、今まで自分がやってきたことを改めて振り返り今後につなげていこうと思っています。

まずは、明日が、入学式。自分の甥や姪と同学年の学部生と一緒に入学式というのもまた一興です。

ちなみに、大学院は、人間文化研究科(Graduate Programs in Humanities and Social Sciences)の地域づくりグループで4名の教員と6名の院生(日本人の社会人4名+2名の中国人留学生、しかも全員M1)のこじんまりとしたところですが、他の研究科の先生と地の利を生かして研究に励もうと思います。
ではでは^^?

おまけ:

2016年の年賀状。ご住所を知っている方には郵送させていただきましたが、ウェブでは初公開になります。
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名市大の滝子キャンパス。こちらには、人文社会学部と経済学部が、別の場所に、医学部/看護学部、薬学部、経済学部、芸術工学部があります。つまり4つのキャンパスがあり、それぞれ学祭があるそうです。ちなみに、人文社会/経済学部のキャンパスは、八校の跡地に当たるそうです。
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