2018年5月 6日 (日)

【今日の世界をより楽しく生きるために(その2)】


みなさん、こんにちは。

今年のゴールデンウィークも、いよいよ最終日ですね。いかがお過ごしですか。

第二回目のお題目は、こちらです。

(第2回)「(人の話は)半分に聞こう」

これは、別にわたしのオリジナルではなく、開発コンサルタントの先輩に教えていただいた(いわれた)言葉ですが、たぶん25歳くらいでしょうか。とある方から、飲み会か何かのインフォーマルな席でいわれました。

まあ、なんということもない言葉ですが、わたしは結構、気になっていて、自分でもいつしか、たぶん、30歳くらいから特に若い人と話すときにつかうようになりました。

さて、その心はなにか。わたしがこの言葉を使うときは、ちょっと説教が入るときとか自分の経験を語ろうとするときには、必ず前置きとしていうように意識しています。

わたしが、この言葉でいわんとすることは、過度の経験至上主義みたいなものを自分にも相手にも戒める意味があります。われわれ開発コンサルタントは、特に開発途上国でかなり特殊な個人的な経験をもっています。それは一般的なものもありますが、かなり特殊な経験ももちろんあります。

ただ、それはあくまで個人的な経験であり、それが全てではないし、その特殊をもって一般論を語ることはできないし、その経験そのものに価値を与えることは危険ですし、鼻持ちならない自慢に聞こえるのかもしれません。

また、語る人にとっての意味と聞く人にとっての意味は、当然違うこともあるでしょう。ただ、経験なり考えを語るということは、語る人にとっての意味を聞く人にもわかってもらいたい。同意してもらいたいという気持ちはあると思います。

ただ、そのような場合でも、あくまで語られた人、聞く人が考える余地、判断する余地を大切にしたいとわたしは思います。

経験が全てではない、でもせっかく経験なり情報や考えをわざわざシェアしてくれる人がいるのなら、その語りを100パーセントでもなく0パーセントでもなく、せめて半分くらいはまじめに聞こうよというのが、わたしの本位です。

確かにすごい先輩や上司の言葉は、かなり迫力があって、人によっては、100パーセント自分が正しいんだとか、100パーセントこうせよと強いる人がいないわけでもありません。しかし、逆にあきらかに間違っているとか矛盾しているよということもあるとは思います。

これは、権威や力に対して、盲目的に従うなという意味でもあるし、どんなくだらないことや間違いからも学ぶべきことがあるということでもあります。

そして、その判断は、聞く人にゆだねたい。過度に委縮することなく、一つの「話」として聞けることは聞いたうえで、自分のものにできるのであれば、その価値や自分が判断する。そのようなことを促すために、この言葉をつかってきたような気がします。

これは、相手にいうのと同時に自分が人の話をきくときにも、常に意識していることです。

この連載も、この言葉を頭において聞いていただけますとさいわいです。

ではでは^^?

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2018年4月30日 (月)

【今日の世界をより楽しく生きるために(その1)】


みなさん、こんにちは。

なんとなくこのグループの投稿がただ仲間(これは事実ですが)のイベントを紹介するだけのシェアオンリーみたいになってしまって、単なる情報グループになってしまっているのではないかという自己反省から、もう少し「闘う知識人」のグループとしてのアイデンティティを前面に出すことにしました。

テーマと構成は、このグループの主宰者のしばやんが、不定期に、ワンテーマで読切の記事を書きます。それを基にみなさんで議論を深めようという企画です。

まず、第一回目のお題目は、こちらです。

(第1回)「知は力なり、ただしそれは開かれたものでなければならない。 by 柴田英知 1991」

実は、この言葉は、もう大学生の頃からですから、もう20年近く唱え続けていることなので、人によってはもう聞き飽きたという方もいるかもしれません。
ですが、そもそも私が外部に向けて文章を書くのは、この言葉にこだわり、かつ、ここにしか自己の存在理由を見出すことができないからでもあります。

すでにお察しのとおり、「知」とは、単なる「情報」以上の、かなり広いものを指しています。例えば科学技術なども含まれるでしょうし、もっと身近には自分や知人の醜聞みたいな極めて個人的な「恥ずかしい」ことも含まれましょう。

わたしが思うのは、その「知」そのものが力であり、例えば、特定の権力者が他の誰もが持てない権利や力を持つ、卑俗的には、人の弱みを握ることにより、その知を(暴)力に変えてしまう、いわゆるハラスメントというのも個人や団体間での「知」と「力」をめぐるせめぎあいです。

ここでいきなり「正義」論に話を飛躍させることはしませんが、上の言葉には、「力である知」は、そもそも誰のものであり何のために存在するのかという問いが隠されています。

わたしは「知」や「力」に、そもそも正義や倫理を求めていません。なぜならそれらは、それが置かれた状況によって正義にも悪にもどちらにもなりうるからです。

せめての願いは、だれもがその「知」や「力」にアクセス可能なものであってほしい。

わたしは、ヒエラルキーの存在を否定はしませんが、いわゆるサミット主義には反対です。世界賢人会議とか特定のエリートや賢いとされる人々にわれわれの生をゆだねることに断固反対します。ギリシアの賢人は、衆愚政治を呪ったそうですが、わたしは「衆愚」の知恵の方が、一部の「賢者」の知恵にまさると信じています。

前書きで、「闘う知識人」と書きながら、自分の中でも失笑していました*。なんらかの力を持つものは、それに応じた社会的な責任を果たすことが求められています。

それは、その「知」や「力」を、「自分の考え」で使うのではなく、それをかみ砕いて自分以外の人びとや社会に開いたものにしていく、その中で、みなが考えるための材料として提供することにより、みずからの「自分の考え」をより世の中にとって意味のあるものにしていく、それが、「知識人」が「闘う」ということの意味だと思います。

ものの原義は知りませんが、私の立場からすれば「知識人」が時の権力なりと「闘う」という意味ではなく、「知識人」が自分のエゴやプライドと「闘う」ことにより、「知」や「力」をもった一部のエリートの中での主導権争いをするのではなく、独占されていた(いる)知を開いたものにすることにより、本当の意味における「人びとの闘い」につなげていく。

これは「知」や「力」を、だれの側にもっていくのか、いや、そもそも「知」や「力」は、だれのものかという命題につながっています。

そんな青臭いことをひたすらに考えて実践していく。そんなことを常に考えながら生きています。

ではでは^^?
*しばやんは、こんな偉そうなことをいいつつ、自分を「知識人」の側におくことに何のてらいもないのかといわれたら、身も蓋もありませんが、客観的にみれば、どうみたって私は「知識人」の側にいる、比較的自由に「知」にアクセスできる立場にいることは間違いがありません。このアクセス可能であるということは、いろいろな含意があります。言葉の問題やアクセスすること自体に何の制限も今のところは課せられていないことなど、今の時点に限っていえば、世の「知識人」といわれる人たちと何の遜色もない「めぐまれた立場」であることは事実であり、それを隠したり偽る意味はないと考えています。

柴田 英知

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2018年4月 9日 (月)

【歩く仲間通信 20180409】(PDFおまけ付)

みなさん、こんにちは。

ご無沙汰しております。新年のご挨拶もしないままに、4月の新年度を迎えてしまいました。特に新しくお知り合いになれた方々には、なんとか感謝だけでもお伝えしたいと思っていたのですが、ずるずると持ち越してしまってごめんなさい。

歩く仲間の名刺を持ち歩いている、一見?あやしげなお兄さん?の柴田です^^?

今年度も引き続き、よろしくお付き合いいただければと存じます。

■年男になりました!

実は、わたくし、4月1日が誕生日なんです!エイプリールフールなので、例えば、父親が休もうとしたら会社からいわれたといういわくつきで、はや何回目でしょうか?

別に若作りをしているわけではありませが、最近、知り合った人には、3回目くらいでしょといわれますが(正直うれしい)、実は4回目なので48歳になりました。

以前も「人生30000日」という話をしたかと思いますが、私がフィリピンのマニラ駐在時にこの言葉を聞いたのは、たしか33歳頃でした。

その言葉を、同業他社の同じマニラで駐在したしているちょうど43歳頃の先輩に話したら、「やべえ」とやたら焦り出したのを今でもありありと思いだします。

わたくし、その時は、まったくピンときませんでしたが、いざ自分が43歳になってみると、その実感がじんわりとわかってきました。30000日、つまり83歳くらいまで無事に生きれたとして、41歳って、ちょうど半分なんです。(ついさっきまで43歳が半分だと勘違いしていた!)

ともあれ、今年の年頭に48歳になるなあ、そんなもんかと思っていたのですが、ちょっと風向きが変わってきました。

今年の2月に、よく知った開発援助業界の先輩、具体的にはアジア経済研究所の佐藤寛先生の還暦(退職)祝いのパーティーが東京にあり、私自身も、もう20年近くお世話になっているので、参加させていただきました。

その時のフェイスブックなどのやり取りで、佐藤さんと同じく「開発援助と人類学」勉強会を仕切っていた国際開発センターの田中清文さんや、「国際開発メーリングリスト」や「国際協力マガジン」を主宰していた野田直人さんなど、日本の開発援助業界?の風雲児たち(ほぼ10歳年下のネクストジェネレーションの私たちは勝手に三羽烏と呼んでいました)、このレジェンドの人たちが、なんと三人とも還暦ということが次第に明らかになりました。

これは、わたしにとって、「人生30000日」以上にショックなことでした。

確かに、50歳の間近になれば、どの民間企業でも(出世の)先が見えるとはサラリーマン時代から聞いており、言葉としては知っていました。

ただ、自分は10年前に開発コンサルタント会社を辞めて、5年前まで勤め人をしていましたが、自分的にはフリーランスなので定年はないので、75歳くらいまでは現役で好きな研究とコンサルタントで金を稼ぎかつ働こうと思っていたのですが、次の一回り(12年)で還暦かよと思うと、がぜん焦りを感じ出しました。

これは、はやく論文を上げないと本当にまずいです。

実は、昨年度に修士論文を完成できなくて大学院3年目になってしまったのですが、さいわい今年の1,2月で、研究の方向性が定まって、次のステップがみえてきましたので、今年度は修論の完成と、来年度以降も研究を続けられるようにコンサルティング業務(こちらがわたしの本業^^?)にも力をいれたいと思います。

■「元」はなにかを考える(ゲットバックと忖度について)

閑話休題。昨年度末から自分のこととしても、社会のこととしても、ずっと考えていたことがあります。

今、わたしは愛知用水の歴史的な研究を、久野庄太郎さんという発起者のひとりの篤農家の『躬行者』というB4両面刷りのB5右開きの4ページの個人雑誌の全100号の解析を通しておこなっているのですが、久野さんが、ある号で「自分の元はなんだ」ということを、お師匠さんの山崎延吉さんの言葉として自問しています。

その記事を読んで、わたしもふたつのことを考えました。

<ゲットバック>

結局、わたしも研究を進める過程で、「元」を忘れて迷走していたのではないかと。


↑これが、わたしが最初に「歩く仲間」というホームページをつくったときの巻頭言です。


↑こちらが、ちょうと5年前に、大学院で自分の経験をまとめようとホームページとブログで書きためてきた記事を68ページの冊子にまとめたことと、その巻頭言にふれた記事です。実は、その後、3月にも増刷をしまして、おかげさまで、累計560部が、歩く仲間の手にわたったことになります。郵送で送った人は50名位でしょうから、500人以上に、直接お逢いしてお話をした上で、「歩く仲間」として手渡ししている勘定になります。

この巻頭言に、こうあります。

――――――――――――――――――――――

ひととひとをつなぐことによりモノと情報が流れる
-まえがきにかえて-

知は力なり。そしてそれは開かれたものでなくてはならない。 (柴田英知 1991)

ただし、その裏書として、

「「他人の気持ちがよくわかる人」は誉め言葉だが、わかった気ちを弄ぶことができるのもそういう人。」

(現代会社の基礎知識 中川いさみ『大人袋③』小学館 1998 159頁)

 本著は、わたくし柴田英知の『アラブ・イスラーム学習ガイド 資料検索の初歩の初歩』 シーシャの会(1991)に続く2冊目の著作となる。

 1970年生まれ、新人類といわれた団塊ジュニアの世代である私が1992年3月に大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部アラビア・アフリカ語学科アラビア語専攻を卒業し、株式会社三祐コンサルタンツという農業・水資源・地域開発の専門民間開発コンサルタント会社で、東京をベースに12年間、2004年3月より2008年6月までフィリピンのマニラ駐在員として政府開発援助(ODA)の現場で、歩きながら考えた‘世界’と‘開発’についてのささやかな論考である。

 ようやく仕事に慣れ始めた30歳前後から自分(達)のやっていることについての疑問や迷いが生じるなか、ひょんなきっかけからホームページを開設し(2000年3月18日)、「歩きながら考える」というエッセイと並行して「開発学への途(のちに開発民俗学に変更)」という連載をホームページ上で展開することとした。

 また同時に、会社の名刺とは別に、「歩く仲間」の名刺をもって、武者修行のためNGOや学会のセミナーや勉強会に他流試合にのぞみ、若手会という同世代の開発援助関係者(開発コンサルタント、政府関係者、NGOスタッフ、大学(院)生)などのインフォーマルなネットワークの世話人などをさせていただいた。

(後略)

つまり、「知は力なり。そしてそれは開かれたものでなくてはならない(柴田英知1991)」

これが私の大学生時代に悟った?原点であり、「元」にあたる「信念」みたいなものです。

実は、愛知用水研究の中にでてくる山崎延吉は、明治の人でもう100年以上前に、同じようなことを言っていました。

彼が1901年に安城農林学校の校長先生として29歳でまぬかれた時に、初代校長(もと愛知県立農林学校なので、愛知県でこのような高等専門学校を始めてつくるときに)としていったことが、「教育を社会に開く」ということで、学問は学校内にあるのではない、よい生徒を育てるには、社会の教育化をしなければならないということでした。

例えば、東京から優れた学者や行政官を読んで講義をしてもらうと共に、農林学校の演習の圃場(田畑)と演習林を、近隣の農民に自由に見学できるように開放して、学校の先生が営農指導や講義や、実際に生徒と共に作業をさせたといいます。

「農民も、年に2、3回は農林学校にこないといけない」ということで、地域ぐるみの社会教育をすすめたんですね。それが、「日本(の)デンマーク」という大正時代から昭和初期にかけての愛知県が日本有数の農業先進地になった原因の一つだともいわれています。

わたしなんかと較べようもないグレートな(偉大)な先達のことを研究の過程で調べているわけですが、この山崎の考えの根底も、「進んだ近代技術(科学)を地域の皆が共有できるようにしないといけない(農民の幸福はない)」という近代知識人としての矜持といいましょうか、金沢の藩士の生まれで東京帝大の農科大学(駒場)に学んだエリートとしての責任感がとてもあったのだと思います。

(あと、これは蛇足というかおまけですが、ビートルズの「ゲットバック」について、こんな記事を書いています。後でご笑覧ください。


ちなみに、このl記事を書いた後で、『Get Back Session』のブート版(海賊盤)を手に入れています。)

<忖度について>

いわゆるモリカケ問題、基本的に私は政治的な発言はしたくないのですが、この数ヶ月の安倍政権の対応は、非常に見苦しいものがありました。

わたしは、「ノーパンしゃぶしゃぶも忖度もわかる、歌って踊れる(開発)コンサルタント」として売り出してもいいんじゃないかと自分を評価しているのですが、1992年から2008年まで、政府開発援助(ODA)の仕事で、霞ヶ関とも相手国政府とも、もちろん開発途上国の現地の人たちとも付き合ってきたので、この背景も構造的なものもある程度、理解できるし、「清濁併せ呑む」ことの重要性も少しはわかっているつもりですが、あまりにお粗末で、また一国民として非常に情けないものでした。

ただ、安倍さんや今の政府をどうこう言うよりも、わたしが一番、大切だと考えていることは、まさにポスト安倍で、どういう布陣で日本という国を立て直すかということです。

それは、間違いなく5年以内、早ければ今年にも政権が倒れるかもしれない。そのときに、わたしたちの世代が日本を担えるだけの、実力と備えをしているのか、その一点だけが心配です。

安倍さんをとりまくエクストラと、「わたし」との闘いは、もう一回りぐらい前から続いているので、今のていたらくは、まったく私にとっては想定内なのですが、自分たちに何ができるのか、仲間たちとの協議と調整にそろそろ乗り出さねばと、勝手に責任感?を感じています。

焦っても仕方がないので、とりあえず自分のできることをしていますが、本当に時間がないと思います。安倍さんたちのとのバトルについてはこちらを参照ください。


ちょっと更新が滞っているようですが、他のタグのブログや、今までの「歩く仲間」通信でも、この問題はしつこく言及しています。

わたしが、今まで、いろいろな市民団体の人たちと話してきた経験からいえば、アンチ安倍や反政府、九条を守れとか、一つの価値観だけを全面に押し立てることは、逆にまずいのではないかと思っています。

あくまでフラットな議論の場を作らないと、賛成派と反対派と申しましょうか、それだけでない、普通の人たちを巻き込むことができません。

■行政と市民の協働について(おまけ)

またまた今回も文章が長くなりました。上の件とも関係しますが、3月に市民ネットワークの会議に、個人で参加したのですが、個人ジャーナルをしている人から投稿を依頼されました。

そのPDFファイルをメールで配布してもよいという許可をいただきましたので、おまけで「4_20183_.pdf」をダウンロード ジャーナルの一号分の全てを添付させていただきます。

今まで散々、自分でHPやブログで発信してきましたが、人から依頼原稿を頼まれるのは、初めてのことでした。そのような、機会を与えてくださったことについて深く感謝しています。

では、今年度も、またよろしくお願いいたします。

P.S.

よりしばやんを知りたい、特に初めてお会いした方へ。

こちらの記事に、「歩く仲間」に至る、わたしの学問や仕事での遍歴がまとめてあります。


ではでは^^?

2018年4月9日

柴田 英知

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2017年9月 7日 (木)

【歩く仲間通信 20170907】

みなさん、こんにちは。

あっという間に、夏も終わり9月となってしまいました。ご無沙汰しております。

自分自身、4月(1日、まじホントです)生まれということもあり、冬季はどうも気分がふさぎがちで冬眠?状態なのですが、暖かくなるにつれて、馬力が出てまいりました。ほぼ毎年、所詮は人間も動物だなあと思わされています。

さて、前回の報告以降、また新しい出会い、そして昔からの友達や、尊敬、敬愛する恩師や先達に、もう十年ぶりとか何十年ぶりかにお会いする機会もあり、そのような場にめぐり合えたこと、そしてなによりも自分が参加することができたことに感謝しております。

【後ろ向きに抗う(その1)まずは空からの爆撃をやめよう!】

最近、北朝鮮の問題や、もりかけ問題など、忖度やら記憶にございませんなど、もう国内外、あれやこれやの問題が山盛りではありますが、どうも世間(といってもフェイスブックなどいわゆるSNSの‘ネット民’の動きが目につくのですが)の論調が、なんともなあといった感じで、正直うんざりしています。

社会正義のため?の政権や時局批判はいいけど、なにか的外れというか、自己満足の「批判のための批判」になっていないかどうか、「言ってはみたけれど自分に何ができるのか」を棚上げにした、文句をいうことだけにカタルシスを感じているのではないかという言説が多いです。

というか、そもそもネットの世界では特に、声の大きな人、これは右も左も、賛成も反対にも関わらず、声を上げるのは両極端のそれぞれ一割の少数の人で、中間の八割の普通のひとは静観しているだけという世間の縮図でもあるのですが、本当にここのところ、政府のマスコミへの統制もひどいし、マスメディアもくだらないゴシップしか取り上げないし、いったい全体どうなっちゃってるのと思うことばかりです。

と、私も自分の不満をここで愚痴っても仕方がないので、前向き?な提言をしていきたいと思います。まずは、この課題から。

1.まず空からの攻撃を禁じ手にしよう。

今年の8月に1週間ほど、ほぼ2年ぶりに海外旅行に行ってきました。目的は、インドネシアのジャカルタの友人に会いにいくのがメインで、ついで?に、ジョグジャカルタに移動してボロブドゥールとプランバナンの世界遺跡をみてきたと同時に、格安チケットという都合で、ベトナムのホーチミンを訪れました。

実は仕事や会社の社員旅行以外の完全にプライベートの海外行きは、1993年以来ですから、24年ぶりです。

訪問先では、それぞれ充実した観光なりができたのですが、久しぶりに飛行機にのって思ったのは、空から地上を視ることによって、果たしてどのように人間の意識(世界認識)が変わったのかということでした。

今でこそ、宇宙から地球をみる(といっても肉眼ではなくカメラ経由ですが)のも当たり前で、コンピューターグラフィックスでは、自由自在に宇宙を映像化することができるわけですが、実際に肉眼で地上をみた飛行機乗りたちは何を考えたのだろうか。商業航空がはじまって一般人が飛行機や飛行船に乗って、何を考えるようになったのでしょうか。

そんなことを思いながら、名古屋からジャカルタへの朝の便で雲の上を飛んで、ちらちら地上をみながら行ったわけですが、ベトナム航空の乗り継ぎで一泊することになったホーチミンで、立ち寄った「戦争証跡博物館」でみた、いわゆるアメリカ合州国のベトナムへの侵略戦争の写真や、アメリカ軍のヘリコプターや戦車、爆弾などの展示の数々をみた日には・・・。

ベトナムへ国家(アメリカ)により狩り出された(ここが重要)アメリカの兵士の人たちに同情はするものの、空から爆弾は落とすは、枯葉剤(という化学兵器)をばらまくは、いかにめちゃくちゃなことをやったのか、もう怒りをこえて、あきれるというか、白黒写真に残されたアメリカの兵士たちに、「いったい、あなたたちは、なんのために何をしに、ここ(ベトナム)に来たんだ!」と尋ねざるをえませんでした。

近代資本主義国家が、戦争という破壊するだけにしか役立たない兵器や爆弾などの消耗品を、法外なぶっかけ価格で、国家予算(これは税金)でお買い上げいただいた(もちろん皮肉です)死の商人たち(今の多国籍企業の過半数でしょう)が、どれだけ戦争でもうけたことかと思うともう気が狂いそうになりました。

しかも枯葉剤を浴びせられた人たちは今でも何世代にもわたって後遺症で苦しんでいるのに。

あと戦争自体は、何も生み出していません。アメリカの指導者も冷静に考えてほしい。あなた方がやった破壊行為は、犯された側の憎みと恨みしか生み出していないだろうと思います。

でも日本の軍需工場でもそうですが、その中で働かされた(勤労奉仕)人たちや兵隊さんたちは、まじめにお国のためにやっていたわけですから、戦争をする側もされる側も、結局、泣きをみるのは政権や利権と関係のない普通の人たちという構図は今も昔も変わりません。

でも、そのような政府をみとめてしまったことは‘どの国民’にも責任がありますから、日本だけでなく世界中の先進国は、資本主義が踏みつけにしてきた人びとや地域に対して、総懺悔をしなくてはなりませんね。植民地時代にさかのぼって。

何十年、何百年前であれ、自分の親や先祖がしてきたことについても、一旦、自分の問題として内面化することにより、次に何をすべきかがみえてくるというものです。

結局、所詮、今の近代資本主義国家体制が矛盾だらけの不完全なものでしかないという現実を認めた上で、漸進していくしかない。

昔なら、短絡的に気に食わないからぶっ潰すとか言ったり思ったりしていましたが、さすがにアラフィフになってくると、単に否定して(外から)破壊することにはなんの意味も無く、内側から徐々に変えていくことのほうがはるかに難しく、でもやりがいがあるということに気がつくようになりました。

また、自分の専門である国際協力の分野にひきつけて言うと、貧困撲滅とか海外援助をどうこう言っている場合ではなくて、まず先進国が武器を捨て、軍需産業が儲からないような世界にしなければならないと本気で思います。

でもまあ、日本の政府のお偉さん方の世界認識って、一体なんだろうって思います。広島や福島、どこでもいいですが、現場に立って一体、何を感じとっているのでしょうか。

かなりぐたぐた書いてしまいましたが、今、自分が考えていることは、やはり歴史に学べということです。なぜ、そのとき、なにがどうして起こってしまったのか。いいことも悪いこともなんらかの理由があるはずです。あと注意すべきは、今の視点と当時とでは当然、パラダイムそのものが違うであろうこと。

過去に書いた記事ですが、今の記事に関係しそうなものをちょこっとだけ紹介しておきます。

初出: mixi日記 2011年9月10日

一部を抜粋します。これを読んでいただければ、今の政府の北朝鮮のミサイルに対する退避訓練(命令)が、いかにばかげたものであるかがわかるはずです。これが実際に世界で働いている人たちのグローバルスタンダード(偉そうにいってすみません)です。

「そうそう、重要なことを言い忘れるところでした。田中さんの報告によれば、スイスとイスラエルは、100%だそうです。何がか?

核シェルターの全人口に対する配備率だそうです。

ちなみに、ベスト5は、3位 ノルウェー 88%、4位 アメリカ 82%、5位 ロシア 79%、6位 イギリス 67%、 そして我が祖国の日本は、0.02%。」


もう14年も前の記事ですね。ちょっとだけ引用しておきます。

「私はあえて問いたい。本当の人々の闘いは、今この場所からそれぞれの立っている足元から始まるべきことを。確かに「山のあなたに 幸いを求め」たい気持ちはわかる。そんなに素晴らしい世界が、仮にあるのなら、誰もが行きたいであろう。むのたけじ氏は、『詞集たいまつ』の50に、このように言っている。

「遠い空も近くの空も、一つの尾根だ。山のかなたの空にあるものは、山のこなたの空にあるものである。山のこなたにないものは、山のかなたにもない。」」

「以下、非常に長くなるが、最近何度目かに読み返して、気がついた宮本常一氏の文章を引用したい。(『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993、146頁を参照)

終戦直後の昭和21年に渋沢敬三氏を東京に尋ねた折の時のこと。

「ちょうど役所(先生は当時大蔵大臣であった)から帰ってきた先生は「幣原さん(当時首相)は大変なことを考えておられる。これから戦争を一切しないために軍備を放棄することを提唱しようとしておられる」と昂奮気味に話された。

「軍備を持たないで国家は成り立つものでしょうか」とおたずねすると「成り立つか成り立たないかではなく、全く新しい試みであり行き方であり、軍備を持たないでどのように国家を成立させていくかをみんなで考え、工夫し、努力することで新しい道が拓けてくるのではないだろうか。一見児戯に等しい考え方のようだが、それを国民一人一人が課題として取り組んでみることだ。その中から新しい世界が生まれてくるのではなかろうか」と言われた。」」

この「一見児戯に等しい考え方」を「大人の現実」にすることが、今年70歳を迎えた「日本国憲法」をもった日本人自らがやることだと思うのですが、いかがなものでしょうか。

もちろん「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」世界中のみなで取り組む問題ではありますが。


なぜに、しばやんがビートルズを語るかと思う人がいるかもしれませんが、私は中学生の2年生のときに市の英語スピーチコンテストに学校の代表で出場して、その会場でなぜか「レット・イット・ビー」を出席者全員で合唱させられた?のがきっかけで高校生時代(1986、87年頃か)、かなり集中してビートルズを研究?しました。全曲、聞き込んでいます。

ただ、この記事のキモは、映像(映画)の中にこめられた意図を考えるということの楽しさとでもいいましょうか。なににだって考えるヒントは隠されているということですね。私が言うまでもないことですが。


最近、まちづくりのセミナーでお会いした講師の方(女性)が、たぶんわたしより一回りぐらい下だと思うのですが、長渕剛とかブルーハーツが好きだという話をきいて、懐かしくなりました。

こちらでは詳しく書いていないですが、「爆弾が落っこちる時」という曲は、いま聞いても秀逸です。画像はこちら

「・・・ 爆弾が落っこちる時 何も言わないということは

爆弾が落っこちる時 全てを受け入れるということだ
・・・ 大人も子供も関係ないよ 左も右も関係ないだろう?」

そうだ。そういえば、この記事で、このことが言いたかったんだ。

まじめに「空から爆弾を落とすこと」は禁じ手にしてみませんか。

とある国々では、スターウォーズとかまじめにいっていますが、人間が空を飛べるようになったのは、爆弾を落とすためでは絶対にないと私は思います。

では、なぜ人間は空を飛び、世界を空中から見ることができるようになったのか。案外、そんなくだらない?ことを考えることから、何かがみえてくるのかもしれません。

P.S.

ブルーハーツのYouTubeのリンクをはったら、思わず自分が見入ってしまいました。歌詞つきでパフォーマンスをみると、えっ、こんな曲だったの?という驚きがあっておもしろいです。適度に、はまってください。

ではでは^^?

柴田 英知

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2017年6月23日 (金)

チーム 郵便受けあべちゃん2022(世界名ALICE PROJECT) 始動します^^?

みなさん、こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか^^?

昨今のニュースをみていると、いろいろ考えさせられるというか憤慨させられることが多くて、正直、黙っていると気が狂いそうです。この行き場のなさをどうすればよいの?ということで、いまさらながらですが、わたしも政治活動をすることにしました。

わたしは新聞もテレビもみていません。でもフェイスブックやウェブサイト、たまにみるテレビニュースでどうしても国内外の情報が入ってくるんですよね。特にフェイスブックでグループとかはいっていると、そのグループに関心のある方がメンバーに都合のよいというかメンバーが喜ぶであろうニュースを引っ張ってきてくれる(シェア)してくれるので、正直、ちょっと偏向した情報が集まってしまって困ってもいます。

しかしながら、そもそも公正で偏向のない情報はないので、偉そうに左右バランスのとれた情報を広く集めて判断しましょうなどというしたり顔の意見に組する気はさらさらありません。自分自身バランスが取れているとは思っていないし、自分なりの見方もあり自分にとってどうでもいいこと以外のことに対しては、自分の意見を意識的に持つようにしています。そんな自分の偏向を棚に上げても、昨今の言論界のディスリの多い一方的な意見ばかりをみたり聞いたりしていると、本当に頭がおかしくなりです。

「ことば」には当然、発するものの意図があり、また逆にその意図とは別に、ことばが独り歩きすることもあるわけですが、今の日本のニュースのことばをみていると、つくづく日本人は議論ができない人たちだなあと思います。

なぜ、そこで個人攻撃や揚げ足取りに走るかなとか、せめて人の話はちゃんと聞こうよとか、今の大人(わたしも含めて)は、学校で一体何を学んできたのかというレベルです。「社会」で学ぶといいたいが、正直、これだけ分断された社会では、まともに議論ができる場はありません。

ということで、今から5年後をめざして、本格的に今の某政治体制を引き受けるに足る言論人(政策提言)集団をつくることにしました。つまり世界のあり方(あえて日本のあり方とはいわない)をきちんとまじめに議論する・議論できる場を確保した上で、世界をリードする「ひらの人たち(by 片倉もとこ)」のネットワークを構築するということです。

チーム名に好きでもない個人名らしきものをいれるのは正直いやです。でもあまりに抽象的でもわけがわからないでしょうし、そういえば東京は赤坂の溜池の交差点の近くに「あべちゃん」という豚ちゃん屋があったよなということでよしとします。

また、わかる人はわかると思いますが、(松田)聖子ちゃんを、このように例えた井上順さんに敬意を表して。

※「郵便受け百恵ちゃん」ですぐに検索できます。とはいえ個人のブログへのリンクですが、ご参考まで。

なお、今後、チームメンバーの募集や活動の詳細などについてはブログとフェイスブック、ツイッターなどでフォローしていきます。

ここまで書いてきて、日本国内向けには、このタイトルはやむなくと思いましたが、世界的に見ればこれってギャグにもならないよなと思いました。英語名は、ありきたりではありますが、アリス(ALICE)プロジェクトとでもしておきましょうか。彼女が紛れ込んだ世界では某大統領もいらっしゃるようですから^^?

関心のある方は、しばやんまで直接メッセージを。

ではでは^^?

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